ウルトラマンヴァイス
時を超える想い


それは―――とてもちいさな、とてもおおきな、とてもたいせつな、あいとゆうきのおとぎばなし。

とある所に、一人の男の子がいました。
彼は高校生で、幼馴染やクラスメイトと平穏で楽しい日々を過ごしていました。
彼にはなぜか女性に好かれやすい気質があり、それがきっかけで妙な出来事に発展することもあったけど、それも含めて彼にとっては幸福の一部でした。
このまま続くと思われた暖かい日常。何もせずとも呑気に眠れば当然のように明日を迎えられると思っていました。

しかし、運命の神様は残酷にも、彼に途方も無い使命を背負わせたのです。

ある日のこと、彼は目を覚ましました。
しかし彼は、何時もと何かが違うことに気が付き、家の外に出てみると、そこには巨大な人型のロボットが半壊状態で倒れているのです。
現実的な観点からして彼は、この光景は全て夢だと思いました。

でも、それは夢などではなく、悲しいまでに希望の見えない真実だったのです。
そう―――彼は並行世界と呼ばれる場所へと放り出されてしまったのです。

その世界には、星空より現れて多くの人々の命を無に還し、緑あふれる大地を黒く染めていった怖い怪物がいました。
その世界の人々は怪物を「BETA」と呼び、以来30年近くにも渡って人類とBETAによる地球規模の戦争が始まったのです。

彼は一度目はその世界に馴染むのが精一杯で、状況に流されるがままに生きていたために、この星を救うチャンスを逃してしまいました。
とある恩師の別の可能性は「聖母」という言葉を口にしていたのを、彼は今もおぼろげに覚えています。

だけど、神様はもう一度彼にチャンスを与えたのです。
一度目での経験を活かして、彼は人類を救うために可能な限りの手段を尽くしました。
その突き進んだ道は荊の道でした。
人間同士の哀しい意志のぶつかり合い、親愛なる恩師の死による心の傷、それによる故郷への逃亡、流れ込む悲劇の因果。
愛する者に叩きつけられた過酷な運命、地球人類を救わんとして命の華を散らせた戦友たち。

そして、最愛の女の死―――。

どれもこれもが、彼にとっては地獄としか言いようのない出来事でした。
更には、彼を縛り付けていた因果は解け、彼はその世界から消え去り、在るべき世界へと戻るのだといいます。

彼という救世主によって、本来ならあと10年で滅ぶはずだった地球人類は、30年という貴重な時間を得たのです。

全てを救える者など居はしない。
それが出来るとすれば全知全能の神様だけ。
彼は決して神ではなく、因果に囚われただけの人間なのです。

因果の鎖――それは彼が愛する人の強く堅い思念。
そうして、愛する者の魂が消えたことにより、彼は因果の呪縛から解き放たれました。
だけどもそれは、彼が並行世界に存在できなくなるということを指し示しています。

目の前には、彼の恩師の一人と、不思議な少女がいます。
恩師は彼に心からの感謝を告げ、少女は彼に”またね”と言いました。

ガキくさい救世主と呼ばれた彼は、こうして在るべき世界へと帰って行ったのです。
その世界は、彼が知る世界と同じく、優しく暖かく、拒む理由など一つもない平和そのものでした。

しかし、本当にこれで良かったのでしょうか?
本当に、めでたしめでたし、と締め括れるのでしょうか?

私はこう思います。
贅沢かもしれないが、これは本当の救いではないと。

それ故に始まる新しい物語。
ガキくさい救世主が、光と闇の狭間で真の救世主となるお話。
そして、一人の戦士が希望の光を見出し、それを掴み取る英雄譚。

御伽噺は分岐し、可能性に満ち溢れた世界が彼を待っている。
滅亡でもなければ模糊でもない、真実の救済を求めて。







黒と金で彩られた銀色の雄姿を、彼は見た。
白く塗りつぶされていく世界と意識の中で、その果てに彼は一人の神を見た。
鉄仮面のような顔には淡く光る双眸があり、彼のことを真摯に見つめている。

”誰なんだ?あんたは……?”

奇妙なことに、彼は目の前の存在に敵対感を覚えなかった。
否、高台にいた筈の彼は、今上下も左右も解らない謎の空間におり、異様な浮遊感を味わっていたにも関わらずだ。

”…………”

超人は何も言わずに、巨大な手を彼に差し出した。
その手は本当に雄大で、明るく暖かな光を宿している。

彼はそれが当たり前のように思い、その意志に応えるべく手を差し伸べた。
すると、超人の胸にある青く光り輝く美しい結晶体が優しい煌めきを放ち、彼の全身を包み込んだ。

”勇者よ。君に問うべきことがある”

超人は彼のことを勇者と称した。
彼自身は己を嘲った。世界を救えたといっても中途半端であり、それが仲間を死なせてまでの結果だと思うと。
それを考えると、超人が自分に語りかけてきたことなど、どうでもよいことのように思えてきた。

”愛する者を、親しき者を、そして世界を――救いたいか?”

救いたいか、だと。
今から救えるとでも言いたいのか?

彼のそんな八つ当たりじみた思いを汲み取ったのか、超人はこう言った。

”君が望むのなら、それは叶うだろう。だがな、それに値する覚悟も必要だ”

まるで言い聞かせるかのように、超人は諭すように述べあげた。

”君はこれから何度も傷つくだろう。何度も倒れ伏すだろう。何度も後悔するだろう。幾度なりとも地獄を目の当たりにするだろう”

超人の言葉に、彼は静かに耳を傾ける。
それがどうした、思った。
地獄など今までにこれでもかという程に見てきた。
その地獄を全て天国に――絶望を希望に換えられるのであれば、地獄巡りは上等とも言えた。

”ならば――君と、君の愛する者を、過去へと送り届ける。そして、君たち二人の愛の力で、悲劇の因果を乗り越えるのだ”

超人は優しい声音でそういった。
彼らのことをずいぶん前から知っていたかのように。

”そして、闇の者と共に光を極めろ”

その言葉を最後に、光の超人の姿は余りにも眩い後光によって掻き消され、彼の意識は再び遠のいた。
それがこの物語の最初の神秘―――白銀武と鑑純夏の、光明を目指した御伽噺。





