「…大佐殿…大佐殿!」
「えっ…あ、すみません…ぼーっとしてました…」
「お疲れのようですね…作戦の方は既に終了しました、一度自室の方に戻られては…」
「はい…それでは、御願いします。」
「アイ、マム。」
テレサ・テスタロッサはマデューカス中佐に艦橋を任せ席を立つ…
疲れが溜まっているのかふらつきながら艦橋を出て自室に向かう…
そして、自室の扉を開けてベッドの上に座り込む…
「ふう、自覚していませんでしたが疲れが溜まっていたみたいですね…」
ベッドの横にあるデスクの引き出しを開け一冊の本を取り出す…
「これももう終わりですね…次のを買わないと…」
それは、アルバムだった…
テッサはそれを見て、一度くすりと笑い…
おもむろにページをめくり始める…
「そう言えば、こんな事も有りましたね…」
フルメタル・パニック!短編SS
紫色のマイ・ダイアリー
それは、兄さんが出て行って暫く後の事、バニと出会う少し前…
私が一人だと感じていた時の事です…
私は<ミスリル>に保護されて間もなかったので、周りの人全てが怖かった事を憶えています。
その時、私は兄に捨てられた事に怯え、誰とも向かい合おうとしませんでした…
作戦司令部への誘いも再三断りつつ、一人<ミスリル>の用意したセーフハウスに引きこもっていたのです…
「テレサさん、食事が出来ましたよ…」
「…」
そう呼ばれて、直ぐに食べた事は殆ど無かった様に思います…
食事や、掃除等はハウスキーパーが来てくれていたので心配要りませんでしたが、
考えてみると、彼女もミスリル情報部の護衛だったのでしょう…
時折、いなくなっては少し疲れて帰って来ていたのを、私は見ようともしていませんでした…
私は兄にコンプレックスを持っていましたから、こんな駄目な子誰も見てくれないと考えていました…
そんな生活も一月にもなれば、退屈になります…
当時、私は自分が狙われている事を知ってはいましたが実感していませんでしたから、一寸出かけてみようと思ったんです…
綿密にシミュレーションして、この時はハウスキーパーが来ないと言う時を狙って外に出たんです…
そして、そのまま町の中で迷子になってしまいました…
普通なら、情報部のつけた護衛は一人では無いのですから直ぐに保護されたのでしょうが…
その時は、たまたま、<アマルガム>の息のかかったテロ組織の一つが襲撃して来ていたんです…
当時<アマルガム>にとって<ミスリル>等どうでもいい存在でしたが、そのテロ組織は一度壊滅寸前まで追い込まれていたので、報復しようとしたのでしょ
う…
私は、それに巻き込まれ、連れ去られてしまったのです…
もちろん、この頃はまだ私たちウィスパードの事はそれ程有名ではありませんでしたが、
情報部の護衛がいた事で私が重要人物だとあたりを付けられてしまったんです…
そして、その組織…DNSと名乗っていましたが、いまだに何の略なのか分かりません…
兎に角、その組織は私を連れてアジトの一つに引き上げました…
最も、アジトとは名ばかりの廃ビルでしたが…
そこでは、食べる事にも困るような人々が身を寄せ合うようにして暮らしていました…
黒人、白人、褐色人種…不思議と黄色人種が少なかった事を憶えています…
傭兵らしき人達も居ました、しかも、その一人は私と同年代の少年だったんです…
私を監禁する部屋に運んだのはその少年でした…
少年は私を部屋に入れると、部屋の前で座り込んでしまいました…
部屋自体、扉が無くなっているので、私は丸見えです…
最も彼の方も良く見えましたので、観察してみる事にしました…
褐色に焼けた肌とボサボサの長い黒髪、破れ目の目立つマントをして、ライフルを肩にかけながら座っています…
不思議なのはその髪の毛を紫色のリボンで縛っている事です…
意外と可愛いのが好きなんでしょうか?
