悪魔番長の孫

3話

作者 くま

 

 

 

 

 

 

「う、う、うぅ……」

 

先輩の部屋に置かれたダブルよりも更に大きなサイズのベッドの上で、

そうやって情けない声を上げているのは僕だった

 

「何も泣く事はないだろうに…」

 

そんな慰めの言葉と供に僕の肩をポンポンと叩くのは、ある意味僕が泣いている原因であるかなめ先輩。

 

「それとも私なんかとするのはそんなに嫌だったのかい?

 最初こそ口では嫌がっていても、結局は5回もしただろう?

 最後の方なんか私が限界だというのに強引にしてたしねぇ。

 だから、てっきり私とするのが気に入ったんだと私は思ったんだけど…、違ったのかい?」

 

先輩の言うとおりに、初めは戸惑っていた僕だけれど、結果、先輩とベットでいたしてしまった。

そしてある意味メコン河を渡ってしまった僕は、その行為もたらす快楽にキレてしまって…。

ノンストップで5回戦をこなして、ようやく一息ついたのだった。

 

「いえ、その、先輩とするのは気に入ったというか、行為に溺れてしまうぐらいに気持ちが良かったです。

 だから、先輩と、その…、五回もしてしまったんです。

 けど、僕はそんな風に調子にのって5回もしてしまった僕の弱さが情けないんです」

 

それは先輩に遠慮した答えでもなく、そのまんまの僕の本心であった。

確かに先輩には強引というか脅しに近い形でベッドに誘われた僕だけれど、

先輩の家に招かれる事になった時に、まったくそういう展開を考えなかった訳じゃない。

僕だって真っ当な趣味の健全な男子だし、

普段からそういう事に慣れている訳でもないから、妄想ぐらいはしてしまうのだ。

ただ、その誘いに乗るどころか、調子にのって5回もしてしまった事が、意外だったしショックだった。

 

「まあ、そう気に病む必要はないさ。

 そんな事は誰にだってあるし、

 私だって…まあ、五回は多かったかもしれないけど、

 快楽に耽っていたのは事実だしね」

 

先輩もちょっとし過ぎたと思ってる事を聞き、更に落ち込む僕。

結局のところ僕は我侭で、先輩に負担をかけてしまったんだと思い知る。

僕はなんて情けないヤツなんだ…。

 

「それにこういう時はね、昔語りの赤い人に倣ってこう言えば良いのさ。

 『認めたくないものだな、自分の若さゆえの過ちというヤツは』ってね」

 

そんな風に慰めの言葉をかけてくれる先輩。

けどその話が何を意味しているのか僕には良く解らなかった。

昔語りの赤い人って誰なんだろうか?

 

「ん?健一、まさかとは思うけれど、私の話のネタが解らなかったのかい?」

 

驚きと供に、疑問をぶつけてくる先輩。

良く解らなかった僕は正直にコクンと頷いた。

 

「…健一、君は一体どういう教育を受けてきたというのだね?

 くっ、そうか、原因はマコ先輩か…。

 ふむ、そうだね、では私が君にこの世の常識というもの教えてあげよう。

 否、そうすることに決めたから、しばらく待って居たまえ」

 

そう僕に告げた先輩は、柔らかすぎると僕には思えるベッドから降りると、

すぐ傍に脱ぎ散らかした男女兼用のバスローブを拾いあげて着込みつつ、

さっさとベッドルームから出て行ってしまう。

僕は声をかけることも出来ずにその背を見送った。

正確には半ば裸の状態で部屋から出て行く先輩の生のお尻を目で追いかけていた。

そんなスケベゴコロを振り払うように首を振り、

僕も同じように脱ぎ散らかしてあったバスローブを拾い上げ、とりあえず着てみる事にする。

何となく今着たコレが、さっきは先輩の着ていたモノの様に感じた。

二つとも同じサイズだったし、真偽の程は良く解らないけど。

ただ、ちょっとだけドキドキしてしまったのは事実だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

しばらくするとバスローブをナイトガウンに着替えた先輩が戻ってきた。

露出的には変わらないのだけれど、何となくさっきよりも艶かしいものを感じてしまう。

 

「ん?どうかしたのかい、健一。

 先ほどから変な顔をしてるし、まだ気にしてるのかい?

 それとも、本当に具合が悪くなったのかい?」

 

僕の顔を覗き込んだ先輩は、僕とぴったりと額を合わせながらそう聞いてくる。し

ばらくそうして額を合わせ、熱はないようだね、と続けた。

 

「あの具合が悪いとかじゃなくて、僕自身のスケベ心に少し驚いてしまって…。

 こうして先輩の近くにいるだけで、なんというか、もっと触ってみたいとか思っちゃうんです。

 だから、ソレがちょっといやだなーって」

 

先輩は、ぽんと僕の頭に軽く手をおいてわしゃわしゃと頭を撫で回し、そのまま僕の隣に腰掛ける。

 

「繰り返しになるんだけど、それは仕方がないことなんだろうね。

 残念ながら、君も私もまだまだ若輩者なんだよ。

 だから、感情の制御が上手く出来ないこともあるし、欲望だって持て余しもする。

 現に、私だって君に対する、その…性欲を抑え切れなかった訳だしね。

 だからといって、ソレで良いとは私も思っていない。

 同年代の輩がどうしてそんなに性交にこだわるのか?

