新機動戦艦ナデシコ
黒き王子と福音を伝える者



第一話 飛んだ先は紅い世界




微かな楽器の音が聴こえる中アキトはゆっくりと目を開けた…

「ここは…… 何処だ…
 ランダムジャンプで俺は消えたと思ったんだが…」

床に寝かされていたようで身体を起こすと辺りを見回した。
未だに意識がハッキリせずにボーっとしていた。
回りには何も無くあるのはこの部屋の出入り口のみ。
そして微かに聴こえてくる楽器の音と強烈な鉄のニオイ…

「何だこのむせ返る血の匂いは…
 ………血の匂い?
 バカな!!」

アキトは意識が覚醒すると驚きで愕然とした。

しかし夢にしても余りにもリアルすぎ、
かえってこれが現実だと理解してしまう。

「バイザーもβとのリンクも無いのに、匂いが感じられる!
 音も聴こえるし、目も視える!
 何故だ!」

アキトは立ち上がり身体を触ったり、手を舐めてみたりと
自分が五感を取り戻している事を確認していた。
それどころかヤマサキの実験で切り刻まれたキズさえも消えていた。

「いったい何故、どういう事なんだ…
 情報が全く無い、何故俺は五感を取り戻せたんだ!
 誰か探して聞かなければ…」

アキトは混乱しながらも出入り口に向って歩き出した。
そして外の景色を見て固まった。

そこは赤い世界だった。

赤い世界以外の言葉が出なかった。
見渡すかぎりの砂とオレンジ色の海。
空を見上げると月と、赤い輪が空を横切っている。
建物は何も無く生き物も全く見えない。
血の匂い以外全くしない。
聴こえるのは微かな楽器の音と波の音のみ。
そして一番衝撃なのは遠くに見える割れた巨大な女の頭だった。

「こ、ここは何処なんだ……」

アキトの頭は衝撃が多すぎて考える事がうまく出来なかった。
ただ楽器の音に釣られるようにフラフラと音に近づいていった。

ザッザッと砂を踏み締めながら音に近づいていく。
音楽に疎いアキトでも聴こえてくる音楽は上手いと感じた。
哀しい音色だとも感じたが…

音に近づいていくと、岩に腰掛け楽器を引いている少年の
後姿が見えた。

(あれは確かチェロ?)

少年に近づきながらアキトは混乱している頭で
そんな事を思い浮かべた。

「あ… すまないが…」

アキトは何と問いかければ良いのか分らなくなった。
アキトが声を掛けると少年はチェロを引くのを止め振り返った。
振り向いた少年を見てアキトはまた驚きを隠せなかった。

服装こそ、白のシャツに黒のズボンだが
雪の様な真っ白な肌。
淡い紫の入った腰まで伸びた銀髪。
血の様な真赤の瞳。
少女と勘違いしそうな人間離れした容姿をした少年だった。

「よかった、気が付いたんですね。
 大丈夫ですか?」

「あ… その… うん」

少年が優しく問いかけるが、アキトの頭は混乱したままだった。
アキトは深呼吸を何度か繰り返した。

「すまない、頭が混乱していたようだ。
 聞きたい事があるんだが良いだろうか?」

「えぇ構いませんよ。
 僕も聞きたい事があるので、場所を移動しましょうか」

「わかった」

二人はアキトが歩いてきた方に移動していった。
元の部屋に近くにもう一つ部屋があり、そこに入って行った。

「すみません。
 ある物は水しかないんです」

「いや、構わないよ。
 丁度喉も渇いていたし」

アキトは床に座り少年から渡されたコップの水を飲んだ。

「自己紹介からしましょう。
 僕の名前は碇シンジと言います」

「あっ俺はテンカワ・アキトだ
 それで幾つか聞きたい事があるんだ」

「はい何ですか?
 僕に答えることが出来るなら何でも」

シンジは優しく頬笑みながらアキトの問い掛けに答えた。
アキトは真剣な表情でシンジに聞いた。

「まず、俺の身体の事なんだが…
 五感が治っていたんだが、治したのは…」

「えぇ、僕が治しました」

「なっ!」

シンジの答えにアキトは驚きで固まった。
何故ならアキトはイネスから絶対に治らないと言われていた。
数多くのナノマシンが身体にあり、どのような作用か分かってない
ナノマシンの方が多くて、手の出しようが無かったからだ。
なのにシンジはそれを何でもないように言ったからだ。

