狼姫<ROKI>
双頭


第四次聖杯戦争の開催地、日本は冬木の深山町。
人通りの全くない町外れにて、騎士と騎士による接戦が始まろうとしていた。

闇夜でも金属光沢の輝きを放つ紅色の鎧を纏い、狼のような唸り声を上げるのは、紅蓮騎士・狼姫。
銀灰色の鎧に猛禽の兜を纏い、孤高のホラー剣士と異名されし魔物、フォーカス。

互いに構えるのは、魔戒剣の『断罪剣』と、両腕の篭手から伸びる『魔双刃』。

「『ハァッ!』」

――ガギンッ!!――

両者は同時に動き、刃と刃をぶつけ合わせた。
火花が散り、衝撃で風が起こり、それでも二人は鍔競り合う。

「フン!オォッ!」
『ヌン!アァッ!』

一度距離を離した直後、一振りの剣と二振りの刃が幾度と無く剣戟の音を鳴らした。
フォーカスが二つの刃を力強く振るのに対し、ロキは一本の剣を軽やかに振るう。
通常の打ち合いでは有り得ない光景がそこにあり、普通ではありえない余波が生まれていた。

しかし、

――ギンッ――

ロキの断罪剣が片方の魔双刃によって上方へと弾かれ、

――グォン!――

もう片方の凶器による鋭い突きが鎧に見事命中した。

「が・・・・・・っ」

想像以上に重い一撃を喰らい、後方へと後退るロキ。
すぐさま体勢を立て直し、空中から落ちてくる断罪剣の柄を掴んで見せた。

『フム・・・・・・やはりこれ位の活きがなくてはな』

フォーカスは少しばかり嬉しそうに言うと、再び構えを取った。
緑色に光る魔双刃の切っ先と、それを操る両腕に全神経を集中させる。

『楽しませてもらうぞ』

フォーカスは刀身に篭った魔力を斬撃刃として振るい飛ばした。
飛んでくる斬撃刃は二つ。三日月の形を成して飛んでいくソレに、ロキは―――

「―――デァッ!」

――ギギンッ!――

断罪剣の一振りで見事に弾き返したのだ。
弾かれた斬撃はフォーカスの元へと帰って行き、魔物は自分の攻撃によって傷つくと思われた。
しかし―――

『フ・・・・・・』

――ボシュ、ボシュ――

フォーカスは避けることはおろか、斬撃刃を魔双刃に吸収させたのだ。
刀身に篭った魔力の光はより一層煌きを増していき、火炎のように滾っていく。

『ヴッ・・・・・・!』

さらにフォーカスは自らの鎧に魔双刃を押し付け、魔力を鎧に付加させたのだ。

(あれは、まるで・・・・・・)

それを見たロキはあるものを連想した。
一流の魔戒騎士の証ともいえる奥義の一つ――魔導火の力を剣や鎧に付加する奥義を。

『マスター。こちらも・・・・・・!』

と、そこで左手の甲に埋め込まれる形となったヴァルンが口を開いて助言した。

ロキは従者の言葉を聞きいれ、断罪剣の刀身に拳を叩き付ける。
すると、刀身から金色の炎が湧き上がり、あっと言う間に剣全体を包み込み、遂には鎧さえも魔導火が回っていく。

「烈火炎装と烈火炎装の衝突か・・・・・・」

ロキは独り言のように呟いた。

烈火炎装(れっかえんそう)?何を言っているのだ紅蓮騎士』

その呟きが聞こえたのか、フォーカスは指摘するように言ってきた。

『これはオレが編み出したオレだけの力――”魔炎邪装(まえんじゃそう)”・・・・・・!』

魔性の騎士は威風堂々と、己が誇る技の名を告げた。
その姿にはホラー特有の禍々しさは一欠片もありはしなかった。

「・・・・・・!」

ロキは自らの鎧と剣にて燃え上がる炎と、敵の魔炎を眼にして、より一層闘志を湧き上がらせる。

『マスター』

そこへヴァルンがあることを教えるために口を開いた。

『もう時間がないぞ』

そう。魔戒騎士は唯一にして絶対の弱点を抱えている。
それは時間。
ソウルメタルの鎧の装着限界時間は、99.9秒。

「わかってる」

次の一撃で決める。
でなければ、終わるのは自分だ。





*****

赤い外套の魔術師・キャスターは霊体化しつつ、ある戦いを眺めていた。
場所は海浜公園の西にある倉庫街。
夜となればまばらな街灯だけがプレハブ倉庫とアスファルトを照らし、無人のデリックレーンは竜骨のような不気味さを漂わせながら佇んでいる。

