「さぁ、鬼は捕まえたも同然……ロストロギアの捕獲にいこうか」

 目の前に広がるデアボリック・エミッションを見ながら高笑いするスウェートは、キーボードを操作し始める。
 スウェートの周りに10個展開される転送魔法。
 転送されてきたのは、1〜10までの番号が入ったフルフェイスのヘルメットを被った引き締まった肉体を持つ男たち。

「さぁ、働いてくれたまえ……“我の遺伝子を持つクローン隊”よ」

「我が……遺伝子?」

「そう。私の遺伝子を元に、この子らを作ったのだよ。何せ、私が始めて解析したモノは自分の遺伝子だからねぇ。
 管理局に入隊する前にはもう、完璧に解析終わってたんだよ」

 ケラケラと笑うスウェートは、キーボードを操作し、研究所に侵入したはやてを探す。
 一分もせず、スウェートは探しモノを終える。

「さぁ、死に体であろう鬼を繋ぎ終えたら、ロストロギアを捕まえ……な……? なんだ?」

 デアボリック・エミッションを解除する前に、もう一度目を向けると、デアボリック・エミッションの一部に赤黒い手が2つ出現する。

 地が震えるような低い声で鬼のような雄叫びを挙げながら、手は離れていく。
 空間に満ちていた魔法素を裂いて、現れる……。

 ――真っ赤にそまり、両腕の肘に角を生やした鬼が、戦鬼がそこにはいた。

 地獄から這い出た鬼のように、ホールを地獄に染めるかのように黒く重い空気を纏いながら……





紅×魔法少女リリカルなのは
紅のなのは
外伝「夜、共に歩む鬼と花」 後編

作者:まぁ





 立ち尽くす真九郎は既に死に体。
 全身の皮膚が避け、焼け焦げたように黒く変色している。
 ポタポタと滴る血。
 意志の力が宿っていない瞳。

 唯、立っているだけで動けない事を見抜いたスウェートは、9と10のヘルメットを被ったクローンに捕獲に向かわせる。

「1番から8番、ロストロギアの捕獲に向かい……な……?」

 苦もなく終わるはずであった、死に体の真九郎の捕獲……。

 指示を出しているスウェートに、理解しがたいモノが映る。

 捕獲に向かわせた9番と10番の背に、赤くビクビクと鼓動する物体と赤黒く細い10本の何か。
 スウェートがそれが、クローン達の心臓と真九郎の指であると理解したのは、真九郎が心臓を握り潰した直後であった。

 真九郎は、まるで手についた水滴を払うかのように軽く貫いたクローン達をはき捨てる。

 意志の宿っていない真九郎の瞳が、スウェートに心の底からの恐怖を植え付け、冷や汗を出させる。
 動かない真九郎を凝視し、動けないのか、動くきっかけを探しているのかを全力で探る。
 真九郎は、まるで壊れた操り人形のように、カクカクと不気味に各部を動かしていた。
 いつの間にか、左腕と右腕のの角は収まっており、戦鬼は眠りに着いたかに見えた。

「ぜ……全員、あれを壊しなさい!!」

 スウェートは他の研究者と共に、紫につけた鎖を引き、紫を連れながら後退する。
 クローン隊は乱れのない連携を取り、スウェートを守りながら真九郎との距離を詰めていく。

「真九郎!! 真九郎!! 生きているのか!? 返事をするのだ!!」

 真九郎は紫の声にも一切の反応はみせはしなかった。

 意識がないのだ。
 デアボリック・エミッションを進み始めた時から、徐々に意識が消えていったのだ。
 そして、最後に残ったのは純粋な戦闘本能。
 倫理感も、全ての思考が落ちていった。
 今残っているのは、真九郎が積み上げていった戦闘に関するモノだけである。

