Re:ただ筋肉の物語
王都に行く前、エミリアに会いに来たある人物と筋肉はにらみ合っていた。
別に喧嘩をしようというのではない、だが相手の力量を図るのは筋肉の癖でもあった。
互いに、その全力をもって技をくりだす。
「フロント・ダブル・バイセップス!」
「アブドミナ・アンド・サイ!」
両腕を持ち上げたポーズと首の後ろに手をまわしたポーズで互いをにらみつける。
お互いの姿勢は完璧だった、続けて動きをかえる。
「モスト・マスキュラー!」
「フロント・ラットスプレッド!」
互いに今度は腕を下に向けたポーズで力を籠める。
一方は腕を前面に押し出すようにひねり、一方は腰に手を当てて構えた。
やはり互いに五部であると判断され、次のポーズへと行こうとしたとき。
「暑苦しいにゃ!」
後ろから走ってきた猫娘(男)が二人を後ろから張り倒す。
といっても、互いに筋肉の塊なので張り倒したほうの手が痛くなった。
「なんつ〜固い筋肉にゃん……おまいらそれでも人間にゃ!?」
「なんかひどいこと言われたぞ」
「そうです。流石に失礼かと。筋肉の美学というものもありますゆえ」
「だから、汗臭いにゃん! 大体なんでそんなことになってるにゃ!?」
「いや、なんとなく」
「ピンと来たという所ですな」
「以心伝心にゃん!?」
頭を抱えて落ち込む猫娘(男)筋肉爺さんと筋肉ががっちり握手を交わした後、彼らの竜車は帰っていった。
一人の猫娘(男)にトラウマを残したまま……。
そんなことがあった数日後、王都へ行くことになったのは、彼のような強敵(とも)がまだいると聞いての事だった。
筋肉のエミリアの役に立ちたいという思いに嘘はないが、やはり筋肉こそ至上という真理も持っていたのだ。
そんな彼のことが危険だと判断したのだろう、エミリアはその日筋肉の傍を離れることはなかった。
王都についた翌日、エミリアが王選がらみで王宮へと出立するのを見送ろうとしていた筋肉は、
しかし、周囲の人間に呼び止められそのまま王宮入りした。
エミリアの騎士として映ったというか、彼くらいの筋肉になると、只者とは思ってもらえないのだった。
もちろん、ロズワールの思惑によるものもあったが。
「もう、結局ついてきたんだ……でもここは王宮、できるだけ大人しくしててね」
「ああ」
筋肉は特に何をするつもりもなかった。
そもそも、政治等は門外漢である、その間トレーニングしている方がマシだ。
ただ、彼は彼なりの筋を通す気ではいたが。
侍従らしき人に案内され大広間と思しき場所にやってきた彼らは縦に5列ほどになった列の一つに入る。
実際の所、先頭の5人が王候補なのだろう、ただ筋肉は男が一人もいない事を不思議に思った。
5人が5人共十代後半、いや一人だけ十代前半と思しき金髪の少女は盗掘蔵で見たことがあった。
全員美少女なのはいいことだが、政治ができる人間には見えなかった。
というか、最後の一人は入ってきたとたんどたばたがあり、4人かと思ったら5人だったとかいうネタだった。
開会し、順当に進みそれぞれの自己紹介が行われるが、どれもこれも幼稚というか、そんなことしたら後がどうなるかというのが多かった。
一人は何事も自分の思うように進むから、自分に全て任せろと。
それが本当にその通りなら、現状のように王選等ひらかれていないだろう。
なんらか、己のわがままが通る力があるのはわかるが、万能ではないようだ。
二人目は竜との交渉を打ち切り、人間こそが国を担うべきだと。
だが、竜に守ってもらってきたこの国が急に竜を失えば周辺国を刺激すると言うのは目に見えている。
三人目は商人として国が欲しいと。
抜け目なさそうではあるが、何をしたいか言ってない。
四人目がエミリアだったが、全ての民が公平である国。
本人が差別されてきたからこその言葉だが、それは社会主義国家でもなしえない、ディストピアの思想でもある。