倉庫外の道路は大型車両の往来を考慮してかなり幅広く造られている。
真正面から一対一でやりあうのに最適なフィールドと言えよう。
用意周到に人払いを行われたこの空間で、騎士と騎士が剣と槍を手にしていた。

片方は、金砂のように煌びやかな髪、翠緑の瞳、青いドレスに銀色の甲冑という風貌の美少女。
片方は、前髪をざっくりと後ろに撫でつけ、身体には若緑色の軽装で固めた、目元の黒子が印象的な美男。

それから、セイバーの後方にいる銀髪に赤い瞳の若い女。
見るからに貴族然たる雰囲気の漂う姫君らしき風貌だが、状況的にみてセイバーのマスターなのか?
だがそれだと、矛盾が生じるのだ。磨耗したとはいえ、記憶の中に残る残滓と。

女騎士のクラス名は最優のセイバー。
十重二十重の風の結界によって光の屈折率を歪め、不可視となった聖剣を手に執っている。
黒子の男のクラス名は最速のランサー。
呪符が巻かれた長槍と短槍という、型破りな組み合わせの武器を巧みに操っている。

見事な勝負、としかいいようがなかった。
どちらとも流石は英霊、としか言いようが無いほどの腕前であり、道路は辺り一面、槍と剣の一撃ごとに引き裂かれたように傷跡を残している。

しかし、そんな名勝負を覗き見する無粋な輩がいた。

(やはり・・・・・・アサシン)

キャスターが捉えたのは、デリッククレーンという最も高所で下を監視しやすい場所で、佇むようにしている怪人物。
真っ黒な装束に白い髑髏の仮面。紛れも無く暗殺者のサーヴァントに相違なかった。

あの夜での一件は茶番だった、とキャスターは確信すると、まずはあの覗き魔を先に始末しなければならないと感じた。

I am(我が) the bone(骨子は) of my sword(捩れ狂う)―――」

実体化すると同時にキャスターは黒い洋弓を現し、矢となる物を造り出す。

「―――刺し穿つ死棘の槍(ゲイ・ボルク)

次の瞬間、光の御子が編み出した対人用の刺突技は、赤き魔術師によって、敵を射抜く鏃として射出された。
呪いの朱槍は真っ赤な軌跡を描くようにして、雷鳴の如き速さで黒い影の心臓に風穴を空けた。





*****

同時刻、冬木協会の地下にある聖堂では。

「――ぐッ――!」

僧衣(カソック)を纏った一人の若者が、胸を抑えて幻痛に堪えていた。
男の名は言峰(ことみね)綺礼(きれい)
この冬木教会において監督役をしている言峰璃正の息子であり、表向きにはアサシンを失った脱落者として聖堂教会による保護を受けている身の上だ。

『どうかしたかね?綺礼』

痛みの声を上げた綺礼の身を案ずる言葉を発したのは、綺礼の目の前においてある蓄音機であった。
いや、厳密に言うと、これは蓄音機型の魔術的通信機だ。
これの内部には宝石があり、近くで声を発すると音波によって揺れた宝石は、対となる宝石に揺れを共鳴させて音を伝える。

つまり、これと同じ物を目の前に置いている者――それも宝石魔術に長けた魔術師が綺礼と密かに会話していることを意味する。
そしてその相手とは、遠坂(とおさか)時臣(ときおみ)に他ならなかった。

「アサシンが、何者かに、狙撃されたようです・・・・・・」

吸血鬼や魔術師といった条理の外にある者を殺す代行者として培ったモノが、痛みを押しのけて綺礼に口を開かせた。

『なに?あの時、確かに全てのマスターがザウィードとやらの消滅を確認したはずだが』
「恐らく、あの計略に気付いた者がいたのでしょう。でなければ、辻褄が合いません」

遠坂邸の工房から声を届かせる時臣師に対し、徒弟である綺礼は丁寧な言葉で推察内容を述べた。

『セイバーとランサーはマスター共々戦場にいるとなると、大方ライダーかキャスターと言ったところか』

理性をなくしたケダモノと成り果てる呪いを受けるバーサーカーが気配を隠して精密射撃を行うなど不可能と判じ、時臣は残った二つのクラスのどちらかだと推理する。

『兎も角、綺礼。即座に代理の者を送り込むんだ』
「はい。すぐに他のアサシンに命じます」

少しでも戦場の記録に欠如が出ないよう、魔術師と代行者による暗躍は薄暗い影で行われていた。





*****

「仕留めたな」

キャスターは毒蜘蛛が心臓を射抜かれ、消滅していったのを確認すると、すぐに霊体化して身を隠した。
固有スキルの”千里眼”の超視力によって、キャスターはアサシンを運良く見つけた。
それは例えアサシンが気配遮断を行っていたとしても、実体化したまま一定の場所で佇んでいたからだろう。最も監視に向いている場所はどこか、とキャスターが目を光らせた時点でアサシンの命運は決まったも同然だった。

