「すまんな、なのは。まさか星噛絶奈がこの噂に食いつくとはな。こちらの世界では大人しかったのに」
「ええ、“死ねない少女”……シャマルさんからは聞いていたけど」
「運命というやつかな。関わらずにいれば傷も癒えて、元通りとは言えなくても帰ってこれたのにな」
「でも、これを超えれれば、あの子は強くなる」

 とある街のカフェのテラス。紺のスーツに身を包みセミロングの金髪を咥えタバコした、どこかダンディっという言葉が似合いそうな女性、柔澤紅香。茶色掛かったロングの髪をサイドポニーに縛った優しげな眼差しの女性、高町なのは。
 2人は優雅にコーヒーを飲みながら、静かに話を進めていく。

 内容は致死の傷を受けても、何事もなかったように復元してしまう少女について。

 ――そう、エリン・ギウムについてである。


 数ヶ月前から裏の世界で流れた一つの不特定多数への依頼。事故に見せかけて殺せれば莫大な遺産をその報酬に譲ると……。
 それから名乗りを上げた裏の世界の者達があの手この手で事故に見せかけて殺してきた。
 しかし、死亡させる事はできなかった。

 それ以来、裏で名を馳せた者達が狙い始めたという噂が流れて初め、これからっという時に絶奈の登場。
 
 ヴィヴィオが退院するまでは、ヴィヴィオを知る者がこの件に関わらないとタカを括っていた2人は、見た目には見えないが焦っている。
 2人がゆっくりとコーヒーを啜っているのは、偵察に行かせた部下の帰りを待っているから。

 2人の後ろに立つのは柔沢紅香の部下で、ヴィヴィオと同じ年の少女、エリス。
 背はなのはよりも頭一つ分低く、中学生と言われても疑われないような無邪気な笑顔が似合いそうな童顔。
 同世代よりも少し低い背と、鍛えられ締まった細い身体に同世代の子よりも育っていない胸が収まっている。
 そんな『幼い』っという言葉が似合う身体に、髪色と同じ黒のスーツをビシッと着用している。ビシッと立っている姿勢を崩すことなく気配を殺して待機している。
 しかし、その表情には不安が隠せないでいる。

 最悪、裏十三家とやり合わなくてはならない事態に緊張し、表情は強張っている。
 よく考えてみると、たかが16歳の少女。柔沢紅香の下にいる事事態が驚愕に値する。

「そう緊張するな、エリス。お前は高町なのはの魔法発射までの時間を星噛絶奈から奪えばいいだけだ。その手順も教えただろう」
「……はい」
「偵察に行かせたエミリちゃんと開発した“あれ”は地味ではあるけど凄いから自信を持ってね」

 なのはからの激励に、エリスは少し顔を赤らめながら頭を下げる。

 エリスが頭を上げると同時に、一つの転送魔法が独りでに展開し、人が転送魔法で出現する。

 薄い茶色の髪を肩まで伸ばしたエリスと同じ年の少女、エミリ。
 エリスと同じ黒のスーツに身を包むが、エリスとは対照的に胸は、パッと見ただけでその存在感がわかるほどのボリュームがある。
 どこかのお嬢様ではないかと思うほど、表情はおっとりとしている。

 後ろにハロウィンのかぼちゃのお化けの顔を持つ黒マントに身体を覆わせ、巨大な釜が付いた長箒を持った不気味なゴーレムが待機している。

 エミリの登場にエリスは表情を軽く強張らせ、紅香となのはは静かにコーヒーのカップを下ろす。

「で、どうだった? エミリ」
「はい、『聖王』は絶奈の元へと向かっていきました。エリス、後はお願いしますね」
「っだそうだ、エリス。いけるな?」
「……はい」
「それじゃ、エミリちゃん。転送お願いね」

 エリスは、慣れた手つきで二つの転送魔法を展開し、なのはとエリスを転送していく。

「ご苦労さん、エミリ。その人形、昔から造形が変わらんな」
「はい、大切なのは外見ではなく中身ですから。マイナーチェンジを繰り返して、最初のころとは別物ですよ」
「そうか、ジャコだったか? その人形」
「はい、“ジャック・O・ランタン”。ジャコ、空のゴーレムです」
「まぁ、任務は終わったんだ、茶でも飲め」

