機体が完成したという旨を聞いてから二日ほど経ったが、クラウンがその姿を表す事は
なかった。セグラントも流石にイライラしてきていた頃だった。
ダモクレスに用意された部屋にてセグラントは一人休んでいると、
『ヴァルトシュタイン卿、よろしいでしょうか?』
「ダールトンか。入ってくれ」
ダールトンが尋ねてきた。
「どうした?」
「……感謝を述べに来ました」
これにセグラントは首を傾げる。
急に感謝をと言われてもとんと心当たりがないのだ。
「なんのことだ?」
「ギアスの事です。先程姫さまから説明を受けまして。私の反逆の罪を赦してくださった
のです。まあ、その時に姫さまに謝られてしまいましてな。
少々面食らってしまいましたが、私が赦されたのもヴァルトシュタイン卿があの時、私の
命を拾ってくださったお陰です。ですからその礼をと思いまして」
「ああ、なるほど。それで、赦されたという事は貴官はコーネリア姫殿下の
麾下に戻るか?」
セグラントの問いにダールトンは少しだけだが笑みを浮かべながら
「いいえ」
頭を振る。
「私はまだ卿に恩を返していません。それに、ゾディアック隊の構成員のほとんどが私の
バカ息子達です。アイツらを放って戻るなんて出来ませんよ。卿さえよろしければ私を
このまま副官として扱っていただけませんかな?」
ダールトンの言葉にセグラントはワインを注いだグラスを渡す。
「これは?」
「……俺の副官の無罪に乾杯ってのはどうだ?」
セグラントの副官。その言葉にダールトンは笑みを深くしグラスを受け取り、
「「乾杯」」
二つのグラスがカチンとぶつかった。
注がれたワインを飲み干し、二杯目を注ごうとした時だった。
ダモクレス内に緊急配置アラームが鳴り響く。
『現在、ダモクレスに敵勢力が向かっています。全兵士は直ぐに防衛地点に向かう
ように。尚、ナイトオブラウンズの方々は各自の判断で動くようにとの事です』
指示が響き渡り、ダモクレスの内部が騒がしくなった。
豪快に扉が開かれ、モニカが駆け込んでくる。
「セグラント! 機体はまだ届かないの!? って何ワインなんか飲んでるの!
さっさと片付けて、出撃するわよ!」
「モニカか。いや、これはダールトンの無罪祝いでその。はいすいません。片付けます」
グラスを速攻で片付け、ダールトン、モニカと共に格納庫へと向かう。
セグラントは近くにいた整備兵に声を掛け、予備として残っていたガレスに乗り込む。
「ヴァルトシュタイン卿、気をつけて下さい。そのガレスは調整中な物でしてハドロン砲
の使用に限界があります」
「わかった。セグラント・ヴァルトシュタイン並びにゾディアック隊出るぞ!」
セグラントのガレスが先頭に立ち、後ろにフロートユニットを装着したコマンドウルフ
が並ぶ。ややガレスの横に並んだダールトンから通信が入る。
『ヴァルトシュタイン卿、ガレスで大丈夫ですか?』
「枢木相手には不安だが、他の奴なら問題は無い。往くぞ、ダールトン!」
『イエス、マイロード!』
死を恐れる事の無い兵士は存在しない。
人は命を持つ限り死を遅れる。
それは理性を持つものならば当然の考えであり、死を恐れずに戦えという激励の言葉も
その位の覚悟を持って臨めという意味である。
しかし、もしも本当に死を恐れない兵士がいたならば?
その結果が今の戦場にあった。
ルルーシュのギアス『絶対遵守』により傀儡と化した兵士達は唯黙々と攻撃を
仕掛けてくる。時々叫ぶ事もあるが、それもすべてルルーシュを称える言葉。
死への恐怖を失い、機体が損壊したならば近くの敵に抱きつき、自爆する。
彼等は皆、喜んで死んでいく。
死こそが栄光であるかのように。
この光景にシュナイゼルや黒の騎士団側の士気は見るからに下がっていた。
「なんなんだよ、こいつら! 機体はもう動かない筈なのに!」
『オールハイル、ルルーシュ! オールハイル、ルルーシュ!』
「来るな、来るな、来るなーーーーー!」
狂ったようにルルーシュを称え続ける兵士に恐怖を抑える事ができなくなったのか、
シュナイゼル側の兵士は狂乱したかのようにその手に持つ対KMFライフルを乱射する。
狂乱した兵士を落ち着かせようと、周りがフォローに入ろうとするが、それも他の
敵によって止められる。
そして、起きる爆発。
狂乱した兵士はルルーシュ側の機体に抱きつかれ、爆散した。
海に落ちていく破片。
その中に交じる肉片。
それを遠目に見ながらセグラントは舌打ちをする。
「戦への姿勢が違いすぎる。これがギアスって奴の力か。たいしたもんだ」
舌打ちをしながらも口から出るのはギアスへの称賛の言葉だった。
それを通信で聞いていたダールトンは、
『確かに認めたくは在りませんが優秀ですな。こうも簡単に大量の狂戦士を造れるという
のは。ヴァルトシュタイン卿、ゾディアック隊には未だ損害は出ていませんが、それも
時間の問題でしょう。如何いたしますか?』
「ダールトン。俺達はただ真っ直ぐに敵の喉笛に噛みつけば良い」
そう言うや否やセグラントはガレスを吶喊させていく。
その姿にダールトンは苦笑いしながらも、続く。
「ヴァルトシュタイン卿にばかり戦果を上げさせるな! ゾディアック隊、卿に続け!」
一喝と共に狼の群れがガレスの後に続く。
戦場をまっすぐに駆けていく獣達の姿は味方に勇気を与える。
「クルシェフスキー麾下の騎士に告げます。全機、私に続きなさい!」
「ヴァインベルグ麾下も同じだ! 先輩にばかりいい顔をさせるなよ!」
「黒の騎士団もだ! ブリタニアよりも戦果を上げろ! それが我等の責務だ!」
――――オォォォォォォオオオオ!!!
