Fate/BattleRoyal
21部分:第十七幕
第十七幕
夜も更けた頃、冬木市、深山町にある神無月神社にてのんびりとした空気が流れていた・・・そう、のんびりとした空気が・・・・
「あら、それじゃあイタリアの方から態々、いらしたのですか?それで、この地でこんな可愛らしいご伴侶と出会われたと・・フフフ、なかなかに情熱的ですわね」
ウェーブが入った紫のロングヘアーを靡かせた妙齢の美しい巫女が穏やかで澄んだ藍色の瞳を面白そうに眼の前に居る男女に注ぐ。
巫女の言葉に白に近い金のショートヘアーの蒼色の瞳をした顔にも物腰にものんびりな空気を醸し出した青年が照れ臭そうに笑い、その隣には所々アレンジが入った・・と言うより露出度が高い青を基調にした和服を身に付けた女の子が得意げに笑っている。
その服装はなかなかに男性的な意味で目の保養とも言うべき身体のライン・・・いや、正確には太ももの上部が着物の裾からチラリと見え、豊かでふくよかな胸から艶めかしい肩が大きく開いている作りになっている。
保養と言うより眼に毒(男性的に良い意味で)な風情だが、大きな特徴はそこではない。まず、ツインテールにした桃色の髪の上には狐のような耳が生え、そして、そのお尻からは狐そのものな尻尾が九本も生えていると言う常人が見れば明らかに異様に見える容姿をしていた。だが、にも拘らず巫女は別段、それを気に留める風もなく優雅に微笑むだけだった。
「いやあー、もう、この国で言う所の“棚からぼた餅”と言うべきか・・・初めはこの国には料理の修行で来たはずなのに何時の間にか令呪なんて物が手に刻まれた挙句、問答無用と言わんばかりに敵が襲撃して来るわでハッキリ言って波乱万丈でしたよ〜」
青年は頭をかきながらのんびりとした口調で言う。そこで狐耳の娘が胸を張って言う。
「そ・こ・は、この私がしっかりとサポート致しました。ええ。それはもう、“ネットリ”と♪」
「あらあら、なかなかにお盛んです事。フフフ」
巫女も頬に手を当てて、からかうように笑う。その時、巫女の背後に漆黒の忍び装束を纏った流れるような長髪に黒頭巾を鼻まで覆った男が実体化し告げた。
「咲耶様。表にサーヴァントを伴った死徒が数名、集まっております」
その言葉に巫女・・神無月咲耶は柔らかな笑みはそのままにしかし、声には不敵さを込めて言った。
「そう・・・では客人を丁重にお迎えしましょうか。アサシン、前衛はお任せします」
「御意」
そう言って忍び装束の男―アサシンは再び、姿を消す。その後、咲耶は客人の二人に言った。
「さて、ルシオンさんにキャスターさん。折角御出でになった所、申し訳ありませんが、来客のようです。私は今からそちらの対応へと参りますので暫し、お待ちを」
そう言って居室を後にしようとするが、青年―――メルディ・ルシオンは立ち上がって言った。
「いや、僕も行きますよ」
「あら、よろしいんですの?」
すると、メルディは頭をかいて言った。
「いやあ・・・右も左も分からない所を親切にご説明して頂いたのみならず、こうしてお世話になりながら、女性一人に戦わせるなんてわけにはいかんでしょう」
すると、狐耳の娘―――キャスターは少し、頬を膨らませて言う。
「おや、ご主人様・・・浮気ですか?」
メルディは途端に慌てて言った。
「いや!そう言う意味じゃないよ!ただ、男のプライド的にもって話しなだけで・・・ッ!」
「あらあら、痴話喧嘩ですか?フフフフ、キャスターさん、ご心配なさらないでね。私は別に本命がおりますもの」
咲耶は微笑ましいとばかりに笑うと再び、アサシンが現れ言った。
「取り込み中の所・・・申し訳ありませぬが、敵が・・・」
「ああ、ごめんなさい。すぐに行きます」
「・・・御意」
アサシンは少々、歯切れが悪い声音で了承し再び、姿を消す。そして、咲耶はメルディとキャスターをさっきとは打って変わった真剣な面持ちで見て問うた?
