ギャラクシーエンジェル
新緑の成長(後編)






『余が正統トランスバール皇国、初代皇王エオニア・トランスバールである』



金髪で白い肌、赤い瞳は特徴的だが、絵にかいたような貴公子然とした男が通信画面一杯に表示される。

膝の上に、同じように金髪赤目の小柄な少女を侍らせ、

更に、傍には将軍の正装をした紫色の髪の女性が護衛然と起立している。

画面が見切れるギリギリの辺りに幾人かの臣下が跪いているのが見え、独裁国家らしさを演出している。

これらの映像は、全周波数帯にて、シヴァ皇子御座艦であるエルシオールと、テンカワSpl、そして紋章機に流れている。

因みに、紋章機は全機出撃しているが、テンカワSplはまだハンガーデッキに居座っている。



『殿下ッ!? 相手の策略です!! 通信に出るのはお控ください!!』

『ええい、逆賊があのような事を言っておるのだ!! 答えぬ訳にはいかぬであろう!!』




エルシオールブリッジの様子はテンカワSplの中からも確認できる。

放っておいても恐らくは問題ないが、まあ、気にかける方もいるのでしかたない。

ブリッジにはレスターとシヴァ皇子から少し離れてヴァニラもいる。

先ほどの事もあり、沈んだ……いや、どちらかと言えば顔色が悪い。

ブリッジでは休憩と言う訳にもいかないので仕方ないだろうが……。



『既に正統トランスバール皇国は旧トランスバール領の7割を領土としている。

 残党が集結しつつあるとは聞いているが、今さら行ったとて結果は見えているだろう。

 帰ってくる気はないか?』

『貴様!!』



画像の中のシヴァ皇子の激昂もかなりのレベルまで来ているのが感じられる。

しかしまあ、上手くいっているものだ……。



『聖母シャトヤーンもお前の安否を気にしている、白き月に帰りたくはないか?』

「ッ!!」

『そのような戯言、耳を貸すつもりはない!!』

『噛みつくのは勝手だが、方面軍規模の艦隊を相手に一体どうするつもりだ?』

『……ッ』



画面に移るシヴァ皇子は悔しさに歯噛みしている。

エオニアも御満悦の表情だ、しかし、膝の上の少女……何か気になる……まるで人ではないような……。

そんなふうに考えていると。



「余も膝の上に乗ったほうがいいかの?」

「……そう言う意味ではありません。あの少女、人ではないのかもしれませんね」

「ほう……、しかし、上手い事いっているようじゃの」

「ええ、稼働可能な人形があってよかったです。外装はナノマシンでどうとでもなるようですしね」

「しかし、余はあんなに短気ではないぞ?」

「その方がエオニアが食いつきやすいかと思いまして」

「ふむ……仕方がないか……」



シヴァ皇子は俺の背後のシートで考え込んでいる様子だった。

因みに、ヴァニラがブリッジにいるのは、ヴァニラの変装による替え玉でない事をアピールするためである。

ヴァニラがナノマシンを使って人形を操る事が出来るとは流石に分からないだろう。

音声はあらかじめ昨日何百パターンもシヴァ皇子に録音してもらっている。

ナノマシンでは人形をしゃべらせる事は出来ないからだ。



「しかし、エオニアめ……やはりシャトヤーン様を盾に取ってくるか……」

「殿下はシャトヤーン様の下で育てられたのでしたね」

「うむ、聞く限りではあ奴はシャトヤーン様に横恋慕しているようだ。

 シャトヤーン様はお美しいから分からなくもないが」

「そうなのですか……」



俺は適当に相槌をうつ、正直シャトヤーンという人物はよく知らない。

歴史においてはかなりの重要人物らしいが、代替わりをしているそうなので、何代目かはわからない。

白き月の管理者としか俺は知らされていないが、時々ブロマイドやら何やら出ているので容姿は確かに知っていた。

ただ、俺にマイヤーズ伯爵家の相続権を与え、貴族様にしてしまったのはこの人物らしいと聞いている。

あの爺さんの知り合いなのだから一筋縄で行かないようなタイプだろう。



「アキトはシャトヤーン様をどう思っているのだ?」

「美人ではあると思いますが、会った事がないので何とも言えませんね」

「ふむ、それもそうか。シャトヤーン様はお優しい方なのだ。

 余を育ててくれた、抱きしめてくれた、その……おかあさんみたいな人なのだ」

「なるほど、ならば助けださねばなりませんね」

「うむ!」



シヴァ皇子にも気合いが入ったようだった。

しかし、この作戦は勝とうとか、そういうものじゃない。

そもそも、方面軍規模の艦隊相手にいくら強いとはいえ戦闘機5機とロボット1機、儀礼艦一隻でどうにか出来る訳もない。

ほぼ全方位に艦隊を配置されているため、どの方向に逃げようとも突破前には追いつかれ袋叩きになる事は確実。

あの合体を使う事が出来ても焼け石に水。

流石に1300隻の艦隊相手にまともな手段が通用するはずもない。

だが、作戦を3日に渡って練り続けた結果、直ぐに終わるような事はなくなっている。

後は、脱出経路をどれくらい早く導き出せるかだ。

エルシオールは現在裏でそちらに没頭していた。



『どうしてもこちらに来る気はないというのだな』

『当然じゃ、我は反逆者等に屈服せぬッ!!』

『ならば先ず、お前が頼りにしている紋章機を片付けるとしようか』



そろそろ限界か、これ以上待てば向こう側から仕掛けられる事になるだろう。

俺はブリッジのココに通信文を送る”出撃する”と。

モニターの隅でココは眼鏡の奥をキラリと光らせテンカワSplにルートを送り込んできた。

精度はまだ84%だそうだが、それは仕方ない僅かな時間でよくやってくれたと言うべきだ。



『シェリーよ、アレを出せ』

『ハッ、ヘルハウンズ隊出撃ッ!!』

「はーはっはっはッ!! シヴァ皇子はもらったぞ!!」

『何っ!?』

『テンカワ司令ッ!?』


「うえーん、助けてー」



俺は、シヴァ皇子の言に従い皇子を膝の上に乗せて通信画面を開く。

シヴァ皇子は出来るだけ無表情な風を装ってセリフを棒読みしてもらった。

いかにも偽物です風に。

頭が悪ければ俺を見逃すだろう、頭が良すぎるなら包囲網を狭め、まるごと捕獲を狙うだろう。

普通に頭が回るなら俺達に戦力を割きつつ先ほどの続きをしようとするだろう。

どれに対しても一応は策を練っているが、勝ち目があるのは……。



『シェリー』

『ハッ! 本体より高速巡洋艦100を先ほどの小型機の追跡に回せ!!