(さて、セイバーたちは・・・・・・)

キャスターの視線は今一度戦場へと向けられる。

セイバーとランサーは、先程の戦いによって壮絶な破壊の爪あとが残る道路で、得物を構えて互いに見合っている。
そこには敵対心や警戒心よりも、好敵手に向ける一種の信頼があった。

「名乗りもしない戦いに、栄誉もクソもないが―――」

ランサーとセイバーは、ギリギリの戦いを潜り抜け、傷一つ負っていない身である。

「ともかく、賞讃を受け取れ。ここに到って汗ひとつかかんとは、女だてらに見上げた奴だ」
「無用な謙遜だぞ、ランサー」

セイバーは不可視の剣の切っ先を依然としてランサーに向けつつ、

「貴殿の名を知らぬとはいえ、その槍捌きをもってその賛辞・・・・・・私には誉れだ。ありがたく頂戴しよう」

プライドと威厳に満ちた言葉で返した。
お互い縁もゆかりもない場所と時代に呼び出され、魔術師の使い魔と変わらぬ扱いだが、それでもこの激戦の中で騎士と騎士による尋常な決闘の空気が心地好かった。

だがそこで。

『戯れ合いはそこまでだ、ランサー』

突如として何処からとも無く男の声が聞こえてきた。

「ランサーの・・・・・・マスター?」

セイバーの背後に控える銀髪紅眼の代理マスターは、周囲を見回せど敵マスターの姿を確認できない。
大方、見張りやすい高所に佇み、幾つモノ魔術的偽装によって身を隠しているのだろう。

『これ以上、勝負を長引かせるな。そこのセイバーは難敵だ。速やかに始末しろ。――宝具の開帳を許す』
「了解した。我が主よ」

マスターからの指示を汲み取ったランサーは、あっさりと短槍のほうを投げ捨てた。
それこそ、今は意味の無い代物であるかのように。

(ならば、あの長槍がランサーの宝具?)

セイバーは宝具=単一という基本的な原則を、そのままランサーにも当てはめていた。
そんなセオリーなど、この聖杯戦争では用を成さないことも知らずに。

「というわけだ、セイバー。ここからは()りにいかせてもらう」

目一杯に巻かれていた呪符が弾け飛び、長槍を両手で構えたランサーは堂々と言い放った。
セイバーはそれに応じて剣の柄を握る手の力を強くする。
いつでも迎撃できるようにと、彼女の雰囲気が張り詰めていく。

ランサーはそれを感じてか、突撃するタイミングを見計らい、二人の間には沈黙の一時が流れる。
だがそれも長くは続かなかった。

先に仕掛けたのはランサーだった。

真紅の長槍を振りかざし、セイバーの身体を貫かんとする。
当然セイバーはそれを阻む為に剣を振って槍の穂先にぶつけた。
しかし、それによって―――

「なっ!?」

セイバーは狼狽の声を上げた。
何故なら、彼女の宝具――十重二十重の風を剣に被せることで光の屈折率を変え、不可視の剣とする対人宝具『風王結界(インビジブル・エア)』が、真紅の穂先に触れた瞬間、僅かに解けて黄金の剣の姿が垣間見えたのだ。

ランサーはすぐに後方へと跳んで距離をとった。

「晒したな。秘蔵の宝剣を」

得意げな様子でランサーは言った。

「刃渡りも確かに見て取れた。これでもう見えぬ間合いに惑わされることもない」
(くッ・・・・・・)

今のは拙かった。
元通りの不可視となった剣からの風で髪を揺らしつつ、セイバーは思った。
彼女が常に発動しているこの対人宝具は、派手さがない代わりに単純かつ効果的な能力をもつ。
敵がどれだけの距離から攻撃できる、というのは戦場においては重要な要素だ。それがわからないとなれば、どうあっても慎重に動かざるを得ない。

(だが・・・・・・この槍の筋ならば・・・・・・)

まだ行ける、とセイバーは考えた。
二本の槍から一本の槍。生前において何度と無く対峙したことのある典型的な槍術。
これなら不可視の剣を見切られても十分に渡り合えると踏んだのだろう。