「では・・参りましょうか?くどいようですが、覚悟は宜しいですか、お二人とも」
「もちろん」
メルディはいつものように、のんびりとした口調だったが、その瞳には強い決意の色が現れていた。そして、隣のキャスターも満面の笑顔で毒舌を吐く。
「ええ!ゲテモノ吸血野郎どもをバッサッ!バッサッ!と黒コゲにして、ご覧にいれます♪」
すると、咲耶は悠然とした笑みを浮かべ言った。
「では、参りましょうか」
それと同時刻・・・冬木市、新都の外人墓地。
ルクレティアと鷲蘭は魔力の気配を辿る中、異形の気配を感じ取り追いかけて見た先には・・・
「子犬の尻尾と思いきや大蛇でしたか・・・」
ルクレティアは自嘲の呟きを洩らして自分達の眼前にいる血に飢えた獣が十匹とサーヴァント十体を見た。
「主よ。お下がり下さい」
すぐにディルムッドと李書文が実体化する。
「さて・・鷲蘭。こやつら全員、問答無用で壊してしまっても一向に構うまいな?」
李書文は両拳をパキパキと鳴らしながら問うと鷲蘭も即答する。
「無論だ・・・と言うより、どうやら、あちらも始めから問答無用と言う構えらしいからな」
鷲蘭の言葉を裏付けるように死徒達は血に滾った眼を四人に向けているし、彼らのサーヴァントも得物であろう宝具を開帳し臨戦態勢を整えていた。
「うむ。話が早くて助かる・・・ランサー、儂が前衛を務める。お主はマスター達を」
「承知した」
ディルムッドは二本の槍を構え了承する。李書文は顔を不敵に破顔させ拳を構え英霊を従えた異形達を前に言った。
「さて・・・どこを壊して良いものやら」
一斉に襲い掛かる敵に李書文は狂喜して拳を繰り出した・・・
同時刻・・・如月冬華は自らのサーヴァントであるセイバーことベーオウルフに先輩の結城香織と彼女のサーヴァントであるアサシンと共に新都の繁華街を歩いていた。その中を冬華は「チッ」と舌打ちして歩いていたが、それを先輩の香織は容赦なく拳骨で頭を穿ち窘める。
「ッ・・てえぇぇッ!」
冬華は自らの頭部を指すって大声を上げる。
「往来で大声を出すな、馬鹿者」
香織は鷹のように鋭い眼を冷徹に細めて言う。それに対し、冬華は・・・
「誰のせいだと思って・・・ッ!」
「もう一発、喰らいたいか?」
「ひいッ!」
口答えしようにも再び凄まれ、冬華も恐縮して押し黙った。すると、香織の隣に立った歩いている黒のハイネックを着た真っ直ぐな腰まで届く程の長髪を後ろで纏めた耽美な青年は苦笑して言った。
「まあ、それくらいにしてやれ、香織。舌打ち程度ではないか」
すると、今度は冬華の隣でマフラーをかけ灰色のコートを着込んだサンディブロンドをオールバックにした男性・・・ベーオウルフは首を横に振る。
「いや・・・冬華にはこれくらいが丁度いい。彼女もいい加減に女性としての自覚を持つべきだ」
ベーオウルフが淡々と言うと冬華は睨み付けて「裏切り者・・・」と毒づきながら、昨日の事を回想する。
昨日、冬華とベーオウルフは教会の使い魔からサーヴァントを従えた死徒の討伐を通達され冬華はその無鉄砲な気性故に今すぐ連中を狩ると息巻くが、ベーオウルフは当然これを諫めた。
「死徒を甘く見るな。話を聞く所、それ程に格の高い連中でもなさそうだが、サーヴァントを従えている以上、その戦力は侮れん。無鉄砲で渡り合えると思ったら大間違いだぞ」
しかし、そう言われても冬華は退かない。
「そんなの分かってる!けど、私だって伊達に魔術や怪異を母さんから教わったわけじゃない。死徒の対処法だって本で・・・ッ!」
だが、ベーオウルフは尚も首を縦には振らない。
「机上の知識と実戦はわけが違う。寧ろ、知識として知っていると言う慢心と勇み足で命を落とした新兵など幾らでもいる」
