俺は何が起こったのか分からないまま、横っ飛びで気配を避ける。

それは、俺のいた所を凄まじい勢いで通過していった。

それは、手が何本もより合わさったような…

醜く太い触手だった。


「まさか…」


俺はそのまままた直ぐに別の木に飛び移る、そこもまた木をなぎ倒しながら手がより合わさった触手が通り過ぎる。

いつの間にか化け物が足元近くまで来ていた。

森の影から出たそれを、俺は初めて視認した…

それは、簡単に言えば肉団子だった…

何十人という人間で出来た肉団子…

俺は思わず吐き気を覚える…しかし、それは俺が築いてきた物と同じ…

俺には見慣れたもののはずだった、しかし、俺が吐き気を覚えるのはその中の一人がゲラゲラと笑っているからだった。

それにあわせる様に周りの顔も笑っている、しかし、その顔は引きつり自らの意思でないことは明らかだった。

もう人間というより人間の残骸と評した方がいいだろう。

しかし、この姿から見るにこの肉団子は人を取り込んで大きくなるという事か…

厄介な…


「爆弾でもあれば一発でしとめられるが…」


まさか、そんなものを用意する事も出来無いだろう。

木連式には飛び道具も無いでは無いが、こんな化け物に一撃必殺とは行かない。

近づけば取り込まれる…

他に…魔法か…しかし、使い手がいない…

まさに八方ふさがりだな…

俺は間合いを取る為に逃げつつ、どうにか化け物を倒す方法を考えていた。

しかし、誘導はあまり上手く行かず、多少の時間は稼いだ物の、化け物はタウルスの街へとなだれ込んだのだった。






スクラップド・プリンセス
トロイメライ



              シャンソン
旅人と異人の『世俗歌曲』

第五章:世界の秩序(後編)


