魔眼の美女と盲眼の剣鬼(魔法科高校の劣等生×死がふたりを分かつまで)


 2085年 とある小学校の下校路。

 手を繋いで歩く、小学校低学年の少年と幼稚園児の女の子が楽しそうに話していた。

「ねぇねぇ”まもるお兄ちゃん”! 今日お泊りだね!」

「そうだね。今日はみっちゃんの好きなの用意するって母さんが言ってたよ」

 わーい! と女の子は手を挙げピョンピョンと嬉しさを表現するように跳ねる。

 少年もにっこりと笑いながら、女の子を見やる。

 少女はこの時代には珍しく、眼鏡をかけている。

 科学が進歩したこの世界では、ちょっとした装置を利用すれば視覚矯正も特に身体的悪影響もなく矯正することが可能。

 少女の瞳はこの世界の最小粒子サイオンを視認する事ができる『霊子放射光過敏症』という特徴を持っていた。

 出会った当初、会話の中で思わぬリアクションをする少女に聞いたのだ。

 どうしたの? と。

 少女は、お兄ちゃんの後ろの光が怒っている。と何気なく答えた。

 家に帰ってから少年はネットで調べ、両親にも質問した。

 そして、少女が霊子を過敏に感じ取れる体質であること。

 その体質の者は精神の均衡を崩しやすい特徴があることを知り、理解した。

 対策として少年がなけなしのお小遣いとお年玉を使い、オーラ・カット・コーティングが施されている眼鏡をプレゼントしたのだ。

 全てを投げ打ってでも少女の世話をする少年と少女に血のつながりも前世のつながりもない。

 ただただご近所さんという繋がりだけで、少年は少女を心から世話をしている。

 運動会や毎日の送り迎えなど自分の学校をサボってでも可能な限り少女のために動いた。

 少年は同級生にからかわれても一度としてお迎えをサボったことはない。

 少年は行動が度が過ぎるだけで、どこにでもいる優しい男の子なのだ。



 少年と少女が生まれた時からの付き合いで、少女の親も少年ならばとお迎えもお願いしている。

 毎日笑顔で過ごす2人には別れも、悲しみも、想像することができなかった。


 少年が9歳になったある日、少年と少女の世界は一変する。

 珍しく、少女の両親が揃って休みが取れたため、少年の両親と6人でピクニックに出掛けた幸せに満ちた一日。

 少女が初めて少年のためにとおにぎりを作った日。

 両親とともに少年たちよりも先に広場についた瞬間。

 ――――無慈悲に鳴り響く自動車のクラッシュ音。

 いち早く事態に気づいた少女の母親は少女にその光景を見せないようにと強く、その胸に抱きしめた。

 少女のその日の記憶はそこで途切れた。

 少女はそれから、兄のようにしたいいつも一緒にいた少年と会うことはなかった。

 少女の生活はそれから両親が働いていない1人っきりの家での少しばかりの孤独との戦いが始まった。

 孤独と戦う少女の武器は”まもるお兄ちゃん”との楽しかった思い出とプレゼントしてくれた眼鏡だけだった。


…………

……



 2095年 科学の進歩により、技術が魔法と呼ばれるまでに昇華した世界。

 日本では魔法大学が設立され、その付属として10校の魔法科高校が設立した。

 そこに司波の姓をもつ年子の兄妹が入った時より物語は始まる。


――――



魔法科高校の劣等生 × 死がふたりを分かつまで
魔眼の美女と盲眼の剣鬼

 第一話「出会う瞳」

 作者:まぁ



――――



 魔法科教育の日本有数の高校。

 主席入学を果たした司波深雪は誰もが振り向いてしまう美貌を持ちつつも、魔法に関しても強力な力を持っていた。