そう言われ冬華もグッと言葉に詰まった。確かにベーオウルフの言う事は正論だ。敵の対処法を知識で頭に入れているからと言って、いざ実戦で応用できなければ何の意味もないばかりかベーオウルフの言う通り即座に命を落とす。
自分の甘さに悔しそうに歯噛みする冬華にベーオウルフは嘆息をついて言う。
「とは言え、これを放任する気は私とて更々ない」
その言葉に冬華は顔をパッと輝かせる。それを見てベーオウルフは半ば苦笑して言葉を続ける。
「ここはどうだろう?他陣営と同盟を組んで見ると言うのは」
「同盟?」
「そうだ・・・死徒は強い。身体能力は英霊一騎にこそ及ばないが、それでも常人を凌いで余りある。その上、滅多な方法では殺せない。下手な魔術師よりも厄介だ。その上、サーヴァントをも従えているともなれば我々だけで向こうに回すなど自殺行為にも等しい。故にこそ・・・」
「同盟ってわけか・・・でも、元々この戦争はバトルロワイアルだろ。そんなのに乗ってくれる奴なんているのか?今までも容赦なく襲い掛かれたぜ」
「それでもサーヴァントを従えた死徒の集団に一組で向かうなどと言う愚は犯すまい。たとえ、一人に付き令呪一画と言う特典付きを足してもリスクが余りに大きい。必ず、他の参加者の中にも同盟を結ぼうと考える者達がいる」
冬華は暫く考え込むように押し黙るとそこへ第三者の声が割り込んだ。
「ならば、私とならどうだ?」
その声に冬華は弾かれたように顔を向けるとそこには黒髪を後ろで束ね、鷹のように鋭い眼を持った凛とした顔立ちの大人びた少女が立っていた。
「香織姉ッ!?」
冬華の驚きようにベーオウルフは静かに問う。
「冬華、知り合いか?」
「ああ、一つ上の先輩で家の道場にも通っている・・・」
冬華の言葉をすかさず香織が引き継ぐ。
「ソレの姉弟子だ。結城香織と言う」
香織がベーオウルフに自己紹介すると冬華は怪訝な声で問い掛ける。
「それより、香織姉・・・なんで、ここに?つーか、さっきの“私となら”って一体・・・?」
すると、香織は何でもないような声でアッサリと答える。
「決まっているだろう。私達と同盟を結ばないかと言っているんだ。出て来い、アサシン」
その言葉と共に香織の隣に紺の陣羽織を羽織り総髪を後ろでまとめた侍風の耽美な顔立ちをした青年が実体化した。その背には普通より長大な太刀を背負っている。
冬華はそれを見て唖然とした。まさか、魔術など何も知らないはずの姉弟子がサーヴァントを召喚し、この戦争に参加しているなど夢にも思わなかったのだ。
一方、香織は眼と顔を厳しく顰めて説明する。
「私達の学校が何者かに襲撃された事件・・・私達は互いに難を逃れたが、その直後にお前が行方不明になったと聞いてな。私はすぐにお前を探そうと決めた。思慮が足りんお前の事だ。その犯人を自分の手で捕まえようと先走りしたとすぐに合点がいった」
ズバリ図星を突かれた冬華は途端にバツが悪い顔になり、ベーオウルフはまたも苦笑して肩を竦める。香織はそれを尻目に説明を続け、三画の令呪が刻まれた右手を見せる。
「そんな時にこの“令呪”とやらを授かり・・・授かった挙句、独りでにこいつが召喚されたと言う次第だ」
香織が横目でアサシンを見るとアサシンは二人に自己紹介をする。
「アサシンのサーヴァント、佐々木小次郎」
自ら真名を明かしたこのサーヴァントに二人は多少、驚くが、香織はその間も与えずに後を続ける。
「それでこいつから今、この街で起こっている事は概ね聞いた。魔術師の事、聖杯と言う万能の願望機の事、それを賭けた魔術師の戦争の事・・・そして、私達の学校を襲ったのは恐らく、その暴走した参加者であろう事もな・・・」
香織はそこで言葉を切り、冬華の方へと歩み寄った。そして――――
ゴツンッ!