タウルスから少し離れた街道。

のんびりとした感じで、道を行く一台の馬車があった。

もっとも、御者台に乗っている人間達には今ひとつ覇気がない。

一人はぼーっと空を見上げ、もう一人は詰まらなさそうに前を見ている。


「パシフィカ…」


正面をつまらなさそうに見ている長身で黒髪のどこか疲れた表情をした男が、隣で空を見上げている少女に呼びかける。

少女は編み上げた髪の毛が金色に光を反射するほどに美しい髪の毛をしていたが、表情は優れず、返事すらしない。

少女…パシフィカがどのような心理状態にあるのかを知っている男はそれ以上声をかけようとしない。

御者台にいる二人には見えないだろうが、中にいる女性も同じような表情のはずである。

しばらくして黒髪の男がポツリともらす。


「仕方ないさ」

「分かってる」


言われてもパシフィカの顔色は優れない、仕方ないと言う割り切りがまだ出来ていない証拠。

そもそも、パシフィカはそんな事は分っていた、しかし、本当はウイニアとは仲直りできたはずであった。

彼女は気持ちの整理に時間が欲しいと考えていた事も分かった。

しかし、それをしている時間が無かったのだ。

パシフィカたちは追われる身、そして町の人々にも不穏な噂が広がりつつあった事を考えれば、

近々大規模な部隊がやってくる可能性があった。

元々、そういった手合いと出会わないために逃げているのだ…

パシフィカもそんな事は分かっていた。

シャノンはそんなパシフィカの考えを見通し、頭をボリボリとかいた後、口を開く。


「とはいっても…まぁ、ワガママ爆裂王女につき合わされるのが嫌だっただけかも知れんがな」

「私そんなにワガママやってないわよ! っていうかいつ私が爆裂したのよ!」

「いや、いつかしそうだな〜って」

「な〜にを! いつもいつも… それが主君に対する臣下の態度なの!?」

「お姫様には、上に立つものとしての慎みをもってもらわないとな」

「私は十分慎み深いわよ! 記憶力も無いみたいね、若年性痴呆症候群には」


暗いよどんだ空気に、少しともし火が戻り始めたころ、突然馬車が止まった。

制動の慣性でパシフィカがつんのめりかける、速度はそれほど出ていなかったもののやはり急に止まられると対応できないようだった。


「ちょっと…シャノン兄! 急に止めないでよ、危うく落っこちるところじゃ…」


パシフィカがシャノンと呼ばれた男に抗議の声を上げながら、シャノンのいる御者台の中央を向くとその横にはもう一人少年が立っていた。

パシフィカはそれを見て凍りつく、その少年の事をパシフィカは知っていた。

クリストファ・アーマライト。華奢な体と貴族のような落ち着いた風貌、そして栗色の髪をした少年はパシフィカを狙う暗殺者の一人だった。

張り詰めた空気の中、シャノンが告げる。


「戦斧小僧か、もう二度と来るなと言った筈だぞ」

「クリスと呼ばれるのが好みだな」

「はたくぞマセガキが」

「おっと、今日は戦いに来たわけじゃない…君達に言っておきたい事があってね」

「?」

「タウルスの街、今大変な事になってるよ」

「貴様…何かやったのか?」

「いや、<粛清使>だったものらしいんだけどね。化け物になって人間を取り込みながら街に向かってる。一体何なんだか僕らも見当が付かないさ」


その言葉に、パシフィカは驚き目を見開く。

シャノンはそんなパシフィカの様子に目を向け、馬首を返す。

それは、彼らにとっても、最初に出会う化け物であったろう…

なぜ信じたのか、それは彼らにもわからなかった。
















人の塊、いや、人の形を成していない唯の肉塊…

普通なら存在しても腐ちいくだけの筈の代物…

生命に対する侮辱と言ってもいいようなそれは、それでも生きていた。

いや、生命としては生きていると言えるのかどうかは分からない、

だが、その肉塊の中に浮かぶ無数の人間の顔は緑色の粘液質なよだれをたらし、いびつな笑い声を上げながら狂気の笑いを続ける。

出来の悪いパロディのようなその体は多数の人を取り込む事により巨大になり、今や家一軒に匹敵する巨大さとなっていた。

そんな、怖気をふるうほどに醜い化け物は、町の中へと進入を開始した。

肉の塊は下部をナメクジのように蠢動させながら、ゆったりと進んでいる。

肉の一部である触手も人の足ほどの太さのそれが何本と無く繰り出されている。

それらはただ蠢くだけではなく、一本一本が犠牲者を探して蛇のようにうねりながら伸びていく…


女性の声がする…

子供を抱えた母親…

必死に子供をかばいながら、逃げ続けていた母親は足元を触手にとらわれていた…

子供はまだ乳児と言っていい年齢で、はいはいぐらいしか出来ない。

彼女が離したとしても、生きていけないだろう。

しかし、触手は母親の体を伝って子供に取り付こうとする…


「やめて! この子に手を出さないで!」


母親は必死になって、子供をかばう、既に触手が足に刺さって動けないにもかかわらず、母親は子供に触手が取り付くのを防いでいた。

それは、自分の体を犠牲にする事だったが全く動じた様子も無い…

彼女にとってそれだけ子供が、大事だと言う事なのだろう。


「私の子には手を出させない!」


しかし、徐々に変化がおとづれる…

母親の体に裂け目が出来てくる…

裂け目からはとめどなく唾液が分泌され、なぜか口を連想させる…

そして、いつの間にか母親の顔にもいびつな笑いが張り付いていた。

それを見て、子供は泣き声をあげるが、もう母親は聞いていなかった…


私の…ワタ…ワ…私の可ワいいアッ…ああああ・・・あかチャー…がぼ!!!