 脱出経路上の包囲艦隊とで挟み打ちにしろ!! ヘルハウンズ隊はそのまま紋章機を潰せ!!』




エンジェル隊も動き出し、紋章機と紋章機もどきの戦いが始まる。

どうやら、シヴァ皇子を絶望させる事に固執しているのかもしれない。

エオニアもシェリーとかいう将軍の服を着た女性も頭が悪いわけでも、切れるほどでもないようだ。

こちらにとってはありがたい限りである。

俺は一旦通信をOFFにし、シヴァ皇子に告げる事にする。



「後部のシートにお戻りください」

「もういいのか?」

「この後は戦闘機動を行いますので、膝の上に乗っていると吹っ飛ぶ可能性があります」

「そっ、そうか……、頼む。上手くやってくれ」

「了解しました」



俺は追いかけてくる100隻の巡洋艦の射程内に入らないように気をつけながら、ココのルート算定に従って飛び回る。

エンジンが内蔵型になっていなければ直ぐにアウトになっていたところだ。

包囲網の隙間を掻い潜りながらおおよそ半時間は飛び回った。

数分ごとに圧縮して、それを伝播に乗せてミントのトリックマスターのフライヤーに飛ばす。

フライヤーは要所要所に配置されるようになっており、その分ミントは戦闘がきついはずだが役目上しかたない。

出来るだけフォローする手はずになっていた。



「おおよそ、伏兵の出現場所は把握できたか」

「何度か椅子に縛り付けられたが、思ったよりは凄くなかったな」

「まあ、逃げ回っていただけですからね」



とはいえ、永遠に続けられるわけではない、

ジリジリ包囲網は狭まっているし、紋章機達の戦いは見せもののようにされている。

このままではシヴァ皇子は捕まり他の者は皆殺しにされるだろう。



「そろそろプランを次に移します」

「そうか、と言う事は出番だな」

「はい」



シヴァ皇子は対ショック用の装備を着てもらっているのだが、ヘルメットはつけていない。

通信を開けば普通に話す事が出来る状態にある。

そして、皇子はオープン回線で全域に叫んだ。



「エオニアよ! 余が本物か偽物かも分からぬとは愚かよの!!」

『何ッ!?』


「反乱を起こしたのがお主のような愚か者で良かったわ。

 今はその無人艦隊に守られておるのじゃろうが、お主自身には何もない。

 お前のような凡愚に皇王が務まるはずもないわ!!」

『貴様!! 言うに事欠いてこの余を凡愚と抜かすか!!』

「おお、凡愚よ凡愚、お主程度が王ならばまだサルを王にしたほうがマシよ!」


『……あのロボットを破壊しろ』

『陛下!?』

『あのロボットを破壊しろと言ったぞ』

『しかし、白き月のバリアを解除するには……』

『構わぬ!! 早くアレを消滅させよ!!』

『分かりました、追撃艦隊及び包囲艦隊に告ぐ、持ち場を離れる事は許さぬ。

 しかし、射程内に入ったならば撃墜を許可する!!』



これはこれは、シヴァ皇子もかなりきつい挑発をしてくれるな。

まあ、皇族は皆殺しにされ、トランスバール本星は壊滅したそうだから恨みも骨髄なんだろうが。

かなり挑発が効きすぎてしまったようだな、撃墜を許可するとはもうなりふり構っていない。

だが今はそれでいい、冷静さを失っている間はなんとかなるだろう。

殆どが無人の艦艇であるため、戦闘を想定していないものに対する対処は遅くなりがちだ。

今までもその隙をついて勝ってきた部分もある。



「殿下、手順は覚えておいでですか?」

「ああ、何度も確認したゆえ大丈夫だ」

「このままで、脱出出来る可能性は低いでしょう。備えておいてください」

「わかった」



シヴァ皇子に手順の確認を行ってからはひたすら回避運動に励む。

急加速に急減速、エステは元々かなりの機動に関して慣性を殺してくれるが、

ミサイルやビームの飽和攻撃となるとまともな回避ではとても間に合わない、

時にディストーションフィールドで防ぎ、時に敵艦を盾にして防ぎ、それでも無理な時は限界を越えた機動を行った。

無理な機動の場合どうしても慣性を殺しきれずシヴァ皇子が悲鳴を上げる事も何度かあったが、

予定の範囲内であるため俺はそれに対して何も言わず全力で回避しながら経路通りに脱出をかけた。

飽和攻撃を相手にしているのできちんと進めているかと言われると自信がないが……。



「どの程度進んだのだ?」

「半分と少しでしょうか。うお!? 回避に専念しますのでお時間をください」

「分かった」



幸いにして、エステバリスの小さな機体には当てにくいらしく、大部分は掠りもしない。

だが、攻撃の手が本当に千ありそうなほどの飽和攻撃なので気を抜けば蜂の巣になっていてもおかしくない。

いい加減数えるのもバカバカしくなるほどに回避運動を繰り返しながら、敵艦隊包囲網の端までどうにかやってきた。

だが当然そこには、外部への脱出を遮断しようと200隻近い無人艦が行く手を塞いでいる。



「だが、エステ一体通り抜けるくらいは容易いッ!!」



そう、エネルギー消費を抑えるため出来るだけ回避しているものの、

ディストーションフィールドを張りながら突破すればこんな小型の機体だ、通り抜けるのは難しくない。

だが問題は、エルシオールや紋章機を置き去りにしてしまう事、

そしてこの機体では生命維持はせいぜい半日もつかどうか、とてもではないが単独で逃げ切れない。

だから、紋章機やエルシオールを意地でも脱出させねばならない。

そのための仕込みの一つが、テンカワSplによる包囲網突破だ。



「殿下、そろそろ敵艦隊を突破します」

「おお、流石アキトだ! 褒めて使わす!」

「まだ作戦が成功したわけじゃありません。ここから先の方が難易度が高いですからね」

「う、うむそうであったな」



そうこうしているうちに、敵の分艦隊を切り抜け、包囲網の外に出る。

これによって、だんだんエオニアが落ち着いてきているとしても挑発にのりやすくなるだろう。

シヴァ皇子は楽しげに通信を開く、全面オープンで。



「エオニアよ、そちの艦隊はこの程度か!

