Fate/BattleRoyal
30部分:第二十六幕
第二十六幕
その頃、言峰綺礼は酷く不機嫌だった。敵サーヴァントの固有結界に取り込まれながらもアサシンことハサンを用いて戦場の状況を偵察していたのだが、ハサンは突如、取り込まれた結界の影響で弱体化し気配遮断スキルを十全に行使できない為に戦場からはかなりの距離を取らざるを得なかった。おまけに結界に取り込まれたが故に師の時臣への宝石による遠隔通信も不可と来ている。つまり敵のテリトリーで孤立無援となっているに等しい・・・・
が、彼を苛立たせているのはそのような些事などではなかった。その原因はズバリ、ジル・ド・レェを筆頭とする死徒達の乱行に介入したマスター達の一人・・・間桐雁夜の行動とこの戦いに置いて最も関心を寄せていた衛宮切嗣の参戦する動機にあった。
まず、要点を纏めると綺礼はまず、死徒達との戦闘を監視した際、間桐雁夜と死徒達の大立ち回りを眼の当たりにしたのだが・・・はっきり言って詰まらなかった。技量がではない。寧ろ、十二分に脅威と呼べる物であっただろう。『ホーネット』または『執行者殺し』と呼ばれる魔術師狩りの名は無論、綺礼の耳にも届いている。面識こそないが、埋葬機関もスカウトしようとした凄腕のフリーランスの狩人であるらしい事は聞き及んでいた。そして、実際に今日目の当たりにしたが、成程・・・確かにあの埋葬機関が目を付けるだけの事はある。あの魔蜂や飛針の礼装も殆どの魔術師や死徒にとっては天敵と言い得るだろう。更には体術や身体能力も半端ではないし隙も慢心もない。執行者数名をたった一人で狩り取ったと言うのも頷ける。この自分とて仕留められるかどうか・・・おまけに自分が使う八極拳よりも元から実戦に特化している詠春拳を使う事からも不利な要素が顕在している。
だが、彼が気に喰わないのはそこじゃない・・・・間桐雁夜の行動だ。綺礼は以前、師のサーヴァントであるギルガメッシュから娯楽とやらの一環で他の参加者の参戦動機を調査していた。
そして、その中で目を付けたのが間桐雁夜だった。彼は時臣の奥方である遠坂葵に恋慕の情を抱いており綺礼はそこから雁夜が付け焼刃の魔導を修め倉庫街で共に居たキャスターと手を組み臓硯氏を屠り間桐へ養子に行った桜を盾にして時臣を殺し葵を奪おうとしていると解釈したのだが・・・・
実際、あの倉庫街での宣戦状以来、全く音沙汰がないと思えば、彼がやっている事は何の事はない・・・単なる世間一般にお飾られた慈善行為でしかなかった。そもそも、付け焼刃所かこれだけの技量を持っているのだ。時臣に一対一の決闘でも何でも申し込めば、すぐにでも事はなっただろう。時臣は決して軽率な人物ではないが、魔術師としての矜持や雁夜を魔導から背を向けた落伍者と侮っている事からもこれから別段、背を向けはすまい。そして、二人の技量を比較すれば考えるまでもなく時臣の方が大きく勝るだろう。ただし、それはあくまで魔術師としての見地から行けばの話・・・
時臣は自身の火属性を生かした高等な攻撃と防御を兼ね備えた正に卓越した正統派の一流魔術師である事に疑いはない。それに対し雁夜は見た所、間桐の水属性の特性である『吸収』を巧みに利用し只管に魔力を始めとしたあらゆる物を吸収する魔術のみを極めたようだ。シンプルではあるが、一般的な魔術師にとっては正しく致命的であろう。どんなに一流を誇る魔術師であってもその魔術を行使する際に用いる魔力を吸い取られてはどうしようもない。それは死徒の一人が放った火の魔術を難無く打ち消した事からも明らかだ・・・そうなれば、時臣には打つ手などない。魔術がなければ、元からの身体能力は一般人程度なのに対し雁夜は死徒数名をも難無く捌く程の体術をも習得している上に実戦経験に置いても多分に彼に利があるだろう。おまけに時臣には足元を疎かにする悪癖までもが備わっているなどマイナス面が大きい。
また、互いのサーヴァントにしても相性が悪いと来ている。ギルガメッシュの持ち味は夥しいまでの必殺宝具群であるのに対しサー・ランスロットの持ち味は他のサーヴァントの宝具を自身の物の如く扱える能力。つまり、ギルガメッシュが宝具を射出する度にランスロットに対し利を与えてしまう。それは倉庫街での戦闘でも実証されている。尤も時臣曰くギルガメッシュには真のEX宝具とも言うべき乖離剣があるので大した問題ではないとのたもうているが、あの気紛れな英雄王がはたして、本気など出してくれるだろうか?あの王には時臣に呼び出されただけあって多分に・・・いや、相当に慢心のきらいがる。それに対しランスロットはマスター同様、隙も慢心もない。寧ろ、倉庫街の戦闘でも全力を以ってギルガメッシュに相対していた。
恐らく難無く雁夜は時臣を屠れるだろう。今まで彼が狩って来た幾多の魔術師や執行者と同じ様に・・・そして、綺礼としてはその先に待つこの上もなく面白い物が見れたであろうに・・・・にも拘らず、雁夜がしている事は凡そ復讐とは縁遠い安っぽい人助け・・・耳障りの良い英雄的友愛精神だった・・・これではこの上もなく面白くないッ!
そして、更に面白くない・・・・と言うよりも腹立たしいのが衛宮切嗣だ。綺礼は雁夜の戦闘を見た後、雁夜を即座に見切り取って返すようにアインツベルン城へと向かった。彼ならば・・・恐らく自分同様に空虚な中身を埋める為に戦地を巡る過酷な巡礼の末に答えを得たであろう彼ならば、きっと自分の期待を裏切る事はあるまいと歩を進めたが、その途端に何者かの固有結界に巻き込まれ何処かも定かでない空間を歩き回る羽目となった。だが、これは当初としては不幸中の幸いでもあった。それで本来ならば容易に侵入できないアインツベルン城に引き籠っていた切嗣をその末に視認できたのだから―――だが、綺礼がそちらへ行く前に既に切嗣と対峙していたボサボサな髪の青年が言った言葉に足を止めた。
「なあ・・あんたさあ。本気で恒久的な世界平和なんて実現すると思ってんのか?」
(な、なんだと!?)
