Fate/BattleRoyal
34部分：第三十幕
第三十幕
ドゴオオオオオオオンッ！！！
マーリンとアルトリア目掛けて凄まじい爆焰が炸裂するも二人はそれをどうにか防ぎ切る。そして、その爆焰を放った張本人が天空から下へと舞い降り口を開いた。
「久しぶり・・・と言った方がいいかしら？アルトリア・・マーリン！」
「・・モルガン・・・ッ！」
アルトリアは苦渋の顔を浮かべて異母姉を見る。一方、マーリンはおどけた顔と声音で嘗ての弟子に問うた。
「ふむ、よもや君もこの戦いに参じていたとは・・・・予想はしていたが、驚きだよ、モルガン・・・一つ聞きたいが、まだ君は私やアルトリアを憎んでいるのかね？」
すると、モルガンは眼を剥いて問いを肯定する。
「ええ、そうよ！身に覚えがないと言うなら教えて上げるわ！貴方はその小娘の父親の横恋慕に手を貸して私から両親を奪った！！それだけじゃない、その男の娘を王にして支えたわ！！」
その憎悪の吐露にマーリンは静かな眼を湛えて頷いた。
「確かにウーサー王の想いを叶える為に手を貸したのは認めるさ。だが、その復讐の為だけに王国を滅ぼし、無辜の民を巻き添えにする必要はなかったんじゃないかね？」
その言葉にモルガンは一瞬だけ言葉に詰まるもすぐに激情を迸らせる。
「・・・ええ、確かにその通りかも知れない。でも！そうさせたのは、私をこの道に歩ませたのは貴方達じゃない！マーリン・・・ッ！貴方がウーサーの企みに手を貸さなければ私は幸せだったかも知れないのに！どうして、それを壊したの！？どうしてよぉッ！！」
「・・・・・・・」
それに対しマーリンは静かな眼をモルガンに注ぐだけで何も言葉を発しようとはしなかった。それがモルガンの憎悪に拍車をかける！
「沈黙が答えってわけ？なら・・・いいわ、私は貴方とアルトリアを殺す！楽には殺さない、自分達がどれ程の罪を犯したかを後悔させながら苦しめて殺してやるわ！！」
そう言ったと同時に天空に再び舞い上がり、自らの頭上に夥しい魔法陣を展開し想像を絶する魔力が迸ろうとしていた！それに対しマーリンは涼やかな笑みを浮かべて言った。
「生憎だが、ここで墓穴に還されるのは御免こうむろう。私はまだ娑婆を全く楽しんでいないのでね！」
「「ちょっ！それが本音かよ（ですか）！？」」
奏とアルトリア双方から思わず突っ込みが入るが、マーリンは一向に全く気にした風はなく寧ろ、得意げな笑みすら浮かべて豪語する。
「何しろ、湖の乙女に幽閉されてから幾星霜振りの地上だ。まだまだ楽しみ足りないよ」
その返答にモルガンは傍目からも分かる程に怒髪天を衝いた表情で静かに憤激を迸らせる。
「・・・そう・・！自分が何をしたかも分からない程、狂ってしまっていると言うわけね？けれど、正直に言って有り難いわ。だって―――」
モルガンの両手から五大元素を組み合わせた大魔術をマーリン目掛けて放った！それをマーリンは朗らかな笑みを浮かべたまま、高速神言を唱え巧みな魔術防御で防ぎ切る。だが、モルガンはそんな事は想定済みと言わんばかりに何ら臆する事無くすぐざま自身も高速神言を唱え巨大な火の玉を自らの頭上に生成し嬉々とした表情で言う。
「何の躊躇いもなく貴方を殺せる！！」
それに対しマーリンは軽く溜息をつきアルトリアや奏に言った。
「モルガンは私に任せてくれ。アルトリアに奏はこのまま皆の援護を」
「分かった」
「はい・・・頼みます・・！」
