スカウトと回答
とあるファミレスの一角、暖房が効いている中でもマフラーを取らない少女、斬島切彦はコーンポタージュと睨めっこしていた。
何度もフーフーっと冷ましていた。
その対面には、前回の魔剣事件の調査を取ってきた機動六課部隊長八神はやてが湯気の立つコーヒーをおいしそうに飲んでいた。
「スカウト・・・ですか・・・」
「そうなんや。切彦さんの実力が時空管理局に欲しくてな。もちろん、待遇面もしっかりさせてもらいます。出来るだけそちらの希望を聞きます。」
「この世界とはおさらばと言うことですか?」
「そうなります。でも、殺し屋なんて後ろめたい事もせんでええし。事務的なものはこちらで全てさせてもらいます。了解してもらえますか?」
「・・・」
「もちろん、返事は急ぎません。うちもこの世界に後、二日はいますし、この番号に連絡してくれればあちらにうちが帰っても連絡が取れます。」
紙に連絡先を書こうとペンを取ろうと鞄を開けた瞬間、切彦がまったりとした顔ではっきりと答えた。
「お断りします。」
「っえ?!で、でもうちに来てくれたらいつ死ぬともわからん仕事をせんでもええねんで?」
「お断りします。」
話は終わったと切彦は呼び止めるはやての声も無視してファミレスを出て行く。
交渉失敗か・・・とため息をつくはやて。
そこに近づいてくるのは、烈火の将、シグナム。近接戦闘タイプの戦士、スバル・ナカジマ。
2人とも苦笑しつつ、席に座る。
「交渉の余地なし・・・でしたね。八神部隊長」
「そうやね・・・もう1人の方、行ってみようか。片方だけでもスカウトできたら、もう1人も引っ張れるかもしれんしな。」
「それじゃぁ、今日の所は終わりですね。明日、またここでですね。」
「切ちゃん、つおーい」
ゲームセンターの一角。
格闘ゲームをしている切彦の隣の席で真九郎のひざの上に座る切彦と同じ髪型の少女が、またも連勝した切彦に拍手しながら笑っていた。
半分瞼が落ちているような感じの目の切彦と違い、少女の目はキラキラと輝きながら大きく開かれていた。
そして、同意を求めるように真九郎を見上げる。
その返事として真九郎は少女の頭を撫でながら頷く。
そして、より一層笑顔になった少女は上機嫌に鼻歌を歌い始めた。
ゲーム画面には、既に54人抜きと書かれており、結構な時間こうして過ごしていることがわかる。
少女は真九郎から渡されたジュースを美味しそうに飲みながら、切彦のゲームを楽しんでいた。
切彦はエンジンが掛かってきたと、手さばきが早くなっていく。
しかし、こうも腐った世の中で、荒くない人間はほぼいない。
連敗すれば怒り出し、相手に文句を言いたくなる。
切彦にとっては毎回のこと。
なので、真九郎が一緒に来ていたりするし、真九郎がいるからその上に座る少女を同伴させている。
「てめぇー!!いい加減にしろよ!?」
今回も例に漏れず、連勝中の切彦に絡んでくる大男。切彦は気にした様子もなく、ゲームを続ける。
少し不安そうにする少女。
真九郎は少女を切彦の横に優しく置くと、大男と切彦の間に入って止める。
作った笑顔で揉め事を事前に止めようと、相手をなだめる。
しかし、ゲームセンターで我が物顔でくつろぐ連中が1人とは考えられない。
その予想通りに、大男の後ろや横に仲間が好戦的な目でこちらをみていた。
既に囲まれていたが、切彦と真九郎だけなら、なんなく収めることが出来るが、今回は少女付と、分が少し悪い。
我関せずのこの騒動の原因である切彦。その切彦の袖を握る少女。その少女を人質にとる相手連中。
その事に気付かずに、収めてくれるように交渉する真九郎。
既に胸倉をつかまれている状況ながら、笑顔で引きはしない。
「ね?ここは娯楽施設なんだし、楽しみましょうよ。騒ぎなんて起こしても」