どうやら、彼は私の監視のためにいるらしく、時々私に目を向けて睨んでいます…
それだけで、当時の私は震えるのを止められなくなりました…
すると、少年はとたんにうろたえて…
「どうかしたのか?問題があるなら言え、人質の要求はある程度かなえる様に言われている。」
とぶっきら棒に私に言うんです…
私はそれに少し安心して、
「喉が渇きました…」
「水で良いか?」
「おしるこありますか?」
「は?」
「いえ、お水で良いです…」
それを聞くと、少年は水を汲みに向かいました…
考えてみれば日本でもないのにおしるこなんて言ったのはどうかしていました…
最もその経験を元にメリダ島の自販機には『おしるこドリンク』を入れることを強引に押し通したんですけど…
監視の少年がいなくなったのですから、逃げる事が出来る様な気がしていたんですけど、結局私はそこでじっとしている事にしたんです…
最も、実際は他にも監視や出入り口の警戒をしていた人が居たんですから、不可能だったんですけど…
暫くして、少年が帰ってきた後、コップに満たされた水を渡されました…
私は両手でコップをもちつつ、話をしてみることにしました…
「あの…なぜ私を連れてきたんですか?」
「分からん、俺は雇われただけだからな、ただ…ここのやつらは何かの交渉に使うつもりの様だ…」
「そう…ですか…」
私は思わず沈んでしまいました…
私なんかを助けに来るなど信じられなかったからです…
「どうした?」
ふさぎ込んでいるのが分かったのか、少年が心配そうに私を覗き込みます…
私は思わず顔が赤くなるのを感じました…
少年の目はとても真っ直ぐで…まるで私の心の中まで見透かされそうな、そんな気がしたんです。
「あ…えーっとそのリボンは如何したんですか?」
「うん?ああこれか…前にいた場所で髪の毛位はきちんとしておけと無理矢理縛られて…まあそれ以来使わせてもらっている…」
「そうなんですか…言われてみるとその頭は大変そうですね。」
「そうか?」
少年は不思議そうに、首を傾げて私を見ていましたが…
唐突に何かに気付いて、背後を振り返りました…
その時は、既にライフルは手元に引き寄せられており…
いつでも撃てる様に構えられていました…
「誰だ!?」
「おいおい、物騒だな…俺だよ…」
「ラウドか…気配を消して忍び寄るとは、あまりいい趣味じゃ無いな。」
「すまん、クセでな…折角お姫様を手に入れたんだ、顔を拝みに来る位良いだろ。」
「人質には誰も近付かせるなと言われている。」
「おいおい、硬い事言うなよ…一寸位良いだろ。」
そう言って、次の瞬間には少年を押しのけて入り込もうとしていたんです…
最も少年がライフルの銃口を向けると流石に大人しくなりましたが…
ラウドという人は一言で言えば軽薄そうな人でした…
イタリア系独特の鷲鼻で、黙っていれば二枚目ですが、口を開くと下品な言葉が出るタイプの人です。
私が怖がっているのが分かったのでしょうか…
少年は出来るだけ彼を私に近づけない様にしてくれました…
最も、部屋の前にまだいるんですが…
「なあ、一寸だけで良いから、話だけでも。」
「何故そんなにこだわる?」
「俺にとっては、女性と話をせずにいる方が不自然だ!」
「なら、下でエクターさんとでも話して来い。」
「おいおい、食堂のオバちゃんと話して来いだって、そりゃないぜ。」
「彼女も立派な女性だ、今度お前がオバちゃんと言っていたと伝えておこうか?」
「げっ、そんな事されたら、俺一週間は肉抜きじゃねーか!ちっ…分かったよ今回は諦めますって…」
「ならいい、さっさとここから離れろ。」
少年は私を守ってくれている…
そう感じた瞬間でした…
何故なんて聞かないで下さい、唯の直感なんですから…
兎に角、ラウドと言う人を追い返し、彼はまた部屋の前に座り込みました…
緊張が解けた所為か私は空腹を覚えました…
その、あまり褒められた事ではありませんが、私…よく食べる方なんです…
最近なんて二十歳過ぎたら太るって皆に言われてますし…
あっ話がそれましたね…
それで、私少年にお腹が空いた事を伝えました…
とっても恥ずかしかったんですよ、だって…
こういう事って女性の方から言う事じゃないですよね…
でも、お腹が鳴ってしまったので…
少年に、「腹が空いたのか?」って聞かれてしまったんです…
仕方ないので、お昼を食べていないのでお腹が空いていると伝えました…
その時の私は、恥ずかしくて少年の顔を見る事が出来ませんでした…