平等な世界とは努力が認められない世界ということだからだ。
五人目は元貧民街のかっぱらい。故に参加はごめんとある。
しかし、ラインハルトのとりなしにより最終的に参加を決めた。
ただ、そこで賢人会の一部議員からエミリアに対するやじが飛ぶ。
それは、エミリアがハーフエルフであるからだ、それは現在唯一の魔女であり、魔に関わるものの女王と言ってもいい嫉妬の魔女と同じ種族。
ハーフエルフを半魔とよび差別し、エミリアを引きずり降ろそうとしている。
有り体に言えば、他の候補を支援している全ての議員にとって彼女を追い落とすチャンスであった。
根底に差別意識がないといえば嘘になるだろうが。
だが、エミリアはきちんと反論し、その立場に割り込みをさせることは回避する。
今度は筋肉を攻撃対象として文句を言い始めた。
飛び入りであったことや、礼儀作法がなってないことなどネチネチと言ってくる。
だが筋肉はそれらを無視した。
それが余計議員達に火をつけたようで、遂に筋肉に質問を振ってきた。
「お前に何が出来る!」
「そうだな……騎士なんてどうだ?」
「なっ……」
「騎士なんて、だと? 聞き捨てならんな」
そこに割り込んできたのは、王候補にして隣国の大商会をまとめる、アナスタシア・ホーシンの従者。
紫の髪という特徴的なその青年は、筋肉をにらみつけている。
「君は騎士であると表明した、恐れ多くもルグニカ王国の近衛騎士団が勢揃いしているこの場で!」
「だとしたらどうする?」
「決闘をしてもらおう、騎士の名、そう安いものでないこと証明せねばなるまい」
「……」
筋肉は紫髪の男に威圧感たっぷりに振り向く。
そして、その力を誇示するように近づいていった。
決闘と言われ、だがその目にはいささかの怯みもない、ざっと見てもパワーなら紫髪の青年の数倍はあると誰もが理解していた。
「いいだろう」
「では、後ほど。我ら騎士が生半なものではないと、理解してもらわねばな」
その場は収まったが、まだまだすったもんだあった。
結果として、今回はこれといった決まりごとは決めずに解散と言う形となる。
そして、二人は修練場で向かい合った。
修練場の周りでは、まるでランバージャックデスマッチのように修練場を囲み、息巻いている。
その前でも、筋肉は落ち着き払っていた。
「武器はこの木刀だ、受け取り給え」
「いや、いい。俺はこの筋肉がある」
「……舐めているのか君は?」
「心配するな、これが俺の全力だ」
「まあいい、せいぜい自慢の筋肉を見せてくれ」
「ああ、そうする」
そういうと筋肉は、空手の息吹のように息を吐き出し続ける。
そして、それに合わせて肉体が膨れ上がった。
それら全てが、筋肉であり、人間の範疇ギリギリのレベル。
とてもではないが、これほどの筋肉に近寄りたい人間はそういないだろう。
「60%というところか、いいのか? 俺の筋肉は硬いぞ」
「凄まじいね、これは私も全力で答えねばならないだろう」
二人が向かい合い、そして、互いに向かって踏み出した。
スピードにおいてやはり、ユリウスのほうに分があった、木剣のリーチもありその差は圧倒的といってもいい。
だが、筋肉にはまるで効いていない、その硬さは明らかに鉄よりも硬いため木剣程度ではどうしようもない。
故に、勝負は筋肉の攻撃が決まるかどうかにかかっていた。
「くっ、まさかまるで効いてないとは……」
「どうした、切り札の一つくらいあるんだろう?」
「あるにはあるが、ここで使うわけにはいかない……」
「ならば、これで終わりだ!」
「そうはいかない!」
カウンター気味に入ってきた筋肉の拳をユリウスは飛び上がって回避した。
凄まじい跳躍力であり、この状態では筋肉の攻撃も効かないと思われた。
「スピード、テクニック、たしかに凄いんだろう。
