電波的なヴィヴィオ 第一章 盲目の純情 その四 「終焉は紅」





「黙ってみてろ」

 真九郎の殺気を素人ながら察知したユーノは決死の覚悟を持って、二人の模擬戦を止めようと走ろうと体に力を入れた瞬間――

 横に立っていた紅香によって銃を後頭部に突きつけられ、無感情な声を吐きかけられる。その声だけではなく、紅香がユーノに向けて放つ殺気によってユーノの決死の行動は停止してしまう。
 駆け出す事も、指を動かすことすらできず、ただ紅香の殺気に飲み込まれていく。

「水を差すな。計画は終わったが、これを越さなければヴィヴィオにはなんの意味も持たないんだよ」

「でも、危険すぎるよ! あんな僕でもわかる殺気」

 動かない体をなんとか動かし、紅香の方へ振り向く。
 そこに出迎えたのは、紅香の視線のみで人を黙らせ動きを支配する必殺の瞳。幾重もの闇と地獄を潜り抜け、裏の世界に身を置き続ける者のみが放つ事を許される黒よりも暗い闇の瞳。

 瞳が放つ闇に飲み込まれてしまったユーノは、抗議の言葉も反抗の為の決意も元からなかったかのように、心から消え去り立ち尽くすことしかできなかった。

「お前のその一時の満足感が娘を殺すぞ?――

 それにな……あいつは甘い」

 銃を下ろし煙草に火をつけた紅香はユーノの後ろで始まろうとしている真九郎とヴィヴィオの模擬戦に視線を向ける。
 他の者も、一度も視線をずらさずに、二人の模擬戦を見守っていた。

 真九郎とヴィヴィオは、模擬戦が始まってから数分が経つが、一歩として動かずに構えていた。お互いが相手の呼吸を読みあいながら牽制しあう。



 ――はずだった。しかし、実の所少し違っていた。揉め事処理屋として裏の世界に身を置き続けた真九郎の本気の殺気がヴィヴィオの動きを全て支配していたのだ。
 動くことを制限し、心臓を鷲掴みにしたかのようにヴィヴィオの体の中の酸素は欠如していく。肺に空気をめいいっぱい取り込んでも取り込んでも、一向に酸素はヴィヴィオの体の中に走っていくことはない。
 ヴィヴィオの視界がブラックアウトがかかり始めた瞬間、静寂は拳が空気を切り裂く鋭い音によって途切れることとなる。










 動けない……まるで体中を蝋で固められたかのように体が動くことを拒否してくる。
 それほどまでに目の前の真九郎から放たれる殺気は常軌を逸している。
 
「残念だよ……ヴィヴィオ」

 真九郎の呟きの一瞬の後、真九郎は全力で地を蹴り10mは離れたヴィヴィオの元に一歩で距離を潰す。そしてその勢いを右の拳に乗せヴィヴィオの腹に突き刺さる。
 空気を切り裂くような音はなったものの、打撃音は一切鳴りはしなかった。拳が触れる刹那の瞬間に、真九郎は拳に乗せた力のベクトルを分散させ、ヴィヴィオの内部にのみ伝わせる。
 打撃の衝撃を完全にダメージとして残し、たった一合で動かせないようにしたヴィヴィオの足を完全に奪い去る。
 返し動作で真九郎はヴィヴィオの顎に左手刀をミリ単位以上に正確に顎に微かにかすらせる。それによってヴィヴィオの脳は異常なまでに細かくシェイクされ、下半身の機能のほとんどを失う。
 ヴィヴィオの意思とは関係なく重力に吸い込まれるように、ヴィヴィオは崩れ落ちる。それを止めたのはヴィヴィオの意地でも肉体でもなかった。乱暴にヴィヴィオの髪を掴んだ真九郎の腕力によって、ヴィヴィオに土は着く事はなかった。

 この時真九郎が動き始めて、2秒が経とうとしていた。

 たったの二合……たったの二秒で終焉を迎えようとしていた。








 真九郎の仕事を見た事はない紅香と銀子、はやて以外は驚愕に包まれていた。裏の頂点の一角として今では名を轟かせているとはいえ、生身の人間……限界はこの辺りだろうと引いていたラインを真九郎は劇的なまでに衝撃的に飛び越えたのだ。
 人の行動を止める程の力を持った殺気、その圧倒的なまでの力と技術、それを許す精神と肉体。
 魔法の補助がなくとも戦力はエースクラス。

 たった二秒で終了を見せた模擬戦に一番安堵していたのはユーノであった。未だに乱暴に髪を掴む真九郎から目を逸らしながらも、ヴィヴィオを受け取ろうと歩みを始めようと足を動かす。

