「さぁ行きなっ! アタシが支えてやれるのはここまでだよ」
「……本気で言っているのか?」
「ああ、軍人ってのはね……中途半端なヒューマニズムじゃやってらんないのさ」
「分かった、だが諦めるなよ。俺は必ず戻る! 必ずだッ!」
「はははっ……期待しないで待ってるよ」
フォルテ・シュトーレンは通路に座り込みながら、アキトを見送ると一息つく。
その姿は片眼鏡(モノクル)が欠け、軍帽は吹き飛んだのか、ボロボロのまま通路の先に転がっており、
ドレスもあちこち焼け焦げた跡があった。
そして、足には包帯代わりなのだろう、ハンカチが巻きつけられそこからは血がにじんでいる。
綺麗な赤毛も爆風にあおられたのかパサパサで埃だらけだった。
それでも、フォルテは微笑んでいる。
本来なら絶望的な状況にあって、それでも……それはアキトの言葉を信じているからか。
それとも、今の状況が悪くないと思っているからか。
だが、敵は休ませてくれなかった。
通路の奥から、5……いや6人、彼女は引きずるように通路の影に隠れハンドガンを取り出す。
最も、銃弾は先ほどマガジンを入れ替えたのが最後だ、6発ちょうどしかない。
一人一発で仕留める必要がある上に、増援が来ればお手上げだ。
彼女は考える、何故こんな事になってしまったのかと。
それは、2日ほど前にさかのぼる事になる……。
ギャラクシーエンジェル
新緑の表裏
エルシオールのブリッジ、とはいえ、戦闘がないなら俺達の出番はそれほどない。
クルー達ががんばってくれたその事後報告を聞くことくらいだ。
だから、俺達はもっぱら今後の方針を話す事が多い。
だから俺と副官のレスター、いつもの通り艦橋に来ているシヴァ王子の3人が提督席の近くで話をしていた。
「ようやく辺境域ともお別れだな」
「ああ、まだ気を抜くわけにもいかないが」
「ふむ、これからは人の住む惑星のある宙域となるのじゃな?」
「いや殿下、そう言う訳でもないんですがね」
「なんと? 辺境域は抜けたのであろ?」
「はい、しかし辺境とそうでない区域の間には通行の難所が何か所かあるのです」
「ふむ、どのようなものだ?」
シヴァ王子は10歳という年齢を考えれば聡明で、だんだんと俺達の考えというものを理解してきている。
戦略戦術の基礎はほぼできていると言う事かも知れない。
しかし、実際そこに何があるのかとか、細かい人の心理の動きとかはまだ分からない事が多い。
知力は高いが経験が不足していると言う事だ、それ故にか、知ることが楽しいのか、よく方針決定の場には顔を出す。
というか、単にブリッジに入り浸っているとも言うが……。
最近は、稽古事は大丈夫なのだろうか?
そんな事を考えている間にもレスターは難所について教え始める。
俺は正直又聞きでしかないので、あまり自信を持って教える事は出来ない……。
「宇宙サルガッソーが存在しているのです」
「宇宙サルガッソーとな? それは一体どういうものだ?」
「そう、文明が衰退する前の文献なのですが。
我らが故郷の星にはサルガッソー海と呼ばれる海域が存在していました」
「どのような海域だったのだ?」
「当時、まだ動力が存在していなかった時代、海を渡る方法は船に帆を張って風に流されるか、人力で漕ぐかありませんでした」
「うむ」
「その当時は風がめったに吹かない海域というのは死の領域といえたのです」
「そうよな、確かに帆が使えないのでは大変であろ」
「更にサルガッソー海は暖かい場所であったため、藻が大量発生していたんです。
藻は海を半ばおおうように存在していたため、まるで固形物であるかのようであったとされています。
帆では動けず、オールで漕げば藻がからみつく、動きがとれなくなった船は藻の中に半ば埋もれてしまいます。
脱出はほぼ不可能、帆船にとっては致命的な場所であったとされています」
「なるほど、恐ろしい話だの。しかし、宇宙にそんなものが存在していたとしても問題ないであろ?」
「いいえ、宇宙サルガッソーは全く同じものではありません」
「なんと、一体どういう場所なのだ?」
「宇宙サルガッソーの中では重金属粒子が無数に散らばっており、直進すればそれにからめ捕られ戦艦とて行動不能になります。
更には、その金属粒子のせいで通信、レーダー等も阻害され、クロノドライブにも移行できません。
しかも速度が一定を超える物体に対しその金属粒子は吸い寄せられるという検証結果も出ています」
「それはつまり、中に入ると、その金属粒子を回避しながら進まねばならぬのに、
通信もできん、レーダー策敵もできん、加速する事も出来ん、ということか?」
「そう言う事になります」
「何とも厄介な場所だの」
「はい、今でも通り抜けをしようとした船の実に7割が行方不明となる難所中の難所です」
「7割だと!?