二人は即答してそれぞれ前線の真っ只中へと駆けた。そして、マーリンは自らも天空に舞い上がりモルガンと同じ目線に立った。
「さて、モルガンよ。幾星霜にも及んだ縁・・・ここで決着を着けるとするかね？」
「ええ・・寧ろ、私は待ち草臥れたくらいよ・・・！この手で貴方の涼しげな顔を引き裂いてやる日をねえッ！！！」
モルガンが火の玉をマーリン目掛けて放った事を皮切りに遥か上空では一代魔術決戦と言って過言ではない戦いが始まった！
自ら向けて放たれた火の玉をマーリンは風船結界を掴んでいない方の手をかざして直前に押し止め、逆にそれをモルガンの方へと跳ね返す形で放つ！すると、モルガンも片手を翳しそれを押し止め再びマーリン方へ撃ち出そうとするもマーリンも同様に押し止めた為、二人の間には火の玉が中心で燻ぶり、力が拮抗している・・！そこでモルガンは片方の手で巨大な光輪を生成し、それをブーメランの如くマーリンが片方の手で持っている切嗣入りの風船型結界目掛けて投げ飛ばす！切嗣は瞬間、怖気が走ったが、その後にすぐ平衡感覚が真っ逆さまになった。その理由はマーリンが光輪が直撃する前に遥か上空へと投げ飛ばしたのだ！そして、投げ飛ばし手ぶらになった片方の手で自らも光輪を生成し、それをモルガンの光輪目掛けて飛ばし相殺させる！
だが、マーリンもモルガンも最早、それには眼も向けず両手で中間で燻ぶっている火の玉を押し合い始める。そして、互いに本来なら数分も掛かる魔術詠唱を高速神言で詠み終え―――！
「ほっ！！」
「ハアアッ！！」
お互いに気合いの声を上げて強大な魔力を火の玉に注ぐ・・！その瞬間！！
ドッゴオオオオオオオオオオオオンッ！！！
瞬く間に満天の星空が太陽もかくや！と言う程に凄まじい爆焰と光に染まった・・・ッ！その直後、上空から落下して来る切嗣入り風船結界をマーリンが手際良くキャッチした。
「ひゅうー！あっちもド派手にやってんじゃねえか・・っと！『突き穿つ死翔の槍』ッ！！！」
クー・フーリンは上空で繰り広げられる大熱戦に口笛を吹きながら、自身も真紅の長槍を大軍目掛けて投擲する！
「私達も負けてらんないわ！！」
レグナも炎の大蛇を以って死徒を次々と焼き払って行く。
上空の激戦とは裏腹に地上での戦いは多分に死徒側の敗色が濃厚となっていた。何しろ、ディアンやアコロンの獅子奮迅とも言うべき働きに加え、半蔵が率いる伊賀衆のサーヴァント達も俊敏な動きと透化の術などの忍術や暗殺技術を巧みに駆使し確実に死徒やそのサーヴァント達を間引いている！玉藻の前はド派手な術を嬉々と繰り出している！その様はハッキリ言って見る者に痛烈なトラウマすら植え付けんばかりに恐怖を抱かせ戦意を萎えさせて行く・・・・更には増援で兵力が削がれた事でガレスも徐々にランスロットを抑える事が厳しくなっている。
一方、フィンとディルムッドはオスカを看取った後、彫像のように動かなかった。それを見たセイバー、ランサーらしきサーヴァントがこれ幸いと思ったか後ろから剣と槍を振り下ろした―――が！
ドシュウッ！！ザシュッ！！
「「あ・・・がぁッ！！」」
二騎ともフィンとディルムッドが後ろ手に繰り出した白槍と黄槍に喉元と心臓を貫かれていた・・・！他にも襲い掛からんとした死徒やサーヴァント達はその様に戦慄する！すると、フィンが徐にそちらを振り向いた瞬間、死徒やサーヴァント達は獣の如き本能で恐怖した・・・！何故なら、その面貌は先程の悲嘆が嘘に思える程に冷たく張り詰めた怒気がありありと満ちていたからだ。