 正直に言えば、私はそれを理解できなかった口なんだよ。

 けど、実際に体験してみて、ようやく解ったという部分もあった。

 確かに、気持ちの良いものだし、皆がこの事に流されてばかりいるのも解る。

 けど、問題なのはそこから先なんだろうね。

 未熟者は未熟者なりに、自分の中の衝動と折り合いを付けていかなきゃならない。

 出来ないっていうんなら、それはタダのケモノだ。

 そういう意味でも、今日の私はケダモノだったかもしれないね」

 

恐らく僕だけでなく、先輩自身にも向けて語られであろう言葉。

そしてそれをカラカラと笑い飛ばしてしまう先輩は、僕と一つしか違わないはずなのに随分と大人に思えた。

 

「もっとも、セックス中の健一の方がもっとケダモノだったけどね」


「……」

 

さらにそう続けてケラケラと笑う先輩に僕は何も言い返せない。

ただ僕の中で先輩の威厳ポイントが3ポイント減算されたのは仕方のないことだった。

ケラケラとひとしきり笑い終えた先輩は、

僕の隣に座る時に、ベッドの上に投げたしたものを手にとって、僕の方へと差し出した。

それは僕が此処へ来る時に着て来て、そして入浴中に洗濯されてしまった僕の制服と下着だった。

 

「洗濯と乾燥は終わっていたよ。

 健一、君はソレに着替えて今日は帰った方が良い。

 もう結構な時間ではあるしね」

 

ベッドの脇に置かれたシックな時計に視線を送りながらの先輩の言葉。

僕に断りもなく洗濯されてしまった衣服に、

正直覚悟を決めていた僕にとって、先輩の言葉は以外に思える。

その覚悟というのも、一応の保護者である姉にこっぴどく叱られる覚悟だったりするけど。

 

「正直に言って女としては、このまま君と朝まで一緒に居たいとは思っているよ。

 けど君には帰るべき家もあるし、待っている人も居るだろう?

 多分、君のお姉さんはひどく君の事を心配しているはずだからね」

 

そう寂しげな笑みを見せる先輩の心情は、鈍いと言われる僕にだって伝わって来た。

この大きな家で一人きりで過ごすのがどういうことなのか?考えるまでもないからだ。

 

「その、先輩の家族だって、先輩を心配してくれてるんじゃないんですか?」

 

口のするのが少し躊躇われる問い掛けを僕は投げかける。

先輩と先輩の家族の間に何かがあったのは今までの話から解っている。

けど、先輩のおかれているこの状況を見る限りでは、

先輩の事を思ってこうした過保護すぎる様な環境を与えているように僕には思えた。

お金云々というのが全てでは無いと思うけれど、

一人暮らしの先輩のこの家の維持にだって、随分なお金がかかっているはずだし。

 

「そうだろうね。

 気にかけてくれてるし、私を心配してくれてるのも解ってる。

 けど、私はあの家に帰らない方が良いんだよ」


「……」

 

先輩自身に言い聞かせているような言葉。

その先輩の内情に踏み込む勇気のない僕は、沈黙で返す事しか出来ない。

 

「っと、話がしんみりしてしまったね。まあ、私の事はともかく、健一は早く着替えたまえ」


「……」

 

それが細事であるように先輩はそう切り返し、僕に着替えをすすめてくる。

浮かべているのは付き合いの浅い僕にも解るような誤魔化しの笑み。

僕はやはり何も言えずに沈黙を続けて先輩の顔を見つめるしかなかった。

 

「ん?どうした健一?私の顔に何かついているのかい?

 一応は鏡を見てきたし、変なところはないはずなんだけどね…。

 それとも自分で着替えたくない何かがあるとでも?

 つまり私に君の着替えをさせて、君はこう言うつもりなんだね。

 何もせずに衣が変わっていくなんてまるで王のようだ、と。

 つまるところ新手の王様ゲームのつもりなのか…。

 まあ、君がそうしたいと言うなら、私が協力するのもやぶさかではない。

 少し斬新なプレイだと思うし、中々に面白そうだからね」

 

先輩はそう一方的にまくし立てながら、動こうとしない僕のバスローブのヒモを解こうと手を伸ばしてくる。

僕は渡された自分の着替えを抱え、慌てて身を翻し先輩の魔手から逃れる事に成功した。

 

「じ、自分で着替えれますから!というかそういうプレイなんてしません!」

 

先輩にそう告げてそそくさと着替えを始める僕。

 

「そうかい、残念だねぇ」

 

冗談なのか本気なのか解らない言葉を先輩は返してきて、

やぶ蛇を怖れた僕はあえて口を開かずに、さっさと着替えを済ませることにした。

ただ舐めるような先輩の視線には、視姦されているような気がして少し恐かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その後、可及的速やかに着替えを終えた僕に対し、

ベッドに腰掛けた先輩は、ポンポンと自分の左手のベッドの上を叩いて僕に座るように促した。

帰れと言った先輩がとった相反する行動には、何かの意味が在るのだろう。

そう僕は考えてベッドの上の先輩の隣に腰かけた。

 