「シャマルさん、ヴィヴィオに治療を……」

 真九郎の感情の篭っていない声と共に、人形のように放られたヴィヴィオが観戦していたシャマルの目の前に無残に着地する。

「よかったな、なのはにユーノ。愛娘がボコられるのを見るのは終わりだな」

「その……ようですね」

「真九郎の甘さに感謝するんだな」

 煙を吐き出しながら紅香は、面白くなさそうになのはとユーノに声を掛ける。治療を受けているヴィヴィオを見るでもなく、未だ殺気に満ちた目をしている真九郎を見るでもなく、なのは達と目線を見ているわけでもなく、空を眺めていた。
 治療が終盤に差し掛かると真九郎は殺気を収め、普段通りの優男の目に戻す。そしてヴィヴィオの元に歩み寄り、ヴィヴィオに視線を合わせるように座る。
 治癒魔法が終わるとヴィヴィオは少し恐れを抱いた目をしながら真九郎に視線を合わせる。

「立てるか? ヴィヴィオ」

「――は、はい」

 そうか……っと呟くと、真九郎はまた模擬戦が行われていた地点に戻っていく。誰もが真九郎が何を始めようとしているのかわかりはしなかった。
 視線を外していた紅香ですら、視線を移していたとしてもわかりはしなかったかもしれない。

 立ち止まり空を見上げる真九郎に声を掛けないほうがいいと判断した観戦者達は後ろに控えている宿舎に向けて歩み始める。

「ヴィヴィオ……お前は潰しておかないとな――

 裏に関われないほどに」

 全員が驚愕と共に振り向くと、既に真九郎は空中にて蹴りを放つ体勢を作っていた。その姿勢は優雅で華麗で振り向いた全てが見惚れてしまっていた。眼前に脚が迫りくるヴィヴィオですら身を固めるという事すら出来ずに目を逸らせずにいた。
 そして、一瞬後には視界がブラックアウトし衝撃がヴィヴィオを襲い、地に何度もバウンドしながら吹き飛んでいく。

「真九郎さん! どうしたっていうんです!? もう終わったはずです!」

 ユーノは血相を変え、吹き飛ばした方向を向いて立ち止まっている真九郎に駆け寄り胸倉を掴む。全力で真九郎を揺さぶろうと腕を振るもピクリとも動きはしなかった。

「いったでしょう。潰すんですよ……ヴィヴィオの力を――出力フルリミッター解除、対象高町ヴィヴィオ」

 右手をかざし、ヴィヴィオのリミット解除を実行する真九郎。管理外世界で生活する上で封印されていたヴィヴィオの魔法資質が放たれる。ヴィヴィオは久々の感覚に驚きながらも、体の回復に努めていた。

 真九郎はあっさりとユーノの拘束を解くと、ゆっくりとした歩みでヴィヴィオとの距離を詰めていく。

「ハハハ……ハ……すまん、なのは――あいつは

 真九郎は……プロだ」

 銜えていた煙草が落ちたのにも気づかず、紅香は真九郎から視線を離せずにいた。










 うご……ける……さっきまでの殺気は……ない

 さっきまでと違って……動ける! 戦える!

 魔法も戻ってきた……やらないと――殺られる!

 ヴィヴィオはやっと戻ってきた体の感覚を確かめるように各部に力を入れながら、立ち上がる。爆弾魔の狂気と突然連れられての真九郎との模擬戦。混乱しすぎて、既に思考を納得させるといった考えは浮かんでこなかった。
 ヴィヴィオの頭にあるのは、危機感から来る生存への闘争本能、目の前に迫ってくる真九郎と戦わなければならない。
 そうしなければ、自分は壊されてしまう。
 きっと五体満足で帰れないのではないか……っという危機感も相まって、ヴィヴィオは魔法を持たない者に魔法を使用する事への罪悪感は綺麗さっぱりと消失していた。


 自己ブーストを施し、飛翔魔法を実行。全力の虹色に輝く魔法弾を可能な限り生成する。

 その数12――全力での肉弾戦闘をしながら扱え、維持できる最大の個数である。初めから出し惜しみは一切なく、全てが無防備な人間にとっては必殺の威力を秘めていた。

 魔法弾が生成されようとも、真九郎はそれまでの構えを時、脱力する。

 先ほどまでとはまったく逆に真九郎は構えず、ヴィヴィオは自身最強の布陣を敷き構える。

 仕掛け始めも、今回はヴィヴィオ――

 生成した魔法弾を全て全力加速させての真九郎への全方位同時攻撃。フェイントを加え、完全に真九郎の間を外したはずであった


 ――っが、


 真九郎はフェイントを見抜き、同時に襲ってくる12の魔法弾を処理するべく、半歩バックステップし反転の勢いを使いつつ12の魔法弾を全て拳のみで消滅させる。
 ヴィヴィオは攻撃が直撃しようがしまいが、すべきことは一つしかなかった。真九郎を倒すことのみ。魔法弾が全弾直撃していようとこの程度で終わるはずはない。
 その本能に従い、ヴィヴィオは飛翔魔法で真九郎との距離を詰め、肉弾戦に持ち込む。