綺礼は愕然と目を見開くと青年は更に言い募った。
「俺もあれこれ言うのは趣味じゃないんだが・・・こればっかりは言わせて貰う。あ、まどろっこしいのも趣味じゃないんで、もう単刀直入に・・・・・止めてくれ。有難迷惑だ」
それに対しこれまで黙していた切嗣が反論して来た。
「何故だッ!?」
その反応に綺礼は青年が言った事が真実である事を悟る。綺礼は愕然としながらもその事実を受け入れつつ困惑し怒りを抑え切れなかった。
何だ!それは!?では今までの空虚が伴うような苛烈なまでの巡礼は・・そのような意味のない物の為であったと言うのか!?そんな馬鹿な事が・・・ッ!
綺礼が歯噛みする中、青年が更に言葉を投げ掛ける。
「何故も何もちょっと考えれば、分かる事だろう・・・そんな種の摂理も等価交換も度外視した願いを無理矢理に現実に押し通してロクな結果になるずがない」
その通りだ。と、綺礼は青年に同意した。闘争は人類の根幹だ!それを無くすと言う事は人間を無くすと言っている事と同義だ!誰だってそう思う!それ程に衛宮切嗣が聖杯に請おうとしている願いは有り得ない事だ!!
だが、当の本人は愚鈍なまでにその理想を口にする。
「いいや!必ず良くなる!そう信じたからこそ僕はこの戦争に身を投じたんだッ!僕はこの冬木の地で流す血を最後の流血にして見せる・・・もう、誰も泣かなくていい世界を作る為に・・ッ!そして、それを叶え得るのが聖杯だ!」
そうか・・・・それがお前の答えか!衛宮切嗣ぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅッ!!
この時、綺礼は生まれて初めて、その顔を憤怒と言う名の激情で歪めた。
「フン・・・結局はとんだ徒労だったと言う事か・・・・・」
綺礼はあれ程執着していた切嗣すら見切り、あの場を後にし何をするでもなく唯、果てを知らぬ宇宙空間を当てもなく彷徨い歩いていた。まるで、目指すべき地を見失ったかのように・・・・
衛宮切嗣は結局、自らが求めた答えを知る者ではなかった。あの探求に見えた巡礼も所詮は価値ある者を無価値へと帰して来たに過ぎなかった・・・答えなど最初からなかったのだ。
さて、これからどうするか?綺礼は無感情な面持ちでそんな事を考える。とは言え、そんな答えは決まっている。当初の予定通り、この戦場を偵察しそれを時臣に報告し、これまで通り彼がこの戦争に勝利する為のお膳立てに徹すればいいだけの事・・・そう分かっているはずなのに・・・・何だ?唯でさえ空虚なこの身に空いた更なる空虚は・・・・?
その時、不意に以前あの不愉快極まりない英雄王がのたまわった戯言を思い出した。
『ならば愉悦を望めばいいだけではないか?』
その瞬間に綺礼は愕然としながらも首を横に振った。
「何を・・・馬鹿な・・・・」
それと同時刻・・・・救出組はこの上もない危機に見舞われていた。
「お久しぶりです、ランスロット卿」
ガレスが昔から良く知る幼くも凛々しい顔を苦悩に歪めて言葉を発した。恐らく自分もそんな顔をしているのだろうなとランスロットは暫し呆然としたが、すぐに頭を切り替え口を開いた。
「ガレス・・・お前まで来ていたのか?」
その横で雁夜は驚きながらもガレスと呼ばれたサーヴァントを見た。
(サー・ガレス・・・確か太陽の騎士ガウェインの弟で眼の前にいる妖姫モルガンの息子・・・ランスロットが騎士に任命して以後は円卓の中堅所的な役割を担った騎士だよな?そして、最後は不義の罪で処刑されそうになったギネヴィアを救出する際にランスロットが手に掛けた騎士―――)
一方、ランスロットは思い掛けない再会に戸惑いながらも疑問を投げかける。
「だが、何故にモルガンと?」
すると、モルガンはランスロットの言葉を滑稽だと言わんばかりに嘲笑う。
「それは愚問ね、裏切りの騎士。今回、ガレスは私のサーヴァントとして呼ばれたのよ」
そう言うとモルガンは左手の甲に刻まれた赤い聖痕を見せる。
「サーヴァントがサーヴァントを召喚する!?そんな馬鹿な・・・」
雁夜が信じられないと眼を剥くとモルガンはそれもせせら笑う。
「あら?幾らサーヴァントでも私だって魔術師よ。なら私にだってマスターになる資格があると思うのだけど?」
「あり得ません!サーヴァントを依り代となって繋ぎ止められるのは生者だけです。死者である英霊には・・・」
ルクレティアの疑問にもモルガンは悠然とした笑みを浮かべて木で作られた杖を取り出した。
「依り代ならここにあるわ。これはマーリンが生前に作った魔術礼装・・・クラストルが私を呼ぶ際に使った聖遺物でもあるわ。貴方達も勘付いているでしょうけど、クラストルは魔術師になれる素養を持った人間を見出す為に刑務所に入っていたの。そして、手当たり次第に死徒へと作り変えたのよ。とは言え、当然ながら中にはそれに耐え切れず発狂した連中もいたわー。この令呪はその中の一人から奪った物よ・・・・」
その言葉に全員が息を呑むと同時にギリッと怒りの視線を向けて来るとモルガンは可笑しそうに口元を蠱惑的に歪ませる。
「あら?何を怒る事があるのかしら?どうせ、犠牲になったのは貴方達の基準で言う所の世の中のクズって奴よ。なら、痛くも痒くもないはずだけど〜?クスクスクスクス・・・さて、話を戻すけど、これと私自身や杖を聖遺物にして召喚の儀に臨んだの。私としては可愛いモードレッドを呼ぶ予定だったのだけど・・・・」
そこでモルガンは嘆息を付いてガレスを一瞥する。
「ご覧の通り、その目論見ばかりは頓挫したわ。これだけ条件を整えて置きながら当てが外れるなんて・・・恐らく他のマスターに先を越されたんでしょうね」
その言葉にランスロットは更に眼を剥く。
「モードレッドまでがこの戦争に!?」
「ええ。そう考えるのが妥当でしょう・・・・まあ、当ては外れたけれど構いやしないわ。何れ巡り合えば、あの子は私に従うでしょう。だってそれ以外に能などないものねえ・・アハハハハハハハハハ!」
その不快気な嘲り笑いにランスロットは冑の中からギリリと歯軋りするとモルガンは一層、滑稽だと言わんばかりに笑う。
「なあに?自分を陥れた者に同情するのかしら?貴方って本当に偽善者ね。そんな事だから―――」
「あんた・・・少し黙っていろ」
不意に雁夜が静かだが怒気を込めた声を出した。すると、モルガンは肩をすかして言う。