それを聞いた少年がまた出て行くのかと思ったのですが、
彼はマントの下から無線機を取り出し、操作し始めました…
「ああ、食事を持って来てくれ、アリスが食べたいと言っている。」
そう言って、無線に用件を伝えたので…
大体飲み込めました…
「あの、アリスって…」
「ああ…君の事だ、通信で君の事が知られては元も子もないからな…」
「でも…」
「何か問題があるのか?」
「いえ、ただ私とアリスじゃイメージが…」
「ん?俺はアリスと言う童話の内容は知らないが、ここの奴等は似合っていると言っていたぞ。」
「そうでしょうか?」
「肯定だ。」
その時の私はコンプレックスから抜け出していなかったので、
童話の主人公と同じ名前で呼ばれることにすら遠慮があったのだと思います。
でも少年が言ってくれた事で、少し救われた気持ちになったのも確かでした…
その後暫くして、食事が運ばれてきました…
持ってきたのは、エプロンをつけた四十台後半位のおばさんで、体格と浅黒い肌と相まってまるっきり肝っ玉母さんと言った感じでした…
多分この人がエクターさんなんでしょう…
少年も、何も言わずにおばさん…いえ、お姉さんを部屋に通しました…
彼女は、食事をテーブルに置くと、私に語りかけてきました…
「お嬢ちゃん、すまないね…本当はこんな事したくないんだが…男どもはどうしてもあの組織の鼻を明かしてやりたいみたいでさ…」
「はあ…」
「はは、お嬢ちゃんには興味の無い話だったね…」
「…いえ、そんな事はありません…エクターさんで良いんですよね…如何して私がさらわれたのか、良ければ話していただけませんか?」
「うーん、そうだね…私の知っている事なんてたかが知れてるけど…それでも良いかい?」
「はい。」
そう言うと、私の正面に座り「先ずは食べとくれ、冷めると食べられたもんじゃないから」と言って食事を勧めました…
私は言われたとおり食事をしながら聞く事になりました…
食事は、美味しかったと思います、最もその時私は聞くことに集中していたので味は殆ど分かりませんでしたが…
「あたし達はね、元々あった国を民主主義ってやつに奪われた口でね…
その当時は悪さでもしてたんだろうけど、
私たちの爺さんの代の事さ、覚えているやつなんて殆どいない…
でもさ、やっぱり故国は恋しいから土地を取り戻そうとしたのさ…
だが、それをあいつらに止められちまってね…
その時あたしはもう止めた方が良いと思ったんだけど、男どもはさ…
聖戦を邪魔されただの、故国を取り戻したくないのかだのと煩いんだよ…
挙句の果てに変な武器商人と組んでさ…
ここを襲撃すれば良いなんて指示まで受けてる始末さ…」
「一寸待て、それは初耳だぞ。」
部屋の前で聞いていた、少年が突然エクターさんの話しに割り込みました…
少年は気迫に満ちた目でエクターさんを見つめます…
「なんだい?聞いていなかったのかい?」
「いや、俺たちは故国復興のためと聞いて参加している…襲撃が復興のためでは無いと言うのならそれは契約違反だ。」
「そんな大袈裟な事かね…あんた達は金の為に戦うんだろ?」
「確かにそうだ、しかしそれでも必要な事なのだ…目的を知っていなければ効果的に戦う事は出来ない、これは基本中の基本だ。」
「そんなもんかね…だけど今知ったんだ、問題ないだろ?」
「そう言うわけでは無いが…仕方無い。」
少年は肩を落として俯きました…
納得した訳では無いという事なのでしょう…
しかし、それ以上の事をエクターさんから引き出す事は不可能と悟っている様子です…
でも、私も不思議には思うのです…
<ミスリル>は組織の規模自体もかなりの物ですが、その技術及び兵士の練度の高さは他と比べるべくもありません…
その<ミスリル>にケンカを売ったのです…例え私を使い一時的に勝利を収めても、その報復で全滅は免れないでしょう…
どうしてそこまでするのでしょう?そんな事をしても誰も得をしないのに…
食事を終えた私は、エクターさんに言ってみる事にしました…
「エクターさん、今すぐ皆に言ってください、私を使って交渉をしようとしても無駄です。
きっと明日には作戦部が戦隊を投入します…1個大隊規模の兵士が突入して来るんです、皆やられちゃいます…
だって、相手とは装備も練度も違うんですよ!」
それを聞いていたエクターさんと少年は、ぽかんと口をあけて固まっていました…
私はからかわれたのかと思い、頬を膨らませましたが、その所為で二人は笑い始めてしまいました…
