機動戦艦ナデシコアフター
〜いつか走った草原〜
あれから一年…
私は何事もなかった風に生活をしていた…
人材の足りない連合宇宙軍では、事務仕事だけはやたらと多い。
ジュン君も艦長になって飛び回っているし、流石に呼びつけてまでお願いするのも気が引けた…
それから、ルリちゃんは、帰ってこないアキトを探しに出かけてしまった…お父様のコネをフルで使ってハッキング能力まで駆使してナデシコBを木星調査の仕
事に編入させた。
今でも時折アキトによる火星の後継者残党との交戦が確認される事があるらしい。
『アキトさんを探しに行かないのなら私が取っちゃいますよ』なんて言ってたけど、自分から告白できるのかな?
ちょっとだけ面白そう…でもアキトをあげるつもりはないけどね。
でも、私もアキトの前でまともに話せないのは同じかも。
「はぁ〜あ、どうしよ〜かな」
「大佐、まだ仕事は山ほど残ってますよ」
「うぇ、そんな〜!!?」
目の前に積まれた新しい書類の山に私は気が遠くなるのを感じた(汗)
俺は、殆ど残骸といっていい火星の後継者残党達の艦隊を見て空しさを感じていた…
奴らにはもう交戦能力がないのは明らかだ、かく言う俺自身も、ネルガルとのつながりがたたれた今、戦力的には60%程度がいいところだろうが…
既に相手側は、戦艦すら用意できない有様だ、今更そんなもので、反乱もクソもないだろうと思う、
草壁と山崎は死罪、新庄は無期懲役、北辰は俺が殺した、南雲とか言うのもいたが、今はやはり死罪を言い渡されている。
クリムゾングループも解体に追い込まれ、木連もあまりの不祥事に、今や連合宇宙軍監視下にある。
今回の事で、統合治安維持軍の方も発言力が落ち、今や連合宇宙軍と統合治安維持軍の発言力はほぼ五部、
ただ一般市民の両軍に対する関心が下がり、今更軍に入隊しようとする物は殆どいないと聞く。
正直地球も木連も惨憺たる有様だ…このような状況を招いた火星の後継者に対す風当たりも厳しく、今火星の後継者を支持する勢力は無いといっていい。
俺の復讐は既になったのだろう…だが、これから俺はどうすればいい…
今更、味覚の無い俺が、A級戦犯の俺が帰って来たところで居場所などない。
俺は終わりを望んでいるのだろうか…
俺は空しさを紛らわせるように、火星の後継者残党を屠っていく…
いまさら、この程度の事をしても意味が無いとわかっていても…
そして、全てをブラックサレナの呪いの元にかえし終わったその時…
ボソンジャンプする巨大な質量をセンサーが感知した…
ユーチャリスの判断では戦艦クラスのボソンアウト反応らしい…
『艦影確認、ナデシコBです』
「そうか…」
最近、ルリちゃんがよく来るようになった…
木連の残党との戦闘が珍しくなった所為だろう。
もっとも、あの船はイネスがジャンプサポートしているから跳べるという裏事情がある、彼女の能力では戦艦クラスは精々一日一回が限度。
逃げるすべは幾らでもあった…
『アキトさん、そろそろ帰る気になりましたか? 敵ももう最後の筈です』
「そうだな…」
『今更復讐する意味があるとは思えません、戦犯の宣告も緩和してもらえる様に談判しています、軍もナデシコやネルガルの影響力を使えばある程度何とかでき
ます
流石に、名前は変えなくてはいけないかもしれませんが、問題なく生活できるはずです。
それに、感覚のサポートには私が付きます、昔そのままは無理かもしれませんが、殆ど回復できると言われています。
帰ってきてくれませんか?』
「凄いな、ルリちゃんは、つまり俺が帰れば殆ど以前と同じ生活が約束されているという訳だ」
『はい、私に出来る精一杯です』
「だが、駄目だ」
『!? 何故ですか!?』
「その為には、ルリちゃん、君を犠牲にしなければならない、俺はラピスをやっと解放し終わったところなんだ、今更そんな事させないでくれ」
『そんな、私はそんな事思ってません、アキトさんのお手伝いがしたいから、また屋台を一緒に引きたいから…それだけです』
「ありがとう、そういってくれると嬉しいよ」
『じゃあ!』
「さよならだ」
『え?』
俺はボソンジャンプをした、ユーチャリスとブラックサレナを置き去りにして…
それは、俺の復讐の象徴、確かに今更必要の無い物だった…
「終わった〜♪」
今日の重要書類はどうにか終了だね…はふう。
いままでこういったことは殆どジュン君に任せていた所為か、椅子に座っているのが辛いよ。
でも、これも健康になって来た証拠かな?