そんな賭けみたいなものをするぐらいなら遠まわりでも無難なルートでいくべきであろ!」
シヴァ王子は目をむく、確かに辺境域に入る時はこんな場所を通った訳でもない。
成功率の低さから考えればむしろ反対しないほうがおかしいのだが。
実はこの案を採用したのには2つほど理由があるのだ。
「そう言う訳にもいかないのです」
「むっ、アキトはむざむざこの船を沈める気か?」
「理由があるのです」
「申してみよ」
「まず、あまり時間をかければエオニアが宇宙を支配してしまいます」
「それは……そうじゃが……」
「そして、上手くすれば無傷で通り抜けが出来る方法がみつかりましたので」
「ほう。それは?」
「実は……」
「なるほどな、試してみる価値はあるやもしれん」
「はい」
そう言う感じで、シヴァ王子に今の現状をおおよそ話し対策を教えた所で目的地が近づいてきた事をオペレーターに告げられる。
俺は、ブリッジを辞し、エンジェル隊を探すために艦内を散策する事になる。
放送で呼び出せばいいと思うだろうが、そうもいかない理由がいくつかある。
一つは宇宙サルガッソーが近いため放送の類は既にかなり制限を受けていると言う事、
そして、元々彼女らはテンション維持のため、緊急時でなければ放送で呼び出しというような形をとれない事などがある。
まあ、多少めんどくさくはあるが、彼女らの戦力を考えれば仕方の無い措置だろう。
とはいえ、流石に無意味に歩き回るのも時間の無駄なので、最近はだいたいの位置を把握できるようにはしている。
そんな事を考えている間に、トレーニングルームまでやってきた。
俺は特に意識せずトレーニングルームに入った。
今日は珍しく全員がそこにそろっていたからだ。
「……アキトさん、お時間ができたのですか?」
「いや、一応用事だ。急ぎと言うほどではないがな」
早速俺を見つけたヴァニラが声をかけてくれる。
彼女はここでトレーニングしている2人に怪我があったらすぐ治療できるように控えているらしい。
今トレーニングというか、模擬試合のような事をしているのはランファとフォルテ。
元々格闘が得意なランファときちんとした士官学校出で軍隊格闘技を使うフォルテ。
どちらも、一歩も譲らない攻防を繰り返している。
「ランファいけー! 負けるなフォルテさん!」
「まったく、どっちを応援しているんですの?」
「どっちも♪」
「それを本気で言ってるからミルフィーさんは怖いですわね……」
「じゃあ、ミントはどっちを応援してるんですか?」
「今回はフォルテさんにしようかと思ってますわ♪」
「今回は?」
「ええっ! ランファと食券賭けてるんですのよ♪」
「う”っ……」
無邪気なミルフィーと少し腹黒なミントの会話だ。
まあ、珍しい組み合わせでもある。
とはいえ、実際ランファのほうが少し不利ではあった。
ランファの格闘センスはかなりのものだ、フォルテより強いのは間違いないはず。
しかし、こと戦闘経験という意味ではフォルテのほうが一枚上手だ。
スピードと手数で圧倒しているランファだが、フォルテは隙が出来るのを待って反撃を繰り出す。
テクニックがランファのほうが上だからフォルテの反撃回数は少なく、結果的にランファが押して見えるが、
防ぐ事に集中するフォルテにだんだんランファの疲労がたまってきているのがわかる。
もちろん、フォルテとて無傷というわけではないし、ギリギリの攻防ではあるのだが、冷静さでフォルテが上をいっていた。
連続攻撃の切れ目を見計らい、疲労の蓄積をついてみぞおちの急所に一撃。
相手の攻撃を捌いてバランスを崩して接近、ランファの機動力を阻害するための密着、攻撃は密着でも威力の落ちない腰のひねりで打つ肘。
どれもが計算の上に成り立つ徹底的に無駄のない攻撃だ。
もちろん、これが決まったのはランファの攻撃をひたすら防御してチャンスを待ったからだ。
フォルテの性格を考えると待つというのは得意ではなさそうだが、それは銃をぶっ放すのが好きという困った性格のせいで、
軍人としての彼女は無駄のない思考法を持つ洗練された兵のようだ。
それは今までの経歴から察する事ができた。
「流石だな……」
「はい、フォルテさんは凄い人ですよ♪」
「あれでもう少しおしとやかにしていればきっと……」
「ミント、聞こえてるよ」
「あら、ごめんあそばせ♪」
「ったく、あんまり噂とかしないでくれよ。あたしだってそれなりに気は使ってるんだからさ」
「ふぅ……、でも、あんな露骨に待たれると辛いわ」
「アンタとガチの格闘で勝てるなんて思っちゃいないよ。あたしでも勝てる方法つったらあれしかなかっただけさ」
「まあ、分からなくもないけどやられた方はたまったもんじゃないわね……」
「お疲れ様です。お二人ともお怪我はありませんか?」
「ええ、最後にもらった肘も悶絶するほどじゃないし」
「あたしは何回かいいのもらっちまったし、みてもらえるかい?」
「はい」
そうして、トレーニングが終わった2人を加え全員がそろった所で俺が口を開く。
「一休みしてからでいいんだが、フォルテ。頼みがある」
「なんだい?」
「今、エルシオールは宇宙サルガッソーへ向けて進んでいる」
「宇宙サルガッソーだって!? あんなのに行く気なのかい?」
「なんですその、宇宙さる……ええと」
「宇宙サルガッソーは重金属粒子が密集して存在している宙域ですの。
別名宇宙船墓場とも言いますわ」
「ええー!? そんな所にいったらまずいんじゃ……」
「そこを通るための秘策に必要なのがフォルテさんという訳ですわね」
「そう言う事だ」
「ふむ、理由はわかったよ。あたしは何をすればいいんだい?」
「ハッピートリガーについている連装長距離レールガンを使うといえばだいたいわかるんじゃないか?」
「ふーん、なるほどね……まあ、地味な任務だけどやらせてもらうよ。
確かにこんな所を抜けようなんてバカはそういないだろうしね」
「そう言う事だ」
実際敵もここまではやってこれないだろうという目算があった。
理由としては、まず危険度が高い事。
2つ目として、重金属粒子のせいでレーダーも通信も使えないため恐らく無人艦隊は入れないだろう事。
つまり追いかけるためには有人艦のかなりの犠牲を覚悟して臨まねばならないと言う事だ。