「クッ…ククク…」
「ハハハハ!いやごめんね、アンタ私たちの事心配してくれるのか
い?」
私は拗ねた顔のまま彼女達に言います、
「当たり前です!死んで良い人なんていません!」
すると、二人は笑うのをやめて私をまじまじと見ます…
私は何だか居心地悪くなりました…
そんな私にエクターさんは言います。
「アンタの言う事は正しいよ、だけどね…この世の中にゃあ譲れない物がある…それを守るため銃を取り戦うのさ…
それが金だと言うやつもいるだろう、ほこりだとか、復讐だとかっていうやつもいる…他人から見りゃ滑稽な事さ…だけど、
本人にとっては命と同じくらい大切なものなんだよ…じゃなきゃ誰が戦うかね。」
「でも、命には変えられません、生きていれば又それに出会えるかもしれないんですよ?」
「それが出来るやつは戦場に等こない、そして来てしまった者は譲れない物がなければ生きていけない…」
最後は少年が答えてくれました…
でも、それは悲しすぎるじゃないですか…
戦いを始めると二度と止める事は出来ないと言うんですか?
一度門をくぐった戦士は二度と普通の人には戻れないと?
「そんな…」
「ふう、お嬢ちゃんは賢いんだね…きっとあたしなんかよりずっと…でもね、生きて行く上で必要な事はまだ分かっていないみたいだね…」
「え?なんです?」
「いいかい、お嬢ちゃんの言う通り生きる事は最も大事な事さ、ならアンタは自分の身を守るためにも私なんかに構っている暇は無い筈さ、違うかい?」
「でも…」
「つまり、今はお嬢ちゃんの方が危険だって言うことさね。」
「そうなんですか?」
「当たり前だろ、アンタは人質だけど、必要が無くなれば殺される可能性だってあるんだよ。」
「あっ…はい…」
私はいつの間にかこの人たちの立場になっていた事に気付きました…
私はこの人達にとって敵の人質なんですからそう言う事も十分考えられる筈です…
何故それに考えが至らなかったのか…
自分が情けなくなってきます…
私が落ち込んだ事を感じたのでしょう…
エクターさんが、食事を片付けながら話します…
「まあ、直ぐにどうこうって話じゃないさ…だけど、気を付けておくんだよ…
それと、少年!お嬢ちゃんを守ってやんな!」
エクターさんは少年の肩を叩いてから出て行きました…
それに対し少年は「了解した。」とだけ答えていました。
私はその光景に少しだけ元気を取り戻しました…
その日の夜…
突然の閃光に私は目を覚ましました…
起きて、窓の外を見ると断続的に銃声と、閃光が起っているのが分かります…
「顔を出すな!」
私がそのままの体勢で見ていると、
後ろから近付いてきた少年に引き倒され、思わずむせ返りました…
「ゴホッゴホ…何をするんですか!?」
「襲撃を受けている…顔をだして流れ弾に当たりたいのか?」
「ええ?ここまで飛んでくるんですか?」
「あれ位ならそれ程確立は高く無いが…それでも当たってからでは遅すぎる。」
「…それもそうですね…」
それにしてもおかしいです…<ミスリル>の作戦ならM6を数台持ってくるだけで決着が着きます…
この頃は、まだ<ミスリル>もM9を開発している段階でしたから、M6が主力でした…
それでも、このテロ組織一つ潰す位は分けない筈なんですが…
M6所か、AS一機見当たりません…たとえECSを持っていても戦闘中には使えませんから見えていないのはおかしいんです…
私は、思い切って少年に聞いてみる事にしました…
「あのっ、一体如何したんですか…?」
「分からん、だが攻め込まれたと言うより、内部分裂を起した様だ…」
「え?どう言う事ですか?」
「さあな…だがここにも来るぞ!」
「ええー!?」
その言葉が言い終わらないうちに、二人の男が入り込んできました…
どちらも髭を生やした体格の良い男です…
男達は立ちふさがる少年に向かい、
「その娘を渡せ!」
「断る!」
「渡さんと痛い目を見るぞ!」
そう言って二人の男は銃を向けてきましたが、少年は既に行動を起していました…
フッと消えるように沈んだかと思うと、懐から取り出したスタンロッドを一人に叩きつけていました…
瞬間的に気絶した一人目を見てもう一人の男が動きを止めた瞬間、スタンロッドを突きつけただけ、それで終わりでした…
でも、私は不思議に思いました…確かこの二人見覚えがあります…
連れてこられた時に、一度見ているんです…
彼らは、少年の味方では無いのでしょうか?
