アナザ・ナイトメア

0話

作者 くま

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「だってあの人は大切な人だから…」

 

去り行くユーチャリスを見送りつつもホシノルリの口か漏らされたその言葉を、

去り行くユーチャリスのブリッジにいたラピスラズりの耳は偶然にも捕らえていた。

無論、肉声を直接的に耳にしたわけではなく、

先に一瞬だけ繋がったホシノルリとラピスラズリのリンクが、未だか細 くも繋がっていた所為だ。

そのリンクユーチャリスが火星の上空へと高度を取るにつれて絶たれ、再び繋がる事はなかった。

しかし彼女にとってはその一言だけで十分だった。

周囲の様々なものに流されがちに人生を送って来たラピスラズリは、

その一言を持って彼女にとって初めての決断を下す。

それは今後の彼女の人生を大きく左右する重要な決断だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ネルガルの所有する公式には閉鎖された、月面のとあるドックにユーチャリスは停泊していた。

停泊後の処理をラピスラズリに任せたテンカワアキトは、

先に船を降りるとその足でメディカルルームへと向かって行った。

今回の激しい戦闘はアキトの身体に少なからぬ影響を与えており、

色々と感覚に問題のあるアキト自身ですらその不調を感じ取っていたからだ。

メディカルルームに或る専用のベッドに横になり、診断用のマシンを起動させるアキト。

マシンによる自身の身体がチェックが始まり、ほっと一息つくアキト。

普段ならここに居るはずのイネスフレサンジュは、今ナデシコCと行動を供にして居る為、

聞きなれた過ぎた感のあるイネスからの説教を、今は受ける必要がない事に安堵しての事だった。

マシンによる第一次チェックが終わると、メディカルマシンのディスプレイ上に表示されたデータを元に、

ベッドと一体化しているマシンに、アキトは幾つかの処置のコマンドを入力する。

ナノマシンの制御用のものを含めた幾つかの薬剤を投与する処置は、

アキトの手を介さずメディカルマシンによって行なわれる。

データを取りつつ数十分に渡って投与しなければならない薬剤もあり、

その間のアキトはベッドに半ば拘束される形となる。

投薬による睡眠作用もそうだが、今日一日の活動による疲労もあったのだろう。

投薬を初めて20分もしないうちに、アキトの意識は闇へと落ちて行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

目を覚ましたアキトが感じたのは周囲の暗さだった。

ベッドに横になった時に外していたバイザーをかけ直し、視覚の補助機能の調整をする。

感度を十分に上げたにも関らず、十分な明るさを感じ取れなかったアキトは、

その原因を訊ね様とイネスに声をかけようとして、

今はまだ彼女が此処に戻っているはずも無い事に思い至る。

そしてもう一人の、いつも側に居たはずの少女の姿を探しかけたところで、

アキトノ眼前に大きなウインドウが開いた。

そこに写っているのはユーチャリスのブリッジの定位置に座っている少女の姿。

言うまでも無く、ラピスラズリだった。

真っ直ぐにアキトを見詰め返すラピスが坦々とした口調で語り始めた。

 

「テンカワアキトさん、オメデトウございます。

 今日、貴方の目的であったミスマルユリカさんの救出は達成されました。

 作戦の成功を少なからず手を貸した私もウレシク思います。

 パチパチパチ。

 ですから、ここらで区切りを付けましょう。

 正直、アナタの復讐ゴッコに飽き飽きしていたトコロです。

 それに今回の成功をもって、アナタとネルガルから受けた恩は返せたものと私は認識しています。

 ですので、一方的にという形ではありますが、既にアナタとのリンクは切らせてもらいました。

 もう二度と私はアナタに手を貸すつもりは在りませんし、

 実際此れまでの様な形でアナタとリンクを繋げる事も無いでしょう。

 幸い、アナタのお知り合いには私と同程度の力を持っている方が居るようですので、

 その方を頼られては如何でしょうか?