ともあれ1時間後、フォルテには所定の位置についてもらい、念のための護衛として合体の事も意識し俺が隣に付く事になった。
そして、作戦開始、と言っても難しい事ではない。
「んじゃ、一発目発射」
連装長距離レールガンから弾丸が射出される、レールガンなので電磁的に加速され音速の12倍の速度で突っ込んで行く。
重金属粒子は速度の速いものに寄っていく性質があるようなので、どんどんその弾丸にむかって群がって来た。
もっとも、粒子なので光の反射でそう見えるが、実のところどれくらいの質量になるのかは判断できない。
ただ、弾丸は10kmほど先で大きな団子になっていた。
『こりゃまた……大変そうだねぇ』
「そう言うな。一発で10km進めるならさほどの手間はかからないはずだ、10発も撃てば抜けられる」
『100km程度かい、宇宙に散らばっているにしては短い距離だね』
「いや、厚さは何十万キロ、帯状なので横幅は何光年という距離ではあるが、
濃度の薄い所を抜けていけば移動不能になる可能性のある場所はそう多くはないようだ、
止まったり、一定以上の加速をしなければではあるがな」
『へぇ、その辺まで考えてるのかい。ならあたしも頑張ってみるかね』
もちろん、向う側までの距離が短いと言う事は、向う側に敵が待ちうけている可能性もあると言う事でもある。
しかし、他の場所のように、大量の艦隊を引き連れてくる事は出来ない。
そもそも、重金属粒子は濃度こそ違え既に周辺を覆っているのだ、結局重金属粒子の中に入り込まなければ攻撃などできないのだから。
無人艦隊は意味をなさないし、ビーム系の攻撃は周辺の重金属粒子を過熱させる恐れがあるので使えない。
やれば、自爆の可能性すらあるからだ、だから実体弾を使った攻撃しかできないのだが、
実体弾は見ての通り10kmも進めば団子になってしまう。
戦闘するのがこれ以上難しい場所はそうないだろう。
『しっかし、退屈だねぇ。撃てるのはいいけど、何にもない所に撃つってのはどうもね……』
「そう言わないでくれ、ここを抜ければ次は恐らく……」
『そうだったね……弾薬の節約という意味もあるってわけかい』
「ああ、今は出来る限り節約したいところだ、目的地に行くまでに一度は必ず決戦をしなければならないだろうしな」
『了解、まあ任せときな』
「頼む」
そんなこんなで、どうにかその日は順調に進むことができた。
しかし、やはりかなりの重金属粒子がエルシオールに張り付いている。
重要部分には先にコーティングしてあるため、さほど問題はないものの、
時間をかけてしまうと埋もれる可能性は否定できなかった。
俺が10発も撃てばいいといったのは、あくまで層の厚い部分にエルシオールを近づけないためであって、
全く粒子がない所というのはこの宇宙サルガッソーには存在していない。
エルシオールの巨体ではそもそも回避は不可能だ、それ故タイムリミットが存在する。
もしも3日以内に抜ける事が出来なければ、エルシオール内のエネルギーは切れる、しかし、再度のエンジン点火はかなりまずい。
ただの棺桶と化してしまう可能性すらあった。
もう一日経過したのだから、出来るだけ明日中には脱出せねばならない。
あまり加速出来ないので辛いのだが、ギリギリ間に合う計算のはずだった。
「電気の使用制限は不便ですわね……」
「お料理作るにも火力が不足してて美味しい料理が作れません(泣」
「展望公園が使えないってどういう事?」
突入後はエネルギー使用制限を設けたのだが、高々三日とはいえ、エンジンを止めて航行するしかないのは痛い。
抗議に来る人が殺到するのも仕方ない、実際何百人もの生活があるのだから当然の事ではある。
だが、現状でエンジンを使って加速すると速度の問題もあるが、熱エネルギーで重金属粒子を熱してしまう恐れのほうが怖いという点だ。
幸いテンカワSplは重力制御で飛べるし、紋章機にも一応重力制御機構は入っているのでスラスターを使わなくてもゆっくりとだが移動可能だ。
ただ、作戦行動には支障はないが、クジラルームや銀河展望公園に回すエネルギーは最低限にせざるを得ない。
クジラルームは動物たちを殺すわけにもいかないのであまり削れないのだが、展望公園は植物を維持できる最低限に落としていた。
通路のエネルギーもカットしているので、通行が不便で仕方ないが、流石に重力制御は切っていない。
これを切ると銀河展望公園やクジラルームはえらい事になるし、他の部屋も元々無重力には対応していない。
もろもろあって、50%程度までしかエネルギー消費を抑えられていない。
再度エンジンを点火するためのエネルギーを残さねばならない事を考えるとこちらも後2日が限度か。
「不満がたまり始めているな。あまり派手に騒がれないといいが……」
「まあ、騒いでもどうしようもないんだが、難しい話だな」
「敵がいないってったって、安全が保障されたわけじゃないからな……」
レスターと泣きごとを交わしていると、オペレーターから報告があがってきた。
読みあげるオペレーターからはため息が。
ミルフィーが重力制御装置を停止させてしまったらしい。
俺は急いて制御ルームへと向かう、下手するとクジラルームや展望公園の動植物が死ぬ。
なにせ、重力制御が切れているので廊下を移動するのも三角飛びを繰り返さねばならずかなり時間がかかってしまった。
「皆、無事か!?」
「はいぃぃ……私は無事ですー……」
「おほほほっ、アキトさんもどうです? 楽しいですわよ♪」
「ミントは神経太いわねぇ、というかタコのキグルミで無重力移動できるってどんなのよ……」
見ると制御ルームにはミルフィーがスカートを抑えるようにして空中をくるくる回っている。
まわしているのはタコのキグルミを着たミント、ランファは壁につかまってその異常な行動を引き気味に見ている。
なんでも、重力制御装置に触れたわけでもないのに勝手に無重力化したらしい、ミルフィーにはよくあることである。
ともあれ、俺は整備班に頼んで急いで重力の復旧作業を行った。
ミントはちょっと不満そうではあったが、展望公園やクジラルームの事を話すと納得してくれた。
実際ここを抜けなければ、もう俺達の事はある程度把握されている可能性が高いため、エオニア軍の待ち伏せがある可能性が高い。
それも、合流地点が近い以上、向こうも全力で阻止してくるだろう。
