(注意書き)
この短編は嘘予告となっております。
もしこの短編を読まれる際はそれをご承知の上でどうぞ。
――――ネギ・スプリングフィールド age:3
ネギにとって父とは憧れであった。
一介の傭兵から英雄へと成り上がり、魔法世界に名を轟かせる有名人。
そんな父の子であることはネギにとって誇りであると同時に己の夢ともなった。
いつか僕もお父さんの様な立派な英雄になるんだ、と。
そう思うようになるまで時間は然してかからなかった。
だが、その純な想いは目の前の暴虐によって折れ掛かっていた。
生まれ育った村に襲い来る悪魔の群れ。
村人の一部は果敢に反撃を行うも無惨に散っていく。
あわやネギ自身も命を奪われようとした時、強烈な輝きを発する光が村に吹き荒れた。
たった一撃で数十体の悪魔が葬られ、百体以上が四肢の何れかを欠損している。
ネギの前に先程魔法を撃ち放った者が降り立ち、小さな頭を雑に撫でた。
そしてすぐさま悪魔の残党に飛び掛かる。
身体強化の魔法を自らに付与し、人と隔絶した身体能力を持つ悪魔を接近戦で圧倒。
詠唱の隙あらば魔法で敵を薙ぎ払う。
一騎当千の言葉はあの男に相応しい。
かろうじて生き残った村人達はそう思わざるを得なかった。
幼くして聡明なネギは悪魔を殲滅していく男が誰なのかをおぼろげながら理解する。
そして全く同時に――――絶望した。
自分の焦がれた父がこんなにも恐ろしい力を持っている。
その事実がネギの抱いた夢を完膚なきまでに粉砕する。
三桁に及ぶ敵を相手どって劣勢どころか優勢を作り出す姿はたしかに英雄と言える。
だが、その力は一個人が持つにはあまりに並外れていた。
父のようになりたい。しかして父は常人に非ず。
では自分も常人を越え、暴虐を振りまく力を持たなければならないのか。
そんな自分を想像してネギは地面に両手と両膝を付き嗚咽を漏らし始めた。
力の意義がどうこうではなく、力の在り様をどうしようもなく恐れてしまった。
魔法はもっと格好よく都合のいい便利な力だと思っていたはずなのに
ネギは目の前の光景を直視せずにはいられない。
絶望がネギの心を満たしていく。僕は父のような英雄にはなれないんだ、と。
気が付けば全ての悪魔は一体残らずきれいに消え去り
生々しい戦闘の傷跡だけが残っていた。
破壊をもたらしたローブ姿の男がネギに近づき己の杖を持たせた。
もう一度頭を撫でて去ろうとしたが、ローブの端をネギの小さな手が掴んだ。
ネギにとって念願の再会には違いなかったのだ。
何か言おうとして、喉から声が絞り出せないことに気付く。
たとえ父であったとしても彼は腕一本であらゆるものを壊せる。
ネギは自分の父に、英雄の力に、恐怖してしまった。
それを悟ったのか男はネギの手を優しくほどいてやり、静かに去って行った。
次第に遠くなっていく大きな背中をネギはただ見つめることしかできなかった。
――――ネギ・スプリングフィールド age:10
ウェールズの片田舎でもさらに森の奥、そこにはこじんまりとした小屋があった。
赤茶色の煉瓦作りで煙突からはもうもうと黒い煙が立ち上る。
突然何かが割れる音共に小屋の窓が開きそこからも黒煙が吐き出された。
ドアをけ破ってでてきたのは煤だらけの少年だった。
その少年の後を追い、同じく煤塗れのオコジョが駆け出してくる。
「兄貴、これで何度目の失敗っすか!?」
「7回目だね。これでまた成功に近づいたよカモ君!」
「失敗を繰り返せば自動的に成功するわけじゃねーっすよ!」
ネギと呼ばれた少年は朗らかに笑いながら眼鏡に着いた煤を払った。
おしゃべりなオコジョは毛繕いで煤を落とそうとするも頑固な汚れは
こすっただけでは落ちてくれそうにない。
煤払いを諦めてカモはネギを睨みつけた。
「だいたい、今日は卒業式の日じゃないんすか?
いくら不登校児童だからって卒業式に顔出さないのはまずいと思うっすよ」
「やだよ面倒くさい。あそこの先生たち、僕は苦手だし」
「いやいや、必要だから教えるんでしょうに。
攻撃魔法が魔法の矢しか使えない生徒なんて普通なら落第しててもおかしくないっす」
「僕の専攻はマジックアイテムや医療魔法
ひいては魔科学の発展だから何の問題もないね」
「少しはおれっちの話聞いて欲しいっす……」
ドヤ顔をしているネギが落第すれすれの成績で卒業予定であることを
知っている身としてはなんだかなぁと思いたくなる。
筆記、研究はトップクラスであるのに実技がやる気ゼロの為
200と0を足して割った66がギリギリのボーダーなのであった。
なんでこんな技術傾倒のヒトと雇用関係を結んでいるのかカモは疑問に思ってしまう。
給料にオコジョ$と女性下着を毎月用意してくれるのでそこまで不満ではないのだが。
(まあ、トラウマ持ちじゃあ実技は期待できないわなぁ)
喚起の終わった小屋へと戻るネギの後を追うカモは胸中でぼやいた。
幾分マシになったとはいえ一時期はひどかったらしい。
なんでも攻撃魔法の一切を拒絶し
柔らかな物腰で教えようとする教師がいようと癇癪を起して問題になっていたとか。
(たとえ英雄サマの息子でも魔法の矢しか使えないんじゃ期待薄なんだろうかね)
「カモ君片付け手伝ってよ〜」
「あいあい。おれっち用のちりとりと箒をとってくるっす」
ビーカー破片や薬剤の散らばった床を危なげなくカモは跳んでいき
小さなちりとりと箒を手にさっさと片付けを始める。
黙々と片づけをしている中
カモの眼に放り出されていた卒業課題という名の書類が映る。
「そーいや兄貴の卒業課題って何になったんすか?」
「日本の麻帆良中学で教師をやれってさー」
「……えっ。兄貴、教師免許ありやしたっけ?」
「ないよ」
不登校気味の僕がとれるわけないじゃないと不思議そうな顔でネギは答えた。
「いやいやいや!? 日本っていったら教育規定面倒くさいとこって聞きやしたよ!
