魔法使いに出来る事外伝〜大河内アキラに出来る事〜
ザザーンという感じで波の音が聞こえてくる浜辺夏の海はやはり気分のいいものだ。
俺はちょうど魔法関係の依頼で麻帆良学園都市を出ていた。
簡単な依頼ではあったが、ホテルに立てこもった魔法使いが一般人の前で魔法を使いそうになったため、
記憶を消すためにいろいろやる羽目になった。
とはいえ、依頼料はあの校長から出ているため、数日泊って帰るつもりだった。
ここのところ中学生の真似事をさせられて鬱憤もたまっている、久々に酒でも飲んで酔うのもいいかもしれないな。
そんな感じでぶらぶらと浜を歩き回っていると、ふと見た顔がいる事に気づく。
中学生にしては少し大柄の少女、ロングにしたポニーテールが美しい。
ポニーテールというのは性格的にじゃじゃ馬というイメージがあるが、この娘にはそういうのは当てはまらないようだ。
名前は確か……小神……。
「大河内アキラです!」
「うお!? 気づいていたのか?」
「というか、真正面から来て何かを思い出すように小神って呟いたら、名前覚えてもらってないのバレバレじゃないですか」
「ははは……いや、なんというか。アキラちゃんっていう名前は覚えているんだが……」
「確かにちょっと苗字は覚えにくいかもしれないですけど、大地とか小神とか……関係ないじゃないですか」
「ははははは……」
笑ってごまかすしかなかったが、どっちも実際にいるわけではないのだが有名なアキラなんだと言ってもわからんだろうな。
元々アニメ好きだったのが災いしているな……。
まあ、それは仕方ないんだが、そういえば彼女は何故ここにいるのだろうか?
「しかし、偶然だな」
「そうですね、ちょっと友達に頼まれた……というか単なるお節介なんですけど。
スキューバーがやりたいっていう人がいたので、知り合いのダイバーさんを紹介してきたんです」
「へぇ、そのためにわざわざここまで……」
「べっ、別に無理して来たわけじゃないですよ、夏休みですから、ちょうど実家の近くだから知ってるだけですし」
「そうか、それじゃあ。な」
俺は魔法の事を知らない彼女と深くかかわるわけには行かない、そうである以上そろそろ切り上げ時と考え言った。
しかし、その声は思いのほか強い声でさえぎられた。
「あっあの!」
「……?」
「まだ前のお礼とかしてないから……」
「礼なら前に言ってもらったと思うが」
「あの機械の時も、銀行強盗の時もテンカワさんは私を助けてくれました。
なのに、言葉だけでお礼なんて私納得できません」
妙に律儀な子だな……ナデシコではこんなタイプの子はいなかった。
みんなどちらかといえば、行動派で自分から突っ込んでいくタイプばかりだったからな。
俺は少し苦笑いしてから、振り返る。
「なら、どういうお礼をしてくれるつもりなんだ?」
「えっと……まだ何も考えていません」
「なら俺が好きにしてもいいのか?」
「え?」
俺は、アキラが驚いている隙に大またで近づきアキラのあごに手をかけて少し持ち上げる。
もう一息でキスできそうなほどに近づいた。
「男が女に言う礼といえば、こういう事になるんだがな?」
「えっ!? あっ!! 私っ!! そんなつもりは!?」
驚いて身を硬くするアキラのあごから手を離し、俺は一歩引いてみせる。
そして、少しだけ気取っていって見せた。
「そんなにお人よしじゃあ利用されるぞ、俺が必要ないと言っているんだから気にしなければいい」
「っ!?」
からかわれていた事を知ったアキラは顔を真っ赤にし、それから俺をにらみつける。
俺の事を嫌ってくれればいいと俺は思う、魔法の事、いや俺自身はもっと別の秘密すら抱えている。
彼女がそれを知らないままでいられるならそっとしておいてあげたい。
もっとも、最近肉体がだんだんと大人に戻っていくとともに世界から乖離していく自分を感じる。
そういう俺の近くにいて欲しくないという思いがあるのも否定できない。
ポーカーフェイスのつもりでいたが、アキラは俺から何かを読み取ったらしい。
俺にすっと自然体のままで近づいてくる、何をするつもりなのかわからず俺が戸惑っていると。
俺の顔を両手ではさんですっと顔を近づけてきた。
思わず顔を引こうとするが、以外に力が強くて引き離せない。
そのまま、アキラは俺の口を掠めるようにほほにキスをした。
「テンカワさんが本当は年上なんじゃないかっていうことは気がついてました。