流石に、今まではそこまで体力が無かったしね。
「でも、この後どうしよう…」
私は唇に指を当てて考える、うん、今日は日々平穏がいいかな?
やっぱり、おなかが減っては銭湯にお茶っていうし!
「あっ、大佐!」
「ごめん、ちょっと用事あるから!」
「って、ああ! まだ書類片付いてないじゃないですか!!」
「じゃあ、また今度!」
私は急いで逃げ出した、書類の山には勝てないよ〜(泣)
大体、トイレットペーパーの発注とか、ケンカした人達の処分が軽いとか、未だに下水じゃなくて浄化槽を使っているところがあるとか、
備品のナットが幾つ足りないとか、服装の規定を緩和してとか、どうして私の所にまわってくるのか分からないよ(汗)
一応、ここは艦隊司令部なのに〜!!
ううん…お父様が私に考える暇を与えないようにしてくれているという事よね。
でも、そんな事されてもアキトの事は忘れられないよ。
それに…お父様だって、アキトがいないと寂しいくせに…
そんな事を考えているうちに、日々平穏の前まで来ていた。
私は暖簾を掻き分け店内にはいる…
「らっしゃい」
「お久しぶりです、ホウメイさん」
「ああ、艦長かい、本当にルリ坊と一緒に行ってないんだね。あいつの事諦めたのかい?」
「ふふ、みんなそんな事を言うんですね、ホウメイさんは本気でそう思ってますか?」
「…いや、そんな事があるとは思えないね、艦長にとってテンカワは普通の恋愛対象と言う感じじゃないからね、何と言うか他には何も見えないって所かね?」
「…そう、ですね…王子様だと思ってしまいましたから…きっと、思い込みが強すぎたんですね…」
「なに、愁傷な事いってんだい、恋愛なんて結局勘違いの産物さ、結婚してみたら人が変わったなんて結構当たり前の事さ、
未だにつり橋効果とやらで恋に落ちる奴がいるくらいなんだ、思い込みくらい当たり前だろう?」
「ありがとうございます、でもそういう意味じゃないんです…」
私は、続きを言おうとして、言葉が続かないことに気付きました…
興奮している…自分に腹が立つ…アキト…ごめんね…こんな私じゃ駄目だよね…
ホウメイさんは何か察したのか、私にメニューを突き出しました。
「おっと、注文がまだだったね、何にする?」
「ラーメン大盛りねぎ抜きでおねがいします」
「ねぎは体にいいんだよ、たくさん食べな」
「うきゃ〜!? 山盛り入れないで下さい! 麺が見えないじゃないですか!」
「ふん、好き嫌い言った罰だよ、それで? 一体どういう意味だって言うんだい?」
「ずるずる、ズズー」
「聞いてんのかい!?」
「あっ、はい! 美味しいですね! アキトの方が美味しいけど」
「…はあ、もういいよ」
ホウメイさんが頭を抱えています。
そういえば、今日はお客が少ない…
ここほど美味しい店はそう無いのに…知名度の問題かな?
それとも、気を利かせてくれた?
ホウメイさんの気遣いに感謝しつつ、ラーメンを残さず食べたその後、私は続きを話し始める事にしました。
「私は、アキトの全てを受け止めきれていなかったと思います」
「ふうん、どうしてだい?」
「簡単に言うと、まだ帰ってきていないのがその証拠ですね」
「確かに、そうだろうね…でもあきらめんのかい? 艦長が諦めたら、手を出してきそうなのが結構いそうじゃないかい?」
「そうですね、ルリちゃんやイネスさん、それにエリナさん…エリナさんに聞いたところだとラピスちゃんもかな?」
「甘い、甘いよ、あの坊やどうしてそんなにもてるんだか知らないけどさ、メグミとサユリも艦長が引くとなれば黙ってないだろうね」
「ほえ? メグちゃんはアキトを振ったはずなんじゃ…」
「アレから時間がたったからね、あの子も冷静にあのときの事を受け止めてるのさ、でもまあ今は仕事が一番かも知れないけどね…」
「そうなんですか…さっすが私のアキト、モテモテですね♪」
「ははははは! そう返されるとは思わなかったよ、じゃあ諦めるつもりは毛頭無い訳だ」
「ほえ? そんな事いいましたっけ?