そこ行くのに免許なしは無理があるんじゃないっすか!?」
「なんかねー、英会話専門の先生をやってほしいらしいよ」
「ああ、そうっすか……。って、麻帆良ぁ!?」
「麻帆良は魔法使いにとっては結構有名な地名らしいね。
あっちにある図書館にはどんな本があるんだろうな〜」
まだみぬ魔導書に巡り合うことを想像してニヤニヤと笑うネギとは対照的に
カモの顔は青ざめていく。
(麻帆良ってたしか日本における魔法使いの総本山だったような。
いやまあ、兄貴の安全とかその他諸々を考えると当然なんだろうがね。
……あれ、もしかして兄貴を神輿として担ぐ前のモラトリアム代わりに
教師をやらされるんじゃ?)
そうなったら確実にカモは排除されてしまう。
2000枚の下着ドロは伊達ではない。
前科が発覚すれば確実にネギから引き離れ今の暮らしがなくなってしまうのは明らかだ。
「兄貴、あっちでもおれっち頑張るっす!」
「え? うん、よろしく」
(陰謀とかてんでダメな技術バカの兄貴は
おれっちがフォローしなきゃまずいだろぉー!?
とりあえずあっちに行く前に現地で役立つコネ作っとかないと)
己の為、とくに月々の下着の為にカモは今後の予定を頭に刻み込む。
「そーいや兄貴がここ最近ムキになって作ろうとしてる薬ってなんなんすか?」
「言ってなかったっけ。年齢詐称薬だよ。販売されてるのは効きが悪くってさー」
「ああ、流石に十歳児が教師やるのは体面悪いっすよね」
「そーそー。じいちゃんに無理言って材料はたくさん用意してもらったんだ。
次こそは完成させるから大丈夫!」
「その台詞は聞き飽きたんでさっさと終わらせやしょう」
「カモ君ちょっと冷たくない?」
「毎度毎度片付けに付き合わされるおれっちの身にもなって欲しいっす!」
カモはうがー、と雇い主に向かって威嚇のポーズをとってみせる。
薬品知識の豊富なオコジョ妖精はカモを除くとそうはいない。
もっともカモの場合は度重なる後始末のせいで
経験も知識も豊富になってしまったというのが正しいが。
「でもま兄貴は失敗にぶつかってもよくめげずに続けられるっすね。
そこだけは尊敬するっす」
「他に尊敬する場所がないみたいな言い草だね」
「紅茶を淹れるのも上手いっすね」
よよよと涙を拭くフリにカモはとうとう付き合っていられなくなった
ちりとりと箒をカモ専用のロッカーに戻し比較的綺麗なベッドの上に寝っころがる。
そこを含めて一人と一匹のじゃれ合いではあるのだが。
「真面目な話、僕がめげずにやれるのはお父さんのおかげなんだ」
「……おかしな話っすね、力を恐れてるんじゃなかったんすか?」
「恐れるからこそ、だよ」
ニヤリと悪戯心を含ませた笑みを浮かべネギは断言する。
「力の恐ろしさを知った僕はお父さんみたいな英雄にはなれないと悟ったんだ。
でも英雄になる手段は力だけじゃないでしょ?」
「だから魔科学に手を伸ばし始めたんすか?」
「その通り。今は未熟だけれど
いつかはお父さんの偉業だって超えるような技術を発明してみせるさ!」
煤だらけの顔なのに満面の笑みから漏れる雰囲気は輝きに満ちていて
ネギはとてもまぶしい人だとカモは改めて思った。
(こういうお人だからおれっちもついて行こうって思えるんだよな)
「でも兄貴は結構間が抜けてるっすよね」
「なんだよ〜。せっかく格好良く決めたのに」
「おれっちのフォローも期待しといてくださいよ。
新たな英雄サマの隣には頼りになるオコジョ妖精がいたってね」
「わかってるさ」
拳と前足を突きあわせて絆を確かめ合う。
何時の日か父に並び立ち、そして父を越えられる自分であるために。
輝かしい主を立て、影から見守る自分であるために。
一人と一匹は結束を新たにした。
「でも片付けはもうやりやせんよ。あとは兄貴一人でお願いするっす」
「通信販売が滞ったら下着の支払い遅れるよ?」
「喜んでお手伝いさせてもらうっす!」
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