「……もう一度言ってみるがや!」
「はっ、バーラント国境砦は陥落致しました」
「貴様はそれでおめおめと戻ってきたと言うがやッ!?」

ここは、ドランブルグ領、本来なら役職に合わせドランブルク侯爵を名乗るべき者の住む城。
つまりは、ドランブルク領、第一都市ゼオンにあるドランブルク城。
激昂しているのはその領主ラハメッド・バウア・モルンカイト侯爵。
侯爵は少し頭頂部が寂しい小太りの中間管理職と言った感じの見た目だ。
領主の名が領土の名を冠していない特殊性はこの場合あまり気にする者もいなかったが。
ともあれ、彼は領土をもぎ取られた事に対し怒りをぶつける相手を欲していた。
もちろん、それは目の前で片膝をつくガラルド・ハインマーク将軍に向けられる。

「どう責任を取るつもりがや!?」
「今一度軍をお貸し頂ければ汚名を返上して見せます」
「聞けば相手は農民ばかり、それも数の上ではこちらが有利であったと聞くぞ。
 そんな状況で一度負けた相手にどうにかなると思っておるのがや!?」
「そっ、それはもちろん。あれはアル・サンドラの裏切りが招いた結果なれば」
「言い訳等いらんわ!」

ガラルドは雲行きが怪しいのを感じていた。
もちろんお咎めが無い等と思っていた訳じゃない。
しかし、傍周りの人間達にはかなり金をつかませている。
何より、彼を私設軍のとはいえ将軍に任命したのはラハメッド本人であった。
ガラルドの強さは100も承知しているはずだ。
傍周りのとりなしと、ガラルドに対する今までの信頼があれば、
少なくとももう一度チャンスを貰う程度は可能だとガラルドは考えていた、
しかし、このままではそれすら怪しい。
そう考えていたガラルドの背後から声が発せられた。

「まあまあ、領主殿、そこまで責めずとも良いではありませんか」
「ド・ナーレン将軍、しかし……」
「罪は戦って償ってもらった方が有益であるはずです」
「しかし……」

助け舟を出したのは線の細い男だった。
黒髪をまとめ、無造作に垂らしている、ひょろっとしていて戦いに向くとは思えない体つきだ。
しかし、魔法使いという訳ではない、彼もまた腰に剣を差している。
年齢は30代後半だろうか?
この3人の中では一番若い。

「お前は……」
「どうでしょう?
 僕の部下として汚名返上の機会を与えるって言うのもありではありませんか?」
「ふうむ、お主がそう言うのならば一度だけ処分は待ってやっても良いがや」
「これはこれは、寛大なご処置。このド・ナーレン感謝の極み」
「では、ガラルドよ。そちは千騎長に格下げの上でド・ナーレンの配下として動くがや」
「すっ、少しお待ちを!!」
「もう決まった事だがや! 文句があるなら、百騎長でも構わんがや?」
「くっ……」
「では行くがや」

そう言い、小太りの小男は謁見の間と思しき部屋から出て行った。
それに合わせて重臣達も下がりあっという間に人がいなくなる。
残されたのは、ひょろっとした男、ド・ナーレン将軍と、さきほど降格が決まったガラルドだけ。

「貴様……まさか俺の抱き込み工作を知って……」
「何の事かな? ともあれ君はこれから僕の部下。
 せいぜい頑張ってくれないと元には戻れないんじゃありませんか?」
「くっ分かった……。使われてやる」
「ええ、せいぜいそうして吠えていてください。
 貴方がどうやって復帰するのか楽しみですよ。
 おおっと、そろそろ時間だ、急がないといけないじゃありませんか」
「な!?」

ド・ナーレンについて廊下に出たガラルドが見たのは中庭から飛んでくるワイバーン。
3m〜5mほどの大きさながら人を乗せて飛べる竜。
普通のドラゴンとの違いはその体格と鳥と同じように腕が翼である事。
ド・ナーレンの下にやってきたのはかなり大きいタイプらしく5m近い全長を持っていた。
羽ばたくワイバーンに慣れた動きで飛び乗るド・ナーレン。
巨大な戦斧を奮って戦うガラルドも、ワイバーンに乗るド・ナーレンに対しては勝てる気がしない。
飛竜部隊はモルンカイト侯の私設軍の中では最強の部隊。
僅か30騎しかいないがそれだけで1000の兵士に勝ると言われている。
事実として空中からブレスによる波状攻撃を受ければ1000人くらいはどうとでもなるだろう。
だが、ド・ナーレンの部下になると言う事は、ワイバーン部隊の支援部隊になると言う事。
ガラルドがまともに戦場に上がれる可能性すら低い状態になってしまったと言ってよかった。