 紅香はエミリを先ほどなのはが座っていた席に座らせ、コーヒーを勧める。
 なのは達を戦場に送り出した2人はゆっくりとアフタヌーンティを楽しみだす。





 ヴィヴィオと絶奈、エリンを中心に崩壊していく街に、エリスは少し離れた地上に、なのははその真上の上空に転送される。
 なのははバリアジャケットを展開し、デバイスのレイジングハートをエクシードモードへと移行させる。

 そして、そのまま迷うことなく“スターライトブレイカー”を発動させる。

 周辺の消費魔力を再び、使用するスターライトブレイカーだが、消費魔力がないはずの現場なので自身の魔力でほぼ補うしかないと思っていたなのはは驚きを隠せない。
 最大威力を出せる程の消費魔力が崩壊の街から登ってきているのだ。

 だから、思っていたよりも早く楽に発射可能なまでの魔法が出来上がる。

「さすがは、からくりで作った“惑星砕き”。生身の人間が使うには破格すぎるってだけだね。後はエリスちゃん自身が強くなってくれれば、安心して次の世代に任せれるね」

 成長し続けるエリス達に、微笑ましいモノを感じながらなのはは上空に作り出した太陽のような魔法を、たった1人、魔力を持たない人間に向けて全力で、一切の手加減なく躊躇なく放つ。

 襲う魔法が放つ光でようやくなのはの攻撃に気づいた絶奈は、コートを纏って直撃を避ける。
 さすがにコートは全て破壊され、絶奈は義手とその身だけで、なのはの最大破壊力を持つ魔法をやり過ごす。

 確実に致死を与えるほどのエネルギー量を保持した魔法が直撃したにもかかわらず、なのはは急降下して絶奈への追撃に備える。
 立ち昇る煙が晴れると、スーツがボロボロに、隠さなければならない箇所以外はほぼ露出するほどに破けているものの、肌は少し火傷しているかな……っという程度のダメージしか与えれていない。
 絶奈が如何に頑丈とはいえ、これはさすがに違和感しか沸いてこない。

 明らかに物理防御の限界を軽く超えている。

 その理由をなのはが目の当たりにするのは、なのはの考察が纏まりきらないほど早く訪れる。
 必死に頭で理由を考えながら、なのはは絶奈を拘束するために罪状を述べはじめる。

「殺人、及び大量破壊で拘束……」
「2人も神経を振わせてくれたお礼にいい物……見せてあげるわ」

 不気味に笑う絶奈はいつの間にか右手に握っていた10cm長のUSBと思わしき物体を、なのは達に掲げる。
 USBの中央に綺麗なピンクで“S”っと記され、その他は漆黒の闇のように黒で埋め尽くされている。

 差込口の根元に取り付けられているスイッチを、絶奈は静かに押す。押された瞬間USBから、

『Star Light Breaker』

 っと渋めの声で発せられた音声と共に、爆発するかのような魔力が絶奈の付近から感知される。
 爆発するかのような魔力を放つUSBを絶奈は左腕の義手に装填する。

 絶奈の左手から、まるでなのはをコピーしたかのように巨大な収束魔法弾“スターライトブレイカー”が形成されていく。

「必要な技術は全て貰えたから、もう好きにさせてもらうわよ」

 なのはは完成していく絶奈の魔法が、何に使用されるのかを本能的に察知する。
 アクセルシューターで絶奈へ放つも、突如出現した銀の煙が凝固し、全ての魔法弾を完全に防ぐ。

 初めて見せ付けられる絶奈の新技術。
 USBから魔法を生成する魔力を持たない者も使用できる技術。
 意思を持つかのように浮遊し、凝固して対象者を守る銀の煙。

 管理世界で仕事をし始めてから、絶奈ははやて達からの仕事で殺すことはあっても、元いた世界と同じ商売はしなかったはずである。
 こちらの戦力や技術が悪宇商会を圧倒しているからと安心していた……。しかし、違う。技術を盗むまで大人しくしていただけだった。