 千を越える艦隊でたった一機の小型ロボットにしてやられる程度とはのう。笑わせるわ、はっはっは!」

『貴様!!』

「皇族ならばその程度御して見せねばな。無人艦隊なんぞと言う力を手に入れて驕っておるのではないか!?」

『言ってくれたな……、白き月のカギを持っているだけの小僧がッ!!』


「なるほど、お主はそれが欲しいから余を生かして捕らえたかったのじゃな」

『ッ!!?』

「図星か、器が小さいのう。それでよく皇王になろうなどと思えたものよ」

『ならば、ならば全力で貴様らを叩きのめしてやる。全艦隊、あの小型ロボットを殲滅せよ』




乗ってきた、艦隊を全てとは言わないがかなりの規模で俺達に向けている。

エステで引き受けられる時間はせいぜい1時間、それ以上はエネルギーがもつまい。

しかし、エルシオールらの包囲は多少マシになったはず。

後は紋章機達が計画通りに動けるかどうか。

かなり厳しい戦いになるだろうが、俺はその事については心配していなかった。



「しかし、皇子なかなか言いますね」

「台本のお陰だ、このような挑発、言うのも初めてだがすっきりするものだな」

「それは何よりでした」



機動戦闘をしながら会話と言うのもどうかと思うが、幸いにして現在はディストーションフィールドを張って突破中。

回避に関しては多少余裕もあった。

俺達が向かったのとは、40度ほど違う方向に向かってエルシオールも脱出を図っている。

紋章機が奮闘しているというのもあるが、戦力の大部分をこちらに引きつけているという点が大きい。

エステも、エルシオールも向かっている先は同じアステロイドベルト。

もちろん、敵だって馬鹿じゃない、恐らく艦隊を伏せているだろう。

しかし、アステロイドベルトの底面付近は重力異常を起こしていて、進行方向が定まらない。

その事について、俺達は作戦で徹底的に研究した。

大部分の無人艦隊はこの重力異常帯で航行する事はできまい。

ただし、有人の艦艇が上手に抜けられるという保証があるわけでもない。

後は、半ば以上運頼みの作戦だ。


ただ、エオニアの軍事的センスがさほどでもなくて助かった。

もしも、センスがあるなら、紋章機のような規格外の戦力に対し、消耗戦を挑んだだろう。

武器弾薬には限りがあるし、それを度外視しても、人は24時間戦えない。

3部隊くらいにわけて、波状攻撃を行われれば恐らく2日は持たないだろう。

まあ、本当にセンスがあるなら、シヴァ皇子の探索に兵を割くよりも、

先ず無人艦隊を使って、トランスバールの主要惑星を占領しただろう。

そうしてしまえば、相手は軍を維持するのが難しくなる、放置しておいてもテロ組織になり下がるか、瓦解するのみ。

シヴァ皇子を捕えると言う事が大事だとしてもその後ですればいい事だ。

ローム星系の様な場所に敵軍を集め一網打尽にする事で後顧の憂いを断つのが目的だとしても、こだわり過ぎだった。


何よりもまずいのは時間を与える事だと言う事がわかっていない。

無人艦隊は強力で無尽蔵に生産できるのかもしれないが、生産スピードには限界がある。

相手に無人艦隊の攻略法を見つけられたり、作戦を使って一網打尽にされたり、対抗出来る新兵器が出来たり。

対処される可能性がある以上、敵の主戦力は無人艦隊で対処できるうちに一気に倒さねばならない。


これらの事を考え合わせればエオニアに軍事センスがあまりないのは明らかだ。

そんな奴らに待ち伏せされる俺はもっとないのかもしれないが……。



「ここからは、重力異常地帯になります。

 出来るだけ、怪我などしないよう、しっかりつかまっていてください」

「わかった」



無人艦隊を突き抜け、アステロイドベルトの下部にたどり着く。

ここをあまり下がり過ぎると、太陽の数倍はあろうかという恒星の重力から脱出できなくなる可能性がある。

何機か突っ込んできた無人戦艦が異常重力につかまり圧壊したり、恒星に突っ込んで焼滅していった。

危険度の高さは折り紙つきだが、だからこそ脱出出来る可能性が残されていると言う事だ。



「どうやら、重力センサーはキチンと起動しているようだ。

 エステを再現出来たんだから、何とかなるんじゃないかと思ってたんですがね」

「ぶっつけ本番で命をかけるものではないな……」

「まあ、生きているんですから良しとしましょう。

 では、エルシオールの方はどうなっているか、そろそろ確かめに行きましょう」

「任せる、アキト」



シヴァ皇子は口調は兎も角、俺の事を信用しているのが伝わってくる。

俺としても、この護衛が、もう直ぐ終わりなのだと思うと少し名残惜しくもあるが、

命を何度もかけるのと比べればさっさと終わらせるべきだとは感じていた。


だが、その先で目にしたのは……。


煙を上げ、複数の破損が見られるエルシオールの姿だった。

とても重力異常地帯に突っ込めるような状況に無い。