異世界召喚物・戦略ファンタジー
王 国 戦 旗
作者 黒い鳩


第二部 『小さき王国』 第一話 【会議


「では、評定を始めます」

ここは、バーラント国境砦内の会議室の一つ。
ここには前回の戦闘に参加した今各村の村長達と今回の件で合流した兵士の代表が来ている。
昨日戦いが終わったばかりでバタバタしているが、
正直決める事が多すぎて至急済ませる点だけはと開かれたのだ。
俺達もまだ完全に傷が癒えているとは言い難いが、
アルテとリーマ村長が回復魔法を使えるので傷は塞がっている。
だが皆、疲労の方はかなり溜まっているはずだ。
それでも集まったのは先ず第一に目的を果たさねばならないからだ。

「最初の議題は各村への食糧の分配です」
「調べた所、おおよそですが2000人が1ヶ月食べていけるだけの食糧があります」
「2000人ね……」

確かにこの砦は2000人の兵士が集っていた。
1ヶ月分くらいの食糧貯蔵はあって当然、いや少ない位かもしれない。
籠城ともなれば半年補給が受けられない可能性もあるため、結構な量の備蓄をするものだからだ。
それに対し口を出したのは赤毛で褐色に近い肌を持つスタイルのいい女性だ。

「少し待ってもらえないだろうか?」
「ん? どうかしたかアル・サンドラ殿」
「殿はいらぬ。
 降将である私を幕下に加えてくださった事は感謝しているが、
 総大将ならば部下に対しへりくだるのはいけませぬ」
「分かった。ならアル・サンドラ、何かあるのか?」
「はっ、本来の備蓄量は3ヶ月分あるはずなのです。倉は全て見たのですか?」
「確認は元ここの兵士と、こちら側の何人かで合同でやらせたがそれが全てのようでしたぞ」

そうトーロットさんが言葉を返す。
聞くまでも無い事ではあるが、恐らくは横流しだろう。

「将軍本人かどうかは分からないが、横流しがあったと見て間違いないだろう」
「なんという……、私はそんな事も知らなかったというのか……」

俺達が立ちまわった事でどうにかバーラント国境砦を手に入れる事が出来た。
ただ、状況は好転したかと言われると微妙な所だ。
今のを見ても分かる通り、実際砦の中の物資はかなり持ち逃げないし、横流しされていて碌な物が無い。

「現在、俺達は村人約1150人、兵士約1000人、捕虜約500人を抱えている。
 ある程度の兵士は村に還元するとしても、冬に収穫出来る作物はさほど多くない。
 特にこれから、山岳部は雪に閉ざされるためまともに確保できる食料は少なかろう。
 春まで持たせられる食料は流石に無い、それに捕虜を抱えておける余裕もない」

捕虜を差し引いても1ヶ月持たない程度の食糧しかない。
捕虜の扱いをどうするか、一番いいのはモルンカイト侯爵に捕虜を買い戻してもらう事だが……。
それが出来るほどに俺達が国際信用を持っている訳も無い。
あっても、モルンカイト侯爵が金を出してまで捕虜を買い戻してくれるかは疑問だ。
俺がそう考えていると、村長の一人が発言する。

「いっその事、捕虜は奴隷として売り払うというのはどうかね?」
「奴隷……」

瞬間嫌悪が顔に出そうになり、慌てて顔の筋肉を絞める。
多少眉は寄ったかもしれないがその程度は勘弁してもらうしかあるまい。
メルカパはもっと盛大に顔をしかめている。
俺は視線をメルカパに送って口を出さないよう注意する。
俺達の倫理観においては奴隷というのはあってはならないものと思っているが、
この世界においては普通の身分制度だ。
実際奴隷は21世紀現在も2千万人以上存在すると言われている。
俺達が目にしないだけで現在も残っているのだ。
ましてやこの国はせいぜい中世に毛が生えた程度の文化しか持っていない。
奴隷制度が無ければ色々成り立たない状態なのも事実なのだろう。
出来れば廃止してやりたいが、現状でそれが出来るとも思えない。
先の見えない悩み等している暇はない、現状の打破が第一だ、首を振って俺は頭を切り替える。