私はただ、今までのままだと、アキトが帰ってきた時また無理をさせちゃいそうだから。
アキトと苦しみも分かち合えるようになりたいな、って考えてただけなんですけど…」
「ああ、そういうことかい…でも、そうさね…そういう事は難しく考えなくていいんじゃないのかい?」
「どうしてです?」
「そういうことは心の隅に残しておくもんさ、いつも気を使われたら逆に気疲れしちまうもんさね」
「うぅ…そっちの方が難しそうです…」
「ははは! まあ艦長の場合、力いっぱいぶつかって行った方がらしいって気もするけどね」
「それもなんかバカにされてる気がします」
「いいや、羨ましいのさ、あけっぴろげに生きるってのは思っているほど簡単な事じゃ無いからね、アタシにゃ無理だよ」
「…」
「それで、いつ会うつもりだい?」
「アキトは私と約束があるんです…遠い昔の約束…憶えているといいけど…」
「でも、憶えていると思ってるんだろ?」
「ええ、アキトですもん! きっと!」
私は笑顔で日々平穏を出ました…
不安はあります、だって憶えていても…ううん、憶えているからこそ来ない可能性もある…
そのことは知っていたから…
それは、かつて草原だった場所…
今は見る影も無い…
ただの荒地…
少年が少女を乗せて自転車を走らせた面影はもうない…
それでも、人はその面影を、荒地の山なりに、谷間に、求め思う…
そこは、草原だったのだと…
私は、ユートピアコロニーを見下ろすその場所が好きだった…
その場所へと続く草原をアキトの自転車に乗せてもらって行くのが好きだった…
今は、セントラルドック跡が残るのみとなったユートピアコロニーを見下ろしながら昔の事を振り返る。
私が勝手に作業機械を動かした時、代わりに怒られてくれたアキト…
きっと痛かったと思う、本当はアキトに謝って私がした事なのだと言うべきだった。
でも、出来なかった…そのときの私は、アキトがそういう事をしてくれるのは王子様だからだと思っていたから…
アキトは暫くしてナノマシン手術を受けた…あれは私の所為…
その事に気付いたのは最近…
記憶マージャンの時、でも私はあまり気にかけていなかった…
私の為にしてくれた、と言う事は単純に嬉しかったから。
でも、今は思う…もしあの時ナノマシン手術を受けていなければ、アキトは地球で普通の料理人になれていたかもしれない…
可能性を潰したのは私…
過去は今へと繋がる出会いと別れの連なり…
どちらがいいとは言えないと思う、ルリちゃんもリセットなんていけないと言っていたし。
でも、私はそうしただけの対価をアキトに支払っていないのは確か。
ただ、アキトの運を下げただけと思われるのは嫌だよ…
だから…今度は…
足音が近付く…
そして、足音は私の後ろで止まり、一言。
「…来ていたのか?」
私は、思わず振り返りそうになった…
でも振り返ることなく話を続ける。
だって、振り返ると泣いちゃいそうだったから…
「当然だよ、忘れると思った?」
「いや、そうだな…ユリカは忘れないよな」
「うん」
アキトは、やっぱりアキト。
その事は、分っているつもりだったけど、やっぱりなんだか嬉しい。
変わったって言っている人もいるけど、本質は変わらないよね。
アキトは、暫くすると背後から少し進んで、私の右に片膝を立てて座った。
アキトが視界に写る、やっぱり以前ルリちゃんが言っていた通り黒ずくめの服装なんだ。
それも、全身タイツみたいなのだから体のラインが見えちゃってる…
でも、アキトは私の知らない内にしなう鋼のような体になっていた、たった三年でこれほど変われるのかと思うほど。
「あのね…」
「ん?」
「ここに来てくれたって言う事は、約束、憶えてるんだよね」
「約束? 知らないな」
「うそつき、今日は結婚記念日だよ、ここに来る意味を憶えてないなら、絶対来ない筈だよ」
アキトは眉間にしわを寄せていた、あれは自分を責めているときの表情。
多分、自分が感傷的になっていると思っているんだ…
でも、それは正しいんだよ、だって人間なんだもん、機械みたいに必要な事だけをする事は出来ないよ。
それでも、自分の行為に疑問があるみたいにアキトは苦しそうに口を開く…
「だが、俺は…」
「ううん、別に帰ってきてなんて言わないよ。だから…約束、果たしてくれる?」
「…分った、だが良いのか? 誓いを果たすことが出来ない俺でも…」
「うん、別にもうそんな事気にしてないよ」
私は、立ち上がり、アキトと向き合う。