 ここに立っている真九郎は、迫り来る戦闘用に調整されたクローン達よりも、純粋な戦闘用の戦士……戦鬼と成り果てていた。

 今の真九郎に手を出す事は得策ではないであろう。
 しかし、身体が死に体となっているだけに勝利を見ているスウェート達はに逃げる事などできなかった。

 無数に襲ってくる魔法弾を全て無駄のない最小限の動きで避けると、先頭にいた4番の懐に一瞬で移動する。
 胸の前で腕を交差し、右の手で4番の腹に指を全てめり込ませる。
 指を締め。交差した腕を勢いよく開く。
 事も無げに真っ二つに分かれた4番は、しばらくもがいた挙句、絶命した。

 指に食い込ませた4番の腹から下を落すと、中盤に配置されていた7番の元に一歩で距離を詰めると、右回し蹴りを7番の左脇から右肩に掛けてぶち込む。
 一瞬で終わった真九郎の蹴りの動作の間に後ろを取った2番は、魔法で強化した拳を全力で打ち込む。
 その拳に反応して、真九郎も左正拳を打ち込む。

 両者の拳は、真九郎が打ち出し始めた瞬間にぶつかる。
 力の乗り切った2番の拳と、力を乗せ始めた真九郎の拳。
 通常なら、真九郎の負けで終わるはずであった。

 しかし、真九郎が崩月家で行った肉体改造で出来た身体の土台は、そのような通常を跳ね除ける。
 八年間毎日、骨を折られ砕かれ、内臓の位置が変わるほどの鍛錬を行い培った肉体に宿った崩月の角。
 移植されてからは、唯使えるだけであったが、その時から今に至るまでの鍛錬により、真九郎の地の身体が戦鬼に近づいていたのだ。

 結果として、2番の身体は肉と骨が分離し、見るも無残な姿となって絶命する。

 それから残りのクローン達を葬るのに、時間は要らなかった。
 襲ってくる魔法弾を最小限の動きで避け、繰り出されるクローンの蹴りや拳をいなす。
 しかし、今の真九郎のいなしは、触れた箇所から先を吹き飛ばす。
 攻防一体の一種の極限を再現していた。

 いなす“柔の体術”と力の“剛の体術”を真九郎も収めてはいるが、通常時ではいなしてから、攻撃に移る。
 しかし、意識を失っている真九郎は、いなしの動きに剛の力を乗せていた。
 触れるもの全てを破壊する存在と成り果てた真九郎が、クローン隊を葬るのは難しくなかった。

 襲ってきていたクローン隊を排除した真九郎は、また壊れた操り人形のように不気味に動きつつ、紫を囲んでいる白衣を着たスウェート達を視界に入れる。
 意志の力のない死に目で……。

 全身から血を流し、死に目で見つめ続ける真九郎に恐怖したスウェートを除く研究者達は、恐怖に声を上げながら逃げ出し始める。
 動きを止めていた真九郎は、動いた研究者を片っ端から、野獣のように飛び掛って一撃で絶命させていく。
 先程の洗練された動きとは対照的に、野性的な動きで殲滅していく。

 動かないスウェートの理解よりも先に、真九郎は殲滅していく。

 スウェートを除く全てが殲滅されたときには、真九郎は両手両足を突いて立ち、脳の比重で首を折りながらスウェートに視線を合わせる。
 ロックオンした瞬間に、真九郎は飛び上がり、回転しながら左足でスウェートを仕留める為に近づいていく。

 回転するたびに飛び散る血が、血まみれになったホールを更に血に染める。
 そのままスウェートに蹴りを放つかと思われたが、途中で回転の軸がブレ、目標地点よりも手前へ倒れ落ちる。

 床に飛び散る無数の血痕。
 無残に倒れ、ピクリとも動かない真九郎。

 無残な事故現場を思わせる中心に真九郎は眠りに着こうとしていた……永久の眠りに。

「し……真九郎っ!!」

 紫の叫びは虚しくホールの中を響き当たる。








 研究所内を走り回っていたはやては、ホールを見渡す観察室のような部屋に出会う。

 内部コンピュータを弄り、AMF発生装置を停止させようと奔走していると、強化ガラス越しのホールにデアボリック・エミッションが発生する。
 直感で理解する。
 侵入者撃退の罠であると……、その対象が一緒に侵入した真九郎であると。

