私たちが大学で休んでいる間にも、周囲の事情は加速度的に変化していきました。
今までの知識が通用しない、それだけの変化が世界に起ころうとしています。
既に兆候はありました。
火星脱出に成功した火星の人々。
解体されなかった明日香インダストリー。
破壊されなかった、サツキミドリ2号。
そして、不穏な動きを見せるクリムゾン家。
どれもこれもが、私たちの知識には無い事ばかり。
起こしてしまった事だから、当然として受け入れていましたが……。
もう、この先は私たちの手の中に運命はありません。
ただ、世界の住人として、精一杯あがくだけ……。
それが、どのような結果に繋がるのだとしても……。
機動戦艦ナデシコ
〜光と闇に祝福を〜
第十七話「それぞれにある『正義』」その1
「さあ、見ていってくださいルリさん!」
「はぁ」
とうとうエンジンを手に入れたフォッカーを飛ばす日がやってきた。
アルフレートはノリノリでルリに話しているようだが、ルリは微妙な愛想笑いの様な表情をして取り繕っている。
ルリもそういうことが出来るようになったのかと思うと、嬉しいやらどう考えていいやらで、苦笑するしかない。
ワガンが手作業でエンジンに火を入れたフォッカーに、アルフレートが乗り込む。
無線機を即席のテーブルの上に載せて指示を出しているのはリョウジのようだ。
べスもリョウジの横について見守っているように見える。
「しかし、コロニー内で飛行機を飛ばす奴なんてほかにはいないだろうな」
「そうですね、基本的にコロニーは狭い区画で区切った物が多いですし。
それに、その気になれば内部に列車を走らせれば済むことです。
普通のコロニーは中空の重力がおかしくなっていますしね」
「中空の重力がおかしい?」
「はい、元々無重力の世界に無理やり重力制御で重力を作っていますから、
歩く人間の事は細かく配慮してありますが、何百メートル上の事までは細かく制御されていません。
このコロニーは鳥がいますからそれなりに配慮しているのでしょうが、飛行機の類が安心して飛べるかどうかは別問題です」
「……大丈夫なのか?」
そう思って空を見ると、確かに重力がきちんと働いているのか疑わしい。
上は第四層……つまり天井にも重力があるわけだからな。
飛行機とはいっても、重力制御があるわけじゃない、ちょっとした重力異常で駄目になってしまいかねない。
「まあ、アルフレートさんの腕しだいです。天井近くまで行かなければ問題ないでしょう」
「2000mか……飛行機としては、低い高度だよな……」
「初期のプロペラ機はそれほど高度が出ません。2000mは普通ですよ」
ルリは澄ました顔だ。
結構肝が太い……いや、戦艦の艦長なんかやってたのなら当然か。
……昔からそうだったような気もするな(汗)
「どうしたの?」
「ああ……高度、大丈夫なのかなって」
唐突に、横に来ていたべスから声をかけられる。
べスは無線機の調整を観察したあとは、見物としゃれこむようだ。
無線機からさして離れたわけでもないし、フォッカーもここからなら見物しやすい。
「それなら大丈夫。高度計も新調しているし、アルフレートは本当に飛行機が好きだから。口だけじゃなくて飛ばすのも上手いわよ」
「ほぅ、昔からの知り合いのようだな」
「そうね……もっとも、アルフレートの方は憶えてないでしょうけど」
何か複雑な事情がありそうだ。
しかし、べスとアルフレートは知り合いか。
アルフレートがドイツ貴族なのだからべスも当然それなりの地位があると言う事になる。
ルリの読みは当たったという事だろう。
「コロニー飛行機を作って飛ばす。時代錯誤だが、面白いと思うな」
「そう言って貰えると嬉しいわ。法学部じゃこうは行かないしね」
「そういえば、このコロニーに政治家や企業の重役の卵が多いのは何故ですか?」
「フタバアオイはね、中立地帯なの。ピースランドがメインの出資国になっているお陰で、政治的にね」
「?」
「だから、コネを作りたい国家や企業の人たちが集うようになっていった。まあやりかたは違うけど社交界と似たようなものね」
なるほどな、コネを作りたい者達はどんどんこのコロニーに子供を送り込むわけか。
一時的に200万まで人口が増えたのもうなずける。
しかし、ルリは何を思って聞いたのか?