*****

某年某時―――此処は、もう一つの始まりの場所。
地名―――というべきなのか。馬の首暗黒星雲と呼ばれる、名前通り暗闇だけしかない星域だ。
ここは宇宙中の知的生命体にとっては忌むべき場所として名を馳せている。
なぜならば、宇宙の掟に背きし大罪人が幽閉される流刑の地なのだから。

そんな罪の象徴とも言えるこの地に、一人の黒い巨人が幽閉されて居た。
巨人は何をするわけでもなく、巨大な岩に横にされてまるで石像のように微動だにしていない。
まるで、何かを受け入れ、そして待ちわびているかのように。

だが、巨人はある声を聞き届ける。

”タケ…………ちゃ…………”

『……ん……』

何かしらの能力を使ったわけでもないのに、頭の中に声が届いてくる。

”いやッ…………タケル…………独りに…………”

その声は実に悲痛で、まるで酷く哀れな童のように思えた。

”誰か………………―――タケルちゃんを助けてッ!”

応えなくてはならないと思った。
この声の主は、間違いなく愛する者の為に、助けを求めている。
その声が如何して自分の所へ届いたのか、それはわからない。
しかし、行かねばならないと、己の魂が叫んでいる。

例え、この身が罪で穢れていようと、誰かが救いを求めている。
ならば、この命を捧げてでも、その願いを叶えなくてはならない。
かつて誰よりも苛烈に愛に生きたこの心が、宇宙の普遍的な摂理たる概念に従う。

それが―――それこそが……!

『―――私は…………』

そして、巨人の身体には力が漲り、己を縛る物を全て振り払った。
希望の光を、掴み取る為に。





*****

西暦1998年の横浜。
この世界のこの年のこの場所は、日本帝国という島国が宇宙からの侵略者が築く巣――ハイヴを与えてしまった場所である。

人類に敵対的な地球外起源種
Being of the Extra Terrestrial origin which is Adversary of human race.
人類は奴らのことを便宜上「BETA」と呼称している。

最初は火星にて発見された奴らは、次第にそのテリトリーを拡大していき、人類の月面基地建設の際には「サクロボスコ事件」を皮切りに第一次月面戦争が勃発。
西暦1967年に起こったこれこそ、人類とBETAのファーストコンタクトであり、死闘の始まりだった。
月面での戦いは相当に苦戦し、BETAの圧倒的な物量を前に人類は六年間の戦いの末に月を放棄し、敗戦を味わった。
当時の人間が残した「月は地獄だ」という言葉は今になっても有名である。

西暦1973年にBETAの着陸ユニットことハイヴが地球の中国にあるカシュガルに降下。
中国軍は航空戦力を用いてBETAに対し善戦したが、二週間後に光線属種と呼ばれるBETA種が新たに登場し、光速で発射される正確無比な狙撃によって航空戦力は完全に無力化されてしまった。
人類は戦闘機に代わる戦力として、アメリカが開発した巨大な人型ロボット――戦術歩行戦闘機を投入し、以来この戦術機で戦うのがBETA戦での絶対的な常識となっている。

だが、BETAの数十万ともいえる物量と光線属種という脅威によって、人類は敗戦に次ぐ敗戦を重ねてしまい、今では20以上の巣が造られ、ユーラシア大陸の大半を黒く染められていた。
大陸の殆どを制覇したBETA群は、西暦1998年に日本帝国へと侵攻。夏ごろに上陸した奴らは僅か一週間で九州・中国・四国地方を荒野に変えた。
挙句の果て帝都である京都に押し寄せ、一か月の防衛戦の末、帝国軍と斯衛軍は首都を放棄する結果となってしまう。

BETA達はその後も侵攻を続けていき、日本での最初の塒として佐渡島にハイヴを造り、次には横浜へとハイブを造った。
横浜という日本最大の港町は、今や周辺の建物の類は粗方破壊されてしまい、あとに残ったのは絶望の象徴と言える横浜ハイヴ。
そして、其処に住んでいた多くの人々が、憎み恐れるべき怨敵の居城へと連れ去られ、一人一人が残酷な最期を迎えさせられていた。

横浜ハイヴの内部――そこでは数多の死があった。数多の絶望があった。
しかし、因果の鎖を断ち切り、全てを背負いし思いの果てに、最後の希望がこの地に降り立った。

――ビカァッ!――

「…………ん」

拉致された人間も住民のBETAも居ない小さな死角的空間にて、鮮やかな光が突如として発生し、それが収まると一人の青年が姿を現した。

「―――此処は……?ハイヴの……?」

規模の違いはあれ、青年はこのじっとりとした嫌な空気と、ハイヴ内の様子という物を嫌と言う程知っていた。
なにしろ彼は、この星で最初に降り立った巣に飛び込んだうちの一人なのだから。

「……本当に、戻って来たのか?」

確証はないが、あの時にみた光は決して幻影などではなかった。

「一体、オレは……何時ごろにまで戻ったんだ?」

それ以前にここはどこのハイヴなのかさえ皆目見当がつかない。
このままでは、彼は小型種に見つかって喰われるだけだろう。
だけど、そんな心配さえも吹き飛ばしてしまうような現象が目の前で起こった。

――ビカァッ!――

青年が現れた時と同じ光が突然発生したのだ。
青年は眩しさのあまり目を閉じてしまったが、その明るすぎる光が収まった時に瞼を開けてみれば―――

「―――――ッ!?」

そこにいたのは、紅いロングヘアを黄色いリボンで縛った一人の少女がいた。
青年は少女に歩み寄ると、ゆっくりと少女の身体を抱き起した。

「……っ……っ」

青年は瞳から涙した。
最期に見た彼女の姿――それは克明に覚えている。
物言わぬ人形と成り果てた筈の彼女は、あの日あの時のまま、こうして新たな息吹を得て蘇ったのだ。

「スミカ…………すみか…………純夏」
「―――ん、ん〜〜…………あれ?……タケルちゃん……?」
「―――ぅ純夏あぁぁぁぁぁぁぁぁぁッッ!!!!」

白銀武が叫ぶように泣き、愛する恋人を精一杯抱きしめた。
また声を聴けた、また顔を観れた、また触れ合えた。
それだけの事が白銀武という男に莫大極まる感情を湧き起こしていた。