 オーバーテクノロジーでも使っているのでは? っと思ってしまうほどの義手技術。とそれに呼応する戦闘力。
 それに咥え、攻撃魔法と防御魔法を手に入れた。

 いつの間にか、なのはは歯を食いしばり、力を手に入れた絶奈を睨んでいた。
 それを受け流す絶奈は、完成した“スターライトブレイカー”を天に向かって放つ。

 弾丸として撃ち出された絶奈の魔法はある点まで来ると炸裂反応魔法として、広域に広がり街を覆い尽くしてしまうだろう。

 なのはは弾丸を追い上昇し、炸裂した瞬間に防御魔法で押さえつけ、広がりを上空へと限定する。


 なんとか崩壊した街に更なる被害を出さずにすんだが、地上へと降りていった時には絶奈の姿はそこにはない。
 残されたのは、緊張の糸が解け崩れ落ちたエリスと、泣き叫び続けるヴィヴィオだけ……。





魔法少女リリカルなのは×紅×電波的な彼女
電波的なヴィヴィオ
第二章 偽りの祈り
その四 「雨上がりの鳥籠」
作者 まぁ





 窓も雨戸が閉められ日の光を遮断し、電気もつけないで闇に支配されたとある家。高町家のとある長女の部屋。
 闇に同化するように、ヴィヴィオは生気なき目で闇を見つめながら動かない。
 エリン・ギウム死亡から数日、ヴィヴィオは部屋に閉じこもっている。持ってきてくれる食事を口に運び、トイレに行く以外は外とは完全に断絶している生活している。

 なんでも出来る気になっていた自分の根拠のない自信を完膚なきまでに破壊された爆弾魔事件。落ち込む自分を立ち上がらせてくれた友の死にたがりを止め、幸せにしなければと再び立ち上がったが

 ――救えなかった。
 何も出来ない。無力。

 それがヴィヴィオを立ち上がらせる事を、涙を流す事すらとめる。

「……トイレ、いこ」

 生気を失った暗い瞳をしたヴィヴィオは、生理現象に勝てず脱力した体で、ゆっくりと幽霊のようにユラユラっとトイレを目指して歩みだす。
 二階から階段を降り、賑やかなリビングの音を聞きながら、奥にあるトイレへと入っていく。
 何も考えられない程落ち込んだヴィヴィオの耳に、嬉しそうな声をあげる妹ユウリの声や、それに応える真九郎やなのはユーノの言葉が届くも、何もリアクションが浮かんでこない。

 トイレで用を足し、再び立ち上がる気力を持てずに数分、ただ何もせず座っているだけのヴィヴィオに賑やかな声だけが届いてくる。
 声が耳に届くたび、ヴィヴィオの沈んだ心に言葉に出来ないシコリのような引っ掛かりが浮かび上がるような感覚に陥る。

 そのシコリを認識できず、ヴィヴィオはふらふらとリビングのドアの横まで移動し、壁にもたれ腰を落とす。






 ヴィヴィオが閉じこもって数日、久しぶりに会う姉の異様な雰囲気に何か察したのか、幼い頃のなのはにそっくりでただ髪の色が金髪と違うだけのユウリは、ヴィヴィオの部屋には一切近づかず、遠くから入り口を眺めているだけ。
 笑顔が似合う幼い少女から笑顔が消えて数日、高町ユウリの顔に笑顔が戻っていた。

「よかったねぇ、ユウちゃん。真九郎さんのお膝のお上に座れて」
「うん! ねぇねぇ、シンしゃん! お嫁さんまだいないの?」
「あぁ、まだいないよ」
「なら、ユウリがなってあげる!」

 弾ける様な笑顔でユウリは、真九郎に力一杯抱きつく。
 真九郎も、優しげな笑顔でユウリの頭を優しくポンポンっと撫でる。

 ユウリが生まれて約5年。
 真九郎は管理世界で仕事をする際には、留守が多いなのはとユーノのいない高町邸で一日二日過ごす事が多く、よくユウリを子守していた。
 そのため、すっかりと真九郎に懐いてしまったユウリは、真九郎に無邪気な好意をむける。
 かつて本当の妹のように可愛がってきた幼き日の崩月散鶴と姿がかぶり、真九郎はたまに休暇にも高町邸を訪れる。