「そうですか、不思議に思っていたのですが、そうなるとドロップアウトしたくなるのも分かりますね」
「まあね……」
そうこう話している内にエンジンも温まってきたらしく、フォッカーは少しづつ前進を始めていた。
このまま助走にはいって飛び上がるのだろう。
緊張感が高まる。
考えてみると、最近の飛行機は大抵オートバランサーが積まれているから、飛び上がるときの心配はいらないが、
この飛行機は自力でそのあたりの調整をしなければいけないのだ、手の係り具合は比較にならないだろう。
「見て! 飛ぶわよ!」
フォッカーは加速し、徐々に翼をはためかせて、偽者の空へと舞い上がる。
その瞬間は思い入れがあるだけ、見ていて感動する物があった。
しかし、その直後無線に入ったおかしな音に感動をさえぎられる。
ガーガッ、ガガーー。
「何だいったい!?」
「こりゃ不味いな、全周波数帯に強制回線を結んで何か言うつもりのようだ」
「ワガン! アルフレートを回収して!」
「もうやってる。紫の発炎筒を焚いたから、すぐに戻ってくるはずだ」
「この辺りでTVが見れる場所はあるか!?」
「何故そんな事を聞くの?」
「犯人のご尊顔を仰ごうってのさ」
混乱する中、フォッカーの飛行は中止になった、飛び上がったことは事実なので、一応成功だが不満は残るだろう。
しかし、今は緊急事態が起こっているようだ、俺も急いで学部棟に向かう。
そこで待っているものがどんな事態なのかも分からずに。
『我々は火星の後継者である!』
その画面に映る男は、最初にそう言った。
赤い星をかたどったマークを右胸につけた男だった。
その男はろうろうと歌うような声で話を続ける。
『我々は火星から生き延びた人々を代表して主張する。
地球の主権譲渡と、木星トカゲとの全面戦争を!』
全地球圏へと向けて放たれた、その言葉は誰もが驚きと嫌悪を向けていたが、
続く言葉は火星の後継者の主張がただそれだけの物ではない事を伝えていた。
『地球は我々の思いを無視し、月面の奪還にこだわり、時期を逸
している』
その言葉をいい、少しためを作った男は更に激しく主張し始めた。
『ただそれだけなら苦渋の選択ではあるが、我々も眼をつむろう。
しかし!
志願兵として戦場へ赴かんとする同胞を練習の的にすると言い出し』
その言葉とともに画面が切り替わり、第五艦隊指令のリヒャルトが映し出される。
隠しカメラで撮ったのだろう、映像が荒いが確かにそう言っているのは聞こえてきた。
『我々が火星から帰還した方法であるボソンジャン
プの方法を研究するため地球の企業は人体実験を繰り返し!』
それは、ネルガルが極秘に行っているボソンジャンプの実験だった。
本来存在しないはずのランクに属する機密中の機密のはずだが……。
画面には、チューリップに突入してつぶれて死ぬ人間や、
ボソンジャンプの誘発のために薬漬けにされる人間など、
人を人とも思わないような実験の数々が映し出される。
『更に……更には! 我らの脱出を支援してくれる筈であったフクベ提督を無理やり撤退させたのも連合宇宙軍だった!』
その男の言葉とともに画像が切り替わる。
その画面に映ったのはフクベ元提督であった。
『百億の人類が住む地球に比べれば僅か三百万の人間などどうでもいい、撤退の勧告の時にそう言われたのは確かだ』
フクベの表情からは何も読み取れない、頬の筋肉も殆ど動いていないし、
目も眉毛の下に隠れて見えていない、どういう心境で語っているのかはわからなかった。
『そう、そこにいる艦隊司令官殿だよ。リヒャルト』
フクベはカメラの先に何かが見えるかのように言う。
何か画面の先に語りかけるように……。
「なっ! なんだ……!? こほ放送は!?」
リヒャルト・ローゼンクロイツ中将は、新造艦の艦長室に女性を連れ込み酒を飲みながら演習の開始を待っていたが、
唐突に室内にオープンした画面からの放送に戸惑い、そしてすぐに怒りをあらわにする。
「おい! 艦長いるか!?」
『いかが致しましたか?』
画面の右下に小さく艦長の顔が現れた。
艦長は特にひょうじょぷを変えたふうもなく、リヒャルトを見ている。
「今すぐこの放送をやめさせろ! フクベは殺せ。いや、この話が嘘である事を認めさせてから死刑にしろ!!」
『放送を止める?』
「そうだ! 今すぐ!!」
『それはできませんな……』
「何を言っている、きさまも死にたいのか!?」
リヒャルトは頭に血が上っていたため気付かなかった。
艦長の制服にも赤い星が取り付けられていることを。
『提督がご乱心だ。鎮めて差し上げろ』
「な!?」
艦長の指示で部屋内に兵士が数名飛び込んでくる。
リヒャルトは一瞬で昏倒させられ、女性達も連行された。
艦長は生粋の白人である。
偏見主義と言うわけではないが、火星に特段思いがあるわけではない。
しかし、それでも火星の後継者を支持する事を決めていた。
個人的感情でもリヒャルトは嫌いであったが、国の方針でもあったからだ。
そう、火星の後継者を支援する国家が存在しているのである。
『よく聞け! 我ら第五艦隊は連合宇宙軍より独立する!』
この時、第五艦隊の運命は大きく動いた……。
知らぬ間に第五艦隊が大きく動く中、まだ放送は続いていた……。
『木星トカゲは元より、火星を切り捨てた地球を、我々は決して
許しはしない!』
男は壇上でひたすらアジテーション演説を繰り返す。
しかし、この男の言っている事じたいは間違いではない。
ボソンジャンプ実験も、連合地球軍が火星を見捨てたのも、
恐らく火星の義勇軍を第五艦隊が使い捨てのコマ程度にしか考えていないだろう事も。
火種は確かにそこにあった……。
しかし、火星の後継者とは……随分と皮肉が利いているな。
「くそ! 俺はそんな事のために火星の人たちを助けたわけじゃない……」
「アキトさん!」
「ああ……すまないルリ」
思わずもらしたその言葉に、ルリが反応して注意を向ける。
幸い他の人間は画面に見入っているようなので問題ないが。
教室のボードヴィジョン(黒板型のディスプレイ)に映る奴らは言いながら気分が高ぶってきたのだろう、
少し汗をかきながら話し続ける。
『我々は決して争いを望んでいるわけではない。
しかし、この世界で我々を守ってくれるものなどもうないのだ!