「テンカワさんが倒れていたのを僕が見つけたんです。
 怪我をしていたので治そうと思ったのですがその時に
 五感が無い事に気付いたので一緒に治しましたが…
 もしかして何処か身体がおかしいですか?」

「いや身体は全然問題ないよ。
 前に五感は絶対に戻らないと知り合いに言われたから・・・・・・
 ありがとうシンジくん、ありがとう、ありがとう…」

アキトは泣きながらシンジに頭を下げた。

「そんな頭を下げないで下さいテンカワさん」

「いやどれだけ感謝してもしたりない事はないんだ。
 本当にありがとう」

泣きながら頭を下げ続けるアキトにシンジは困った顔をした。
アキトが落ち着くとシンジは話を続けた。

「今度は僕から質問があるのですがいいですか?」

「あぁ何でも聞いてくれ」

シンジは真剣な顔で切り出した。

「テンカワさん、何故ここにいるのですか?」

「えっ?」

アキトはシンジの質問が理解出来なかった。

「テンカワさんがここに居るはず無いんです普通は」

「居るはすないって……
 どういうことだ?」

「言葉通りの意味です。
 テンカワさんがここに居るのは在りえません」

混乱しはじめた頭をアキトは整理した。

(どういうことだ? 何故ここに居たらいけない?)

シンジはアキトをジッと凝視しながら言葉を待っていた。

「すまないシンジくん。
 もう少し分り易く聞いてくれないか?
 頭が少し混乱している」

「そうですね、すみません分り辛かったみたいですね。
 ……テンカワさん、もしよければ今迄何があったか
 聞いても問題ないですか?」

「今迄の事かい?」

「えぇテンカワさんがどの様に生きてかを知りたいんです。
 それが分れば僕も分り易く言う事が出来ると思うんです」

アキトはシンジに言われて少し考え出した。
シンジに話す今迄の自分の事といえば、火星の事・ナデシコでの事や
その後の悲劇に関する事になるからだ。
だが、今の状況を理解するにはそれを知らなければならないとシンジは言った。

「そうだね。
 少し長い話になるがいいかい?」

「はい、お願いします」

そしてアキトは少しずつ話を始めた。

火星での生活、地球に飛んだ事、ナデシコに乗ってユリカに再開した事、
木連の事、古代火星人とその技術、ユリカとの結婚、
そしてその後の悲劇と最後のランダムジャンプ。

3時間以上掛けて全てを話した。

「すみませんテンカワさん。
 僕は… 無神経すぎました……」

「いや、いいんだシンジくん。
 謝らないでくれ、余り楽しい話じゃなかったろ?」

シンジは申し訳なさそうに頭を下げると
アキトは寂しそうに笑っていた…

「それよりも、話の中で何か手がかりはあったかい?」

「えぇ十分ありました。
 古代火星人の技術ボソンジャンプ。
 単なる場所を移動するのでは無くて、時間をも移動する技術…
 そして相転移エンジンの暴走によるランダムジャンプ」

シンジはブツブツと呟きながら頭の中を整理していた。
話続けていたのでアキトは水で喉を潤しながらシンジを待っていた。

「テンカワさん、ここが何処だか分りますか?」

シンジにそう言われてアキトは言葉に詰まった。
始めてみる景色、血の匂いしかしない星。
今迄こんな惑星が在るとは聞いた事も無かったからだ。
そしてシンジの答えに衝撃を受ける。