だがしかし、筋肉はその全てを包括する!」
そして、落ちてくるユリウスに向けて拳を突き出した。
ユリウスも木刀と突き立てるような攻攻撃に移る、しかし、そこはもう筋肉の拳が突き上げられていた。
交錯し、落下するユリウス。
フェイント等で上手くタイミングを外したとユリウスが思った時にはもう遅かった。
胸に、大きな拳の跡ができており、ぼこっと凹んでいた。
「命に別状はないはずだ、何かあったら連絡してくると良い」
フェイントに対してしかし真っ直ぐ、相手が仕掛けた瞬間相手の懐に飛び込んで、攻撃を食らうのも構わず一撃入れたのだ。
そう、カウンターを無視して、突っ込んだ結果だった。
ようは筋肉の硬さが違う、そういうことになるだろう……。
その後、エミリアに報告を行っていると、エミリアは情緒不安定になっていった。
そして、最後に聞いたのだ。
「何故、スバルは私のためにそこまでしてくれるの?」
「……それは」
「今回は、ユリウスさんの私闘っていうことでお咎めはないけど、騎士団と敵対するって言うことがどんなことなのか分かってるの!?」
「……」
「別に私……頼んでないよ」
「余計なお世話だったか、すまない……」
「ううん、でも私のことでスバルには不幸になってほしくないの。だから……」
その日、エミリアは筋肉とレムを残し王都を去った……。
筋肉は、自分のやったことが彼女を悲しませた事に戸惑いを感じていた。
しかし、今もまた自分の行動は間違ってはいないと理解している。
押し付けがましくはしていない、ただ、タイミングが悪かったのかもしれないと。
レムが残って彼の世話をしてくれたので、比較的落ち着いてはいた。
その後、筋肉は王都をせわしなく散策した。
レムを連れ、いろいろな食堂、酒場、商館等を回った。
筋肉は知っていた、今までエミリアが狙われ続けていたこと。
そして、自身が撃退したことによって、更なる敵を呼び込んでいる可能性があることを。
それで何事もなければ、そのまま済ませるつもりだったが。
回っている内に、エミリアが今度は魔女教徒に目をつけられたことがわかった。
「やはりか、このままだと不味いな……」
「スバルくんはこのことを知っていたのですか?」
「いや、だが。彼女はある層にはとても魅力的なんだろうな」
「それは……そうかもしれませんね」
その後馬車を借りてメイザース領へと戻る算段をつけていると、後ろから声をかけられた。
それは、白いふわふわの服を着た紫色の髪をした少女だった。
「スバルはんとか言いましたな、うちに雇われる気ありまへんか?」
「アナスタシア・ホーシン」
「そうや、ようおぼえてはったな。最優の騎士を下した男」
「なるほど……従者を破った事か」
「まあね、最強でないとハッタリがきかんっていうのもあるけど」
「俺は……」
「エミリアはんに振られたんやよね?」
「スバルくんは振られてません! そもそも恋愛の告白じゃありませんし」
「あらあら、可愛い従者さんやね。まーそうなんやろうけど、ええギャラだすえ?」
「……やめておく」
一瞬筋肉は考え込んだようだった。
それを見て、脈ありと見たのかアナスタシアは続けて言う。
「別にずっととは言わへんよ。どうやろ、魔女教徒の壊滅のために手を組むっていうのは?」
「……なるほど、知っていたんだな」
「当然、スバルくん達が聞き込みをしてたのも知ってるよ。それで、どう?」
「……少し考えさせてくれ」
「あんまり時間はあらへんよ、今日の内に返事たのんます」
その後、レムと相談し、あらかたやるべきことが決まった筋肉はアナスタシアの契約を受けた。
すなわち、メイザース領へと帰るまでの間、アナスタシアの方針に従うこと。
簡単に行ってしまえばそれだけだ、だが、魔女教徒以外にも、特級の化物が近辺に姿を表したと言う話がある。