セイバーとランサーは同時に駆け出し、剣を振り、槍を突き出す。
宝剣は勢い良く振り下ろされ、兜割りの如くランサーの脳天を叩き切ろうとした。
だがランサーはそれを紙一重でかわし、それと同時にセイバーの横腹に一撃を加えた。
蒼銀の女騎士は、身体に走った鋭い痛みを感じて、即座にランサーと距離をとった。

「セイバー!」

それを見た銀髪紅眼の美女は、詠唱を唱える様子さえなく魔術を発動させる。
それと同時にセイバーの脇腹から流れ出る出血は止まった。

「――ありがとうアイリスフィール。大丈夫、治癒は効いています」

そういってセイバーは剣を構え直した。

「やはり易々と勝ちを獲らせてはくれんか」

口では残念そうだが、表情には戦いに対するより一層の熱気と、好敵手足り得る者と矛を交えるであろう期待感で彩られている。

セイバーは痛みが残っているのか、塞がっているはずの脇腹を庇うような仕草をとった。
だがその時になって気付いた。鎧に傷がない(・・・・・・)ことを。

セイバーの想像では当初、ランサーの槍を鎧で防ぎ、自分が袈裟斬りを決めるはずだった。
それが叶わず一度は負傷したのならば、ランサーの槍が鎧を貫いたのだと思うのが必定。
にも関わらず、甲冑には掠り傷一つさえない。

「・・・・・・そうか。その槍の秘密が見えてきたぞ、ランサー」
「ほう」
「その赤い槍は、魔力を断つのだな」

セイバーの銀の鎧は多量の魔力で編んだ物だ。それを通り抜けて本体に刃を届かせた。
そう言われると、ランサーは正解だとばかりにこう言い返した。

「その甲冑は魔力によって精製された物。それを守りの頼みにしていたのなら、諦めるのだなセイバー。俺の槍の前では丸裸も同然だ」
「たかだか鎧を剥いだぐらいで得意になってもらっては困る」

セイバーは一瞬にして英断を下した。
身を守る銀色の装甲は、胸甲や篭手、草摺から足甲に到る全てを除装したのだ。
残ったのは青いバトルドレスのみ。

「防ぎえぬ槍ならば、防ぐ前に斬るまでのこと。覚悟してもらおうか、ランサー」

鎧の魔力を煌びやかな欠片として飛散させつつ、セイバーは堂々と剣を握る。
防御を捨てた一撃必殺を狙ってきた証だ。
セイバーの固有スキルにはAランクの『魔力放出』があり、文字通り魔力を推進器(ブースター)として用いることで攻撃力や速力を瞬発的に高めることができる。鎧の形成に回していた魔力をこちらに使えば、『風王結界(インビジブル・エア)』の風力と併せて、かなりの威力を誇った一撃を繰り出せるだろう。

「思い切ったものだな。乾坤一擲、ときたか」

ランサーにはこういう手合いにかつて心辺りがあったのか、懐かしそうな記憶に顔を緩めつつ、セイバーの取った超攻撃的な姿勢に警戒を強めている。

そして、ここで戦場を除き見ていたキャスターは思った。

(セイバー・・・・・・その槍使いを甘く見すぎているな)

解析魔術を得意としているキャスターは、ランサーの赤槍の正体に早くも勘付いていた。
それはつまり、槍使いの真名さえも掴んだのと同義だ。
ならば、彼の宝具は真紅の長槍だけでなく・・・・・・。





*****

――ボオォォォ・・・・・・!――

闇夜の町のほんの一部を照らす二つの篝火。
一つは光輝に満ちた黄金の炎、もう一つは妖しく揺らめくの紺色の炎。

「『・・・・・・・・・・・・』」

紅蓮の魔戒騎士と孤高のホラー剣士は、互いに両刃剣と双剣を構えている。
残された時間はもう僅かだ。
故に、

「『―――ハアァァァッ!』」

決着へと向かうであろう一撃を、二人は同時に駆け出して振りぬいた。
金と紺という異色同士が交差し、一閃の煌きを魅せる。
既に二人の疾走と振り抜きは終わり、先程の立ち位置とは互いに逆のモノとなっている。