「さっきの話の続きなんだけれど、君になら話しても良いと思ってね。

 正直、面白くもない話なんだけど、聴いてくれるかい?」

 

先輩が何故そんな事を言い出したのかは僕には解らなかった。

けど、そう語る先輩の表情は真剣で、それでいて何だか哀しげに見えた。

だから、僕はゆっくりとそして大きく頷いて、先輩に肯定の意思を示して見せる。

 

「そうか、ありがとう」

 

安堵した様子で、そんな言葉を僕に告げる先輩。

笑顔ではあるけど、少し硬い感じのする先輩の表情に、僕は沈黙をまもり先を促す事にした。

 

「私は、本来的には荊木の家の子供じゃないんだ。

 もう曖昧になってしまっているけど、

 私が3歳ぐらいの頃に、本当の両親を二人とも同じ事故で失ってね。

 私の実の両親には親戚もなくてね。

 実の父とそれなりに交流のあった今の親父殿の家へと貰われてきたという次第さ。

 薄情だとは自分でも思うけれど、現場にいた私は事故の事はおろか、

 もう実の両親の顔ですら思い出せなくなっているんだよ。

 そんな風に貰われてきた私を、荊木の家の皆は本当の家族のように接してくれたし、

 私もいつしか本当の家族のように皆を愛するようになった。本

 物の家族として暮らしていた私達に転機が訪れたのは、

 去年の今頃、丁度ゴールデンウイークのことだったよ。

 忙しい両親と、親父殿について仕事をして忙しい上の兄は家を空けていて、

 荊木の家に残ったのは下の兄と私だけだった。

 此処からは少し憶測なんだけれど、受験生としてのプレッシャーや、

 出来の良すぎる上の兄との比較から、下の兄は随分と精神的に追い詰められて居たんだと思う。

 入浴を終えてリビングでくつろいでいた私を、下の兄は押し倒してきた。

 最初は私も何かの悪ふけだと思っていたけれど、兄は本気だった。

 本気で私を襲おうと、レイプしようとしてきたんだ。

 何時もは温厚な下の兄の豹変ぶりに、私は随分と恐怖を感じたものさ。

 けど良いのか悪いのか、私はその恐怖に負けて縮こまってしまうような性格をしてなくてね。

 多少錯乱しながらも思考はクリアで、自分の身を守る方法はすぐに思いついていた。

 私に覆いかぶさる兄を首を左腕で引き寄せて、

 その股間部に付いている二つの玉の内の一つに右手を伸ばすと…。

 …それを思い切り握りつぶしたんだ。

 急所を突かれた兄は、当然苦悶の声を上げて床をのた打ち回る事になった。

 けど、錯乱していた私はそこで止まることが出来なくてね。

 健一にしたように兄に馬乗りになると、そのまま兄を殴り始めたんだ。

 殴り始めて10分も経った頃だろうね、私が正気を取り戻したのは。

 正気に戻った私は自分でやったにもかかわらず、その兄の姿に驚いたものだよ。

 意識はかろうじてあったけれど、血みどろで、いつもの倍ぐらいに顔を腫らした兄がいたのだからね。

 とにかくその後、兄は救急車で病院に運ばれて即入院する事になった。

 兄は顔面以外にも色々と傷付いていてね、都合半年は入院生活を送る事になった。

 で、当然、そんな事をしてしまった以上、

 本物の家族のようにしてくれたあの人たちとの間もギクシャクし始めた。

 あの人達は私を責めずに、逆に下の兄がバカな事をしたと、私なんかに頭を下げてくれた。

 けどそれが私には耐えられなくて…、結果、私は家を出る事を決めたんだ。

 家のことでは色々と悩んだりもしたけれど、

 今はもう…ううん、今になってようやく、過去の話になったと思えるよ。

 そういう意味では君には感謝しているんだ、ありがとう、健一」

 

なんで僕の名前がそこで出てくるのか僕には解らなかった。

けど、途中まで随分と辛そうだった先輩の表情が、

話し終えた段階でなんだかすっきりしたようになっていた。

それが良い事なのだ、という事ぐらいは僕にも理解できていた。

 

「いえ、僕なんかでも先輩の役に立てたというのなら、光栄な事だと思いますよ」

 

「ふふ、愛いヤツだな君は」

 

そんなの答えに先輩はそう返しながら、僕の頬に手をあてて潤んだ瞳を向けてくる。

僕の鼓動はそのペースを少しだけ早くした。

 

「さて、これ以上君に長居をさせると、君のお姉さんが怒鳴り込んできそうだね。

 そんなわけで、今日はコレぐらいで帰宅したもらえるかな?