「あの、どうして守ってくれたんですか?」
「俺は、契約を果たしているだけだ…」
「どういう事です?」
「俺は、明日の朝まで君の護衛を任されている…それまでは誰にも渡さん。」
「…」
少年はそのまま私に背を向けると、二人の内一人を起して尋問を始ました…
その背中を見て、私は不思議に感じました…
何故そんなに一生懸命なんだろう、私なんかを庇う必要なんて無いのに…
その時、ふとエクターさんとの会話を思い出しました…
彼女は「命と同じくらい大切な物」と言ってましたが…彼にとってそれが契約なのではないでしょうか…
そう思うと、私は純粋にこの人は凄いと思う様になっていました…
物思いにふけっているうちに尋問が終わり、少年が私に話しかけてきました…
「どうやら、武器商人が私兵を潜ませていたらしい…そいつが君に目をつけている…もうここは安全じゃない、逃げるぞ。」
「…はい。」
私は少年の瞳に飲まれてしまい…そのまま返事を返していました…
でも、良く考えたとしても答えは変わらなかったと思います…
その時、味方と呼べるのは彼だけだったんですから…
その後、ビルの階段を下りながら、少年は四人の男を倒し、ビルの外へと連れ出してくれました…
しかし、ビルの外で見たのは…砲火飛び交う戦場でした…
エクターさんも、向こう側に陣取っている人たちに銃を向けています…
もう、そんな所見たくなかったのに…人が死ぬのを見るなんていやなのに…
「どうしたんだい、ビルの中にいなくて良いのかい?」
「ああ、あそこは武器商人側に付いたやつらで一杯だ。」
「そうかい、じゃあ、あたし達が時間を稼いでやるから、お逃げ。」
「…ああ、頼む。」
「一寸待ってください!一緒に逃げないんですか!?」
「駄目なんだよ、ここにはアタシの息子もいてね、下がるわけにはいかないのさ。」
「行くぞ。」
「お願い!死なないで!」
エクターさんが足を怪我しているのは私にも分かりました…
さっきの言葉は、本当は置いて行けと言う意味で言ったことも…
でも、許せなかった…このまま死んでしまうエクターさんも、何も出来ない私も…
そして、私達はアジトの外へと向かう道まで来ていました…
でも、そこには既に数人の銃を持った男達が居たのです…
少年は私を連れて茂みに隠れ、様子を伺っていました…
私も一緒に見ていると、ライトに照らされるリーダー格の男の顔が目に入りました…
その顔は、昼に会ったラウドと言う男です…でも、昼の軽薄そうな表情は消え、獰猛な狼の様な表情をしています…
「アリス、やつらの目的は君を生きたまま捉える事の様だ…撃たれる心配は低いだろう、
だから、合図したら全力で走れ…後は俺が何とかする。」
少年が何を言っているのか直ぐに理解する事は出来ませんでした…
それが、私のことだと思い出すまで数秒を擁したのです…
「それ、私のコードネームでしたっけ…」
「気に入らんかも知れんが、我慢してくれ…本名は俺も知らんしな。」
「だったら、教えてあげます。」
「駄目だ、俺はやつらに捕まるかもしれん、その時にしゃべらない為にも知らない方がいい。」
「ならせめて、貴方の名前を教えてください。」
「俺か…俺はカシムと呼ばれている。」
「カシムさんですか…」
カシムさんは私に向かって準備は良いかと聞いてきます…
もちろん、良いわけは無いのですがコクリと私は頷きました…
そして、私は彼らの陣取る道を全力疾走で走り始めました…
カシムさんは私の背後から、銃で男達を撃ち次々戦闘不能に追い込んでいきました…
このままならいける…そう思った時でした…
私は何かに足をとられ、そのまま地面にダイブしたんです…
その時ほど私の運動音痴を嘆いた事はありませんでした…
こけた私は、立ち上がるまでに数秒かかります…
その間に接近していたラウドに背後から抱きすくめるような形で首筋に銃を押し付けられたんです…
私は血も凍るような気持ちになりました…
「さーて、カシム動くな!…この娘の命が惜しければな。」