「おお、怖い。サーヴァントがサーヴァントならマスターもマスターって所かしら?でもね・・・威勢を張るのは良いけれど、それは最低でも状況が五分の時だけにした方が身の為よ?」
その言葉と共に宙を浮く彼女の真下で血に飢えた獣達が唸り声や舌なめずりを響かせ、それに呼応するようにサーヴァント達も一斉に身構える。それを受けランスロットらも迎撃の体勢を取る。
そして、モルガンはこの上もなく厭らしい笑みを浮かべて己が傀儡と化した息子に命じた。
「さあ、行きなさいガレス」
それに対しガレスは顔を苦悩に歪めながらも母にしてマスターでもある魔女の命を受け腰に差した剣を抜き対峙しているランスロットに向ける。
「・・・ガレス・・ッ!」
ランスロットは唇を噛み締めて唸る。それに対しガレスは剣を向けながらも無念の一語に尽きる表情で最も崇敬する騎士に詫びる。
「申し訳ありません・・・ランスロット卿・・ッ!」
「言って置くけど、この子が手加減するとは思わない事ね。令呪で私を阻む敵を全力で排除しろって命じてあるからねえ・・・クス」
モルガンの如何にも得意げな嘲笑にランスロットはギリリと歯軋りするより他はなかった。
「そんな・・・ガレスッ!」
その頃、アルトリアとマーリンも戦闘を中断しマーリンが空間に投影した映像で事態を把握していた。
「モルガンめ・・・ルールを破ったな」
マーリンは何時になく舌打ちする。自らの結界を限定的に破るなんて芸当ができる者は唯一人しかいないと踏んでいたが、見事に的中するとは・・・正直言って何て間の悪い!
一方、アルトリアは最早、顔面蒼白と言う顔で眼の前で繰り広げられる悲劇の再演とも言うべき事態を見ていた。
そんな・・・また、繰り返すと言うのか?私はまたも彼らを―――
「アルトリア」
不意にマーリンが声をかけアルトリアがハッとなったようにそちらを振り向く。
「このような事態となっては最早、講習会所の話ではない。我々もここは一時休戦と行こう。正直、幾らランスロット達でもモルガンやあの数相手に子供らを守り切れる保証はない」
その言葉にアルトリアはにべもなく頷く。
(そうだ・・・今はあれこれ考えている場合じゃない!モルガンやガレスを始めとした名のある英霊を従えた死徒の増援で好転していた戦局は引っくり返ってしまった。このままでは子供達の身も危うい・・ッ!一刻も早く救援に向かわねば!)
すると、マーリンはフムと頷き意外そうに眼を細める。
「どうやら、それ程に見境がなくなっているわけでもなさそうだな・・・・」
「なッ!貴方は私を何だと思っているのですか!?」
アルトリアは心外そうに眉を寄せるとマーリンはこんな時だと言うのに良く知る悪戯っぽい笑みを浮かべて問い返す。
「聞きたいかい?」
アルトリアはげんなりとした顔で首を横に振る。
「いいえ・・・遠慮します・・・・」
「マーリン、こっちは片付いたぞ。それより緊急事態って何だ?」
その時、奏がボロボロになった切嗣を引き摺る形で現れアルトリアを面食らわせた。
「切嗣!?」
そして、睨むように奏を射竦めるが、奏は嘆息を付いて言う。
「言っとくけど、殺しちゃいないぞ。気を失っているだけだ。唯まあ、あばら二三本と右腕、左足は貰ったけどな」
その言葉が指し示す通り切嗣は身体中に切り傷が出来ており激痛が走っているのか時折、気を失いながらも荒い息を吐いている上に右腕や左足がダラリと有り得ない方向に曲がっていた。
「一応、綺麗にはへし折って置いたぞ。その分、治りも早いだろう。で、何がどうなっているんだ?」
奏は平然とのたまうとマーリンに状況の説明を求めた。
「うむ。見ての通りだ、死徒達に増援が送られた・・・・私の直弟子の手引きでね」
マーリンは自らが投影した映像を見せて説明する。すると、奏は頭を掻いて嘆息を付く。
「お前の直弟子って・・・あの妖姫モルガンか?お前と並ぶ大魔術師の?」
「ああ、彼女もよくよく執念深い性質らしいね・・・・」
マーリンもいつになく重苦しい声で嘆息を吐く。一方、アルトリアも顔に苦渋の色を浮かべている。そこでマーリンは気を取り直すように両手をパンッ!と叩き二人に言った。
「ともかく私達も救援に駆け付けよう。多分に宜しくない雲行きだ」
奏とアルトリアは瞬時に頷く。だが、そこでマーリンはまたも嘆息を付いた。それを見た二人は不思議そうに首を傾げるが、その理由は直ぐに明らかとなった。
突如、彼らの目の前の空間がガラスのように罅割れ始めたのだ。
「やれやれ・・・・そうは問屋が卸さないか?我が弟子ながら手回しの良い事だ」
マーリンが呆れるような感心するような声を出すと同時にガラスが割れるような音が響き極大の孔が空く。そこから夥しいまでの死徒とサーヴァントの群れが一気に殺到した。すぐさま、三人は臨戦態勢を取りマーリンは気を失っている切嗣を透明な球状の結界に包み風船のように吊るして持った。
「悪いが、今の彼は戦力外だ。度重なる体感時間の加速に加え奏が与えたダメージも大きい。彼は私の結界で保護する。ここは私達で乗り切るより他はない」
アルトリアはそれを渋々ながらも頷く。切嗣に意識があれば、自らのマスターの身を敵サーヴァントに委ねるなど到底許容できなかっただろうが、背に腹は代えられない。何よりもマーリンは場合にもよるだろうが、今回はそのような卑劣に手を染めはしないだろう。
「心得ました。前衛は私が務めます。マーリン、貴方は後方支援を」
アルトリアは剣を構え何年振りか分からない命令を自らの軍師に下し軍師はこの上もなく頼もしい笑みを浮かべて頷く。
「御意に、アーサー王」
マーリンはそう言ってアルトリアを結界の弱体化から解き放ちステータスを全快にまで回復させた。その後、自らのマスターに指示を出す。
「奏、通例通り前線は君に任せる。何しろこの身は最弱のキャスター故にな!」
すると、奏はジト目でマーリンを睨む。
「つーか、お前の魔術は三騎士クラスにも通用するんじゃねえか。なのにマスターの俺が代わりに前線に出る意味があるのかよ?」
「生憎と通常のキャスター同様に肉弾戦が不得手な事に変わりはない。故に今後も任せた」
親指を立てた上、ウインク付きの飛びきり無駄な笑顔で返す己のサーヴァントを奏はこの上もなく睨み付けた後、すぐさま前方を向いて迫り来る異形の軍勢と対峙して大声で返す。
「ああ!そうかよ!こんちくしょうッ!!」
その様子をアルトリアは横目に見て自身のマスターに重傷を負わせたにも拘らず奏に若干の同情を抱いてしまった。恐らくは彼もこの底抜けに飄々とした悪戯好きの老魔術師に良い様に振り回されたのだろう。まったく、この人はいつまで経っても・・・・・・