「いや分らないな…」

「ここは地球です」

「は? 地球?
 ・・・・・・・・・地球!?
 馬鹿なっ!! ここが地球だとっ!!」

アキトは起きて何度目かになるか衝撃を受けて頭の中が真っ白になった。
シンジはアキトが驚きで固まっているのを見て確信した。
世界を越えたと・・・

「テンカワさん落ち着いてください。
 ここは確かに地球ですが、テンカワさんの知る地球とは別の地球なんです」

「別の地球?」

「はい。
 テンカワさんは最後のランダムジャンプの時に時間だけではなく
 世界すら越えたんだと思います。
 平行世界って分りますか?」

「平行世界?
 えっと確か… 似ているけど違う世界の事だっけ?」

「まぁそう考えてもらっても問題ないですね。
 厳密には、ある世界から分岐し、それに平行して存在する別の世界
 の事を指します。
 まぁ大樹の枝を考えると分りやすいですね」

「つまりここは地球だけど俺の世界の地球ではないのか」

「えぇそうです」

アキトはシンジの言葉を聞き納得しようとした。
それと同時に一つの疑問が浮かび上がってきた。

「シンジくん、聞きたいことがあるんだが」

「何ですか?」

「ここが地球ならば他の人は何処にいるんだい?」

そう問われたシンジは寂しそうに笑い

「人間は滅びました…」

「え……」

「いえ、人間だけではなく、植物も動物も昆虫も
 微生物さえも、生きとし生ける全ての生命体は
 滅びました…
 残っているのは僕一人です……」

「そ、そんな……」

アキトは愕然とした。
目の前にいるシンジ以外に生きているものが居ないといわれ

(あぁ〜何か衝撃を受けてばっかだなぁ〜)

等とくだらない事を思い浮かべていた。

「テンカワさん大丈夫ですか?
 混乱しているみたいですが」

「あぁ大丈夫だよシンジくん。
 それよりも滅びたって言っても俺の世界では無いのかい?
 こう言っては何だけど、時間を越えただけかもしれないし…」

そうアキトが言うがシンジは頭を横に振った。

「いえそんな事はありません。
 何故なら滅びたのは西暦2015年ですから」

「2015年… 俺のいた世界の180年以上昔なのか……」

「はい…」

部屋の中がしんみりとし、どちらも口を開かなかった。
部屋の雰囲気を変える為、シンジは少し明るめに口を開いた。

「それよりもテンカワさん。
 これから如何するんですか?」

「えっ? これからかい?」

「えぇこれからです」

シンジに問われてアキトは考えたが何も思い浮かばなかった。
何故なら元の世界に帰る事も出来ないからだ。
ランダムジャンプのお陰で帰る方法も分らないし、
仮に帰ったとしても待っているのは永久指名手配犯のレッテル
捕まればどんな理由があれ死刑は免れないだろう。
そして自分の事を知らない元妻…

「ははは… もう戻ることもできないし
 これからはここでシンジくんと暮らす事になるんじゃないかな?」

「そうですか…… ここで暮らすんですか…
 テンカワさん、一つ提案があるのですが」

「うん? 何だいシンジくん?」

アキトがシンジの方を見た。
シンジは遠い昔に見た父親の笑い方を思い浮かべ同じように笑った。
通称ゲンドウスマイル

「やり直しませんか?」

「やり直す? 何をだい?」

「テンカワさんの人生を」

「……は?」

「ですからテンカワさんの世界の過去に戻って
 テンカワさんの人生をやり直しませんか?」

「俺の過去?
 ムリだよそんなの?」

「何故ですか?」

「第一どうやって戻るんだい?
 俺は戻り方なんて知らないし」

「出来ますよ。
 僕の力で」

「出来るの?」

「はい十分可能です。
 ナデシコに乗る前にも行けますよ」

「へぇ〜そうなんだぁ〜
 ナデシコに戻る前にも行けるんだぁ〜」

「はい」

「凄いなぁシンジくんはぁ〜」

「それ程でも」

「………」

「どうします?」

「………」

「…」

「………」










「なにぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!!!」










今度こそアキトの頭の中はパンクした。
シンジは確かに言った。
『過去に戻りませんか?』と
それもナデシコに乗る前も可能だと
アキトはシンジに詰め寄り肩を掴み揺さぶった。