 そんなワケでユウリは真九郎にベッタリで油断していると、真九郎の家までついていく事すらある程好き好んでいる。高町邸にいるときは、父親よりも、母親よりもスキンシップを求め、行い、常に抱きついて過ごしている。

「予定外でしたが、これで……あの子は強くなれる」

 リビングの外に居座ったヴィヴィオの存在に気づいた真九郎は、楽しげにはしゃぐユウリの頭を撫でて静めつつ、静かな声を出す。
 その発言に噛み付いてきたのは、ヴィヴィオの父ユーノ。
 爆弾魔事件の後の真九郎のあの行動に腹を煮え繰り返しながらも、これでヴィヴィオが戦闘に関わる仕事に就く事はなくなり、事務職なり争いのない生活を送れると思っていた。
 しかし、真九郎から出た言葉は、これからも命を危険に晒しながら、生きていけ! っと言っているようにしか聞こえない。
 それに激怒したユーノは、身を乗り出し真九郎の襟をつかんでいた。

「アンタ……あの子をこれ以上危険に晒そうというのか!?」
「望む望まないに関わらず、あの子はそういう星の元に生まれた。鍛えなければ、ただ死ぬだけですよ」
「そうならないように、僕達はフォローしてきたんじゃないのか! 違うのか!? 紅真九郎!」
「いつまでも、鳥篭の鳥というわけにはいきませんよ。それにあの子は成長している。爆弾魔の時よりも……確実に」

 怒鳴るように問いかけても、返ってくるのは冷静な真九郎の答えだけ。
 力が篭っていたユーノの手から、ゆっくりと力は削ぎ落ち、乗り出した体を後ろのソファーへと戻す。

「あなたは……あなたはヴィヴィオを戦闘兵器にでもしたいのか?」
「自力で生き残れるようにしてるんですよ。それにあの子は図らずも手に入れた、星噛絶奈の圧倒的な恐怖よりも恐ろしい"最も恐ろしい”ものを」
「何を言ってるんだ、あんたは。アレ以上に恐ろしいモノなんて……」
「ありますよ。俺は6歳から16歳までそれに付き纏われて、夜まともに寝れた事なんて一度だって」
「しんしゃん! ユウリ、トイレ!!」

 緊迫した雰囲気に耐えれず、ユウリは精一杯の声を上げて軽やかに飛び降りて走ってリビングを出て行く。
 気配を消した姉ヴィヴィオがいるとも知れず飛び出し、見事ぶつかって勢いよく跳ね返ってこける。

 心配したなのは達はドアへと足早に駆け寄る。
 こけたユウリは、こけた痛みよりも目の前にいる姉に心奪われ、無邪気な笑顔がこぼれてくる。
 しかしその無邪気で輝いているかのように眩しい笑顔が、どこかバカにしているのではないか……っとひねた発想が浮かび上がる。

「お姉ちゃん!」
「……なにがそんなに面白いのよ!! 大事な友達も守れない私がおかしいんでしょう!?」

 何も感じない、出てこなかったはずの心が、妹の無邪気な笑顔を見た瞬間に爆発してしまう。
 思ってもいない言葉と涙が雪崩のように出てくる。

 こんな事を言いたいわけではない。
 なのにこんな言葉しかでない。
 しかもとまらない。あまり会えないけど可愛い妹にこんな醜い言葉吐きたくない。


 雪崩のように襲ってくるヴィヴィオの言葉を受け止めきれず、ポカンっとしてしまっているユウリを庇うようになのはが優しく抱きしめ、耳をふさぐ。
 ユーノも涙を流し必死の形相をして叫ぶヴィヴィオを、ユウリに見せないように間に立ちふさがる。

 その幼い子供を持つ親としての行動が、火に油を注いだかのようにヴィヴィオをさらに白熱させる。
 ヴィヴィオが言いたくて言っているわけではないことを察した2人は、ヴィヴィオが止まるまでただ黙って見つめる。
 叫んでいる内容全部が、ヴィヴィオ自身が自分を責めるもの。