兵士達の気合が戦場に反響する。
大音声は戦場の全てに響き渡り、セグラントの吶喊に感染していくかのようにどの兵士
も果敢に敵へと切りかかっていく。
その様子を見ていたシュナイゼルは笑う。
「ヴァルトシュタイン卿は戦乱でこそ輝く武人だね。彼は兵を戦に導く。狂奔の素質を
持っているようだね」
「殿下、彼は危険ではありませんか?」
「カノン。確かに彼は危険かもしれない。だが、だからこそ価値がある。私やルルーシュ
は戦の前に全ての準備を終えてから戦に臨む謂わば策を主とする人間だ。
だが、彼は戦場に出てその全てを砕いていく。策を主に使う者にとっては最もやりづらい
人種だ。彼がこちら側でいる間は存分にその力を奮ってもらおうじゃないか」
「……それが殿下の判断でしたら」
カノンは渋々といった様子で引き下がる。
「さあ、ヴァルトシュタイン卿。君はどのように私を魅せてくれる?」
シュナイゼルの言葉と裏腹にセグラントは焦っていた。
いつもの癖で吶喊したは良いものの、やはりガレスでは限界があったのだ。
現行のKMFでも最新といっても過言では無いガレスだが所詮は量産機。
彼が今まで駆って来たブラッディ・ブレイカー程の性能は持ち得ない。
既に関節はガタがき始めており、積んできたミサイルは撃ち尽くし、ハドロン砲も多用
しすぎたのか強制冷却へと陥ってしまった。残る兵装はスラッシュハーケンのみである。
「ちっ、このままじゃ不味いか? 補給艦はどこだったか」
セグラントがセンサーに神経を集中した時だった。
「オールハイルルルーシュ!」
機体前方から三機の敵機が迫ってきた。
「ちいっ! ハーケンだけでは防ぎきれんぞ!」
『ヴァルトシュタイン卿!』
ダールトンが駆け寄ろうとするが、彼の位置では間に合わない。
覚悟を決めた時だった。
『セグラント君。右に動け!』
聞きなれた声が通信に入ってくる。
セグラントは直ぐに機体を右に動かすと、直ぐ様下方から砲撃が行われ、敵機を
吹き飛ばした。
「クラウンか!」
『……セグラント君、君は知ってるかね? 科学者が生涯で一度で良いから言ってみたい
言葉というものを』
この人の話を聞かずに自分の話を進める男はセグラントの記憶には一人しか居ない。
『そう。それは! こんなこともあろうかと!!!!!!』
ザバアと海の底から巨大な島が浮き上がる。
いや、それは島では無い。
赤い重装甲に二対の鋏を持つ巨大な海竜。
『フハハハハハハハハハハ! これぞ、これぞ、私がセグラント君の専属となってから
チマチマと造りあげてきたナイトオブツー専用移動要塞! その名もドラグーンネスト!
見よ、この重装甲! 見よ! この重武装! 見よ、この雄姿を!』
ハイテンション此処に極まれり。
狂ったように叫ぶクラウンに戦場の味方全てが制止する。
しかし、ルルーシュのギアスで操られた兵士は違った。
新たに現れた敵巨大兵器を標的に定め、吶喊していく。
しかし、
『甘い、甘い! 全砲門開け! 目標眼前の敵全て!』
クラウンの指示によりドラグーンネストの全砲塔が火を噴く。
哀れ砲弾の嵐にさらされた敵に残されるのは爆散という結果だった。
『さあ、セグラント君! 邪魔は無くなった。これを受け取りたまえ!』
ドラグーンネストの上部装甲が開き、一機のKMFがせり上がってくる。
「それは……!」
『そうだ、君の父から受け継がれ、私が改修した私の最高傑作! さあ乗りたまえ!』
「応!」
セグラントはガレスをドラグーンネストに着陸させ機体を乗り換える。
コクピットはセグラント専用に調整されているため不愉快に感じる事は無い。
『どうだい? 何か不満は?』
「あるわけが無い」
『それは何よりだ。さて、名乗りを上げたまえ。機体名は分かるだろう?』
「ああ、任せておけ」
セグラントは自らの新しい相棒を浮上させ、上空で仁王立ちとなる。
「ホーリーグレイル・マキシマ! オーヴァロード!!!」
最強の騎士の機体と最凶の獣の機体、そして父の想いを合わせた機体、
新たな戦神が戦場に爆誕した。
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