 そんなものをひけらかすことなく、年子の兄と共に高校生活を過ごしていた。

 それぞれのクラスメイトで気が合う友人と共に下校していた。

 何気ない会話からあの店が美味しいやらと雑談を楽しんでいた。

「そういえばさ、美月の親って何してる人なの?」

 赤髪のボーイッシュな美少女、千葉エリカは何気なく横を歩く大人しめの眼鏡の少女に問いかける。

「両親ともに、同じ会社で働いて術式に頼らない機器の開発をしています。

 なんでも術式が使えない人にも文明の恩恵を与えたいと言っていました」

「ふーん、その眼鏡もその会社の?」

 眼鏡をしている理由は出会った時に聞いた。

 しかしその眼鏡はよく見るとかなりの期間使用されているように見える。

 それこそ幼少期から……

 ふと、何か思い出なのか思い入れるのかはわからないがふとそれを聞きたくて問うた。

「いえ。

 もう既にない会社のモノなのですが、近所のお兄さんに貰ったんです」

 お! 恋バナの予感! とエリカは美月に問い詰める。

「どんな人?!」

「とても優しくて、幼い頃は両親も忙しくて一人ぼっちだったんですが、近所のお兄さん……護お兄ちゃんがいつも遊んでくれたんです。

 この眼の事も護お兄ちゃんが気付いてくれて……誕生日プレゼントにと眼鏡をくれたんです」

 少し頬を赤らめた美月を見て、エリカは追撃の手を緩めない。

「紹介してよ! 会ってみたいな」

「っあ…………。」

 赤らめた頬は一気に紅潮し、眼はキラキラした眼から落ち込みを示す闇を見せた。

 視線も下がり、エリカはあれ? 地雷だった? と焦りが走る。

「この眼鏡を貰ってしばらくしてから、どこかに行ってしまって……」

「引っ越してしまったの?」

 傍から聞いていた深雪が助け舟になればと、言葉を投げる。

「……うん。お父さんお母さんに聞いても答えてはくれなくて……」

 そっか……と慰めるようにエリカは肩を優しくたたく。

 少し沈んだ話題になった一行ではあるが、商店街に差し掛かる。

 活気ある商店街を通っていると、ふとした路地でパッと見ただけでもそっち系とわかる怖い人たちが怒号を飛ばしながら騒いでいた。

 関わらないように。と思いつつ、視線を向けると、美雪たちと同じ制服を着た女の子2人が壁際に逃げているのを発見する。

 自然と体が動いた司波兄妹は、路地へと走り出す。

 距離にして数十メートル。十秒程度の時間で騒いでいた怖い人達が白杖を武器にしている盲目の男になぎ倒されて行った。

 女の子達の元に司波兄妹が辿り着いたころには怖い人たちはうめき声を挙げ、動けなかった。

 達也は何かを察知し、美雪の腕を取り、立ち止まる。

 後を追ってくる一行のエリカ、西城レオンハルト、美月が追いついてきた瞬間に、達也は視点の定まっていない白杖の男に殺気を向ける。

 白杖の男はまるで呼びかけられたように体を達也たちに向け、まるで見えているかのように駆け、白杖を振りかぶり袈裟切りを放つ。

 マズイ! と西城レオンハルトは魔法術式を起動させ、腕に装備したデバイスを固定化魔法により強化し、白杖を受け止める。

 白杖が接触した瞬間、接触個所から衝撃が身体を駆け巡り、吸い込まれるように地面に膝をついてしまう。

「ちょ! 何すんだよ、おっさん!」

 息切れしたようにどこか力なく放たれたレオの言葉に白杖の男は無表情から微笑を浮かべ、構えを解く。

「すまなかったな、盲目という事で許してくれ。