「…お前達は彼女を殺せない筈だ。」
「ん…良く知ってるな…だが、別に生きてりゃ手足が無くたって問題ないんだぜ。」
そんな事を平然と言うラウドに私は硬直してしまいました…
カシムさんは一見無表情に立っていますが、怒りを抑えている感じです。
「…」
「ん?如何した?」
「…ラウド、何故裏切った!?」
「フンッ、決まってるだろ、金のためさ…あいつ等この娘一人奪ってくれば三千万ドルよこすって言ってきやがった…
こんなゲリラ共に混じってちんたらやってても一生拝めねえ金額だ…そりゃ寝返りもするだろ。」
それを聞いたカシムさんは、私にも分かるほどの殺気を放ったんです…
私は初めて目の前の少年が怖いと感じました…
「傭兵は金で雇われる…だが、だからこそ裏切りには死を持って報いる…ラウド…お前を殺す!」
「ふふん、貴様みたいな小僧に出来るもんか…大体この娘を見殺しになんかできないだろ、俺にはもう直ぐ増援が来る…お前の負けだカシム!」
ラウドはカシムさんに向かって発砲しました…
私の耳に銃の残響音が響きます…耳がバカになってしまいました…
弾丸はカシムさんの頬を掠めて通り過ぎていきます…
カシムさんの頬から血が伝いました…
耳元ではラウドが何か言っている様なのですが私には聞こえません…
カシムさんと私たちの距離はほんの5m程度ですが、カシムさんは良く避けています…
カシムさんは私を見つめています…ラウドの銃口を視界に納めていますが私に何か合図を送っている様です…
私は必死に考えました…この状況で彼が私に望む事…それは、大人しくしている事?いいえ…違う…
ならラウドの気を引く事の筈…でも如何すれば…この状況でラウドが私の話を聞いてくれるとも思えない…
腕を振り払ったら撃たれる…なら…そう思った時私は既に行動に移していました…普段の私からは考えられない事です…
私は目の前にある腕に噛み付いたんです…
「あぐ!」
「グァ!やめろ!」
私は必死で腕に噛み付き続けました…
ラウドも噛み付かれるのは慣れていないのか、私を振り払いました…
そのタイミングを見計らっていたんでしょう、カシムさんが突撃して来たんです…
後は一瞬でした…飛び込んで馬乗りになったカシムさんが銃口をラウドに押し付けたんです…
「俺の勝ちの様だな…さて、答えて貰おう…増援はいつ来る?その規模は?」
「ふん、そんな事俺が言うとでも思うか?」
カシムさんはハンマーを上げもう一度聞きます…
「金で裏切る貴様だ…命のためならもう一度裏切るくらい訳はあるまい?」
「くっ…」
「さあ言え。」
カシムさんはラウドの額に銃を押し付けながら聞きます…
ラウドは、何か考えていた様でしたが、表情を変えると…
「良いだろう、教えてやるよ…規模はAS…サベージだったか…あれが三機と傭兵二十人だ…勝ち目はないぜ…」
「分かった…」
「一寸待て、俺は喋ったんだから許してくれるんだろ?」
「そんな事が有るとでも思ったか?」
少年は銃の引き金に力を込めようとした時…
私は思わず叫んでいました…
「ダメー!!」
多分カシムさんが人を殺す所を見たくなかったんだと思います…
あまりに大声だったので、二人とも私の方に顔を巡らしあっけにとられた顔で私を見ています…
正直恥ずかしかったのですが、ここで黙り込む訳にもいきません…
「カシムさん…私の為に殺さないで下さい…」
「だが、放って置けば増援と合流されて厄介な事になる…」
「それでもです!御願いします!」
「…了解した。」
カシムさんは、私の言う通りラウドを開放しました…
ですが、ラウドが立ち上がった時、銃声がしたかと思うと、その眉間に穴が開いていたんです…
もしかして、と一瞬思いましたが、続く銃声にわれを取り戻しました…
増援がもう来ていたんです…
「くそ!もう来たのか…」
カシムさんは一度そうはき捨てた後、私に振り向き言いました…