「リアルファイトで勝負してやるってんだよ!!それにな、こっちには人質がいるんだぜ?」
そう言って、真九郎を後ろに向けさせる。そこには手を拘束された少女が口を塞がれていた。
それを視認した瞬間、真九郎の目が変わる。暖かい目から、冷酷な目に移り変わっていく。
そして、未だ胸倉を掴んでいる100kg超の大男の腹を軽く掴むと、ゆっくりと持ち上げていく。
片手でしかも、踏ん張る様子も力を注ぎ込んでいる様子もなく、買い物袋を持ち上げるかの様に軽々と大男を持ち上げる。
「や・・やめてくれ。」
「リアルファイトがいいんだって?」
目と同様に言葉にも冷酷な冷たい声しか出ていなかった。
真九郎はゴムボールでも投げるようにゆったりと振りかぶり、ゆったりと投げる。
しかし、投げられた大男はものすごい勢いで5M先の壁に激突する。
「・・・え?」
少女を拘束していた男が懐からナイフを取り出そうと手を入れた瞬間。
少女の背中が高速で遠ざかっていく画面が目に映っていく。
遠ざかるのが終わったのは背中と腹に衝撃を受けた時だった。
いつの間にか、少女は真九郎に抱えられていた。
真九郎は大男を投げ飛ばした次の瞬間男の下まで一瞬で移動して、拘束を解いてから腹に軽く蹴りをいれたのだ。
その人間離れした動きを見せられて動けるものはいなかった。
真九郎に抱きかかえられた少女は嬉しそうに真九郎に抱きついていた。
真九郎も少女の頭を撫でていた。
「切彦ちゃん、今日の所はお開きだよ。ケーキでも食べに行こう。」
「・・・おーけー。雪ちゃんもいい?」
「うん!切ちゃんと一緒。」
そうして、3人はゲームセンターを後にする。
残されたのは、絡んできた男達と、偶然居合わせたスバルだけだった。
完全に遊びに来たゲーセンで思わぬ光景を目の当たりにしてしまった。
「怖くなかった?雪姫ちゃん」
「うん。真九郎さんが助けてくれるもん。」
「ゆーあーないすがい」
「はは。まいったな。」
「「ゆーあーないすがい」」
と、他愛ない話をしながら3人は今日という日を楽しんでいく。
次の日も、八神はやてはファミレスで人を待っていた。
本日は、紅真九郎をスカウトするために意気込んでいた。
そこへ、真九郎がゆっくりと現れる。
はやては熱心に真九郎にスカウトしに来た旨を話す。
そして、本題に入ろうかとした瞬間、真九郎の携帯が鳴り響く。
はやては、笑顔で出るように催促すると、真九郎は席を立って携帯に出る。
初めは笑顔でやり取りしていたが、すぐに焦りはじめ声が大きくなっていく。
「わかりました!こっちも探します。見つけたら連絡入れますんで!」
っと、携帯をきると、大急ぎで店を出て行く用意をしていく。
「あ・・・あの」
「すみません!急用が出来ました!話はまた今度で!」
「え・・・でも、今日ぐらいしか」
「なら、ここに夕方に!」
そう言って紙に五月雨荘の住所を書き記す。すみません!っと謝り、店を出て行く。
今回も振られるかな・・・っとため息をつく。影に隠れていたスバルたちもあららっとため息をついていた。
仕方ないので、3人は時間を潰して五月雨荘に向かう。
書かれている部屋番号をノックするが、未だ留守のようだ。
しばらく立ちすくんでいると、横の部屋から茶髪の髪を乱暴に括ったジャージ姿の女性が現れる。
「何々、真九郎君の愛人さん?」
ふざけた笑顔で女性は尻を掻いていた。
「私は環、武藤環。よろしくね。愛人さん」
「愛人じゃないです。八神はやてです。真九郎さんはまだ帰ってないんですか?」
「うん。人を探してるからいつになるかはわからないよ〜」
「あの、その・・・真九郎さんとはどういったご関係ですか?」
「私はね・・・真九郎君の女よ♪」