「わッ!?ちょ、ちょっと、タケルちゃん……!?」

鑑純夏はありとあらゆる現状況において、困惑の極みにあった。
死んだはずの自分がどうして生きているのか?なぜハイヴの中にいるのか?どうして武が泣いているのか?
最期の一つはともかく、前者の二つは普通の手段では到底解ることのない疑問だろう。

「タケルちゃん、落ち着いてよ!」

純夏がそう言って武の気持ちを抑えようとする。
何とか武を引きはがそうと彼の背中を叩いて正気に戻そうとする。

「タケルちゃん、泣かないで。私はここにいるから」

かつて、人であって人でない物になった自分の心を守ってくれた武。
悲しみと喜びのあまりに周りが見えなくなった彼を助けるのは自分だ。

「純夏……ごめん。オレは、オレは……」

漸く武は両腕の力を緩め、涙ながらに純夏に謝り出した。

「タケルちゃんが謝ることなんかないよ。私は、タケルちゃんと一緒に戦えて本当に良かったから」

そう。謝ることなどない。
鑑純夏にとって、想い人がこうして傍にいてくれることこそが、何よりの幸福なのだから。
その結果が例え、哀しいモノになったとしてもだ。

「それよりタケルちゃん。ここって何処?何で私、生きてるのかな?」
「…………信じてくれるかは、お前に任せるけど…………」

武は腕を伸ばして密着したも同然の状態から若干距離をとる。

そうして全てを話した。
オリジナルハイヴの攻略を、地球人類の延命された時間を、自分が因果導体ではなくなったこと、再構成された世界に飛ばされる筈だったこと。
だが何より話さねばならないのは、武と純夏を此処へと導いた光の超人の存在だ。

純夏はその超人には会うことなく、気が付いたら此処で目を覚ましたらしい。
一体あの超人は何者で、どんな目的があって自分たちを過去へと送り込んだのか。
考えればキリがなくなりそうだ。

(でも、これからどうすりゃ良いんだ……?)

もし西暦と日付、居る場所さえ判れば、直ぐにでも恩師の元に行ったことだろう。
事情を信用してくれるか否かは別だが、彼女なら必ず力になってくれるという信頼が武にはあった。
しかし、今の武らは知らないが、ここは西暦1998年の横浜ハイヴ。
オルタネイティブIVへの合流以前に、生きて此処を脱出することを考えねばならない。

――ズシズシズシズシズシ……!――

その時だった。
BETAも人影もない奇跡的な死角空間にまで轟く巨大かつ多数の足音が、振動を伴って近づいてくる。

武と純夏はかつての記憶から凄まじい危機感に襲われた。
しかも最悪なことに、ここにはかつての愛機である凄乃皇も不知火も吹雪もない。
第一、二人の恰好は強化装備ではなく、完全に元の世界での私服そのものだ。
これでは例え目の前に戦術機があろうと満足に闘うことはできないだろう。

(どうすれば――どうすれば純夏を守れる……?)

武は自分の事より、まず大切な人の命をどうすれば救えるかについて思考を働かせた。
だが、今の二人には粗末な拳銃の一丁も、ナイフの一本たりともない。丸腰もいいところだ。

そうこうしている間に足音はもう直ぐそばにまで来ている。
武は純夏を庇うような立ち位置をとり、手を広げて純夏の身体を覆い隠そうとする。

そして―――

『…………』

ヤツがやってきた。
上半身は細身ながら筋肉質で人間じみたシルエットだが、下半身には芋虫のような多足が生えている異形の怪物。
BETAの中でも最新最小と言われる兵士級である。

「―――ッ!」

その姿を間近にして、武の脳裏に拭い去れない影がよぎる。
なにせ、武の恩師を■■■■■のは、他でもないこの兵士級の別個体なのだから。

『…………』

兵士級は武と純夏の存在を確認すると、大方拉致した実験素材が逃げた、と認識したのか、連れ戻そうと手を伸ばしてきた。

「ッ、止めろ化け物がぁ!」

武は兵士級の手を払いのけて純夏の手を引いて逃げようとする。
しかし、

「――痛いッ!」

最悪なことに今度は純夏の手を、兵士級は掴んでいた。
如何に最弱の小型種といえど、その腕力は常人の数倍はある。
このままでは純夏の腕は折られモげることだろう。

「こいつ―――ッ!」

武はその光景を見た瞬間に兵士級の腕に向かって渾身の拳を叩きつけたのだ。
それによって僅かに握力が弱まり、純夏の身柄は解放された。
純夏はその際に引っ張られ、逃れようとした力が一気に解放されたことで地面に転んでしまった。
それによって身体に擦り傷をつくってしまったが、そんなことはどうでもいい。
今一番重視すべきことは、

「タケル……ちゃ……ん―――」

武の安否を確認することだった。
だが、もう遅かった。いや、遅いだの早いだのという問題ですらなかった。
何故なら、

「あ―――ア―――」

武の胸の中央を、兵士級の手刀が貫通し、そこから大量の生血が流れ出ているのだから。
手刀が引き抜かれると、かろうじて抑えられていた出血が勢いを増し、武の倒れた場所にはあっという間に血だまりができてしまう。

「いや!イヤ!嫌ッ!タケルちゃん死んじゃダメ!!お願い起きて!!私を独りにしないで!!」

身体に血がべっとり付着するのも構わずに、必死になって武の身体を揺さぶる純夏。
だが、包帯一つすらない此処でそれをやっても、その行為は傍から見れば無謀の一言に尽いただろう。

兵士級はそんな二人の事情など全く意に介することはなく、冷酷なまでに冷静に、純夏の手を引っ張っていこうとする。

(誰か、誰でもいいから……私の事なんて如何なってもいいから―――タケルちゃんを助けてッ!)

その瞬間、

”君の願い、聞き届けた”

1人の女性の想いが奇跡を呼んだ。

(誰、なの……?)

”私は別の宇宙からやって来た―――地球で言うところの宇宙人だ”

(え……?)

