※ このSSは黒い鳩さんの『光あふるる場所 In a far star of the future』の三次作である自分の拙作『STANDARD DAYTIME』をベースに物語を展開していますのでご注意ください。
MAHO-中年りりかるHOKUSHIN
「二度目の出会いは偶然で…なの?」
作者 くま
「こ、恐かった~」
先ほどまで行われた北辰とのやり取りとは打って変わり、
情けない声を上げて杖に縋るようにへたり込むなのは。
目じりに微妙に浮かぶ雫が、なのはの感じていた恐怖心の素直な形での表れでもあった。
が、優に二周りは歳の差があろう相手と殺気すら交えて相対した結果とすれば、
へたり込み目じりに涙を浮かべる程度で済ませているなのはは、
その年齢に見合わぬ気丈夫な対応をして見せたと言える。
いささか変わりつつあるとは言え、北辰は裏の世界で生きてきた男だ。
その左右非対称の歪な瞳から放たれるソレを正面に受け止めれる人物など、
北辰と同程度の齢を重ねた年代の中でもさして多くは存在しないからだ。
「あのさ、なのは、言い難い事なんだけどね….
そんなに恐いんなら何であの人に喧嘩を売るような真似をしたの?」
へたり込むなのはの肩に駆け上がり、そう問いかけたのはフェレットのユーノだった。
「え?わ、私、喧嘩を売るなんて、そんなつもりは全然ないよ。
ただ、ちゃんとお話したかっただけで…」
首を振りユーノの言葉を否定するなのは。ユーノはひとしきり大きくため息を吐き、言葉を続ける。
「まあ、そんな事だろうとは思ったよ。
今回は向こうも引いてくれたから、助かったようなものだと思う。
けど、あの人は間違いなくなのはを強敵と認めてるはずだよ。
もし次にあの人達と闘う事になったら…。
あの人達はそれこそ本気で僕達に向かってくるかもしれない…」
それはとても危険な事だ、と言外に加えたユーノの言葉。
なのははその台詞に何かをじっと考え込み、そしておもむろに立ち上がった。
「うん、解ってるよ、ユーノ君。
つまり、私も全力全開で相手をしないといけないってことだよね。
こんな風に恐がってたんじゃ、全然ダメなんだよね。私、もっと頑張るよ」
ぐっと拳を握り熱い決意を瞳に宿し、そう宣言するなのは。
その実やたらと熱いなのはの性格を見過ごした形のユーノは、
ようやく己の失策を悟り、引きつった笑みを浮かべるしかない。
それでも何とかなのはを説き伏せようと、口を開こうとした矢先。
「一人だけじゃ凄く恐いけど、私達はユーノ君と私の二人だから…。
だから、一緒に頑張ろうね、ユーノ君」
「…うん、頑張ろう」
先んじられたなのはの言葉に、先ほどまでの考えとは逆にユーノは思わず同意してしまう。
ああーもう、なんで僕は頷いちゃうかな…。迂闊、あまりに迂闊…。
己の失敗を責めるユーノ。
だがそうして言質をとられた形になってしまった事には変わらず、
この後に訪れるであろう三つ巴の戦いに、否応無しに参加する事になったのだった。
とあるビルの屋上。
金色に輝く髪の少女と燃える様なオレンジ色の髪の女性の二人。
フェイト=テスタロッサとその使い魔のアルフは、
フェイトの母プリシアへの土産を持ち、その目的地たる時の庭園へ跳ぼうとしていた。
浮かび上がった魔方陣の上で、フェイトが座標を指定し転移魔法が発動する。
数秒の間を置く事も無く、二人の姿はビルの上から掻き消えた。
その二人の様子を観察していた存在には気が付かぬまま。
「…ふむ、そうか」
ミニマムモードで作り出した小さな分身から得た情報を話す夜天光の言葉に、
短くそう告げて、北辰はゆっくりと頷いてみせる。
あの対峙の後、フェイトへの追撃こそしなかったものの、
その拠点を探るべく夜天光の分身による追跡を行っていた。
それこそ北辰はフェイトへアクションを否定する言葉を口ていたが、
北辰のやり方を理解している夜天光はきっちりと為すべき仕事をこなしていたのだ。
ただ、そこの拠点へ襲撃をするか否かは北辰が決定する事である為、
今はまだ追跡以外の行動を起こしていない。
