『私は、銀河帝国リップシュタット連盟所属、アーダルベルト・フォン・ファーレンハイト中将である』



それはラインハルトにとって寝耳に水の出来事であった。

確かに帝星オーディンそのものは半個艦隊しか残していなかった。

しかし、門閥連合に対してはキルヒアイス率いる三個艦隊が対応していたはずなのだ。

そこからの通信というのは普通ありえない事だった。



『帝星オーディンは我が艦隊が制圧した! よってリップシュタット連盟の勝利である。

 逆賊ラインハルト・フォンローエングラムは大人しく投降せよ!』



これは、暗にアンネローゼを手中に収めたという事なのだとラインハルトは理解する。

しかし、このまま戦い続けるのも難しい。

なぜなら、兵士達はオーディンと周辺の領土の出身者が過半数であるからだ。

故郷を占領されて、浮足立つのは目に見えている。



「まさか……この戦いを行う前から既に……そういう事なのか?」



ラインハルトは一つの事実に思い至る。

この艦隊戦自体が時間稼ぎの茶番にしか過ぎない可能性を。

この戦争を行うために集めた情報が掴まされたものであった可能性を。



「どうやって周りを巻き込んだんだ? 思いついて出来るものじゃない……」



この作戦は中立派やファーレンハイトが思うように踊らなければ成立しない。

例え可能であるからと言ってラインハルトならやらないだろう。

どちらも思うように踊ってくれる様に下調べはしてあるが、こうも簡単に手のひらを返すというのは……。



「このままでは……」



ラインハルトに残された時間は少ない。

このままでは、同盟軍と門閥連合による挟み撃ちにあう事となる。

それ以前に兵士の士気が下がってしまえば戦いにすらならない可能性が高い。



「やるなら一つだけか……全軍に命令を飛ばす」

「はっ! 準備します!」

「敵を突き破り、帝星オーディンへと撤退する!

