ユーフェミアによって腹部を撃ちぬかれたダールトンはその場に
いた兵士に連れられ、会場の端にて衛生兵による治療をうけていた。
「将軍、しっかりして下さい。幸い、銃弾は重要な内臓を傷つけて
おりません。これならばすぐに動けるようになるでしょう」
「私の事はどうでもいい! それよりもユーフェミア皇女殿下はど
うなった!? ゼロは!? 会場はどうなったのだ!」
腹部の痛みなど忘れたかのように叫ぶダールトン。しかし彼が叫ぶ度に
腹部から血が吹き出していた。
重要な内蔵を傷つけていないとは言え、腹部を撃ちぬかれているのだ。
その様子を見た衛生兵はダールトンに落ち着く様に叫ぶ。
「将軍、落ち着いてください! 状況ならば私が見てきますから、どうか安静に!」
「こんな時に姫様のお側にいけずに何が騎士だ! どけ!」
ダールトンは衛生兵を押しのけ、立ち上がろうとするが、血を流しすぎたのか上手く
立ち上がれずにいた。
それでも尚立ち上がろうとする彼の姿を見た衛生兵は、失礼します、と告げ、
ダールトンの肩を支える。
「分かりました。将軍、共に行きましょう」
「……すまん」
「いえ、そんな将軍だからこそ私も共に戦えるのです」
会場にてユーフェミアを仕方がないとは言え撃つ事となってしまったことにゼロ、
ルルーシュは後悔に苛まれていた。
(何故、ユーフェミアを撃たねばならなかった? 私は彼女にギア
スなど掛ける気は毛頭無かった。それどころか彼女にならば協力しても良かった。
彼女の夢見た世界はナナリーの望んだ優しい世界そのものだったというのに!
だが、既に状況は動いている。後悔や自身への怒りなど後だ。考えろ、ルルーシュ!
この状況で私が打つべき至高の一手を!)
ルルーシュは後悔と怒りを抱えながらも、思考を進める。
そうしなければ潰れそうだったから。
ギアスを掛けるつもりは無かった、と言っても事実自分は掛けてしまった。
それも最悪な物を。こうしている間にも状況は刻一刻と変化していく。
そして、ルルーシュの決断は。
黒の騎士団のゼロとして動く事だった。
すなわちブリタニアの打倒。その為にはこの場にいるであろうユーフェミアの実姉に
当たるコーネリアの捕縛、ないしは殺害である。
だが、既に彼女の周りは数多くの兵士で囲まれている。
紅蓮などの主力戦力がいない今ではあの壁を突破する事は出来ない。
ルルーシュがどうするか考えていると奥の方から声が聞こえてきた。
視線をそちらに動かすと、そこにはコーネリアの騎士であり将軍であるダールトンが
兵士の肩を借り、歩いていた。
ルルーシュはそれを確認すると、彼等の前に立つ。
「こんにちは、ダールトン将軍」
「貴様はゼロ! よくも顔を出せた物だ。引っ捕らえて姫様の前に突き出してくれる!」
「その様な体でかね? まあ、私が言いたいのは唯一つだ」
ルルーシュは仮面をスライドさせ、自身の目とダールトン達の目を合わせる。
「ルルーシュ・ヴィ・ブリタニアが命じる! コーネリアを生きたまま差し出せ!」
ルルーシュの命令が響くと同時に彼の目を見てしまったダールトン達の顔から一瞬
表情が消え、次の瞬間にはなんの疑問も持たずにルルーシュに言う。
「分かった。コーネリア殿下を連れてこよう」
衛生兵とダールトンはゼロの事など忘れてしまったかのようにコーネリアを目指し始める。
コーネリアはユーフェミアが手術室へと運ばれていくのを見届けた後、会場の混乱を
治める為に指揮を取っていた。
「いいか。イレブン達が暴動を起こしたのならば即座に鎮圧しろ!