それを唯一回避できる可能性があるのがここという事なのだ。
同じ相手に当たるにしても、待ち伏せされているのとされてないのでは雲泥の差であるし、
されていてもエオニア軍の切り札である無人艦隊が使えないだけでもかなりマシではある。
遠隔操作のリモコン兵器は確かに強力だが、電波が届かなければただの箱だからだ。
『ほらよっと、結構進んだと思うけど。あとどのくらいだい?』
「4分の3ほどの行程は進んだはずだ、今日中には出るはずだから、もう一息頑張ってくれ」
『ああ、そうだね。しかし……』
「もちろん、他の紋章機も戦闘待機状態にしている。出てすぐの艦隊戦にも対処できるはずだ」
『分かってるねぇ。一つよろしく頼むよ。ハッピー・トリガーは恐らくまともに戦えないはずだからね』
「了解している」
そう、砲撃によって重金属粒子の大部分は団子になるのだが、一部が付着するのは避けられない。
特に砲塔部分は撃つたびに掃除をする必要があるため、一日数回しか砲撃できないのだ。
そんな状況なため、宇宙サルガッソーを出る頃は砲塔を掃除している最中の可能性が高い。
掃除しないで発砲等すれば、暴発する可能性があった。
『すいません……』
「ヴァニラ? どうかしたのか?」
『確証がある事ではないのですが、ナノマシンが騒いでいます』
「ナノマシンが騒ぐ?」
『重金属粒子はナノマシンと近しいものであるためか、重金属粒子の動きを察知しているのではと思うのですが』
「……特殊な潮流のようなものがあるというのか!?」
『その可能性が高いと思われます』
「くっ!!」
砲撃の回数はまだ余裕がある、掃除して発射する時間を考えてもまだあと2.3回なら撃てるだろう。
しかし、横殴りの潮流などにつかまれば動きが取れなくなる可能性が高い。
今ですら接触通信以外はまともに機能しない状況だ。
ワイヤーで互いをつないで通信している、
それにもしこんな状況が後一日続けばエルシオール内のエネルギーは底をつき再度のエンジン点火が迫られる。
エンジンの点火後すぐに問題が起こるわけではないが、エネルギー排気が始まればそこに重金属粒子が詰まる可能性が高い。
そうするともう移動は不可能になってしまう。
それ以前に濃い重金属粒子の層に突っ込めばそれだけで行動不能になるだろう。
「仕方ない、レスター。潮流の動きはわかるか?」
『無茶言わないでくれ、正直レーダーが使えないんじゃ話にならないな』
「……ヴァニラ」
『……はい』
「無茶な事を言って悪いが……」
『いいえ、ナノナノを通じて潮流の流れを予測します』
「頼む」
ヴァニラがナノナノから重金属粒子の流れを予測し、それに合わせてエステとハッピートリガーによるけん引を行う。
ヴァニラも専門ではない事を無理をしているので大変だろうとは思うが今は他の方法がなかった。
潮流にはかなり流されたが、どうにか元の位置に近い宙域に戻り進行を再開する。
予定外とはいえ、ある程度範囲内に収まる程度で安心した。
「ヴァニラ、よくやった」
『はい、お役に立ててうれしいです』
「しばらく休んでいてくれ。俺達は任務に戻る」
『了解しました』
「フォルテ、連続ですまないが。砲撃後砲塔洗浄して再出撃してくれ」
『分かってるよ。急がないとまずそうだしね』
「頼む」
さっきの潮流のせいで進行がかなり遅れてしまった。
まだエンジンの再点火をしなければならないほど切羽詰まってはいないが、また同じことがあればまずい。
できるだけ急いで宇宙サルガッソーを抜ける必要があった。
そうして、宇宙サルガッソー内をどうにか突き進み、外に出るまで後1回か2回の砲撃で何とかなるところまで来た時。
見た事もない巨大な船が姿を現した……。
『一体なんだい、あれは!?』
「わからん……エオニア軍のものではないのか?」
『形式を見る限りじゃそういうのじゃないようだな。それに戦闘のための船じゃないぜあれは』
「そうだな……」
そう、巨大な船は重金属の海でずっといた事を思わせる赤さびた姿で、どこにも砲塔等は存在していない。
その代わりに、明らかに宇宙船を捕獲するためのアームが前方にせり出していた。
見た目は巨大なクワガタといったところか、エルシオールの優に倍はある。
こんな巨大な船であるのに、ここまで接近するまでレーダーも視界もこの船を発見できなかった。
理由はわかりきっているものの、それでも恐ろしい。
『ちっ、回避行動が取れねぇ、エンジンの再点火までは1分以上かかる』
「時間稼ぎをするしかないか……」
『なら、こっちも丁重にお迎えするかねぇ』
「待て、アレに人がいるなら捕まってみるのも手かもしれないな」
『正気かい?』
「ここで戦闘するよりはマシという程度だがな」
『その通りかもしれん、砲撃にしろレーザーにしろ、重金属粒子のせいで威力はまともに出ないからな』
『それはまあ、そうだけどさ……』
恐らく、海賊か何かであろう事はわかる。
こんな場所だ、航行している船などほとんどいないだろうが、戦闘しないでも捕獲できる。
そう言う意味では最高の狩り場でもあるだろう。
恐らくどうやってか、俺達が宇宙サルガッソーに入ったのを知っていたと考えるのが妥当か。
どちらにしろ、戦闘をしようとするのは自殺行為である事は間違いない。
重金属粒子のせいで火力に属するものは全く使えず、速度を出す事も出来ず、通信で助けも呼べない。
質量で勝るものの天下である事は間違いないのだろうから。
拿捕されてしまったエルシオールと乗員、それを人質代わりに俺達も拘束される。
流石にエルシオールの乗員は人数が多すぎるので船から降ろされる事はなかったが。
俺とフォルテは武装解除を勧告され、海賊の船に乗り込むはめになった。
「ヒャッハー! 大漁だゼェェェェ!!!」
「あの船なら売り払ったってかなりの金になるゼ!」
「ばっか、こいつらトランスバール軍だゼ! エオニア軍に引き渡せばきっとがっぽり稼げるゼ!」
「アニキあったまいいゼ!」
「おうともだゼ! 俺様にどんと任せておけだゼ!」
「はぁ……」
「なんつーか、凄い面子だねぇ……」
手錠をはめられ引き立てられて来た俺たちが見たのは、ヒャッハーなモヒカンのみなさん。
この世界にもいたのかというような希少種ではある。
もっとも語尾がうざくなっているのは仕様だろうか?