 互角の戦いが出来るという確信があったのだろう。魔法による強化、先天固有技能である「聖王の鎧」による絶対防御。四肢を拘束されようと攻撃も牽制も出来る魔法。きれるカードの枚数でいえば、ヴィヴィオが圧倒的なまでの優位があった。

 事実、ペースを握ったのはヴィヴィオ――真九郎は攻撃を全ていなし反撃するも、聖王の鎧に阻まれる。

 拮抗した戦いが繰り広げられているかに見えた事だろう。ヴィヴィオの攻撃は全ていなし避けられ、真九郎の攻撃は鎧によって防がれる。

 数分の戦闘で百に近い攻撃のやり取りが行われた。たった2分でヴィヴィオは息を乱し汗が噴出していた。しかし、目には力強い意志を灯し、集中を切らしてはいなかった。しかし、口元には笑みが浮かび上がっていた。

「いける……」

 ヴィヴィオが笑みを浮かべたのは、無意識であった。目標としてきた人とこうも拮抗した戦闘を行えたのだから……




 しかし、真九郎の中には拮抗した焦りも驚きも存在してはいなかった。
 なぜなら、手を抜いて拮抗させていたのだから

「どうしてこうなったんだろうな」

 誰にも聞かれる事のない言葉を囁き、真九郎は右腕をヴィヴィオにかざす。ゆっくりと握られていく指を見たヴィヴィオは焦って魔法弾を真九郎に撃ち込むも、真九郎は微動だにせずに受け止める。
 直撃時に発生した煙の中、ヴィヴィオと観戦者は見てしまう。真九郎の右肘に生えた角を……


 真九郎のペースにしない為に、ヴィヴィオは真九郎から離れるように距離をとり、魔法弾で真九郎を磔にしていた。

 しかし、真九郎に長距離での対応は驚くべきものだった。事実、ヴィヴィオの攻撃の手は驚愕に包まれ止ることになるのだから。
 使用したのは地面。手にとった土を加減をしつつヴィヴィオに向けて投てきする。その威力たるや、銃と言っても遜色はない。
 ヴィヴィオが止まった一瞬をつき、真九郎はヴィヴィオとの距離を潰し左正拳を撃ち込む。聖王の鎧を突き破り、ヴィヴィオの頬をかする。距離を取ろうとするヴィヴィオの腕にネクタイを巻きつけ、仮設の手錠を作り出す。

 距離を取れないヴィヴィオは意を決して、全力のブーストを掛け乱打戦に挑む。
 真九郎のボディーブロ−が綺麗にヴィヴィオの腹にぶち当たる。内臓が悲鳴を上げ、衝撃が突き抜け背中にジンジンとした痛みが走る。返しに出したフックも、真九郎に綺麗にカウンターを顔面にぶち込む。
 間を取るために放った魔法弾も真九郎に届くことはなかった。全てをいなされかわされる。その攻撃の間に逆に攻撃を確実にヴィヴィオに当てていく。

 何度も何度もヴィヴィオが攻撃し続けるも、真九郎の攻撃をコンマ数秒ずらすだけであった。

 真九郎の射程圏内から脱げるためにネクタイを魔法弾で撃ち抜く。しかし、既にグロッキーに近く、飛翔魔法を使っていなければ何度ダウンしたかはわからない。
 既に脚は唯のお飾りとなってしまっていた。
 一発逆転と最後の攻撃に掛けるヴィヴィオが選んだ魔法は、かつて母であるなのはの必殺の魔法“スターライトブレイカー”

 既に保険として魔法の核を作っていたので最大の威力を出せるまで魔力を溜めるのにさほど時間は掛からなかった。

 しかし、その時間だけでも真九郎がヴィヴィオを捕まえるのには十分過ぎるくらいの時間はあった。
 真九郎は左正拳を溜めるように構える。腰を落し体をひねり、完全に左で攻撃すると言っているかのような構え。しかし、その威圧感はまるで大砲の発射口に立っているかのように、ヴィヴィオや観戦者に伝わる。
 