純夏は驚いた。
テレパシーのような物で語りかけてきた者の正体は、BETAと同じく異星からの来訪者なのだ。

”本来なら私とこの宇宙の地球には、何の縁も所縁もない。しかし、君の大切な人を想う深き愛の心と、その青年の君を守らんとする強い勇気が……私をここへと誘ったのだ”

声には一切邪気が感じられない。
それは特別な身体を得た純夏だからこそ解る事だ。

”―――その青年の命は尽きようとしている。だが、今からでも救うことができる”

(ほ、本当ですか……!?)

”その青年と融合し、一心同体になることで、彼の命脈は繋がり、私はこの宇宙で十全に活動し戦う術を得る”

謎の声の言葉は武の生存を確約したものだった。
しかし、良いことばかりではない。
十全に活動し戦う術を得る―――つまり武にも凄まじい戦いの運命を強いることでもある。

だけど―――それでも―――!

(お願いしますッ……タケルちゃんを助けてください……!)

そして、純夏の願いに呼応して、ハイヴ内は途方も無い光で満ち満ちていく。
武の身体を中心にして発生する輝かしい紫色の光に、兵士級も足を止めて視線をそちらに向けていた。
直後、兵士級の身体は光に触れると同時に粉砕され、腕を掴まれていた純夏は自由になる。
けれど、彼女の顔には助かったという安堵はない。寧ろ、希望と悲哀を同居させたかのような面持がそこにあった。

「貴方は……誰なの……?」

その時になって純夏は、初めて声に出して彼の素性を問いただした。

『我が名は―――ウルトラマン』

光と共に現れた黒い巨人は、雄々しくそう名乗った。





*****

その日、横浜ハイヴの周囲(厳密には、ハイヴ周囲のBETA群に対する防衛戦)にいた帝国軍の者たちは、信じられない光景を目の当たりにした。
BETAの巣窟――人類にとっての最大攻略目標が、難攻不落の城が、陥落したのだ。
当然、これが人類の手による者なら誰しもが歓声に沸き、希望ある明日を信じる力と為しただろう。

だが現実とは小説よりも奇なりだ。
横浜ハイブは外部からの攻撃ではなく、内部からの奇襲によって内側から爆散した。その周辺にいた幾千幾万ものBETAを道連れにして。
さらに付け加えれば、軍人たちはその目でしかと焼き付けていたのだ。

顔面・両肩・両上腕・胴体・左前腕・両脚に漆黒の鎧を纏い、右前腕には紫色のブレスを装着し、頭部には鈍色の刃が左右に一対あり、額には菱形で緑色の結晶が埋め込まれ、胸には青く煌めく物体が鎮座していた、黒と銀で彩られた巨人の姿を。
そして何より、

『ジュアアアアアアアッッ!!』

巨人が地上から凡そ1000mの位置で空中浮遊しつつ、自らの両腕を十字に組むことで発射された紫色に輝く十字架状の光線。
それはハイヴの残骸とBETAの残党を瞬く間に消滅させていき、今まで自滅覚悟で挑まねばまともな勝負にさえならないと言われてきたハイヴ攻略戦を、まるでゴミ掃除が如く片づけてしまったのだ。

横浜にいたBETA群は見事に全滅。
数にして師団か軍団規模の圧倒的物量を、黒い巨人は難なく殲滅してみせた。

『―――シュワッチ!』

黒い巨人は戦況が終了したことを確認すると、掛け声をあげて天空の彼方へと飛び去って行った。

後日、この日の出来事を軍内部ではこう呼ぶようになった。

”黒の光臨日”――と。





*****

その夜、人けが全くない森林地帯にて、二人の男女が身を隠すように一晩を凌ごうとしていた。。
誰も立ち寄ることのない不気味な森の中で、横になっている男に寄り添い、一分一秒でも早く彼に目を覚まして欲しいと思う女。
言うまでもなく、白銀武と鑑純夏である。

「俺は……一体……」

そうこうしている間に、武の意識が覚醒した。

「タケル、ちゃん……」

我が身に起こったことを武は振り返って体を震わせた。
あの巨人が言っていた通り、身体の傷は完全に治っていたのだ。
だが、純夏は一部始終を見聞きした者として如何すればよいのか戸惑った。

『タケル……スミカ……』

その時になって聞こえてきた声に、純夏は聞き覚えがあった。
声の主は二人の目の前で幻影となって現れた。

「あんたは……」
『私の名はヴァイス。別の宇宙―――M78星雲からやってきた、宇宙人だ』

ヴァイスと名乗る超人は、成人男性とそう大差ない大きさの幻影となって、武の為に自分の素性を今一度明かした。

「何で宇宙人が、BETAと戦うんだ?オレの身体を使ってまで……」
『君の身体に憑依したのは、君の命を救うためであり、私がこの宇宙で活動する為でもある。なにより……』

ヴァイスは純夏に一瞥すると、すぐに武の顔を見据えてハッキリと言った。

『君の死を望まず、君の生を望む者がいたからだ』
「…………」

それが誰か、という質問はするだけ無駄という物だ。
武にとってそれは、聞かずとも答えがわかっているのだから。

「あの、ヴァイスさん」
『何かね?』
「どうして此処へ来たんですか?」
『私にもわからない。ただ唐突に君たちの声と姿を感じたのだ』

それを聞いて武と純夏は首をかしげた。

『声と姿に意識を集中していると、私の真正面には特殊なワームホールが出現し、そこへ飛び込んだまで』
「それで……気が付いたらこの星にいたんですか?」
『そう解釈してくれて構わない』

ヴァイスはきっぱりと肯定した。

「なあ、ヴァイス」
『どうした?』
「あんたはこれからどうするつもりだ?今はオレの身体と合体してるんだろ?」
『確かに今の私は君の命の繋ぎ目となっている。暫くの間は分離することはできん。しかし、それは些細な問題だ。なぜなら―――』

ヴァイスは間を少し空けて、確信をもって言い放った。

『君ならば私の力を正しく使ってくれる。だからこそ、私は自分の力を君に託したのだ。この命と共にな』

長い戦いの日々を味わってきた武には直感的にわかった。
この男の言葉に嘘偽りはないことを。信じるに足る存在だと。

しかし、それをさておき、ウルトラマンであるこの男にはどうあっても聞きたいことがあった。

「ヴァイス」
『ン?』

武がオブラートに包むことなく、率直に疑問をぶつけた。
それは言うまでもなく、自分と純夏をこの時代に飛ばした光の超人の事だ。
外観的にヴァイスの同族であることは確定的だろうし、彼に聞けばある程度の手掛かりになるとふんだのだ。