「さぁ、兄ちゃん達! てめぇらの最高責任者は誰だゼ!?」
「俺だ」
「嘘はためにならねぇゼ!!」
「リーダーがあんなちっこいパワードスーツに乗ってるわけがねぇゼ!」
「リーダーってのはふんぞり返って奥に残ってるもんだゼ!」
「流石アニキあったまいいゼ!」
「よせよう、てれるゼ!」
「……」
「……彼の言っている事は本当の事だよ、なんなら艦のほうに連絡を取って聞けばいい」
よほど俺の言った事が信用できなかったのだろうエルシオールにも確認を取ってようやく納得していた。
まだ半信半疑のようでもあったが、それ以上追及してもどうしようもないと思ったのだろう。
まあ、正確には俺は最高責任者とは言えない、軍権の最高指揮官ではあるが、責任者という意味ではシヴァ王子のほうが権利が上ではある。
最もそんな事をわざわざ教えてやる義理もない、そう言う意味でもフォルテが黙っていてくれたのはありがたい。
しかし、このヒャッハーなモヒカン共、見た範囲内でも100人は下らない、ブリッジや生活区域を除けば人が少ないだろうとはいえ、
エルシオールの倍はある船を運用しようっていうんだから最低でも300人はいるだろう。
精密機器と呼べるものが極端に少ないので手動で行っているのだと知れる。
そうなれば、更に多い可能性もある。
ただ、この船は宇宙サルガッソー内でしか活躍できない事を考えれば運用は簡略化している可能性もあった。
だから今そんな事を言っても始まらない、
しかし、最低限ここでエルシオールをロックしているアームの制御だけは外さないといけない。
そして、合図を送る必要性がある。
この二つを行わないと、何のために捕まったのかわからなくなる。
実際、あの状況でも暴れる事は不可能じゃなかった、しかし、下手に暴れるとエルシオールの進行方向に影響する。
幸い、このクワガタのような大型船も、狩りを終えたからなのか、宇宙サルガッソーを抜け出る方向に向かっている。
もっとも、それが確認できたのは最初にブリッジにひっ立てられた時だけで、その後は監禁するための部屋に向かっている。
「へっへっへ……人質だから殺すわけにはいかないゼ だが、殺さないならなにしてもいいゼ!」
「おお、もしかして……やってもいいんだゼ!」
「ここんところ女日照りだったゼ!」
「やったるゼ!」
やれやれ下卑た事だ、とはいえ、こうした質の低い奴らでむしろ助かったとは思っているが。
なにせ……。
「ボディチェックくらいはしっかりやっておくものだ!」
「まったくだねぇ!」
俺はベルトのバックルに仕込んでいたビームソードで手枷を焼き切り、
フォルテに投げるとそのまま俺達を拘束しているモヒカン達に飛び込む。
モヒカン達がひるんだ隙にフォルテも手枷を焼き切った、そしてナイフでモヒカンの首を掻っ切る。
出血多量で死ぬと言う事はない、焼き切るので傷口が無理やり癒着するからだ。
とはいえ、そんな事をされればまともな状態ではいられない、息をするのも難しいはずだ。
他のエンジェル隊には余り見せられない姿かもしれない。
俺自身、モヒカン共を叩き伏せ、追ってこれないように骨を折るなりしている。
もちろん、今はまだ余裕があるからいいが、余裕がなくなれば殺す事もある。
基本的にエオニア軍のみが敵であるとはいえ、敵対する存在を命を賭けてまで救うつもりもない。
しっかり、モヒカン共の使っていた武器を奪い取ると管制が出来る場所を探すためフォルテと共に船内をさまよう事になる。
だそうした事はすぐ知れたが、隔壁などは手動らしく、落とされる事はなかった。
「しかし、船の構造が分からないのは致命的だな……」
「いや、そうでもないと思うよ」
「フォルテ何か手があるのか?」
「まぁ、これでも軍歴はそこそこ長いからね」
フォルテは俺の方に振り返りニヤリと笑うと、確信があるかのごとく先導し、進んで行く。
俺はよくわからないながらも、とりあえずついて行く事にした。
武器はレーザーナイフ一本と、さっきの奴らから奪ったハンドガンが3丁、そしてマガジンが5つ。
そこそこの量ではあるが、何百人も相手ができるわけもない。
ようは、モヒカンどもと接触せずにいけるのかどうかという点に尽きる。
「フォルテ俺がオトリになる、その間に制御を……」
「何を言ってるんだい、それは帰りだろう? 今の時点でそれをしても両方とも捕まる可能性のほうが高いよ」
「……そうかもしれないが」
「それにね、切り捨てるなら指揮官のアキトより、あたしを切り捨てな。それが軍ってものさ」
「それは……」
「出来ないとは言わせないよ。あたしたちには目的があるんだ、そのための犠牲を嫌うなんてあんたには許されない」
「……分かった」
「いい返事だね、安心したよ」
フォルテは俺の言葉が嘘ではない事を見抜いたのだろう、笑みを深くした。
そう、俺はフォルテの言葉を否定する事は出来なかった、全てを救う等という格好いい事は言えない。
それが出来なかったから俺は元の世界で復讐鬼と化し、この世界に来る羽目にもなった。
その俺が何も切り捨てない等という事を言っても綺麗事でしかない、もちろん、復讐鬼となったからこそ犠牲など認めたくはない。
だが、フォルテの目の真剣さに俺は何も言えなくなっていた。
彼女は本気で俺を助けるために死ぬだろう。
それをさせないためには、俺は状況を覆して見せなければならない。
それは非常に困難な仕事ではあった。
モヒカン共は一人一人は無駄に筋肉なだけのザコだが、数が多いので俺達としても侮る事が出来ない。
「ヒャッハー! 見つけたゼ!」
「いくゼ!」
「くらいな! だゼ!」
俺達を発見するなりいきなり発砲してきたモヒカン共に統制を求める事は出来ない。
しかも、バラバラにはいってきたのか、最初は3人、続けて2人、更に3人とやってくる。