 ――で、俺は試されたわけか、そこのお前に」

 白杖の先を達也に向ける護と、冷静に立ち振る舞う達也。

「試すだなんて……見ずに世界を把握する技術なんて書物でしか知らないもので……」

 まぁいい。と白杖の男は白杖を地面にかざし、歩き始める。

 関わる意味はない一行はすれ違う白杖の男を見送る。

 男が一行全員とすれ違った瞬間、美月は振り返り言葉を紡ぐ。

「護……お兄……ちゃん?」

 ふり絞るように紡がれた美月の声。

 達也たちは美月へと視線を移すと、美月は大粒の涙を瞳に貯めていた。




――――




「護……おにぃ……ちゃん?」

 美月から放たれた言葉に一同が注目し、護は反応を示さない。

 ふらふらと護に近づき、手を取った美月は瞳に貯めた涙がボロボロと落ちてくる。

 握られても何も反応を示さない護と声を発し続ける美月。

 お互いに繰り返し続けるやり取りにようやく動いたのは、司波美雪。

 綺麗な声で美月に語り掛ける。

「美月、その人とは知り合いなの?」

 深雪が後ろから美月へと問いかける。

 何度か頭の中で反芻する時間を経て、美月は冷静さを取り戻す。

 そして、自身行っている大胆な行動に気づき、急いで手を放す。

 美月は自身に向けられる集団の視線に顔を赤くしつつ言葉を放つ。

「すみません。もしかして、土方……護……さんですか?」

「……」

 さらに反応しない護に対し、声を出したのはエリカ。

「土方護って、あの?」

「エリカ知ってるの? あの人」

「ええ。人違いでなければ剣の道では有名な人だよ。私も初めて見るけど……2年前に消息不明になったっきり噂も聞かなかった」

「それでどういう人なの?」

「古流剣技の麒麟児と言われた人だよ。誰もその人の経歴を知らないんだ。プライベートなことを話さず、剣の道を突き進んでるって。

 家にもしばらく出入りしてたって聞いたことはあるわ。

 でもその人、口を開けば『足捌きが』とか『この打ち込みが』みたいなことばかりでどこの馬の骨かってのは誰も知ることはなかった。

 最後に聞いたのは、真壁一刀流の師範代を実践稽古中に殺してしまったって……。不起訴になったようだけど」

 エリカが語った内容に美月はショックを受けながらもようやく会えた大切なお兄ちゃんである確証を得たかった。

「私、美月です。柴田美月です!」

「っ…………知らんな。人違いだろう。これでクリーニングに出してしてくれ」

 護は懐から縦長におられた一万円札を美月に差し出す。

 美月はお札を受け取らず、護の手首に両手でしがみつく。

「おじさんとおばさんが亡くなってから会ってもくれなくて……御爺ちゃんが亡くなってどこにいるかもわからなくて……」

「人違いだと言っている」

 護は無理に美月を引きはがすことはなく諦めてもらうまで待つ。

 一団の後ろに北山と光井が声をかける。

「あのぉ、助けていただいて、ありがとうございます」

「雫とほのかじゃない。どうしてこんなところに?」

「近道しようとしたら怖い人たちに絡まれちゃって。

 CADで対応しようかと思った矢先にその人が助けてくれたんだけど、壮絶すぎて……」

 ひきつった笑いをしながら、ほのかと雫は達也たちへと合流する。

 一行の意識が護から少女たちに向かった瞬間に護は歩き出して立ち去ろうとする。

 待って! と美月が駆け寄り、護の腕に抱き着く。

「おぉこんなところにいたんだね。探したよぉ。

 待ち合わせは駅前だったはずなんですがねぇ。おや?