「貴様ら・・・我が孫を傀儡の獣に貶めたのみならず在ろう事か、貴様らの愚劣な悪行の方棒を担がせるとは・・・・ッ！」
そこでフィンはクワッと瞳孔を開き大地を震わす程の大音声を以って眼前の許されざる奸賊を威圧する！
「当然、即刻冥土へと旅立つ覚悟はできておるのだろうなあああああああああああああああああああああああッ！！！」
その迫力と覇気に獣達は肌が確かにビリビリッと痺れて行くのを感じていた・・・！だが、彼らにとって不幸な事に憤怒に猛るのはフィン一人ではなかった・・・！
ディルムッドは真紅の長槍と黄色の短槍を殺気立った構えで向け、その魔貌に青筋を何本も立て言った。
「我が友を穢した愚・・・ッ！ただの一撃で贖えると思うなッ！！！」
そう言葉を皮切りにフィンとディルムッドの姿が消え・・・否！神速とも言うべき速度で奸賊腹共の背後や懐、真下などに廻り込みその槍捌きで背中や急所、耳、喉元、足、指あらゆる箇所を情け容赦なく斬り裂いて行く！
「そんじゃま・・・私達も」
ルナは自らの周囲に凍気を生成しルクレティアも風と火を練り合わせた熱風を生成し言った。
「参りましょう・・！」
「あっはははははははははははははははははははッ！！！如何に数が増えようと妾には無意味よッ！！この『血に濡れし白亜の虚城』に内包された女童の魂どもがある限りのおおおおおおおおッ！！！」
エリザベートは己の後方にある少女達の血と魂を吸い尽くした白石造りの城から慟哭と苦悶を迸らせる霊魂を撃ち出し続けている。それを見たシャルリアは顔を明らかに嫌悪に歪ませて自らのサーヴァントに命じた。
「伝承に違わず胸糞悪いサーヴァントねえ・・・！セイバー！あの糞女同様に胸糞悪い城をぶっ壊しなさい！！」
その命にセイバー・・・アリー・イブン・アビー・タ―リブは腰に帯刀したシャムシールを抜刀し口元に不敵な笑みを浮かべて言った。
「承知した・・！」
そう言った途端、疾風の如き速さで駆け飛び上がり霊魂を放出し続けている白亜の妖城・・『血に濡れし白亜の虚城』を真っ二つに裂いた―――！！
「ぎゃあああああああああああああああああああああああああッ！！！妾の居城があああああッ！！？？妾が集めた女童の魂があああああああッ！！！？？？」
途端にエリザベートは狂乱にその美貌を歪ませ劈くような絶叫を迸らせながら、崩壊して行く白亜の城から飛び去る無数の霊魂を為す術もなく見送った。それに対しアリーは鼻を鳴らして言った。
「ふん！幼子を玩具のように殺めた挙句、その魂までも弄んだ下朗には相応の罰だろうよ。我が愛刀『左の脊髄断つ大刃』の錆となるがいい！」
すると、エリザベートはワナワナと身体を震わせて怒りと狂気を湛えた双眸をアリーに向け喚いた。
「おのれおのれおのれおのれおのれおのれおのれおのれおのれおのれおのれおのれおのれえええええええええええッ！！！妾の至宝たる居城と女童共の魂を――――！！貴様あ最早、その肉一片たりとも残しはせぬぞおおおおおおおおおおおおおおッ！！！」
その直後にエリザベートは両手で持てる大きさの鳥篭を具現化させた。すると、その中から夥しい少女の霊魂が悲痛な絶叫を木魂させ飛び出した―――のみならず、その霊魂は触手を出現させ、アリーの後ろにいるシャルリアに狙いを定めんとする！
「アハハハハハハハハハハハハハッ！！女童の魂を貯蔵し撃ち出す能力は元はこれの持つ力よぉ！妾の愛しい鳥篭・・・『羽無き女童の鳥籠』ッ！！！」
シャルリアは襲い掛かる霊魂の触手を自らのシャムシールや銃で斬り落とし撃ち落とす。
