暗黒騎士王のプライド
欲望―――それは命の源であり、全生物にとって無くてはならないもの。
此の世で本当に欲望が皆無な生物が居たとすれば、それは本物の不老不死者だけだろう。
人は生まれた瞬間から、空気を求めるべく泣き叫んでは母乳を欲しがる。成長するにつれて、人間は原始的な三大欲求だけでなく、ありとあらゆる物を欲しがるようになり、それを叶えるべく努力をする。それは、人間を含めた全ての存在が『不完全』だからだ。
かつての原子生物達が『進化』を求めて、何千何万もの歳月をかけて、水中から地上へ・そして空へといった具合に、欲望というものは命すらも進化させる。だが時として人間は、欲望を抑えきれずに暴走してしまうケースが多い。例えて言うなら、金銭目的も泥棒や強盗犯のようなものかもしれない。
でも、時として欲望は、誰かを助けたいとか、誰かを愛したいという澄んだものであることも多いのは、変えようの無い事実でもある。
欲望というのは得てして、良い意味でも悪い意味でも、実に純粋なのである。
そんな欲望の力を錬金術師と魔術師が結晶化させたもの――それがコアメダルとセルメダル。
この物語は、その欲望の力を糧とする一人の剣士と、欲望の力で蘇った一人の騎士の――死闘と友情に満ち溢れた、未来を信じる切ないお話である。
世界的大企業・トライブ財閥の本社。
その中でも特に極秘とされる『魔導科学研究実験室』――そこでは、人類の歴史を揺るがしかねない大きな一件が推進しつつあった。
まず、この実験室の内容を知っている者は、この部屋を見物席で見ている三人と、実際に作業を行っている研究員達と、怪しげな魔導書を持ちながら魔法陣を描いている魔術師達といったところだろう。
「会長・・・大丈夫なんすか?」
「何せ、前例の無い大実験ですからね」
それを言ったのは、白いライダースーツを着た長身の青年・凍空吹雪。
もう一人は女物のスーツを着こなした会長秘書を勤める麗人・バットダーク。
「私だって大賛成ってわけじゃないけど、魔術協会のアホ共がヤレヤレって口喧しいのよ。吸血鬼であるにも関わらず、財力と権力を有する私に対する連中の嫌がらせかしらね?」
かなり言い難そうにしているのは、長くて綺麗なブロンドヘアーと翠緑の瞳をしていて、服の上からでもわかる豊満すぎる爆乳をした妖艶な顔つきの絶世美女――トライブ財閥会長のルナイト・ブラッドレイン・シルフィード。
科学と魔術――相反する位置に存在する二つの要素が合わさって行う今回の実験。
それに参加している者達はみな、科学側でありながら魔術の存在を知る貴重かつ優秀な科学者達と、科学と魔術の調和による新たな境地を目指す魔術師たちによる一団だ。
その内容とは・・・・・・。
「だけど、未だに信じきれないっす。これって”死者蘇生”に等しいことっすよ」
「おまけに復活させるのは、騎士の中の騎士とキタもんです」
「だからこそ、協会はこの実験を依頼してきたのよ。魔術師ってのは研究と実験が大好きな生き物だし――これが成功したら、その結果を足早に持って帰ろうとするでしょうね」
忌々しそうに語るシルフィード。
いかに協会と彼女の仲が険悪かを物語っている。
科学者と魔術師たちは、お互いに何やら指図しあい、順調に準備を進めていく。
――では次に、カプセルの準備――
――了解です――
すると両陣営は、実験室において一際目立つ存在に注目しだす。
そこにあるのは濁った培養液で満たされた巨大な円柱型のカプセルだった―――縦に2m30cmで横に1mといった感じである。
そのカプセルを見た吹雪は、側面のガラス張り部分を通して何かを垣間見たようで、眉をしかめだした。
「あの、会長・・・・・・」
「見えた?人影が・・・?」
吹雪の言葉を先取りするように、シルフィードは言った。
「あれに何が入ってるんですか?」
バットもカプセルには予め何を入れたかは知らないらしい。
「あの中にはね、復活対象の聖遺物から採取したDNAを元に造り出した依代が入ってるわ」
「つまり、クローン・・・・・・」
バットは珍しく、驚いたような表情でカプセルの培養液で漂うものを遠目で見出した。
その間にも実験は進み、カプセルは数人がかりで魔方陣の上に安置された。
そして、いよいよ・・・・・・。
――それでは、セルメダル1000枚――
――はい、ココに――
科学者と魔術師は、簡易なハシゴでカプセルの上に昇ると、約70cmあたりの蓋を外し、大きな盆に載せられた大量のセルメダルを分割で入れていき、それが1000枚ジャストになると同時に彼らは蓋を開けっ放しのままでハシゴを降りた。
「さぁてと、最後の仕上げね」
それを見たシルフィードは、懐からあるものを一枚とりだしながら、見物席から実験室に入っていく。
そうして周りの科学者と魔術師を掻き分けつつハシゴでカプセルの上に昇り、最後の仕上げと言える一枚を培養液の中へ投げ入れた。
―――人魂が描かれた透明なコアメダルを。
シルフィードは謎のコアを入れると、さっさとハシゴから降りていくと、足早に見物席に戻って行く。
すると、科学者の一人がカプセルについた起動スイッチを押すと同時に、魔術師らは一斉に魔導書を見ながら朗読するように呪文を読み出す。
呪文は日本語版と英語版が同時に詠唱されていて、一種の不協和音にもなっていた。
だが、それらの行為の全ては意味を成すモノとなっていった。
カプセル内部の培養液が七色の不気味な光を発し始め、投入された1000枚のセルメダルもそれに呼応して渦巻いている。勿論そこにはシルフィードが直々に入れた透明なコアもある。
渦巻くスピードはまさに欲望の如く加速していき、培養液内を漂っていたクローンに1000枚のセルと1枚のコアが一体化した瞬間、一つの命が此の世に新生を果たした。