 悪いとは思うけれど。私もこんな格好だし、玄関まで見送らせてもらうよ」

 

おもむろに腰掛けていたベッドから立ち上がり、手を差し伸べる先輩。

どこかほっとしながらも、何か残念に思った僕は、差し出された先輩の手をにぎり返す。

そのまま先輩に手を引かれるままに、廊下を抜けて玄関まで一緒に歩く。

先輩と手を繋いだままだったのは、迷いそうだからという訳じゃなくて、何となく放し難かったからだった。

玄関についた僕は、そっと手を放した先輩に促されて、スリッパから自分の靴へと履き替える。

 

「健一、今日は色々と助かったよ。

 それと予想以上に充実した時間が過ごせた」


「それは、その、僕も同じです。

 色々と在ったけれど、先輩と居るの楽しかったです」

 

軽い笑みを見せる先輩の言葉に、同意見だった僕も肯定を重ねる。

 

「そう言ってもらえる事が何よりの朗報に思うよ。それで、また来てくれるかい?」


「ええ、喜んで。ただし今度はHは少なめでお願いします」

 

笑顔の中にも真剣な目をした先輩の投げかけに、僕はこくりと頷きながら答えた。

 

「えー」

 

あからさまに不満顔になった先輩。

 

「いや、その、えー、じゃなくてですね…。

 何というか、そういう事ばかりしていては良くないと思うんですよ」

 

僕は慌てて取り繕うようにそんな風に言い訳じみた言葉を並べる。

というか、別に言い訳の必要性は無いのでは?と口にしてから思った。

 

「そうかい?

 今日解った事だけれど、随分と気持ちの良いものだし、

 私的には問題ないように思うけれど?」


「そりゃあ確かに僕だって気持ちよかったですよ。

 でもですね、その責任というものがですね…」

 

確かに先輩の言う事も一理在る。

刹那的な考えでは在るけれど、その時に互いに気持ちが良いならそれで良い。

確かにその考えは理解できるけれど、

性交の生命としての目的からすれば、それだけでは済まないのだ。

 

「ああ、子供が出来たらって事だろう?

 それなら問題ないさ。

 君にも私にも、そこまでの責任を負う能力がない事は解ってる。

 万が一に出来てしまったら、…堕ろすだけのことさ」


「―――」

 

あっさりと告げる先輩に僕は二の句が継げなかった。

 

「そう恐い顔をしてくれるなよ、健一。

 私とて、何の覚悟も無しにその答えに辿りついた訳では無いのだよ。

 子供を堕ろすという事がどういうことなのか?

 正解かどうかはともかく、私なりに理解はしているつもりだよ。

 それはつまり、私がまだ見ぬ私の子供を殺すという事に他ならない。

 実際には罪に問われる事は無いが、

 私は自分の意思で人を、我が子を殺し、望んで人を殺した殺人者になるという事でもあるな。

 私は君に迫ったあの時に、すでに人殺しになる覚悟を決めていたんだよ。

 まあ、それはあくまで私の心の話だし、君に責任を求めるものでもない。

 健一には関係のない類の話ではあるのだろうね」


「―――」

 

じっと僕の瞳を見据えて告げた先輩は、話が終わると肩をすくめておどけてみせる。

けど僕は僕に関係が無い事だとどうしても思えず素直には頷けない。

 

「ええっと、すまないね、また引き止める様な事になってしまって。

 今のは聞かなかった事にして、今日は家に帰った方が良い」


「―――そうですね、そうします」

 

まったく納得のいっていない僕だったけれど、

それを先輩に伝えたところで、それが何の意味も無い事を理解していた。

だから先輩に促されるままに、今日はこのまま帰る事にする。

 

「それじゃあ、これで、失礼します。お休みなさい」


「ああ、おやすみ」

 

ペコリと頭を下げる僕に先輩はひらひらと手を振って応える。

そして僕は先輩に背を向けて2歩歩き、

玄関のドアノブに手をかけようとしたところで、先輩に呼び止められた。

 

「健一」

 

何か在ったのだろうか?と振り返る僕の間近に先輩は迫ってきていた。

顔が近い!反射的に仰け反る僕の首に手を回した先輩は、

僕をぐいっと自分の方へと引き寄せて、二人の間の距離をゼロにする。

身体を密着させるだけでなく、先輩はさも当然のように僕と唇を重ねてきた。

それはライトな感じのものでなく、いわゆるフレンチキスというやつだった。

互いを貪る様に、僕と先輩は唇を重ねる。

正直びっくりしたんだけれど、それ以上に僕が先輩の勢いに流された結果でもあった。

しばらくそうした後、先輩は満足したのか、僕の首に回した手から力を抜き、ゆっくりと離れていく。

 

「おやすみのキスを忘れていたのでね」

 

と艶のある笑みを見せる先輩。

5回もしたと言うのに、僕の一部は…。

 

「お、お休みなさい」

 

だから僕は慌てて、玄関のドアを開けて外に出た。

 

「ふふ、健一は可愛いねぇ」

 

閉まるドアの向こうから聞こえる先輩の声。

先輩って割りと意地悪なのか?