 飛び込んで助けたいが、発動してしまったデアボリック・エミッションを相殺する事は難しい。
 ましてや、内部に取り込まれた真九郎を助けるとなると、この状況では不可能に近い。

 はやては魔法を相殺するよりも、消滅される事を選択する。
 操作して、わかった事は目の前のホールにはAMFは発動していない。
 なら、AMFを操作してホールにも張らせて、効果を落とさせる。

 はやては急いで、操作を始める。

 必死に検索していき、AMF装置の操作にまで至った瞬間に研究所事態が震えているのではないかと思うほどの振動が響き渡る。


 ――地を震わせる鬼の雄叫びが。


 何事かとホールを除くと、赤黒い人型が、フルフェイスのヘルメットを被った10人を目にも留まらぬ速さで葬っていた。
 全てを葬った後、赤黒い人方は白衣を着た研究者達を野獣のように殺戮していく。

 それが真九郎であると理解したのは、床に倒れ動かなくなってからだった。

「あかん……!」

 はやては騎士甲冑を装着すると、使用できる魔力を全力で開放していく。
 10分持てばいいといった出力で、強化ガラスをぶち壊すとホールに飛び込む。

「刃を以て、血に染めよ。穿て、ブラッディナイフ」

 倒れて動かない真九郎を足蹴にするスウェートを見て、はやては恐ろしく自身の思考が冷たく凍ったのを感じた。

 “刺す”魔法を迷わず発動させ、自身の精密制御の限界数である14をスウェートの周りに出現させた。
 半数以上を急所に向けていた。

「動きなや……! 魔力操作も、罠発動させようとしても……」

 降下し、スウェートとにらみ合う。

 動かない真九郎とその上で泣き喚く紫、その近くに立つスウェート。
 はやては、紫にスウェートの血が掛からない箇所へ向けて、ブラッディナイフを一本打ち込む。

「こうなるからね……」

 人に向けて人生初めて打ち込んだにも関わらず、はやてに動揺は一切見られない。
 唯、冷たく冷静にスウェートの戦意を喪失するのを待つ。

「……降参しておきましょうか、今回は」

 スウェートは両手を上げ、降参の意志を示すと、はやてから放たれたストラグルバインドを甘んじて受け、拘束される。

 バインドでスウェートを拘束すると、はやては急いで公安部司令部へ向けて転送魔法を展開する。
 真九郎が死の川を渡りきる前に呼び戻すために。










 事件が終わりを告げ、日を跨いでも続けられた真九郎の緊急手術。

 真夜中から始まり、日が昇る頃には手術は終わり、裂けてなくなった皮膚を治癒する為に魔法をかけていく。
 治癒魔法を掛け、何人もダウンしてようやく真九郎の容態は安定した。

 その間も手術室の前で両手を合わせ、神に祈るように手術が終わるのを待っていた紫は、そのまま真九郎と共に病室へ向かう。
 学校も休み続け、真九郎が目覚めるのを待つ。

 はやてやなのは達が説得するも、頑なに拒み続ける紫を心配してなのは、フェイト、はやて、ヴィータ達騎士が交代で毎日見舞いに行く事となった。

 二週間経とうとも、真九郎は目を覚ます事はなかった。

 週末となり、はやてとなのはが休暇が重なり、はやてとなのは、なのはとユーノの娘のユウリを連れて見舞いに来ていた。
 金髪を二つに結び、幼い頃のなのはにそっくりな少女ユウリは、眠る真九郎を興味津々に覗き込む。
 ベッドに突っ伏して眠る紫を目も止めず、ユウリは足をバタバタとさせてベッドによじ登る。