「しかし、一カ月分しかないとは、この砦はどうやって冬を越える気だったんだ?」
「それはどうやら問題ないようでござるよ」
「というと?」

俺の不安に対し、メルカパが意気揚々と答える。
朗報なのかと視線を向けるとメルカパは口元を笑いの形に歪ませ答えた。
「この砦、どうやら籠城戦を考えて造られたようでござる。  砦の水源地覚えているでござるか?」
「昨日使ったばかりだからな、当然覚えている」
「あの周辺はかなり食料となるものが豊富でござる。  その上、水源より下った所には畑もござった、聞いてみると兵達は畑仕事もしているようでござるな。  兵達の話では、2000人が2ヶ月程度は食べられる量の収穫が可能だとか」
「それはありがたい、使わせてもらおう」

これで、食料事情は半分解決したと見ていい。ありがたい事だ。
だが、それも俺達がこのまま村に帰って何も起こらなければという条件が付く。
戦端を開いてしまった俺達が逃げた所で領主やその軍は当然許しはしないだろう。
一定の勢力を作り、何らかの方法で国に認めさせるまでは緊張状態が続く、どうしたものか……。
そんな事を考えていると、会議室に入室してくる女性がいた。

「ただ今戻りました」
「御苦労様」

トーロットさんの娘、リディ小柄な赤毛の女性は俺達に一礼した後席につく。
彼女には、砦の攻略が始まる直前に、もう一度ボロロッカ商会の方に向かってもらっていた。
契約が旨く行かなかった詫びと、取引の継続を望む旨の意思表示としてだ。
危険な任務かもしれないので、護衛はつける予定だったが本人の強い意志により一人で行ってもらった。

「結果はどうだった?」
「うん、あ……はい、駄目でした……」

リディは慣れない敬語を使おうとして色々失敗している。
この会議室の空気と、村長達の威圧感に押されているのだろう。
一応この集団のリーダーと言う事になっている俺に敬意を払わねばならないと考えているのだ。
もっとも、それを否定する事は今の俺には出来ない、何故ならこれからは兵士を率いる様になるからだ。
軍を持つと言う事は規律を必要とするという事になる。
だから俺は、あえて目上らしく振る舞う事にした。

「駄目なのは構わない、相手はどう言っていた?」
「キャウルの販売、飼い方の指導、どちらの契約も破棄されたって言ってました。
 違約金として契約金と同額を支払わない限り、取引はしないそうです」
「なるほど……」

確かに、俺は緊急である事もあり、二度約束を反故同然の状況にしている。
しかし、恐らく本当の理由は俺達が反乱を起こしたからだろう。
それも見る限り勝ち目のない……。

「そうか……金額を指定してきたという事はまだ目が有ると見ていいな」
「え?」
「幸い今こちらには金があるからな」

俺は会議室の端に積み上げられている金銀や装飾品、高そうな武具といった類を見る。
これらは、ガラルド将軍が溜め込んでいた私財だ。
俺たちの部隊が突入した時には、敵味方入り乱れた略奪が始まろうとしていたがどうにか確保した。
1割程度は目減りしている可能性はあるが。
恐らく、普通に買い取ってもらえば食料事情の安定や諸経費に回せるだろう。

「だが問題は、ボロロッカ商会が領主に悪印象を与えるような裏の取引をするとは思えない事か」

やらないとは言わないが、表立ってはやらないだろう。
大手だけに噂などには耳を尖らせているはずだからな。
となると、そういう闇商人に売るか、ドランブルグ領の外で取引をするしかない。
ある程度足元を見られる事は覚悟しておく必要があるだろう。

「ともあれ、裏の畑のお陰で当面の食糧問題は解決した。
 もっと緊急の課題に移るとしようか」
「緊急と申しますと?」

村長の一人がとぼけた様に問うてくる。
だが、実際の所皆わかっているはずだ。

「俺たちは、ドランブルグ領で決起した。
 幸いにして砦を奪取する事に成功したものの、当面モルンカイト候爵軍を相手にしなければならない。
 更に問題点として、このバーラント国境砦はその名の通り国境にある。
 北東に妖精の国、東から南東にかけてアマツが接している。
 いつ、どこから攻められてもおかしくない現状だといっていい」
「どっ、どのくらいの戦力差があるんじゃろう?」
「ワシらが元の村に戻ればここに残るのは半分以下なんじゃろ? なんとかなるのか?」