――バシャアアアァァァァァン!!――
酸素を求めて培養液から勢い良く、カプセルの中から一人の少女が現れ出でたのだ。
水飛沫を周囲に飛び散らせながら、『彼女』は人間離れした動きでカプセルの外へ飛びだす。
色素が少々欠けた金髪、度を越して白い柔肌、妖しい金色の瞳――女子中学生くらいの小柄さと、見るもの全てを魅了し圧倒する覇気と美貌。それが『彼女』の特徴だった。
もっとも登場理由がアレなだけに、当然だが服の一着さえ無い上に培養液で濡れている為、完全に生まれたままの淫靡な姿である。しかし当人は何処吹く風の如く、全く恥じている様子は無い。
科学者も魔術師も研究成果の大きさに喜ぶばかりで『彼女』の裸体など一切気にも留めていなかった。
「成功、したんですか?」
「・・・・・・・・・」
現れた『彼女』をみてバットが尋ねると、シルフィードは何故か無言のままだ。
すると、
――バンッ!――
「うおッ!?」
いきなり『彼女』は実験室と見物席を隔てるガラスに両手をぶつけてきたのだ。
もちろん科学者も魔術師も、一斉に取り押さえようとするが、オーメダルによって構成強化された存在の前には、塵芥に等しい抗いといえよう。
僅か3分あたりで、取り押さえようとした者達は撃沈し、無事だった者は恐怖ゆえ逃げてしまった。
だが、見物席に居る三人は未だそこに立っている。『彼女』がガラスをバリンと突き破って此方に敵意を向けていても。
「失敗ね」
そんな『彼女』を見て、シルフィードは冷たい一言を言い放った。
「――――ッ!」
自分に押された烙印の意味を理解したのか、より敵意は濃くなる。
「でも一応、謝罪の言葉は述べさせて貰うわよ―――アルトリア」
「・・・・・・・・・・・・ッ!」
シルフィードが出した名前に著しく反応した『彼女』は、そのまま攻撃することなく、ドス黒い波動を全身に纏わせながら何処かへ去ってしまった。
それを見てシルフィードは、驚きのあまり越えも出ていない部下二人を尻目に、独り言の如く呟いた。
「大昔の裏話で聞いたことがあったけど、まさか本当に名前と性別を偽ってたとはね」
独り言は更に続く。
「まあ、当たり前かな。何せ『彼女』のオリジナルは、円卓の騎士王ことアーサー・ペンドラゴンなんだから」
誰に向けて説明するかのように、緩やかでハッキリと。
*****
そして、現在。
「という訳なのよ」
「という訳なのよ、じゃねぇだろうが」
会長室において前述の出来事の殆ど全てを話したシルフィードの真ん前にいるのは一人の粗暴そうな男だ。
天然の総白髪に赤い瞳。服装は黒い着流しに黒いズボンといった出で立ちである。
彼の名は鋼刃介。
この物語の主役であり、800年前から細々と続く我刀流の二十代目当主だ。
「コアメダルくれるって言うから聞いてみりゃ・・・完璧にオマエらの落ち度じゃねぇか」
「だからこそ、同じメダルを扱う存在である貴方の力が必要なのよ。そりゃあ、アホ共の失態は私が代わって謝罪するけど」
本当はそんなつもりなど一切無いが、後のことを円滑にするべく、言葉だけでも述べておく。
つーかさりげに自分の失敗も協会連中に加算しようとしている。
「まぁでも、こんな仕事を貴方に頼むってこと自体、心の贅肉って奴なのかな?」
「贅肉・・・・・・お前の内臓や精神が太っていると?」
「・・・・・・・・・・・・一応、聞かなかったことにしてあげる」
明らかに不機嫌な表情で膨れっ面しつつ、シルフィードは話を進める。
しかし、そんなシルフィードを見て薄らと笑っている刃介・・・・・・恐らく承知の上で敢て発言したようだ。
「兎にも角にも、あの娘は実験室から飛び出した後、完成間近だった『次元並行移動装置』の試験機を使った結果、装置が暴走して異世界に跳躍してしまった」
次元並行移動装置とは、その名の通り異次元世界へと跳躍する為の装置である。
メダマガンやメダジャリバーによって発動する空間断絶や空間破砕の原理を応用し、セルメダルの力によって次元の穴を開けて目的地ともいえる世界に跳躍するシステムである。
「その失敗作をこっちに呼び戻して来いってか」
「出来なかった場合は、彼女のソウル・コアを・・・・・・わかってるわよね?」
「潰せってか・・・?」
クローンを素体に、セルメダル1000枚とコア1枚で復活させた存在――それを考えれば、如何に容姿が見目麗しい女性だろうと、最悪の状況も想定せねばなるまい。
一枚だけとはいえ、彼女はいわば擬似的なグリードだ―――ならば、本物のグリード同様に、魂を秘めたコアを潰してしまえば、ただのメダルの山となって復活の可能性など無くなる。
「・・・・・・わかった・・・引き受けよう」
「ありがとう。――それから、もう一つ教えておくわね。依頼の追加を含めて」
「いったい何をだ?」
シルフィードは決起したかのように、それを打ち明けた。
「あの娘が迷い込んだのは、七実ちゃんの故郷――『刀語の世界』よ」
「七実の、故郷だと?」
「そして、その世界にある尾張城から十二本の完成形変体刀を蒐集してきて」
衝撃的なことを言われて刃介は少し黙り、
「一つか二つ、訊いてもいいか?」
「どうぞ」
「何故、四季崎の刀を欲する」
刃介は以前、七実から四季崎記紀のつくった変体刀のこと、弟の七花が奇策士と共に日本中を旅しながら蒐集していたこと、七実自身も悪刀『鐚』を所有していたことを聞き及んでいた。
「コッチにも込み入った事情があるのよ。深くは訊かないで頂戴」
「・・・・・・まあ良い。じゃあ二つ目だが、報酬のコアメダルは何処で手に入れた?」