KMFの使用も許可する。なにはともあれ場の収拾を第一としろ!」
「イエス、ユア・ハイネス!」
コーネリアの指示を聞いた兵士達が散っていく。
兵士達の背中を見送ったコーネリアの視界に二人の人物の姿が映る。
それは衛生兵に肩を貸して貰いながらこちらに歩いて来るダールトンの姿だった。
「おお、ダールトン! 傷はいいのか?」
コーネリアの言葉に対し、ダールトンは何も答えない。
それどころか主にあたる彼女の前に来たというのに表情の一つも変えなかった。
それは普段の彼ならばあり得ない事である。
ダールトンの様子を訝しみながらもコーネリアは彼に近づく。
「姫様、至急来ていただきたいのです」
ダールトンはようやく口を開いたかと思えば自分に付いてくるよ
うに行ってくる。
ますます彼らしくない、と思いながらもコーネリアは自身が絶対
の信頼を置く将軍の事だ、何か意味があるのだろう、と考えた。
「私に来てもらいたい? 何事だ」
「…………来ていただければ分かるかと」
ダールトンはそれだけ言うと、彼女に背を向け何処かに歩き出す。
「ギルバート! 私はダールトンと少し出てくる! 指揮は任せたぞ!」
コーネリアは自身の後ろにいた騎士に後を任せる事とした。
ダールトンの後を追い、辿りついたのは会場からそう離れてはい
ない開けた場所。
そこには一人の男の姿が一機の黒いKMFと共にあった。
ダールトンはグイ、とコーネリアの腕を引っ張り前に押し出す。
「……連れてきたぞ、ゼロ」
「ご苦労だった、将軍。さて、久しぶりになりますかな? コーネリア殿下」
「ゼロ! ダールトン、貴様どういうつもりだ! 私を裏切ったのか!?」
コーネリアの胸中は怒りで溢れていた。
信頼する将軍に付いてきてみれば敵であるゼロに引き渡されそうになったのだ。
当然と言える。
怒りを向けられているダールトンは未だに感情の無い顔でその場
に佇んだままであり、コーネリアの言葉は届いていないようだった。
そして、ゼロがコーネリアの手を取ろうとした時、彼の顔に表情
が戻った。
「……っ。ここは!? ゼロ? 姫様!? これは一体!?」
意識を取り戻したダールトンはその場の状況に困惑の言葉を漏らす。
その様子に本来であれば思う所があったであろうが、今のコーネリアにそこまで
落ち着いた判断は出来なかった。彼女は一瞬の虚を突き、ゼロから距離を取る。
「ダールトン、何を白々しい事を!」
「姫様、何を……、何を仰っているのですか?」
「貴様は私の身柄をゼロに引き渡そうとしたのだ!」
「私が? 何故、私が?」
ダールトンは頭を抱え、考え込む。
その様子に段々と冷静になってきたコーネリアも思考を進める。
何かがオカシイ、と。
だが、思考は後だ。
まずは目の前の敵を、ゼロに集中しろ。
コーネリアは自身の喝を入れ、ゼロに向けて、銃を向ける。
しかし、その時には既にゼロはKMFガウェインに乗り込んでいた。
ゼロ自身、コクピット内で舌打ちをしていた。
彼がダールトンに掛けたギアスは『コーネリアを生きたまま差し出す事』だった。
その為に彼がここまでコーネリアを連れて来て、彼に対し、押し出した事で達成した
事になってしまったのだ。
本来の彼であればもっとマシなギアスを掛けられたであろう。
それが自分でも分かっているからこそ舌打ちをしたのだ。
「やはり、今の私は冷静ではない、と言う事か。ひとまずはその命
頂戴しておこう」
ゼロはガウェインに搭載されている武装を地上からこちらを見上
げるコーネリア達に向ける。後はボタンを押すだけで、彼女等の命を奪える。
その時だった。
ガウェインのシステムから緊急警告が表示される。
反応は三機のKMF。場所はガウェインの上空。
ゼロがカメラを上に向けると、空に一機の大型輸送機が見え、
そこから大型パラシュートを着けたKMFが落下してきていた。
パラシュートは着地に問題の無い距離でパージされ、三機のKMFがその姿を現す。
それは、ゼロの記憶にも新しい規格外のバケモノ、魔竜の姿だった。
「おらあ! 俺、到着!」
「空からの無理やりの着地。寿命が縮んだわ」
「……相変わらず無茶」
ゼロは新たに現れた三機を見た瞬間に思考をコーネリア達の殺害から如何様にして
この場から撤退するかに切り替わっていた。
「まさか天下に名高きナイトオブラウンズの方々が三人も集うとは。
ブリタニアは日本を完全に滅ぼすつもりなのかね?」
――まずは情報収集だ。
ゼロはそう考え、挑発とも取れる言い方を敢えて行う。
ゼロの質問に対する彼等の答えはただ一つだった。
「偶然だ」
「偶然ね」
「……偶然」
三人のナイトオブラウンズの答えにゼロは頭を抱えたくなった。
ナイトオブラウンズ三人が集う事が偶然だと!? そんな事があってたまるか!