白鯨、そう呼ばれているそれは、実際にシロナガスクジラを白くしたような、巨大なそれも空を泳ぐモンスターである。
しかし、何よりもその特性として白鯨の霧に飲み込まれると、存在ごと忘れ去られるというものがある。
それ故、特徴や被害者数等ははっきりとしたことが残ってない。
魔女の作り出した最悪のモンスター、それが白鯨である。
白鯨が現れる場所を探すのは難しい。
しかし、魔女教徒の討伐のついでなら。
それがアナスタシア側の考えだ。
ただし、もう一つの勢力が白鯨を狙っている。
王候補クルシュ・カルステンの一派だ。
こちらの方は、白鯨討伐のために、色々聞き込みをして回っているらしく、そのことはアナスタシアも知っていた。
ただ、正直お互いを利用してやったほうが良いのは間違いない。
片方づつでまけたらどうしようもないからだ。
「そういうわけで、交渉の場に同行してくれはらへんやろうか?」
「構わない」
「助かるわ〜ユリウスこういうのにはついてきてくれへんから」
「だが、そっちの少女がいるだろ?」
アナスタシアの後ろで元気に飛び回っている子を指差す筋肉。
どう見ても、五才児程度、連れているほうが不味いような猫耳幼女だ。
だが、実年齢は14歳らしい、人間ではありえない成長具合である。
だからこそ猫耳幼女はあまり強そうに見えないが、それでも筋肉には何か感じるものがあったのだろう。
「ミミはちょーつよいけど、お兄さんも強そうなのだ!! 一度やってみる?」
「いや、止めておく」
「え〜ミミはやってみたかったのだ! ダメ?」
「もうクルシュ・カルステンの屋敷内だ」
「そうやね、今はあんまり派手にやらんほうがええよ」
「む〜わかったのだ!」
アナスタシアが確信は持てないと言いつつも、白鯨の現れる場所を推定してみせたため、クルシュとの会合は上手く行った。
実際問題として、戦力は多い方がいい。
そのことはお互いに理解しているのだ、ただし、今回アナスタシアはついていかない。
必然、クルシュが総大将を務めることになる。
そして、翌日すぐに準備を整えたクルシュはアナスタシアの抱えている傭兵団も含め白鯨を倒すために出立した。
場所は世界樹の麓、そこに現れるという情報が手に入ったらしい。
どうやって手に入れたのか、アナスタシアは教えなかったがこればかりは商人の情報網というわけではないだろう。
クルシュはその情報を受け、深夜まで時を待っていた。
長い時間がたち、もう来ないのではと誰藻が考え始めた頃それは現れた。
月明かりの中、そう月を背にしてそれは己の姿が人に見つからないようにしていた。
頭が切れる、そうまるで人間と変わらないように。
だが、それを見つけたクルシュは続けてこういった。
「総員! 抜剣!」
だが、その横をすり抜けて一人の筋肉がつっこんでいった。
その強大な筋力で飛び上がった筋肉は、初撃をこう言って放った。
「先ずは80%だ! いっけー!!」
拳を放ったその先に向けてソニックブームが発生する。
音速を超えた空気の壁が白鯨に直撃した。
だが、白鯨は怯みはしたものの、崩れ落ちることはなかった。
しかし、それを見越していたのか、筋肉は直ぐ様連打に切り替える。
先程のソニックブームより少し威力は落ちるが、連続して放たれるソニックブームに少しづつ押されて地面に近づいていった。
「今だ! 乗り込めー!!」
高度が落ちてきたのに合わせ、多数の兵士が白鯨の背に乗り込む。
中でも一際白鯨を切り裂いているのは筋肉じじいことヴィルヘルム・ヴァン・アストレア。
突き刺した剣を持ちながら走って白鯨の皮膚を傷だらけにしていた。
「さあて、足止めはこれで十分だろ。次は……」
筋肉はその場ましばらくその場で、気をためている。
シュウシュウと煙のようなものが体から上がってきている。
そう、まだ彼は全力ではないのだ。