「貴方の十代前の先祖である鋼劉十からよ。戦いが終わった後、グリードではなく人間としての生涯を選んだ彼は、私に頼んで体内のコア三枚を摘出し、それを私が預かってたのよ」
なるほど、と言った表情で刃介は頷いた。
「話はわかった。んじゃまあ、早速『刀語の世界』に行きたいんだが」
「ヤル気満々で結構。それじゃまず、行き帰りの方法をレクチャーしとくね」
シルフィードはそういうと、机の中から何かを取り出して刃介に手渡した。
「何だこのデカい腕時計モドキは?」
それは腕時計っぽい形状だが、当然時計は無く、代わりに硬貨投入口と前腕部全体をカバーする程のクリスタルユニットがある。腕時計というより、肘から手の甲まであるガントレットに近い。
「そいつが『次元並行移動装置』の完成品」
「思ったのより・・・・・・」
「ブライである貴方が使うことを前提にした改良作ゆえのサイズ。常人が使うとなると、ゲートみたいな感じにしなくちゃいけないんだけどね」
因みに、アルトリアが使った試験機は常人が使うことを想定したVer.である。
「使い方はいたって簡単。手の甲にある液晶に移動対象・次元座標を入力して、クリスタルユニットにセルメダルを四枚投入してスキャンする。それから、自分以外のものを転送することもできるから」
「ふーん。ならさっさと使ってみるかな」
刃介は説明を聴くや否や、装置を左腕に装着した。
次にブライドライバーを装着し、オーメダルネストから四枚のセルを出して装置に投入する。
そしてローグスキャナーを手に取る。
「あ、ちょっと待った」
「今度はなんだ?」
「こいつ持っていって。行き帰りや転送は勿論、もしもの時のセルメダルをね。ついでに向こうで使う金銭や着替えも」
シルフィードは荷物とセルメダルで一杯になっているトランクを差し出した。
「そいつは重畳。ありがたく受け取らせてもらう」
刃介は素直にそれを受け取ると、今度こそ手を動かしてスキャニングした。
≪QUADRUPLE・SCANNING CHARGE≫
四枚のメダルがスキャンされると同時に、刃介を起点として空間が紫電を伴って歪んでいく。
すると、段々と激しい光を纏っていき、遂には部屋全体を満たすほどの明るさとなる。
そして、何者にも見通せないような閃光が消えたときには、
「行っちゃった」
刃介の姿はなく、一人残ったシルフィードが寂しそうに呟いていた。
*****
行き成りではあるが此処は『刀語の世界』
この世界における日本の首都とさえ言える尾張幕府こと家鳴将軍家のお膝元である尾張だ。
その尾張の町は勿論、象徴とも言える尾張城さえも見渡せるような高さ石段を登った先にある廃れた神社。そこにはあり得ない光景があった。
――ビューーーン!!――
――ピカァァァァン!!――
突然だが、神社の入り口である鳥居あたりで、凄まじい旋風と閃光が起こっていた。
明らかに自然現象とはかけ離れた光景だが、その旋風と閃光が晴れたとき、謎は直ぐに解けた。
「―――ふぅぅ・・・・・・此処が尾張か」
総白髪に赤い瞳、黒い着流しに黒いズボンといった風貌の男――鋼刃介がそこにいた。
「へぇ・・・思ったより静かな場所だな。将軍家のお膝元だし、もうチョイ賑やかだと思ってたが」
真昼間の陽光が眩しい中、刃介は尾張の町並みを見て率直な感想を述べる。
「さってと、こっからどうするか?変体刀は後回しとして、問題の騎士王さんを見つけないことには話しにすらならねぇ」
「―――それなら此処に居るぞ・・・・・・!!」
その美しくも妙に落ち着いた声を聞いた途端、刃介は全身の神経を研ぎ澄まして声の方向を察知し、全身の筋肉に信号を送って素早く後方へ大きく跳躍した。
――ズドォォォォン!!――
次の瞬間、刃介の立っていた場所は一種のクレーターとなっていた。
これから神社に登ってくるものが居たらさぞ大騒ぎだろう。
「まさか、来て早々に出会えるとはな」
「・・・・・・・・・・・・」
荷物を横に置き、ブライドライバーを装着しながら、刃介は敵の風貌を確認する。
まずは色素の欠けた金髪と白い肌、此処までは良い。
だが他の部分は殆ど覆い隠されていたと言って良い。
まず眼と鼻を、赤い眼光の宿った黒い仮面で隠し、漆黒のバトルドレスの上には、血管のような赤いラインが浮かんだドス黒い鎧甲冑で身を固めている。でも刃介には一つだけ、彼女の手元に疑問があった。
黒騎士の手元には何も無いように見える――だが彼女は確かに何かを持って構えている。
「不可視の剣かよ。メンドくせぇなぁ」
800年の歳月で研鑽されてきた我刀流の血族ゆえの観察眼は、一目で黒騎士の得物を見分ける。
「どうした?先手だけでなく、後手も私が貰ってもいいのか?」
「良いわけないだろ」
刃介はドライバーのバックル部位、ローグカテドラルに血錆色のコアメダルをはめ込み、バックルを傾ける。そして、ローグスキャナーを手にとって、勢い良くバックルの滑走路に合わせてスキャナーを走らせた。
「変身!」
叫んだ一言と同時に、刃介の周囲には色取り取りのメダル型のオーラが飛びまわり、彼の周囲を囲んでいる。
≪RYU・ONI・TENBA≫
≪RI・O・TE!RIOTE!RI・O・TE!≫
使われたメダルの名称が出たと同時に、コンボ成立を表すメロディが流れると、宙を舞っていたメダル達は上中下の三つで一つの円形として合わさり、刃介の胸に収まると瞬時に持ち主の姿を血錆色の異形へと変えた。
威厳と威圧に満ちた凶相で、闇のような黒い複眼をした龍の頭。
鍔無しの日本刀を収め、裃袴を模した肩の装甲からは腰にまで届く血塗れた布が巻きつけてある鬼の腕。
あらゆる者を追い抜いては走破するであろう精錬された天馬の脚。
仮面ライダーブライ・リオテコンボ!