ふと浮かんだそんな疑問を、否定する要素をすくなくとも僕は見つけることが出来なかった。

こうして僕は最後まで、ドキマギしながら先輩の家を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

先輩の家のマンションを出たのは11時を少し回った頃だった。

ここから自分の家まで徒歩で30分もかからない事もあり、僕はそのまま歩いて帰ることにした。

こうして夜の街を歩くのは随分と久しぶりだった。

前といっても1年以上前になるけれど、姉に連れまわされて夜の街をよく歩いていた。

正確には夜回りっていうのが正しいんだろうけれど。

けど、こうしてたった一人で夜の街を出歩くのは初めてだった。

割と規則正しい生活を送っていた僕にすれば、

小学校の頃は今の時間にはとうにベッドの中で寝息を立てていたし、

中学に上がってからも姉と一緒でなければ夜に外出する事はなかった。

その当時と違い今の碧空の町は、こんな深夜に一人で歩いていても比較的安全だった。

3年ほど前の事になるけれど、地元の商店街の会長さんを代表にして、

碧空ガーディアンエンジェルズという自警団が結成された事が大きな要因だ。

自警団の実働部隊の主な活動は夜の見回りだった。

パトロールによる犯罪の抑止や喧嘩の仲裁、泥酔者の保護や中高生の深夜徘徊や飲酒喫煙への注意。

そういった活動を続けた結果、治安の悪化が心配されていた碧空の夜の街も、

比較的安全な町へと変わっていたそうだ。

自警団も3年足らずの活動の内に、犯人逮捕への協力などをして

地元の警察署長から表彰を受けた事もあり、評判も割と良い。

そういった風に表彰を受けれる背景にあるのは、

日々行われている地道なパトロールの成果だと姉は言っていた。

現に今だって僕の前方から3人組でパトロールをしている自警団の人がやってきていた。

一目でわかったのは、蛍光色の文字が浮かぶ、お揃いのジャケットを着ていたからだけど。

 

「こんばんは」


「「こんばんは」」

 

僕の挨拶に3人のうちの2人が挨拶を返してくる。

もう一人の人はつけているインカムでどこかというか本部と通信をしており、

それでも軽く会釈で僕に挨拶をしてくれる。

 

「あ、先代の弟さんじゃないですか」

 

僕が何かを言うよりも早く、向こうが僕の事に気が付いたみたいだ。

何となく見覚えのある人だとは思ったけれど、名前までは思い出せない。

たしか、姉と夜の見回りをした時に一緒に居た人、という所までは思い出せた。

 

「どうも、ごぶさたしてます」

 

僕は改めて挨拶をしながら頭を下げる。

というのも、先の自警団の人の言葉にあった先代というのは姉の事だったからだ。

実を言うと、この碧空ガーディアンエンジェルズというのは、

姉が中心になって立ち上げた組織なのだ。

誰の入れ知恵かは知らないけれど、

姉は碧空校の所謂不良達を制圧し、自分の配下に置いた後に、

その集団を母体として、自警団の実働部隊を作り上げた。

当然にして色々と問題はあったけれど、ほぼ毎日欠かすことの無いパトロールや、

親睦と訓練を兼ねての警察の道場への割と頻繁に通っていた事もあり、

元不良学生からなる自警団の実働部隊も、徐々に周りに認められていったそうだ。

そして姉がやっていた夜の見回りに、僕も連れられて参加していたという次第だった。

流石に去年は受験生だったので、見回りに連れ出されることはなかったけど。

もちろん、姉とてただのボランティアというだけで自警団を組織したわけではなかった。

他校と碧空校がもめた時、

喧嘩の仲裁という名目で相手校の輩を叩きのめしたのは、

町の自警団であるはずの碧空ガーディアンエンジェルズだった。

名目上は高校生同士の喧嘩の仲裁とはなっているし、

自警団の犯罪抑止活動という事で警察には一応の連絡を入れてあり、

しかも警察の方々とは道場へ通っている事で顔見知り。

そんな訳で大きな問題とならずに、碧空校の番長である姉は、

次々と各校の不良生徒達を鎮圧というか制圧していった。

と同時に勧誘も行っていたらしく、自警団の実行部隊の人数は膨らんでいき、

今では近辺の町にも各支部が出来るほどの規模になっていた。

ボランティア活動として自警団に参加していた元不良の人たちにも、メリットが無いわけじゃなかった。

地元では1目置かれる自警団に参加する事は、

地元に限った話では在るけれど、進学や就職に有利に働いたそうだ。

しかも、自警団のヨコのつながりもあり、困った時には色々と助け合うのがあたり前になっているらしい。

その分というか1目置かれる為にも、自警団の規律は結構厳しいものになっているそうだ。

あとこれらの話は全て、姉からの受け売りだったりする。

ちなみに姉は去年の卒業と同時に引退しており、

それでも自警団の実質的な中心人物であった事には変わりなく、

今でも先代として色々と意見を求められているみたいだ。

そんな経緯で知り合いだった自警団の人から僕に声がかかる。

 

「では自宅までお送りしますよ」


「?」

 

その言葉に僕が首を傾げるのは当然の事だと思う。

 

「実は、先代から本部に連絡がありましてね。

 パトロール中に弟を見つけたら、首に縄をつけてでも家まで連れて来い、と。

 珍しい先代からの頼みですからね、隊長も張り切っちゃいましてね。

 最優先事項で弟さんを保護しろ、と指示が出てるんですよ。

 まあ、流石に先代の言葉通りに、首に縄をつけろとまでは言って無いですけどね」

 

そう続けられた言葉に僕はあきれてため息を吐くしかなかった。

僕が心配なのは解るけど、他の人の手を煩わせるのはどうかと思う。

というかこの場合、今の団長さんの方にも問題があるのかも知れない。

幾ら姉の頼みだからといって、そんな風にほいほい言う事を聞いてしまうから、

姉に良い様に使われてしまうのに…。

年上の幼馴染の顔を思い浮かべながら僕はそう考えた。

 

「という訳で行きましょう」


「ええ、行きましょう」

 