でも、中学生を軽く見ないでください。私だって興味はあるんですから」
顔を真っ赤にして、それでもどもらずに言い切るアキラはどこか吹っ切れていた。
俺はキスその物ではないにもかかわらず心臓が跳ねるのを感じた。
もうそういう年でもないと感じていたのが嘘であるかのようだ……。
肉体は中学生という事だろうか……。
「わかった、俺の負けだよ。それでお姫様はどうしたいのかな?」
「また子供扱いするんですね……でも、今回は許してあげます。アキラちゃんっていうのまた言ってくれれば」
「あー……俺そんな事言ってたか?」
「はい♪」
「すまないな。そういうくせなんだ」
「多分親しい人に言うんですよね」
「否定できないな。じゃあアキラちゃんは親しい人にはどう言うんだ?」
「呼び捨てですね。じゃあ私はアキトって呼んでもいいですか?」
「構わないがちょっと恥ずかしいな……」
「ふふ……」
一気に打ち解けるアキラちゃん。
自分で言うのもなんだが最近はほとんど呼び捨てだっただけに、結構言うのも恥ずかしい。
背丈が同じくらいなので見た目だけなら姉と弟に見えない事もないが、その辺は当人同士という事で置いておこう。
「それで、これからお時間ありますか?」
「ああ、夏休みだしな。元々ここに来た理由はもう終わらせている」
「そうなんですか、じゃあ、ご一緒しませんか?」
「ご一緒といわれてもな……」
「この辺りのことは結構詳しいんです。
折角麻帆良の外で会ったんですし。たまにはいいいと思うんですけど」
いつになく勢いのあるアキラちゃんの申し出に、先ほどのこともあり断りきれない俺はなんとなくでついていった。
いつも思うのだが、いざというときは女性は強いな……。
「それで、いったいどこへ行くんだ?」
「そうですね……まずは、水族館なんてどうでしょう?」
どこか足音の軽いアキラちゃんはそのまま軽いステップで前を進んでいく。
それでも不思議とばたばたした感じには見えないのが彼女らしい。
浜辺から上がり道沿いに歩くと暫くして水族館の看板が見えてくる。
「水族館好きなのか?」
「好きですよ。イルカとかペンギンのショーとか……」
「なるほどな」
「あっ、でも水槽の中の生き物も面白いですよ」
必死で取り繕っているようだが、やはりショー目当てである事は明白そうであった。
チケットを買い、中に入って水槽を見る、中にはいろいろな魚が泳いでいたが確かにあまり元気のいいのは見かけない。
そういうものではあるのだろうが、やはり水族館の魚は飼われているという事なんだろう。
暫くすると、海の中に通路を通している場所に来た、ここは廊下がやたらと長いのだが、陸から海に入る事を思えば当然だろう。
何のかんの言っても水の中から見た景色は、エステに乗って海に突っ込んだ時くらいしか見ていない。
そのときは景色なんか気にしていなかったが、確かに光が水を通して差し込むというのは面白い。
「綺麗ですねー」
「そうだな。俺も初めて見る景色かもしれない」
「あっ、一緒ですね。私も実ははじめてなんです」
「そうなのか、しかし、詳しいんだろう?」
「はい、でも……そのころから私、泳ぐ事ばかりで。あんまり自分で遊んだ事ないんです」
「今は騒がしい3人と一緒にいろいろやっているようだがな」
「あっ、そんな事いったら、あの子達にも言っちゃいますよ」
「それは困ったな」
俺は本当に困った顔になる、あの3人は中学生とは思えないほどに暴走しがちだ。
アキラというストッパーがいなければどこまでも行ってしまいそうで怖い。
「ふふっ、冗談ですよ。でも、確かにあの子達のお陰で私もいろいろするようになったと思います」
「その分いろいろ気苦労も多そうだがな」
「はい、でもそういう所も楽しいです」
この話はアキラちゃんにとっても緊張をほぐす効果になったのだろうか。
その後俺とアキラちゃんはいろいろな話をした。
とはいっても、俺に出来るのは学園での話くらいではあったが。
ペンギンを見てから水族館を出る、ついでに昼食に誘った。
行きたいところがあるというので行って見るとそれは一風変わった屋台だった。
「ここはガレットっていう料理の屋台なんです、昔見てたんですけど買ってみる勇気なくて」
「ガレットか、確かに珍しいな。フランスの屋台では時々あるらしいが……」
「へぇ、あんた詳しいんだな。俺は本場ブルターニュで学んできたんだ、旨いぜ」
言われて俺は口をつける、確かに旨い、ブルターニュで学んだと言っていたが、そのままじゃないな。