クフフっと笑う環。良く見れば、スタイルはいい。すらっと伸びた足、細い手足、出るところは出ている各部。
顔も美人。だらしない格好をしなければ、誰もが見ほれてしまいそうだ。
その話も本当なのかと、信じ始めた瞬間、真九郎が帰ってくる。
「環さん、変なこと言わないでください。」
現れた真九郎の腕の中には、目を赤くした短髪が跳ねた小さな少女が納まっていた。
「真九郎君、今日のご飯は?」
「今日も来るんですか?一様鍋です。」
「やったぁ〜!闇絵さん闇絵さん!今日は鍋だって!」
と向かい隣の部屋の住人を呼び出す。そうして、一瞬にして夕食が大人数となった。
ため息をつきながら、真九郎は鍋の用意を始める。
環と闇絵は当然のようにビールの缶を開けてくつろぎ始める。
真九郎の部屋に通されたはやて達は座って待っているように言われ、真九郎の手伝いをしているのは、真九郎の手に収まっていた少女、崩月散鶴。
せっせとコンロや皿を並べていく。
それが終わると、真九郎の足の周りをウロウロしながら手伝えることを探していた。
そうして、鍋が出来上がると、狭いちゃぶ台で鍋大会が始まった。
環と闇絵は遠慮のかけらもなくつついていく。
真九郎は散鶴の皿に具を取っていく。はやてたちもチョコチョコと食べていく。
鍋が終わると、環は酔って腹をポリポリと掻きながら寝てしまう。闇絵はさっさと自室にこもる。
真九郎と散鶴は後片付けをしていた。男料理とは思えない味に満足しているはやて達はお茶を啜っている。
後片付けが終わると、真九郎は銭湯せっとを取り出して散鶴の手を持つ。
「銭湯に入ってからでいいですか?話は。この子がそろそろ寝る時間なんで、まずはお風呂に」
「はい。それでいいです。ご一緒してもいいですか?」
「もちろん」
そうして、近くにある銭湯につく。散鶴は当然のように真九郎についていく。
真九郎ははやてたちに任せようと説得するも、頑として譲らない散鶴。
仕方なく真九郎は散鶴を連れて銭湯に入っていく。
ゆっくりと温まって出てくると、外で真九郎が待っていた。
その腕の中には、上着を何枚も掛けられた散鶴が舟をこいでいた。
「では、帰って話をしましょうか。」
五月雨荘につくと、散鶴を客用の布団の中に寝かせる。
未だ、フラフラと意識を保つ散鶴の頭を撫でて、真九郎は話を聞き始める。
はやては、丁寧にスカウトを始める。全てを聞き終えた真九郎は目を閉じて少し思考に落ちる。
その答えを待って3人は黙って真九郎を見ていた。
そして、しばらくすると、はやてがその静寂を切る。
「返事は急ぎません。この番号に連絡を入れてくれたらうちに繋がります。」
「・・・いえ、答えは決まりました。」
「じゃぁ!?」
期待の為か、声が少し大きくなるはやて。
それに意識がしっかりと晴れた散鶴が真九郎の手を握って真九郎が答えようとしたのを止める。
「お兄ちゃん・・・どっかいっちゃうの?」
不安そうに寂しげな目で真九郎に行かないで、っと訴えていた。
会話の内容を理解してではなく、その場の雰囲気で感じたのかもしれない。
しかし、散鶴は真九郎に訴える。その半分落ちた瞼の奥にある瞳で。
「大丈夫だよ。どこにも行かないよ。安心して、今日はもう眠りな。」
「うん。お兄ちゃん、お休みなさい」
真九郎の手をギュッと握って散鶴は眠りに落ちる。
それを見守り終えると、真九郎は真剣な表情で3人を見据える。
「今回のスカウトはお断りさせてもらいます。この世界を出ると言うことも考えられませんし、この世界を捨てる事は出来ません。」
「捨てるわけではないです。休暇などで帰ってこれますし・・・」
「この世界で俺は、活動すると決めています。こんな二流ながら信じてくれている人もいます。」
「その力を管理局で試しませんか?」