 目に見えて勢いが落ち、肩で息をし始めたヴィヴィオを見て終わるっと安堵していたが、思わぬ方向に矛先が向いてしまう。

「あんたはいつもそう! いつも皆に守ってもらって!! あんたがパパとなのはママの本当のこど……」
「それ以上……いうな」

 “あんたがパパとなのはママの本当の子供だから”っと言おうとしたヴィヴィオの口を塞いだのは、リビングの中にいたはずの真九郎。
 ヴィヴィオを見る目は静かに澄んでいる。
 真九郎の瞳を直視する事が出来ず、目を大げさに逸らしたヴィヴィオは、精一杯の力を込めて口を塞ぐ真九郎の手を叩きのけ、一歩下がる。

「高町家の長女はお前だろう……」
「……ぅ、ぁ」

 言葉を紡ごうともがくヴィヴィオは、クシャクシャに崩れた顔でうめき声のような声がもれてくる。
 必死になればなるほど、ヴィヴィオの中のモヤモヤは心をガチガチに締め上げ固めようとする。

 耐えられなくなったヴィヴィオは、逃げ出すように家を飛び出す。




 後を追おうとするなのはとユーノと違い、真九郎は未だ呆けてしまっているユウリの元へと歩く。
 真九郎の行動に、ユーノは思わず振り返って睨むように見つめる。
 娘がこうなってしまった主な原因である真九郎は、まず真っ先にヴィヴィオを追うべきなのに……っと怒りがこみ上げてくる。

「なのはさん、ユウリちゃんはそろそろ夏休みでしたよね?」
「……はい、明日行けば休みですよ」
「なら、明日の夜からこの子を預かりますね……この子にヴィヴィオが見てきた世界を少しでも見せてあげたくなりました」

「何言ってんだ、アンタ! それより先にやることがあるだろう!! それにあんな歪んだ世界をこんな幼い子に見せるつもりか!?」
「ヴィヴィオには“糸”をもう付けてますよ。それにだからこそ見せるんですよ……この子の純粋な瞳で姉が見て感じた世界を見て感じてもらいたい……それに」
「ふざけるなよ!! 僕達の子供はアンタの道具なんかじゃないんだぞ! ヴィヴィオをあんな滅茶苦茶にしておい……」
「それに! この子は今のヴィヴィオに必要ですよ。あの子はきっとあの世界に帰ってくる……それでは」

 真九郎はユウリの頭を優しく撫でると、睨みつけるユーノを無視して静かに去っていく。


―― 後日、真九郎に連れられ異世界へと向かったユウリが微笑ましくも姦しい騒動を起こす事になるが


  それはまた別のお話で。






 ヴィヴィオが家を飛び出した翌日、真九郎の世界は泣いているかのような雨に包まれている。
 その雨のなか、失意のヴィヴィオはフラフラと宛てもなく進んでいく。
 自然と足が向かったのは、楓味亭でも五月雨荘でもない。

 爆弾魔事件へと赴く前に昼御飯を食べた公園。
 何を求めたのかも、何がそうさせたのかもわからないが、ヴィヴィオの足は公園を入りブランコへと向かう。
 しかし、ヴィヴィオはそこが一度きた公園であるということすら思い出す事無くすごす。

 何時間ブランコに座り、雨に打たれていただろう。
 雨の日に公園を訪れる者はいない。誰一人、ヴィヴィオの存在に気づかず、周りの道を進む。

 雨の日の昼間、薄着で雨に打たれている年頃の女の子を放っておくほど、この世界は綺麗には出来ていない。
 毎日各地で凶悪な殺人が起き、それを取り締まるはずの警察が無力となってしまった歪んだ世界。

 絵に描いたような不良の群れが、運悪く……いや、見つけるべくして、失意のヴィヴィオを見つけてしまう。

 数人で取り囲み、座っているヴィヴィオを立たせ、思いつく限りの甘い誘いを持って草むらへと誘う。
 不良の言葉はヴィヴィオに届いているのか、ヴィヴィオは誘われるままについていく。

「おい、姉ちゃん。何か忘れたい事あるんだろ? そんな顔してんだからよ。イイモンやるよ」
「おい! 何もそんなの出さなくてもいいじゃねぇかよ」
「こんなままでやってられっかよ!」

