美守がアースラから帰還した次の日。

「ぁああああああ!!!」

 海鳴市のとある山にある神社。境内までの階段を全力で駆け上がる袴姿の少女がいた。

 墨村美守である。

 既に何往復もしており、肩を大きく上下に動かしゼェゼェと息を乱している。

 海鳴市でも、階段が長く険しい事で有名な神社を登り降りしているのだ。

 9歳とはいえ普段から鍛えている美守の体力は残り少なくなっている。

 境内で美守は遠慮なく地面に寝転び、軽く睡眠を始める。

 スヤスヤと眠る美守に軽く触れるモノが襲いくる。

 ウザったいとばかりに体をくねらせて、目を開ける。

「何しとんだ、みー坊」

「お昼寝だよ、和尚。おやすみなさい」

「こんなところで寝るなっちゅうに」

 と年老いた和尚は美守を手に持った箒で軽く叩く。

 この寺は墨村家の子供達が家の外で修行を行うのに使われてきた場所である。

 例に洩れず、美守も何度も利用し和尚とは顔見知りだ。

「学校サボって何しとるかと聞いとんだ、みー坊?」

「なんかモヤモヤしてたから走って疲れたから寝てたの。

 てか和尚……私女の子なんだから“みー坊”はやめてよ」

「ははは! 成人したら考えてやるわい」

 和尚は豪快に笑い、去っていく。

「っあ! 和尚、裏山使うねー」

「好きにせい。帰る時は声を掛けろよ」

 はーい! と返事をして、美守は立ち上がり裏山へと入っていく。

 時は平日正午をまわろうかという時、なのはが大人しく授業を受けている時間である。

 美守は自身の姿に化けさせた式神に授業を受けさせ、ここにいるのだ。

 美守は懐から黒く立派なカラスの羽根を取り出し、クルクルと回す。

 程なくして、和装をきたカラスの妖が空から降り立つ。

「あれ? 兄さんに呼ばれたと思ったのに、お嬢でしたか」

「ビー玉上げるからさ、可能な限りの数のカラスをここに集めてよ」

「おおお!!! いいんですか! こんな宝玉を貰ってしまって!」

 お願いね。と手を振った美守は、結界を足場にして木のてっぺんを超えた所で止まる。

 しばらくすると、大量のカラスが美守の元へと飛んでくる。

 美守は不敵に笑い、懐からビー玉を1つ取り出してこれ見よがしにカラスに見せる。

「これ、ほしいよね? 奪ってみなさいよ」

 美守の言葉を皮切りに、大量のカラスは美守へと襲い掛かる。

 四方八方から高速で襲いくるカラスを相手に美守は結界で迎え撃つ。


 …………

 ……


「フフフ、面白い事してるわね」

 アースラにてリンディは自身の席にて映し出したモニタを見てクスクスと笑っている。

 モニタには上から山を見た光景が映っている。

 そこにカラスが大量に飛び交い、袴姿の少女を襲っている。

 リンディが見ているのは美守の山での特訓の光景である。

 始めは10秒と持たずカラスの突撃を受けて森へと落ちていた。

 リンディはハラハラしながらも、美守が何度も何度も森から飛び上がり、カラスに落とされていく光景を見守り続ける。

 それから美守が指定した10日後までリンディは特訓し続ける美守を見守り続けた。





魔法少女リリカルなのは×結界師
―ふたつの大樹は世界を揺らす―
第14話 「怒りの矛先」
作者 まぁ





 美守が宣言したクロノへの再戦日。

 クロノ・ハラオウンは別件で海鳴市へと降り立っている。

 海の見える公園のベンチに座り、結界の維持に努めている。

 クロノの目の前では、なのはとフェイトの一騎打ちが始まろうとしていた。

「意外だな、速攻で攻撃を仕掛けてくると思っていたよ」

「なのはとフェイトが終わったらやるつもり」

 美守はクロノを一瞥もせずに2人の戦いに集中している。

 高速で宙を縦横無尽に飛ぶフェイトと複数の魔法弾を自在に操るなのはを目で追う。

 クロノは美守の視線が一度も自分に向けられないことで、その言葉が本当であると確信して2人の戦いに集中する。

 何度目かのなのはとフェイトの戦いは、拮抗していた。

 美守は戦いの展開には一切のリアクションはなく、ただただ見守り続ける。

「ねぇ、独り言だから答えないでもいいけど、聞いてよ」

 視線も意識も移さずに放たれた美守の一言に、クロノは視線を向ける。

 無表情だった美守の顔に少し、悲しみが乗っていた。

「最近気づいたんだけど私、結構大切に育てられてるみたいでさ……。

 誰も強くなるための特訓に付き合ってくれなくてさ。

 力を制御する修業は嫌というほどさせられたのにさ。

 ――――この光景見てるとね、あの2人羨ましいなって。お互いが高めあってるような感じでさ。

 実感しちゃうよね、異能者とまほ……」

 羨ましそうな顔で見上げる美守に、突如頭の中身を鷲掴みにされたような衝撃が襲う。

 平衡感覚その他諸々の感覚が失われたかのように力が抜けた美守はベンチに力なく崩れ落ちる。

 それと同時に視線だけで違和感をもたらす根源へと向ける。

 ぼやける視界ながら何かが降り立とうとしている事がわかった美守は歯を食いしばり、集中を一瞬にして深める。