「そろそろいけるか? 100%!!」
筋肉が音を立てて変形していく、普通の筋肉の構造では100%の力を出すことが出来ない。
だから、筋肉の構成自体が変化いしていく、流石にここまで来ると人外の様相を呈してきたが、たしかにその姿は力強さを感じた。
そして、このあまりにも強大な気は当然白鯨の知るところとなる。
「キシャーァァァァァ!!!!」
「おう、来いよ!」
大質量の白鯨が筋肉に向かってきている。
普通なら、ここで回避でもするのだろうが、筋肉は100%の筋力を正しく把握していた。
白鯨のあごが掴まれる、普通ならそのまま振り飛ばすだけだが、その筋肉はびくともしない。
そして、暴れても動くのは下半身だけで、上半身はまるで身動きができないことがわかった。
そう、白鯨はその小さな男に力負けしているのだ。
それだけではない、兵士達が脱出し終わった頃、男が顎を支点として白鯨を振り回し、地面に叩きつけて攻撃してきたのだ。
これはたまらない、はっきり言ってこのままでは自重により内蔵破裂を起こして死んでしまう可能性が高かった。
それだけは回避せねばと、白鯨は無理やり筋肉を引き剥がし、顎の骨にヒビを入れたがどうにか逃げ出した。
だが、白鯨とてただやられるだけのつもりはなかった。
分身を2体生み出し、兵士達や筋肉を襲わせ、霧を濃くして周りが見えなくする小細工もした。
「3体ともやればいいだけだろ?」
一安心していた白鯨の思いの外近くで筋肉の声がした。
そう、筋肉は他の2体を空気を圧縮しただけの指弾で吹き飛ばし、足場代わりにしてここまで飛んできたのだ。
冷や汗をかく暇もあるものか、飛び上がってきたその速度のままに、筋肉が拳を突き出した。
「くらえ!!」
拳が白鯨を貫き、さらには貫通して反対側に飛び出した。
そして、ゆっくりとかしいでいく白鯨はそのまま地面に激突した。
それでもまだしぶとく生き残っていた白鯨のトドメはヴィルヘルムが刺した。
「このヴィルヘルム、主に向けるのと同じだけの感謝を」
「いや、悪いがまだ先があるから。俺は急がせてもらう」
「まあまて、人数がいて困ることはないだろう? ヴィルヘルム以下20人ほど連れて行け。
魔女教徒とやりあうんだろう?」
「ああ」
「早速恩義を返す機会に恵まれたこと感謝いたす」
「今回のこと、お前は間違いなく英雄だ、スバルお前には最大限の敬意を払い続けると約束しよう」
クルシュは、筋肉へ例を言い、そして感謝を示すために兵の無事な半分を置いていった。
死者こそ少なかったが負傷者はかなり多い。
以後、この団体のリーダーは筋肉ということになる。
「スバルくん、一人で突っ込まないでください。ヒヤヒヤしましたよ」
「あ〜うん、すまない。出来るんじゃないかと思ったんで」
「出来るんじゃないかでやってたら命がいくつあってもたりません。
ほんと、スバルくんはレムがいないとだめですね」
「あ〜うん、これからもよろしく頼む」
「はい、今度こそキチンと守ってみせます!」
そんな風に、言いながら竜車を走らせ、メイザース領へとやってくる。
レムは実際、スバルの世話はなんでも甲斐甲斐しくやった。
力も鬼の力があるため、スバルには及ばないがかなりのものがある。
だからこそ、役に立ちたいのだろう命の恩人であると同時に、鬼の理解者でもあるスバルの。
「次は魔女教徒ですね、でも……本当にいるんでしょうか?」
「アナスタシアの情報は正確だからな、いないって言うことはないだろう」
「姉さま無事だといいけど……」
「一応、クルシュのほうから手紙を送ってもらっているが」
「そうですね、問題ないですよね」
禿山(元は森)を突っ切るように走る街道を通り抜け、ようやく村のほうまでやってきた。
計画では、村人には一度避難してもらうことになっている。