それに、追撃部隊に追われ、このままでは撃沈されかねない状況にあった。

俺も急いで迎撃に加わりどうにか、エルシオールは重力異常地帯のギリギリにある小惑星の影に隠れる事には成功した。



「何があった?」



エルシオールに着艦し、現状について確認するためレスターを呼びだす。

レスターはどうすればいいのか分からないと言った顔で、うつむく。

その横で、無表情に見えるがその中に複雑な感情を乗せながら言葉を返すヴァニラの姿があった。



『私が、シヴァ皇子の人形の制御に失敗、皇子がいないと思った敵軍は集中砲火を……』

「なるほど、現状では仕方ないだろう。

 兎に角休めヴァニラ、万全の体調でなければ次も出撃させられないぞ?」

『分かりました……』



恐らく数時間、ここで修理を続ける事になるだろう。

幸いにして、重力異常地帯の近くでもありレーダー等で発見される可能性は低い。

ただ、追撃部隊がこの辺りまで来ていたのは事実だろうし、また脱出先を抑えられている可能性もある。

もっとも、俺達の目的はこの星を使っての重力ジャンプなのだから、どの方向にでも逃げられるわけだが。

エステの研究の結果わかった、小型化した重力制御装置等に関する知識を使い、重力異常区域の図面を作成している。

俺達と違い、エオニア軍はきちんとした見分けが出来ないため、ギリギリのラインに待ち伏せする事は出来ない筈だ。

結果的に襲撃はあまり気にしなくていいだろう。

問題は、ジャンプをするタイミングで襲ってこられた場合。


それに対抗するために紋章機が必要なのだが、実の所その紋章機は厳しい状況だ。

カンフーファイターとラッキースターはH.A.L.Oシステムにダメージが来ているらしく通常の戦闘機並の力しか発揮できない。

トリックマスターはフライヤーの半数以上を失い、予備もないため補充するには今の人員で数カ月必要だ。

ハッピートリガーは機体中央の連装長距離レールガンに被弾したらしく砲身に歪みが出ているらしい。

比較的修理がしやすい連装長距離レールガンの修理から始めているが、今日中に終わるのはそれが限界らしい。

つまり、確実に動かせる紋章機は今回出撃しなかったハーベスターのみと言う事になる。



「さて、そこでお前の出番ってわけだ」

「レスター、俺は女心には疎い方だって言う事は知っているだろうに」

「なあに、俺よりはマシだろう。実の所俺は女心ってもんの存在すらよくわからん」

「……わかった、行ってくる」



そう、女心、正直俺も朴念仁等と言われた事がある事は否定できない。

しかし、レスターは俺に輪をかけて朴念仁だ、俺ですら一応好意そのものは気付いていた。

ナデシコ時代、ユリカも、リョーコちゃんも、メグミちゃんも俺に好意を持ってくれていた。

その事は毒飯の件で知らないわけにもいかなかった。

ただ、リョーコちゃんに関しては好意なのか友情なのか今一分からなかったが。

アカツキに言わせれば、アイちゃんの意識を残すイネス、それにエリナも当時から好意を持っていたとの事。

まあ、今なら分からなくもないが。

ルリちゃんやラピスはどこか刷り込みみたいな部分もあったようだが、あれは好意というより親愛だろうと思う。

ともあれ、俺も向けられた好意の方向性は兎も角、好意がある事は理解できる。


しかし、レスターはこと女にかけては好意があるのか無いのかも判断できないらしい。

俺なんかよりよっぽど二枚目なのに。


というか、その手の話題が出るたびココやアルモといったブリッジ要員が聞き耳を立てているのも気付いていないようだ。

他にも、宇宙コンビニで会う女性たちには何度も声をかけられているし、

年下好きな整備班長は別として、他の整備班員達からはアイドルと同列で語られていたりする。

疎い俺ですらこれくらい気が付いているのだ、実際はもっとだろう。



「まあ、考えても仕方ない。今一番重要なのは……」



情けない話、今一番必要なのはヴァニラの能力だ。

ハーベスターを作戦基盤に据えない限り、とてもじゃないが切り抜ける事は出来ない。

相手は1300もの無人艦隊、対するこちらはどうにか動く儀礼艦一隻と、紋章機だったもの。

まともに戦えるのは、ヴァニラのハーベスターと俺のテンカワSplのみ。

この状況でヴァニラが動けないとなれば、俺一人でエルシオールが重力ジャンプするまで防衛しなくてはならない。

一方向からだけならいいが、多方面からの攻撃となれば俺に対処の術はない。

ハーベスターを加えても上手くいくかどうかかなり難しいのだ、嫌と言わせる事は出来ない。


しかし……、同時に今はヴァニラにとって恐らく最も重要な時期。

トラウマを克服できるかどうかの瀬戸際だろう。

それが分かっていて会いに行く俺自身がとても醜く思える……。

俺は……どうすればいいのだろう。



「ヴァニラ……いるか?」

「は……、はい……」