『……申し訳ないが、流石に時を行き来する程の能力を有した超人など、五万年の人生の中でも聞いたことがない』
「……そっか……」

光の超人の特徴を覚えている限り詳しく説明したが、それでも答えは得られなかった。
純夏を今の状態にしたのも、もしかしたら――否、確実に光の超人の力があったらばこそだというのに。

純夏が身に着けている決して長くないスカートから見える太腿と開いた襟元から見える鎖骨。そこには奇妙な紋様が刻まれている。
それは純夏が普通の人間ではないという証拠―――生体反応ゼロ・生物学的根拠ゼロの非炭素系疑似生命体こと00ユニットなのだ。

彼女はハイヴの最深部にある反応炉と称される頭脳級BETAを利用し、定期的にODLという特殊な液体を浄化せねば生き続けられない身体だ。
元の時代で彼女が死んだのも、人類が自由に使える反応炉が失われたことが大きい。
だが純夏はこうして何もかもが元通りだ。となると誰かがODLを一度浄化したのか、あるいはもうそのような処置すら必要のない状態にしたかだ。
叶うことなら、後者であることを切に願うばかりだが。

「ヴァイス……オレは、オレたちは、これからどうすればいい?」
『その答えは、すでに君たちの胸のある筈だ』

そう言い残して、ヴァイスの幻影は風と共に掻き消えた。
残されたのは、武と純夏の二人だけ。
いや、残されたのは自分たちだけではない。
謎の宇宙人と同化したことや、再び過去へと舞い戻ったことの意味を見出さねばならない。

「…………ねぇ、タケルちゃん」

純夏は少し気まずそうにしつつ、武に話しかけた。

「そろそろ何処かで休まない?いろんなこと考えるのは明日でもいいと思うの」
「……そうだな……そうするか」

確かに、今ここで考えていても始まらない。
武と純夏はその場から立ち去り、寝床に使えそうな場所を求めて歩き出した。





*****

その頃、場所は変わり此処は仙台。
BETAの侵攻によって第二帝都として首都機能が移設されたばかりの日本帝国首都だ。
しかし、その帝都としての座は、すぐにでも東京へと返上されることだろう。
何故なら、

「ふふふ…………あ〜〜っははははははは!!」

此処には魔女がいたのだから。
彼女はこの仙台の地に巨大な計画の本拠地を移設したのだが、すぐに関東に戻ることになると確信していた。
心の底から愉快そうに笑う彼女の瞳には、研究室のモニターに映し出された黒い巨人が横浜ハイヴを内部から破壊し尽くし、ハイヴ周囲に屯していたBETA群を両腕から発した光線で瞬く間に蹂躙していく様子が映り、それが堪らなく痛快だった。

あれは何?あれは誰?何処から来た?何が目的だ?
疑問と好奇心は尽きることを知らず、エンドルフィンが一気に脳内で生成され、体中が火照るのが分かる。

「素晴らしいわぁ……あの巨人、最高ねッ」

何故ヤツがハイヴの中から現れたのかについてはこの際、些細な問題としておこう。
彼女にとって重要なのは巨人の持つ圧倒的な戦闘能力だ。

両腕を十字に組むことで発射されたあの紫色の光線は、恐らく重光線級と同じかそれ以上の威力を誇っている。
しかも、一度発射すればエネルギー補充である程度の隙ができる光線属種とは異なり、あれだけの大出力の光線を軍団規模のBETAを殲滅し尽くすまで発射し続けるという規格外なエネルギー貯蔵量。
さらには鳥のように翼で羽ばたくわけでもなく、飛行機のようにジェットエンジンを噴かすのでもなく、黒い巨人は推進力を与える動力も無しに自由自在な高速飛行をやってのけ、遂には衛星の監視範囲内から飛び去ってしまったのだ。

何から何まで、地球の常識と理屈では解明し切れない不可思議の具現化。
そして、魔女が思ったことは一つ。

「あの巨人、上手く使えないかしら?」

人類滅亡までのスケジュール。
それはあの巨人によって大きく書き換えられる。否、いっそのこと地球からBETAを完璧に根絶することも可能やも知れない。
自身が進める四番目の計画―――その内容に巨人の事も付け加えねばならないだろう。

彼女の名前は香月夕呼。
並行世界における武と純夏の恩師の可能性の一つにして、この世界の命運を握る歯車となる女であった。





*****

翌朝。
武と純夏は、山林を暫く歩いて柊町に戻ると、BETA侵攻によって既に住人が消え去り、打ち捨てられていたこの世界の白銀邸を発見して、暫くここに厄介になることにした。
本来なら此処は横浜ハイヴがつい先日まであった土地だ。しかもヴァイスが一暴れしたことで帝国軍の調査が念入りに行われているに違いない。
下手を踏めば軍人に見つかり、不審人物として連行される恐れもあったが、それでも今はこの気持ちを落ち着ける場所で休みたかった。

武と純夏は目を覚ますと、手早くその家から出て行こうと思ったが、まずこの時代で自分たちのような特殊極まる存在が、どうやって生きていくかについて議論した。
リビングにおかれた椅子に座り、二人は腕を組んで悩んでいた。
本当ならすぐにでも香月夕呼の元へ行き、ある程度の事情を話して協力してもらうのが一番手っ取り早いのだが、この時代の彼女は仙台にいる筈。
そしてここは横浜…………金銭も乗り物もない二人がそこへ行くには長期に渡って歩くしかない。
しかし、歩いて向かう最中に摂取する栄養はどうするか?軍人に見つかりでもしたらどうなってしまうのか?
問題が列挙しすぎていて何から手を付ければいいのかサッパリであった。

互いに眉間に皺を寄せて唸っていると、ふと浮かんだ疑問があった。
この時代の自分たちはどうなったのか、という疑問だ。
14歳の頃の武と純夏―――武の方はBETAに殺されている、と見た方がいいかもしれないが、純夏は一体どうなってしまったのか。
時期的に見てまだ脳髄だけになってはいない筈なのだが……。