アルトリアはこんな時だと言うのに呆れると同時に一抹の懐かしさすら抱いてしまった。しかし、すぐに首を振って眼前の敵を真っ直ぐに見据え剣を構え駆け出した。
同時刻、ボルドフやペンテシレイアと対峙していたアイリスフィール、舞弥、藤二、ガルフィス、エル・シド、ベディヴィエール達も同じ憂き目に会っていた。
マーリンの固有結界に取り込まれた後、エル・シドとベディヴィエールは弱体化しながらもペンテシレイアと交戦していたのだが、突如、空間に極大の孔が空きそこから死徒とサーヴァントの群れが雪崩れ込んで来た次第だった。
「クッ!これ程に弱体化した身でこの数は・・・ッ!」
ベディヴィエールは短槍を振るってはセイバーやランサーと思われる複数のサーヴァントを蹴散らしていたが、その顔には余裕がなかった。それはエル・シドも同様で長剣と短剣を巧みに振るいながらも息を切らしている。
「やっぱり二人とも・・・・この結界内じゃ・・・ッ!」
藤二も毒づきながら狙撃銃で死徒を仕留めて行く。
「喋っている暇はねえぜ!口を動かすよりも手だ!」
ガルフィスは死徒達の付近に火付け石である鉱石を生み出し爆発させていた。これは彼自身の『発破』と呼ばれる稀有な魔術で爆発し易い鉱石を標的の付近にピンポイントで生み出し遠隔操作で爆発させると言う物で威力は並みの火の魔術を遥かに凌駕する。屋内である城の中で使うのは不向きだったが、皮肉にもマーリンの固有結界によって広々とした空間に取り込まれた事でそんな危惧は消えた。
「同感だ!まだ、ウジャウジャ出て来るぞッ!」
ボルドフも一時休戦で彼らと連携し両腕でそれぞれショットガンとデザートイーグルをぶっ放し彼のサーヴァントであるペンテシレイアも戦斧を振るってサーヴァントや死徒を薙ぎ倒して行く。
その時、不意にエル・シドとベディヴィエールは急に身体が軽くなった事を感じていた。ステータスも十全のコンディションに戻っているようだ。その証拠に動きにいつもの切れが戻っている。二人が不思議に思うと宙にマーリンの虚像が投影され一同は眼を瞠る。それに対しマーリンは彼らを睥睨して口を開く。
『まずは初めまして・・かな?私はサーヴァント・キャスター・・・そして、真名はマーリン・アンブロジウスだ。それから久方ぶりだね、ベディヴィエール』
それに対しベディヴィエールは面食らった声を出す。
「マッ・・マーリン殿!?されど・・・そのお姿は一体・・?」
『それは愚問と言う物だよ、ベディヴィエール。サーヴァントとは全盛期の姿で現界するのが常だ。それにこの姿の方が断然イカしているだろう』
腕を組み得意げな笑みでのたまうマーリンにベディヴィエールは「は、はあ・・・」と間の抜けた声で応えながらも悟る。
(ああ・・・・姿形は変われど、この方は間違いなくマーリン殿だ・・・・・)
『それはそうと状況は諸君らも知っての通りだ。先程とは比べ物にならぬ数と質を誇ったサーヴァント達を従えた死徒の軍勢が押し寄せている。ここは一時休戦し互いに連携を取らねば、とても切り抜けられる物ではない。故に一先ずは得手勝手な名利は捨て置き我らとの共闘を承諾して貰いたい』
その言葉にエル・シドは剣を振るいながら即答する。
「無論だ。この期に及んで漁夫の利を求めるなど愚か者のする事・・・何より今はこの場を切り抜け一刻も早く我らも子らの守護に駆け付ける事が先決だ」
『うむ・・・中年中二病患者と違って融通が利いて助かる。それでは今後は私がこの固有結界を用いて君らを最大限にバックアップする。とは言え、モルガンの力も介入しているから出来る事は限られているがね・・・その上、私達も諸君らと同じ憂き目に合っている体たらくだ。お互いの武運を祈るとしよう』
そこでマーリンの虚像は瞬く間に消えた。エル・シドはこれまで以上の俊敏な動きで剣を振るい己のマスターに大声で促す。
「藤二!先程も言ったが最早、効率などと言う戯言を吐きはすまいな!この獣共を蹴散らし我らも子らの救援に向かうぞ!」
その言葉に藤二も狙撃銃で死徒の頭を撃ち抜きながら応える。
「ああ!エル・シド、勿論分かっているさ!」
「マスター!」
ベディヴィエールも短槍を振るい自身の宝具『幻肢結界』で左腕の残像を九つ発生させながらガルフィスに呼び掛けガルフィスも発破で遠方の死徒達を屠りながらそれに応える。
「おおよ!ちゃちゃっと片付けようぜ!」
一方、舞弥はアイリスフィールを背に銃を構え言った。
「マダム・・私達は戦場を離脱しましょう。貴女は大事な身です」
「え・・でも?」
アイリスフィールは切嗣とアルトリアが気掛かりなのか躊躇うような声を出すが、舞弥はガンとして言った。
「貴方の身に何かあれば、聖杯戦争その物が破綻します。何よりサーヴァントすら持たない私達では足手纏いです」
そう諭されアイリスフィールも渋々ながら頷いた。
ボルドフはその様子にニッと笑って両腕でそれぞれ片腕では到底扱い切れぬ重い銃を優々とぶっ放してペンテシレイアに言う。
「さて、そうと決まればハンティング開始だ!ランサー、前線は任せたぜ!」
「ふっ、心得た!」
ペンテシレイアも不敵な笑みを返して戦場を駆ける。
その頃、救出組は文字通り八方塞の状況にまで追い込まれていた。何しろこの数である。マスターである死徒もサーヴァントに及ばないまでも常人を超えて余りある戦闘力を有している上に従えているサーヴァントも大半は無銘のようだが、それでも先程のバーサーカー達とは格が違う雰囲気を窺わせているし良く見れば、聞き覚えのある宝具を持つ英霊も見られる。その代表格がモルガンによってセイバーとして呼び出されたガレスとバーサーカーとして呼び出されたフィン・マックールの孫にしてディルムッドの親友であるオスカであろう。
ランスロットとガレスは互いに苦痛に満ちた表情で刃を交わし互いに決定打を打つ事ができずにいた。とは言えランスロットはガレスの技量を大きく上回っているので単なる戦闘不能に追い込む事は可能だが、それは一対一ならの話。ガレスの技量がランスロットに遠く及ばない事を承知しているモルガンは多くのサーヴァント達をガレスの加勢に回していた。さしものランスロットもこれらの手勢の相手もしながら、ガレスを戦闘不能に追い込むなどと言う芸当ができるはずもなかった。ガレスとて円卓で名を馳せた騎士・・・それ程に甘い相手ではない!