あったとしたら私はどれだけ運がないのだ!
ゼロが混乱している中、通信が届く。
相手は魔竜。セグラントからだった。
『よう、ゼロ』
「なにかな、ブリタニアの猛獣」
『……噛み砕かせもらうぜ』
それは一方的な通告。 彼はそれを言う為だけに通信をつなげたのだろう。
通信が切れると同時に魔竜、ブラッディ・ブレイカーの顎が大きく開かれる。
機械には必要ない筈の牙がゼロに恐怖を抱かせる。
しかし、彼はその恐怖をねじ伏せる。
(落ち着け、あの魔竜は近距離が専用の機体。ならば空を押さえているというのは
こちらの絶対的なアドバンテージだ。問題はその横にいる二機)
ゼロは自身を叱咤し、この場からの撤退を図る。
「怖いな。流石はブリタニアの猛獣と言った所か。怖いな。コーネ
リアの命を奪えないのは参ったが、此処は失礼させてもらおう」
ガウェインの出力を上げ、ゼロはその場から消えていく。
ガウェインの姿が完全に消えたのを確認したセグラント達は安堵の息を漏らした。
「いや、危なかった。正直言ってもう動かんのよな」
「ホントよ。ただでさえEU戦線で消耗してたのに、こんな無茶をやるなんて」
そう、彼等の機体は既にエネルギーが切れかかっていたのである。
EU戦線からの帰りに無理やりエリア11に訪れたため、満足のいく補給と修理を行えて
いなかったのである。
もしも、あそこでゼロが戦闘を選択していたとしたら相当に厳しい物となっていただろう。
「ま、なんにせよゼロは撤退したんだ。問題ねえだろ」
「貴方って人は……」
セグラントの言葉にモニカは盛大にため息をついた。
ゼロを含む黒の騎士団は撤退したとは言え、問題は山積みだった。
ゼロに撃ちぬかれたユーフェミアの死。
それに伴う諸々の問題。
そして、ダールトンの謎の裏切り。
「さて、ダールトン。何か弁明はあるか?」
コーネリアはダールトンを睨む。
ダールトンの方も自身が何を行ったのかを知り、その顔を青くしていた。
彼は身に覚えがないと言っても、実際に自身の主君を敵に引き渡
そうとしていたのだ。
「姫様、私には本当に覚えがないのです! 私が覚えているのは状況を確認しようと
会場の端を出た所までなのです!」
ダールトンは何度もその事を説明するが、それを証明する者は彼
に肩を貸していた衛生兵だけであり、その彼もそこからの記憶が無いと主張している。
そんな説明でコーネリアが納得する筈もなく、彼女は銃をダールトンに向ける。
「姫様!」
「もう、何も言うな。私がゼロに引き渡されそうになったのは事実。
そしてそれを行ったのはダールトン、貴様だと言うことも……」
コーネリアは震える手でダールトンに対し、引き金を引こうとする。
ダールトンはその様子に弁明は無駄、と理解し、目を閉じる。
「姫様、この身に覚えは無くとも、私は確かに反逆したのでしょう。無念です」
「……私もだ」
そして、引き金が引かれるその瞬間。
「その引き金、待ってもらいたい」
彼女等に待ったを掛ける人物が現れた。
その場にいた全員の視線が声のした方に向く。
そこにはセグラントがいた。
「セグラント卿、何故止める」
「コーネリア殿下。まずは落ち着いて頂きたい。ダールトン将軍が御身をゼロに
引き渡そうとしたのは事実だろう。
だが、彼の今までの忠誠から見てそれはあり得るのだろうか?」
「ダールトンの忠誠は良く知っている! だが!」
「コーネリア殿下、思い出していただきたい。この様な事例が前にもあった事を」
セグラントの言葉にコーネリアは眉間に皺を寄せる。
セグラントは説明をしようとするが、突如としてモニカの方を向く。
「わりい、モニカ。やっぱ敬語駄目だわ。チェンジ」