香織の拳骨が冬華の頭上に容赦も躊躇いもなく炸裂した。
「いっ・・・てぇぇぇぇッ!何すんだよ香織姉ッ!?」
冬華が殴られた頭部を摩りながら涙目で抗議すると香織は首が竦む程の怒声を発する。
「馬鹿者ッ!!何故、そのような大事を私に相談もせずに一人で飛び出したッ!?」
その問いに対し冬華は口ごもって答える。
「いや・・・だって香織姉は魔術とかそんなの何も知らないし・・・切り出した所で・・・」
「私は信じないとでも勘繰ったか?」
香織は眼を一層、鋭くして言葉を継いだ。それに冬華は何時にない程、委縮した様子で頷くと香織は大きく嘆息をついてもう一度、言う。
「馬鹿者・・・私を誰だと思っている。お前の姉弟子だぞ。妹弟子の事を信じてやるのは姉弟子の務めだ」
「香織姉・・・」
冬華は感動したように眼を瞠る。すると、アサシンこと佐々木小次郎は微笑を浮かべて言う。
「ふむ・・・麗しき師弟愛と言う奴か。なかなか絵になる光景ではないか」
「気色悪い事を言うな・・・全てが終わったら自害させるぞ」
香織は若干、照れたような声で自らのサーヴァントに毒を吐いた。それから冬華の方に再び厳しい視線を投げて言った。
「それはそうと・・・冬華。お前、家を出てから鍛錬を怠ってはいないだろうな?」
冬華は若干、ギクッとなった。最も、彼女のこの“ギクッ”は何も鍛錬を怠っている故ではない。寧ろ、家を出てからもベーオウルフに剣の稽古を付けて貰ったりと精進している。ただ、彼女が恐れるのは・・・
「どれ・・・久しぶりに私が稽古を付けてやろう」
香織の稽古は地獄の一語に尽きると言う事であった・・・・もうベーオウルフの稽古すら生温く思える程に。
回想終了・・・・
「私・・・もしかしたら早まったかも・・・」
冬華は今更ながらに自嘲めいた呟きを吐くと途端に香織の鷹のように鋭い視線が突き刺さった。
「何か言ったか」
その凄みに冬華はブンブンと首を横に振った。
「それでどうする?早速、吸血鬼どもを探すか?」
小次郎がそう提案するとベーオウルフも「うむ」と考え込むように頷き。
「そうだな・・・正直、二組でも不安はあるが、このまま手をこまねくと言うわけにもいくまい」
「当然」
冬華も拳を握り締めて賛同する。しかし、香織は顎に手を当て考え込むように言う。
「だが、具体的にはどこを探せばいい?聞く所によると連中の活動時間は主に夜だそうだが・・・」
「やっぱり、ある程度は人気のある所に行くんじゃないか?連中で言う所の食事や狩りをするんだったら」
冬華が鋭く指摘すると香織は感心した顔になって言う。
「ほう・・お前にしては少しばかり考えたな」
「私にしてはってどういう意味だよ・・・・?」
冬華は少しばかり心外そうな声を上げる―――その瞬間、耳をつんざくような爆の大音が轟いた。
四人はハッとなってその方角を見て愕然とする。その先にはビルの上部が爆発と共に崩れ落ちる光景があり、途端に繁華街の人々は半狂乱となる。それを見てベーオウルフと小次郎は顔を顰める。
「サーヴァントの気配を感じる・・・それも複数」
ベーオウルフの言葉に小次郎も頷き更に補足する。
「おまけに異形共の気配もな」
二人の言葉に冬華は仰天する。
「まさか、こんな繁華街でか!?」
「話しに聞いた通り好き勝手が過ぎる連中のようだな・・・」
香織は半ば声に怒気を込めて棒ケースに入れて持参して来た家の刀を握り締める。
「どうする?」
ベーオウルフは静かに皆に問うが、冬華はすぐに即答する。
「決まってんだろ」
「そうだな・・」
香織も棒ケースから真剣を抜き取り同意する。すると、二人のサーヴァントも頷き瞬時に服装を戦闘モードへと切り換える。
小次郎はいつもの陣羽織と長刀を背負った姿になり、ベーオウルフは半裸に近い如何にもな古代の鎧を纏い、右手に赤い獣の頭のような刀身に毒枝の焼き模様がある特異な大剣を、左手に少し短めな刀身に青い獣のような柄と鍔を設えた剣を装備している。