「マァマぁ! 真シャンねんねぇ〜」

「そうだね、ユウちゃん。ママとはやてさん、先生の所行って来るからね……
 紫お姉ちゃん起こしちゃダメだよ」

「うん!」

 笑顔一杯で返事をした、ユウリは真九郎に跨り真九郎に抱きつくとお昼寝を始める。

 はやてとなのはは、紫のずれた毛布を掛け直すと、病室を後にして医師の元へ向かう。

「はやてちゃん……スウェート・バルサはあの後……」

「全部、ロッサに覗いてもらったよ。やっぱり思考プロテクトが掛かってたけど、今のとこ危ないモンは全部洗えたよ」

「そっか……あの人まだクローンで残してるんじゃ……」

「うん……スウェートが関わった機関や、施設、全てのモノを洗い出して……悪宇商会に頼んでスウェートのクローン全て殲滅してもらったよ……。思考プロテクト潰して全部洗えたら、あのスウェートも殺すよ……。

 うち……堕ちたもんやろ。
 捕まえずに、殺す事選択してる……。

 たった一人を、紫ちゃんを守る為に……」

「……ううん。
 はやてちゃんが辛いって事はわかってるから」

「ごめんな……。
 うち、真九郎さんを追った時、決めてん。

 ――護る為なら、殺す事を迷わへんって。
 真九郎さん達と同じ闇にも染まってやるって……。

 でもあの時、スウェートをブラッディナイフで刺した時、ホンマはめっちゃ怖かった。震えたかと、泣いたと思ってた。
 覚悟してたはずやのに……うち、心は震えて怯えてた」

 静かな廊下を進んでいたはやてはいつの間にか、ガクガクと震えていた。
 なのはは、優しく抱きしめると、震えるはやての背中をポンポンと優しく叩く。

「大丈夫だよ。皆わかってる……。はやてちゃんがそんな行動に出ても、心まで凍らないって」

「ありがとうな……なのはちゃん。

 ホンマ、最後に泣き言言ってええ……かな?」

「うん」

「始末書きつかった〜〜!
 リイン全然手伝ってくれへんし……うち何枚書いたんやろ」

 優しく抱きしめていたなのはは、ガクッと力が抜けた気がしたが、いつも通りのはやてでよかったと胸をなでおろす。

 医師の待つ部屋に入ると、主治医であるシャマルが笑顔で待っていた。
 軽く挨拶を済ませると、真九郎の検査結果を映し出し、説明を始める。

 真九郎の動かなかった左腕には、崩月の角と同じものが生まれた事。
 全身に無数の謎の粒子が発見された事。
 臓器に貯蓄されているエネルギーが全て空となっているため、まだしばらく目を覚まさないかもしれない事。
 今、点滴で送り込んでいるが、消費された量が尋常ではない事。

「左腕に生まれた角って……」

「効力も何もわかってないの。こればっかりは真九郎さんが起きてからね」

 しばらく、シャマルの説明を聞いていると、真九郎の部屋から、真九郎が目を覚ましたとコールが鳴り響く。
 その報告を最後まで聞かずに、はやては飛び出し、駆け出す。







 鉛のように重い瞼を開けると、ボヤケた視界に真っ白の天井が映る。
 体全体がまるで自分のモノではないかのように動かなかった。

 動かない体に感じる重さ……。
 目だけで確かめると、そこには金髪の少女がスヤスヤと寝息を立てていた。

「……なの……はさん」

 真九郎は、今だ眠っているような感覚の中で、金髪の少女がなのはの娘であると気づく事はなかった。
 それよりも、左手に感じる太陽の日差しのように暖かいモノがなんであるかが気になっていた。

