唐突であるが、言わせて貰う・・・生き物は戦いの連続だ。これは理屈ではない。かと言って本能ですらない。そう―――言うなれば、これは宿命だ!生命と言う大きな輪を循環させるに置いての必要最低条件なのだ!
互いに戦い凌ぎを削り時には蹴落として全ての生命は有史より循環して来た・・・そして、生き残った種こそが未来を獲得し開拓して来たのだ。
『生きる』とは戦う事その物だ。故に闘争の輪を根絶やしにすると言う事は種に『死ね』と命じているも同然だ。
ある部屋の床に異様な魔法陣を描き詠唱を唱えている男がいた。その男の外見は眼が隠れる程にボサボサの黒髪に服装は皺くちゃのポロシャツにジーパンと外見にはかなりの無頓着さが窺える。
そして、彼の左手の甲には血のように赤い三画の幾何学的な刺青のような物が刻まれていた。それは彼がある凄惨な戦争のトロフィーに見染められた証であった。そして、これはその凄惨な戦争を生き残る為に必要不可欠な駒を呼び寄せる儀式であった。
「素に銀と鉄。礎に石と契約の大公。降り立つ風には壁を。四方の門は閉じ王冠より出で、王国に至る三叉路は循環せよ。
閉じよ。閉じよ。閉じよ。閉じよ。閉じよ。
繰り返すつどに五度。
ただ、満たされる刻を破却する」
左手の紋様が発光し儀式がさらに進んで行く。
「Anfang」
「――― 告げる」
「――― 告げる。汝の身は我が下に、我が命運は汝の剣に。
聖杯の寄るべに従い、この意、この理に従うならば応えよ」
周囲に風と魔力が立ち込めて行く。儀式はいよいよ、佳境へと入ろうとしていた。
「誓いを此処に。
我は常世総ての善と成る者、我は常世総ての悪を敷く者。
汝三大の言霊を纏う七天、抑止の輪より来たれ、天秤の守り手よ―――!」
詠唱が終わると同時に凄まじい閃光と暴風が炸裂し次に静寂が訪れた時には魔法陣の中央に一人の少年が立っていた。年齢は恐らく十五・六程。黒のローブを纏い、星のように輝く銀髪に澄んだ碧眼。顔はまだ、あどけないものの、その表情と眼にはとても怜悧な物を感じさせ年齢不相応の迫力がこの少年には備わっていた。
それもその筈、見た目こそ幼くともこの少年はれっきとした『人外の存在』に他ならないのだから・・・そして、少年はどこか不敵な笑みを零して口を開いた。
「問おう。君が私を現界せしマスターかね?」
「うん・・・まあ、一応」
呼び出した男は気のない返事で問いに答えた。それに対し少年は眼を丸くして問い質した。
「なんだい。その如何にも気の抜けた返事は?君自身が望んで私を召喚せしめたのではないのかね?」
少年が半ば呆れたように問うと男は男で左手の紋様―令呪を見せてウンザリそうな声音で言った。
「こんな物が唐突に刻まれたら呼ぶ以外にどんな選択肢が?」
「ふむ・・自らの意思で聖杯を求めたのではなく聖杯の方が君自身を求めたと・・・?確かに難儀且つ災難だったね。まあ、それも運のつきと思って諦めたまえ」
少年は身も蓋もない・・・そして、さらにこう続ける。
「それに・・・その気になれば令呪を放棄する事とてできたはずだ。にも拘らず、こうして私を召喚したと言う事は君自身も聖杯を求める理由がある・・と言う事なのだろう?」
それに対し男は渋々と言った声で・・・
「まあ・・・それなりに」
気のない返事でこそあったが、その物言いに人外の存在は興味を持ったらしく青年を更に凝視し問うて来る。
「相も変わらず気のない返事だね・・・まあ、いい。取り敢えずはマスター。君の名を教えてはくれないかね?」