俺はヴァニラの部屋の前でインターホンを押し言葉をかける。

居る事は先刻承知している、寝ていればそれで良しとするつもりだったが……。

やはり眠れるような心理状態ではないようだった。



「入ってもいいか?」

「はい……」



承諾の言葉と共に、扉があけ放たれる。

そこには、元気の無いヴァニラと、そして同じように元気の無い宇宙ウサギのウギウギがいた。

ウギウギはヴァニラの膝の上でだるそうにしている。

獣医を呼んで見てもらった結果、ストレス性胃炎との事らしい。



「ヴァニラ……。大丈夫か?」

「私は大丈夫です……」

「とても大丈夫そうには見えないが?」



ヴァニラの憔悴した顔にはうっすらとだが隈が出来上がっていた。

普段の彼女からは到底想像がつかないほどに、疲れがたまり、精神が摩耗しているのが分かる。

それでもヴァニラはそれを口にはしない。

無理が限界に来ているのは誰の目にも明らかだった。



「一つ聞いていいか?」

「質問ですか……?」

「ああ」

「分かりました。どうぞ……」




俺は、一呼吸して覚悟を決める。

俺に思いつく限り、ヴァニラを助ける方法は2つある。

一つは時間をかけてゆっくり解決していくというもの。

本来ならこれを選ぶべきだろう、徐々にだが色々な知識や経験の下にトラウマも埋もれていくものだからだ。

しかし、今は彼女がいなければ全員の命に関る。

強引にでもトラウマがトラウマたりえない事をぶつけるしかない。

とはいえ、失敗すれば彼女を壊してしまう……。

だから失敗は許されない。

綱渡りばかりしている自分に嫌気がさす。



「ウギウギの世話は大変か?」

「……いいえ、そんな事はありません」

「では、仕事は大変か?」

「いいえ、そんな事はありません」


「ならエンジェル隊にいる事は苦痛か?」

「……それは……そんな事はありません」




ヴァニラは俺を睨みつける。

何が言いたいのか分かったのだろう。



「私は……こうなったのは、私が未熟だからで……」

「そうかな?」

「そうなんです!

 私が未熟だから、ウギウギはこんなに疲れているし。

 私が未熟だから、仕事をきちんとこなす事ができないんです。

 私が未熟だから、シヴァ皇子の人形が偽物だって悟られましたし、

 私が未熟だから、体調を崩してお役に立てないんです……」

「本当にそうなのか?」

「何が言いたいんですか!」



大声を出して俺に食ってかかるヴァニラ。

ようやく本音が見え隠れしてきた。

ショック療法になるが、こういうものは本音を引き出さない事には話しにならない。



「君は不安なんじゃないか?」

「え……?」

「ヴァニラの仕事量は明らかに君の年齢で行えるレベルを越えている。

 普通の大人の仕事量と比べても倍近い量をこなしている。

 何が君をここまでさせている?」

「わっ、私は自分に出来る事を……」

「俺が君と同い年の頃は中学生になったばかりでね。

 両親がいなかったから、世を拗ねててさ。

 働くどころか、学校にあまり行かなかったくらいだよ。

 お陰で高校進学は諦めて料理学校に通ったりしてな」



まあ、料理人になるのは夢だったのも事実だから、悪くない結果だったが中学校で孤立していたのは事実だ。

フラフラ遊び歩いたり、危ない事をして施設の人を心配させたりロクな子供じゃなかった。

それに対してヴァニラはあまりにもいい子過ぎる……。



私は……私も大切な人を死なせてしまいました……。

 だからもう、親しい人をなくしたくないんです。

 私が未熟だから……、もっと頑張ればきっと……皆を助けられると思うんです……

「はっきり言うよヴァニラ」

「え?」

「君は一足飛びに大人になりたいようだが、大人なんて言うのは早くなってもいい事は無い。

 未熟大いに結構じゃないか、失敗するからこそ学ぶ事ができる。君はもっと他人に頼るべきだ」

……そんな事……、そんな事、アキトさんに言われたくありません。

 アキトさんだって一人で飛び出して行くのに……



ヴァニラのその瞳は俺を責めるように見つめる、だがその瞳には大粒の涙があふれ始めていた。

俺は正直、少し困っていた、確かに俺も突っ走る傾向にあるからだ。

流石に復讐鬼をしていた頃と比べればかなり丸くなったと思っているんだが、

確かにまだ他人を信用しきれていないかもしれない。

だったらどうすべきか……、そうだな……。






俺は、ヴァニラの瞳から流れ落ちる涙を指ですくい取り、そして頭の上に手を載せる。

俺は多分笑っているだろう、正直恥ずかしい話しだが、心を許すと言うのは案外難しい。

だから俺なりに出来る事、そして、信頼の証。

正直かなり無茶だが、まあヴァニラの年齢ならまだセーフだろう。



「ならこうしよう。俺も少し寝不足でな。互いに寝ていないか不安だろ?