「忘れ……れるの?」

 “忘れれる”っという言葉に反応するヴィヴィオ。不良たちもニヤリっとポケットから一粒の薬を取り出す。

「この薬飲めば、嫌な事なんて全部忘れてぶっ飛べるぜ!」
「そうそう! 忘れたい事忘れていいことしようじゃないの」

 不良の一人がポケットから取り出した薬をヴィヴィオの細い手に乗せる。
 ヴィヴィオは手に乗せられたちっぽけな小さな薬を眺める。
 重さも感じない小さな薬が、今のヴィヴィオにとって何よりも輝いて見えた。

 妹を優先して守る両親。守ってくれると信じていた真九郎の裏切り。理不尽な現実。
 全てを忘れたい……どこからか漏れてくる言葉が、ヴィヴィオの手をゆっくりと動かす。


 まるで水に飢えた者のように、プルプルっと震えながら薬はヴィヴィオの口へとゆっくりと運ばれていく。

 あと少し。

 あと少しで口の中に入ろうかという時、力強い男の声が響く。

「おい……ソイツになにしてんだ!」
「え……?」

 薬に注がれていたヴィヴィオの視線が、バッと声の方向を向く。
 今までで考えれば、ありえないほど勢いがあったが、身体が勝手に反応を見せる。

 そこには髪を金髪に染めた体格のいい、見るからに不良……っといった風貌の男が睨みつけるような目をして立っていた。
 間違うはずもなく、ヴィヴィオはその男が誰であるか理解する。


――爆弾魔事件の直前、公園で会話した“不良さん”である。


 その不良さんを見た瞬間、沈んでいたヴィヴィオの心がふわっと浮いた気がした。
 すると、自然とヴィヴィオの目から大粒の涙が滝のようにあふれてくる。

「んぉい! 邪魔すんじゃねーよぉ! お前こいつのなんだってんだよぉ!」
「こいつは……こいつは、俺の女だ!!」

 金髪の不良は、頬を少し赤らめ目線を反らしながら宣言する。
 たった一度、数分の交流しかなかったはずなのに……などと思っていそうな不満げな表情を浮かべながら、不良達にかかって来いと手招きする。
 あれよあれよという間にヴィヴィオを取り囲んでいた不良たちを叩きのめしてしまう。
 そして呆けるヴィヴィオの手を掴み、足早に去っていく。


 連れてこられたのは、先ほどの公園。
 よくよく思い返してみると、爆弾魔との対峙の前に昼食を取った公園であると、ヴィヴィオは今にして思い出す。

 不良さんに誘導されるように、ブランコへと腰を下ろす。
 ブランコに座った二人は十分近く目も一切合わせず、一言も言葉を発しない。

「すまねぇな……」

 ポツリと呟いたのは、不良さん。
 ヴィヴィオは何に対して謝っているのか、何が目的であの場で自分をさらっていったのかわからず、言葉を発せない。
 ゆっくりと思慮をまわしていると、一つの答えにたどり着く。


――この不良さんも、先程の不良達と同じなんだろう。っと


 答えに辿り着いたヴィヴィオはゆっくりと立ち上がり、無表情のままシャツのボタンをおもむろに解いていく。
 それを見た不良さんは驚き、顔を赤く染めながら急いでヴィヴィオの腕を握ってボタンを解く作業を止める。

 なぜ止めるのか……っと無表情のままヴィヴィオは不良さんを見つめる。

「なっ、なにしてんだよ!」
「……これするために、連れてきたんじゃないの?」
「ちがっ! ちげぇよ!! お前……何があったんだよ?

 一回しかあったことねぇけどさ、そんなんだったか? なんか、あったのか?」


 不良さんの言葉を聞いた瞬間、ヴィヴィオの瞳からは滝のような涙が零れ落ちてくる。
 エリン・ギウムが殺されてから今まで、誰一人としてこのように聞いてきてくれた者はいない。

 母のなのはも、父のユーノも、真九郎も、ヴィヴィオが部屋に引き篭もってから声を掛けてくれた全ての人が、ヴィヴィオを襲った出来事を知っている。
 その全ての人がヴィヴィオを刺激しないように、慰めの言葉と放置しかしてこなかった。
 先程ユウリに爆発した事もあり、必死に抑えてえていたうちなる思いがあふれてくる。