「紫……」

 視認できないまでも、真九郎はこんな感覚をくれる存在を知らない。
 
 魔法に飲み込まれて、突き進み始めてからの意識がまったくない。
 自分が何をしたのか、自分に何が起こったのか。

 わからないことだらけだ……。
 紫を救えたのかすらわからない……っが、動けず声も荒げる事も出来ない。

 ハハハッと自虐的に笑っていると、息を切らせたはやてが飛び込んでくる。

「真九郎さん!」

「……俺は、あれから何があったんですか……?」

 笑顔で返事をすると、はやては息を整えながら今回の事件の事を説明し始めた。
 真九郎が、意識を失ってから殺害したクローンの事も隠さずに話した。
 直に目撃した紫から聞かせるよりも、ショックは少ないだろうと判断したためだ。

 説明を終える頃には、なのはが到着し目覚めたユウリを真九郎から引き剥がす。
 放っておくと、ユウリは動けない真九郎で遠慮なく遊んでしまうからである。
 普段からよく遊んでくれる真九郎に懐いているのを知っているから。

「そうだったんですか……。
 俺は、そんな事をしてたんですか……

 ――まだまだなんですね」

 力が足りない……っと心に刻んだ真九郎は、ゆっくりと目を閉じ、また眠りに着こうとする。

 今の自分の意思で制御しきれない力なんてものは、いつか護りたいモノにも襲い掛かってしまう。
 また、一から鍛錬して鍛え上げなければならないな……。

 重かった瞼が静かに閉じきる。
 しかし、盛大に鳴る真九郎の腹の虫。
 シリアスに眠りに着こうとした真九郎はップ! っと噴出すと嬉しそうな声を出す。

「お腹減りました」

 ハハハッと笑う真九郎に吊られるように、病室の皆が笑う。
 はやては、シャマルに連絡し食事を臨時で持って来させる。

 大皿にテンコ盛りになったチャーハン、大皿に漫画盛りにされた野菜炒め等、一皿だけ見ても目を点にしてしまう量盛られた料理が運ばれてくる。
 始めは、目覚めた紫に食べさせてもらい、一皿分を胃に放り込んだ頃には自力で食べ始める。
 あっという間に、運ばれてきた皿に盛られた料理全てが綺麗になくなる。

 満足した真九郎はゲップと共に、寝転ぶ。

「元気に……なったみたいだね」

「せやな……これなら遠慮なく言えるわ」

 呆れたような声で苦笑すると、はやては無邪気な悪鬼のような笑みを零す。

「真九郎さん……結果だけ見ると、万々歳や。

 せやけどな……真九郎さんの単独行動! 
 それに伴って、追ったうちが司令室を離れるというハプニング!
 瀕死になった真九郎さんの緊急手術と、治療!

 始末書書いたんもうち! 
 手配したんもうち! 

 全部うちがしたんや……せやからな……。


 ――今回の事件の打ち上げな、全額真九郎さん負担やから!!」

 バン! っと指で真九郎を指しながら、はやては言ってのける。
 真九郎含め、全ての人がキョトンっとしていると、病室の入り口に新たな人影が現れる。

「え? 何々? 
 真九郎さん、奢ってくれるの?

 なら私、『七色童子』のDVDBOXがいい!

 ねぇねぇ〜、雨〜! 円〜! 皆〜!
 真九郎さんが何でも奢ってくれるって!」

「そうなのですか?
 なら、私は『× BLACK』のDVDBOXにしましょうか」

「なら、私は『五月の雨』のDVDBOXかな。ヴィヴィオはどうするの?」

「うんっとね〜、私は『クリスタルスター』のプレミアムエーディションで。チーちゃんどうする? なににする?」

「……『マリオネット ガーデン』シーズン1〜シーズン4までのDVDBOXを……お願い」


 突然の登場にも、関わらず自身の今欲しい物を物怖じせずに要求する、斬島雪姫、堕花雨、円堂円、高町ヴィヴィオ、崩月散鶴。

 タイミングが良すぎて、笑ってしまった真九郎は了承し、退院したら買ってプレゼントする事を約束する。
 紫の着替えを持ってきただけの事で、欲しいものが手に入ったラッキーに全員笑顔で病室に入ってくる。

「ユウちゃんも! ユウちゃんもほしい!!