「残念ながらそれはお断りします。揉め事処理屋としての依頼なら喜んで引き受けます。」
「どうしてでもですか?」
「はい。この世界には守りたい人もいますので。」
「そうですか・・・残念です。2人とも振られてもうたか。しゃぁないね、では、退散させてもらいます。後、少しお願いがあるんですけどいいですか?」
「なんですか?無理なものでなければ大丈夫ですよ」
「このスバルと組み手をしてくれませんか?後、切彦さんにシグナムの相手をしてもらいたいんです」
「明日ですよね?少しなら大丈夫です。切彦ちゃんの方は今から連絡ですから、無理かもしれませんが。それでいいですか?」
「はい。では、連絡待ってますんで」
「では、おやすみなさい。」
去っていく3人を見送ると、真九郎は切彦に連絡を取る。
答えはノー。
逆に雪姫がダダを捏ねるので、ゲーセンに保護者として着いてきて欲しいと頼まれた。
真九郎は手合わせが終わったら付き合うことにした。
散鶴と同じ年ぐらいの雪姫もいるので、散鶴も連れて行くことにした。
次の日の朝、真九郎は環が師範をしている空手道場を貸してもらい、スバルと手合わせすることとなった。
対峙するスバルと真九郎。観客にはやて、シグナム、散鶴、切彦、雪姫、環となった。
最も環は半分酔って半分寝ている状態。つまりいるだけの存在。
「お手柔らかに・・・」
真九郎は笑顔でスバルに開始の合図を出す。
お互いに構えてタイミングを見計らっていた。まず動いたのは真九郎。鋭い回し蹴りを放つ。
それを屈んで避けたスバル。
真九郎は回転を止めずにスマッシュに近い右をスバルに打ち込む。
バックステップも間に合わずにガードの上からヒットする。
痺れる両手を見つつ、スバルは笑顔をこぼす。こんな辺鄙な世界で出会った強敵。
この人が味方ならどれだけ心強いか。っとスバルはスカウトが失敗したことを残念に今にして思う。
スバルの攻撃を受け流すと、真九郎は回転を利用した攻撃を入れていく。
捨て身の覚悟でスバルが突っ込んで正拳を打ち込む。
真九郎はそれを少しのバックステップと捻りで避けると、伸びたスバルの腕を掴んで態勢を崩す為の軽い投げをかます。
ほんの一秒に満たない時間空中に浮いたスバルは限定的な防御しか許されなかった。
それを見逃さず、真九郎は少し大振りの正拳を打ち込む。
正拳を防御したスバルは床にではなく壁に着地することとなった。
その衝撃はさほどなく、真九郎に壁を壊さないように配慮されたのがわかる。
これでスバルが気絶しないことも、戦意を失わないことも理解しているように構えを解かない。
「まだ・・・しますか?」
「・・・はい!」
立ち上がってスバルは、真九郎との距離を縮めて蹴りを放つ。
それを真九郎は腕を畳んでスバルの蹴りを腕の上を滑らせる。
そして、スバルの軸足を足払いでずらす。
その強制的な体重移動に対応できずに無残に尻餅をつく。
両手をバネにしようと床に手を着いて、腕を縮めて溜める。
伸び上がろうとした瞬間、目の前に真九郎の拳が目の前に置かれる。
その気になったら全力の正拳を顔面に打ち込む事が出来ると暗に示していた。
その笑顔にスバルを見下すような感情も、自己顕示欲もない。
ただ、純粋な笑み。
「うわぁ・・・実力差がありすぎるな」
「そうですね。」
観戦していたはやてとシグナムは冷静に2人の戦いを見ていた。
横で繰り広げられているカオスを見るよりも幾分かは楽だった。
その2人の横では、寝言を呟いて涎を垂らす環。
その横で黙って真九郎を見て笑顔になったり不安そうになったりと、表情が一瞬一瞬変わる散鶴。
雪姫はちらちらと手合わせを見つつ、切彦に果物ナイフとりんごを渡して切彦に切ってもらったりして、一番楽しんでいるようだった。