村を確認したところ、今のところまだ攻め込まれていないようで一安心だった。
「ヴィルヘルムさんとレムは屋敷への説明を頼みます。
村人への説明は俺がやりますから、残った人は旅人のチェックはフェリックスにお願いする。
もう森はないんで、潜めるところもそう多くないはずだから、周辺の探索はユリウス、頼む。
出立の護衛もあるから、半数はこちらに残しておいてくれ」
「了解しました」
「急いで戻りますから、危険なことはしないでくださいね」
「人探しはそれほど得意じゃにゃいんだけど……」
「了解した」
そうして、渡りをつけると全員が動き出す。
筋肉は村人の説得を行いながら、念のために馬車のチェックも行わせていた。
既に、馬車を連れてきた商人のうち数人が魔女教徒として捕まっている。
だが、お構いなしに暴れる魔女教徒は殺すしか無かった。
結果として、情報を聞き出すことが出来ず、馬車も安全とはいえない事だけがわかった。
「周辺の魔女教徒狩りは上手く行っているが、数が多いな。現在まで既に23人を発見し、対処した」
「エミリアさま以下数名も避難をはじめました。馬車のチェックが完了したものだけです」
「結構仕掛けもあったからにゃ、安全が確保されるまで時間がかかるにゃん、もう少し待ってにゃ」
結論から言えば、現状全体的に作業が遅れ気味だった。
対処を始めてから、計画より数時間の遅れとなっている。
幸いなのは魔女教徒の数をかなり減らせたことだろう。
「見つけたで!! 大罪司教が向こうの崖近くの遺跡におる!」
「わかった!」
関西弁狼男リカードの案内で、筋肉達数人は魔女教幹部クラスである、大罪司教が底にいるのを知る。
大罪司教とは、司教の名の通り魔女教でも魔女を除けば最高位の幹部だ。
ただ、大罪司教は何故かキリスト教などで見られる大罪の名を冠しており。
魔女が担当する嫉妬を除く6つの罪に対応した6人の司教がいる。
以前いた7人の魔女のうち6人の代替手段として作られた役職と考えれば辻褄が合う。
傲慢の司教は現在存在が不明であるため、残りの5人、怠惰、強欲、暴食、憤怒、色欲のどれかなのだろう。
「私は魔女教大罪司教、怠惰担当ペテルギウス・ロマネコンティと申します! 以後お見知りおきを、ギヒッ!」
「それはご丁寧に挨拶をどうも」
「いえいえ、貴方のように魔女に愛されている方は初めて見ましたよ。ああっ、脳が! 脳が震えるッ!!」
ペテルギウス・ロマネコンティと名乗ったその男は指を噛みちぎり、血を頭に塗りたくる。
自傷癖を持っているのだろう、しかし、その痛みをまるで感じていないような動きでもあった。
何か、裏があるのかもしれない。
だが、現状ではどうしていいのかわからなかった。
次の瞬間、上空からヴィルヘルムが落下しながら、ペテルギウスの首を落とした。
「流石」
「いえ、この男、別に武術的な訓練はうけていないようですので」
あっという間だった、だがそれでもヴィルヘルム達が大罪司教を甘く見ていたのは事実なのだろう。
しばらくして、次の大罪司教が現れて、初めてそれが理解された。
「私はペテルギウス・ロマネコンティ!! ああ、脳が震える!!」
「うるさい!」
次は筋肉が一撃で粉砕した。
「私はペテルギウス・ロマネコンティ!! ああ!!」
「とりあえず死んどくニャ!」
今、この場に飛び込んできたフェリックスが後頭部から回復過剰魔術で打ち倒す。
最後まで言わせてあげないほど苛ついているようだ。
「私はペテルギウ」
「何度も何度も、ワンパターンかい!」
リカードはツッコミで殺したようだ。
「わた」
「消えとけ」
というような調子で10人ほど倒したあたりで、打ち止めとなった。
しかし、ペテルギウス・ロマネコンティは最後の乗り移り場所を確保していた。
「では貴方の……」
しかし、筋肉の鎧に阻まれ、入ることすら出来ず成仏した。