無論、同様の措置はあの場に置いてきたなのはにも為されており、
北辰は昨晩の内に両者のねぐらを突き止めていた事になる。
どうやらフェイトのねぐらは仮のものであるらしいが、
それすら極短い時間で事前に得た情報を統合して組み立てた予想の通りであり、
何時もは憮然としている北辰の表情もやや満足気であった。
「ねえねぇ、ほっくん。これから、どうするの?」
「事が動かぬ限りに動けぬだろう、片方は既に出立した後でもあるしな。
とりあえずはこちらの兵站の確保か。
幸い、此度の世界はそれなりに富が行き渡っておるおる様子。
さしたる手間は掛かるまい」
夜天光の問いに大仰に答えてみせる北辰。
とは言え、北辰達が今居る此処は、臨海公園の一角にあるベンチであり、
時間的に早朝といって良い時間帯でもあった。
そして北辰達は昨日からこの場所にずっと居続けていた。
それはつまりフェイトやなのはと違い、北辰達が雨露を凌ぐ為の確たる拠点を得ていないと言う事に他ならない。
敗北しこの世界に強制的に転移させられてきた身である北辰達が、
この世界における貨幣はおろか、容易に貨幣に換えられるような物資すら持っていない事の裏返しでもある。
もっとも、コレまでの数々の敗北の経験からして、
サバイバル技術はかなりのものを身につけている北辰にとって、
今在る状況はさほど困難なものでもなかったが。
「そろそろ、この街も動き出す頃合であろう。行くぞ、夜天」
「うん」
立ち上がりながらの北辰の言葉に、頷いて返す夜天光。
そして二人は食料の確保の為に朝の街へと向かっていった。
リサイクルとMOTTAINAIの精神を持ってして、
とりあえずの栄養源を確保した北辰達は、今朝方の公園へと再び戻っていた。
海に面した公園のベンチの上であぐらをかいてに座り、半分だけ目を閉じている北辰。
その北辰の右の太ももに頭を乗せる形で身体を預け横になっている夜天光。
無論両者は眠っている訳ではなく、北辰と夜天光が一時的に感覚を繋げ、
夜天光の分身達が知覚した情報をダイレクトに獲得しているのだ。
言語化することによる情報の劣化が無いという点で有効ではあるものの、この方法にも欠点がある。
こうして二人が感覚を繋げている間は自身の感覚が鈍ってしまうのだ。
それ故に、周りにとりてたてての危険がないと確認できた時のみ、
北辰達はこの方法での情報収集を図る事にしていた。
が、鈍った感覚とはいえ、北辰が己に向けられる敵意を逃すはずは無く、
即座に対応してみせる自信があればこその行動だった。
しかしながら、敵意のない好奇の視線等まで一々反応を返すことはしなかった。
それ故に、一人の少女が北辰達の目の前に立ち、
二人に向けて話しかけるまで、その接近に気が付く事ができなかったのだ。
「こんにちは北辰さん夜天光さん、昨日はどうも。それにしても今日は良いお天気ですね」
突然の言葉に心中で驚きながらも、ソレをおくびにも出さない北辰。
さも何事も無かったかのように眼を開いていく。
「ふむ、高町か…。早速仕掛けに来たと言う訳でも無さそうだが、我に何用だ?」
昨晩と違い杖を持っておらず、
何処となく全体的な印象すら違うなのはの姿を見て、北辰がそう問いかける。
「えっと、あの、その…。
特別な用事が在った訳じゃなくてですね…。
お散歩してたら、知り合いの北辰さんが居たんで、挨拶しておこうと思ったんです」
多少の戸惑いを交えて答えるなのは。
散歩と北辰には伝えはしたが、その実はジュエルシードの探索も兼ねているものである。
だがなのはは、あえてそれを口にはしなかった。
何時かは全力で戦う可能性のある相手と言う事が、なのはにその選択をさせていた。
「…ふむ、そうか」
なのはにそう短く返しながらも、下から上へと無遠慮な視線を向ける北辰。
そういった視線に慣れていないなのはは、思わず一歩引いてしまう。
無論、北辰の意図は今のなのはの戦闘能力を測る事に在るのだが、
向けられる視線からその事を判断できるほどなのはの経験は豊富ではなかった。
「ふぁーあー」
ゴン!