 護はんも隅に置けませんな、こんな可愛い女子高生をこんないっぱい」

 顔に傷がある坊主が作務衣を気て飄々とした声を飛ばす。

 声と同様に表情も柔らかく、どこか飄々としていた。

 司波達也と美雪はこの人物を知っている。

 九重八雲。

 達也の体術の訓練を行っている人物。

 ここで八雲に問い詰めてもいいが、黙って見過ごした。

「野暮用でな。

 ――すまんが、連れが来たので行かせてもらう」

 腕にしがみついている美月の手を優しくギュッと握り返した護。

 反応が返ってきたと希望の眼差しで見上げた美月の手から力が抜ける。

 するりと護の腕は美月の手から抜け、護は白杖を頼りに待ち合わせ相手の元へと向かう。

 一行は護と八雲を見送るしかなかった。




――――




 夕闇に包まれるお寺の境内。

 いくつもの岩や樹が設置された庭の中心で護と八雲は対峙している。

 護は白杖を中段で構え、光を失った瞳を八雲へと向ける。

 開いているわからない細い瞳で、護の立ち上る闘気を受け流す八雲は気配と足音を消して縦横無尽に動き始める。

 護の間合いのギリギリの境界線を出たり入ったりと、護の反応を確かめる。

 八雲は反応しない護にがっかりとばかりにワンテンポバックステップを遅らせた。

 そのワンテンポを見逃さなかった護は、最小限の反転と振り抜きで八雲の顔面へと白杖を振る。

 八雲は余裕をもってスウェーで上体をそらして、難なく避ける。

「おぉ、怖いねぇ」

「難なく避けておいてよく言う」

「剣筋の鋭さは増してるねぇ。しかし、あの女の子にひどいことしたねぇ。

 泣いてたねぇ」

「関わらない方がいいさ……俺はもう、いつ死ぬともわからない剣術屋だ」

 30分以上の打ち稽古は終わりを告げるころ、夕日が地平へと沈んでいく。

「泊まっていってくれてもいいんですよ。鉄舟はんの話がききたいな」

「すまんが、この後約束がある」

 汗を手拭いで拭うと、護は白杖を頼りに去っていく。


 …………


 ……



 とある研究室。

 白杖をついた護は杖を頼りに進んでいく。

 護の行く先には、優しそうな笑顔を浮かべる男性と女性が待っていた。

「久しぶりだね、護君。大きくなったね」

「ご無沙汰しています、柴田さん」

「ご両親の葬式が最後だったからもう10年になるね」

 軽くお辞儀をした護の肩に手を当てた柴田夫妻は、護に座るように勧める。

「失明したと稲葉さんから連絡があった時は驚いたよ。

 でもね、僕たちの研究が君に光をもたらせると確信してるよ」

「護ちゃんには返しても返しきれないくらい、美月の面倒を見てもらったしね」

 護の手に手を載せた柴田夫妻は力強く、心よりの決意を示すように護の手を握る。

「この実験が成功すれば、例のあの計画Element Network”も動き出せる」





 ――盲目の剣鬼と魔眼の少女の再会はすぐそこまで迫っていた。




 ――――




「ねぇ美月。今日ケーキ屋いかない?」

「ごめんなさい……今日もちょっと」

「また探しに行ってるの? この前の人」

 うん。と少し疲れた目元で笑顔を浮かべた美月は、鞄をもって足早にホームルームを出ていく。

 美月はあれから毎日放課後になると足早に下校し、繁華街や人が多いところを探し回っている。

 何度押し問答しても『人違い』で交わされ続けても、美月は諦めきれず日が沈んでも探し回っている。

 一週間が過ぎようかという時には、美月の目元は疲れが見て取れた。

 心配したエリカは何度か付き添ったが、普段から運動していない美月にはかなりのオーバーワークが素人目にも見えた。

 できるだけ付き添おうと思うが、あてもなく彷徨い続けるのは余計に疲れる。

 何かあったら電話してきなよ。と言ってはいるが、さすがに何も起きないだろうと、間延びする。

「達也君はこの後どうするの?」

 呑気な声で腰かけた机の隣の席に座る司馬達也へと投げかける。

「特に用もないから妹と合流して帰るつもりだけど」

「美月追いかけない? レオもついてきてもいいけど」

「俺はついでかよ」

 エリカとレオンハルトの夫婦漫才が始まり、達也はいつも通りやってくる妹が入ってくる扉を見た。

 タイミングよく妹の深雪が友達を連れて入ってきた。

 達也はエリカとレオの夫婦漫才を切り上げさせる。

 美雪と合流して、事の経緯を説明しようとするが、すべてをすっ飛ばしたエリカの誘いが飛んだ。

「深雪さ、美月つけない?」

「どうして? さっき疲れた顔で帰っていっていたようだけど」

「この前、ほのかと雫が絡まれた時に助けた男の人いたじゃん?