「では、行くぞ!」
ベーオウルフの掛け声で四人は混乱する繁華街を走り抜け倒壊するビルへと駆け込んだ。
同時刻・・・冬木市、郊外のアインツベルン城では・・・・
「え?それじゃあ死徒の討伐には参加しないの?」
アイリスフィールが怪訝な声で切嗣に問うと切嗣は無精髭が生えている顎に手を当てて頷く。
「ああ、それよりも令呪の特典に釣られて死徒狩りに躍起になっているマスター達こそが狙い目さ。敵と相対している時程、人は第三者からの不意討ちには無防備となる。ましてや、今は他陣営とは休戦中ともなれば、尚の事だ。僕はそいつらを側面から襲って叩く」
淡々と語る切嗣に対し傍で無視され続けていたアルトリアが怒りをぶつけた。
「マスター・・・ッ!貴方と言う人はどこまで卑劣に為り下がる気だッ!?」
その言葉に切嗣は何の痛痒も感じていないとばかりに無表情で無視し、アイリスフィールはそんな二人をハラハラしながら、見ていた。無視されても尚、アルトリアは自らのマスターに弾劾の言葉を投げ掛ける。
「そもそも、ジル・ド・レェやチェーザレの事にしてもそうだ!無辜の民が手にかけられていると言うのに・・・ッ!貴方はそれすら利用し己の利にしようとする・・・貴方は世界を救済すると言った。だが、現実にしている事と言えば、全て死肉を漁る禿鷹の如き所業ばかりではないかッ!!」
だが、切嗣はそんな雑音など元より聞いていないとばかりにセイバーを見ずに話を続ける。
「当面、僕らはセイバーの左腕を槍の呪いで蝕んでいるディルムッド陣営の討伐を最大の急務とし、次点での急務をランスロット陣営の討伐とする」
その言葉にアルトリアは思わず、ギョッと眼を剥く。これにはアイリスフィールも首を傾げて問い質す。
「ディルムッド陣営は分かるけど・・・何故、ランスロット陣営を?確かにサーヴァントは強力でも付け焼刃のマスターなら、いつでも倒せるから、暫くは静観するって・・・?」
すると、切嗣は単純明快だと言わんばかりに答える。
「だから、そのサーヴァントこそが問題なんだ。技量以前に騎士王サマが嘗ての部下相手に気を病んで、全力を出せないばかりか手心を加えられでもしたら、僕達の聖杯戦争は終わる。不安要素は早めに摘み取るに限る」
切嗣はその騎士王が眼の前にいるにも拘らず、そんな事は知らないと言うようにのたまう。その言葉は正しくアルトリアに対する侮辱に他ならなかった。当然、この侮辱に対し抗議しない騎士王ではない。
「切嗣ッ!それは騎士たるこの身に対する、この上もない侮辱だ!私は―――」
だが、そんな抗議すら耳には届かないと切嗣はアルトリアが皆まで言う間も与えず、言葉を続けた。
「だからこそ、僕はまず、この両陣営のマスターを早急に狩る」
その言葉にアイリスフィールはセイバーの方を気遣いながら、言う。
「え?セイバーをサーヴァントとは直接、戦わせないの?」
すると、切嗣はまたも淡々とした声と口調でのたまう。
「その必要はない。いや・・・と言うよりも、それは愚策だ。左腕を負傷している状態であの二騎のサーヴァント相手に戦って敵うもんか。
ディルムッドの技量はセイバーとほぼ互角・・・僅かな瑕瑾が勝敗を決めてしまう。その点から言ってもディルムッドと直接、戦わせるなんて無謀は冒せない。
次点のランスロットは更に却下だ。サー・ランスロットと言えば、生前のセイバーを差し置いて円卓最強とされた騎士・・・実際、英雄王との戦闘を使い魔を通して見たが、自称狂戦士と言うだけあってその技量は剣に関しては素人の僕から見てもセイバーより遥かに格上だ。十全の状態でも歯が立たない相手に傷を負った左腕で戦わせられるわけがない・・・いや、それ以前に自分を裏切った奴に負い目を感じている惰弱な精神状態じゃ返り討ちが関の山だ」
「切嗣・・ッ!!」