 各艦隊は集結する必要はない! それぞれ最速で帝星へと向かえ!」

「はっ!」



通信士は、その命令を各艦隊へと飛ばす。

ラインハルトとしては頼りない命令であると言えるが、この状況では撤退しかないのは間違いなかった。

例えここで同盟軍を打ち破ったとしても、艦隊は疲弊し門閥に良いようにやられるのが目に見えている。


だが、同盟軍が撤退を許してくれるかはわからない。

そもそも、この状況に追い込んだのがジュージ・ナカムラである可能性が高いのだから。

ラインハルトは手のひらで転がされているという屈辱を初めて味わった。





銀河英雄伝説 十字の紋章


第四十四話 十字、帝星へ至る。






この作戦がハマったのは正直、中立派のクラウス・フォン・デッケン子爵のおかげである。

そしてもうひとり、ファーレンハイトのおかげでもある。

まあ、ファーレンハイトに関しては別に味方でもなんでもないが。



「しかし、ファーレンハイトに関しては正直ヒヤヒヤしていました」

「まあな、だが彼の性格なら動くと思っていたよ」

「何故そこまで信用を?」

「事前調査の賜物だよ」

「はぁ」



ラップが不審がるのも当然、ファーレンハイトに関しては原作知識のおかげだ。

彼は連携もできるし、信頼している上司の言うことなら聞くが、そうでない場合はスタンドプレーに走りがちである。

更に、諸事情あって手柄を欲しているのも事実だ。

そんな彼にラインハルトの動向を教えれば、後は勝手に攻め込んでくれる。

なにせ残存艦隊は半個艦隊なのだ攻撃しないわけがない。

情報に関してはバレにくいように上手く噂に乗るようにしておいた。

だがまあ、頭のいい彼のこと同盟軍からの情報である事はきがついたかもしれない。

ラインハルトも後々なら詳しく知る事だろうが、一度艦隊戦で会議をしたくらいの間柄だ、会話しても一言二言だろう。



「ともあれ、今はワーレン艦隊を突破することだ。いけるな?」

「はっ! 既に突破をはじめています。

 しかし、前方の要塞級は……」

「そっちのほうは問題ない。アレを見ろ」」

「あれは……そういうこ事ですか。本当にうまくいくとは」



正面にある要塞級2隻から発光信号が出ていた。

あれは、作戦が上手く行った時のサイン。

つまり……。



「あの艦隊は、デッケン子爵が接収に成功したようだな」

「綱渡りのようですが、どうやら上手く行った様でなによりです」

「これに関しては本当にそうだな」



合図とともに、ロイエンタール艦隊とワーレン艦隊に向けて要塞級の主砲が発射される。

寝耳に水なその砲撃からワーレン艦隊からは艦隊中央近くの3千隻を撃破する事に成功した。

しかし、ロイエンタール艦隊は発光信号を怪しんだのか、既に離脱体制に入っていた。

そのため、艦隊主力である戦艦等からは外れて1千5百隻ほどを削り取った。

数の上でも差があるが、質の違いは大きい。

ワーレン艦隊は直には復帰できない混乱に見舞われているだろうが、ロイエンタール艦隊はこのまま離脱する構えだ。



「ちぃ、流石はローエングラム侯の二枚看板だけはあるか」

「ニ枚看板ですか、ミッターマイヤーと合わせてということですね」

「ああ……、全く有用な人材は破格の階級に上り詰めるからな。

 そういう意味では、ローエングラム侯が羨ましいよ」

「ですが、今回はそれが裏目に出たとも言えるでしょう」

「そうだな。誰もが理想を語ればついてくるわけじゃない」



何せ、アンリ先輩の作戦なので、信じたいが正直怖かった。

俺はデッケン子爵の人となりを詳しく知っているわけではないからだ。

今この時も撃たれる可能性に怯えている。

既にワーレン艦隊やロイエンタール艦隊に攻撃しているのだからそれはないだろうが。


実際ラインハルトも中立派が怪しい動きをしている事はつかんでいた。

だからこそ、派閥争いに裏から手を回していたのだろう。

だが、負けたデッケン子爵が要塞級を手に入れる方法があるとは流石に思ってもいなかっただろう。

アンリ先輩が回帰教徒を大量に派遣し、また教化を進め、中立派に対する工作や要塞級に人員を送り込む事を行った。

俺が一応ながらもオーディン以外からの要塞級の攻撃を予想できたのはその御蔭である。


つまり、現在要塞級を動かしている人員の過半数以上が回帰教徒であるという事だ。

そして、その司令官こそデッケン子爵なのだ。



「宗教の力というものは恐ろしいですね。提督が地球教を目の敵にしていた理由が分かる気がします」

「ああ、あれらはフェザーンという資金源を得て内部から同盟を支配しようとしていたからな」

「なるほど……」