アキトも一拍置いて立ち上がった。
そして顔半分を覆っていたバイザーをとって地面に落とす。
それは、私が火星を離れる前の日にした、大切な約束…
かつて草原だったこの場所で、結婚式の誓いのキスするっていう約束…
私は一歩前に出た…
アキトの両腕が私の片に回される…
少し上を向いて、私はアキトを見つめる。
アキトの顔が、徐々に近付いてくる。
私はアキトの首に手を回し、そして…目を閉じた…
永遠とも一瞬とも取れる時間の中、私は時が止まって欲しいと思っていた…
でも、これからの為に、次の行動を起こす。
「☆■!!△▼○??」
アキトが驚いて私を放そうとするけど、私は首にしがみついて耐えた。
暫くして、アキトも大人しくなり、そのときを見計らって私は唇を離す。
「おま! お前な!! いきなりディープキスする事無いだろ!! 大体、ここで約束したのは誓いのキスの筈じゃないか!?」
「ふふふ、でも誓いは果たせないんだもん、こっちも色々考えるよ」
私は、驚くアキトに満面の笑みで答えた。
アキトは、素っ頓狂な顔になって、私を見ている。
「アキト、味覚はどう?」
「…え?」
アキトは、不思議そうに思いながら、手袋を抜いて、指をなめる。
「!!?」
アキトは驚きの表情と共に、私を見ている。
私はアキトに微笑みながら、次の言葉を発した…
「私も伊達に遺跡と融合いた訳じゃないんだよ、演算ユニット自体がナノマシンの塊で、私はアキトのナノマシンを中和する為に融合していたんだから」
「…一体どういうことだ?」
「アキトには知らされてなかったと思うけど、ヤマサキは、私に話を持ちかけてきた時、
アキトのナノマシンを中和する為には演算ユニットのナノマシンを使うしかないって持ちかけてきたの。
嘘の可能性もあったけど、私は演算ユニットと融合して直ぐ、アキトのナノマシンを中和するナノマシンの合成を演算ユニットに命令して、私の体内に溜め込
んでいたの、
最後の方は、良く分からなかったけど…ううん、私の所為で迷惑かけちゃったけどね…」
「そう、なのか…俺の所為で…」
アキトがまた苦悩の表情をする、アキトは本当にやさしいね、でもそれは臆病でもあるんだよ、だから…
私は私で、アキトの為になると思う事をしよう。
「そうだね、アキトの所為だよ、だから責任とってね?」
「責任? 俺に出来る事なら何でもするが…以前の生活は俺には出来ないぞ?」
「うん、それはもう分ったよ、だから…」
私が、言葉を途切れさせると同時、
私達の直上に巨大な暗黒の空間が現れる…
「ボソンジャンプだと!? ユリカ!?」
「うん、見ていて」
空間からは、今まで見たことがある様な、無いような感じの戦艦が徐々に姿を現してきた…
それは、今まで私達が最も馴染んだ形を引き継ぐもの…
「あれは…」
「ナデシコD、ABCDのDだよ」
「しかし、ルリちゃんはまだ木星圏にいるはず…イネスも…」
「あれを跳ばしたのは私だよ、遺跡と融合している間、自分以外のものをずっと跳ばしてきたんだもん。
流石に船のオペレートは無理だからラピスちゃんに任せてあるけど…」
私が、そういってアキトに微笑むと、心底動揺したようにアキトは私に詰め寄る…
「それが、どういうことか分っているのか!?」
「うん、私はナデシコ強奪で指名手配だね」
「分っているなら!」
「う〜ん、このままじゃ捕まっちゃうね、強力なボディーガードを雇わないと」
私は、アキトにむかって流し目を送りながら理由になっていないような話しをし始める…
もちろん、アキトにも意図は伝わった筈…
「ったく、ユリカはいつもいつも俺を巻き込みやがる、ハードラックウーマンだな」
「うん! 私といるとあんまり幸せにはなれないかも…でも、私はアキトがいれば幸せだよ」
「はは、あんまりいい交換条件じゃないな」
「そうだね、でも私にはこれしか思いつかなかった、アキトと一緒に行く事しか」
「そうだな、かなり遅めだが、新婚旅行としゃれ込むか」
「うん!」
アキトは、なかば諦めたような、それでいて嬉しそうな目を私に向け、そして、私を連れてナデシコDへと、跳んだ…
後には、ただ吹きすさぶ風の冷たい荒野に、雲間から現れた太陽がさんさんと降り注いでいた…
「ねえ、アキト…どこに行きたい?」
「そうだな、遺跡ユニットを解して分ったとか言う、150種族の星間文明でも見に行くか?」
「うん、アキトと一緒ならどこでも楽しいよ♪」
「じゃあ、まだ見ぬ異星文明へ向けて」
「ナデシコD発進!」