とそこで北辰に身体を預けていた夜天光が目覚めて大きく伸びをし、
起き上がった夜天光の後頭部が北辰のアゴを下から突き上げる。
不意打ちをまともに喰らった形の北辰ではあったが、
慣れたものなのかさしてダメージを受けている様ではなく、軽く頤先を撫でる程度の反応しか示さない。
「あー!!なのちゃんだ!」
目を覚ました夜天光はようやく目の前に立つ人物に気が付いたのか、
ずびし!となのはを指差して声を上げる夜天光。
いきなりのその行動にビクリと反応するなのは。
唐突に夜天光に指をさされた事もそうだし、
何故だか耳慣れないあだ名で呼ばれた事も予想外であり、
なのはが驚くには十分な事だった。
「えっと、その、なのちゃんて私のことだよね?」
夜天光の態度に戸惑うなのはが口に出来たのはそんな問い掛けだった。
「うん、そうだよ。なのちゃんは、なのちゃんだから、なのちゃんなんだよ」
ぐっと拳を握り力説する夜天光。
「そ、そうなんだー」
夜天光の勢いに押されながらも、何とか言葉少なげに返すなのは。
もちろん、夜天光がそういう性格だとこの短いやり取りでなんとなく把握しており、
あまり深く突っ込むべきでないというか突っ込んでも無駄であろう事を悟っていた。
「すまぬな、高町。
夜天が珍しくしゃいでいるようでな。
ともあれ、座ったらどうだ?
まあ、このベンチとて我のものというわけでもないがな」
座っていたベンチの片側を空けて、なのはにそう勧める北辰。
正直なのはは戸惑っていた。
このベンチに座っていた二人の奇抜さは群を抜いており、かなり目立っていたからだ。
が、なのははそんな程度で怯むような性格はしていなかった。
ほんの少しだけ躊躇った様子を見せただけで、そのまま北辰の隣にちょこんと座る。
ベンチの上で器用にあぐらをかいた北辰と、その北辰のあぐらの上に乗っかってニコニコしている夜天光。
やはり、その3人の組み合わせはやはり奇妙でそれなりに人の目を引いてしまう。
少し恥ずかしい。
そう思っているなのはに、意外にも夜天光が話しかける。
「ねぇねぇ、なのちゃん。あの杖のコはどうしたの?」
「えっと、レイジングハートですか?此処に居ますけど?」
夜天光の言葉に、首からぶら下げた赤い宝石の付いたペンダントを取り出すなのは。
夜天光は北辰を振り返り、北辰はそれに頷いて答える。
「ねえ、このコとお話していい?」
首を傾げながら訊ねる夜天光に、思わず眉を寄せるなのは。
夜天光と北辰には昨日の戦いの現場を見られていおり、
今更、自分がそういった事をしているのを秘密にするとかはないかもしれない。
だからこそ、自分にではなくレイジングハートと話をしたいという夜天光に、疑問をもったのだ。
「えっと、この場で話してくれるんなら私は良いと思います。レイジングハートはどう?」
疑問ながらも、夜天光に答えるなのは。
話し合いの場をこの場に限定したのは、自分もその内容を聞いておきたいと思ったからだ。
そしてレイジングハートからも賛同の言葉が返され、
夜天光とレイジングハートの話し合いが行われる事になった。
なのはの予想を大きく裏切った形で。
夜天光の右目から赤い可視光線が伸びて、それはなのはの手にしたレイジングハートへと向けられる。
「あ、大丈夫だよ、通信用のレーザー光線だから熱いとか全く無いよ」
ぎょっとするなのはに声をかける夜天光。
何で目からレーザー光線が?!