これで、ペテルギウス・ロマネコンティと言う名の男は世界から消滅したのだ。
しかし、その瞬間ハッとなったのが猫娘(男)ことフェリックス・アーガイルだった。
「スバル! 行商人達の目録にあった火の魔石がないらしいの!」
「つまり……」
「何者かが魔石を残したまま、村人たちを乗せたってことらしいの」
「え……」
「村を丸ごと焼くだけの魔石を積んだままエミリア様達の馬車が走ってるっていってるのにゃ!!」
「なんだって!! わかった!」
筋肉は直に100%の筋肉を発動した。
そして、そのまま飛んでいく、王都へ向かう街道がある方向へ向かって。
「ちぃ! いつ爆発するかわからないってのに、この程度じゃダメだ! やるなら最強! 100%中の100%だ!!!」
もう異形といっていいほどに、姿を変えた筋肉は、ジャンプ一発で数キロは飛んでいく。
音速に届く速度で移動する彼を誰も見ることは敵わなかった。
「見えた!!」
肥大化した鋭敏な感覚で、どこに火の魔石があるか察知した筋肉は、そのまま積まれた馬車の真後ろに落下。
筋肉量を一気に落とし、普通に馬車に入った。
「スバル!?」
「ッ!!」
それはちょうどエミリアの乗った馬車だったようで、筋肉も驚いた。
だが、一瞬で迷いを断ち切り、魔石を馬車の床から引きずり出すと、走って馬車から離れた。
そして、また100%を発動し、腕を引き絞る。
「もう一度!! 100%中の100%だ!!! いけぇぇぇぇぇ!!!」
火の魔石は投げられるままに上空数万メートルの遠くで爆発した。
音は大きかったし、揺れもあったことから爆圧は殺しきれなかったようだが、けが人が少し出た程度で済んだ。
「これで……終わりだ……」
そうして筋肉ことスバルは力なく横倒しで倒れた。
そこには、心配そうに佇む一人の少女の姿があった。
半泣きのような顔で、しかし、真剣な目でスバルを見るエミリア。
エミリアは膝をついて、横倒しになったスバルに触れる。
「もう! ほんともう!」
「はは……」
「笑い事じゃないんだよ! もう、なんでいつも無茶するの……助けてくれたことは。その、嬉しいけど」
「ははは」
「もう!」
「でもそうだな、理由ならある」
「理由、そう、どうしてスバルは私の事助けてくれるの?」
「それは……」
「それは?」
「君のことが、好きだからだよ」
「えッ?」
筋肉の塊である少年スバル、その彼救われてきた白銀の少女エミリア。
この場では、それ以外の何物も不要であったろう。
子供達も馬車から出ては来なかった。
「でも……私、ハーフエルフ」
「種族なんて気にしたこともない」
「私・・・銀髪でハーフエルフで魔女と見た目がにてるからって……」
言い訳を始めた、彼女の頬に、スバルは唇をよせた。
それを知ったエミリアの言葉は止まり、だんだんと顔が赤くなっていく。
それを見て、嬉しそうにしているスバルの顔も赤い。
「別に今すぐ答えを出して欲しいわけじゃない。これからゆっくり時間をかけて君に好きになってもらうさ」
「あ……」
「だから、これは前払い」
2人の影が重なる中、人々はそこに忘れてしまった何かを見たという。
そう、色々な所かが合流しようとしたり馬車の中にいた人々の、賞賛がこの場に満ちていた。
2人が結ばれることになるのか、それは誰もわからない。
しかし、彼はきっと困難を乗り越えて彼女の心を手に入れるだろう、この場にいたすべての人々の思いであった……。
あとがき
かなり強引に進めてしまったところはありますが、とりあえず完結ですw
前後編の2話で決めたのははじめてなので、勢い任せでやってしまってよかったのかと思います。
ただ、祭りの場ですので笑って流してくだされば幸いです。
ではでは、これからのシルフェニアも皆さんで盛り立てていってくれるよう祈っております。