「鳴宮奏・・・・」
「では奏。これで契約は成立だ。共にこの戦争を勝ち残り聖杯を手にしよう。では次は私が名乗るのが礼儀だが、真名は・・・・今は伏せておくとしよう」
奏は相も変わらず気のない声で問うた。
「何で?」
すると、少年は茶目っけ溢れた眼を輝かせて言った。
「その方が謎のサーヴァントって感じでカッコいいじゃないか」
「ああ、そう・・・」
奏はやはり、気のない声で相槌を打つ。
「まあ、とは言えクラスは教えなければなるまいね。私は今回・・・と言うより私の能力に相応しくキャスターのサーヴァントとして現界した」
その言葉に奏は少し、不安そうに尋ねる。
「キャスターって・・確か、七つのクラスの中で最弱って言う・・・?」
そうキャスターは七騎のサーヴァントの中で最弱とされている。その主な理由は元が魔術師故に白兵戦には乏しいと言う事・・・さらに言えばその一番の持ち味である魔術自体も『三騎士』と呼ばれる高い対魔力を備えたサーヴァントには全く、役に立たないと言う事だ。
奏は令呪が刻まれた日から聖杯戦争について出来る限りの事を調べた。故にその程度の知識は持っていたのだ。故に少し、不安になる。
やっぱり、聖遺物もなしって言うのが無茶過ぎたか・・・
と、マイナス的な事を考え始めた奏に対し少年・・・いや、キャスターは朗らかな声で言った。
「なに心配する事はない、マスター」
その言葉に奏が不意にキャスターの方を見ると彼は朗らかながらも不敵な笑みを浮かべて言った。
「確かに、この身は最弱の魔術師・・・されど、最強の魔術師だ。聖杯は必ずや我らに微笑むだろう」
ここに正史とは違う第四次聖杯戦争が始まった。
丁度、その頃・・・間桐雁夜は公園で一人佇んでいた女性を見かけ歩を進めていた。
「葵さん」
雁夜がそう声を掛けると女性―――遠坂葵は淡い笑みを浮かべて応えた。
「雁夜君・・」
雁夜はその淡い笑みに何か気掛かりの様な物を感じた。一体、どうしたのか?と思うと葵は更に言葉を続ける。
「久しぶり・・今回の出張は長かったのね」
「うん・・まあ、ちょっとね・・・」
雁夜はそうはぐらかして答えると葵は不意に包帯が巻かれた雁夜の右手に眼を止めた。
「あら・・それ?」
すると、雁夜は少し慌てたように言った。
「あ、ああ・・これは少し向こうで被れちゃってね・・・」
「まあ・・大丈夫?」
「うん。多分、一時的な物だと思うし薬もちゃんと塗っているから・・・」
葵の気遣いを嬉しく思いながらも雁夜は内心で絶対にこの女に本当の事は言えないと踏んでいた・・・。今、自分の手には間もなく始まるだろう魔術師達の熾烈な闘争の参加資格が刻まれている。それには無論、御三家の一角の当主を務める彼女の夫も参戦するだろう。そして、今回自分がこの街に帰って来たのはその戦争に自らも参戦する為だ。かと言って自分には聖杯を獲得するつもりなど微塵もない。彼の目的はズバリ、その戦争で使役できる最強の存在・・『英霊』だ。これさえ得れば、あの長年、自らの人生に暗い影を忍ばせて来た虫の塊を確実に葬る事ができる。だが、如何に彼女の夫と矛を交えるつもりがないとは言え、形式的には自分はその敵になるのだ。余計な事を話して彼女に余計な心労を与えたくなかった。自分の目的は間桐の家に終止符を打ち、本当の自由を得る為・・・退いては嘗て無責任に家を出た後始末を着ける事!その為に敢えて一度は捨てた魔導に自らの身を投げ込み研鑽を積んで来たのだ。だから、今度こそ―――!