「『・・・・・・・・・・・・』」

身じろぎ一つせずに数秒間、沈黙する二人の騎士。
その結果は―――



「・・・・・・んっ・・・・・・」



ロキの兜から苦しげな声が漏れた。
次の瞬間、ロキは膝をつきそうな身体を、剣を杖とすることで支える。
しかし、

『TIME UP』

ヴァルンの宣告が小さく耳の鼓膜に響き、『狼姫の鎧』は解除されて魔界へと送還されていった。
勝敗は――フォーカスが勝ち、輪廻が負けた。

「くッ―――」

輪廻は覚悟した。
フォーカスが自分を斬る事を。

『・・・・・・・・・・・・』

しかし、フォーカスは一向として輪廻に切りかかる気配はない。
それどころか、西の方角を見据えており、魔双刃も姿形を消失させていた。

『紅蓮騎士』

と、そこで視線を輪廻のいる方へと戻す。

『此度の勝負の決着、先延ばしとする。・・・・・・どうやら、殺し合いに餓えたバカ者がいるらしい』
「・・・・・・なに?」
『疾く行け。西での尋常な打ち合いを同族が穢さんとしている』

なんたることか。フォーカスは自分たちホラーの大敵である魔戒騎士を確実に抹殺できる好機を敢て放棄したのだ。しかも、自分とは違うホラーの出現さえ示唆してしてきている。

「何故だ・・・・・・?」
『剣士の戦いに、戸惑いがあってはならん』

フォーカスは即答した。
そして輪廻は悟り、信じた。
目の前にいる月下の騎士の信念を。

「わかったわ。貴方との決着は、何れ必ず」
『あぁ』

二人の騎士は真正面から頷き合い、再戦の誓いを交わしてお互いに背を向けた。
フォーカスは闇夜の真っ黒な暗がりに紛れて姿を晦まし、輪廻は艶やかも月光を浴びながら次なる戦場へと駆けて行った。






*****

最初から行き成り状況を述べさせてもらうと、セイバーは自分の失策を悔いていた。
いや、この聖杯戦争に対する認識の甘さにも悔いていたのかもしれない。
サーヴァントの宝具は単一とは限らない。それは他ならぬセイバー自身が証明している。
ならば、ランサーの宝具には短槍が含まれているという考えは、普通ならとっくに勘付けていたはずなのだ。

ランサーはセイバーが『魔力放出』で突撃してきた際、地面に転がっていた短槍を蹴り上げて手に取ると同時に呪符を剥がし、その刃をセイバーに向けて放ったのだ。
これにより、セイバーは不意を突かれてしまい、ランサーの左前腕に切り傷を与えたものの、自分も左腕に一刺しを受けてしまった。

すぐさま体制を立て直したものの、裂かれた部位が不味かった。
よりにもよって腱を切断されたのだ。それによって親指が思うように動かない。これでは両手による全力の剣戟はできなくなってしまう。

「つくづく、すんなり勝たせてはくれんか。・・・・・・良いがな、その不屈ぶりは」
『何を悠長なことを言っているランサー。全く、仕留め損ねおって』

マスターは呆れるような叱責を声をだしつつ、ランサーの左腕に治癒魔術をかけて回復させた。

「痛み入る。我が主よ」

セイバーもアイリスフィールという女に、治癒魔術をかけるように頼んだ。

「・・・・・・アイリスフィール。私にも治癒を」

しかし、彼女の表情は有り得ないものに直面したかのようだ。

「かけたわ!かけたのに、そんな・・・・・・」

アイリスフィールは人間ではなく、錬金の大家ことアインツベルンの粋を集めて造られしホムンクルス。魔術という一点においては常人を遥かに凌ぐよう設計された身で、初歩的な治癒を失敗するなど有り得ない話だ。

「治癒は、間違いなく効いてるはずよ。セイバー、貴女は今の状態で完治しているはずなの」
「・・・・・・」

ランサーは余裕の表情でこう語った。件の黄色い短槍を片手で携えて。

「我が『破魔の紅薔薇(ゲイ・ジャルグ)』を前にして、鎧が無為だと悟ったまでは良かったな。――が、鎧を捨てたのは早計だった。そうでなければ『必滅の黄薔薇(ゲイ・ボウ)』は防げていたものを」

ここにきてランサーは、自らの宝具の名を明かしてきた。
そうしてセイバーは漸く気がついた。

「成る程・・・・・・一度穿てば、その傷を決して癒さぬという呪いの槍。もっと早くに気付くべきだった」

それはセイバーと同じ、ヨーロッパにおいて名高く知れ渡った生粋の武人。

「魔を断つ赤槍に呪いの黄槍、加えて乙女を惑わす右目の泣き黒子――フィオナ騎士団随一の戦士・・・・・・”輝く貌”のディルムッド。まさか手合わせの栄に与るとは思いませんでした」
「それがこの聖杯戦争の妙であろうな。――だがな、誉れ高いのは俺のほうだ。時空を越えて『英霊の座』にまで招かれた者であれば、その黄金の宝剣を見違えはせぬ」