”タケル、スミカ”

そこへヴァイスが姿を見せることなく、二人の頭に直接語りかけてきた。

”先程から話を聞き、試しにスミカの身体をスキャニングしてみたが、今の彼女は君たちの言う00ユニットであって00ユニットではない”

「ッ――ヴァイス、どういうことだよそれ!?」

”今のスミカには生体反応の有る人間の体だ。だが、頭蓋の内部には機械的な頭脳が収まっている”

「……私、どうなっちゃったんですか?」

”恐らく、この時代のスミカと完全に融合したのだろう。意識の主導権はそのまま、スミカのままでな”

「そんなことが……!?」

”もしかしたら、武の出会った未知のウルトラマンの仕業やもしれんな”

益々以てあの神秘のウルトラマンの謎が深まっていく。
これだけの御業のできるウルトラマンなど、それこそ片手で数えられる程度しかいないだろう。

「じゃあ、一体―――」


――ドヴァァァァァアアアアアァァァァァン!!――


「「―――ッ!?」」

”この気配は……!”

突如として聞こえてきた轟音と、空気さえも震わす地震。
明らかにこれは自然の現象ではない。
武と純夏はすぐに空き家から飛び出し、現場へと駆け出して行った。





*****

宇宙から青い球体が地球の、それも日本に降下してきた。
何の前触れもなく、何の兆しもなく、突拍子もない出来事が、この国で再び起こったのだ。

日本帝国軍は飛来してくるこの青い球体を新たなBETAの着陸ユニットの一種と認識し、総力を以て撃墜しようとした。
しかし、青い球体は素早く機敏な動きで飛び回り、遠距離からの砲撃全てを瞬く間に躱していったのだ。

「ダメです!全弾躱されました!」
「クソッ、何なんだよアリャあ!?」

巨大な人型ロボットに乗った衛士たちは、放たれた攻撃全てが外れていくさまに苛立ちを募らせていた。

巨大な人型ロボット――それは光線属種と呼ばれる遠距離攻撃型BETAの出現により、航空戦力の使用が凄まじく限定的になったことに起因して、アメリカを発祥にして開発された人類の新たなる刃。
正式名称は『戦術歩行戦闘機』――略称『戦術機』と呼ばれる対BETA兵器だ。
凡そ18mの大きさを誇る鉄の巨人には尉官以上の軍人が乗り込み、人間の武器を戦術機サイズに巨大化させた長刀や突撃銃を用いて三次元的な動きで戦う。
当然、一応は戦闘機なので、ジェットエンジンとロケットエンジンを組み合わせたハイブリッドエンジンこと跳躍(ジャンプ)ユニットでの飛行も出来るが、光線属種の攻撃を避けるために低空飛行するか、戦場を足で移動することが多い。

現在は第一世代、第二世代、第三世代の三つが存在しており、今この場にいるのは、帝国軍の第二世代機こと89式戦術歩行戦闘機”陽炎”の1個小隊――つまり4機だ。
本来彼らの役目は黒い巨人によって破壊されたハイヴ跡地の調査の下見だったのだが、今にして思えばそれは貧乏くじ以外の何物でもなかった。
ただの調査任務の下地を受け持ったつもりが、まさかBETAと同じかそれ以上の脅威をこの程度の人数で相手にしなければならなくなったのだから。

青い球体は突撃砲から放たれる36o砲弾の雨霰を見事に避け切ると、そのまま海の中へと飛び込んで消えてしまった。
衛士たちの困惑に合わせるがごとく、陽炎たちの黒い装甲が陽の光に反射して鈍く光っている。
だが、その程度で困惑している時点で、彼らは彼奴に勝てる要素など無かったのかもしれない。

海面からはブクブクと気泡が出てくると、彼奴は遂にその姿を現した。

「な……に……!?」
「まさか……!」
「どうなってやがんだ!」
「各機、落ち着け!」

現れた巨大な偉業を前にして狼狽える部下たちを、小隊長が叫ぶようにして戒めた。

海面から出現したのは、どう考えてもBETAとは別種にしか見えない巨大な怪物だった。
大きさは約50メートル。全身に鱗と鋭い刺が生え、短い腕があり、長い尻尾を振り乱し、二足歩行で移動してくる、凶悪な面構えをした怪獣。

「チッ!―――ベルズ1よりCP!謎の巨大生物と遭遇した!至急援軍を寄越してくれ!」

ヤケっぱちじみた声色でそう伝えると、5・6秒ほど遅れて返事が返ってきた。

『CPよりベルズ1へ。司令部からの許可が下りた。送られてくる中隊の到着まで持ち越えろ』
「何でもいいいから、早めに頼むぜ!!」

小隊長はヤケクソ気味に通信を終えると、怪獣の凶暴そうな顔にメンチを切った。

「―――各機、兵器使用自由!少しでもいい。援軍が来るまで時間を稼げ!」
「「「了解ッ!」」」

小隊長は即座に部下たちへと命令を与えると、跳躍ユニットを吹かして巨大怪獣へと挑んでいった。





*****

「…………マジかよ」
「怪、獣? 本物の……?」

家から飛び出してきた武たちが見た者は、50メートルもの巨大怪獣に対し、運悪くも一個小隊で戦う四機の陽炎の姿であった。

”あれは、宇宙怪獣ベムラー。宇宙の平和を乱す悪魔のような怪獣だ”

「なんだってそんな奴がこの世界の地球に来るんだよ!?」

ヴァイスの簡単な解説に、武は叫び散らすように質問した。
だがこの質問はヴァイスにしても意味のない物だと、わかっていても、問わずにはいられなかった。

しかし、今は―――

「……ねえ、タケルちゃん」
「純夏?」
「また、戦うことになるんだよね」

問うことなどしている場合ではない。
純夏の言葉を聞くと、それを理解して冷静な判断力が戻ってくる。

そう。ヴァイスとの融合によって命を繋いでいる武。
莫大な戦闘能力を誇る彼との共生は、それ即ち強大な敵との激闘を意味する。
純夏はあの時、武の命が助けたい一心で、本人に代わってヴァイスの合体を認可した。
今になって、純夏は本当に後悔していた。
あれだけの地獄を見た武に、今再び地獄を見せることになる。
そのことを忘れて、安易に言葉を発した自分のことを猛烈に恥じていた。

純夏の感情は表情となり、武はそんな純夏をそっと抱き寄せた。

「た、タケルちゃん……?」
「心配すんなよ、純夏。オレは、今度こそ守り抜いて見せる。誰も……冥夜たちを、みんなを、死なせやしない!」

頬を赤らめる純夏の耳元で、武は力強く誓った。

「約束……してくれるよね?」
「あぁ。オレは絶対に勝つ!」
「それだけじゃダメ…………生きて、帰ってきてくれなきゃ、やだよ」

勝つことだけが勝利ではない。
倒すことだけが達成ではない。
武は前の世界でそれを散々思い知った。
だから、今度こそ、誰も泣かなくていい世界にしてみせる。
純夏を、仲間を、自分を、そして人々の笑顔を、守る為にも……!