そう彼が内心で自らを鼓舞していた時、場違いな声が響いた。
「雁夜おじさん!」
雁夜の姿をみかけたのだろう。ツインテールを靡かせた小さな女の子――遠坂凛が駆けこんで来た。雁夜も凜を見て朗らかな笑みで挨拶を返した。
「やあ、凜ちゃん」
「おじさん、お土産は!?」
「これ、凜!お行儀の悪い・・・・」
娘の無遠慮な物言いに葵は窘めるが、雁夜は苦笑してポケットに入れていた硝子の鳥を凜に手渡して上げた。
「わあー」
凜は嬉しそうに顔を綻ばせる。雁夜もそれを見て嬉しそうにポケットからもう一つのプレゼントを取り出して凜に尋ねる。
「桜ちゃんは?」
その瞬間、凜は一転して暗い顔になり言った。
「桜は・・・もう、いないの・・・・」
「え?」
凜はそう行ったっきり、また駆け出した。そして、残された雁夜は呆然とした顔で後ろの葵を振り返り尋ねた。
「葵さん・・・どう言う事なんだ?」
すると、葵も顔を伏せて言った。
「桜はね・・もう、私の娘でも凜の妹でもないの・・・・」
その言葉に雁夜は驚くと言うよりも既に怖気が身体中に走っていた。以前・・・何処かでこれと似たような事を宣告された気がする・・・何処だかは分からない・・・でも、雁夜には次の言葉を待つまでもなく葵が言わんとしている事を既に自分でも有り得ないと思う程に悟っていた・・・
「桜は・・・・あの子は間桐の家に行ったわ・・・」
その言葉で雁夜は手の中にあったプレゼントを強く握り締めていた・・・
ここでも一つの戦争の火蓋が切って落とされた・・・・・
さて、今から少し時は遡る。今から二ヶ月前程の冬木市深山町に位置するある高校では、一人の少年が窓の方を眺めていた。その少年の柔弱そうな容貌は平均的で取り立てて整っていると言うわけでもなく大した特徴もなかった。強いて上げるなら二点ほど・・・縁眼鏡を掛けており、透明なレンズの向こうにある双眸が鮮やかな黄金色であると言う事くらいだろうか?
少年が窓を見ている傍ら、教師の授業の声が響いている。
「ローマ帝国は西暦68年にネロ帝の死によりユリウス・クラウディウス朝は断絶し、ユダヤ属州やゲルマニアなどで反乱が勃発、世に言うローマ内戦に突入するわけだが―――」
いつもは夢中で聞き入る世界史の授業なのだが、少年は何故か気にも留めず窓の外を眺めていた。別に意味があるわけじゃない。なんとなくだ。少年の名は紫之寺神威。ごく普通の何処にでもいる高校一学年である。そして、彼がこの物語の主人公だ。かなりお粗末な紹介だが、今はこれで勘弁して欲しい・・・彼の事はこの物語が進むに連れて語る事にする。一先ずは彼の変わらぬ日常の僅かな変化の兆しを語ろう・・・
神威は一番に楽しみとしているはずの世界史の授業もそっちのけで窓の外を眺めて、教師に分からぬよう小さく溜息をついた。
(僕の日常は高校生になっても大して変わっていない気がする・・・毎日、先生やクラスメイトの顔色ばかり窺って、大して反抗するでもなく、かと言って反論するでもなく・・・ただ、一部の如何にもな柄の悪い連中に良いように使われる漫画の一シーンのような日々・・・・それ以外は至って平凡な日々・・・こんな事を言ったら、一部の人には贅沢だと詰られるかも知れないけれど、何かが・・・変わるような事って、ないのかな?)
そんな若干、子供っぽい独白を内心でしていると不意に窓を見ると遠くで極めて細長い光が迸った。神威はそれを見てギョッとしたが、授業中である事もあり声を上げたりはしなかった。それに、その光もすぐに消えてしまったので神威は気の所為だったのだろうと思い、この時は大して気にもしていなかった。彼にとってはそんな些事よりも昼休みに自分に集中する不当要求の方がよっぽど心配だったのだから・・・・
だが、それは紛れもなく彼が何気に求めた変化の兆しであった事を彼は間もなく知る事となる。
この日、それぞれの運命があらゆる意味で歪な音を立て、廻り始めた・・・・・
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