ケルト神話の英霊、ディルムッド・オディナ。
アーサー王伝説の主役、アルトリア・ペンドラゴン。

「かの名高き騎士王と鍔競り合って、一矢報いるまでに到るとは――フフン、どうやらこの俺も捨てたものではないらしい」

ディルムッドは文字通り神代の騎士であり、アーサー王よりもずっと前時代の人物だ。
だが『英霊の座』は始まりも終わりもない場所。そこであらば、自分よりも後世の英雄の伝承さえも知識として得ることが出来るのだ。

「さて、互いの名も知れたところで、漸く騎士として尋常な勝負を挑めるわけだが――それとも片腕を奪われた後では不服か?セイバーよ」
「戯言を。この程度の手傷に気兼ねされたのでは、寧ろ屈辱だ」

と言いながら再び銀の鎧を纏いつつ、セイバーはこう思った。
ただの一刺しが、高くついた―――と。
これでは真の宝具が開放できない。あの聖剣を完全な形で振りぬくにはどうあっても両腕を全力で振り下ろさねばならないのだから。
しかし、言葉どおり騎士としてこの程度の傷で一々心配されては面目もクソもない。
敢て騎士としての誇りを、セイバーは全面的に押し出した。

ランサーはそんなセイバーの思いを知ってか知らずか、二本の槍を片手ずつに携えて、翼を広げた鳥のような体勢で構えた。

「覚悟しろ、セイバー。次こそは獲る!」
「それが私に獲られなかった時の話だぞ。ランサー」

今まさに、二人の誇り高き神代の騎士が矛を交えんとした、その時、

――ビリビリビリッ!!――

突如として、セイバーとランサーの中間に雷鳴と共に稲妻が降り注いだのだ。
戦場にいる者全ての視線は雷電と、その原因へと向けられた。
上空を見上げれば、地上へと急速降下してくる巨大な影。

「AAAALaLaLaLaie!!」

それは古代中国やアッシリアなどでも登場した、戦闘に用いる車。
だが轅の先に繋がれているのは軍馬ではなく、二頭の空翔る雄牛である。
ただし、牡牛はタダ単に宙を蹄で蹴っているのではなく、大地の代わりに雷を蹴っているのだ。

「・・・・・・戦車(チャリオット)・・・・・・?」

車輪が回るたびに、牡牛が駆ける度に、稲妻が凄まじい魔力の圧力を生み出していく。
紛れも泣く英霊が誇る宝具に相違ないだろう。
戦車は地上へと降り立つと、大きな御車台で手綱を握っている一人の巨漢が大きく手を広げた。

「双方、武器を収めよ。王の御前である!」

赤い髪と髭に褐色の肌をしたその男は、筋肉で固めた上に2mを越えるかなりの長身剛躯で、身体には洞鎧と赤いマントを纏っている。

「我が名は征服王イスカンダル。此度の聖杯戦争では、ライダーのクラスを得て現界した」

なんたることだろうか。
この聖杯戦争における敵攻略の要である真名をクラス名諸共、しかも自分から暴露した、常識破りのサーヴァントがいたのだ。
当然、真っ当なマスターとサーヴァントらは驚きを禁じ得ない。

「何を――考えてやがりますかこの馬ッ鹿はあああ!!」

御車台に乗っていたもう一人――英国風の顔立ちをした黒髪の少年が、イスカンダルに怒鳴り込んだ。
いや、怒鳴りこんだというより、喚き散らした感じだが。しかし、手の甲の令呪を見る限り、彼が暴君のマスターであることは間違いない。

――ベシッ――

「あふっ!?」

自分のサーヴァントからデコピンをくらうという醜態をさらしているが。
ライダーはそんなことからさっさと意識を変えて、話し相手をセイバーとランサーに絞った。

「うぬらとは聖杯を求めて相争う巡り合いだが・・・・・・矛を交えるより先に、まずは問うておくことがある。うぬらが聖杯に何を期するかは知らぬ。だが今一度考えてみよ。その願望、天地を喰らう大望と比して尚、まだ重いものであるかを」

征服王の理屈があるようで全くなさげな、まるで直感だけの言葉にセイバーが逆に問う。

「貴様、何が言いたい?」
「うむ。噛み砕いて言うとだな――ひとつ我が軍門に下り、聖杯を余に譲る気はないか?さすれば余は貴様らを朋友として遇し、世界を征服する快悦を共にする所存である」