「よく聞け、ここを真っ直ぐ行くと町に出る、そこからがお前の所属している組織の勢力圏だ…そこまで行けばお前は助かる…」
「でも、カシムさんは如何するんですか?」
「俺はここに雇われた身だ、給料分は働かないとな。」
「…一緒に来てくれないんですか!?」
「無理だ、どの道俺は次の戦場に行くだけだ、お前とは行けない…」
「そんな…」
彼が、銃火の中に突き進んで行くのを私は呆然と見ていることしか出来ませんでした…
カシムさんは一度私に振り向き、
「早く行け!お前の役割は生きてここから出る事だ!そうすれば俺もここを離れる事が出来る!」
私はその言葉に従い、後ろ髪を惹かれる思いで道を走り始めました…
銃声は遠くなりません…振り向きたいと何度も思うのですが、一度止まってしまえばもう走れない、そんな強迫観念に追い立てられて走り続けました…
何度も転びそうになり、手や足は擦り傷だらけになりました…それでも止まる気にはなりませんでした…カシムさんを死なせない為にも早く町に着かなければ…
そう自分に言い聞かせ…朝日が顔を出す頃、ようやく町にたどり着いたのです…
そこでは、既にミスリル東太平洋戦隊が展開を始めようとしていました…
私は、戦隊指揮官に私も連れて行ってと言いましたが「それは出来ない。」と言われてしまいました…
その日はいつまでも町の入り口で立ち尽くしていた事を憶えています…
そして、私はまたセーフハウスへと帰る事になりました…
それからは、私に対する監視の目が厳しくなりました…いつも必ず一人、ハウスキーパーがセーフハウスの中にいるようになったんです…
でもその時の私はカシムさんのことが気になって他の事は気付いていませんでした…
そんなある日の事です…私が窓を開けて外を見ていると、部屋の中に紫色の何かが飛び込んできました…
紫色のそれが、リボンだと気付いた時…私は飛んできた方に視線をさまよわせていたんです…
そこには、走り去って行くボロボロのマントを着た少年…
私は、部屋を飛び出して町の中を走り回りました…
ですが、見えた場所の近くを探し回っても、結局カシムさんに会うことはできませんでした…
ですが、手に持っている紫色のリボンを見ながら、彼が生きていた事を確信しました…
「きっと、また会えますよね…」
今はもう、見失ってしまいましたが、
生きていればいつか会える…そう信じる事ができそうだと思えたんです…
その後ハウスキーパーのお姉さんに私はこっぴどく怒られ、連れ戻されましたが、とてもすがすがしい一日になりました…
エピローグ
「ふう…」
テッサはアルバムを閉じ一息つく…
そして、その頃の事を思い出していた…
「そう言えばあの頃からですね…私がリボンをする様になったのは。」
最初は浸っていたテッサだったが、ふと大切な事を思い出す、
「一寸待ってください!? ガウルンがたしか相良さんの事をカシムって言ってました!
これって、もしかして…運命の再会なのでは…」
勢いで言ったテッサだったが、段々顔に赤みが差してくる…
「きゃー!きゃー!」
テッサは布団の上を転がりまわる…
その日、彼女の部屋の前を通った者は、「まるで怪獣が暴れている様だった」と言ったとか言わなかったとか…
あとがき
以前、Riverside Holeに投稿していた物をこちらでも掲載する事にしました。
目新しさが無い上に、昔のなので面白みも無いですが、お許しアレ(汗)
WEB拍手ありがとう御座います♪
黒い鳩短編は4月18日正午から4月18日正午までにおいて、10回の拍手を頂きました。大変感謝しております。
コメントを頂きました分のお返事です。
4月18日23時 西博士は「我」でなく「我輩」かと、でもいい感じ出てたと思います
デモンベインのキャラはやはり、難しいですね(汗) 今後の参考にさせて頂きます。
それでは、他のそれは、作品が出たときにお返事させて頂きますね。
、
押していただけると嬉しいです♪
感
想はこちらの方に。
掲示板で
下さるのも大歓迎です♪