IS〜インフィニット・ストラトス〜
自由の戦士と永遠の歌姫
第四十四話
「コンプレックス」
アリーナの入り口、そこには端末を持って現在、アリーナで模擬戦をしている6機のISのデータを収集している少女の姿があった。
少女の名は更織 簪、IS学園一年四組の生徒であり、日本の代表候補生でもあり、そして生徒会長の妹でもある。
「・・・・・・」
「あら、ここからだと良く見えますわね」
「っ!!」
突然、背後から聞こえた声に驚き振り返ると、そこにはラクスが立っており、片手には安全装置の外れたべレッタM84を持って構えていた。
「ごめんなさいね、本当はこのような物、人には向けたくないのですが・・・」
「・・・いい、専用機のデータを勝手に取っていたのは、私」
「ありがとうございます。それで、何故・・・この様な事を?」
銃を降ろしたラクスが簪の横に並んで模擬戦をしている一夏たちの様子を眺めながら尋ねてきた。最も、ラクスは予想は出来ているので、確認の為の質問なのだが。
「私の事は…知ってる?」
「ええ、日本代表候補生の更織 簪さん。専用機は純日本製の第三世代機、打鉄・弐式・・・ですが、打鉄・弐式は開発を行っている倉持研が白式の方に掛かりっきりになってしまった為、未だに未完成だと聞いてます」
「うん…だから開発途中の打鉄・弐式を……私が引き取って、それで…」
「御自分で完成させて、お姉さんへのコンプレックスを少しでも解消したかった・・・ですか?」
周囲から天才と言われている簪の姉、楯無に対して簪はコンプレックスを抱いていた。姉は天才と言われ、更に自分の専用機を自分で造ってしまった。だが自分はそんな姉にいつも勝てない、天才の姉と比べられて、誰も自分を見てくれない。
だから、開発途中の打鉄・弐式を引き取り、自分の手で完成させれば周囲は認めてくれる。天才・楯無の妹ではなく、更織 簪としての個人を見てくれると思ったのだ。
「でも、打鉄・弐式は・・・」
「まだ完成していない・・・上手くいかないのですか?」
「やっぱり、私じゃ無理なのかなって…何度も思った。所詮、私じゃお姉ちゃんの真似事をしても上手くいかないんだって、思った。だけど、諦められなくて・・・それで」
「一夏さん達の専用機を見て、データを取ることで打鉄・弐式の開発に取り入れようとしたのですね」
特に、白式と紅椿は天才・束が造った第四世代型のISだ。そのデータを反映させれば、もしかしたら姉以上のISを造る事が出来るかもしれない、そう思ってデータを取っていた。
「でしたら、私と共に来ませんか?」
「え?」
「私と、キラのことは知ってますか?」
「うん、もう一人の男性IS操縦者…」
「はい、そのキラも含めて、簪さんのIS開発をお手伝いさせていただきます」
キラもラクスもISの開発に関しては束に色々と教わっている。更に言えばキラはシャルロットのエクレール・リヴァイヴを造ったという実績があるので、協力者としては申し分無いだろう。
「でも・・・」
「お一人でやりたいというお気持ちは、理解出来ます。ですが、それで行き詰っているのでしたら、誰かに助力を求めるのも必要な事ですわ。それを恥だなんて思う事は、何もありません。お姉さんも、行き詰ったときには友人である虚さんに、助力していたのではないですか?」
「・・・・・・じゃあ、お願い。打鉄・弐式の開発、手伝ってくれる?」
「勿論です」
簪が差し伸べてきた手を、ラクスは優しく受け止めるのだった。
クルーゼとの戦いで負った傷も、大分治り、普通に立って歩けるくらいまで回復したキラはラクスと共に学園のIS整備室に来ていた。
そこには既に簪が来ており、その後ろには組み立て途中の打鉄・弐式の姿もある。
「お待たせしました。簪さん」
「あ、ラクスさん・・・それと」
「初めまして、キラ・ヤマトです」
「更織 簪です・・・えと、お姉ちゃんがご迷惑をお掛けしてます」
楯無の事は聞いているらしい、その事をまず謝ってきた。
「気にしないで、お姉さんの事は君が気にする事じゃないから。それより、今日は簪さんのISの事だよね?」
「は、はい・・・その、開発に行き詰ってまして・・・手伝って頂けたらと」
「わかった、じゃあ先ずは現状の開発進行状況とOSを見せてもらうね?」
「はい」
簪に一言断ってキラは端末から打鉄・弐式の開発進行状況と武装、システムの完成度、OSの画面を開く。
高速でキーを叩くキラの姿を見て、簪は呆気に取られてしまう。あまりに速すぎて、一度だけ見た事がある姉のキータッチよりも何倍も速いのだ。
「・・・・・・」
「あ、あの・・・どうですか?」
「少し、正直な感想を言わせて貰うと・・・全体的に中途半端かな」
「中途半端、ですか・・・」
「うん、先ずこの春雷と呼ばれる連射型荷電粒子砲だけど、このままだと2〜3発撃っただけで砲身が融解する。それから夢現は想定している振動数がこの状態だと出せないよ。後は山嵐はマルチロックシステムが未完成で本来の性能を発揮出来ない。ブースターや推進システムも第三世代機として作っているのなら出力が低すぎる。OSは全然駄目かな、これだとまともに動かないと思う」
ほぼ全てに駄目出しされてしまった。簪は話を聞いている内にどんどん俯いていき、目尻に涙を浮かばせていく。