切彦は雪姫に刃物を容易に渡さないようにとキリッとした顔つきで注意しながら、注文通りにりんごを切っていた。
「ほらよっ。」
りんごを綺麗に切り終えると、切彦は雪姫にりんごを渡す。そして、ナイフを前の床に置く。
そして、瞼が下りていき、エコモードとも思える切彦に戻る。
「崩月さんもどうぞ・・・」
あまり抑揚のない声で切彦は散鶴にりんごを手渡す。
ぺこりとお礼を小さな声で呟くとシャリシャリとりんごをかじり始める。
「斬島、どうしても相手してくれないか?」
「いえす。」
「木刀同士でもか?木刀だから気が乗らないと言うのか?」
話が進まないだろうと思ったのか、面白いからなのか、雪姫は切彦にナイフを渡す。
一瞬で表情がキリッと豹変する。
「俺は刃物の扱いが上手いだけで、剣術なんか一切しらねぇ」
「切ちゃんは負けないもん!」
っと雪姫が乱入してきたが、結局は切彦はシグナムとは手合わせを行わなかった。
結局真九郎に、傷も痣もないがボコボコにされたスバルが笑顔で戻ってくる。
手合わせが終わったと同時に真九郎に飛びつきに駆けていった散鶴。
真九郎は散鶴を抱きかかえて一行に合流してくる。
「これでいいですか?」
「はい。こちらの我侭ばかり聞いてもらってすみませんでした。」
「いえいえ、もう帰られるんですか?」
「そうしようかと思ってますが、明日の業務開始までに戻ればいいんで、特に用事もないです。」
「なら、ゲームセンターでも行きます?これから4人で行く予定だったんです。」
「えっ!いいんですか!?」
いち早く反応したのはスバル。
それに乗る形ではやて。
シグナムは主であるはやての決定に従うと加わりもしないが、否定もしない。
「シンクリョーク〜ン!おしゃけ〜」
「・・・あぁ、この人を五月雨荘に送ってからでいいですか?」
「オーケー」
「了解です。」
環を背負った真九郎は片手に散鶴の手を握って五月雨荘に向かう。
なんの問題もなく環を寝かせ終えると一行はゲームセンターに向かう。
足に巻きついてきた散鶴を抱き上げ、先導する真九郎。
雪姫の手を握り真九郎の横を歩く切彦。その後に続くはやてたち。
ゲーセンに着くと、切彦は格闘ゲームに没頭する。
真九郎は散鶴が興味を引きそうなゲームを探しながら回っていく。
序盤なら切彦も絡まれないだろうと判断した為、真九郎は回っている。
はやて達も色々なゲームをしたりして時間を過ごしていた。
少し時間が過ぎると、散鶴は興味あるゲームが尽きたのか、雪姫の横で切彦のゲームを観戦していた。
真九郎は全員分のジュースを買いに静かな廊下に出ていた。その隙を見逃さなかったのは、シグナム。
諦めていないというよりも、確認したいと言う感じに真九郎に近づく。
「斬島がこの誘いを受けないのは、何か強いわけでもあるのだろうか?」
「ありますよ。・・・誰にも言わないでくださいね?」
真剣な表情で問われ、シグナムももちろんと返事をする。
「切彦ちゃんが処刑屋を止めないのは、家柄のためなんです。斬島という家は代々殺し屋なんです。
その血が刃物をあんな超人的な扱いをさせているんです。
そして、“切彦”という名前は本家の血筋で殺し屋を継いだ者が襲名するんです。
そして、今の斬島で最も才能があるのが、あの子なんです。
そして、それに次いでいるのが、横にいる雪姫ちゃんなんです。
切彦ちゃんが死ねないのもこの世界を捨ててそちらに行かないのは雪姫ちゃんに“切彦”を継がさないためになんです。
だから、僕も協力してるんです。」
「そうだったのか・・・」
「切彦ちゃんは僕と会うまで無差別に殺人してたりしてたんです。
それを止めて、依頼が来たらまずは、その人物を徹底的に調べて殺されるような事をしているかを検証してから、実行に移しています。