命令系統もはっきりしておらず、勢いでばらまくように撃ってくる。
はっきり言って軍としての質は最低レベルではある。
しかし、それでも2人しかいない今では厳しい敵でもあった。
「いったん戻るぞ」
「駄目だね……戻ればもっと集まってくる事になる。時間がないんだよあたし達は」
「しかし……」
「幸いまだ8人、銃撃戦ならこっちに分があるよ」
「わかった……だが、フォワードは俺だ」
「了解」
半ばあきれたようなフォルテのもの言いに、しかし俺は譲る事ができなかった。
犠牲を出すなら俺が最初だと、どこかで決めつけていたのかもしれない。
俺は、フォルテの正確な銃撃による支援を受けつつ、相手の懐に飛び込む。
そして、敵の腹に向けて一発撃ち込んだ。
悶絶するモヒカンAを無視しつつ、モヒカンBに向き直り、斧を持つ手をひねりあげながら、逆の手に持つ銃で腹を撃ち抜く。
そうやって、半死人の山を築きあげるほどになった頃フォルテも片づけたのか俺の方へ走り込んできていた。
「時間がない、急ぐよ」
「ああ」
フォルテは迷いなく歩いて行く、慎重さは失っていないが、探りながら進んで行くと言う感じではない。
何を基準にして歩いているのか、俺はかなり気になっていた。
「やっぱりね、この船、原型はエルシオールと同じタイプだね。まあ、原型は殆ど留めてないけどさ」
「なんだって? エルシオールはシャトヤーン様の御座船なんだろう?」
「だけどね、同時に今ある宇宙船のプロトタイプはほとんど白き月のギフトによってもたらされた技術で作られているんだよ?
この意味わかるだろう?」
「つまり、どの船も基本構造は同じという事か」
「まあ、大きさや目的によってまちまちだけどね。エルシオールほど巨大な艦になると他にはそうないはずだから」
「なるほど」
確かにあり得ない話ではない、部屋の配置や階段の位置等の構造は似ているようにも思える。
となれば、サブブリッジはあと2階層ほど下になるはず……。
とはいえ、エンジン部やサブブリッジ、駆動部そのものには護衛がいるだろう。
突破するには武器がさびしいのも事実だ。
「さっき倒した奴らの銃はあまり弾丸が入っていなかったな」
「試し撃ちでもしてたんだろうさ。だがいいものも手に入った」
「手榴弾か」
「これがあれば、奇襲もできるだろうね」
「上手く行ってくれるといいが……」
「アンタが弱気になってどうするのさ、エルシオールでは皆が待っているんだよ」
「ああ、分かっている」
サブブリッジまでは何度か見つかったものの、早々に撃破する事ができたので追っ手はまだ来ていない。
しかし、流石に騒ぎが大きくなりすぎている、追いつめられるまで幾ばくも時間がないだろう。
だから、サブブリッジの制圧は急がねばならなかった。
「突入する!」
「わかったよ。まず扉をあけたらあたしがフルオートでぶっ放すから、終わったら突入ってことで」
「ああ。任せる」
俺は、扉の認証キーを銃撃で破壊、そのまま力任せにこじ開ける。
本来こんなことでどうにかなる扉ではないのだが、扉の開閉のための電力線が外に出ているため、それを切断すればたやすくこなせた。
色々なものがむき出しになっているこの船でなければできなかったろう。
そうして開けた扉の中にフォルテが弾丸をありったけ撃ち込む。
手榴弾だと、内部にあるだろうこの艦を制御するための物ごと破壊という事になる可能性もあるためできなかったのだ。
だが、幸い内部に突入した後残っていたのは2人ほどだけ、残る2人は援軍を呼ぼうとしたので銃で黙らせた。
「さて、次は……」
「これじゃないかい?」
「ああ。なるほど、じゃあ」
「そうだね……」
流石にエルシオールに似ていると言ってもあんな巨大なマニュピレーターなんてエルシオールにはついていないので、
制御系を探すために少し時間をかけすぎてしまった、とりあえずエルシオールを拘束しているアームの動きを止めたものの、
かなり時間を食ってしまったようだ。
「後は脱出だけだ。急ぐぞ」
「ああ、分かってるよ」
その後も何度か戦闘にはなったものの、どうにか切りぬけ、
脱出するために俺達の機体があるだろう格納庫まで行く所だったのだが……。
「ドジっちまったね……」
「フォルテ!」
何度目かの襲撃を撃退した時、フォルテは足を負傷してしまった。
しかも、俺を庇うような形で……。
それに、不味い事にモヒカン共も流石に俺達が脱出しようとしている事に気がついたのだろう。
明らかに待ち伏せと分かる襲撃が増えてきた。
「くそっ……このままじゃジリ貧か……」
「そうだね……ここら辺が限界のようだね……」
「ん?」
「そろそろ決断の時だよアキト」
「……まさか」
「ああ、あたしを置いて行きな」
分かっていた、いずれは言うのではないかと。
そして、事実としてそうするのが一番効率がいい。
だが、そうしてしまった後、俺は自分を保つことができるのか。
親しい人間を見殺しにしてまで生き延びたい等と考えていない俺にとって、その選択は辛いものだった。
「さぁ行きなっ! アタシが支えてやれるのはここまでだよ」
「……本気で言っているのか?」
「ああ、軍人ってのはね……中途半端なヒューマニズムじゃやってらんないのさ」
ちっ、格好いい事いいやがって……。
残されるものがどう思うか、今の俺は分かり切っている。
だが他には手段がないのだろう。
ならば、今の俺がやれる事は……。
「分かった、だが諦めるなよ。俺は必ず戻る! 必ずだッ!」
「はははっ……期待しないで待ってるよ」
俺はあえてフォルテを置いて行く事にした。
その後、敵の目を引き付けるために銃を連射しながら走り込んで行く。
今可能な方法の中で両方が助かる可能性が一番高い方法。
それは……。
「まとめてくらえ!」
手持ちの手榴弾の残りを全て格納庫前に放り込む。