 これまでのデータはまとめてそこに残してありますから、そう難しい事では無いはずです。

 名残惜しいという訳でも無いですし、私にも今後の予定が色々とありますので、

 早々にこの辺でお別れしたいと思います。

 コレマデ、どうもありがとうございました、では、サヨウナラ」

 

それが通信ではなくビデオメールのようなモノなのだな、

遅まきながらに気が付いたアキトだったが、

いまだ先ほどまで目の前で流れていた映像を。全く信じられないで居た。

 

「あ、追伸です。口止め料とかその他諸々を合わせて、

 ユーチャリスとこのドックにあったモノは在り難く頂いておきます。

 ネルガルの会長さんにそう伝えておいてください。

 では、今度こそ本当にサヨウナラ」

 

再び映像が流れてそして消えていく。

後に残るのは沈黙のみ。

ノロノロと再起動を果たしたアキトは、慣れない手つきで手元のコンソールを操作し、

ドック内の数箇所に仕掛けられている監視モニターをディスプレイに表示させる。

そして、係留されていたユーチャリスが存在しない事を確認し、ようやくアキトは現実を認識した。

テンカワアキトは、ラピスラズリという少女に見捨てられたのだ、という現実を。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その後、ラピスラズリという少女は、アキトはおろかネルガルの監視網さえ潜り抜け、

どこかに潜伏したままで4年という歳月を過ごす事になった。

そしてアキトが彼女のその姿を再び確認したのは、とある事件の映像を見ての事だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

草壁春樹。

言わずもがな火星の後継者の指導者であった男だ。

今は逮捕され地球にある刑務所に服役している身でもある。

その彼の身柄が故郷である木星連合の元へと返される事になった。

まだ刑期を了えていない為、監獄から監獄へと移送という形にはなるのだが、

とにかく彼は故郷へと返される事が決定された。そ

の背景に絡む政治的な思惑などは当然にして存在するはずだが、

それは決して明らかされる事のない類の情報でもあった。

だが、実際にその移送は実行される事がなかった。

装した一集団が草壁の居た刑務所を襲い、その身柄を奪取したから だ。

その事件の2時間後に各報道機関に届けられた犯行声明。

その集団は自らをこう名宣った。

我々は火星の後継者だと。

届けられた映像の中、覆面を付けた他の者たちとは違い、

素顔を露したままで犯行声明を読み上げる一人の女の姿。

それはまぎれもなく成長したラピスラズリの姿だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それからというもの、彼女の姿は火星の後継者の広告塔として、度々世間に認識される事になった。

事件後の犯行声明はもちろんの事、時には反抗予告にも彼女は姿を見せた。

そしてこれまでの火星の後継者よりも随分と過激な行動を取る集団であるが故に、

彼女の姿は次第に憎悪の象徴として世間に広まっていた。

そうして火星の後継者が再び活動を開始してから2ヶ月ほど経った頃。

更に衝撃的な事件が起こることになった。

新たな火星の後継者たちは、救出したはずの草壁春樹を代表とする元指導者達を自らの手で処刑したのだ。

その映像を公開した後に、広告塔でありあながら代表に就任した彼女の口から出たのはこんな言葉だった。

 

『彼らは正義をかざしていたが、我々はそのようなことはしない。

 何故なら、彼らを含め我々は悪だからだ。

 どのような言葉で言い繕おうとも、我々の行為は悪でしかない。

 悪を悪と知り、その上で悪を為す。それが我々火星の後継者なのだ』

 