 だから、同じ部屋で寝るとしようか」

「え? あの……」

「なあに、エンジェル隊入りする前はよく一緒の部屋で寝ていただろ?」

「はい」



ヴァニラは少し頬を染めて、俺の言葉に答える。

考えてみれば彼女はエンジェル隊とはかなり仲良くなったのだろうが、あまりスキンシップはしていないようだった。

こうして、同じ部屋にいる事で何かの足しになるなら……。

それに俺自身も寝ておかないといけない、神経が高ぶっているのも問題だ。

ヴァニラと共にいる事で落ち着けるならその方がいいと考えた。



「なら、ヴァニラはウギウギとベッドに、俺はソファーで寝させてくれ」

「あの……それなら一緒のベッドに寝ませんか?」

「あー……」


まあ、ヴァニラと同じベッドに寝ても何もないだろうとは思うが、世間の目が怖い気が……。

ヴァニラの好意は明らかに家族を求めるものだし、俺としてはあまり踏み込まないほうがいい気が。

と思っていたら、ヴァニラに上目遣いで見つめられた。





「嫌……ですか?」

「そうじゃなくてな。俺も一応男だから、世間の目が……」

「嫌……ですか?」

「あーもう、分かった! 一緒のベッドで寝るよ」

「はい」


心なしか、ヴァニラの表情が柔らかくなっていた。

俺達はシャワー等を済まし、ヴァニラのベッドでウギウギを中心に川の字のような形で横になる。

もちろん、俺が使えば一杯になってしまうので、俺は横向きに寝るしかない。

ヴァニラも薄緑色のパジャマをつけて俺の方を向きながらウギウギの背中をなでている。

ウギウギもヴァニラの気配が変わったのを察したのだろう、先ほどよりリラックスしているように見える。



「すいませんでした。我儘言って……」

「いいや、構わないよ。俺も無茶振りだったと思うしな」

「じゃあお互い様ですね」

「ああ、しかし困ったな。ヴァニラに寝てもらおうと思ったが……。

 どうやら俺が先に寝てしまいそうだ」

「構いません。私も直ぐに寝ます」

「ああ……じゃあ……お先に……」



安心したのかもしれない、俺は急激な睡魔に襲われ。

ほんの数秒ほどで眠りに落ちた。

最後の瞬間、頬に何か柔らかいものが触れた気がしたが次の瞬間には俺の記憶は飛んでしまっていた。








4時間後休憩が終わった俺達は、重力異常帯の外をほぼ包囲された状態になっている事を確認する。

予想された状況の一つだが、少し嫌な気分になる。



「リスクを嫌ったか、もう少し突っ込んで艦隊を減らしてくれると思ったんだがな」

「向こうにだって将軍はいる。全く作戦が無いと言う訳にはいかないだろうさ」

「そりゃ分かってるが……」



これで、重力ジャンプによる脱出はかなり困難になった。

なにせ、アステロイドベルトを覆うように艦隊が配置されているからだ。

俺達が重力ジャンプで脱出しようとする事を見越した配置なのは間違いないだろう。

ただでさえ、戦力不足、エルシオールの耐久性の不利等もあるというのに。

レスターも渋い顔をしているが、事実である以上どうしようもないと割り切ったようだ。



「それで、総攻撃までどれくらいの時間がある?」

「既に、いぶり出し用の艦艇が500アステロイド周辺に配置されている。後1時間もないだろうな」

「そうか……」

「アキトよ……その成功の確率はどの程度あるのじゃ……?