 その人を探してるのよ、美月は」

 ああ、それで。と美雪は納得し、首を縦に振った。



 …………


 ……



 中華街の一角にある寂れた雑居ビル。

 裏口から出てきたのは土方護。

 その目元には太い額縁の眼鏡がかかっている。

 日陰に護の顔面が入った瞬間、よく見ると眼鏡からかすかな光が瞳に向けて照射されている。

 眼鏡に内蔵された超音波発生装置と解析装置がワイヤーフレームで輪郭を再現して網膜へと映し出し、視界を再現している。

 護は眼鏡に装備された骨伝導スピーカーをオンにし、小声で話し始める。

「テスト終了。目はワイヤーフレームならば稼働は問題ない。が、それ以上の解像度を求めるとタイムラグが多いな」

『報告ご苦労様です。効率化やタイムラグに関しても改良していくよ。まずはワイヤーフレームで慣れてくれ』

「初期型としては合格ラインといったところか……。眼鏡からの光は他人へは本当に見えないか?」

『目を凝らせば微光くらい程度だと』

「夜の戦闘では死活問題だ」

『改善するよ。とりあえず戻っておいで。そろそろ娘の美月に会っ』

 ブチっと護は遠慮なく通話を切る。

「まだまだ湧くようだな」

 白杖を握りなおした護は中段で構える。

 その先には、十何人のチンピラがバタフライナイフや鉄パイプを手に護を睨んでいる。

 ほぼ囲まれている中で護は一歩もひるまず、口元を綻ばせる。

 洗練された足捌きと体捌きで攻撃を避けながら、白杖の斬撃を的確に当ててチンピラを再起不能へと追い込んでいく。

 殺意に満ちていたチンピラたちは次第に恐怖が支配し始める。

 襲い掛かった奴は綺麗に一撃を打ち込まれ、倒れこんでうめき声をあげている。

 最後尾にいるチンピラが後ずさりした瞬間、さらに後方からか弱い少女の声が飛んで来た。

「護さん!! ようやく見つけた!」

 そこには息を切らした柴田美月がたっていた。

 なっ! と、意もしない方向から飛んできたかつての幼馴染の少女の声。

 一瞬の虚と、チンピラたちのうちの1人が美月を羽交い絞めにし、人質に取る。

 しかし、護は一瞬で体制を整え、迫りくるチンピラたちをなぎ倒していく。

 とまれよ! と人質に価値がないのか? と疑問に思いつつ、ナイフを美月に突き付けようとした刹那。

 ナイフを持った手に小型のナイフが刺さり、痛みのあまり美月を離してしまう。

 少しの息を意をつけて放り出された美月は軽く壁に当たり、疲れからか意識を失う。

 倒れた美月に目もくれず、護はチンピラたちを容赦もなくなぎ倒し続ける。

 怒声からうめき声に変わったチンピラたちの声を聴きながら、護は美月に近づく。

「モード:フルデザリング」

 護の一言で、眼鏡内のスペックはフル回転を始める。

 それまで届いていたワイヤーフレームの映像が映像へと浸食されていく。

 視覚を失い一年。

 一年ぶりの完全なる視界は、幸せに満ちた映像が映し出されていた。

 両親の敵を討つために会うことを自身の禁忌とした少女が成長した姿。

 かつての面影を残しつつ、成長した少女。

「ッフ。買い替えればいいものを……」

 かつてなけなしの小遣いを叩いてプレゼントしたオーラ・カット・コーティングが施された眼鏡を今も大切に使っていた。

 気を失った美月の頭を撫で、かつての思いが浮かび上がってくるのがわかる。

 かつてこの娘がなによりも大事だった。

 剣の道を行くと決めた時から浮かび上がる事がなかった感情が護を包み込む。

 一瞬緩んだ気持ちを引き締めた護は静かに立ち上がる。

「オールカット」

 呟いた護の視界はなくなり、立ち上がる護。

「覗きとはあまりいい趣味ではないな」

 と、気を失っている美月を置いて歩き始める護。

 一瞥もせず、美月から離れる護へと激高と鋼鉄が降りかかる。

「アンタねぇ!!!」

 真後ろから頭へと振り下ろされた斬撃を、護は振り向きざまに白杖で受け止める。

 怒りに狂った千葉エリカが三段警棒型のCADを護に向けて放った。

「アンタそれでも人か!!」




――――




「アンタそれでも人か!!」

 エリカの怒号に、深雪たちも同意の相槌を打った。

 護を探して疲労困憊でちょっとの衝撃で気を失った美月をその場において去ろうとした行為にエリカが怒ったのは理解できる。

 その怒りを受けても表情一つ変えない護。