故に、我らは我らを守るため、地球に敵対する事を決めた』
壇上の男が一息ついている間に、何か足音が聞こえ始めた。
これは……次の演説者の登場か……。
『諸君らに、火星の後継者の盟主を紹介しよう……』
そう言って、男は壇上に上がってくる男に場を譲って一歩下がった。
そして、段中央に現れたのは……。
『火星の後継者盟主となった、海燕ジョーだ』
そう、現れたのは、俺だった……。
黒いマントにバイザーをしているのはもちろんだが、髪型、声、顔つきまで……。
まるであつらえたように同じ存在。
それは、最悪の事態だった。
『現時点での借りの物ではあるが、盟主として申し渡す。
まず、今日、現時刻を持って宇宙コロニーフタバアオイは我ら火星の後継者の拠点として接収された。
同時に、地球連合に対し、降伏勧告を行う』
……降伏勧告!?
いや、フタバアオイはここだ!
「どうやら、私たちはかごの鳥のようですね」
「……戦力比を考えれば失敗は火を見るより明らかだ」
「でも、人質がいますし……」
そうだな、政治家や貴族といった上流階級の社交の場でもある以上、政治的な重要人物の親族がひしめいている事だろう。
それだけでも、頭の痛い問題だった。
画面が唐突に、変わる。
そこは、巨大な自由の女神が存在する世界一の大都市。
自由の女神の像が大きく映される……しかし、その姿は一瞬で光に彩られた。
後に残ったのは、自由の女神像と周辺数百メートルにわたる残骸の山。
恐らく爆弾でもボソンジャンプさせたのだろう。
『実験的に行ったボソンジャンプによる攻撃だ、別に兵士を送るまでもない。
その場に瞬間的に現れて爆発する。
対抗する手段はない。
その気になればこのコロニーに積まれている100発分の核を使って主要都市を根こそぎにする事も出来る』
何!?
それは……このコロニーにそれだけの核が……。
「私が生まれる前に廃棄処分になるはずの核がかなりの数失われていた事があると聞いた事があります。
流れはつかめていませんでしたが……。
それがここに移されていた可能性はあります」
「ずさんな管理な事だな……」
「前世紀では良く起こっていたそうです、極秘に戦力を隠し持ち、いざというときに脅しに使うと」
「なるほどな……100年前の火星攻撃もそういう論法だったわけか」
「はい、あれも実際は存在しないはずの核が撃ち込まれています」
「しかしそうなると……」
「はい、このコロニーにかなりの数の核が保有されていても不思議ではないでしょう。
むしろ、中立の保険としてピースランドが持ち込んだ可能性すらあります」
「そうなれば……火星の人たちの不満はもっともだが、戦えばもう殲滅戦しかなくなってしまうな」
もちろん、ハッタリの可能性もあるが……、むしろそういう考えは危険だろう。
俺の偽者が現れた事に動揺する暇も無く、核による地球の直接攻撃の危機とは……。
一体どうすればいい……。
『あと48時間の猶予を与える、もし降伏勧告を受け入れない場合は、ボソンジャンプ
というものの恐ろしさを知る事になるだろう』
そう言った後、画像は唐突に普通の状態の戻る。
俺はどうやら遅きに逸したらしい。
このコロニーに来ているというならむしろ好都合だ、乗り込んで、奴を殺してでも……。
「……さん! アキトさん!」
「……」
「アキトさん! 聞こえていますか!?」
「……ん、ああ、すまない」
「一度急いでコロニーの外に出るべきです」
「しかし……」
「ここであの盟主とやらを殺しても、アキトさんが殺されるだけです」
「だが……」
「アキトさんにも分かるはずです。盟主でしたか、彼は海燕ジョーを騙る事により火星の人たちの心をつかみました。
フクベ提督がいた事も大きいでしょう、つまり、先ほどまでの言葉がほぼ真実として認められた事になります」
「……確かに、な」
それより問題なのは、地球に残っている火星の人達だろう、
からただでさえ地球の人たちから差別されていても不思議ではないのに今回の事でどう見られるのか……。
俺は、今までしてきた事が全て否定されたような空しさがこみ上げてきていた。