「シンジくんどういう事だい!
 過去に戻るって!!
 誰の過去の事だい!!!」

「いいいいやややや、だだだだかかかからららあ
 テテテンンンンカカカワワワさささんんのののの
 かかかかここここここののののここここととととと
 ででででですすすすすす〜〜〜」

シンジはイタズラが成功した事を笑いながらそういった。
アキトはシンジの肩を揺さぶるのを止めるとそのまま固まり

「戻れるんだ元の世界に…
 それも過去に……
 ははははは」

「まぁ先ほどの話を聞く限り、イネスさんでしたよね?
 彼女の事がありますのでナデシコ?の就航の一年前
 テンカワさんが地球にボソンジャンプした時が一番良いと
 思いますよ?」

「あ… あ… あ…
 あの時に戻れるのか…」

「えぇ戻れますよ」

「戻れるんだ……
 皆の元に…
 ユリカの元に戻れるんだ…
 あ、あ、あぁぁぁぁあぁぁぁぁぁ」

アキトはその場に泣き崩れた。
シンジはアキトを優しく見詰めて泣き止むまで待ち続けた…

「す、すまないシンジくん
 取り乱してしまって」

目を真赤にしたアキトがシンジに謝った。

「謝る事ではないですよテンカワさん」

「あ、あぁ分かった」

アキトはシンジの傍を離れ床に座り直した。

「しかしシンジくんはどうするんだい?」

「え? 僕ですか?
 僕もテンカワさんについて行きますよ?」

「いいのかい?」

「何がですか?」

「俺について来ても」

アキトがそう言うとシンジは何でもないことのように言った。

「問題無いですよ。
 元々する事といえばチェロを引く以外ありませんでしたし、
 自分の過去に戻るつもりも全くありませんでした。
 テンカワさんの話を聞いて僕がテンカワさんのお手伝いを
 したいと思ったんです。
 だからテンカワさんは何も気にする事はありませんよ」

「そっか…
 ありがとうシンジくん…
 ありがとう……」

「いえ、どう致しまして」

アキトは目を赤くしながら笑い
シンジはニッコリと笑った。

「ただ…」

「ただ何だい?」

シンジは少し顔をしかめながら言った。

「テンカワさんの過去に戻ったとしてもテンカワさんと
 同じ過去ではないんです…」

「え? どういう事だい?」

「テンカワさん。
 テンカワさんの過去のテンカワさんは、
 未来のテンカワさんでしたか?」

「は?
 いや違うよ?
 ……そういう事か…」

「はい、そこから既にテンカワさんの過去ではないんです。
 だからそこからの未来も違ったものになってくるんです」

「なる程、確かにな」

「それにバタフライ効果も出てくると思うんです。
 つまり…」

「何が起こるか分らないってことか」

「そうです…
 すみません」

「シンジくん、謝ることではないよ
 俺はシンジくんに感謝しているんだから」

アキトが真剣な目でシンジを見る。

「そうですね…」

そしてシンジは少し頬笑んだ。



◆1時間後◆

砂浜に二人で向かい合い立っていた。

「では今からテンカワさんの世界に行きます。
 何か質問はありますか?」

「あぁ〜…
 俺はどうすればいい?」

アキトが少し緊張ぎみにそういうとシンジは顎に指をあてて

「そうですね、目を瞑っていた方がいいと思いますよ」

「分かった、目を瞑ればいいんだな」

シンジにそう言われアキトは目を瞑った。

「では行きますね」

「あぁ!
 シンジくんよろしく頼む」

アキトの返事と共に二人の足元に黒い影ができ
二人を飲み込んで行った。

その後に残ったのは赤い世界と波の音だけだった…



続く…













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