そんな風に自警団の人に促された僕は、反対する理由もなく、

自警団のその人と一緒に、家に帰る事になった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そのままパトロールを続ける残りの2人と別れて、

僕に声をかけてきた人、児島さんと一緒に自宅へと向かう事にした。

家へと向かいながら、児島さんと色々と話をする。

児島さんも姉と同じに、今年の春に碧空校を卒業したOBだそうで、

話は自然と児島さんの高校時代の事というか姉の話になった。

児島さんは自警団の初期の頃からのメンバーなのだけれど、

高校時代は所謂不良学生ではなかったそうだ。

けど、姉とは1年の時に同じクラスにいたらしい。

僕の姉がクラスの不良生徒ともめて、

堂々と啖呵を切った後に3人相手に圧勝したのを見てこう思ったそうだ。

このアニキに付いて行こう。

その後は、掛け持ちで姉と同じ空手部に入ったり、姉の立ち上げた自警団に入ったり、

ずっと姉をアニキとして慕ってきたそうだ。

そんな姉を持つ弟としては如何リアクションしたものか、正直迷うのだけれど…。

とりあえず、ありがとうございます、とお礼を言っておく事にした。

その後は最近の姉の話となった。

児島さんは殆ど顔を合わせていないらしいのだけれど、

今の隊長さんから、姉の不調は聞いているとのことだった。

同時に姉にあまり相手にされていない今の隊長さんの様子も耳にする。

何となくだけれど、僕はその光景を脳裏に思い浮かべることができた。

そう言えば今の隊長である優兄さんは、

姉の行く事になっている大学の近くの専門学校に通う事になった、

と、もう一人の幼馴染が言っていた事を思い出す。

何の専門学校かは知らないけれど、

結構成績が良いと聞いていた優兄さんが、進学しなかったのは意外に思ったものだ。

ひょとして…、いや、でもまさか…。

ふと思いついた考えを僕は慌てて取り消した。

優兄さんが姉の近くに居るためだけに、大学に行かずに専門学校行く事にした。

なんて事は在るわけがない…と思いたい。

けど、姉の一番の下僕を自ら周知してはばからない優兄さんだし…。

うん決めた、この事はとりあえず棚上げして置こう。

 

「そういえば、児島さんは、今何をされてるんですか?」

 

そして、僕はそんな質問を児島さんにぶつけてみた。

姉と同じ年だし碧空校の進学率から言えば、多分だけれど進学をしているはず。

もしそうなら、大学の様子とかを聞いてみようかと思ったのだ。

まだ、碧空校に入って2ヶ月も経って無い僕からすれば、ずいぶんと気の早い話ではあるけれど。

 

「それは、何処の大学に行ってるかっていう意味だね。

 僕は二つ隣の市にある大学に通ってるよ。

 電車で40分、そこからバスで20分くらいかかるトコで、割とのんびりとした雰囲気の大学だね。

 強いて特徴を挙げれば、ボクシングが強い事かな?

 というか、ボクシングが強いから、そこに決めたんだけれどね」


「児島さんって本当は空手じゃなくて、ボクシングをメインでやっていたんですか?」


「まあ、一応ね。

 プロの資格も取ってないし、まだアマチュアなんだけどね。

 プロになると色々と五月蝿いらしいし、こういう活動にも支障が出るかもしれないだろ?

 だから、しばらくはアマチュアでやってみるつもりだよ」

 

児島さんのその言葉を裏返せば、

何時でもプロでやっていける自信がある、という風に僕には思えた。

正直、ボクシングの事は良く知らないけれど、

きっと小島さんはそれなりに有名な選手なのかも、と僕は思い始めていた。

 

「ああ、大学といえば、先代…君のお姉さんがどうやって芸大に入ったのか、知ってるかい?」


「?」

 

その質問の意図が解らなくて僕は首を傾げるしかない。

芸大って言うからには、やはり作品を提出して、素の良し悪しで合否が決まるものじゃないんだろうか?

普通に学科試験というのはちょっと違う気がするし…。

 

「あそこの芸大はね、普通に芸大としての試験もするんだけれど、

 一芸枠っていうのが在る変わったトコなんだよ。

 何でも理事長の方針らしくてね、形枠にとらわれない芸術を目指すって事らしいね」


「姉もその一芸枠での入学なんですか?」

 

話の流れからすれば、当然の事を僕は聞き返す。

 

「もちろん、先代も一芸枠で入学したみたいだね。

 というか、僕もその一芸試験を手伝わされた身でね。

 予想はついてるかも知れないけれど、先代の一芸の内容は格闘だったんだよ。

 ウチの隊員30人を相手に大立ち回りして、5分で全員を叩きのめしたらしいね。

 情けない事に、僕は二番目に倒されてしまってね、結局どうなったのか解らず終いだったけどね。

 ただ、あの時の先代は本当におっかなかったな…。

 ホント、敵に回しちゃいけない人だって、心の底から実感したよ」

 

やや遠い目をして語る児島さん。

その光景がありありと想像できるのは、正直どうかと思う。

結局そんなこんなで話をしながら、何時の間にか家の前まで着いていた。

上がってお茶でもという言葉に、児島さんは首を横に振って僕の誘いを断った。

「それじゃ」と短く言い残して、児島さんは家には上がらずに立ち去ってしまう。

そのまま児島さんの姿がそこの角に消えるまで見送ってから、

自宅の玄関の引き戸を開けて、普段より随分と遅い帰宅をする事になった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ただいまー」