「はあ……。貴方って本当に。まあいいわ。コーネリア殿下、思い出していただきたいの
はオレンジ事件です」
「オレンジ事件……」
「はい、あの事例でもジェレミア・ゴットバルト辺境伯が突如として謎の行動を起こした
が為にゼロの逃走を許しました。
そして、その後の彼の査問会において、ジェレミア卿は今のダールトン将軍と同じ言葉を
言っているのです。『覚えていない』、と。
何か、おかしくはありませんか? 今までブリタニアでも屈指の忠誠心を誇る人物が
二人も謎の行動を起こす。しかも、ゼロが関わっているときに」
モニカの説明にコーネリアは冷静に考える。
「……確かに。では、卿等はダールトンもジェレミア卿も洗脳された、と?」
「証拠はありませんが、セグラントはそう感じたそうです」
「セグラント卿、根拠は?」
「勘」
その場の空気が固まった。
しかし、セグラントはそれを気にするでもなく、ダールトンの前に立つ。
「ダールトン将軍。何か、覚えている事はないか?」
セグラントの問いに、ダールトンは必死に思い出そうとする。
それからどれくらいの時間が経っただろうか。
ようやく何かを思い出した彼が言ったのは一つの単語。
「……赤い鳥。そうだ、赤い鳥を見た」
「赤い鳥?」
「覚えているのは此処までです」
ダールトンの言葉にますます訳が分からない、と場の空気が混迷の体をなす。
「コーネリア殿下。どうでしょうか、この件はダールトン将軍を処刑する前にもう少し
調査を行うべきではないでしょうか」
モニカの言葉にコーネリアは唸る。
確かに、所々に疑問は残る。
「だが、お咎め無しにするわけには」
コーネリアは迷い始めていた。
「コーネリア殿下。俺に案があるんだ、ですが」
「セグラント卿、何かいい案でも?」
「今までのダールトン将軍の忠義と功績を鑑みて、処刑では無く将軍職の剥奪。
そして、その身柄を真実が判明するまで俺が預かる。
そして、真実ダールトン将軍が裏切っていたのであれば、俺が処刑する。
これでどうだろう?」
セグラントの意見にコーネリアは悩む。
そんな悩む彼女を見て、今まで口を開かなかったコーネリアの騎士であるギルバートや
コーネリア付きの文官、武官が口添えをする。
「殿下、ダールトン将軍程の逸材を失うは我が国にとって大きな損失です。
セグラント卿の案を受け入れていただきたく」
「殿下!」
「殿下!」
その場にいる全員がダールトンの助命を乞う。
そして、彼女の決断は。
「…………。分かった。真実が判明するまでダールトンの処刑はし
ない。しかし!セグラント卿、真実ダールトンが裏切っていたのならば」
「分かっている」
「ならいい」
彼女はそれだけ言うと執務室を出て行った。
ギルバート達は彼女の後を急いで追う中、皆がセグラントに礼をしていく。
そして、残されたのはセグラント達、ナイトオブラウンズとダールトンだけとなった。
「セグラント卿」
「ん?」
「感謝いたします!」
ダールトンはそう言ってその場で深く、深く礼をする。
「頭を上げてくれ、ダールトン将軍、あ、将軍じゃねえんだった。
俺はアンタが裏切る人間には思えなかった。それだけの事だ」
「それでも卿に命を助けていただいたのは事実」
「そうかい。さて、問題はダールトン元将軍のこれからの立ち位置だな」
「それなら、貴方の副官にすれば?」
モニカからの意見にセグラントはポン、と手を打つ。
「そうか。それでいいか。ダールトン元将軍、俺の副官扱いで構わないか?」
セグラントの言葉に対する彼の返答はただ一つだった。
「イエス。マイ・ロード!」
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