今こそ決断をする時だ。

「約束する。オレは、全員を守って見せる……!」

そんな時、武の脳裏にかつての幼い日の思い出が蘇った。

”ウルターメンパワードが好きな奴は、約束を守らなきゃダメなんだ”

どうしようもなく無垢な頃に、自分は幼馴染に向けてこういった。
あの頃の自分が憧れていた正義の味方――光を信じるヒーローの姿を、武は思い返す。

あの時、約束を守ってもらえて一番嬉しそうにしていたのは誰だ?
他の誰でもない、純夏じゃないか。
たった一人との約束さえ果たせない奴に、光を掴むことはことはできない。
たった一人の笑顔を守れない奴に、地球人類を守ることなどできない。

だから武は、この日この時に誰よりも堅く強く誓った。
この約束だけは、必ず守りぬいて見せると。それが己に与えられた使命だと。

”タケル……!変身するのだ……!”

武と純夏の思いに呼応するかのように、ヴァイスは強い口調でそう告げた。
武の手中には奇妙な光が現れ、光の中から現れたのは一本の真っ黒な小型懐中電灯ことベーターカプセル。
内部に超小型プラズマスパーク核融合装置とベーターコントローラーが内蔵された変身アイテムだ。

「行くぜ……怪獣野郎……!」

武はベーターカプセルを頭上に掲げると、カプセルの赤いスイッチを押した。

――ビカァッ!!――

その瞬間、発光部からフラッシュビームが炸裂し、闇色の巨人の力が覚醒した―――!





*****

『〜〜〜〜〜ッ!!』

ベムラーは大きな唸り声をあげると、口から青い光弾を吐き出して攻撃した。
ベルズ正体はその青色熱光線を如何にか避けることができた。
青色熱光線はそれによってどこぞの民家の残骸に命中し、残骸を溶かすどころか消滅させてしまう。

だが、光線属種という脅威を知っているこの世界の衛士らからすれば、視認することができる攻撃はまだマシといえた。

「怯むな!あんなもん、レーザーに比べりゃ屁でもねぇ!」

小隊長が怒号を飛ばして士気を保てるよう努力する。
脅威度はレーザーに比べれば落ちるものの、ベムラーの攻撃は一発当たるだけで戦術機を撃墜させるに違いない。

「ベルズ2、ベルズ3、ベルズ4。俺が奴の注意を引きつける。その隙をついてガラ空きのケツに全弾ぶち込め!」
「「「了解ッ!」」」

小隊長は素早く指示を下すと、跳躍ユニットを思い切り吹かしてベムラーの顔面に急速接近し、彼奴の視界に嫌でも入る位置を陣取る。

『〜〜〜ッ!』

狙い通り、ベムラーは口から光弾を吐き出して隊長機を攻撃してきた。

「おーっと、危ねぇッ!」

陽炎は即座に機体の軌道を変えて灼熱の一撃を躱した。
そう……その一発だけなら、躱し切れていたことだろう。

――バシュバシュバシュ!!――

ベムラーの青色熱光線は単発式の能力ではない。
エネルギーさえあれば当然の如く、何発でも連射することができる。
今までの発射にある程度の間隔があった為に、小隊長はそれを単発式だと勘違いしてしまったのだ。

迫りくる三発の青い凶弾。
部下たちの悲鳴じみた声が聞こえてくる。

(……ここまでか……みんな、ゴメン)

彼は三途の川を渡る決意を固めつつも、部下たちに謝罪し、此の世への名残惜しさに浸っていた。
しかし、その時に奇跡が起きた―――!


――ビカァァァアアアァァァアアア!!――


突如として、紫色に光り輝く巨大なオーラが陽炎ベルズ1機の目の前に現れ、ベムラーの青色熱光線の盾となったのだ。

「な、何が起こった?」
「あの光は、一体?」
「なんて綺麗なの……」
「…………」

四機の陽炎の胸の内にいる衛士たちは、夢にも思わなかった。
これ程までに都合のいいタイミングで、謎の現象が自分たちを救ったのだから。
そして、紫の光が治まった時、彼はそこに現れたのだ。

黒と銀で彩られた身体を漆黒の鎧で覆い、右腕には紫色のブレスを装着している。
顔の上半分に被さった兜の額には緑色に光る菱形の物体が埋め込まれ、頭部には二本一対の刃が付いている。
そして一番特徴的なのは、胸には青く煌めく縦長六角形の水晶が鎮座してることだ。

闇色の巨人は、右の拳を天へと突き伸ばし、左の拳を顔の横に置くという、彼らにとってシンボルともいえるポーズで堂々と佇んでいた。
彼の名はヴァイス―――ウルトラマンヴァイス!