当然の如くなのはの頭に浮かんだ疑問に答えたのは、なのはの予想外にも北辰だった。
「高町も解っているとは思うが、夜天光は人ではない。
昨晩、こやつ自らが口にしたとおり、スレイブという存在なのだ。
我に属するものという事らしいな、詳しい原理などは知らぬが。
それと今はこの様ななりをしているが、夜天光の本質は人型をした別な存在よ。
どうも今の外見に引っ張られて、言動はああではあるがな」
そうなのはに告げて苦笑する北辰。
さらりと告げられた言葉の内容を、なのははさして驚くでもなく受け止めていた。
ここ最近、喋るフェレットに誘われる形で魔法に関わる事になったなのはだ。
夜天光がスレイブと言う存在だとしても、そんな事もあるんだな程度の感想を持つのみだったのだ。
ほんの少しではあるが、北辰たちの事も解ったなのはは、
もっと二人の事を知りたくて会話を続ける事をえらんだ。
「私は生まれも育ちもこの街ですけど、北辰さん達はどちらから来られたんですか?」
見る感じでは、和風の、少し古めかしい感じの衣装をまとう北辰。
まるで時代劇の敵役のような姿だ、というのがなのはの第一印象だったりする。
多分日本人なのだろうと言う推測の元に、なのははそんな疑問を投げかける。
「とある事情により、今は世界を廻っておるのでな…。
何処から?と問われるとなんとも答えにくくはある。
我の出身地は何処であるか?という事ならば、
木星圏ガニメデ・カリスト・エウロパ及び他衛星小惑星国家間反地球共同連合体。
というのがその答えになろう」
北辰はそう正直に答えていた。
先に見回った街の様子から、この世界の発展具合を理解していた。
そして、自分の言葉の真偽を目の前にいる少女が確認する方法が皆無である事。
それを十分に考慮した上での言葉。
さらにはあまりにも突拍子のない言葉による、目の前の少女の反応を窺うという意味もあった。
しかしながら、なのはの反応は『そうなんですか、すごいですねー』と至って肯定的なものだった。
その態度からして本当に北辰の話を信じている事が覗え、
北辰はその素直ななのはの態度に、何故か逆に罪悪感を感じてしまうのだった。
そんな会話を初めとして、なのはと北辰は他愛も無い事とは言え話を続けていった。
「それじゃあ失礼します」
「ではな、高町」
挨拶を交わし別れる北辰達となのは。
北辰としては予想外に、なのはが本当に普通の少女だと理解して戸惑いを感じていた。
が、他方のなのはは北辰と話せて十分に満足し、そして何事でも話をする事の重要性を噛みしめていた。
そして、フェイトともしっかりと話し合いをすべきだと新たな決意を胸に抱いてその場を後にする。
そしてなのはの背を見送った北辰の視線は、隣に座る夜天光へと向けられる。
「夜天、先ほどの高町所有するアレとの成果を聞こうか」
「うん、解ったよ、ほっくん。先ずアレはレイジングハートっていう名前でね…」
先ほど行われたレーザー通信での会話の事を訊ねる北辰。
夜天光は一つ頷きを返し、レイジングハートとの会話の内容を語り始めた。
今日得る事ができた情報が後にどういった形で己の身に影響を及ぼすのか?
神ならぬ、そして予知能力すら持ち得ない北辰に、それを知る術は無かった。
つづく?