ゴゴリ…


骨の折れる嫌な音と共に、子供はぱっくりと裂けた母親の上半身に飲み込まれていく…

母親の顔は、既に人のそれとは思えないほど変形していたが、かろうじて分るのはまるで至福のときのような満ち足りた顔をしている事だった。

それは、とても正視に耐えるような情景ではなかった。

今の今まで子供をかばっていた母親によって食べられていく子供…

しかし、それすら、現在の街の情景としてはありふれていた。
















俺は、街の人の避難を優先させながら何度か触手と交戦した。

正直言ってかなり辛い戦いだ…

サフィールさんに剣を借りた事でどうにか触手を切り捨てる事は出来るようになったものの、

アレじたいは再生能力を持っているらしく、アメーバのようにくっついてはまた襲ってくる。


「やはり辛いな…」


エステとまでは言わないが、強力な爆弾か、魔法があれば…

そう思わないではないが、無いものねだりをしてみても仕方が無い。

再生速度から考えると物理法則とは無縁そうだ…

エネルギー保存の法則が働くなら、再生なんて事をすれば全体が小さくなるか、萎れていくだろう。

しかし、ダメージ自体は届くものの、再生してなんら副作用が見当たらない。

俺は、触手を切り分けながら何人かの救出を行ったが、焼け石に水の感はいなめない。

問題なのは、取り込まれた人の分だけ巨大化し、更に進行速度を上げる事だ…

本体に対する攻撃は、油を撒き散らして火をつけてみたこともあるが、いい所1分稼げたくらいだ。

実質進行速度を遅くするのがやっとと言った所か…

しかし、怪物の醜さは正直怖気をふるいたくもなる、人間の醜悪な部分と、生物の醜悪さを合わせたように、

醜く歪んだ顔や、粘液でどろどろに汚れた体躯、できれば近づくのもゴメンだと言いたくなる。

そのための視覚効果なら、十分上げているだろう…

一般の人間は、当然足がすくんで逃げ出せないものも多く、最初にかなりの被害が出た。


「くそ! 何か手はないのか!?」


俺は、触手に脚を取られた男の所まで行き触手を切り離す。

切り離された触手はまだ死んではおらず、ビチビチと嫌な音を立てながら男に近づいていこうとする、

俺は男を無理やり立ち上がらせると、触手を踏み潰した。

緑色の腐臭のする液体を吐き出し、触手は動かなくなる。

靴に肉片がついてないか確認してから俺は男を伴って走り出した。

アレの犠牲者になったものは、殆ど触手に同化されていた、正直怖気をふるう事だが、簡単に倒せる類ではない。

男もどうやらまだ同化は始まっていないらしかった、接触が長ければどこか融合を開始しているはずだから、見た目で分る。

それを見て、とりあえず一息ついてから目的地となる<野馬亭>を目指す。

ひとまず脱出経路を確保できた者は街の外に出したが、それが出来そうにないものは殆どそこに集まっている。

犠牲になった人間の数はかなりになるが、今俺にできる事はこの程度だ…

化け物相手だから仕方ないと言えばそれまでだが、やはり歯がゆい物がある。

俺はアレを破壊できるレベルの攻撃法を知っている、それだけに他の人間と同じ様に唯逃げると言う事ができないのかもしれなかった。

俺が助けた男は、俺の後を息を切らしながらついて来る。

息を荒げているが、それでも、男は口を開き俺に問いかける。


「あっ…テンカワさん…いったい…一体どうなってるんですか!?」


その男の動揺ぶりや、その質問の内容から、こういったモンスターの類がこの世界でも普通に確認できる物ではない事が分る。

俺も正直あんな生理的嫌悪をもよおす化け物を前に良く動き回れる物だが、それでも、やはりあんな物を放置しておきたいとは思わない。


「さあな、俺にも分らん、しかし…人間をエサにしているのは間違いないようだな…」

「そっ…そんな…」

「<野馬亭>に急ぐぞ、死にたくはないだろう?