 

と声をかけても家に居るはずの姉からは返事が無かった。

暗かった玄関の灯りを付けて靴を脱ぎ、スリッパに履き替えてから自分の脱いだ靴を揃える。

家の中で唯一煌々と灯りが付いている台所へと向かう事にした。

もう結構な時間でもあるし、おそらく姉が台所の明かりを消さずに寝てしまったんだろうと推測する。

ただ、帰って来た家が真っ暗じゃなかったのは、少しだけありがたいと感じていた。

点けっ放しの蛍光灯を消しつつ、水でも飲もうと僕は台所に足を踏み入れる。

そして僕が発見するのは、テーブルに突っ伏している姉の姿。

一体何を?と呼びかける前に、

テーブルの上で突っ伏した姉の傍らに置かれている物を見てなんとなく状況を把握した。

半分ほど空になった一升瓶と皿に盛られた白いかたまり。

テーブルに歩み寄り、皿の上のものを一つまみ舐めてみる。

その味は予想通りにしょっぱくて、その微妙な味加減から少し凝った料理をする時に使う岩塩だと理解した。

まあ、つまるところ、姉は塩を肴にこうしてつぶれるまで酒を飲んでいたということなのだろう。

そんな姉を見てふと過ぎる先輩の言葉。

普段では考えられないような姉のこの行動は、やはり僕が心配をかけてしまった所為なのかもしれない。

留守電にはメッセージをいれたはずなのに、公私の区分を超えて自警団に頼みごとをして、

こうして酔いつぶれて寝てしまったけれど、僕をずっと待っていてくれた。

そんな姉に対して罪悪感を感じながらも、僕はなんだか少し嬉しかった。

それはともかくとして、こうして姉を此処に寝かせておくわけにもいかない。

僕はテーブルに突っ伏した姉の肩を揺さぶりながら声をかける。

 

「姉さん、こんな処で寝てちゃダメだよ」

 

そう口にしてみてしまったと思った時にはもう遅かった。

ゴンと僕の額へと打ちつけられる姉の裏拳。

 

「オレの事はマコトと呼べ」

 

拳と台詞がセットで反射なのか、姉の口からはそんな言葉が漏れる。

避けられずにまともに入った拳の痛みにおでこを押さえつつ、僕はため息を吐いた。

何時の頃からか、姉は僕に自分の事を名前で呼ぶように強要してきた。

もし名前で呼ばなかったら、今のように鉄拳制裁が待っているという次第だ。

ただ鉄拳制裁が条件反射になっているのは、どうかとは思うけれど。

そして起きようという気配が全く無い姉を前に、再びため息を吐く。

こうしてため息を吐いたところで、事態に進展があるわけじゃないのも確かなことで。

かといって、このまま姉を放置するわけにもいかないだろう。

5月になって結構暑い日もあるけれど、流石にここで寝ていては風邪をひくかもしれない。

日頃から鍛えていて、身体は丈夫なはずの姉だけれど、万が一ということは考えられるからだ。

ふう、ともう一度ため息を吐いた僕は、姉を何とかして姉の自室に連れて行くことを決意する。

再び姉の肩を揺さぶりながら声をかける。

 

「起きなよ、ね…マコト」


「ん?」

 

僕の声に反応して薄目を開けてこちらをみる姉。

といっても、返ってきた声は眠たげで、僕の言う事がまともに届いているのか良く解らない。

 

「こんなトコで寝てると風邪をひくし、寝るなら部屋に戻りなよ。

 酔っ払ってるみたいだから、僕も手を貸すから」


「…ん、解った。連れて行け」

 

僕の言葉が届いたのか、姉はそんな言葉を返してその場で万歳をした。

何をやっているのだろう?と首を傾げた僕に、襲い掛かる姉の鉄拳。

とはいえ、あまり力の入っていない拳がボスンと僕の胸に叩きつけられる。

 

「コラ、健一。お前が連れて行くと言ったんだ。さっさとオレを抱き上げろ」

 

そう言って怒る姉。

というか、万歳は抱き上げろという意味だとは初めて聞いた。

…いや、酔っ払い相手には何も言うまい。

僕はそのまま姉を抱き起こそうとして、また拳を喰らってしまう。

 

「バカモノ!女性を抱き上げるのならそれなりのやり方があるだろうが!」

 

僕にいつもの何十分の一の威力しかない拳を振るいながら、怒鳴りつける姉。

何となくその言わんとした事を理解せざるを得なかった僕は、万歳をする姉の傍らに屈み込む。

姉が僕の首に両手を回し、そして僕は姉の膝の裏と腰の辺りに手を差し入れて抱き上げる。

その抱き方は半漁人抱きこと、所謂お姫様抱っこというヤツだ。

 

「…重いと言ったらブッコロス」

 

僕の先を制して続ける姉の言葉。

確かに人を一人抱える訳だし、それなりの重さはあったけれど、

掃除のバイトで鍛えている僕にとっては大して負担になるようなものでもなかった。

姉を抱えたまま立ち上がり、もう一度しっかりと姉を抱きかかえなおす。

 