一方、オスカは血の涙を流し続けながら獣と言う形容すら生温い正しく異形の唸り声を上げ大剣を振り上げディルムッドに向かって行く。
「■■■■■■■■■■■■■■■■■―――ッ!!」
「クッ!オスカ・・・・ッ!」
ディルムッドは嘗ての親友の変わり果てた姿にその美しい魔貌を悲壮に歪めながらも双槍で迎え撃つ。その他にもセイバーやらランサー、アーチャーと言ったクラスのサーヴァントも複数見られ何れも津波の如く攻め寄せて来る。更には結界から解放されたジル・ド・レェの海魔なども加わりその上、子供達を背にしての戦いとなれば俄然、防戦一方と為らざるを得ない。最早、戦況は絶望的だった。
「雁夜さん!先程の魔蜂でまた喰らい尽くせませんの!?」
事態に歯噛みするルクレティアの問いに雁夜は冷や汗を掻きながらも首を横に振る。
「生憎とこいつらにも吸い取れる容量って奴がある!そう立て続けで無制限に吸い取れる程、都合の良い物じゃない!今回は吸い取った魔力をランスロットへの魔力供給に還元させる仕掛けを施しているが、消化されるにはまだ時間がかかる!」
すると、リオンはそれを聞いて一気に顔を喜色で綻ばせた。
「な〜る♪つまり、今のあんたは丸腰同然ってわけね〜♪チャ〜ンス」
そう言うと同時にリオンは手から風の刃を雁夜目掛けて幾つも放り投げる。だが、雁夜はそれを飛針で打ち消して行く。
「それは早計だな。蜂が使えないなら使えないで戦いようは幾らでもある」
そう言いながらも雁夜は内心でこれは少しばかり拙いと思っていた。このような連射型の魔術だと飛針では打ち消そうにも限界がある。その気になれば、術を繰り出す前に死徒達の懐に入って仕留める事はできるが・・・唯でさえ人手がとても足りない状況で子供達の傍を離れる訳にはいかない!最悪アレを使う事も考えなければならないかも知れないが・・・それはあくまでも最後の手段だ!
一方、鷲蘭は王黄円と対峙していた。
「蓮家の小娘、どうあっても退く気はないか?戦力差は明らかだ・・・・今から尻尾を巻いて逃げるなら見逃す事も吝かではないが?」
黄円はこの上もなく傲岸な顔と口調で言うが、鷲蘭は嘲笑って見せた。
「ふん・・随分と胆が小さいんだな。態々、人を捨ててまで力を得て置きながら大勢で群れなければ、何もできないとはな」
すると、黄円はギロッと射竦めるように眼光を鋭くする。
「調子に乗るなよ、小娘が!その澄まし顔、今にも吠え面かかせてくれるわッ!アサシン!」
黄円の隣に赤と白の横縞のセーターに身を包み黒の帽子を被った顔が火傷か何かで大きく爛れた男が右手に付けられた鉤爪を舌舐めずりしながら実体化した。
「アサシン!」
鷲蘭も自らのサーヴァントに視線を送る。それに李書文も応え彼女の前に出る。
「分かっておるわ。サーヴァントは儂が殺る」
「それでは―――行くぞ!」
黄円は鷲蘭目掛けて魔力で強化した右手で掌底を繰り出す。鷲蘭はそれを双剣を重ね合わせて塞き止める。
「ほう・・少しは腕を上げたか?だがな・・・」
そこで黄円は残る左手から水の槍を生成し、それを背後の子供達へ―――!