「おい、どうした!!」

「うる……さい……。結!!」

 心配して声をかけてきたクロノに一喝し、美守は結界を張る。

 違和感の元凶を覆う巨大な結界を1つ。

 違和感は空間に暗雲を発生させ、次元転移空間を発生させた。

 その奥から出ようとしている”モノ”の圧倒的なプレッシャーに、美守は結界とフェイトの間に幾重にも結界を張る。

 バチバチと音を奏でながら元凶から出てきたのは紫の雷。

 美守が張った結界は紙のように破られ、威力が減衰することなくフェイトとなのはへと襲い掛かる。

 2人の張った防御魔法は雷撃を防ぎきれず、術者へと威力が減衰した雷撃が届く。

 美守は結界を破られた驚きはなく、気を失っている2人を結界で受け止めようと結界を新たに形成する。

 海に落下を免れた2人に時空の穴は追撃にさらに先ほどと同レベルの雷撃が放たれた。

 美守は雷撃から2人を守るために結界を新たに形成し、結界上の2人を横に押し出す。

 海に落とされた2人は追撃を食らうことなくやり過ごす。

 一撃目で気を失っている2人に真っ先に駆け出したのは美守。

 結界を足場に海に浮かぶフェイトへとまずは飛び込んだ。

 海から引き揚げ、会場に張った結界の上でフェイトを起こそうと何度も叫ぶように呼びかける。

 何度目かの呼びかけの後、フェイトは譫言のように言葉を紡いだ。

「かぁ……さん」

 ピシッと軋むように、美守の感情が凍ったように停止した。

 フェイトを心配して飛んできたアルフ、海から結界へとよじ登ってきたなのはもフェイトの元へと駆け寄る。

 同じ雷撃を受けた2人の結果の違いに、美守は冷静に推察する。

 あの雷撃は2人ではなく、フェイトへと向かって放たれた。

 気を失っているフェイトが許しを請うように呟き続ける「かあさん」という言葉。

 雷撃を放ったのは、母親。

 フェイトを見捨て、蒼い宝玉を持ち去った。

 ――目的のために娘を捨てたのだ。

 結論に辿り着いてから美守は感情を宙に捨て、思考に没頭する。

 美守が没頭から抜けるのにさほどの時間はかからなかったが、美守はなのはの手によって公園のベンチに座らされていた。

 宙へと放っていた感情が美守へと戻ってきたと同時に、美守は誰にも悟られないように抑えがたい怒りを足を踏ん張る。

 撤収を始めるクロノ達は手早く転送魔法を展開する。

 びしょ濡れのなのはは、動かない美守をアースラに一緒に行くために呼び、手を引く。

 なのはに掴まれた美守の手は恐ろしい程脱力しており、美守が倒れるのではないかとなのはは美守を振り返る。

 思考に没頭し始めた美守の表情は無に近く、視線は下の虚無へと向けられている。

 手を引かれる美守は抵抗せず、なのはについていく。

 美守の足元のベンチの一部が空間が破られるように消失していた。




――――




 アースラに運ばれた面々は一気にばらけた。

 クロノは何も言わず、転送場に待機していた乗組員に指示し、意識がないフェイトと付き添うアルフを病室に連行する。

 他の乗組員にびしょ濡れのなのはをシャワーへと連れて行く。

 指令室へと連れてくるように指示すると、自身は美守を獣でも見るような目で見つめる。

「不本意だが、母さんにお前を抑えろと言われている。ここで自由にさせるつもりはない。ついてこい」

 クロノは美守に警戒しながらリンディ提督がいる指令室へと向かう。

 殺気立っているかと思っていたクロノが見た美守は、不機嫌そうではあるものの感情の起伏は見受けられない。

 クロノの動きに逆らう事なくクロノに動いていく。

 指令室まで美守は思考に暮れ、クロノからも質問もなく言葉もなく指令室につく。

 指令室に入ると、美守は壁に追いやられ、モニターを凝視する。

 リンディとクロノはテキパキと突入部隊と突入作戦の立案をこなしていく。

 クロノは保護されたフェイトへの手配も同時に行い、リンディが言う“有能”を体現している。

 それをただ見ているしかできない美守となのはは邪魔にならない位置に立っている。

 なのははフェイトの心配も伴い、流れる状況をただ眺めるしか出来ない。

 それとは対照的に美守は、一点に集中して凝視していた。

 それはアースラのスキャンによって解析された『時の庭園』内部の予測画像であった。

 その画像にリンディとクロノの立てた侵入ルートを目に焼き付けている。

「やっぱり奥に引っ込んでるよね……」

 ポツリと呟いた美守の言葉に、なのはは敏感に反応する。

 10日前にクロノに一方的にやられた美守を守ろうと決意していたからだ。

 美守が危険に飛び込もうとしている事に敏感であったのだ。

「ダメだよ、美守ちゃん! 危険だよ!」

「…………」

 美守はなのはの言葉を聞こえないかのように無視して前に出る。

 一直線にリンディの元へと歩いていく

「リンディさん、その突入部隊に私も入れてください」

「ダメよ、あの中はあなたが生き残れるほど甘い場所じゃないわ」