 あの触手の一本にでも捕まれば、同化されて化け物の一部にされてしまう。

 倒す方法どころか、止める方法も分らん」

「ヒィ! …わっ…わかりました!」


男は現状の前に、更に必死になって走り始める。

運動不足そうなその男からは考えられない速度だ、やはり火事場のクソ力というやつか。

俺は前を行く男に苦笑しながら、速度を上げる。

間もなく、<野馬亭>が見えてきた。

何かバリケードのような物を作っているようだが…


「な!?」


<野馬亭>の手前、丁度玄関の辺りに人影がある。

人影は<野馬亭>の前で扉を開けようとしているが、どうやら内側から閉めているらしい。

人影の数は全部で4人、良く見れば見知った顔ばかりだ…

黒髪を適当に縛って後ろにたらしただけの髪で、日本刀のような刀を持つ、長身の男、シャノン・カスール。

黒髪をストレートにたらし、どこか緊張感のない感じのする女性、ラクウェル・カスール。

金髪を結い上げた、気の強そうな、どこか猫を思わす少女パシフィカ・カスール。

そして、最後は茶髪で貴族的な風貌の少年、クリストファ・アーマライト。

しかし、クリスと三人が同じ所に居ると言うのはおかしな組み合わせだ。

シャノンとクリスが<野馬亭>の前に居るのに対し、

ラクウェルとパシフィカ馬車の御者台に座っているが、

何故戻ってきたのか不思議ではある。


「シャノン!」


俺は兎に角、声をかけてみる事にした。

ここに来ている以上、あまり期待はできないかもしれないが、

ラクウェルの魔術であの化け物をどうにかできないか聞かねばならない。

そんな事を考えながら彼らの近くまで来たその時、

得体の知れない怖気と共に、その声は響き渡った。


『……謹聴せよ』


その言葉は無数の口から放たれていた…

それは、化け物に飲み込まれた人々の口から、化け物本体だけではなく触手の口からも、穢れたその口から放たれている。

複数の口から放たれる事により重厚に催眠術に落とすかのように心に響き渡る。


『謹聴せよ、人たる者よ。謹聴せよ…』


その言葉を話し始めてから町中を覆うほどに張り出した無数の触手に変化が生じていた。

唱和する全ての口が、一度はじけて消え、そこから、大小さまざまな…しかし、全く同じ顔が出現する。

それは、確かに人の顔だった、先ほどまであったそのいびつなパロディに比べれば、はるかに正しい人の顔…

しかし、それは別のいびつさを持っていた、あまりにも整いすぎたその顔は、個性と言う物が感じられない。

だが、既にそんな事は問題ではなくなっていた…


「これは…」


シャノンとクリスも異変に気づいて周りを見渡す。

呆然とするその姿に、ラクウェルやパシフィカも馬車から降り、その異様な光景に息を呑んでいた。

あまりの出来事に、<野馬亭>にいた人々も外に出てきていた。

緊張で張り詰める、人々の前に巨大な肉塊そう、化け物の本体が姿を現す。

しかし、その姿はおぞましさは無く、ほぼ完全な新円に近い形となっている。

元が肉の塊だから俺にとっては同じ事だが、見た目はかなり改善されている。

そこに、ひときわ大きな顔がせり出してくる。

そして、その巨大な口からは心を圧する何かが放たれた。


『律法の名において、我は命ずる』


大小それぞれの無数の口から、同時に声が放たれる。

それは、心に染み入るように、そして、威圧するように聞こえてくる。

俺は、その言葉で自分の体が動かなくなったのを俺は悟る…

絶対的なもの、上に立つもの、人では敵わない何かが俺を犯していくのが分かる。


『滅ぼせ……滅ぼせ、災厄の種を滅ぼせ………その名は、パシフィカ・カスールなり……』


そう、滅ぼさなければ…我らは…


滅ぼさなければ…災厄の種を……


パシフィカ・カスールは災厄の種………


我ら人の子は、神の命を受諾し、災厄をはらうものなり…


盟約により、我ら人の子は……災厄の種、パシフィカ・カスールを……


この世より消滅させるものなり…


俺は、その思いにとらわれつつ、その存在、パシフィカ・カスールを…


【HIよりの精神介入を確認】


パシフィカ・カスールを…


【ノイエシステム起動・ナノマシン補助脳より防護パターンB展開指令発令】


滅ぼ…


【精神パルス汚染、除去開始します】


俺は…何を…?


【除去率80%…90%…汚染除去終了】


(何だ、この頭に響く声は?)


俺は周囲を見回してみるが、俺に話しかけている人間はいない…

しかし、頭の中のそれは更に言葉を続ける。


【HIの干渉によりノイエシステムが起動しました。はじめましてマイマスター】

(頭の中に直接話しかけるな! 姿を見せろ!)

【現状では、その要求に答えることは出来ません。私はあくまでアキト様のナノマシンに常駐しているシステムの一つに過ぎませんので】

(……ナノマシン!? さっきのアレはお前がやったのか?)

【精神汚染の除去は私が行いました、】

(精神汚染…そうか…あの化け物か?)

【シビリアンタイプの中継点と思われます。人間を操る精神汚染はHIの物ですが、改造されています】

(シビリアンタイプ? 中継点? HIとはなんだ?)

【詳しい説明をしている時間はありません、このままではプロヴィデンス・ブレイカーの少女が殺されてしまいます】

(プロヴィデンス・ブレイカー?)

【目の前の少女です。名はパシフィカ・カスール】


瞬間、俺は飛び込んでいた、そう…

本来自らを守るはずの者に剣を振り下ろされようとする、その少女の前に。


ガキーン!!