そして草壁達の処刑に伴ったこの宣言を域に、

火星の後継者達はラピスラズリを中心とした急進派と、

元の指導者達を頂点に据えた穏健派の二つへと内部分裂をしていく事になる。

そしてこの機を逃すほど、連合軍は甘くは無かった。

結果的に批判を浴びる事になった先の経験を生かし、全戦力の10%にもあたる討伐隊を編成。

様々な手を使い特定した火星の後継者の拠点を急襲、これを殲滅する事に成功した。

しかしながらその代償は大きく、全艦隊の40%もの艦が撃沈および大破するという、

作戦立案当初では考えられないような被害を受けていた。

最後の一隻まで死に物狂いで抵抗する火星の後継者達は、

その戦力から導き出された連合軍の予想をはるかに超えた力を発揮してみせたのだ。

敵の殲滅という形で幕を閉じるかに見えた討伐劇であったが、それすら も罠の一環でしかなかった

一戦を終え疲弊した連合軍の討伐隊の前に、現れた無傷の艦隊。

対立している穏健派の始末を、連合軍の手によって行なわせる事に成功した急進派の艦隊だった。

が、新た現れた艦隊の数は、戦闘可能な連合軍の艦艇のわずか1/3にしか過ぎず、

連合軍の首脳部は新たなる敵への攻撃を決断する。

結果的に見ればそれは誤りであった。

ボソンジャンプという機動性を生かし、一撃離脱を繰り返す敵艦隊を前に、

疲弊し統率の乱れた連合軍は成す術を持たなかった。

そして更なる悲劇が連合軍に広がる事になる。

一部の艦が火星の後継者の特殊艦に乗っ取られ、味方である筈の連合軍に猛然と襲い掛かったのだ。

それは先ほどまで戦っていた火星の後継者を思わせるような勇猛ぶりで、

味方艦への攻撃を躇った連合の艦隊に苛烈すぎる被害をもたらした。

連合が同士討ちをしている間にも特殊艦は連合の艦を次々と乗っ取り、

戦場は連合軍にとっての地獄と化した。

そして戦闘が再び開始されてから、わずか一時間という短時間をもって連合軍の討伐隊は壊滅した。

この事態を重く見た連合軍首脳部は、かつて無い程の大規模な艦隊を編成したうえで、

改めて火星の後継者を徹底的に討伐する事を決定した。

対する火星の後継者側も、座して連合大の艦隊を迎え撃つ気はさらさらなく、

地球連合の力の及び難い木星圏で、その戦力の建て直しを計った。

無論、先の所業もあり木星連合側とて歓迎をした訳ではなく、

地球連合艦隊の10%を壊滅させたその戦力の前に膝を屈するしかなかったのだ。

無論、正義をこよなく愛する木星連合の軍人達が今の火星の後継者に賛同する事はなく、

いたずらにその艦艇の数のみを増やす事になった。

それでも数だけは揃えた火星の後継者は、木星連合の有するプラントを背後に、陣を構える。

本腰を入れた連合軍と火星の後継者の戦力比は、火星の後継者側を贔屓にみても10:1という有様であった。

、絶望的な戦力差を前にしても、火星の後継者の構成員は怯む事がなかった。

何故なら彼らの殆どがラピスによって洗脳状態にあったからだ。

洗脳といっても、彼女が行なったのは些細な事だった。

FSを持つ彼らが己の体内に生成した補助脳。

そこに感染するウイルスを、テンカワアキトの治療用のナノマシンのデータから開発したのだ。

ラピスへの賛同行動には微かな幸福感を、そして敵対行為には少しの嫌悪感を。

補助脳からもたらせるそうした感情により、

感染者は一年もすれば、皆ラピスラズリという少女を、女神に仕えるがごとく崇拝する事になっていった。

今の彼らはラピスの命により、喜んで命を差し出せる程の異常さを持っていた。

そしてそれを当たり前の事だと認識しているのが、彼らの最も異常な点だろう。

それ故に彼らの誰もが死を恐れる事無く、連合軍との戦いに挑む事になった。

先ず先手を取ったのは、迎え撃つ火星の後継者の側だった。

先の戦いと同じ様にボソンジャンプによる急襲をしかけ、連合軍の戦力を削りにかかる。

対する連合軍は初弾をディストーションフィールドの出力を上げることでいなし、

直後に襲撃する艦隊の方向だけでなく、全方位に向けて反撃を仕掛けた。

火星の後継者にとり、その反撃はかなりの痛手となった。

ジャンプで逃げた先に迫る砲撃を更に回避する事は不可能だったからだ。

たった一度の反撃で、その半数を失った火星の後継者の艦隊は、

それでもその攻撃の手を緩める事はしなかった。

連合軍からの反撃への回避を諦め、攻撃後のジャンプポイントを連合軍の艦隊の中に設定。

乱戦へと持ち込む形で、戦闘を継続する事を選んだ。

その行動は連合軍にとっていささか不可解なものだった。

戦力差から考えて乱戦に持ち込まれることを想定していなかったのだ。

そしてキルレシオの違いから確実にかつ早急にその数を減らしていく火星の後継者の艦隊。

このまま壊滅するかの様に思えたが、特殊艦の登場により火星の後継者の反撃がのろしが上がる。