「なッ!」
鷲蘭は咄嗟に重ね合わせていた左に持った剣でそれを防御する。すると、黄円はこの上もない程に滑稽だと言わんばかりに嘲笑する。
「そーら、すぐに余計な物に気を取られる・・・・うりゃああああああああッ!!」
僅かに空いた隙を逃さず鷲蘭の鳩尾に黄円の掌底が炸裂する。鷲蘭はそのまま後ろへ吹っ飛びかけたが、李書文がすぐさま駆け付け抱き抱える。
「ふん、青臭い性根は相も変わらずだったようだな」
黄円の吐き捨てるような物言いに李書文は凄まじいまでの殺気を放った。
「何だ、その眼は?奇策も実戦では有効な手段だ。よもや卑怯などと言う言葉を貴方とも在ろう方が言われまいな?李書文殿」
すると、李書文は極めて不機嫌な顔で答えた。
「奇策・・・のう?今のはどう見ても下衆の下策にしか見えんかったが?」
その辛辣な物言いなど何の痛痒も感じないとばかりに黄円は嘲る。
「勝ちは勝ちだ。そして、負けは死を意味する・・・であろう?」
「ふん、おまけにもう勝った気になっておるとは・・・随分な舐め様じゃな」
すると、黄円はニンマリと笑みを広げて肯定する。
「事実その通りではあるさ」
「なんじゃと・・・・ッ!?」
李書文は黄円の言葉に喰って掛かろうとした所で抱き抱えている己のマスターの異変に眼を剥く。鷲蘭は先程の掌底で気絶していたが、その身体に徐々に傷が独りでにでき始めたのだ。
「こッ・・・これは・・・ッ!?」
李書文は何時になく顔を強張らせて呻くと同時に黄円のサーヴァントの姿を眼で探す。だが、何処にも見当たらない。それで彼は己のマスターの身に起きた事態を漸く悟った。
「成程のう・・・これが貴様のサーヴァントの宝具かッ?」
李書文が殺気の籠る唸り声で問うと黄円は得意げな笑みを浮かべて頷く。
「そうだ。己のサーヴァントはさる有名なホラー映画の主人公の殻を被ってできた反英雄って奴でな。その劇中に置ける設定が宝具と化した物だ。眠っている対象の夢に入り込み攻撃すると言う能力でな・・・面妖な事に夢で負わせた傷を現実に具現化させるのさ」
「つまり、こちらからは手出しのしようがないと?なかなかにえげつない宝具よのう・・・・ならば!」
李書文は神速とも言うべき速さで拳を黄円の胸目掛けて放とうとするもそれをセイバーやランサーらしいサーヴァント十騎に阻まれた。
「チィッ!!」
「それは当然の狙いで在ろう?そう簡単にはこの首は殺らせぬわ」
黄円は醜悪なまでに厭らしい笑みを満面に広げた。
ランスロットはガレスや他のサーヴァント達と刃を交えながら戦況を見極めていた。
(クッ・・!やはり、この数相手に防戦は至難!我が王達も良く持たせてくれておられるが、何れにしても時間の問題だ。一刻も早くこの者達を討ち倒し私も加勢に行かなければ!だが―――)
と、ランスロットは刃が毀れぬ漆黒の魔剣を振るいながらもガレスを見て自身に問う。
(私にガレスを討つ事ができるのか!?一度ならず二度までも!?クッ・・何を考えている!我が王達は元より子供達の命も懸かっているのだぞッ!背に腹を代える訳にはいかん!!)
そう己を鼓舞し叱咤して必殺の剣戟をガレスに浴びせようとするも意思とは裏腹にその軌道は急所を逸れて行く。
「ランスロット卿・・・ッ?」
ガレスも自らの眼を疑うようにランスロットを見る。ランスロットは冑の中で顔を苦渋に歪ませて悟る。
(駄目だ!私にガレスを斬る事などできない・・・ッ!)
どうして斬る事などできようか?自身などに憧れ慕ってくれた部下を!朋友を!嘗て、私事の為に誤って討ち果たしてしまった自身などよりも真に誠実な騎士だった男を二度までも討つ事などできるものかッ!!
すると、その葛藤を嘲笑うようにモルガンの哄笑が響いた。
「『完璧な騎士』とも在ろう者が良い様ねえ!肝心な所で情に躓いてどっちつかずの中途半端・・・そんな事だからアルトリアもギネヴィアも救えなかったんじゃない!アハハハハハハハハハッ!!」
その嘲りに対しランスロットは何も言い返せず唇を噛み締める他なかった。事実その通りなのだから・・・・だが、彼がそんな失意に浸る間もないとばかりにモルガンは更に言う。
「ほら、あなたがそんな体たらくだからまた―――」
その言葉にランスロットはハッとなって自らのマスターの方を見る。雁夜は迫り来る死徒達を迎撃していたが、突如その傍にリオンのチェーザレが現れ毒の大剣を今まさに振りかざさんとしていた。
「しまっ―――!」
ランスロットが叫ぶより早く毒の大剣が吸い込まれるように雁夜へと―――!
ガキンッ!
だが、その刃がその身に喰い込む事はなかった。その刃は見えない力で堰き止められていた。チェーザレは元より雁夜ですらもその現象を理解できなかったが、次の瞬間にチェーザレの左右に忍び装束を纏った二騎のサーヴァントが苦無を手に挟撃を掛けて来た。チェーザレは舌打ちしながらも瞬時に飛び退く。そして、雁夜の眼前には同じく忍び装束を纏った流れるような長髪をなびかせたサーヴァントが苦無と手槍を携えて現れた。
「あ・・あんたは!?」
雁夜の問いには彼ではなく彼のマスターが答えた。
「彼は私のサーヴァントです。クラスはアサシン。雁夜さん、御無事で何よりですわ」
その声に雁夜はハッとなって振り向くとそこには巫女装束を纏ったウェーブが入った紫のロングヘアーを靡かせた美しい女性が微笑んで佇んでいた。
「さっ・・咲耶さん!?」
雁夜は思わず素っ頓狂な声を出す。それにレグナは怪訝な声で問う。
「ミスター雁夜、こちらの方は知り合い?」
「あ、ああ、昔からの友人で神無月神社の巫女を務めている人だよ。それよりも咲耶さん、貴女までこの戦争に!?」
「ええ、何故だか分からないけれど、私にも令呪が刻まれましてね・・・・為り行き上の参戦で最初は神社の警護に徹していたのですけれど、流石に籠城はきつかったので脱出して来ました」
悠然として微笑む彼女の言葉を雁夜は耳聡く問い詰めた。
「籠城?まさか、咲耶さんの所にも死徒が?なんでまた?」
「ええ、それが・・・・」
咲耶が語り掛けた時、またもサーヴァントの一群が襲い掛かったが、彼女のアサシンが手槍や苦無で巧みに屠って行く。
「咲耶様。お話はまず、この者らを討ち取ってからに」
「ええ、そうですね。後方支援は任せて下さい」
咲耶も風と水の魔力を練り上げて風を纏った水の渦を作り出し死徒達を吹き飛ばす。そして、その傍から後方の死徒達やサーヴァントが炎に包まれ丸焼きになっていた。雁夜達は何事かとそちらに眼をやるとこの上もなく場違いな声が響いて来た。
「さあ!さあ!どんどん来やがれってんです!一匹残らず消し炭にしてやりますから!」
と、今度は氷漬けと来た。一気に死徒達の間でどよめきが起こる。それと同時にその中から九本の尾を持った狐耳の桃色ツインテール娘が腰にマスターであろう男性を抱き付かせて飛び上がり雁夜達の傍に舞い降りた。一同は唐突な登場とその娘の奇抜な容姿と改造和服に二の句が告げずにいたが、唯一人咲耶だけがニコニコ顔で口を開く。