俺が飛び込んだ位置、それは、シャノン・カスールとパシフィカ・カスールの丁度中間、馬車の真横の位置だ。

正直よく間に合ったものだと思う、<纏>で加速してもぎりぎりだった…


「おい! お前は誰に刃を向けているのか分かっているのか!?」

【無駄です。彼らは中継点の支配下にあります。彼らを元に戻すには、中継点の破壊か、死しかありません】

「くそ! ならあの化け物を何とかしないと…」


俺は必死に頭をめぐらす…

なぜ襲われたのかは知らない、しかし、怪物の目的はパシフィカなのは明らかだ。

そのために無駄な犠牲を出すやり方は好きにはなれないが、俺自身もやった事がある以上非難できる物でもない。

しかし、一番分からないのはなぜ彼女を襲うのに人を操ったかだ…

もちろん、これ自体は効果的だ、パシフィカもこの状況では絶望するだろう、だが、触手をつかって今まで巨大化してきた意味が見出せない。

そう、先ほどの触手で襲われれば俺達の方が不利だったのだ。

あのままでも、こちらには殆ど勝ち目は無かったろう。

そして、こういっては何だが今のシャノンは普段のシャノンの実力の半分も出ていない。

数で押してこられるのは厄介だが、一番分からないのは化け物自体は傍観を決め込んでいる事だ。

併用すればこちらに勝機は無いだろう。


「しかし、数が多いのは厄介だな…」

「あ…あの…」

「ん?」


俺は、背後にいるパシフィカの戸惑いの声に返事を返す。

闘っている俺にはパシフィカの表情は分からないが、状況についていけていないのだろう。

闘っている俺自身そうなのだから、守られているパシフィカにはさっぱりだろうな…


「どうして…こんな事になってるの!? お兄ちゃん! お姉ちゃん! 二人がなんで!?」

「操られているんだ」

「え?」

「催眠術って知ってるか?」

「えーと、ごめん、知らない…」


パシフィカはほほをかいている、少しだけ落ち着きを取り戻したらしい。

そうだ、こういうときにパニックになるのが一番不味い。

人は理由の分からない事には不安になる、まあそうでなくても、自分の身内が襲ってくるのだ、当然の事だが。

俺は、シャノンの剣をはじき、クリスのハルバードを蹴り飛ばして、ラクウェルの炎の魔法から逃げる。

そして、一般人を気絶させながら、話を続行する。

これが、本気の彼らなら一分と持たずに死んでいただろうが、彼らは今はリモコン操作と同じような物で、ごり押しの力技しか使ってこない。

それがどうにか幸いしていた。


「催眠術というのは、相手の心を操る技法の事だ。やり方はそれぞれだが、兎に角、その人間を自由に動かす事が出来る」

「そんな…じゃあシャノン兄たちを元に戻す方法は無いの!?」

「おそらくだが…あの怪物を倒せばもとに戻るだろう、しかし、奴の再生速度を上回る攻撃が無い…」


そう、それが最大の問題だった…

しかし、幾つか疑問点はある。

もっと根本的に、敵が彼女を催眠にかけなかった訳、そして直接の手出しをしない訳があるはず…

俺とパシフィカだけが逃れる事ができた訳、だが、俺の場合は自分ではどうにも出来なかった。

パシフィカにも俺と同じナノマシンが働いている可能性も否定はできないが…

確率はかなり低いだろう。

しかし、動きが単調とは言え一流の使い手を含む団体の攻勢の前には俺も数分と持たない。

くそ! いったいどうすれば…


「だったら、だったら私がやる! じゃないと…じゃないとシャノン兄たち……」


…マズイ、今彼女に出て行かれると、操られている人のの注意がそっちに向いてしまう。

俺がパシフィカの前に陣取っているから彼らは俺に向かっているのだ、

パシフィカが動けば俺を無視してパシフィカになだれ込むだろう…

このままでは、このままではパシフィカは死ぬ。

何とかならないのか!


【プロヴィデンス・ブレイカーには中継点による攻撃は効きません】

【ですから、中継点は彼女を間接的に滅ぼすしかなかったのです。人間さえ止めれば彼女に敵はありません】

(何!?)

【中継点はマウゼルシステムの管理下にあります。プロヴィデンス・ブレイカーはマウゼルシステムを破壊する物であり、性質上マウゼルシステムの管理下の ルーチンを犯します。そのためマウゼルシステムの管理下にあるものは、プロヴィデンス・ブレイカーに対して直接的なアクションを起こす事はできず。間接的 に人間などを使って殺害するほか無いと言う事になります】

(ゴタクはもういい! じゃあ、あの化け物はパシフィカに直接触れる事はできないんだな?)