「……そうですか。なら勝手に行きます」

 キッパリと言い切った美守は、リンディを睨みつける。

 それは9歳の女の子がする目ではなかった。

 子供のダダと一蹴しようとしたリンディの考えを超え、言葉が走った。

「何をしたいの?」

「フェイトの母親を一発殴る」

「無理よ」

「そんなもの知らない。私は殴ると言ったの。私が出来るかどうかを私じゃない他人(あなた)に決めてもらいたくない」

「でも私が許可しなければ転送はされないわよ、美守ちゃん」

 殺さんとばかりに睨みつける美守の殺気にもリンディはどこ吹く風と受け流す。

 睨みつける事に意味がないと悟ると、不機嫌を表した足音を立てながら去っていく。

「抑えきれないのはわかります……でも、理解してください。

 私は誰も死なせたくないの」

「……わかりました」

 美守は足音を鎮め、去っていく。

 自動ドアが空くタイミングで、美守とリンディは同時に言葉を発する。

「死ななければいいんでしょ」
「あなたを失いたくないの。美守ちゃん」

 お互いの言葉はドアの開閉音で届くことはなかった。




――――




 暗闇の中、ベッドで無気力な眼差しで虚空を見つめるフェイトと心配するアルフがいた。

 クロノの計らいにより、拘束をせず病室にて休める事になった。

 フェイトは母親からなんの躊躇もなく放たれた全開の魔法攻撃に自身が母親から捨てられたと理解した。

 体へのダメージはなく、それよりも精神が崩壊する程のダメージを負った。

 脱力しきった身体は生きる最低限の動きしかしていない。

「フェイト……元気出して……さ」

 心配したアルフの言葉はフェイトに届かず、闇へと吸い込まれた。

 アルフの手にはボロボロになったバルディッシュが握られており、プレシアの攻撃の本気さを痛いほど知らしめている。

 美守は自身が必死に張った何重もの結界をものともしない実力には賞賛すら覚える。

 アルフはもう数年はこれまでの行いで管理局に拘束され、その間にフェイトが立ち直ってくれたらと今後について思いを走らせる。

「邪魔するよ」

 突如遠慮なく空いたドアから飛び込んできたのは、心配する声ではなく怒りを噛みしめた声だった。

 アルフが振り返ると、そこには静かに怒る美守が遠慮なく入室していた。

「なんだい……見舞いに来たって感じじゃないね」

「あなた、転送魔法ってのは使える?」

「なんだい、やぶからぼう」

「使えるの?」

 怒りをぶつける気はないものの、必要とあらば容赦しないといった目で見つめる美守にアルフは疑問を解消するよりも返答していた。

「使えるけど……なんだっていうん」

「ならあなたの本拠地……フェイトの母親がいる所に転送しなさい」

 『何言ってんだい』と言おうとした瞬間、美守の身体から微かに立ち昇る黒い瘴気のような影を見つける。

 黒い瘴気が美守から立ち上った瞬間から、アルフの本能が危険信号を最大限に上げ始めた。

 この感じ、海鳴市の上空で一度出会った事がある。

 坊主頭に額に小さな三日月型の傷がある男と同じ感じだ。

 有無を言わせるつもりなど一切ない。

 アルフは美守の要求に「はい」しか言えなかった。

「フェイトのためになんでそんなに怒れるんだい……?

 出会って短いのに」

「許せないの。あんなのお仕置きなんてものじゃなかった。

 殺す気で攻撃して、ゴミのように捨てた。

 あんなの、『母親』がする事じゃない」

「ありがとね、フェイトのために」

「…………タイミングはここの部隊が突入して少し経ってからよ」

 それから美守はアルフにいくつか質問し、アルフは反論も無駄話もできず只々答えた。

 美守は質問を終えると、美守はアルフと共に病室から姿を消す。


 …………

 ……


 美守とアルフが姿を消して数分後、クロノがフェイトを心配したなのはを連れてやってくる。

 病室に残されたのはフェイトとバルディッシュ、数枚に走り書きされたメモのみであった。






 ――TO BE CONTINUED

























 ――――



 どことは知れない空間。

 美守と同じ黒装束に身を包んだ女性は穏やかに笑っている。

 女性の名前は墨村守美子。

 美守の母親にして、10年以上全国を放蕩し続けている行動に謎が付きまとう人物である。

 誰も行く先も目的も知らず、どんな困難な状況も笑顔でクリアしてしまう間流結界術史上最強の術者である。

 守美子の目の前には亜空間に浮かぶ庭園と、それに向かう戦艦が飛んでいる。

「さて、そろそろお仕事かね。

 ――準備は万全さ」

 散歩に行くかのように軽い足取りで守美子は歩き始める。

 数歩歩いたのち、その空間の中に守美子はワープしたかのように消える。

 音もなく。


 ジュエルシードを取り巻く今回の事件は終盤に差し掛かった。



 ――――



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