『ジュワッ!』

ヴァイスは右手の手刀を前に突き出し、左手の拳を脇腹に置くという独特のファイティングポーズを取って、ベムラーと対峙する。

『〜〜〜〜ッ!』

ベムラーはすぐさま口から青い弾丸を放ち、ヴァイスを退けようとした。
だが、

――ドガッ!――

ヴァイスは左の拳を解き放ち、青色熱光線を強引に粉砕した。
ベムラーはそれを見て一瞬だけ焦り、その焦りに乗じてヴァイスはベムラーの懐に飛び込んだ。
何を隠そう、ベムラーの両腕は小さく短く退化している。つまり格闘戦は大の苦手なのだ。

つまりヴァイスからすれば、接近戦に持ち込んでしまえばベムラーは比較的簡単に倒せる怪獣なのだ。

『ジュオッ!』

ヴァイスはベムラーの身体を掴むと、そのまま腕を大きく振り上げ、ベムラーを頭上に持ち上げてしまった。
そして、身体全体でバネをつくり、縮んだ後に一気に伸びた瞬間、手を離してベムラーを100mほど離れた場所に投げ飛ばしてしまった。

顔面からもろに落下の衝撃を喰らったベムラーは激痛のあまりに堪らず悲鳴を上げて、地面をのた打ち回った。
だがヴァイスは手を緩めたりはしない。近寄るや否や、今度はベムラーの尻尾を掴み、自身を時計回りに激しく回転させる。
当然ヴァイスに尻尾を掴まれているベムラーは遠心力の関係上、ヴァイス以上にこのスリルを味わっていることだろう。

そして頃合いを見て、ヴァイスが突き放すように手を離す。

――ドシィィィン!!――

ベムラーは思い切り吹っ飛んでいき、次は200m程度の飛距離を放物線を描いて飛び、落下していった。

『〜〜〜〜〜ッッ!!』

――バシュバシュバシュバシュバシュ!!――

破れかぶれになったベムラーは口から何発もの青色熱光線を吐きだしてくる。
当たり前だが攻撃目標はヴァイス。このまま何もしなければ直撃してしまう。
衛士たちは巨人の防御と迎撃を思い描いたとき、ヴァイスはほとんど動かず、両手を腰に当てた仁王立ち状態で敢てベムラーの反撃を受け止めた。

普通ならそれは自殺に行為に等しいが、鎧を纏っているヴァイスからすれば、この程度の熱量など熱湯をぶっかけられた程度だろう。

『―――ジェアッ!』

しかも、ヴァイスは残った光弾も右腕一本で軽々と振り払ってしまう。

『―――ッ!?』

これを見て流石のベムラーも勝機は無いことを悟り、青く光を放つ球体となって宇宙空間へと高速飛行せんとしている。
だが、それをわざわざ見逃してやるほど、ヴァイスはお人好しではない。

ヴァイスは空を見上げると、上げた両腕を頭上から振り下ろすことでエネルギーを両腕に溜め、そして十字型に組むことにより両腕の指先から肘までにかけて紫色の光線が十字架を描くように発射された。
これこそがウルトラマンヴァイス・シュヴァルツアームドの必殺技『カオススペシウム光線』である!

天空へと逃れようとする青と、それを追いかける紫。
ベムラーが変化した青い球体はまさに高速へと達しかねないほどのスピードを出していた。
しかし、ヴァイスが放った紫の光線という本物の光速を誇る追跡者は、あっという間にベムラーへと追いつき、成層圏と呼ばれる高度50qの場所で青い球体に直撃した。

そして、地上からでも見える大きな花火と、鼓膜を揺さぶる激しい爆音があたり一面に鳴り響いた。

『…………』

闇色の巨人は十字に組んだ腕を解き、ゆっくりと下して楽な姿勢になった。
陽炎に乗った四人のベルズは、そんな彼の雄姿を見上げていた。
ヴァイスはそんな彼らに気づいたのか、体の向きを陽炎たちに向けると、静かに首肯した。
もう大丈夫だ、安心しろ、とでも言うかのように。

『―――シュワッチ!』

ウルトラマンヴァイスは勢いよくジャンプすると、両の拳を握りしめて翼のように立て、空の彼方へと飛び去ってしまった。
その飛行速度はマッハ20。とてもじゃないが、戦術機程度では追いつきようがない。

その日、ベルズ小隊は見た事の全てを映像データ諸共に報告した。
それによって、帝国軍の上層部は途方も無い衝撃を頭に喰らったことだろう。
正体不明の巨大生物二体が激突し、人類の都合など構うことがないように立ち去って行ったのだから。

これが、ウルトラマンヴァイスの、地球での最初の戦い。
これから始まる長い長い大激闘のプロローグとなったのであった。





*****

この世界でウルトラマンが初めて怪獣を倒した日。
この日の黄昏時に、二人の男女は荒れ地となった横浜を全貌できる高台に来ていた。
その二人とは最早言うまでもないだろうが、白銀武と鑑純夏である。

並んで立つ二人の姿を夕陽が照らしだし、長い影を作っている。
今の武と純夏の顔にはもう、あの憂いの表情はなく、決意ある表情があった。

「なあ、ヴァイス。聞いてほしいことがあるんだ」

武は自分の中にいる超人に語りかけた。

その内容は、元の世界、一度目の世界、二度目の世界でのことだった。
最初は親友たちとの明るく楽しい学園生活を笑顔で話していた。
だが、一度目の世界の話題に入ると、顔つきが曇りシリアスな雰囲気となる。
そして二度目の世界の事となると、世界を救えるやもしれないという希望と、仲間たちを死を悼む絶望に涙した。
純夏も量子電動脳によって並行世界の記憶と知識を得ている上、他者の心を読み取るリーディング能力が武の心情を正確に伝え、彼女もまた静かに涙していた。

そんな”かなしいおとぎばなし”が済むまで、ヴァイスは終始無言だったが、二人が双眸から雫を流すと、

”タケル、スミカ”

二人の脳に直接ヴァイスが語りかけてきた。

”君たちの過去と決意を話してくれたその勇気に心から感謝する。その想いに答えて、私も改めて決意を固めよう”

ヴァイスは以前から知りたかったことがあった。
およそ一万年前――ウルトラ兄弟と呼ばれる歴戦の勇士たちが、なぜ一個の惑星の為に命を懸けて怪獣や侵略者と戦ってこれたのかを。
かつて抱いた疑問を解決し、そして憧憬していた正義を見出すことが出来るチャンスを確信した。

”この地球を、人間たちを、私は必ず守って見せる。そして、まことの光を掴み取る…………ウルトラマンとして―――!”

ここから始まる、ガキくさい救世主と迷える漆黒の戦士―――光と闇の英雄譚。
滅びでも偽りでもない真実の”あいとゆうきのおとぎばなし”が、いま開幕を告げた。



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