そこまで踏み込まれた事でアルトリアは今度こそ激昂する。
「さっきから聞いていれば、勝手な事をベラベラと・・ッ!貴方に彼や私達の何が理解できると――――ッ!」
「ほら、ご覧の通りだよアイリ。この騎士王サマは未だに未練たらしく自分の妃を寝盗った挙句、今回も敵になった騎士に執心している。こんな体たらくで戦いを委ねるなんて事できるわけがない」
切嗣は相も変わらずセイバーを無視し、あくまでアイリスフィールと話している。それをアルトリアはただ、歯噛みしながら見ているしかできなかった。
翌日の早朝五時・・・冬木市、中央の冬木大橋。
まだ、人気もない橋の歩道を二組の男女が歩いていた。
栗色のポニーテールに灰色の瞳の少女・・・井上奈緒は渋い顔をしている灰色の長髪に真紅の隻眼の男・・・ライダーことハンニバルを横に連れて溜息をついていた。
尚、ハンニバルは黒のトレンチコートにスーツ姿と言う現代相応の格好をしていた。なかなか様になってはいるが、当のハンニバルは相も変わらず渋い顔で主となった少女に言った。
「奈緒・・・いい加減に我らも動き出さねば。このまま戦いを避けたとて、何れは向こうから我らを狩りに来るぞ。如何に今は休戦中とされているとは言っても所詮は名目上の事だ・・・寧ろ、そのような決まり事など馬鹿正直に守る者が何人いるか・・・」
それに奈緒は俯いて答える。
「分かってる・・・だけど、私は戦い方なんて知らないんだよ。魔術だって使えるわけじゃない。そんな私が戦いを勝ち残るなんて出来るのかな?ううん、それ以前に私・・・人殺しなんて・・・」
意気消沈した声で呟く主にハンニバルは嘆息をついた。
全く、私も難儀な主に引き当てられたものだ・・・・とは言え無理もない。戦いの心得も魔術も使えぬでは戦いを敬遠するのも当然と言うもの・・・
それに、戦いに赴くには彼女の性根は多分に優し過ぎる。例え、自分に仇名す人間が相手であろうと基本、冷酷になり切れない。まあ、そこが好ましい所ではあるのだが・・・フッ、おかしなものだ。戦う気がないのなら令呪で私を自害させ令呪を破棄し戦いから降りればいいものを・・・彼女はそれすらも厭った。私も私でこのマスターの傍を離れる事を良しとしていない・・・・少々、我ながら甘くなったのかも知れん。
そんな事を思っている中、ハンニバルは殺気とサーヴァントの気配を感じ取り奈緒に止まるよう手で行く先を遮る。
「どうしたの、ライダー?」
「敵のサーヴァントだ」
「え!?それじゃあ死徒って言う吸血鬼?」
奈緒の言葉にハンニバルは首を横に振って答える。
「いや、もう一人は人間だ。」
その言葉を言うや否や彼らの眼の前に遠くから来た二つの人影が見えて来た。一人はモンゴル衣装に身を包んだ茶色がかった長い黒髪を後ろで束ね蒼色の双眸は猛禽類の如く鋭い女性で彼女の隣には黒と赤を基調にした中世に見られたようなモンゴル鎧を纏った長身の男で漆黒の髪に王冠を思わせるようなモンゴル風の帽子を被り、隣の女性と同じ蒼色の眼とかなり整った相貌は静かだが、確かな殺気と覇気を帯びて二人を見据えていた。間違いなく、この男がサーヴァントであろう。
奈緒はそれに気圧されそうになるも、どうにか堪えた。一方、ハンニバルは奈緒を背にモンゴル鎧を纏ったサーヴァントの技量を見抜きいつにない程、冷や汗をタラリと流すと眼前のサーヴァントの方から名乗りを上げた。
「俺の名は征服王チンギス・ハーン。ライダーのクラスを以って今世に現界した」
その言葉に彼が真名を自ら明かした事に驚くよりも、ハンニバルばかりか奈緒までもやはりと得心した。何しろ、彼の出で立ちとこの覇気を鑑みれば浮かび上がる英霊の真名など一つしかない。
チンギス・ハーン・・・史上、空前絶後の世界帝国を築き上げたモンゴルが誇る覇者にして『蒼き狼』と呼ばれたアジアの征服王。世界中で知らぬ者はない比類なき英霊・・・!