 溢れてきた涙に気づいたヴィヴィオは、勢いよく不良さんに突っ込む。
 勢いはさほどではなかったが、来るとは思わなかった不良さんは抗うことも出来ず押し倒される。

 倒れた不良とそこに乗っかるように胸に顔をうずめて涙を流し続けるヴィヴィオ。

 ヴィヴィオは顔をうずめ涙を流しながら、ゆっくりと言葉を紡ぐ。


 不良さんと出会ったすぐ後に、爆弾魔事件解決に挑んだこと。
 それが失敗し、目標にしてた人にボコボコにされたこと。
 全てが嫌になった時に出会った友達のこと。
 その友達に、自分にはない強さがあると惹かれ、立ち直ったこと。
 その友達が死にたがりで、死のうとしていたのを止めようとしたこと。
 説得できたものの、結局友達が死ぬのを見ているしか出来なかったこと。
 死ぬ間際、笑って『ありがとう』っと言われたこと。
 そして、家から飛び出してきてしまったこと。


 全てを語り終えたヴィヴィオは、うちに溜め込んでいたモノを吐き出し、少しスッキリとなったが冷静になった頭の中が、なぜ名前も知らない人にこんな踏み込んだ事を話してしまったのかという事でいっぱいになる。
 恥ずかしさのあまり、ヴィヴィオは顔を上げることが出来ない。
 そして、言葉を発することすら出来ず、真っ赤になった顔を見られないように動かない。

 初めは戸惑っていた不良さんは、話し終えたヴィヴィオの頭をなれない手つきで優しく撫でる。

「それで……お前はその友達を救えなかった事を悔やんでるんだな。でもそいつ、言ったんだろ? ありがとうって」
「……うん。でも、きっと生きたかった、生きていたかったはずだもん。それを……強がって」
「死ぬ間際なんて俺はしらねぇけど、そんなときに嘘なんていわねぇだろう。そいつ救っただけすげぇじゃん……」


 あー、どう励ませばいいんだよ……っと、不良さんは頭をかきつつ思いつくまま、ヴィヴィオを励ましていく。
 さすがにもう出ないっと不良さんが困り果てたとき、ヴィヴィオはゆっくりと顔を上げる。
 涙で目が少し腫れ、鼻水の跡が薄っすらと見えた。
 さすがに注意する勇気もなく、不良さんは早くヴィヴィオが立ち退ように言う。

 言われた瞬間、ヴィヴィオは男性に跨っていた事実を認識して、頬を赤くしながら急いで降りる。
 
「少しは、落ち着いたか?」
「っあ、……はい」
「なら、帰るか。家どこだよ?」
「っえ!? そんな」

 悪いです。 っと言おうと振り返ったヴィヴィオの目に、不良さんの大きな手が写る。
 既に立ち上がっていた不良は、未だ座っているヴィヴィオに手を差し伸べていた。
 ヴィヴィオは恥ずかしさのあまり顔を反らしたまま、不良さんの手に手を置いて立ち上がる。

「そんな格好だと、また変なのに絡まれるぞ? だから、送ってってやるよ。どこなんだ?」
「……ふ、楓味亭です」

 どこだよ……そこ。っと思いつつ、ヴィヴィオの横を歩いていく。

 小降りになった雨に打たれ、雨雲から覗く青空を眺めながら2人は、静かな街を歩いていく。
 保護者役の銀子が待つであろう楓味亭に、真九郎とユウリがいる事を、まだヴィヴィオは知る由もなかった。





    第二章 完






 ――TO BE CONTINUED THE NEXT STAGE






  あとがき



 どうも、まぁです。


 電波的なヴィヴィオ 第二章『偽りの祈り』 完結話をお届けしました。

 全然電波的な彼女のキャラいなくね……? っとお思いかと思います。
 書いてる私もそう思ってますww

 でも、第三章はちゃんとだしていくつもりですので!


 コメント等反応がありますと、このまぁはモニタの前で無邪気にはしゃいでしまいますので、
 どうぞ気軽に一言だけでも反応してくれると幸せです。



 これからもどうぞお付き合いのほど、よろしくお願いします。。



   まぁ!



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