日本風になじませるために工夫をこらしている。
そば粉も向こうのではなく日本のものだし、牛乳の変わりにヤギの乳をつなぎに使っているようだ。
正直値が張りそうだが……それほどでもないようだった。
「これなら、店を出してもいけそうだがな」
「はい、おいしいです。でもアキトは料理詳しいんですね」
「まあ、ちょっとかじったからな」
「かじったって料理ですか?」
「ああ……そうだが」
「始めて知りました」
アキラは驚いて俺を見る、そんなに意外だったろうか……いや、中学生なんだから当然か。
食事を終えて公園を歩く、やる事があるわけではないのでゆったりとした歩みだ。
アキラはさっきの驚きを引きずっているのか何か考え込んでいるようだった。
「どうかしたのか?」
「あっ、いえ……アキトはなんでもできるんだなって」
「なんでも? そんな事はないさ」
「え?」
「学者だったからな……両親とも15歳位のころは飛び級で高校や大学に行っていたらしい」
「それって……」
「もっとも、俺が小学校に上がるころにはもういなかったんだ、どんなに偉かったのかなんて知らないがな」
「……ごめんなさい」
「気にしないでくれ、ずいぶん前の話だ」
とはいえ、一度崩れた空気というのはなかなか難しいものだ。
俺達は無言のまま歩き続けた、日が少し傾いてきたように思える。
公園を過ぎ、山間を登り、丘の上にあるちょっとした空き地にやってきた。
そこは町並みと海に日が沈んでいく姿が見える、景色のいい場所だった。
「私、気が沈んだときはここに来ていたんです」
突然言葉をつむいだアキラに俺はどう返していいのかわからない。
アキラは少し微笑み、俺に向けて話を続ける。
「アキトはきっとこういう普通の事に飢えてるんじゃないかと思う」
「なっ!?」
「だって、ちょっとしたことに気を使って、私を困らせないようにしてくれたし」
「それは……」
「私の事を大切にしてくれてるのはわかるんです。でも線を引いていませんか?」
俺は彼女の眼力に驚く。
確かに気を使っているのは事実かもしれない、しかし、線を引いていると感じるとは……。
中学生としてはかなり勘が鋭いのだろう、ある程度年を重ねた人間なら観察眼で見分ける者もいるんだろうが。
「私……きっと、もっと知りたいと思っています」
「知る事で君を危険に巻き込むとしても?」
「それでも、やっぱり……気持ちを抑えられるくらいなら、私最初からキスなんて恥ずかしい事しません」
また、顔を真っ赤にしながら、それでも目をそらすことなく俺を見る。
俺は、どうしていいのかわからずにいた……。
空では夕日が沈み始めている。
どこか、張り詰めたような空気が流れる……。
「やっぱり無理ですよね……でも、私あきらめませんよ。
だって、私の人生を決めるのは私ですから、両親でもアキトでもなく」
「だが俺は巻き込まれる人を見たくはない」
「はい、だから……自分から行きます。だから油断しないで待っていてください」
それは、強い微笑みだった……。
魔法とか、力とかそういうものではなく、どこまでも真っ直ぐで恐れを知らない。
そういう、知らないからこその強さが俺にはまぶしかった。
俺も昔はそうだったはずだ、いつの間にこんなに弱くなったのだろう……。
それは、自分の傷が見える瞬間でもあり、また癒される瞬間でもある。
俺は、この少女をいとおしいと思った……。
だが、だからこそ近くにいてはいけないと思った。
裏の世界の実情など見せてこの心を曇らせるのは、罪悪でしかないのだから。
「今日はありがとうございました。次は学校でですね」
「ああ、二学期になったらまた会おう」
「はい!」
すぐ近くにいるのに遠い、それは重なり合わないものとして俺にはある。
しかし、アキラちゃんにはそんなに遠い壁ではないのかもしれない。
俺は去っていく彼女を見送りながらただ夕日を見ていた……。
あとがき
カップリングSSといいつつ、カップル成立していないお話ですorz
いや、アキラというキャラにどういう個性を持たせるべきなのか迷いました。
なにせ、原作では扱いがまだ確定していないっぽいですからね。
順を追って、恥ずかしがりや、常識人、お人よし、世話好き、少し勘が鋭い。
このくらいの情報しかないので(汗)
なんとかアキラになっていたらいいのですが……。
一応魔法使いに出来る事の続編のようなものです。
ですが、一部省略されたりしています、お許しをw