「では、参りましょう姫様」


「うむ、良きにはからえ」

 

冗談めかした僕の言葉に鷹揚に頷いてみせる姉。

機嫌を損ねるかと少し緊張したけれど、姉の反応としては上々だった。

そして僕は姉を抱え上げたまま、大して広くも無い我が家の廊下を進み、

壁に姉の足とかが当たらない様に細心の注意を払いつつ、ゆっくりと姉の部屋へと向かった。

万が一ぶつけてしまった時に振るわれるであろう、拳による報復を恐れたからだけど。

 

 

 

 

 

 

 

 

あご先で取っ手を押し下げて姉の部屋の戸を開けた僕は、肘でスイッチをおして明かりを点ける。

姉を背負ったまま、あまり飾り気のない姉の室内へと入っていった。

 

「さあ、マコト、着いたから降りて」

 

ベッドの横まで進んだ僕は、そう言いながら姉をゆっくりと下ろしていく。

 

「ん、解った…。じゃあ、健一も一緒に寝るぞ」

 

僕の手から離れ、自らの足で床に降り立った姉。

そう言うや否や僕の腕を取って足を絡ませ、ベッドに向けて思い切り僕を投げ飛ばす。

ボスン

予想外の投げ技に、碌に抵抗も出来ずに僕はベッドの中へ。

そして僕を投げ飛ばした姉も、僕に圧し掛かるようにベッドにというか僕の上に乗ってくる。

僕は完全に姉に組み敷かれる体勢になっていた。

ベッドの上においてそういった体勢で僕の肌に伝わってくるのは、

稽古の時の拳や蹴りなんかとは違う全体的に柔らかな姉の感触。

そして僕の鼻腔が捉えるのは多少のアルコール臭混じりながらも、何となく甘い感じがする体臭だった。

姉の普段は決して感じる事の無い女の部分を否応無しに感じてしまうと、

先輩の家で行為に耽ったばかりだと言うのに僕の身体にも変化が現れる訳で…。

 

「ああ、忘れていた…」

 

凛としたいつも姉とは違う口調で語られる言葉。

その直後に僕の唇を塞ぐ姉の唇。

アルコールのニオイはするけれど柔らかく温かな感触に、

僕の下半身はダイレクトに反応し、徐々に臨戦態勢に移行し初めてしまう訳で…。

 

「な、何をするのさ、姉さん」

 

バーベルを上げる要領で、姉の両肩を持ち上げてなんとか姉を引き剥がす僕。

じっと姉を睨んでみても、姉はまだ酔っているのか、とろんとした目つきで僕を見つめ返してくる。

 

「おやすみなさいのちゅうだ。それとオレの事はマコトと呼べと言っている」

 

その言葉と供に姉は僕の腕を内側から巻き返して、

自分の肩を押さえていた僕の手を簡単に外してしまう。

再び僕に圧し掛かり、僕の予想とは違い拳を振るうのではなく、

今度は僕の首筋にその唇を触れさせる。

一体何を?と僕が疑問を浮かべるよりも早く、姉は僕の首筋をちゅうちゅうと音を立てて吸い着いてきた。

鉄拳制裁を予想した僕は、完全に裏をかかれてそれを受け入れてしまった訳で…。

でも、とにかくこのままではマズイので何とかしなくては、という思いがぐるぐると頭の中を回るばかりで…。

それでも僕は身をよじり、何とか姉の支配下から抜け出して、ベッドから転がり落ちる事に成功する。

 

「か、からかうのもいい加減にしてよ。

 これ以上やったら怒るから!じゃあ、おやすみ」

 

立ち上がり若干前かがみになりながらも僕はそう告げて、

ベッドの上の姉を振り返らずに、ほうほうの体で姉の部屋のドアまで逃げる。

 

「んーおやすみー」

 

ベッドの上の姉は随分とのんびりした口調でそう返してくる。

ちらりと振り返ってみた僕は、ベッドにうつ伏せのまま手をふる姉の姿にほっと胸を撫で下ろした。

そして姉の部屋の明かりを消して、後ろ手にドアを閉める。

なんとなく唇に手を触れさせて、先ほどの姉の感触を思い出してしまう。

ぶるぶると首を振り邪念を振り払った僕は、一階の消灯を済ませるべく、階段へと向かう。

キッチンの明かりを消して、姉と同じく二階にある自分の部屋へ。

自分の部屋に入り何故だか安堵感を覚えた僕は、まだ着替えてもいなかった事に気が付き、

それでも面倒になって制服を脱いで下着姿のままで寝ることにした。

ベッドに入り部屋の明かりを消したところで、僕は今日の出来事を思い浮かべていた。

色々と思い出してしまった所為で悶々しながらも僕は眠りに付いた。

こうしてある意味とても濃い僕の一日は、ようやく終わったのだった。

 

 

 

続く


あとがき

という訳で、衝動的に書きたくなったラブコメの第三弾です。

年齢制限は付かないように、そういった部分はあえて省いてあります。

…べ、別に、そういう描写が出来ない、とかじゃないんだから!

それはともかく、ラブコメが出来てるのかが、自分では良く解らないです…。

まあ、今後も適当に続けていく予定ですので、気が向いたら読んでやってください。

では。



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