格納庫そのものは完全密閉にしなければならないのだが、ここは整備もまともにしていなかったのだろう。
開けっ放し状態だった。
そして、その周辺にいるモヒカン共を手榴弾で吹き飛ばすと、すぐさまエステに乗り込む。
内部をかなりいじった跡があったが、幸い破壊されたり起動データを変更したりはされていない。
エネルギーが内蔵式になっていたお陰でこういう状況でも動かせるのもありがたい。
エステが動くようになったのに合わせて、外部作業艇と思しき機体が5機ほど動きだしている。
俺は時間もないところではあったし、その機体を抱えて通路側にぶつける。
隔壁そのものはまともに下りなくなっているため、つっかえ棒代わりにちょうどいい。
「まっていろ! フォルテ!」
エステのまま通路に飛び込む。
幸い6m級のエステなので、少しかがめばなんとか通路も通ることができた。
何枚か隔壁が動き出していたが強引に突破し、フォルテを残してきた場所まで戻る。
そこには、6人ほどのモヒカンとフォルテが倒れている姿があった。
まだモヒカン共は集まってきているようだったが、エステによる攻撃で一掃してやった。
「フォルテ!!」
「なんだい……まったく……脱出すればいいものを」
「助けられるのに助けないなんて非効率だろう?」
「嘘いいな……アキトだってぼろぼろじゃないか……」
「これくらいはオマケだ」
そういって、やせ我慢でニヤっと笑うのに対し、フォルテは力強く笑い返す。
俺の膝の上に無理やりフォルテを載せると、そのまま格納庫へ向けて突撃する。
なんどか、妨害らしき攻撃を受けたがそもそも相手はこう言った内部での戦闘を想定していないのだろう。
まともに対抗できるレベルではないようだった。
しかし、格納庫に戻ってくるとそこには、見た事のある様なないようなそんな感じの大型ロボットが出現していた。
「あれは……」
「知っているのかい?」
「んー、なんていうかな……子供向けアニメに出てくる……」
「へぇ、そんなのがなんでここにあるんだろうねぇ……」
ゲキガンガーでいうリクガンガーのようななんというか、手足が適当に付いている感じが何とも言えない逸品ではあった。
しかし、そんなのでもハッピートリガーを破壊しようとしているのはかなりまずい。
「チィッ!」
俺は敵をハッピートリガーから引き離すべく攻撃を加える。
しかし、ラピッドライフルによる攻撃はそのロボットに毛ほどの傷をつけたのみで、まともにダメージを与えられなかった。
はっきり言ってかなりまずい、ラピッドライフル寄り威力のある攻撃をするためには、ある程度広い空間が必要になる。
だが、格納庫の中ではそれもままならない。
とはいえ紋章機、流石にフォルテと比べれば重要度は低めだが、アレも出来れば破壊されたくはない。
今後の戦力低下は厳しいものとなるだろうから。
「フォルテ、すまないがかなり揺れることになる。それと視界確保のこともあるので、後ろに回ってくれるか?」
「アレを何とかするつもりなのかい?」
「今後の戦力低下はかなりまずいからな」
「まったく、あんまり無理するんじゃないよ……」
「俺はこういう男なんだ、諦めてくれ」
フォルテが席の後ろに体を丸めるように(きちんと座るスペースはない)
座るのを確認してから俺は加速をかけつつイミティエッドナイフを抜き放ちウミガンガーもどきに切りかかる。
しかし、かなりの速度で切りつけたにもかかわらずリクガンガーもどきは片腕だけでイミティエッドナイフを受け止めた。
いや、受け止めたと言うのは正確ではない、単に腕で防御しただけだ、しかし、腕すら切り裂く事が出来なかった。
ラピッドライフルもイミティエッドナイフもまるで効かない。
やはり、かなりの速度をつけてディストーションアタックを仕掛けなければダメージも与えられないと言う事か……。
「なんて装甲してやがる……」
「そこらに浮いてる重金属粒子で装甲作ったのかもしれないね」
「ありそうで困るな……」
ともあれ、この船もそうだが装甲がやたらぶ厚く、あまり小回りのきくタイプではないようだ。
その分耐久力が高く、普通にはなかなか倒せない、大火力のハッピートリガーなら何とかなるんだろうが、
丁度リクガンガーもどきが間に入っている格好なので、とりつけない。
もう少し格納庫が広ければ抜くのもたやすいのだが……条件が悪い方向に一致していた。
そういえば、前の時はリクガンガーもどきはいなかった、もしかして……。
「なあフォルテ……格納庫がもう一つあるなんてことはないよな?」
「エルシオールにはないけど、随分増築してるからねぇ……」
「ははは……おいおい……」
思いついた悪い想像は本当だったらしい、天井部分を突き破って、リクガンガーもどきがもう一体通路部分を通ってまた一体。
とうとうリクガンガーもどきは3体に増えてしまった……。
格納庫一杯に広がった3体のリクガンガーもどきは俺のエステにむけて腕による攻撃を放ってくる。
先にこちらを始末しておこうと言う訳らしい。
とはいえ、速度が違いすぎてこちらには全くかすりもしない。
しかし、このままではジリ貧だ。
こちらの攻撃が効かない以上エネルギー切れになればこちらの負け。
せめてさっきあいた天井の穴をうまく使ってハッピートリガーに取り付ければと思わなくもないが、あまり意味はないかもしれない。
ハッピートリガーに取りついても起動するまでにつぶされる可能性が高いからだ。
やはりエステでなんとかしないといけないらしい。
「まったく、いろいろとやってくれる……」
「今の状況じゃエルシオールに戻った方がいいんじゃないかい?」
「だが……」
「あたしは助かった、それにどのみちハッピートリガーをどうこうなんて奴らにゃできないよ」
「どういう事だ?」
「紋章機はね、自己防衛機構を積み込んでる、もしも破壊されそうになったり、