【はい】

(だが、こいつらは触れられるし傷つけられる…)

【その通りです】

(それで、催眠術か何かで操ったのか)

【はい、正確には催眠術ではなく人間の心の中にある順位決定を決める部位に強制アクセスされているのですが】

(じゃあ、こいつらを何とかすれば奴を倒す方法はあるって事か)

【確率は正確に出ませんが63%前後と推測されます】

(意外に高い数字だな、正直俺はこいつらの相手をするのは限界だが…)

【はい、まだ私の本体は解凍されていませんが、一部使用可能になりましたので、お知らせします】

(本体?)

1
【それもまた後ほど。現在、解凍されたシステムの中で有用な物を定義、戦術的にナノマシン増殖型強化外骨格を提唱します】

(ナノマシン増殖型強化外骨格だと?)

【はい、パワードスーツの一種です。ナノマシンを一時的に数百倍に増殖させ外骨格を作り出すシステム、筋力、反射、知覚共に十倍前後まで増幅可能です】

(信用できるのか?)

【私からはイエスとしか言えません、判断はマスターにお任せします】

(…分った、やってくれ)

【イエス・マスター】


その声が心の中に響くとと同時に、周囲を光が覆いつくす。

赤や黄、緑や青などの光が乱舞し、空間内にあるものを排除した。


【形相干渉システム展開確認…周辺空間閉鎖…ナノマシン制御領域拡大開始】


俺の周囲を囲む光が爆発的に増殖し、岩とも金属ともつかない、特殊な物質を形成する。

俺自身は、服装が千切れ飛び、その下から黒いインナーが現れる。

着た覚えのない服に戸惑いを覚えるが…


【外骨格展開】


さらに、インナーが雷光を放ち金属のようなパーツを体に引き付けるという怪現象の前には些細な物だ。

そして、腕、足、胸という順で体にパーツが張り付いていく。

いや、張り付くと言うよりは組みあがるといったほうが正しい、

それらのパーツはまるで金属鎧を着込んだように隙間無く組み合わさる。

そして、最後に厳つい角を持つ仮面が俺の頭を覆い、俺と言う存在が完全に鎧の中に埋まってしまった。


【最終結合確認、強化外骨格<ガルリオン>形成完了】


俺は、周囲の空間を削り取りながら出現した。

その姿は、光沢の無い全身鎧を着込んだようだ。

しかし、実質的に違っているのは、全身をほぼくまなく外骨格となる鎧に包まれていると言う事。

本来なら駆動部位は空けておかなければいけないのだろうが、それすらも殆ど無い。

外骨格は薄青く光を反射し、額にある三本の角を強調する。

腕の部分には刃が存在し肘に向けて伸びている。

胸の中央にはまるでクリスタルのような何かが鎮座していた。

どこかで見た事があるヒーロー物のような…そんな姿だった…


(ガルリオン?)

【形式名です】


ナノマシンで形作るこれに形式名があるのは不思議なのかそうでないのか分らなかったが、

兎に角、俺は周囲にいる人間を片っ端から気絶させていった。

身体能力と同時に知覚力も強化されている所為か、殆どの人間は止まって見えた。

シャノンやクリスは流石に反応していたが、それでもやはりついてはいけないらしく、十数秒で気絶する。

全員を気絶させるまで所要時間は1分と少しで終わりだった。


『まさか、既にガーディアンが覚醒しているのか?』

「ガーディアンだと?」

【マスター、あまり時間がありません、変身リミットまで後1分30秒】

(何!?)

【現在、本体との繋がりがありませんので、周囲のエネルギーを取り込み外骨格を装着しましたが、実質エネルギーは殆ど残っておりません】

(つまりは、そのタイムリミット内だけしか戦えないと言う事か?)

【はい、戦闘続行は可能ですが、外骨格をパージした状態では、中継点を破壊する事はできないでしょう】


中継点は俺に気を取られている、触手を何本も俺に向けてはなったのがその証拠だ。

俺はその触手を切断し、引きちぎり、徐々に奴本体へと近づいていく。

触手は見る見るうちに数を減らしていく。

もちろん、再生しているが、間に合わないのだ。

分断された触手が地面でうねっている。


(くそ、もう時間が無い…何か一撃で決められるようなものは無いのか!?)

【あります】

(それは本当か?)

【はい、4種類ほど該当する武装が存在しますが、エネルギー残量から使用できる物は一つです】

(それでいい、出してくれ)

【現状では、使用しない方が良いと判断します】

(どういう意味だ?)