「まあまあ、相変わらず派手な登場ですわね、キャスターさん。でも、ルシオンさんは大丈夫ですか?」
その言葉に狐娘の腰に抱き付いていた男性―――ルシオンが冷や汗をかきながらものんびりとした口調で頷く。
「ええ・・・どうにか。でも、ジェットコースターよりスリル満点でしたよー」
「咲耶さん・・・彼らは?」
雁夜が呆然とした声で問うと咲耶は思いだしたように答える。
「二人はこれも為り行きで同盟を組む事になったメルディ・ルシオンさんに彼のサーヴァントであるキャスターさんですわ。ここに来るまでもお二人にはお世話になって―――」
「こらあああああああああああッ!!無視してんじゃないわよ!ボケナス共がああああああああッ!!」
またも、戦闘中であるにも拘らず自分達を無視して談笑している事に切れリオンが在らん限りの怒声を上げた。すると、狐耳のキャスターがこの上もなく嫌そうな顔を向けて来た。
「うわー、何です?あの如何にもケバイ吸血娘は?こっちをガン睨みしているんですけど〜」
「うっせえッ!あんたも殆どあたしと大差ない服装だろうがッ!!」
リオンは眼を血走らせ激昂するが、狐耳のキャスターは堪えた風もなく更に言い募る。
「おやおや、言葉使いまで下品と来ましたか?服装も中身もケバイんじゃ些か変態趣味を持った殿方だって願い下げってもんです!はーい」
リオンは今や両歯をガリガリと軋らせている。
そんな中、モルガンは彼女を興味深そうに見据え口を開く。
「ふ〜ん?見た所は九尾の狐らしいけれど・・・あなたも反英雄って奴なのかしら?」
モルガンの言葉に雁夜達も改めて彼女の姿を見る。確かに狐の耳と言い、何より九本の尾と言い何処から見ても九尾の狐っぽい。雁夜はそこから彼女の真名を推察する。
(九尾の狐で有名なのは殷の紂王を誘惑して国を滅亡に追いやった妲己や南天竺竭弥陀国の王子の妃になった華陽夫人・・・そして、鳥羽上皇に仕えた玉藻の前くらいだ。見た所、彼女の服装は一応和服みたいだけど・・・・まさかなあ・・・)
雁夜は半信半疑ながらも狐耳のキャスターに問う。
「なあ・・・君、まさかだと思うけど・・・真名は玉藻の前とか言わないよな?」
すると、狐耳のキャスターは耳や尻尾をピクと動かす。
一同が信じれないと言う顔になると狐耳のキャスターは・・・
「いっや〜〜〜〜〜〜〜んッ!!いきなり真名バラされるとか結構恥ずかしいもんですねえ!私としてはもう少しミステリアスな女っ事にしておきたかったのに〜!」
九本の尻尾を恥ずかしげにクネクネと動かす
一同はこの上もなく意外そうな眼を細めた。尤も咲耶は疾うに察していたのか相も変わらずのニコニコ顔であった。一方、モルガンは興味深そうに狐耳のキャスター―――玉藻の前を見て口を開いた。
「まさか、あなたが彼の大変な博識と美貌を兼ね備えたと謳われる化生の前とはねえ・・・よもや、こんな如何にもな尻軽女とは思っても見なかったわ」
すると、玉藻は耳と尻尾を固まったように強張らせる。
「カッチーン!」
「うふふ、浅はかな獣の化身如きがこの妖姫モルガンに敵うと思っているのかしら?」
モルガンの嬲るような口調に対し玉藻は不自然なまでに最高の笑顔を浮かべつつ明るい声音でそれでいて言葉の端々に棘を含ませて言い放った。
「うっわー、女の嫉妬がましさ全開のケバイ叔母様登場ですか♪きっしょーい!うら若きピチピチ乙女の力って物を見せてやりましょー!厚化粧のお局はさっさと退場しやがれってんです♪」
ビシッ!
その瞬間、確かにそんな音をその場に居た者達は現実に聞いた気がした・・・・皆、恐る恐るモルガンを見上げている。一方の彼女はこの上もなく静かだった。そりゃもう先程までの饒舌が嘘みたいに・・・だが、顔の半分が隠れているヴェールから物凄くドス黒いオーラが発生している事はきっと気の所為などではない。
やがて、モルガンの唇がこの上もなく艶やかに・・・妖しく歪み・・・・そこからゾッとする程、静かな声を迸らせた。
「・・・・・・・・消し飛ばされたいみたいね?なら、その願い叶えてやるわッ!」
それは正しく死刑宣告!モルガンは両掌で強大な魔力を練り上げ且つ高速神言で大魔術の詠唱を瞬時に完成させる。そして、巨大に膨れ上がった魔力の塊を玉藻目掛けて放つ。すると、玉藻は銅鏡を取り出しその魔力の塊を防いだばかりか吸収してしまった。それに唖然となる雁夜達。
「ふふふん!今回の私はどう言うわけか本来の霊格を完全とまでは行かなくともそれに極めて近い形で再現されています。ご主人様の愛の力サマサマですね〜♪ですので力押しならこちらも負けませんよ・・・ってな訳でお返しです!」
そう言って玉藻も魔力を練り上げ巨大なつむじ風をモルガンに放つ。モルガンもそれを辛うじて防御する。
その凄絶な魔術戦(女の闘い?)に敵も味方も開いた口が塞がらない中、咲耶だけは悠然としたニコニコ顔を崩しもせず寧ろ、微笑ましいとばかりに事態を見守っていた。
「あらあら、キャスターさんってば、随分はしゃいじゃっていますね。うふふふ・・・それじゃあ私達もそれに少し便乗しちゃいましょうか?アサシン」
「ハッ」
咲耶は自らのサーヴァント・アサシンにも言外に参戦を促した。
「流石に数の上ではこちらが不利です・・・ですので貴方のお仲間と共に少し・・いいえ、相当に掻き回して来て頂けないでしょうか」
咲耶の声音はいつもと変わらない優雅な物であったが、その根底には不敵な物が多分に含まれていた。それに対しアサシンは眉一つ動かさずに頷く。
「承知仕りましてございます・・・行くぞ、お前達」
その号令で彼の背後に同じく忍び装束を纏った大小様々な体格の忍び達が現れた。中には女もいれば、子供すらいる。彼らも自らの頭に間髪入れずに頷く。
『承知!』
その言葉で彼らは瞬時に消え去ったかのように戦場へと散った。
「そんな・・・彼ら一騎一騎がサーヴァント!?」
ルクレティアは自らの眼を疑ったが、その眼から映る情報が事実である事を如実に語っていた。雁夜も度肝を抜かしてこの忍び軍団を見ている。
「咲耶さん・・・彼は一体!?」
すると、咲耶はニッコリと微笑んで答える。
「とても頼もしい私のサーヴァントですわ」
雁夜はその言葉にただただ、呆けるしかできなかったが、不意にランスロットが戦っている場所に眼を移してハッとなる。
「ランスロットッ!?」
そうランスロットはガレスとサーヴァントの軍団と同時に剣を合せながらもガレスを本気で斬る事ができずに追い詰められていたのだが、遂にそれが仇となってサーヴァントの軍団に雁字搦めにさせられていたのだ。その上、そこにモルガンの拘束魔術に絡め取られ・・・光のロープがランスロットを雁字搦めにしているサーヴァント達ごと縛り付けているのだ!