「お前たちがいるのがわかったから置いていったのだが?」

「目覚めた美月がアンタがいないとわかったら、美月がまた泣くでしょうが!」

「それはこいつの勝手だろ」

 あんたね! とエリカはCADを起動させる。

 バックステップとともに加速魔法が起動し、エリカの移動速度を爆発的に上昇させる。

 すでに眼鏡が機能停止して全盲に戻った護には視認はできずとも視界以外の情報で全てを把握した。

 人間の身体能力で出せる限界を超えた歩幅と速度。

 そのたった一歩のみで護は理解し、眼鏡を再起動させる。

「モード:ワイヤーフレーム」

 眼鏡に備え付けられた省電力最速処理のワイヤーフレームモードへと移行する。

 超音波の反響により周囲をワイヤーフレームでの輪郭を装着者へと映し出す。

 人体の物理法則では出ない速度でのエリカの移動を見て、護は口元を綻ばせる。

「……こういうのを待っていた」

 ぼそっと呟いた護は、構えを深くした。

 縦横無尽に高速移動するエリカの攻撃に護は最小限の動きで捌いていく。

 高速でヒット&アウェイを繰り返すエリカが優勢に見えた。

 見ていた者もエリカの勝利を疑わなかった。

 が、達也だけは真逆に戦局を捉えている。

 魔法でどんどんと高速になっていくが、エリカに決め手がない。

 いつか追いつけない速度域に達した時が勝利の時だとばかりにエリカは加速を続けていく。

 護は防御一辺倒ではあるが、正確にエリカを捉えて攻撃をさばき続ける。

 エリカの高速での袈裟切りに白杖を大きく取られた護はふらっと微かに態勢を崩す。

 絶好のチャンスとばかりに、エリカは大きく上段を振りかぶる。

 護の頭へと上段をかまそうと振り始めた瞬間、体勢を崩していたはずの護もすでに上段を構えていた。

 身体への前方移動への加速と、警棒型CADへの加速術式を起動したエリカは護の頭蓋へと振る。

 周りで見ていた同級生たちが追えたのは、エリカが護の正面へと回るために発動させた起動光まで。

 遠目から見てても見失うエリカのポテンシャルに驚きつつも、それをさせる護への怒りも理解できた。

 出会って一週間程度だが、美月をああも無下にする護への怒りは共感できた。

 その一同がエリカを視認したのは、甲高い衝突音の後だった。

 警棒型CADがひん曲がり、護の白杖はエリカの額の数mm手前でピタリと止まっていた。

「あんた……」

「いい太刀筋だ」

 護はエリカに軽く語り掛けると、立ち去ろうと歩き始める。

 気を失っている美月の横を通っても、護は美月に一瞥もしない。

 それに激高したのは、美雪。

 自身のCADを起動させ、護の歩く位置のすぐ横の地面を「ニブルヘイム」を発動させる。

 急激に温度が下がった横の地面を一瞥し、護は振り返る。

「美月を連れて帰って介抱してください。そうしてくれないなら、凍らせてでも美月が目覚めるまでここに張り付けます」

 深雪の声にその本気を感じ取った護は両手を挙げて、ため息をつく。

「一つ聞かせてください。あなたは美月が探していた護さんですか?」

「ふぅ……そうらしい」

「では、なぜあの時白を切りとおしたのですか?」

「1つではないのだな。あの場で俺が美月と知り合いだと公言したらこの辺りのゴロツキに美月が狙われるだろう?

 それでいいならば、俺はあの時に認めてやっていたがな」

 ニヤリと笑った護は観念したように美月に近づく。




――――


 数時間後、美月はゆっくりと目覚める。

 固めの枕が何かを理解するよりも早く、視界には探し求めた護がいた。

 自身の寝そべった体制と護の顔の位置から、自分が膝枕をされていると理解した美月はボッと顔を赤らめる。

「起きたか、帰るぞ。

 ――美月」

「はい。護お兄ちゃん」

 立ち上がった2人はゆっくりと歩き始める。







 ......To Be Continued....??




あとがき


シルフェニア14周年おめでとうございます。

管理人になってから何回目かの記念月です。

中々自分の作品を投稿することは出来ておりませんが、復帰を目指していきます。

20周年目指して、投稿する皆様も読まれる皆様も楽しんでいきましょう♪

短いあとがきですが、今後ともどうぞよろしくお願いします。

まぁ



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