既に支配を終えていた一部の連合軍の艦が、猛然と味方に襲いかかる。

しかし、先の大敗の反省を生かした連合軍は、その一部艦艇を敵とみなし即座に殲滅していく。

更に特殊艦対策として持ち出してきたのは、その力ゆえに封印状態にあったナデシコCだった。

ナデシコの艦長兼メインオペレーターはホシノルリ。

その実力と人気ゆえにデスクワークがメインの閑職に回され、

その後家族の介護の為と称しあっさりと軍を辞めたはずの人物だった。

それは、退役した軍人を引っ張り出すほどに、

連合軍はなりふりかまわずに討伐の成功を優先させたようとした結果でもあった。

ナデシコCの登場により事態はまた変化を遂げることになる。

連合軍艦の通信を制限し、敵特殊艦から支配を絶つ。

それは同時に艦隊としての機能の減少に繋がるのだが、

それ以上に敵特殊艦への対応を優先する方を連合軍は選んだ。

そしてナデシコCと敵特殊艦で始まる電子戦による戦い。

少なくとも互角以上と期待されていたホシノルリだったが、

実戦を離れたブランクが重いのか、徐々にではあるが押されていった。

今、自分の相手をしているのがラピスラズリと呼ばれた人物である事を、

ホシノルリは戦いを通して確信していた。

その確信は、ナデシコCがその1/3の機能を奪われた時に事実だと証明された。

余裕があったのか、ラピスラズリがナデシコCへと通信をつなげてきたのだ。

ウインドウに映るラピスラズリの視線は、ホシノルリではなくサブシートに座る人物へと向けられる。

 

「お久しぶりです、テンカワさん」

 

そのラピスの言葉どおりに、サブシートに座っていたのはテンカワアキトだった。

軍人でもないアキトがそこに居る事は異例なのだが、

その異例こそが退役したホシノルリから提示された条件でもあった。

それはラピスラズリともう一度話をしたいというアキトの願いを、ルリが叶えようとした結果でも在った。

そして状況は押され気味ではあるが、今がアキトがラピスに話しかける絶好の機会でもあった。

 

「ラピス、何故お前が火星の後継者に身を寄せている?」


「私がそう望んだからですが、何か?」

 

咎めるようなアキトのもの言いにも関らず、感情を余り感じさせない平坦な口調で答えるラピス。

 

「それに、私が何処で何をしようと、元々テンカワさんには関係無いはずですけど?」


「……」

 

正鵠を得たラピスの言葉にアキトは黙り込むしかない。

一時期は互いの感情に影響が出るほどに、深いところでリンクした二人ではあったが、

ある種のギブ&テイクの関係であった事も否めない。

元来アキトとラピスはたまたまネルガル行動により引き合わされた他人であり、

そのリンクを切り離れてしまった今となっては、無関係な人間同士である事には違いない。

それでも、アキトは何かを期待してラピスに問いかけ、そして、その期待はいとも簡単に裏切られたのだ。

 

「でも、良かったですね、家族の方と一緒に居られる事になって。

 テロリスト疑惑も晴れたようですし、これからも家族三人仲睦まじい生活を送れますね。

 私なんかと違って、そういうの、テンカワさんにはお似合いだと思いますよ。」

 

貼り付けたような軽い笑みを浮かべ、感情の起伏を感じさせないラピスの言葉。

ラピスの語ったとおり、アキトへかけられていたテロリスト疑惑は晴れていた。

正確に言えば、五感に異常をきしてまで愛する妻を追いかけた悲劇の主人公として、

世界中のメディアに取り上げられ、ある種の英雄として祭り上げられ、

彼が行なったはずのテロ行為ですら、火星の後継者の一部の為業と言う事になり、

そしてうやむやの内に彼の罪は問われなくなっていたのだ。

無論その影にはネルガルや彼を庇いたい一部の連合軍高官による情報操作もあったのだろうが、

それ以外の勢力による調整があったのも明白であった。

だがその勢力を特定できるものもまた存在しなかった。

 

「さて、どうやらそろそろ状況が動きそうですね…。

 おそらくこのタイミングで増援でもあるんでしょう。

 そうでしょう、ホシノルリさん?」

 

かけられた声に動揺を押し殺して沈黙する事で答え、そして電子戦での勢力を盛り返しにかかるルリ。

 

「なる程、三味線を弾いていたというわけですね。

 ですが、まだまだです。やはりブランクは大きかったですね」

 

一瞬連合軍側に向きかけた勢力を再び取り戻す火星の後継者側。

話を続けながらもそれを行なえる能力に、ホシノルリは秘かに舌を巻いていた。

が、それでもルリには余裕があった。

見破られたとはいえ、これから到着する増援の戦力が十二分にあてになるものだったからだ。

 

『ルリさん、お待たせしました。マキビハリ、ただ今到着です』

 