自信満々に言い放った勧誘宣言。
その余りにも堂々としすぎた物言いと、明け透けな言葉に、セイバーとランサーはポカンと呆れるも、すぐに表情を戻してこう言った。
如何に有史上で最も世界制覇に近づいたマケドニアの覇王と言えど、色んな意味で真に受ける義理はない。

「先に名乗った心意気には、まぁ感服せんでもないが・・・・・・その提案は承諾しかねる。――俺が聖杯を捧げるのは今生にて誓いを交わした新たなる君主ただ一人。断じて、貴様ではないぞ、ライダー」
「・・・・・・そもそも、そんな戯言を述べ立てるために、貴様は私とランサーの勝負を邪魔立てしたというのか?――戯れが過ぎたな、征服王。騎士として許しがたい侮辱だ」

双方ともに拒否され、イスカンダルは「むぅ」とうなりながら拳をこめかみに押し付けつつ、とりあえずもう一言追加しておくことにしたらしく、

「・・・・・・待遇は応相談だが?」

なんて言った結果は―――

「「くどい!」」

―――惨敗でした。

「重ねて言うなら――私もまた一人の王としてブリテン国を預かる身だ。いかな大王といえども、臣下に下るわけにはいかぬ」
「ほう?ブリテンの王とな。――こりゃ驚いた。名にしおう騎士王、こんな小娘だったとは」
「――その小娘の一太刀を浴びてみるか?征服王よ」

ライダーは深く溜息をついた。

「こりゃー交渉決裂かぁ。勿体無いなぁ。残念だなぁ」

この酷くコミカルな場面を隠れ見て、キャスターが思ったことは一つ。
否、言いたいことや思ったことなら幾らでもあるのだ。
例えば、なんか真名の価値とかがやたらと大暴落しているところとか。

(何なんだ・・・・・・このノリは・・・・・・)

彼の知っている第五次の戦いにおいては、戦闘中にこんなギャグじみた展開はありえなかった。
まあ、日常では型破りな猛虎がかーなーり、表にも裏にも引っ掻き回してくれたが。

だがその瞬間、

「「「(―――――ッ!)」」」

其の場にいる全ての英霊が、闇から湧き出る邪気を感じ取った。

「伏せろ、坊主!」
「え、あ、ちょ!?」

ライダーは自らのマスターの矮躯を片手で抑えてさらに縮こませると、腰に提げている両刃剣を抜き放ち、後方から急襲せんとした者を勢い良く斬り捨てた。

『ギィッ!』

それはまるで蜘蛛のような姿をした異形だった。
しかし、そんな怪物もライダーの一斬によって上半身と下半身とが泣き別れさせられている。

「ったく、誰がこんな悪趣味なもんを・・・・・・」

ライダーは異形の亡骸を見下げつつ剣を収めようとした、その時だった。

『『―――ガッ』』

巨大な人型の蜘蛛は、二体へと増えた。
上半身からは下半身が生え、下半身からは上半身が生えたのだ。

「な、何なんだよコイツらー!?」

ライダーのマスターはビックリ仰天どころか、今にも雫が目玉から落ちそうな心境となる。
もっとも、その涙は落ちる前に引っ込むこととなる。

――ビュン!――
――ザシュ!ザシュ!――

一本の日本刀が何処からともなく姿を見せ、まるでブーメランのように回転しながら正確な軌道を描く、二体の蜘蛛に斬撃をくらわせたのだ。
日本刀はそのまま持ち主の下へと帰るように飛び、それをガシっと掴んだ者がいた。
当然、みなの視線は刀の持ち主に向けられる。

「そいつを裁くのは魔戒騎士の使命よ」

カランコロンと歩み寄ってくるのは一人の美女であった。
黒いロングストレート、黒い浴衣に金の帯、焦茶色の下駄といった風貌。
日本刀型の魔戒剣を携えた女騎士、聖輪廻である。

「キャスター。いるんでしょ?出てきて手伝って頂戴」
「―――やれやれ。私のマスターは、かなりの冒険家らしいな」

輪廻に呼びかけに応えて実体化したのは、白髪に褐色の肌をした赤い外套の魔術師。
今此処に、セイバー、ランサー、ライダー、アサシン、キャスターといった五つのサーヴァントが一つの場所で一挙に集まったのだ。