「いっけ――!! スターライト! ブレイカー!!」

 放たれたスターライトブレイカーは10年前のなのはのモノと比べても遜色ないほどの威力を内包しているのがわかる。真っ直ぐに真九郎に向かって轟音を鳴らしていた。

 右よりも小さな角が生えた左腕を真九郎は全力で無駄がないフォームで打ち出す。

 スターライトブレイカーと衝突した左拳はシールドが掛かっているかの如く、空間を少しおいて魔法を打ち消していく。







 自身の魔法によって真九郎を視認できないヴィヴィオは、真九郎が魔法を左拳によって打ち消されているとは露にも思ってはいなかった。

 攻撃が終わり、煙が晴れた瞬間ヴィヴィオは驚愕と共に絶望が襲ってくることになる。

 スーツにホンの少し焦げを作っただけで、真九郎自身は何事もなかったかのように立っていた光景を見ることによって――














「もう……見てられないよ」

 弱弱しい声でユーノは、魔法を左正拳で打ち消した後に再開したヴィヴィオへの一方的な真九郎の暴力に耐えられなくなり目を逸らす。
 しかし、誰一人として同意の声も非難の声も出しはしなかった。誰一人として目を逸らそうとはしていなかった。横にいる嫁のなのはですら……
 そんなユーノを諌めたのは、銀子だった。
 か細い体から放たれたとは思えない程、綺麗で甲高い音を立てたビンタが頬に直撃する。

「ふざけないで……真九郎が耐えてるのに、なんで見てるだけのあなたが耐えれないのよ」

「ヴィヴィオは僕の娘だから!」

「家族のいない真九郎にとってヴィヴィオはもう妹なのよ……そんな大事な妹を壊さないといけない」

「だな。甘い真九郎が非情に徹してるんだ。見届けてやれ」

「でも……」

 ユーノは助けを求めるようになのはに視線を向けるが、なのはは一切視線を逸らさずに唯呟く。

「ごめん……ユーノ君。この戦いは見なくちゃ駄目だよ。だって――あんなに真九郎さん泣いてるもん」












 最後の切り札を失ったヴィヴィオが選んだモノは、捨て身覚悟の特攻。
 真九郎は落ち着いて処理し、枯れ木を折るかのようにヴィヴィオの四肢をへし折る。ヴィヴィオの四回目の叫び声が鳴り終えると、真九郎は髪を乱雑に掴み持ち上げる。

 徹底的なまでに真九郎はヴィヴィオへの攻撃を止めはしなかった。ヴィヴィオを戦闘不能にするよりも、恐怖を刷り込むかのように真九郎は視界に、痛覚に覚えこませるように攻撃を放っていく。
 既に飛翔魔法すら効果がなくなったヴィヴィオを、真九郎が倒れさせまいと体を浮かせる。

 意識が朦朧とし始めたヴィヴィオは抵抗することも、防御を固める事も出来ずに唯何度も迫り来る拳を見続けなくてはいけなかった。

 迫り来る拳、接触と共になる鈍い音、拳が離れる時に聞こえるベチャリとした音、血が抜けていく感覚――意識がなくなる寸前のヴィヴィオの脳に、まるで彫刻のようにしっかりと刻まれていく。



 サイドポニーを掴まれ、もう何度目かもわからない迫り来る拳の映像を最後に、ヴィヴィオの意識は消える。














 ヴィヴィオを下ろすと、真九郎は血が粘りつく手や顔を拭おうとはせず、誰にも顔を見せないように森の中に消えていく。誰一人として呼び止めようとはせずに見送る。シャマルはヴィヴィオの治療に終われ、なのは達は動けずにいた。

「まぁこうなるわな。剛力を生み出す右の角と魔法に触れることによって生まれた退魔の力を持つ左の角が開放されたんだからな。
 全力ではなかったにしろな……
 さてと、仕事と行こうじゃないか――なのは、フェイト、はやてよ」

 紅香の言葉に従うように、なのはとフェイトは宿舎へ歩み始める。
 しかし、はやてだけは言葉に従わずに真九郎が消えていった森の中に走っていく。紅香達の制止も聞かずに“すぐに行く”とだけ言い残し消えてしまう。
 あきれ返る紅香とクスリと笑みをこぼすなのはとフェイト。

「乙女だよね、はやてちゃん」

「どうなんだろうね」

 なのはとフェイトは嬉しそうに話しながら、溜息をこぼす紅香と並んで歩く。

「まぁ、懲罰という闇を背負いながら、あれだけ笑えるのだからよしっということにしておこう」

 無理やり納得したかのように、紅香は煙草に火をつける。







「泣いてる? 真九郎さん」

 訓練場の端で海を眺めながら座る真九郎を見つけたはやては優しく声を掛けるも、真九郎は答えようとしない。答えが返ってこないことがわかっていたかのように、はやては真九郎と背中を合わせて座る。