【現在のエネルギー残量ではソード形成可能時間は約0.0724秒。残り時間とともにさらに減っていきます。至近でなければ効果は望めません】

(なるほどな…)


俺は触手をかいくぐりながら、本体を目指す。

俺の姿は、普通の人間には霞んで見えるほどだろう、だが、今の俺は間違いなく人外の姿だ。

パシフィカは呆然と俺を見ている、まあ、当然か…


「あ…アキト…あんた何者なの?」


その表情には得体の知れない物を見た戸惑いが、ありありと浮かんでいた。

本当は俺の方が聞きたい位だが、彼女に気持ちも分からなくは無い。

変身したこの姿は、化け物と呼んでも差し支えないのだから…


残り時間が3秒をきった所でどうにか、俺は中継点の懐までもぐりこんだ。

ソードとやらは一瞬でも発動できれば中継点を焼ききれるらしい…

俺は後数歩でソードに中継点を捉えるところまで来ていた。

しかし、突然俺の計算外の自体が起こった。


「シャ…シャノン兄!?」


そう、シャノンが早くも起き上がりパシフィカに向かって剣を振り上げている。

いや、既に振り下ろし始めていた…

俺は考えるよりも前に体を動かしていた。

確かに、至近の触手を切り裂いて中継点の元まで踏み込むのにあと2秒近く必要だったとか、

シャノンの剣を受けてもこの体ならという計算はあったのかもしれない…

しかし、現実はそれほど甘くなかった…


ぐしゃ…


俺は、100m近い距離を0.1秒足らずで駆け抜けるという奇跡を成し遂げた。

時速にして3600km、マッハ3である…

衝撃で全てを吹き飛ばしてもおかしくは無いそういう速度だ。

だが、衝撃波は形相干渉システムで中和した。

考える時間が残っていれば、加減した衝撃波でシャノンを吹き飛ばし上手くパシフィカを助けられたのかもしれない。

しかし、そんな事を考えたのは後の事で、その時は既に終わっていた。

そう、残り少なくなっていたエネルギーはパシフィカとシャノンの間に滑り込んだところで切れたらしい…

俺の肩には刀で抉られた裂傷が出来ていた。

自分の体が傾いていくのが分かる…

パシフィカは呆然と前を見ている…


「あぁ…アキト…いやだ…

 なんで…?

 シャノン兄!

 アキトがなんでシャノン兄の剣から私をかばってるのよ!?

 返事してよ! アキトが! アキトが死んじゃう!」


倒れ行く俺を抱え込みながら、パシフィカは最初驚愕し、怒り、そして泣いた…

この状況でもまだ俺の心配を出切るその心を強いと思った。

思いながら、しかし、俺は急速に意識を失っていった…

俺の意識が途絶えるその瞬間、場を支配していた何かが彼女によって破られたのを感じた……









あとがき

ははは…

長い事お待たせしたのに申し訳ない(汗)

内容はちょっとおかしな方向に走ってしまいました…

元々、アキトにきっかけを与えようとは思っていたんですけど、ちょっと出番やりすぎて…

反省しておりますOTL

まあ、しかし、分ると思いますが、アレはシャノンのそれと同格の何かです。

ですから、制限が外れるとすごい事になるんで、いろいろ制約を考えてたんですけど…

アキトの中にあるシステムだけでって考えてもあの通り…中継点くらいなんのそのになってしまった(汗)

バランスって難しい…

まあ、ウルトラマン並に3分ですが…それでも強え〜(汗)

もっと制限加えて置けばよかった…

イメージが強殖装甲ガ○バーだったのも問題か(滝汗)

今後、ネタとして三色パンマンとからめる為に角は三本にして置きましたが(爆)

次回解決編も必要になるな(汗)


では次は〜光と闇に祝福を〜でお会いしましょう。



押して頂けると作者の励みになりますm(__)m

WEB拍手ありがとう御座います♪

毎度情け無い事ながら、今回もちょっと拍手の返事は無理そうです。

見てはいるんですけどね…残しておく事をつい忘れてしまうというか、今月は無茶苦茶忙しい(汗)

ですが、拍手いただけたこと、そしてやはりコメントはとても力になります。

というか、感想こそ我が原動力でして…

感想が来なくなったらとても続けていけそうにありません(汗)

ですので、拍手の返信をできないことはとても心苦しく思っております。


感 想はこちらの方に。

掲示板で下さるのも大歓迎です ♪



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