村長達がざわめく、もっとも、リディもメルカパも口を閉じているものの同じ気持ちだろう。
俺だって怖い、現状が良くなったのはあくまで食糧事情だけなのだから。

「その辺りは、この砦の副指令だったアル・サンドラに聞くとしよう」
「はッ!」

彼女はその実直そうな顔を俺に向け一礼して立ち上がる。
先日彼女を降伏させてから死ぬといって聞かなかったが、説得を続けるうちどうにか折れてくれた。
変わりに彼女は、自らが裏切らない証として自らの左腕を切り落とそうとした。
どうにか止める事が間に合い、切れはしなかったものの、かなり深く傷つけていたので腕をギブスで固定して吊っている。
度肝を抜かれた俺たちは彼女の事を迂闊に断罪出来ない状況にある。
村長達も見ている前だった事もあり、村長達も流石に面と向かって文句は言えないようだった。

「この村の周囲に展開する戦力のうち、
 北東にある妖精の国はほぼ国交ありません、よって正確な事は言えないのですが、我らに興味はないでしょう。
 今までの反応を見る限り、内乱どころか戦争が起こっても介入して来ないものと思われます」
「ふむ」

俺は視線をアルテの方にやる、アルテ小さな体を椅子にもてあまして座りなおしつつ頷いた。
彼女は妖精の国の姫なのだから、その辺りは詳しいだろう。
しかし、今はエルフである事をまだ明かせないだろうから仕方ない。

「続けて、当面の敵である領主軍ですが。
 領主のいる第一都市ゼオンに二千、第二都市でもあるアードックに二千、東南にあるパラニカ国境砦に二千。
 更に南部のオーランド公領に対しても砦と築いており五百ほど詰めています。
 都市部の兵は常備軍ではありませんので全軍と当たる事はありませんが。
 注意点としては飛竜部隊が30騎、彼らが一番厄介です。
 上空からの攻撃が出来るという点、移動のスピードが速い点、ワイバーンの口から出るという炎の息。
 どれを取ってもモルンカイト候の切り札といっていいでしょう」
「では少なくとも領主軍は6500、そして切り札があるということか。
 ざっと見て、俺たちの8倍近い戦力があるという事だな」
「はい」

俺たちは軍団を整理した時点で確実に1000を切る。
800いれば多いほうだろう。
村に帰る人間がかなり出る事は間違いない、場合によっては500を切る可能性もある。
逆に、捕虜はこのまま解放するのも難しい。
しかし、監禁するにも厳しい人数だ。
かといって処刑すれば味方となってくれる可能性のある村や町に悪印象を残す。
いずれはどうにかして解放しなければならないだろう。

「そして最後に、東の国アマツ、隣国とはいえ文化形態にかなりの違いがあるので正確とはいえませんが。
 今までの傾向からすると二千以上の兵は送り込んでこないと思われます」
「どういう意味だ?」
「理由としては元々国自体がさほど大きいものではない点と、接している国境面が狭い事があげられます」
「なるほど」
「ただ、ここのところガラルド将軍が頻繁にアマツとなんらかの取引をしており、活動が活発になっていました」

アマツとの取引、恐らく横流し品を売りさばいていたのだろう。
その結果が、ここにある金銀財宝というわけだ。
そうしてみると納得の量ではある、不正蓄財にしても個人で貯められる量ではない。
よほどのコネか、特殊な儲け方をしないとこうはいかないだろう。

「それらが失われた今、アマツがどう出るかははっきりとはわかりません」
「わかった、つまり交渉次第では敵対しなくてすむかもしれないという事だな」
「可能性は高いとはいえませんが……」
「今は出来るだけ敵対勢力を少なくしたい、領内だけでも勝つのが厳しいんだからな」
「出すぎた事を申しました」
「いや、言ってくれる事自体は感謝している」
「お言葉ありがたく」

彼女はその場で片膝をつき一礼する、どうもアル・サンドラという女性はかなりお堅い人物のようだ。
見た目も、着込んだ服装の折り目正しさからも、また自らの腕を躊躇なく切り落とそうとしたその精神性も。
どれを取っても、凄まじいまでのまじめさである。
彼女が俺たちに忠誠を誓っているかは分からないが、裏切る時は死ぬつもりでいるだろう。
それくらいの覚悟はあると見ていい。