「さあ、思い切り弾けようぜ!」
「面白い。貴公の力、試すとしよう」
ブライと黒騎士は、一振りの不可視の剣と二振りの魔刀『釖』を手に、互いの距離を駆けて詰めた。
――キィィン!キィィン!キンッ!キンッ!――
何度と無く行われる剣戟による金属音。
刃と刃が触れ合うたびに、火花にも似た光が幾度と無くちらつく。
「やるじゃん。流石だねぇ」
「我が剣を見切る貴公こそな」
互いに賞賛しあうと、二人は直ぐにまた切り結びあう。
黒騎士とブライは、腕を動かす速度をさらに上げていくと、力押しの一刀と俊敏な二刀による激しくも華麗な演舞を行っているほどの戦いぶりを繰り広げている。
「ハァァアアア!!」
「タァァアアア!!」
一寸の狂いも、一瞬の隙さえ許されない攻防。
それを実行し続けている二人の剣士の一撃一撃にはどんどん熱が篭っていく。
ガギンガギンという音も、長いこと聞いていると何処かしらに旋律を覚え、一種の独奏曲にも感じてくる。ソレほどまでに馬の合った斬り合いをしているのだ。
だが次の瞬間、
「卑王鉄槌!」
――バキンッ!――
黒騎士は不可視の剣を振るいながら技名のようなものを叫び、剣から凄まじい圧力を伴った黒い衝撃波をお見舞いしてきた。ただ衝撃波を飛ばすだけでなく、それを魔刀を叩き折る為のバックアップとするために。
「♪〜〜――なんだか面白くなってきやがった!」
武器を折られたブライはというと、逆にこの状況をモロに楽しんでいた。
だが何時までもこの余興に浸っているわけにはいかない――ブライは力を入れた一撃を叩き込むと同時に後方へジャンプし、ベルトにあるコア三枚の力を解放すべくスキャナーを滑らせた。
≪SCANNING CHARGE≫
音声が発せられた途端、胸のローグラングサークルからラインドライブを通じてテンバレッグにエネルギーが伝達される。するとテンバレッグの膝からは一本角のような鋭い突起、脚部からは翼のような刃は生えてくる。
ブライは助走をつけ、一気に―――!
「チェェェストォォォオ!!」
掛け声を上げながら低空ジャンプして、そのまま両脚を黒騎士に向けてキックを嗾けて来た。
しかも、ブライと黒騎士の間には血錆色に光るメダル状のリングが三つあらわれ、ブライはキックの過程でそれら全てを潜ってくる。
「トオォォォ!!」
「ッ―――!」
黒騎士は不可視の剣を深く構えると、大地に根を張るようにどっしりと構え、迎撃の姿勢をとる。
そして――ブライのリオテキックと、黒騎士の剣戟がぶつかった。
――ギガァァァアアアァァァン!!――
凄絶な騒音が辺り一面に響き渡った。
神社の敷地は元から荒れていたが、今の激突でさらに荒れ果てた。
濃い土煙が立ち込める中、それは二つの挙動によって一気に掃われた。
「・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・」
黒騎士とブライ。
土煙を剣の一振り、腕の一振りで掃った彼らは、今自分の一撃を一撃で受け止めた相手をじっと見ている。
そうして気付いた。
ブライの装甲には精々汚れ程度しかついてないが、黒騎士の甲冑には所々にヒビが入っている。
「私の、負けか」
黒騎士は素直に敗北を認めて、顔につけている仮面を取り外して素顔を見せた。
「いいや、引き分けだ」
だがブライは、その発言に異議を申し立てる。
「理由は?」
「お前は鎧にヒビ入れられ、俺は刀を潰された」
ブライは黒騎士に対してかなり簡略化された説明をする。
黒騎士は手に顎を乗せ、少し考える。
「成る程。確かに、お互いに武器と防具をやられているな」
あっさりと納得してくれた。
ブライもその様子を見て、変身を解除する。
「流石はアーサー王。話がわかるじゃねぇか」
「・・・・・・貴公の名は?」
アーサー王、という言葉を出されると、黒騎士は少し目付きをきつくしながら名を尋ねる。
「俺は我刀流二十代目当主、鋼刃介。またの名を、仮面ライダーブライ」
「騎士王、アルトリア・ペンドラゴンだ」
二人は名乗りあい、キリ良く戦いは一旦ながらも幕をおろす。
しかし、この後こそが刃介の本当の任務だ。
「アルトリア。行き成りで悪いがよ・・・・・・も「元の世界になら帰らん」・・・・・・ま、予想はしてたが」
「当たり前だ。どうせ戻ったところで、都合の良い研究素材にされるか、コアを抜かれてメダルに逆戻りか――この二つしか考えられん」
それを言われては反論しきれない。
協会をふくめ、シルフィードまでアルトリアを危険物扱いしているのだから、彼女が述べたような処遇になる可能性は大いにある。
「じゃあ、ずっとこの世界に居座る気か?」
「帰るよりはマシだ」
倣岸不遜な物言いをここまで貫くと逆に清清しさまで憶えてくるが、何かしらの条件をつけて連れ戻さねばコアメダルという報酬を掴み取ることはできない。
確実に目の前の暗黒騎士王が食いついてきそうな条件を出さねばなるまい。
「・・・・・・次、また勝負しようぜ」
「次か?」
「そうだ。次の勝負して俺が勝ったら、大人しく帰ってきてもらう。お前が勝ったら好きにしろ」
かなり在り来たりで有り触れているが、こういう相手には案外きくものだ。
「・・・・・・良かろう。それで、次の機会は?」
「夜になったらでいいんじゃねぇの?」
向こうが条件を飲んだ途端、適当な言葉でお茶を濁す刃介。
「おい、こっちだ!」
「一体なにが起こった!」
「石段の上の神社に急げ!」
だがそこへ、激闘による騒音を聞きつけた町民たちがやって来だした。
「ヤバいな。もう嗅ぎ付けてきやがった」
「少し暴れすぎたな」
二人はお互いに目を見合うと、何か意思の疎通を行ったらしく、即行で石段へ走っていくと、
「「トオッ!」」
思いっきりジャンプして、
――ドガッ、バキッ、ボコッ!――
駆けつけてきた町民をタコ殴りにして気絶させた。
石段を登り終えた二人は良い仕事でもしたかのような表情である。
「ところでアルトリア」
「どうした?」
「お前、夜までどうしてる気だ?まさか鎧姿のまま街を出歩くわけじゃないだろ?」
刃介は七実から、尾張幕府は鎖国をやっていると聴かされた。
特別な身分にある者以外の西洋人が鎧姿で尾張の町を出歩けば一発で兵隊がやってくるだろう。