「現状私たちでは<火星の後継者>を止める術はありません」
「俺達が取れる方法は二つ……か」
「はい、情報収集のためここに残るか、強行脱出を図るかです」
情報収集は重要だろう、組織の内容を知っておけば対応も変わってくる。
しかし、危険も伴う、潜入操作と変わらないのだから。
逆に強行脱出も簡単とは言えない、なんと言っても宇宙港は封鎖されている。
例え外に出る事が出来ても宇宙服だけでは1時間と持たないだろうしな。
何か宇宙船を奪う方法が必要になってくる。
「どちらも一筋縄でいくようなことではないな」
「そうです、八方塞がりになってしまいました」
俺達はそろってため息をつく。
こんなに現状は切羽詰っているというのに、俺には何もできる事がないのだろうか?
せめて、宇宙港の詳しい図面でもあれば……。
「……!」
「どうかしましたか?」
「ネットは規制されているか?」
「有る程度は制限をかけられているようですが、閉鎖されているというわけでもないでしょう。こうして黒板に映像が出ていますし」
「なら、宇宙港の見取り図を出せるか?」
「強行脱出ですか?」
「ああ……他に方法がない以上、仕方ないだろう?」
「それは、そうですが……外には第五艦隊から離脱した艦隊がひしめいていますよ?」
「その辺りはカグヤちゃんたちにでも任せるさ、出来ているんだろ、新しい船が」
「……はい」
ルリは少しだけ微笑を見せてから、俺を伴い学部棟を後にする。
べス達には申し訳ないが、人前で見せる事の出来る内容ではない、ハッキングなどというものは。
ルリは人気の無い森の中に入るとパームトップを開き、そっと手を添える。
ナノマシン対応のパームトップパソコン、流石にこういうものは作られている数が少ない。
とはいえ、ルリに言わせれば処理が遅く感じるそうなのだが(汗)
「やはり、というか外部との通信にはプロテクトがかけられていますね。
迂回路を探してみます。少し時間をください」
「ああ、頼む」
ルリが真剣な表情のまま黙り込む、ナノマシンの光だけが明滅を繰り返している。
それは、少し幻想的な風景でもあったが、ゆっくり観賞している余裕はなさそうだな……。
気配が現れる、それも生徒などのような開放的なものではなく、どす黒い殺気……。
数は……4人……いや5人か!?
「まずいな……」
「すいません、ハッキングに感づかれたみたいです」
「!?」
「分かりませんが、向こうにもオペレーターIFSの使い手がいるようです」
「どうやらこっちのほうも囲まれたようだぞ?」
「それは……笑えませんね」
そうだな、まるで冗談のように後手後手に回っている。
このままでは、何も出来ないままに潰される……な。
「ルリ、俺から離れるなよ?」
「いえ、大丈夫です。私これでも銃の成績は良かったんですよ?」
そう言って銃を取り出すルリ。
俺も構えを取って一歩前に出る。
俺の銃は今のところ護身用のデリンジャーだけだ、2発で弾が尽きる。
「ルリ、援護は任せる」
「はい」
ルリの実力を知らない俺にとって多少不安ではあるが、
俺は周囲を見回し、殺気の高ぶりに合わせて飛び込んだ……。
なかがき
また中途半端な所で切れていますが(汗)
アキトたちは見事に罠にはまってくれた感じです(爆)
これからは、ピンチが続く事だと思いますが、気長に見てやってくれると幸いです。
ようやくオメガに続く第二の敵が表に出てきました。
今回の対戦はアキトVS海燕ジョー(偽名)という事になります!(爆)
このお話では3人のボスを用意しています。
二人目のボスが出てきた訳ですが、他にも実力者は結構いますから。
すんなりボス戦というわけにも行かないですね。
色々小細工を用意しているつもりです。
WEB拍手いただきありがとう御座います。
最近は何とか生きてます(汗)
HPが大きくなったお陰で私のSSは必要なくなったようだ(爆)
いや、世の中厳しい(泣)
押していただけると嬉しいです♪
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