収入も減りましたが、雪姫ちゃんを高校に行く時は1人暮らしさせて、
斬島の家から出して殺し屋家業に触れさせない様にしようとしてるんです。
その邪魔だけはしないでください。」
「あぁ、すまなかったな。揉め事処理屋や処刑屋としては依頼してもいいのだろう?」
「はい。待ってますよ。その依頼」
「あぁ、では持って行くとしようか。このジュースを」
「はい」
結局一同は、切彦の格闘ゲームのギャラリーとなった。今回は珍しく騒動もなく終わりを告げれた。
切彦は雪姫を、真九郎は散鶴を連れてはやて達に別れを告げた。雪姫は散鶴に手振ってお別れをしていた。
散鶴は控えめに手を振って、真九郎に抱きついていた。
そんな様子を暖かく見守りながら、はやて達は局に去っていく。
街から少し離れた程よい田舎に建つ大豪邸と言っても過言ではない屋敷。
崩月邸に真九郎は散鶴を連れて入っていく。
実は先日の電話の内容は、殺しの家系である崩月の技と技術を散鶴も少しずつ修行を始めたのだ。
おとなしい散鶴は、この修行が怖くなり家を脱走。
最近覚えた五月雨荘までの道のりを記憶を頼りに来たのだ。
しかし、駅を出たところでわからなくなった。
それを真九郎が見つけて、母親の冥理にどうするか尋ねたところ一晩預かって欲しいと言われ、
預かることにした。そして、散鶴の修行に付合おうと思い、崩月邸を訪れた。
やはり、修行が嫌なのか散鶴は震えていた。真九郎は落ち着かせるために少し強めに手を握る。
「紅真九郎、入ります。」
真九郎は門で一様の名乗りを上げて、奥に進んでいく。そして、玄関まで来ると、もう一度、声を出す。
「こんにちは、紅真九郎です。」
「おぉ、帰ってきたか。お帰り、散鶴や。真九郎の家は楽しかったか?」
「ただいま、お爺ちゃん。楽しかったよ」
「ご無沙汰しています。」
丁寧に頭を下げる真九郎。散鶴の祖父であり、真九郎の師匠。裏十三家の一角、崩月家の現当主・法泉は気さくに笑って頭を上げるように真九郎に言う。
「今日は泊まっていくか?」
「いえ、ちーちゃんの修行に付き合おうかと・・・」
「そうか。なら頼めるか?夕乃は大学で忙しくて今日も学校だ。」
「師匠はどこかお出かけですか?」
「そこの碁会所へな」
そう言って法泉は笑いながら出て行く。
結局散鶴の稽古をつけてから、夕食を取ってから五月雨荘に帰っていく。
帰ろうとすると、散鶴がぐずるので、携帯番号を書いた紙を散鶴に渡す。
もちろん、崩月家の人たちに内緒な風に渡して、散鶴だけが知っているかのように演出する。
修行がつらくなったら電話しておいでっと言い聞かせて今回のような家出を未然に防ぐ。
もちろん、散鶴以外は既に知っている。
しかし、2人だけの秘密として散鶴に笑顔を戻す作戦だった。
そして、それは見事に嵌った。
それからは、毎日のように散鶴から電話が掛かってくるようになった。
散鶴本人は家族全員に秘密で真九郎に掛けているつもりだが、皆それを知っている。
秘密にしたいなら見ない振りをしておこうというのが、この家の思考。
話の大半は、稽古のことではなく学校の事や、家の事を話していた。
血は繋がっていなくとも、実の兄のように慕われている事に真九郎は感動すら覚えていた。
この事を幼馴染である村上銀子に嬉しそうに話すと、
『ロリコン』
っと軽くキツイ一言を貰った。
「でも、そういう心使いが女の子には必要よね。あんたにしてはよくやってるわね。」
そんな飴と鞭のやり取りをしながら、今日も真九郎は必死にこの醜くも綺麗な世界で生きていく。
周りの笑顔を守りながら支えてもらうために。
完
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