 『キラキラピカ〜ン!』のピッカ〜ンステッキほしい!」

 もうどうとでもなれといった風に、真九郎はそれも了承する。

 見舞いに来たほとんどの人が真九郎を自己破産へ追い込んでいるかのように、真九郎の出費がかさむ。

「ハハハ、紫はどうする?」

「私は……いらぬ」

 少し寂しそうな笑顔を零し、紫は一歩皆の円から下がる。

 欲しい物を買ってもらえるとなった雪姫達は、はしゃいでワイワイしていた。






 意識が回復してから、真九郎の退院は早かった。
 意識が戻ってから4日後。

 二週間以上泊り込んでいた紫を連れて、静かに真九郎は去っていった。

 真九郎が全額自腹の打ち上げが開催されたのは二日後。
 その日、真九郎はミッドに朝から赴き、買い物に勤しんでいた。

 紫は待ち合わせの約束をしていた5時を過ぎても、真九郎は現れなかった。
 まるで、今回の事件の始まりの再現のように、一時間を過ぎても真九郎は現れる気配がなかった。

「真九郎……」

 心細く、五月雨荘の玄関で寂しく縮こまる。
 真九郎が何も言わずに消えてしまったかのように、紫を取り巻く世界が枯れてしまったかのように、寂れていく。

「遅くなっちゃったな。
 ごめんな、紫」

 膝を抱え、下を向いた紫に真九郎の声が聞こえてくる。
 寒空の下、凍えていた紫の心を暖める日光のような暖かさを持った声。

 顔を上げた紫は、目の前に現れた真九郎に抱きつく。

「ごめんな、ちょっと探し物してたら遅くなっちゃったよ」

 抱きつく紫を剥がすと、真九郎は小さな箱を紫に渡す。

 箱を開けると、質素な装飾の中に蒼い樹が造型されたクリスタルが着いたネックレスが出てくる。
 今はもういない大好きな母の名前と同じ“蒼樹”のネックレスが。

「クリスマスプレゼントも挙げれなかったからな。

 あの日も、シグナムさんに頼んで一緒に探してもらったんだけどさ、見つからなくて……。
 今日はヴィータさんに頼んでさ、ついさっきやっといいのが見つかったんだ」

 少し照れくさそうに笑うと、真九郎は紫にプレゼントしたネックレスを優しくつける。
 紫は嬉しそうに振り返り、真九郎にネックレスをつけた満面の笑みを見せる。

 真九郎も、優しい笑顔でネックレスをつけてくれた紫を見つめる。

 真九郎が立ち上がると、紫は静かに目を閉じる。
 キスを待つ乙女となった紫の頬は薄っすらと紅い。

 苦笑しつつ、真九郎は紫の肩に手を掛ける。
 手を掛けた瞬間、紫の体がビクッと反応したが、真九郎はゆっくりと唇を紫に近づけていく。

 数秒を掛けて、真九郎の唇は紫に接触する。

 ――紫のオデコヘ




「っな! 真九郎……ここは唇にしてくれてもいいではないか!」

「高校を卒業したらな。

 ――さぁ、いこうか。紫」

 真九郎は紫の手を優しく握ると、五月雨荘を出て寒空の中を2人並んで歩き出す。
 真九郎の自腹で開催される、はやての部隊全員が参加する打ち上げ大会会場へ向けて。

 鬼と一輪の花の姫は手を繋ぎ、ゆっくりと歩いていく。
 2人のペースで笑顔を絶やさないように。
 鬼は、一輪の花の姫の笑顔の為に強くなろうと、一輪の花の姫は、鬼が闇に落ち笑顔がなくならないように太陽のような笑顔を無くさないように、それぞれの心に誓いを立てる

 2人で同じ道を歩いていく為に……。



    完



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