「どこでこうなったんだろうな……唯笑っていてくれればよかったのに」

「責任かんじてるん? 感じなあかんのはうちやで……真九郎さんの世界にいけばって薦めたんはうちやもん。
 うちが、真九郎さん達との繋がりを切りたくなかったのもあるし」

 はやては、優しく真九郎を後ろから抱きしめると、後頭部に軽くキスをするように顔をうずめる。

「今度、紫ちゃんたちとうちら皆で楽しく笑えるお食事でもしよ。ね?」

「そう……ですね」

「左腕痛むようなら、うちのシャマルに言ってな。治療するかね」

「ありがとうございます」

「ほな、うちは行くな」

 はやては真九郎の頭をなでると離れ、それ以上いようとはせずに静かに立ち去っていく。真九郎は黙って振り向きもせずに送り出す。
 日が沈むまでの間、真九郎は動きもせずに座っていた。

















 真九郎とヴィヴィオの模擬戦の数日後、ベッドに寝かされている少女は静かに目を開く。

「お目覚めのようね……ヴィヴィオ」

 ボーっとしたヴィヴィオの耳に届いてきたのは聞きなれた声だった。完全に固定された四肢に窮屈感を持ちながらも、ヴィヴィオは視線を声の方へ向ける。

「ぎ……銀子さん」

「私の役目を果たすわね。計画と模擬戦……全て教えてあげるわ」

 銀子は視線を向けるヴィヴィオに背を向け、ノートパソコンの操作を始める。

「私達……高町夫妻、真九郎、紅香、私は1つの危惧を持っていたわ。危険から完全に守られた鳥籠の鳥の貴方が次元世界に戻っていけるのかどうか。貴方を狙う危険な人は沢山いるもの、本当の狂気や殺気の中で動く事なんて今の貴方には無理だと思ってたわ。

 そこで私達は1つの計画を立てたの――

 コントロール出来ない危険が貴方を襲う前に、コントロールできる危険に貴方を襲わせるようにとね。

 選定には全員の賛成を必要としていたのだけどね、今回は紅香が独断で決定したわ」

「紅香さんの……独断? なんで」

 ヴィヴィオには少し信じられなかった。全てを勝手に決める紅香だが、他人の命が対象の時にこういった独走はしないはずなのに……

「ええ、一度私が提案した時に、否決されたから無いとは思ってたのだけどね。否決したのが真九郎だけだったからよね、きっと――

 アイツはきっとどんな対象でも賛成しないもの……それほどアイツは貴方に甘い。だからこそ紅香は真九郎に知らせずに計画を後戻りできない所まで持っていったの。

 爆弾魔の犯行と心無い言葉に心が壊れたひきこもりの青年を対象にしてね」

「え……?」

「あなたが対峙した人はね……爆弾魔の初めての被害者で、後に自殺した爆弾魔の代わりに爆弾魔となった唯の青年よ――

 心が壊れれば誰もが、壊れるわ。覚えておきなさい」

「それじゃ……本当の爆弾魔は――?」

「さぁ? どこかの森の中で自殺でもしたんじゃない? 自主はしてないみだいだし――
 以上ね。それじゃ、私は帰るわ。元々の予定通り、夏休みはこっちにいなさい。」

 語り終えた銀子はノートパソコンを閉じ、ゆっくりと立ち上がりヴィヴィオに背中を見せる。

 自分が対峙した狂気に満ちた男は、唯の被害者で復習者だった事――
 本物の爆弾魔はもう死んでいる事――
 一連の事が仕組まれ、試されていた事とそれに答えきれなかった事へのショックでヴィヴィオは何も言えなかった。

「覚えておきなさい――力を得るだけなら誰でも得られるわ。銃、ミサイル、爆弾……でもね、必要なのはそれを使うに等しい心と理由よ。あなたにあったの?」

 ヴィヴィオは問いにも答えられずに唯、見送る事しか出来なかった。
 資料を読み込み、真実を見抜けなかった迂闊さ。
 始めて直接受ける事となった狂気に狂った者に飲まれてしまった覚悟のなさ。
 自身の命を軽く扱った事による無謀な行為。

 愚かな自分を目の当たりにさせられたヴィヴィオは、声を殺して自然に流れてくる涙を流していた。





 冷たい音を静かに出しながらしまる病室の扉と共に、ヴィヴィオの今回の騒動は完全に終わりを告げる。







   第一章 盲目の純情 完





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