『奴はホラー・エルズ。ただ斬るだけでは逆に増える』
「でしょうね。だったら、焼き尽くせばいい」

左の中指でヴァルンが喋ると、輪廻は恙無く返答した。
それと同時に、魔戒剣の切っ先を上方へと向けた。

『『ジィッ!』』

エルズは輪廻が何をしようとしているのかを悟り、それを妨害すべく・・・・・・。

――ガシッ――

二体のエルズは敏捷な動きでプレハブ倉庫の一つに駆け寄り、両の手刀を突き刺して掴むと、勢いに任せて一気にプレハブ倉庫を輪廻目掛けて投げつけたのだ。
およそ3mか4mはありそうな巨大な四角い金属の箱が、身長2m以下の細い女の身に急速で襲い掛かろうとしている。

しかし、輪廻の頭上にて開かれた門より降り注ぐ光のほうが、遥かに早かった。


――斬ッ!――


次の瞬間には、巨大なプレハブ倉庫は、一つの四角形から二つの三角錐へと変貌した。
跳躍して飛び込んでいった緋色の騎士が振るう一太刀により、斜め一文字に切り裂かれて。

「あれが、魔戒騎士・・・・・・」

キャスターは初めて眼にした紅蓮の鎧と両刃剣に、感心するような声を漏らした。
勿論、紅蓮騎士・狼姫の姿も注目しているのは、この場にいる全員だ。
しかし、誰もが言葉を吐こうとせず――静かに見守るもの、唖然とするもの、驚愕に口が閉まらぬもの――ただただ一人の騎士の躍動に目を奪われている。

「ハアァ―――!」

ロキは断罪剣を手に執り、真っ直ぐにエルズへと刃を向けて突き進む。
ザシュ、という肉を突き刺す生々しい音がすると、剣の切っ先がエルズの後頭部から突き出ている。

『ギィィィィィ!?』

エルズが断末魔にも似た絶叫をあげると、

『ガァァァ!』

片割れが背後からロキに奇襲をかけようと突進を仕掛けてくる。
だがロキはそんな事など予見していたのか、一切取り乱すことなく従者に命じた。

「キャスター、私の剣を飛ばせ!」
「了解した」

キャスターは二返事で了承し、掌をエルズの片割れに向けると、ロキの断罪剣と同じ形のものがキャスターの頭上に突如として出現した。
現れた剣は断罪剣の形だけでなく、色も素材も雰囲気も、何もかもを完璧に再現した贋作。
無論、贋作とはいえその剣はソウルメタル――魔戒騎士ではないキャスターが手にして使えるわけではない。それ故に、こうして空中にて出現させて一時的に固定し、そして―――

「――行けッ」

ビュン、という短く空気を裂く音を立てて、偽の断罪剣は一直線に恐怖の蜘蛛の背中へとズブリと突き刺さり、刀刃が胸から迫り出している。

そのタイミングを見計らってロキは剣を握る手に気合を込め、刀身からは魔導火が発生する。
当然、頭を刺し貫かれているエルズは焦熱地獄にでも堕ちたかのような表現不可の阿鼻叫喚を喉笛から吐き出す。

「フン!」

――ザグッ――

ロキは断罪剣を力強く上へと素早く持ち上げ、魔導火によって火達磨となったエルズは消滅した。
だがそれで終わりではない。
ロキは後ろに振り向くと同時に、烈火炎装の状態となっている断罪剣を横薙ぎに振って刀身に宿る炎を斬撃刃のように飛ばしたのだ。
跳んでいった炎の刃はブレることなく真っ直ぐに偽の断罪剣へと命中し、点火された。

『〜〜〜〜〜!?』

それによって刺し貫かれたままだったエルズの片割れは、身体の内部から魔導火で焼かれる恐怖と激痛に、悲鳴し悶絶する。
しかし・・・・・・。

――ガシッ――

その悲鳴と悶絶さえ長く続かなかった。
ロキは軽やかに跳躍してエルズに後方へと周り、偽の断罪剣の柄を握り締めた。

――ズバッ!――

最期には、真贋の二振りの断罪剣による斬撃が、エルズというホラーを此の世から浄化させた。

「・・・・・・・・・・・・」

ロキは二振りの断罪剣をゆっくりと下ろし、狼姫の鎧を解除した。
それと同時に、キャスターの投影魔術によって作られた贋作の剣も消滅する。

今のこの戦いこそが、ロキの冬木の地における初のホラー退治。
後々に魔術協会と聖堂教会の間で語られる――騎士伝説の序章に過ぎなかった。




ヴァルン
『黄金の弓兵と暗黒の狂獣が鬩ぎ合う。
 闇に潜み隠れる陰我の魔手を知らずに。
 次回”集結”―――七騎の英霊が、今集う。



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