「因みに、帝国では未だに強大な宗教だ。下手をすれば億を越える信者がいる。な……」

「考えたくもないですね」



そんな話をしているうちに、ワーレン艦隊はほぼ壊滅に追い込む事に成功した。

ロイエンタール艦隊はワーレン艦隊を囮にしたのか、さっさと撤退していった。

まあそれはそうだろうな、守るべき帝星が無くなったのだから、兵の士気も低下し始めているはずだ。

長々と戦争を続けたくはないだろう。



「後は、ローエングラム侯の動き次第だが、一度艦隊を集結させないとな」

「そうですね。ヤンの奴が上手くやっているならさほど時間はかからないでしょう」

「確かに、なら急ぐとしようか」



どうも、ラインハルトの指示が出たようだ、バラバラに撤退しろという。

恐らく、帝星オーディンを取り戻す事を優先しているのだろう。

キルヒアイス艦隊は恐らく動けない、動けば今足止めしている門閥の本隊を帝星になだれ込ませる事になるからだ。

戦術的有利を捨てた様に見えるが、これは必須でもある。

何せ故郷を失った兵士達の士気はどん底に落ちるだろうからだ。

そうでなくても、ラインハルトは姉の事もある。

間違いなく撤退しただろう。



そして、最終決戦に向けて同盟軍艦隊8個艦隊と高速輸送艦隊。

ただし、損耗は既に一個艦隊を越えるほどになっている。

これで勝っていなければかなり不味い状態だったろう。



「艦隊の再編成は済んだか?」

「はい、残念ながら高速輸送艦隊は半数を割りました。

 それから、ヤン艦隊が千、我々の艦隊が千、同行していたパエッタ提督の第二艦隊が3千。

 同じくルフェーブル提督の第三艦隊が3千、そしえビュコック提督の艦隊が2千、損耗を出しています」

「パエッタ艦隊やルフェーブル艦隊はこの艦隊の左右にいたからな……。

 ヤンやビュコックの艦隊はあの状況でよくやれたというしか無いな」

「まあ、彼らは飛び抜けていますからね」



だが、戦いの大規模さから考えれば損耗はかなりマシではある。

もっとも、それで沈んだ艦に乗っていた人が報われるわけもないが。

一個艦隊百万人以上の死者が出た事は間違いないのだ。

俺もそのあたり麻痺してきているのかもしれない。



「準備が整い次第追撃に入るぞ!」

「はっ!」



ラインハルトだけなら復活に少し時間が掛かる可能性もあるが、あちらにはキルヒアイス艦隊が残っているだろう。

そして、帝星ではオーベルシュタインも動いているはずだ、十中八九アンネローゼはまだ捕まっていないだろう。

合わせて考えれば、まだラインハルトがこちらと同規模の艦隊を用意する可能性はある。

正直、ラインハルトと正面はってやり合うなんて御免だ。

だから、可能な限り追撃を急がせるつもりだ。



「ワープ準備に入りました、カウント開始!」



それから数日連続ワープを刊行した。

因みにデッケン子爵はついて来ていない。

要塞級は彼らが運用する事になっていたので任せる事にした。

ただし、要塞級の細かいデータについても提供を受けたので感謝している。



数日連続ワープで追いかけた先はアニメ等では見知った惑星だが、ほんとうの意味でオーディンを見るのははじめてた。

青い色をしてはいるが、陸地部分なのか海なのか、全体がそういう気流に包まれていてわからない。

美しいは美しいが、自然の美しさというよりは宝石のようなカットされ計算された美しさに見えた。



「既に、ローエングラム侯はファーレンハイト艦隊と交戦に入っています。

 人質を取ったにしては、脅しに使っていないようですね」

「それは彼の気質だろう、とはいえ、敵艦隊はまだ4個艦隊はあるようだな」

「合流されると厄介ですね」

「まあ、漁夫の利を行うチャンスでもあるがな」



合流をしに来るということは門閥艦隊が野放しになるという事だ。

門閥貴族達は未だ6個艦隊ほど持っている。

いくら烏合の衆とはいえ、倍の艦隊を相手に足止めも兼ねているとなれば時間がかかるのは必定だろう。


とはいえ、ゆっくりもしていられない。

ファーレンハイト艦隊が倒れればオーディンに籠もられてしまう可能性もある。

地上を主砲で焼き払うなんてこちらにはできないからな。



「ローエングラム艦隊のケツに大穴あけてやれ! 全軍突撃!」


罠を仕掛けてある可能性は無論あるが、そちらはヤンを先行させているし、ラップにも確認している。

現状で大規模な罠を仕掛けている時間はないという点と、オーディンそのものに罠を仕掛けるのは帝国国民を敵に回すという点。

未だに皇帝の権威はあるのだから、先代を殺した事でラインハルトはかなり国内の人気が落ちている。

だからこそ出来ないだろう。



「ロエーングラム艦隊以下4個艦隊を半包囲の陣形で包みました!