「でも・・・」
「っ、ぐす・・・え?」
「ここまで形に出来たのは凄いと思うよ。普通なら一人で此処まで形にするとしたら何年も掛かるのに。元々倉持研で開発途中だったのを考慮しても充分凄い事だよ」
「そ、そう・・・ですか?」
「君の努力の賜物、誇って良いよ。後は僕達が協力して、完成させるだけなんだから」
「……っ」
初めてだった。簪の努力を認めてくれる他人は、今まで誰一人として居なかったのに。
姉は確かに褒めてくれたが、その姉にコンプレックスを持つ簪は素直に受け入れられず、ずっと誰にも褒められない事が辛かったのだ。
だが、キラは確かに現状に随分と駄目出ししてはいたが、それでも此処まで形にしたことを、純粋に褒めて、そして・・・簪の努力を認めてくれた。
「ラクス、この山嵐なんだけど・・・」
「はい、ストライクフリーダムとオルタナティヴのマルチロックオンシステムを使えば従来の設計以上の効果が期待できますわ」
「荷電粒子砲はフリーダムのレール砲の砲身を参考にすれば何とかなるかな・・・それと夢現は超振動か・・・確か束さんの所で読んだ資料に超振動兵器の概要があったな・・・それを基にしてみよう。OSの構築は・・・これくらいなら一日あれば完璧に仕上がるから・・・よし」
あっと言う間にこれからの開発スケジュールと設計資料を作り上げてしまった。
「あ、あの・・・」
「大丈夫、これなら順調に行って半月もあれば完成するよ」
「は、半月って・・・!」
簪ですら此処まで造るのに何ヶ月も掛かったのに、キラは此処から完成まで半月で終わると言ったのだ。
正直、年内に完成するのは無理かな、と半分諦めかけていたのに、それが半月、今度は別の意味で涙を浮かべた簪はキラとラクスに向けて深く頭を下げるのだった。
「ありがとう、ございます・・・」
「それじゃあ、頑張ろう? それでお姉さんをビックリさせるんだ」
「え、それは・・・」
「実際に組み立てるのは簪さんですわ。私たちがするのは設計をするだけ、御自分で組み上げて、お姉さんに見せて差し上げましょう? あなたの努力の結晶を」
「っ・・・はい!」
それから、三人は打鉄・弐式の開発を進めた。
その途中で、簪は少し気になった事をキラに尋ねる。少し前、キラが模擬戦で楯無に勝利した事、楯無がキラとラクスの事を調べまわっている事を。
「ああ、それね。確かに僕は彼女に勝った。それで勝負の条件として僕が勝ったら僕とラクス、それからフランス代表候補生のシャル、この三人に対する不干渉を約束させたんだけど・・・如何にかして僕たちの事を調べたいみたいだね。実家や日本政府、ロシア政府まで使って調べてるみたい」
「そ、そんな・・・お姉ちゃん、それじゃあ約束を」
「うん、最初から守る気は無いみたいだ」
「酷い・・・」
だが、楯無のやっている事は決して間違いではない。日本政府としても、ロシア政府としても、キラの実力、ストライクフリーダムとオルタナティヴという第五世代ISの技術が欲しいのだから、約束など無い様なもの。裏で調べる分には文句なんて言わせないという事なのだ。
「・・・決めた」
「? 簪さん?」
「私、打鉄・弐式が完成したら…お姉ちゃんと模擬戦します」
「えっと・・・?」
「そして、勝ったらもう二度と…裏でだろうと表でだろうと、キラさんとラクスさんの事を調べるなんて、止めさせます。そして・・・」
キラとラクスの家の子になる。そう、確かに言った。
「・・・え?」
「・・・あら?」
「お姉ちゃんのこと……少しは懲らしめませんか?」
「えっと・・・・・・懲らしめるのは、良いけど。何で僕とラクスの?」
「何か、キラさんとラクスさんって、お兄ちゃんとお姉ちゃんって感じで・・・」
シャルロットに続いて簪までもが、などとキラは少し思考が現実逃避をしそうになってしまったが、何とか踏みとどまり、逆に考えてみた。
「ラクス、如何かな?」
「良いのではないですか? 最近の会長は少し、行動が目に余るものがありますし」
「うん、まぁ・・・それに、簪さんも会長の事が嫌いだから言っている訳じゃないでしょ?」
「それは・・・はい。それに、お姉ちゃん・・・何だかんだ言って、私の事を大切にしてるのは、何となくですけど、理解出来ますから。だから揺さぶる事が出来るかと思いまして」
まあ、間違いなく動揺して支離滅裂なことになるのは確かだろう。
「それに、これは私の為でもあるんです。お姉ちゃんに対するコンプレックスを、模擬戦で解消する為の・・・。多分、今の私なら勝っても負けても、満足出来る筈なんです」
「そっか・・・なら、頑張って完成させよう?」
「はい!」
きっと、簪は勝ったとしてもキラとラクスの妹にはならないだろう。楯無を揺さぶる為のブラフ、ただその為の虚偽、随分と腹黒い事を考えているが、キラもラクスも、こういうのは嫌いじゃないので、乗る事にした。
「頑張ろうね、打鉄・弐式・・・私、もうお姉ちゃんから逃げないから」
何となく、打鉄・弐式を見上げて呟いた簪に、打鉄・弐式の装甲が一瞬だけキラリと光って応えるのだった。
あとがき
大変お待たせしました。
社会人になると自由な時間が少なくて困りますね…。
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