その声と供に電子戦に参戦する連合軍の新たな勢力。

名乗りを上げたとおりに、マキビハリがラピスとルリの戦いに割り込んだのだ。

そして電子戦において一気に勢力を取り戻して行く連合軍側。

不利を悟ったのかラピスは電子戦での戦いを止め、火星の後継者の全艦艇に撤退の指示を出す事になる。

一瞬の切り替えに乗り遅れた連合軍側ではあったが、

乱戦で乱れた隊列を整え、引き始めた火星の後継者の艦隊への追撃を開始する。

が、木星連合のプラントを背後に退いていく艦隊への追撃は容易なものでなく、

結果、散り散りだった火星の後継者の艦隊の体勢を整える時間を与えてしまう事になる。

ギリギリの高度を保ち、連合軍へ攻撃を開始する火星の後継者達の艦艇。

連合側はフィールドの出力を上げる事で、これを防御し、

じりじりと半円を描くように火星の後継者達を包囲して行く。

包囲網が完成したかに見えたその時、一隻の艦艇が真正面にボソンジャンプで突出し、

ゼロ距離からのグラビティブラストで数隻の連合軍の艦艇を撃破する。

それは火星の連合軍の特殊艦であり、かつてはユーチャリスと呼ばれた船でもあった。

だが、一隻の特攻の効果はそれだけだった。

反撃にと打ち込まれた何発もの砲撃は、ユーチャリスのフィールドを破壊し、

船体へ過大過ぎるほどのダメージを与え、そしてユーチャリスはあっさりと破壊された。

その様子をナデシコCのブリッジで、つぶさも逃さず見ていたアキトは漠然とした違和感を感じてた。

その違和感が確信へと変わったのは、火星の後継者の鬼気迫る砲撃とそ、

れに呼応する連合軍の反撃を見た時だった。

 

「逆から来るぞ、気をつけろ」

 

ナデシコCから連合軍の全艦へと向けられたアキトの忠告ではあったが、タイミング的に少々遅すぎた。

攻勢にでる連合軍の背後方向に、ボソンジャンプで現れる一機の機動兵器。

ディテールにこそ違いはあれど、アキトはその機体に十分すぎるほどの見覚えがあった。

供に幾つもの戦場を駆け抜けたかつての愛機であるブラックサレナ。

その機体がジャンプアウトし、艦艇の後方に位置していたナデシコCを掠め、

艦隊の中心に位置する旗艦へと突撃して行く。

無論、連合軍もただ呆然とそのブラックサレナを見送るはずも無く、

過剰過ぎるほどの対空砲火をもって敵機を迎え撃たんと行動し始める。

激しい攻撃を縫うように、そして時にはフィールドの強度に任せた強引な突破で、

途中、幾つかの艦艇を撃破しつつもブラックサレナは確実に旗艦へと迫る。

が艦隊戦にそなえて展開を節えていた連合軍の機動兵器も出撃を開始し、

ブラックサレナを抵む壁は時間の経過と供に更に厚くなっていく。

その抵抗を前に、徐々にではあったがブラックサレナの突撃速度が落ち始める。

そんな中、ナデシコCに居るアキトの目の前に小さなウインドウが開いた。

荒い画像に時折振動すら感じさせる小さなウインドウ。

割と見慣れた感のある機動兵器のコックピットの中央に見えたのは、ラピスラズリの姿だった。

ガン!

と大きくウインドウの映像が揺れ、その直後に雑音交じりではあるものの音声が繋がった。

 

「そう言えば、一つテンカワさんに言い忘れていた事が在りました」

 

先ほどの衝撃で負傷したのか、頭から血を流すラピスが、

変わらぬ平坦な口調でアキトへと語りかける。

ブラックサレナを駆りつつも語られるラピスの言葉。

そこに何か重大な意味が在る事を感じたアキトは、黙って頷き続きを促した。

その時奇しくもウインドウの向こうに静けさが訪れ、振動し乱れていた映像もクリアに繋がった。

 

「バイバイ、アキト、大好きだよ」

 

コックピットの中央で血まみれのままのラピスは、

アキトがコレまで見た事も無いような優しげな笑みを浮かべ、

生まれて初めての告白に少々のはにかみも交えて照れながら、アキトにそう告げた。

そんな彼女の笑みは、次の瞬間閃光に包まれ、

二人を繋げていたウインドウは、あっけなく閉じられてしまう。

それは、連合軍の旗艦のブリッジの破壊に成功したブラックサレナが、

取り囲んだ機動兵器による一斉射撃によって、爆砕した瞬間でもあった。

 

 

 

 

 

こうして、ラピスラズリという少女の、短くも喜劇と悲劇が入り混じった人生は、その幕を降ろす事になった。

 

 

 

続く

 



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