 十字砲火を開始します!」



ファーレンハイト艦隊が生き残っているうちに決着をつけたい。

だが、ラインハルトなら当然伏兵の一つも用意しているだろう。

何より、ラインハルト艦隊はいてもあの白い旗艦が見当たらない。

小規模な艦隊による奇襲なのだろうか?

しかし、それが届くような規模の艦隊戦ではないと思うが……。



「伏兵がいないか探せ!」

「はっ!」



そうして、帝国軍残党を殲滅しながらも捜索を続けた所、それは背後から現れた。

旗艦ブリュンヒルデの姿も見える、つまり4個艦隊のほうは囮でラインハルトが奇襲という事だろう。

恐らくこれが最後の戦いという事。



「ローエングラム艦隊、下方小惑星影より出現! こちらに主砲を向けています!」

「機関全速! 相手の砲撃が来る前に射程外まで走り抜けろ!!」

「はっ!」



やはり……しかしこうも毎回ドンピシャだと泣けてくる……。

だが、ここまで来てやられてやるものか……!











撤退してきたラインハルトはオーディン目前で一度艦隊を集結させる。

7個艦隊存在した艦隊は今や4個半艦隊しかない。

あれだけあった、要塞級輸送艦ももう残っていない。

そう、マーリンドルフ伯が応援で持ってきた要塞級ガンドールは先に逃げ出していた。

実際問題、マーリンドルフ伯からすればラインハルトを見限るしかないタイミングだったろう。

門閥が皇帝の座を抑えたなら対抗出来る軍事力がなければ滅ぼされてしまう。

だが、ラインハルトにとっては歯噛みするしかない状況であった。



「ロイエンタール、オーディン奪還の指揮は任せる」

「はっ! では閣下はいかがするおつもりで?」

「このまま我らがオーディンを取り戻したとしても、同盟軍に蹴散らされるだけだ」

「それは……」

「半個艦隊でいい、奇襲艦隊を用意する俺はジュージ・ナカムラを殺す。

 それで、同盟軍が撤退するかは半々だが、例え撤退しなかったとしても動きは鈍くなるだろう」

「それは、玉砕覚悟の奇襲という事ですかな?」

「……否定はしない」



否定出来るはずもない、ラインハルトは確かに奇襲によってジュージ・ナカムラを殺す事は不可能ではない。

しかし、半個艦隊では、その後離脱する事は難しいだろう。

それに、艦隊戦においてはヤン・ウェンリーという天才もいる。

絶対の言葉をつける事は不可能だった。



『ならその突撃は、僕の仕事だね』

「なっ!?」



通信ウィンドウに映ったのは、ラインハルトにとって唯一の親友と言える存在。

ジークフリード・キルヒアイスその人であった。

しかし、彼はラインハルトの命を受けて門閥連合の足止めをしているはずである。



『勝手ながら足止めはアイゼナッハ大将とメックリンガー大将にまかせてこちらに来る事にしたのさ』

「全く……、だが確かに両提督なら時間稼ぎは可能だろう。

 俺と共に来てくれるか?」

『もちろん、そのために来たんだからね。

 宰相閣下! 我が艦隊にお命じください!』

「ジークフリード・キルヒアイス上級大将に命ず。我が艦隊と共にジュージ・ナカムラの首級をあげるぞ!」

『ははっ!』

「……わかりました、我々は囮としてオーディンを取り返す事にしましょう」

「任せた」



ラインハルトは最後の最後でキルヒアイスを横に並べた。

彼にとってキルヒアイスは精神安定剤と言えるものであるため、追い詰められた今でも逆転出来ると信じる事ができた。

ラインハルトとジュージの最後の戦いが始まろうとしていた……。








あとがき


艦隊戦が終わらなかったw

まー、ラインハルトがそう簡単に勝たせてくれるはずもないので、どうしてももう一戦は必要であると思ったからです。

キルヒアイスが戦線復帰したので、戦力は小さいですが、今までより無茶な戦い方をしてくる予定です。

次回まるまる使うかどうかはノリという事でw

それでは、また次回!



・2020年6月21日/文章を修正



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