 もしも低いのであれば余が……」

「大丈夫です。殿下が思っているほどには低くないはずですよ。

 何せ俺達には天使がついているんですから」



そう言って、ブリッジの扉の方を見る。

釣られてシヴァ皇子もそちらを向くと、扉が勝手に開き5人の少女達が倒れ込んだ。

扉の前で聞き耳を立てていたんだろう、確か俺の提督就任時もそうだったな。

まだ彼女たちの心には余裕がある、ヴァニラも俺を見つめていた。

まだまだやれるという意思が輝いている。

ならば俺に出来る事は決まっていた。



「皆、今回の任務は厳しいものになるだろう。

 だけど、皆ならきっとやり遂げてくれると信じている。

 だから、皆の命を俺に預けてくれ」

「はい!」

「いいわよ!」

「もちろんですわ!」

「今日のアキトはやる気だね」

「はい、がんばります」



全員の意思を確認し俺は頷くと。

皆に向けて合図の言葉を飛ばす。



「エンジェル隊出撃!!」

「「「「「了解!」」」」」




4時間の修理では俺のエステとヴァニラのハーヴェスターくらいしか完全とはいえないが、

それでも、皆機体が動けば十分というつもりで参加してくれた。



「作戦は単純だ、今から敵艦隊を正面突破し、重力に乗って加速、敵軍を振り切りこの宙域を脱出する。

 その間の防衛が俺たちの任務だ。

 俺のエステと、ヴァニラのハーベスターは迎撃を行う。他の皆はエルシオールの直衛を頼む」



要は俺とヴァニラ以外は今単独行動が出来る戦力ではないという事だが、

同時に直衛がいるのといないのとでは、俺たちの動きも変わってくる。

それだけでも大きな違いだろう。


エルシオールが動き出すのにあわせ、敵軍のほうにも動きが見られる。

重力異常帯に無人艦を突っ込ませるのは悪手だと知ったのだろう、少し上空から砲撃を雨あられと降らせてくる。

同時に、戦闘機も大量にやってきた。

俺とヴァニラは戦闘機の破壊と砲弾の迎撃をメインに行動する。

戦闘機の破壊はまだしも、砲弾の迎撃はかなり難度が高い。

ヴァニラはハーベスターのナノマシンを膜状に展開し、ビームを拡散させたり、砲弾を減速させたりしている。

取りこぼしはミントのフライヤーによる迎撃や、ランファのアンカーによる殴り飛ばしをメインに防いでくれる。

ミルフィーのラッキースターはどうしてもH.A.L.Oシステムに頼っていた部分が大きかったらしく動きが鈍い。

また、主力火器が使えないハッピートリガーも精彩を欠く。

だがそれでも、現状は何も問題なかった。

そう、本番はこれからなのだ……。



「アステロイドベルトを抜けるぞ! ここからは隕石の影に隠れて進むわけにも行かない。

 全員、警戒を怠るな!!」

『了解です!』


『了解』

『了解ですわ』

『分かってるよ、あんたもがんばんな!』

『あたしに当たるわけないでしょ! どんどんきなさい!!』



全員まだまだ元気だった、しかし、それも待ち構えていた艦隊を見るまではと言えた……。

どうやって出口に集中したのか、ココがブリッジから知らせてきた敵艦隊は400隻近い数だった。

他の場所に行った艦隊を呼び戻した訳ではない、おそらく当りをつけていたと言うことだ。

それでも、一箇所に大部分を配置しているわけではない当り、完璧にというわけでもないようだが。

どちらにしろ、艦隊は俺たちを全滅させてお釣りが来る量に達している。

エオニアの怒りがまだ持続しているなら、エルシオールの撃沈も辞さないだろう。

少し煽りすぎたかもしれないな……。

最も後悔はしていないが。



『袋のネズミよな』

「エオニアか」

『下賎が、陛下と呼ばぬか!!』

『良いのだシェリー。正統トランスバールに名を連ねる事が出来ぬ者の戯言等に一々腹を立てるな』

『しかし……』



シェリー・ブリストルだったか、エオニア軍唯一の将軍だったな。

流石にずっとエオニアを支えていただけあって、苦労人のようだ。

エオニアの失墜したプライドを自分が先走る事で取り戻した訳だ。

まさに忠臣というか、お母さんというか……。

もちろん、俺たちは彼らの漫才を見ている気は更々無いので、既にエルシオールを加速させている。



『もう一度だけ聞こう、シヴァ皇子を渡せ、お前たちのような反乱軍の元でいては皇子が不幸になる』

「それはどうも、しかし本人がなんと言うかね?」

『お前達と同じ場所にいるよりは良いであろうよ』

『ふんっ、反乱の首謀者が偉そうに』

『何を言っている、今や余こそが皇王、そなたは唯の廃嫡に過ぎぬ』

『父上を殺したそなたのいう事かッ!! この逆賊めが!!』

『何を言うか!!