「うむ。それまでの時間は実に退屈だ。故に―――」
「ゆえに?」
「貴公が私の遊び相手になれ」
「・・・・・・は?」
ビシっと指をさされ、命令口調で遊び相手を申し付けられた。
「悪いが却下。こっちも仕事の準備で忙しいんだよ」
「承らないというなら、勝負の件は無しにするが?」
「・・・・・・・・・・・・」
そうくるか、と思わされた。
下手に断って勝負をないがしろにされ、折角のアイディアを不意にされるのもあれだと思い、刃介は適当な妥協をうって肯定しておくことにした。
「わかった。ただし、その甲冑はよせ。目立ちすぎるからな」
「良かろう」
と言った瞬間、鎧甲冑は星屑のように消失した――下のバトルドレスごとで。
要するに言うとだ
「なんでさ?」
刃介はそう言うしかなかった。
無愛想とはいえ見目麗しい異国美女の一子纏わぬオールヌードを目の当たりにしたのだから。
「なんでさ、だと?私の鎧は魔力で編んだものだから、結び目を解けば服ごと消えるに決まってるだろ」
ついさっき知り合ったばかりの男に対し、芸術品ともいえる美しい素肌の全てを曝しているのに全く恥じていない様子。
「とりあえずさ、荷物の中に着替えあるはずだから、少し待ってろ」
「ああ。私とてフルヌードのまま男に連れ回される趣味は無いからな」
「なんか俺の人格を妙に貶める発言はやめろ」
刃介は冷静に受け答えしながら、シルフィードから預かったトランクを開ける。
開けた際、ジャラジャラというセルメダルの音がしたが、それは一先ず置いといて、金銭や着替えが入っている箇所に視線をおくり、手厚く梱包されている着替えに手を伸ばして彼女に手渡した。
「ほれ、さっさと着ろ」
「忝い」
この際、男物だろうと和服だろうと構わない。
そう思っていた刃介だが、予想を斜め上に裏切られた。
「おお。サイズも合うし、中々良いではないか」
「・・・・・・だから、何でさ?」
一言で述べると、彼女が今着ているのは、ふわっとした感じの黒いゴスロリ風ワンピースだ。
しかも何故かは解らんが、彼女には異様に似合っている。
(あの吸血女、これ予想してたな・・・・・・)
梱包されていた物の中には、刃介用の着替えもあったが、密かにゴスロリ風ワンピースを仕込んでいたあたり、疑念の余地すら存在しては居なかった。
「ではジンスケよ。どのようにして私を楽しませてくれる?」
「お前には遠慮ってものがないのかよ」
不謹慎だが、やはり紛い者なんだなと刃介は再認識した。
偉人の伝記などあまり読んだ記憶は無いが、アーサー王物語における彼女のオリジナルは礼儀と騎士道と誇りに満ち溢れた勇敢な英雄だということだけは、触り程度だが知っている。
「そうだな・・・・・・俺もこの世界のことよくわからんし、適当に町ん中をブラブラ散策してみるか」
「ふむ。自らで確かめねば広がらない価値観があるというし、申し分ない提案だ」
「そりゃありがとよ」
こうして二人は、城下町を探索する事になった。
勿論、かなり目立つ事を覚悟した上でだが・・・・・・。
*****
真昼間の城下町。
将軍家のお膝元ということもあり、厳正・厳粛な雰囲気の漂うこの町は、今日に限って妙に沸いていた。
「うわあ、美人・・・・・・」
「すごく綺麗・・・・・・」
「格好いい〜〜」
「お似合いよねぇ」
堂々と肩を並べて歩く二人組みの風貌に、道行く人々は目を奪われていた。
当然だが、その二人組とは言うまでも無く刃介とアルトリアだ。
この二人のルックスはダークなものだが、それはそれで人を惹き付ける妖しい魅力があるようで、みなは刃介の若白髪やアルトリアの容姿についての疑問は後回しとなっていた。
「やっぱ目立つな」
「この程度のことを気にするな」
やりにくそうにしている刃介とは反対に、より一層堂々と歩んでいくアルトリア。
「それにしても、尾張というのは思いのほか静かで麗らかな場所なのだな」
「古き良き時代って奴さ。200年から300年も経てば、この辺りも騒々しい街中になるだろうさ」
しかし、いざ雑談となれば普段の冷静さを取り戻している。
因みに現実世界において、尾張国とは愛知県をさす。
「えっと、軍資金はそれなりにあることだし、どっから攻めて行く?」
「まずはこの空腹を満たしたい」
「オッケー。それじゃあ飯屋にでも行くか」
アルトリアはきっぱりと言い切った答えに、刃介は軽く笑いながら所持金を確認し、体のいい食事処を求めて歩いていく。
幸い、シルフィードからは相当なレベルで豪遊できる程の金銭を受け取っているので、多少の出費くらいは問題ない。
ただし、
「なあアルトリア。飯を食う前にちょっといいか?」
「なんだ?」
「飯屋の前に換金処に言って、小判を銭に替えたい」
純金の小判を幾枚か、そのまんまで渡されていた。
*****
尾張で最も大きく最も上手いと言う飯屋。
和食の殆どを網羅しており、尾張城に勤めている者さえ度々食べに来ているという。
そんな場所において、一つのカオスが起きていた。
いや、カオスさえ通り越して、人だかりと歓声さえ起こっている。
「ご馳走様」
刃介は目の前にある卓袱台に箸をおいて合掌する。
卓袱台には、白米の茶碗・焼き魚・漬物・味噌汁といった簡易な定食を食べつくした痕跡がある。
だが刃介は、自分の直ぐ前で一種の伝説を達成しようとしている女を見て沈黙せざるを得なかった。
「おかわり」
「はい」
――ズズッ――
「おかわり」
「はい」
――ズズッ――
「おかわり」
「はい」
――ズズッ――
アルトリアは椀子蕎麦を際限なく味わっていた。
本来なら岩手県の郷土料理がなんで尾張国にあるのかという疑問さえ跳ね除けてしまうほど、彼女は食べ尽くさんとしていた。
「すげぇ!あの異人、これで五十杯目だぞ!」
「このままどこまでもいくんじゃないか?」
「いやぁ、面白くなってきたな」
町の人間たちが、物珍しい大食い西洋美女、を一目見ようと集まってきたのだ。
どうやらどんな時代でも、線の細そうな奴の大食いは眼を引くらしい。
――もっきゅ、もっきゅ、もっきゅ――
ただ一つ気になるのは、アルトリアが蕎麦を租借する際に聞こえてくるこの音だ。
(どんな歯――というか、噛み方してんだ?)