「ぐぅ・・ッ!」
「最後の最後で油断したわねえ・・・裏切りの騎士。さあ、今の内に殺りなさいガレス」
モルガンが容赦なく傀儡に貶めた自らの息子に命じる。
「・・・ガレス・・・ッ!」
ランスロットの呻くような声にガレスの身体がビクッと震えた。そんな息子にモルガンは更に詰め寄る。
「何をしているの?さっさと剣を振り下ろしなさい。迷う事なんてないわ。そいつは私事であなたを殺したのよ。あなたもお返しをしてやりなさいな」
すると、ガレスはこの上もない憎しみが籠った眼で自らの母を見据える。
「そうなるよう・・・事を運んだのは貴女だろう・・・ッ!」
すると、モルガンは嘲笑を浮かべて平然とのたまう。
「人聞きの悪い事を言わないでちょうだいな。元より原因を作ったのはそこに居る裏切りの騎士よ?そして、あなたはそのトバッチリで殺された。せめて、その無念を晴らさせてやろうと言うこの母の親心がどうして分からないのかしら?クスクス・・・」
「よくも・・・そのようなッ!」
ガレスは余りの物言いに怒りを滾らせ歯軋りする。
「ともかく、今のあなたは私のサーヴァントでもあるのよ。令呪による強制も強いている・・・・大人しく命令に従いなさいな」
モルガンも息子の往生際の悪さに若干の苛立ちを込めて急かすが、ガレスは首を縦には振らず剣を下ろした。
「断る・・・既に動けなくなった者を斬るなど騎士のする事ではない!そもそも、令呪でランスロット卿を討てとも命じられた覚えもない・・・・・・」
その瞬間、モルガンはこの上もなく厭らしい笑みを浮かべた。
「なら・・・命じましょう。我が子ガレスよ。母モルガンが令呪を以って命じる・・・・ランスロットを殺せ」
「「なッ!?」」
ガレスとランスロット双方から呻くような声が迸るが、モルガンはそれすら楽しむように言った。
「さあ、これであなたはどうあっても、この裏切りの騎士を討たなくてはならなくなったわねえ・・・」
「モルガン・・・ッ!」
ガレスは今や唇を血が滲むまで噛み締め凄まじい憤激を母に当てるが、悲しいかな令呪による絶対命令は彼を強制的に望まざる行動へと移らせる。一度下ろした剣を再び構えランスロットへと向ける。
「ランスロット卿・・・・ッ!」
一方、雁夜も相棒の危機に焦った顔を見せ右手に刻まれた令呪に視線を移すが、モルガンはそれすらも見透かしたように言う。
「令呪による強制脱出を試みても無駄よ。私にも切り札があるんだから―――」
そう言って彼女は自らの二の腕を見せる。そこには夥しいまでの赤い聖痕が刻まれていた。
「令呪!?」
レグナが眼を剥くとモルガンは得意げに説明する。
「失敗した死徒達から奪った令呪を私の魔術に組み込む事でそれが持つ強制力を反映させたの。つまり令呪を使ったって無駄撃ちに終わるだけよ・・・」
「クッ!」
その嘲りに雁夜は拳を握り締める事しかできなかった。
そして、一方のランスロットは・・・・
私はここで討たれるのか?王をお諫めする事すらできずに・・・またも無為に王の下から去る事になるのか?何の贖罪すら果たせずに―――!
それも・・・ガレスの手に掛かって―――だが、それも私には相応の報いか・・・・
そこでランスロットが眼を瞑り掛けた瞬間―――
「馬鹿野郎おおおおおおおおおおおおおおおおおおッ!!」
耳をつんざくような怒声が響いた。ランスロットはハッとなってその声の主を見ると雁夜が息咳を切って自分を睨み付けていた。
「お前はやらなきゃならない事があって此処に来たんだろうッ?過去の自分の過ちを許せなくて・・・それでも償える事があるならと思って騎士王の前まで・・・・自分の王の前まで来たんだろう!!それにお前は召喚された時に言ったよな・・・俺の目的も必ず遂げさせて見せるって!・・・それも含めて何一つ果たせていない内から諦めるなんて事をするなッ!!」
「我が王・・・雁夜殿・・・・ッ!」
もう一人の主の言葉でランスロットは眼が醒めたように身体中に力を滾らせ始める。
「うっ・・おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッ!!!」
そうだ・・・このような所で諦めてどうする!この程度の危機・・・生前には幾つもあった!これしきの事で屈するようならば、それこそ私は最早、騎士を名乗る資格などなくなる!!私がこの戦争に再び身を投じたのは何の為か!?唯一人剣を捧げた聖君に・・・・裏切ったこの身に再び胸を借りて下された王に報いる為ではなかったか!そして、嘗ての世界で仕えながらも応える事ができなかったもう一人の主に応える為ではなかったのかッ!
何よりガレスにしても私がここで救わずして誰が何時救うと言うのだ!?今、ここで真に身命を懸けずして何の為の騎士かッ!サー・ランスロットッ!!!
ランスロットはあらん限りの力でサーヴァント達やモルガンの拘束を解こうとするもサーヴァント達は多少、ピクリとは動いたが、如何せんモルガンの光のロープはビクともしなかった。
モルガンはその悪足掻きとも言える行動を滑稽だと言わんばかりに冷めた表情で見下ろし吐き捨てた。
「無駄な事によくもまあ、精が出る事・・・・・ガレス!鬱陶しいったらないわ。さっさと首でも何でも刎ねて、その木偶を静かにさせなさい」
ガレスはその言葉に万分の一の抵抗すら出来ずに望まざる剣戟を未だに活路を見出さんとする自らが最も崇敬し今尚、敬意に値する騎士目掛けて振り下ろした――――
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