正規の手順以外で分解されそうになると自動迎撃モードに移行するようにできてるんだ」
「……」
フォルテが無理をしているのは分かっていた、エンジェル隊にとっては紋章機は分身のようなものだ。
それを置いて行くというのがどういう事か。
しかし、彼女は軍人として恐らく決断したのだろう。
ならば俺も従うべきなのかもしれない、そう思い言葉を出そうとしたその時。
突然、格納庫全体に大きな地震が発生した。
「地震? いや……何か巨大な質量がぶつかったのか?」
「そんなの一つっきゃない! エルシオールだよ!」
「なっ!?」
拘束を外すためにサブコントロールに侵入し、クワガタの角の部分を開閉したものの、
まさかそのままエルシオールが突撃してくるとは思わなかった。
とはいえ、これはチャンスでもある、速度差が大きいのだ、今なら取りつけるはず。
体勢を崩しているリクガンガーもどきをくぐり抜けハッピートリガーに取りつく。
「今なら混乱しているうちに乗り込めるはずだ」
「全く相変わらず無茶言うねぇ……でも気にいったよ!」
そういって、フォルテはエステを飛び出しハッピートリガーにとりつく。
あっという間にコックピットに滑り込んだようだった。
俺は再び体勢を取り戻しつつあるリクガンガーもどき達をせめて10秒足止めするために出来る事を模索し始める。
しかし、ハッピートリガーの起動音と共にエステは行動不能に陥った。
「これはまさか!?」
『なんだい、これは!?』
「合体だ!」
『これが……』
そう、合体は今まで宇宙空間だけでしていたからわからなかったが、周辺の空間を捻じ曲げてフィールドを形成しているようだった。
その証拠にリクガンガーもどき達が腕で攻撃しているのにこちらまで届いていない。
そして、周辺の空間をフィールドが押し広げ既に格納庫に空いている穴を押し広げ一定の空間を確保する。
確保した空間の中で俺のテンカワSplは腕や足を折りたたみハッピートリガーにドッキングする。
ハッピートリガーは2つの大型砲塔部分が回転し本体背部に移動する。
そして、ミサイルを取り付けたウイングが前後に分離、それぞれ回転しつつ前足と後ろ脚を形成する。
元々前方に取り付けられていたはずの中距離レーザーはそのままの位置で、しかし尻尾を形成していた。
ありていに言えば、巨大な砲塔を背負った豹のような姿に変形していた。
「なんていうか、凄いね……」
「ああ……」
そして、相変わらずドッキングしたコックピットはめんどくさい形状になっていた。
はっきり言えば俺はフォルテの膝の上に座っている。流石のフォルテも少し照れているようだった。
兎も角、俺の椅子はどこにいった!? と叫びたくなるのを押し殺し目の前の戦闘に集中する事にする。
「兎に角、戦闘開始といこうじゃないか」
「そうだな、火器管制は任せた、俺は格闘戦を挑む」
「へぇ、面白そうじゃないか」
「やってやるぜ!」
どこかやけくそ気味に叫びながら、前足を展開、するとそこから鋭い爪が出現する。
正確には爪は物質ではなくビームの類なのだが、どちらにしろ強烈な威力を持っていることには変わらない。
実際、リクガンガーもどきを紙のように切り裂く様は正直エステとは比べ物にならなかった。
「そら、もらったよ」
もう一体のリクガンガーもどきをフォルテは尻尾のレーザーカノンで撃ち貫く。
実際元のハッピートリガーと比べても明らかに大火力になっていた。
「ラストはこの船ごと吹き飛びな!!」
その言葉と共に背部の大型レールガン2門が火を吹く。
ただし、その電磁レールガンは普段とは比べ物にならないほど強力な超電導を発生させ、初速マッハ1000を軽く超えていた。
当然質量の問題で撃ち貫かれる隔壁、そして大きく空いた穴から真空が流入してくる。
新たな隔壁が下がるのに合わせめくらめっぽうに撃ちまくっていく、
そのうち全体に真空が浸透してきて外部から重金属粒子がどんどん流入してきた。
「これは早くお暇しないとまずいな」
「だねぇそれじゃ、急ぎますか」
俺達はそのまま船を脱出し、エルシオールの姿を探す。
みるとエルシオールはエンジンをふかしてクワガタ型の大型船をそのまま押しているようだった。
確かにもう重金属粒子の濃度もそれほどひどくはない状態ではあったが、
恐らくメンテナンスが必要なくらいこびりついているのは確実そうだった。
だが、確かにこの方法でないと脱出は難しかっただろう。
俺達はエルシオールの上部甲板に取りつき接触回線を開いた。
「済まない遅くなって」
『ああ、全くだぜ。おかげさんでこっちはエンジェル隊の奴らを押しとどめんのに苦労した』
「そりゃ大変たったようだね副長」
『フォルテも一緒なのか、合体をしたんだな』
「まあそう言う事だ」
『全く毎回毎回無茶しやが』
「?」
『もしもし、アキトさん! フォルテさん! 大丈夫ですか!?』
『合体したって本当なの!?』
『まったく節操がありませんわね』
『帰ったら検査しましょう』
「ははは……」
騒がしい、だが戻って来たのだと感じさせる皆の言葉に安心し、しかし、不安も残る。
この先激戦区を通り抜けないと目的地であるローム星系までたどり着けない。
メンテナンスなしでエルシオールがどのくらい持つのか、そんな事を考え、
しかし、今は疲れを癒すためにも早めに休もうと心に決めていた……。
あとがき
後半完全にグダグダになってしまいましたが、6周年記念も2本目。
そして、ようやく新緑シリーズも折り返し地点が次回に迫っております。
ローム星系までついたら後は一気ですからねー。
次回はまだ先の事ですが、出来るだけグダグダにならないように頑張らねばと思います(汗
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