刃介はこっそり彼女に、腹ペコ黒騎士――というあだ名を付けることに決定した。
そして、アルトリアは椀子蕎麦を70杯まで食べ、そこで「もう結構だ」といって食事を終了した。
しかし彼女は店を出ると小声で、
「もう少し雑な方が・・・・・・」
なんかそれを聞いた途端、何故か刃介は彼女をファーストフード店に連れて行ってやりたくなったのは、ちょっとした秘密である。
*****
所変わって、腹を満たした二人が今度は土産物屋にいた。
現代においては、どれもこれも在り来たりな大量生産された物品にすぎなさそうな物だが、時代が時代ゆえに一つ一つが丁寧な手作り物であることなど言うまでも無い。
仕事や勝負をするのは夜間なのだから、この際それまでの時間を観光にあてることにした刃介は、何か面白そうな物をアルトリアと一緒に選んだ買う事にした。
なお、この土産物屋には随分堅苦しいものが所狭しと並べられていて、生活用品・木刀・教本などといったクソ真面目なものばかりで、刃介にとっては余り興味をひかないものばかりだった。
「ほぅ。日本の土産というのは、意外と個性的だな」
だがアルトリアにとっては見慣れないものであり、好奇心をそそるものだ。
だが、生活用品・木刀・教本といった生真面目の塊みたいな物は一目見るだけで、実際に買おうとは思っていない。
「何か買うのか?」
一応刃介は問い質してみる。
「ふむ・・・・・・・・・・・・あっ」
考えていると、アルトリアは店の奥にある物を強く指差した。
そこには、何やら有り難そうで古そうな御守りが、一つだけでポツンとしていた。
「あれが欲しいのか?」
「ま、まあな」
「意外だな。てっきり装飾品でも買うのかと」
「女性=アクセサリーという偏見は改めるべきだな」
刃介はハイハイと頷きながら店主に近寄る。
「おい、あの御守り売り物だよな?」
「ああ。何でも偉くて徳の高い坊さんが西洋の物品を真似て作ったらしいんだけど、どういうわけかさっぱり売れなくてね。もうすぐお蔵入りさせるところだったんだ」
「じゃあ、さ・・・?」
それを聞いた途端、刃介はニヤっと笑った。
「あれをよ、安く譲ってくれよ。――このくらいでさ」
刃介は店主の私物と思われる算盤で値段を切り出す。
すると、
「じょ、冗談はよしてくれ!幾ら売れないからって、御守りをそんな安く売れないよ!」
「じゃあコンくらいで」
刃介は算盤の珠をちょこっと動かす。
「それって上げた内に入るの!?」
「だったらもうちょっと・・・・・・」
「お客さん無茶苦茶だよ!」
「ケチケチすんなよ。在庫の整理してやるんだから」
なんだか現代で言うと、百円単位の値切りが十円単位、十円単位が一円単位の値切りに突入してるらしい。恐らく誰もが未体験ゾーンに接しそうなシチュエーションだ。
「・・・・・・・・・・・・っ」
アルトリアもそのねちっこい光景には呆れ果ててしまっている。
だがしかし、
「おいおい、なんだあの白髪男?」
「うわっ、そこでさらに追い込む!?」
「て、手馴れてるぞあれは・・・・・・」
なんかギャラリーが出来上がりつつあるのを見て知ると、今度はなんとも言えない複雑な心境になってくる。
そして遂に、
「よし買ったァァァ!!」
「「「「「おおおぉぉぉぉぉ!!」」」」」
刃介が漸く御守りを値切った上で買ったらしく、勝ち誇る刃介と疲れ果てた店主の顔が全てを物語っていた。
「よっ、待たせたな」
「フン・・・・・・ッ」
「って、おい!待てよアルトリア!」
アルトリアは戻ってきた刃介を一瞥しながら、そのまま一人でトコトコと先に行ってしまった。
そんな二人の後ろ姿を見た店主は大きな溜息を吐き出していた。
「はぁぁぁ、疲れた・・・・・・全く、もう二度と来て欲しくないな」
店主の表情はほとほと嫌気が刺しているようで、刃介の後ろ姿を見る眼は冷たかった。
「ったく、ああいう守銭奴名な連中は、うちの前からいなくなってもらいたいもんだ」
と、店の奥の座敷でぶつくさ言っていると、
『その欲望に、ときめいてもらうでござる』
「―――えっ?」
――チャリン――
謎の声がすると、店主の頭に何かが投入された。
そうして、
『ううぉぉぉ・・・・・・』
「ひっ、ひぃぃ・・・・・・!!」
店主の体から白い包帯を全身に巻いた怪物、白ヤミーが生まれでた。
白ヤミーは左手で店主の肩をガシっと掴むと、今度は右手で店主の頭を掴んだ。
「な、なな、何をする気で・・・・・・!?」
問おうと意味は無い。
白ヤミーは右手に力を入れ、店主の頭から何かを握りだした。
まるで、何種類もの絵の具を混ぜ合わせたような変テコな色をしたスライムっぽい物体。
白ヤミーはそれを握りだすと店主を放し、取り出した物体を口に入れて食した。
――チャリン、チャリン、チャリン――
欲望を不定形に物質化させたそれを直接喰らい、白ヤミー内部にはセルメダルがドンドン蓄積していき、
『ぅぅぅ・・・・・・―――ッ、コォォォォン!!』
成長体であるキツネヤミーへと姿を変えると、常人では眼にすることさえ到底不可能な速度で、獲物の元へ駆けていった。
*****
その頃、刃介とアルトリアはというと、人気のない町外れにまで来ていた。
「何で不機嫌になってんだよ?お目当てのもんが安く買えたんだぜ?」
「それとこれとは話がまるで違う」
先ほどの値切り交渉の場面が気に喰わなかったのか、アルトリアはそっぽを向いたままだ。
因みにその御守りはアルトリアの手中にあったりする。
十字架(ロザリオ)に梵字や経文が刻まれた、東西混在風の奇妙な御守りをだ。