「それを踏まえたうえで、指針について話したいと思う。
 意見、反論共に聞こう、よりよい方針があればむしろ聞きたい」

そうして俺は一呼吸置く、本来こういうのは軍師か参謀の務めなんだろうが今はどちらもいない。
トーロットさんに司会をしてもらうという手もあるが、村長間の力関係の問題で厳しい。
結果として俺が方針を出すしかなくなる訳だ……。

「先ず、領主は俺達を許さないだろう。
 この状況ではいずれ軍を派遣してでも俺達を鎮圧しようとするはずだ。
 ただ、幸いな事に今は雪始めの月(日本で言う12月)。
 そろそろ進軍には厳しい時期だ。
 砦周辺はともかく、こちらは北方の村々が多く、雪もちらついている。
 今すぐ軍を起こしても領主軍がこちらまでつく頃には雪で道が閉ざされるだろう。
 故に今は我らにとって組織強化こそが第一であると考える。異論はあるか?」

実際、雪が降れば騎馬も一般兵も身動きが取れなくなる。
竜騎士というのは予想外だったが、ワイバーンは基本長距離飛行が出来ない。
一応アル・サンドラに確認せねばならないが、恐らくこの世界でも同じだろう。
となれば、補給のため陣はしっかり組みながら進むしかない。
結果として冬場の戦争はかなり難易度の高いものとなる、無理をしてまで仕掛けてくるかは領主次第だが。
そうなれば、砦近辺まで来る頃にはかなり疲弊する事になる。
村の方に手を出すのは更に難しいはずだ、結果として雪解けまでの3ヶ月程度は時間が稼げる。

そう考えていた時、一人の女性が手を上げた。
マルド村の村長リーマ・ファブレラ、俺より少しだけ年上の女性。
盲目の彼女が手を上げ、意見を言うという事は大変だろうとは思うが彼女は同時に野心家でもある。

「いいでしょうか?」
「ああ、方針について何かあれば遠慮なく言ってくれ」
「では、一つ提案があります。
 今のうちにコーラノアの町まで進軍すべきではないでしょうか?」
「コーラノア……、確か、ここから南にある村だったな」

俺は、羊皮紙に描かれた地図を広げる。
それは、かなり大雑把だったが現状こういう地図はあまり正確なものがない。
正直不便でもあるので、いずれは必要になる可能性もある。
ともあれ、俺はメルカパやアルテに視線を送りつつ、地図を確認する。

△△△△△+++        +++  妖精の国
△△△+++   ○カトナ村   +++
△△+++             +++++++++
魔物の森+++         ■バーラント国境砦
△△+++            ||||||
△+++    ●城郭都市アードック△△△△||   アマツ武国
++            ○コーラノアの町△||
+               △△△△△△|||
                △ロドニオ山脈

位置関係で言うとこういう感じだろうか。
コーラノアはアードックより近い町である事は事実だが南にある事もあり敵勢力圏に近い。
押さえておいて損はないように見えるが、問題は攻撃しやすさと守りやすさだろう。

「人口は約5000といった所です。駐留部隊は常備軍30、緊急時でも100といった所でしょう。
 そして、位置的にも砦に近く、火急の際は援軍を出しやすい利点もあります。
 それに、このままでは領主軍が我らを攻める際の拠点になる可能性が高いです」
「なるほど、アル・サンドラ。どう思う?」
「は、確かに現有戦力でも持久戦に持ち込まれさえしなければ十分落とすことが可能かと。
 ただ、5000人もの民間人を抱える事となれば、彼らが我々を受け入れてくれるかという問題も出てきます」
「その点は十分理解しています」
「つまり、デオム・アダトラ・モルンカイト殿を旗印にするということか?」
「はい、何も全軍においてとは言いません、コーラノアの統治者という事で結構です。
 統治においても、マルド村の村人や帰還兵達を使います。
 ただ、私たちのみでは都市攻略の戦力が足りません。
 進軍の際、兵を300ほど貸していただけませんか?」

彼女の言いたい事は分かった、自分の派閥だけで勢力を作り上げようという事だろう。
もっとも、現時点において確かにデメリットはない。
幸いにして軍はアル・サンドラに任せておけばいいし(性格的にもだが、パラメーター的にも裏切る要素はない)。
最終的に俺たちと違う道を行くとしても彼女らが町を統治できるならこちらも楽になる。
ただ、統治に失敗でもして悪評が流れてはまずいが。