 お前の父は、余が父から受け継ぐ筈の皇位を簒奪し、あまつさえ余を廃嫡したのであろうが!!』




そう、この皇位の簒奪劇には裏がある、元々はエオニアの父親が12代目の皇王だったのだ。

エオニアの父はエオニアが幼い頃に他界したため、その弟であるジェラールが皇王となる。

このあたりも、ジェラールが兄を暗殺したとか、本来はエオニアが宰相を後ろ盾に皇王になるはずだったとか色々噂がある。

ジェラールの子であるシヴァ皇子が皇太子であるのは、エオニアに態と反乱を起こさせ、廃嫡して国外へ放逐したからだ。

そういう意味では、エオニアはとことん不幸な皇太子だったと言えるだろう。

だが、だからと言ってエオニアが許されるかと言えば別の話だ。

有効な手段であるのは事実だが、トランスバール本星を火の海に変え、抵抗する星は容赦なく焼き払っているという。

失われた人の数は既に何億に達しているとか。



「俺たちはシヴァ皇子を選んだ、お前達に利することは無い!」

『ならば、死ぬが良い』



その言葉が終わると同時に、400隻からなる無人艦の一斉砲撃が俺たちに向かってきた。

既にある程度加速を始めていたとはいえ、

エステとハーベスター、直衛に回っているエンジェル隊の活躍を合わせてもさばききれるものじゃない。



「加速が終わるまで、持たせるんだ!!」

『了解』

『どんどんきなさい!!』

『あーん、捌ききれません!!』


『ちょっとこれは厳しいかねぇ……』

『フライヤーが……やはり厳しいですわね……』



やはり、修理が必要な機体では限界に来ているようだ。

ヴァニラにしたところで余裕がある訳じゃない、

いやむしろナノマシンを広域に渡ってコントロールしているのだからその疲労は並大抵じゃないだろう。

俺も、取りこぼしが多くなってきた……。

このままでは唯でさえ応急修理しかしていないエルシオールに被弾する恐れがある。

もしも、エンジン周りや、居住区周辺に被弾すれば加速すら間々ならないことになるだろう。

その時はシヴァ皇子だけでも助けるために降伏するしかない。

もっとも、それが許されるとも思えないが……。



『あっ……』



そんな時、ハーベスターは処理が焼きついたのかヴァニラが限界に来たのか、

ナノマシンコントロールを失い砲塔部分に直撃弾をもらった。

幸い、ヴァニラ本人は無事のようだが……。



「ヴァニラッ! 下がれ!!」



続けて飛来するミサイルや砲弾、ビームなどに対することが出来るはずもない。

元々2機で戦線を支えていられたのが奇跡だったといっていい。

このままでは当然のように蜂の巣にされるだろう。

俺は叫びながら、ハーベスターの前に出るべく接近する。

しかし……、いや、この場合はラッキーだったと言うべきか。



『これは……』

「合体……」



そう、エステは両手、両足を折りたたむとハーベスターのコックピット後部に突き刺さり。

はーベスターのアンテナ部分が中央に接近してエステを覆い隠す。

左右が迫ったためコックピット分を頭部とした耳のように見える。

更に、ナノマシン制御部が後部に回り、ウイングが前方に張り出し、砲塔が下を向く。

手と足のようになった。

完成系はまるでウサギのような形だ。

そして、コックピットは連結され、俺の隣にヴァニラが出現する。



「あ……」

「どうやら合体したみたいだな」

「はい。アキトさんは何か異常がありませんか?」

「いいや、むしろ体調がいい。

 この機体のナノマシン制御能力のお陰じゃないか?」

「はい……。この機体はハーベスターと比べて10倍近い制御能力があります。

 これなら……、他の紋章機や、エルシオールを同時に回復できるかもしれません」

「そうか、無理をしない程度に頼む」

「大丈夫です。私も合体したときに回復したようですから」



そう言って、ヴァニラはナノマシン制御に集中し始めた。

俺は、ビームやミサイル等を止める事に集中する。

幸い俺の手でもある程度ナノマシンを制御できるようだった。

そして、10秒ほど、ヴァニラが紋章機とエルシオールを修理することに成功した。



『へぇ、これがハーベスターの合体かい』

『凄いですねー、みんな回復しちゃいました!』

『これは2人に感謝ですわね』

『よし、行くわよー!!』



エンジェル隊も完全復帰し、戦線の建て直しを行う。

そして、何よりエルシオールが修復されたことで、加速性能があがった。



『くっ、逃すな!! 全砲門をエルシオールに向けろ!!

 無人艦隊を重力異常地帯に突撃させるのだ! 100隻や200隻潰れてもかまわん!!』



エオニアが無茶苦茶な命令を出してくる、だが確かに無人艦なら玉砕特攻も一つの作戦なのだろう。

エンジェル隊が無人艦隊を片っ端から破壊し、ヴァニラがナノマシンを全開にしてフィールドを張るものの押されてきている。

先ほどまでとは違い、俺もエンジェル隊も100%の戦力を発揮しているのにもかかわらずだ。

もちろん400隻相手に勝てるかと言われれば難しいが、突破くらいは出来ると考えていたのは甘かったのか……。

いや……もしかしたら。



「ヴァニラ、現在のこの機体はエステの機能を使う事が出来るか?」

「少し待ってください……。可能です」



ヴァニラがシステムを確認してくれた結果、思いのほかいい言葉を聞く事が出来た。

即ち。



「なら、エステにエネルギーを回してくれ」

「了解」

「よし、これならいけるか? ディストーションフィールド広域展開開始!」



俺はエステからの経由でディストーションフィールドをエルシオールの前面をカバーするように張った。

ヴァニラのナノマシンフィールドはディストーションフィールドの後ろに展開するようにする。

ビームはディストーションフィールドで無効化、砲弾やミサイルも粗方防ぐ事が出来る。

そして、それらを抜けてくる質量攻撃はナノマシンフィールドで減速、もしくは方向をそらす。

重力異常帯なので少し下に逸らしてやれば妙な方向に飛んで行く。

俺達も重力場にかからないギリギリを飛んでいるため、

時々妙な方向に逸らされそうになるが、出来るだけ早く復帰するようにしている。



「くっ……これだけやっても流石に突撃してくる戦艦を完全回避ってわけにはいかないか……」

「それでも、後少し……エルシオールの加速が既にエオニア軍の攻撃を振り切り始めています」

「それまで持ってくれよ……ッ!」



それから時間にして数分、最も俺達にとっては数時間とも思える時間、

敵の戦艦による特攻という強烈な攻撃をエルシオールに届かないように逸らすため全力で動き続けた。

ディストーションフィールドで、ナノマシンで、砲撃で、ミサイルで、兎に角重力異常帯へ戦艦の方向を逸らす。

下手に破壊すれば、残骸がエルシオールを直撃しかねないため、エンジン直撃等も出来ず苦戦が続いた。

しかし、どうにか持ちこたえたその時、エルシオールの加速はとうとう敵軍が追いつけるものではなくなっていた。



『エルシオールより、迎撃各員に次ぐ、エルシオールは敵軍の迎撃可能速度を越えた。

 これより重力ジャンプに入るため、帰還を要請する』

「わかった、エンジェル隊帰還せよ!」

『『『『「了解!」』』』』




こうして、惑星を半周して加速し、そのままその加速で逃げ切る重力ジャンプ作戦は無事成功した。

今回はヴァニラのお手柄が一番大きかったと言えるだろう。

俺は、ヴァニラに特別報償を出す事にした。



「と言う訳で、今日はエンジェル隊全員でヴァニラの手伝いをするように」

「はーい!」

「まっ、仕方ないわね」

「あらあら、面白そうですわね」

「アキトも粋な事やってくれるね」

「ありがとうございます」



その日、ヴァニラを除く全員がへとへとになっている状況が発見されたがまあ、彼女らもたまにはいいだろう。

ヴァニラは、昨日に続き、宇宙ウサギのウギウギにスキンシップをしっかりしてやったとか。


そして、その間俺はローム星系までの道のりをレスターと試算していた。


この分なら後一週間もすれば到着するだろう。


つまりは、俺とシヴァ皇子やエンジェル隊が離れる時期が近付いていると言う事だった……。



あとがき

中編後編分離と言うことで申し訳ないです。
本来、前回でつけるはずだった、挿絵もここにつけさせていただいております。
しかしどうにかこうにか全員の合体を終わることができました。
後は、ローム星系編、白き月奪還編、黒き月との決着編の3つとなります。
ようやく先が見えてきて一安心です(汗

ふじ丸さんのイラストについてですが、涙のシーンはお願いして描いていただいたものです。

裸Yシャツのシーンはついでにと描いて頂いたものが素晴らしかったので使わせていただきました。
挿絵用のものではないので、TV版でもないのにノーマッドがいたりするのはご勘弁をwwww



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