「チッ！無駄にケバい上に無駄にしぶといわね・・・！」
「セイバー！何をしている！？早くシャーレイの援護に―――ぐわあっ！！？？」
シャルリアの戦況を真下で見守っていた切嗣は風船の結界の中で回転してころがり回った。その原因はい言うまでもなく傍で繰り広げられているマーリンとモルガンによる激闘の余波だ。その中でマーリンは切嗣に言う。
「少し黙っていたまえよ。でなければ、舌を噛むぞ」
「うるさい！一刻も早くシャーレイを・・・なのに・・セイバーは何をグズグズして・・！！」
切嗣が何時になく苛立った声で自らのパートナーを詰るのに対しマーリンは魔術を放ちながら嘆息をついて言った。
「無茶は言う物ではないよ、君。あれを見たまえ・・・」
マーリンの左人差し指が差した方向を切嗣が見ると、そこにはアルトリアがジル・ド・レェの海魔とは違う、獅子やら蛇やら鷹やら馬やらと言った幾つもの獣が合わさったような異形の魔物が夥しい数を以ってアルトリアの行く手を塞いでいた・・！
「こ、これは・・・！？」
切嗣がこの光景を絶句して見るとマーリンは器用にもモルガンと攻撃魔術を撃ち合いながら説明する。
「恐らくモルガンが錬成した合成獣だろうね。彼女には私の魔導を含め呪術、薬草学、錬金術など全てのノウハウを叩き込んでいる。この程度はお手の物だろうさ・・・これはアルトリアもなかなかに厳しい事だねっと！」
そう言いながら、マーリンはモルガンが撃ち出した大出力の魔力の波動を同じく魔力の波動で以って相殺する。一方、切嗣は自分の身体が思うように動かせない事を呪い歯噛みした。
（クソッ！僕はまた・・ッ！）
それと同じ頃・・・ジャンヌの固有結界宝具『紅蓮の聖処女の神軍』内ではジル・ド・レェの海魔とジャンヌが英霊の座より招いた嘗ての戦友達との激闘が繰り広げられていた。
「ジャアアアアアアアンヌゥゥゥゥゥッ！！我が聖処女よおおおおおおおおッ！！如何にそのような戯言を並べ立てようとも・・このジル・ド・レェめは最早惑わされませんぞおおおおッ！！！」
ジル・ド・レェは先程のジャンヌの言葉に心底を大きく揺さ振られながらも『螺湮城教本』から次々と海魔を召喚しジャンヌの軍勢を押し切ろうとする。だが、それを聖処女に付き従うフランスの将兵達はそれを何なく討ち滅ぼして行く。然も在ろう・・・如何に異形の軍勢とは言え、所詮は下級の遣い魔。それに対しあちらはジャンヌ以外は宝具こそ使えないものの何れも彼女と共に名を馳せた歴とした英霊達・・！そんな英雄が何故に異形の魔物風情に遅れなど取ると言うのか！だが、何よりもジル・ド・レェが何時になく焦り慄いているのはそればかりが理由ではない！彼の海魔はその血肉を魔力に還元する事で召喚されると言う物だ。つまり、倒せば倒す程にネズミ算式で増えて行くのだ。にも拘らず増えない！海魔が斬り倒され、その数をどんどん減らして行く・・・！
「ぐっ・・何故だぁ・・ッ！？海魔が増えないぃぃッ！！？？」
眼の前の光景が信じられぬとばかりにジル・ド・レェはギョロリトした眼に焦りの色を宿す。それに対しジャンヌは静かにその理由を戦友に告げた。
「無駄だよ・・・これは単なる独立サーヴァントの召喚宝具じゃない。生前に君が傾倒した黒魔術や悪魔の力を全て無効化する『絶対神聖圏』なんだ。つまり、ここでは己の血肉を魔力に還元して増える君の魔物も・・この結界内では全くの無力って事さ」
「なぁ・・ッ！？」