「全く・・・良い物を安く手に入れる、というのは悪くない。だが、あれは少しな・・・・・・」
「そんなにダメか?」
などと悠長に話していると、
『コォォォォォン!!』
「何者!?」
「ヤミー!」
突如として現れたキツネヤミー。
美しい金色の毛並みと九本の尻尾をゆっくり揺らしながら、二人のことをじっと見つめてきている。
「なるほど。私と似て非なるものか」
アルトリアはそういうと、黒いゴスロリ服から黒騎士の姿へと変貌する。
刃介もブライドライバーとコアメダルを手にしている。
「見たこと無いタイプだが、セルは稼がせてもらうぜ―――変身ッ」
≪RYU・ONI・TENBA≫
≪RI・O・TE!RIOTE!RI・O・TE!≫
ブライ・リオテコンボに変身し、零の構え『無花果』をとる。
『クォォォン!!』
キツネヤミーは我慢しきれなくなったのか、まさに獣の動きでブライ達に迫ってくる。
「下がれ、下郎」
黒騎士はそんな愚直な接近など許しはしない。
彼女の体内にある魔力をある程度放出することで、黒騎士は勢いのある体と剣により一層の力と速さを与え、キツネヤミーに不可視の剣を振るった。
『クオッ・・・・・・』
キツネヤミーはそれを避けきれず、
――ザシュ!――
『クッ、コオオオン!!』
鳴き声を上げながら斬られ、体からは十数枚のセルメダルを落とす。
だが、今の一撃でキツネヤミーも火がついたようで、
――ブンブンッ!ブンブンッ!――
「うッ・・・――バシッ!――がッ・・・――バシッ!――はっ・・・・・・」
九本の尻尾を自在に操り、不可視の剣と黒騎士の四肢を絡めとり、残った四本で黒騎士を何度も殴りつける。
だが、
「薔薇っ!」
ブライの前蹴りがキツネヤミーに直撃し、キツネヤミーは少し声を漏らしながら、尻尾を緩めて戻した。
「おい、俺が手札をつかって奴の目を眩ます。そしたら、同時攻撃で奴を叩く」
「他に策は?」
「他のアイディアがあれば聞く。ないなら従え」
若干上から目線のブライ。
「・・・・・・ふぅ、仕方ない」
だが黒騎士は溜息交じりに了承すると、ブライはコアメダルを三枚とも換装する。
≪YAMANEKO・JAGUAR・SMILODON≫
≪YAJA・YAJA!YAJAGUADON!≫
青い複眼が鈍く光るヤマネコの頭。
鋭い爪が煌くジャガーの爪。
全てを追い詰めるスミロドンの脚。
黄色いネコ系のヤジャガドンコンボ!
「ウオォォラァァァア!!」
ブライは気合を入れるように、全身から凄まじい光を放つ。
真昼間の屋外と言うことも相まって、その眩しさはより一層増していた。
『クォ・・・!?』
キツネヤミーもなれない閃光をいきなり両目に浴びせられて、激しい閃光が治まる頃にはすっかり右も左もわからないほどに目がやられていた。
「よし、今だ!」
「ああ!」
≪SCANNING CHARGE≫
ブライはクラウチングスタートのような七の構え『杜若』でスタンバイし、
『く、コォオ・・・!?』
キツネヤミーが尻尾や口から青白い炎を飛ばして尚、
「ハァァアア!!」
黒騎士が不可視の剣で振り払い、そして!
「チェストーーッ!!」
お決まりの叫び声を上げて、眼前に出現した三つのリングを潜りながら体をドリル回転させ、両腕の猫刀『鉤』をキツネヤミーのドテッ腹に深々と突き刺し、そして貫通させた。
それと同時に響く爆音、立ち込める爆炎と爆煙。
辺りには数十枚ものセルメダルが散らばる。
「よーっし、上手く決まったな、ビーストスパイラル」
ブライは変身をとき、いそいそとセルメダルを回収する。
黒騎士も戦いが終わって武装解除し、セルメダルを拾う刃介を見ている。
「ジンスケ」
「なんだ?」
「お前にはプライドというものはあるのか?」
「何を藪から棒に?」
アルトリアは刃介を睨むようにして訊いた。
「町での値切りや、今のメダル拾い・・・・・・その姿にはとても剣士や武人としてのプライドが感じられん」
「そういわれても、我欲のままにやんのが我刀流だぜ?欲望棄てたら何も残らないって」
半ば非難じみた台詞を言われようと、刃介はせっせとメダルを拾いながら、一族なりの矜持を簡潔に述べた。
「まあ具体的にいうと、俺等はただ自由でいたいのさ。つまらんプライドに縛られてたら、やりたいことすら出来んからな」
「・・・・・・そうか」
アルトリアはそうして、刃介に背を向けた。
まるで、別れでも告げるかのようにだ。
「決着の時まで、お互いに別行動だ―――いいな?」
「別に構わないが」
メダルを拾い終え、刃介は了承した。
「ではさらばだ、ジンスケ」
どこか哀しい雰囲気を纏いつつ、アルトリアは何処かへと歩み去ってしまった。
*****
時は過ぎてすっかり夕方。
刃介は最初にいた古びた神社―――今となっては荒れ果てた神社にいた。
「あぁぁ・・・・・・暇だな」
城下町で色んな店を回り、適当に遊んできたものの、それでも時間は大して経たず、結局この神社に戻ってきたのだ。
そんな時だ、あの二人と出会ったのは。
「おいとがめ。誰か居るぞ」
なんだか純朴そうな青年の声。
だが、刃介にとっては一番耳に引っ掛かったのは、青年の出した名前だ。
「とがめ?・・・奇策士とがめ?」
堀の向こうにある屋敷町にも足を伸ばした刃介だが、そこで一番目に付いたのは、厳格を旨とする尾張には不釣合い極まる屋敷だった。
なんだか青だの紫だの緑だのという目立つ事この上ない色で塀や瓦を染め上げ、屋根には金の鯱を乗せていたKY過ぎる屋敷―――周りの者に聞いたら、一発でそれは”奇策士とがめの住む奇策屋敷”であることが判明した。