二人が戦慄する中、チンギス・ハーンのマスターであろう女性も自己紹介する。
「私はトゥーラン・ダクバ。ライダーのマスターだ。よろしく」
こちらは至って気さくな態度と声音であるが、彼女のサーヴァントはと言うと・・・・
「単刀直入に言わせて貰う。貴様・・俺の臣下となれ」
開口一番に放たれた言葉にハンニバルも奈緒も呆気に取られる。暫くしてハンニバルは失笑して言う。
「貴様・・・これがバトルロワイアルだと言う事を理解しているのか?」
すると、チンギス・ハーンはにべもなく答える。
「無論。だが、俺の軍門に降るならば、命は助けてやる。俺は勇者と強者を尊ぶ。先日のジル・ド・レェとの戦闘はトゥーランの使い魔を通して見せて貰った。とは言っても見たのは貴様の対軍宝具が敵の工房を突き破る件からだがな。それだけでも分かる。貴様はこの上もなく美しい。その武、その知謀・・・是非とも俺の為に役立てろハンニバル将軍」
真名をズバリ当てられた事で奈緒はギョッとするが、ハンニバルはそれ程、驚いてはいなかった。自らの宝具たる戦象を見たと言うなら、それは驚くに値しない。そこへ持って隻眼と来れば真名を割り出すのは幾文も容易い事だろう。明晰な頭脳で瞬時にそう結論したハンニバルはアジアの征服王を真っ直ぐに真紅の隻眼で射抜き即答する。
「断る。私が忠節を尽くすは祖国カルタゴと現状では私のマスターだけだ。他国の王になど・・・ましてや、諸国を好き放題に蹂躙して来た我欲の王になど垂れる頭はない」
そうハンニバルが返答するとチンギス・ハーンは悠然とした笑みを浮かべて言う。
「我欲か・・・然り。『我』こそが俺の矜持にして生き方の本筋だ。いや、それは何も俺にのみに限った話ではない。人間とは皆、譲れぬ己の『我』を誰しもが持っている。そして、人の一生とはその『我』をとことん押し通す事にこそあると俺は思う」
それに対しハンニバルは怜悧な眼を向けて問う。
「それが・・貴様が生前、諸国を蹂躪した理由か?」
すると、チンギス・ハーンはまたも「然り」と頷き続ける。
「俺の『我』とはな・・・突き詰める所は制覇に他ならぬ。
人を、大地を、蒼天をも圧倒し得る『我』!それこそが俺の『我』!!その我を以ってして俺は全てを制覇するッ!阻む者が在らば滅ぼして押し通すッ!!
してハンニバルよ・・貴様の返答は如何に?」
その圧倒的なまでの覇気は確かに大地をも揺るがすかと思う程の凄みがあった。奈緒はその迫力に当てられて眼を回しかける。一方、ハンニバルは冷静な面持ちを崩しもせずに再び言い放つ。
「断る。その覇気こそ流石は名にし負う覇王と認めこそすれ、やはり私が貴様の臣籍に降る事など有り得ない」
そう断言しハンニバルは瞬く間に漆黒のマントを羽織った甲冑姿となり、宝具である漆黒の戦象を召喚する。それに対しチンギス・ハーンは冷酷その物な顔となって宣言する。
「良かろう・・・それが貴様の望みであるならば、どれだけの慈悲を請う事すらも許さぬ。マスター諸共、骨も残らぬ程に蹂躪してくれようッ!!」
そう宣言した途端に彼の背後の空間が切り替わり、どこまでも続く草原と蒼天が具現化され、背後に夥しい数の騎兵軍団が現れる。
「固有結界・・?」
ハンニバルが愕然としながらも呟くとチンギス・ハーンは最早、冷酷な光しか感じぬ双眸で後ろの騎兵軍団に命ずる。
「蹂躪せよ・・・」
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