「アル・サンドラ。腕の事もある、出撃は可能か?」
「は! コーラノア攻略ならば200もいれば可能でしょう。
 より早期に決着をつけるならば300、それでなんとかなるかと」
「……ならば、偵察部隊を出せ、出陣は明日、道が雪に閉ざされるまでどれくらいだ?」
「10日ほどかと」
「行軍工程は1日あればいいだろう。5日以内に落とし、帰還してくれ」
「了解しました」

もっとも、これは賭けだ、上手く行っても防衛が間に合うかどうかはわからない。
一応通信網さえしっかりしていれば可能だろうが……。
その辺りは後日に回すしかないな。

「念のため、リフティ、君も行ってきてくれないか?」
「私はお前の部下になったつもりはない」
「リフティ!」
「……姫様が言われるのであれば」

アルテの叱責に、リフティはしぶしぶといった感じで動く。
まあ、美人のエルフ姉ちゃんに俺ガモテる事はないという事は分かりきっている。
命令なんか聞いてもらえんよな。
メルカパと目が合い、どこか互いに達観したような顔をする。
ともあれ、進軍なんてあまりしたくはないが確かに財源のないままでは俺たちはすぐに干上がる。
コーラノアが手ごろなのは事実だった。

「次は、今回の決起に参加していなかった北方の村の説得だな。
 少なくとも意思統一がされていなければ、この先は続かないだろう」
「あのー、そのことなんだけども」

村長の一人が俺に向かって手をあげる。
俺はそちらに視線を流し、意見を聞く姿勢をとる。
だが、その村長からつむがれた言葉はあまり考えたくない話だった。

「うちの村は、ここらで降りたいんじゃが」
「……本気で言ってるのか?」
「ああ……」
「ワシの村も……目的は果たしたでの……」

今になって怖気づいたのだろう、2つの村の村長が脱退したいと言ってきた。
だが、それが出来るかと言われればまず無理だ。
今俺たちの人数は敵に対して小さすぎる、その俺たちがこんなのではまず勝てない。
何よりこれから戦力を増強使用と言う段階でそんな事をされるわけにはいかない。
そして、決定的なのは、今から逃げても俺たちが負ければより酷い現実が待っているだろうと言う点だ。
だがふと思った、そう言えば現状の方が異常なのだということを。

「分かりました、貴方たちの意見は村の人達に直接聞いてみましょう。
 その上で、皆が逃げたいのであればそうすればいいでしょう。
 しかし、参加する意思がある村人がいるならその人達には参加してもらいます」
「わっ、わかった」
「は、はい……」

2人は認められると思わなかったのだろう、少し驚いている。
最も、俺は盛大にアジってやるつもりだ。
俺たちが負ければ次は村が焼き討ちされると言う脅しを加えて。
その上で協力しない人間がどの程度いるのかある意味楽しみでもある。

そういった感じで、どうにか砦での会議を終えた俺はもうへとへとになっていた。
最も、皆はまだこれからいろいろな方面への指示があるので忙しく出て行く。
俺もいつまでもはじっとしていられない。

「ようやく砦一つ……先は長いな……」
「たつにーさん、お疲れ様なのです。今日はゆっくり休むといいのですよ」
「そうも行かないさ。
 まだ砦内の物資の確認も終わっていないし、参加呼びかけを行う村への手紙も書かないと……」
「物資確認はアルテが、参加呼びかけの手紙はメルカパがやるのですよ」
「そうでござる、達也氏は明日からもやる事が山積みなのでござるから。今は休むでござるよ」
「……そうか、すまない。頼む」
「はいなのですよ!」
「でござる!」

2人に感謝して俺は寝る事にした。
流石に会議室で寝るわけにも行かない、俺は自室として使う事を決めた部屋に向かう。
部屋に着いた俺は倒れこむと疲れに任せてそのまま寝てしまった……。




あとがき
ずいぶんお待たせしました第二部開始と相成ります。
とはいえ、今回はひたすら現状確認をしているだけですがw
次回もあんまり動かないかもしれない(汗)
流石に今回のように会議だけと言う事はないはずですが……。

あとがき2
本来説明を次回に回すつもりだった、食料事情の改善を今回の改定に含めました。
一度しか読まない人には申し訳ありません。
説明不足があだになるのは実力不足のいたりであります。



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