「それと、虚刀流の鑢七花?」
「ん、私たちのことを知っているようだな」
刃介の眼前にいるのは、二人の男女だ。
男のほうは、下半身には紅葉柄の黒い袴、上半身裸で二十年の歳月で鍛え上げた肉体を惜しげもなくさらし、誰もが見上げるような長身をした総髪。
女のほうは、誰もが見下げる小柄な体躯を十二単を重ね着したような豪華絢爛な衣装を包み、白髪のおかっぱ頭をしている。
「・・・・・・あんたらのことは、此処について半日しか経っとらん俺でも知ってるさ」
「うむ、当然であろうな」
とがめは実に上機嫌そうだ。よほど自分たちの功績が世に知られていると思っているらしい。
まあ実際、今は幕府内でも話題となっているのだ―――四季崎の完成形変体刀のことは。
「それで、そなたは此処へ何をしにやってきた?七花への挑戦か、毒刀『鍍』か?」
「どちらも興味の無いことだ。手段を選ばなければ何時でも勝てるし、そんな亡霊刀も持ってる意味が無い」
刃介はスパっと言い切った。
変体刀のことは、七実とシルフィードから聞かされているため、毒刀『鍍』を亡霊刀と揶揄した。
「・・・・・・まあ良い、聞き流す事にしよう。それより―――」
「それより?」
「そなた、私と個性が被るな」
「・・・はっ?」
いきなりどうでもいいことを話題にしてきた。
「だから個性だ。特にその白髪と瞳」
「こいつは天然ものだぞ。個性を狙ったわけじゃない」
「余計に困る。それでは私と全く同じではないか」
実はこの奇策士―――報告書を面白くする為、旅の道中で七花に決め台詞をつけて個性を出させようとしたり、自分で”チェスト”という掛け声を使ったりするなど、漫画家や小説家みたいなことをしている。
「とがめ、俺だけでなく、会って数分と経ってない奴にそれは・・・・・・」
「何を言うか七花!こういう地道な個性被りを潰していく事で、我々の個性は確立するのだ!」
((傍迷惑な確立方法・・・・・・))
七花と刃介は思考をハモらせた。
「ところでさ、お前等その刀を城に持っていくのか?」
「ああ。この『鍍』で十一本目。最後の一振りはこの尾張にあるから、旅は完了したに等しい」
刃介は、ふーんと返した。
そんな折に・・・・・・
「不解――これは一体、何があればこうなるのだ?」
石段から若干驚いたような男の声がする。
しかし驚くのも無理はない。石段の頂上部分はアルトリアの奇襲で酷い様になっているのだから。
とがめと七花は、石段から聞こえてくる男の声に聞き覚えがあるらしく、表情を引き締めた。
「さすがにお姫様は、目敏いな」
石段を跳躍して登ってきたのは、現代社会でも今一そぐわない格好をした男だった。
身につけている洋装や洋靴については兎も角、腰には大小の刀を差している上、注目すべきは顔の上半分を隠している『不忍』と縦に書かれた仮面をつけていることだ。
「私たちの行動を見越して、早速先手をうってきたか――まあよい。話が早くて助かると言えよう。先手を打たれたならば、後手を返せばよいだけだ。――七花、政略戦を始めるぞ」
「俺には何もできねぇけどな」
「傍で安らぎをくれれば、それでよい」
「そっか」
とがめの宿敵ともいえる『尾張幕府家鳴将軍家直轄内部監察所総監督』を勤める否定姫の懐刀にして補佐役である元忍者・左右田右衛門左衛門―――通称、不忍の右衛門左衛門。
恐らく、七花ととがめが変体刀を入手したとわかり、否定姫が使いとしてよこしたのだろう。
刃介という名の知れぬ男の存在さえ忘れ、この世界の住人である三人は顔を向け合う。
「よう、右衛門左衛門殿。出迎えご苦労と言ったところかな。ご覧の通り、毒刀『鍍』の蒐集には成功した。ことがここに到ってしまえば、そなたは私に言っておかねばならぬことがあるのではないか?」
小さな体とは反対に尊大と態度をとるとがめ。
「・・・・・・ああ、そうだな」
右衛門左衛門は、仮面で表情と感情を隠しながら、深く頷いた。
「いつかの姫様ではないが――おめでとう、と言わせて貰おう。これで貴女は貴女の野望へ、また一歩歩み寄ったわけだからな」
「野望?そんなものをいだいた覚えは無いが」
「そうか。ならば復讐と言った方がいいか?」
右衛門左衛門の言動やさりげない仕草。
それらを見つめていると、自然と刃介の両腕と両脚は、脳髄に刻まれた本能に従い、筋肉に出された指令にそって実行しようとしていた。
「かつての奥州の顔役、飛騨鷹比等の一人娘――容赦姫様」
「っ!」
「不悪」
――パンッパンッ!!――
右衛門左衛門の手に握られていたのは、一対の拳銃。
炎を意匠とした自動式連発拳銃と回転式連発拳銃・・・・・・現代では最もポピュラーで、この時代の日本にはあり得ない通常兵器。
そこから一発ずつ発射された二つの弾丸は、理解する前に小柄なとがめの体を貫通していただろう。
――カキンッカキンッ!――
邪魔さえ入らなければ。
「な、に・・・?」
右衛門左衛門は、口元だけでわかるほど驚いていた。
今まで初見でこの武器を攻略した者などいない――否、居るはずが無かった。
それを今、見ず知らずの白髪で黒い着流しの男が弾き返したのだ。
「そいつが、炎刀『銃』か?――このクソったれが」
刃介はとがめの真正面に立っていた。
両腕を異形の刃とし、金色の瞳を鈍く光らせて。
次回、
城攻めと蒐集と騎士の魂
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