これには流石のジル・ド・レェも絶句するより他なかった。つまりは自分の命運はこの結界に引き摺りこまれた時点で潰えていたと言う事に他ならないのだから・・！
「ジル・・・もう君に勝ちの目はないよ。大人しく武器を捨てて・・・！」
すると、ジル・ド・レェは狂乱の形相で喚いた。
「ジャアアアアアアアンヌゥゥゥゥッ！何故なのですかあああああああああああッ！！？何故に貴女は未だに神と言う妄想から覚めぬのですかああああああああああッ！！？？この私めがこんなにも貴女をその呪縛が解き放たんと心を砕いていると言うのにぃぃぃぃぃぃぃぃッ！！」
「ふざけるなよ、ジル！」
「！？？」
突如、ジャンヌではない。だが、聞き覚えのある声が怒声となって飛んで来た。ジル・ド・レェはその声の方を見るとジャンヌの前を立ち塞がるようにジルと同じく大柄な体格に肩くらいまで長い栗色の髪に灰色の眼を持ち顎鬚を生やした壮年の騎士が槍を手に馬に跨って構えていた。
「ざ、ザントライユ・・・！？」
ジルは嘗て自らと共に元帥に叙せられた親友に先程の狂乱振りは何処か酷く狼狽した様でたじろぐ。そんなジルにザントライユは続けて言った。
「彼女は・・・ジャンヌは神のみを信じて戦っていたか！？違うだろうが！『戦乱に疲弊する皆を守りたい』彼女はそんな思いを抱いて戦火に身を投じたのだぞ！！そして、俺達はそんな彼女の心に惚れて共に戦って来たんだろう！！！」
「あ、がぁぁぁ・・・ッ！？？」
ジルは蒼白な顔貌が更に青白くなり最早苦痛とも嗚咽ともつかない呻き声を出すばかりだった。そんな彼に追い討ちをかけるようにザントライユの横に白に近い金髪を靡かせた美丈夫の騎士が並び言った。
「そうとも。私達は神に命じられた訳でもシャルル王に命じられたからでもない。・・・故国の民を守る為にジャンヌと共に剣を取ったのではないか！それすら忘れてしまったのか、貴公は！？」
「あ、アランソン公・・！？」
後退りするジルにまた一人、騎士が現れて言う。
「そうだ。我らは何時だって彼女の笑顔に勇気付けられ叱咤されて戦って来たじゃないか！！ジル・・・お前はそれすら否定すると言うのかッ！？確かに俺達は彼女を・・・ジャンヌを救う事が出来なかった。だが！彼女はそれ以上の物を俺達に残してくれたじゃないか！！だからこそフランスに太平を齎す事ができたのだぞ！今、お前はそれすら穢そうとしている事が分からないのかッ！？」
「デュ、デュノワ殿・・！？」
次々と彼女共に自分の行く手を塞いで行く朋友達にジルは怯える子供のように狼狽し手を翳しつつ更に後ずさった・・・！
「私は・・・私は・・・ッ！？」
この時、ジルの脳裏には生前・・・自身のこれまでの生涯・・そして、彼らと・・・ジャンヌと共に戦場を駆け抜けた日々が鮮明に過ぎった。
ナント近郊のシャントセ城で生まれたジルはフランス王国の中でも最大の勢力を誇る大貴族の世継ぎとして生を受けた。幼くして両親を亡くし幼君として家督を継いだジルは小児性愛の気があった母方の祖父の後見を受け言われるままに妻を娶り、自分はティフォージュの城に居を構え側近の少年達と放蕩三昧の日々を送るなどして自堕落に過ごしていた・・・ジルは今にして思う。あの頃の自分は死んでいたと・・・だが・・！
あの日・・・当時はまだ王太子と言う身分でしかなかったシャルル七世に宮廷へ呼び出されたジルは出会ったのだ・・！何者も犯し難い神聖を体現した『聖処女』と・・！そして、全生涯を捧げるに能う最愛の女性を・・・！！
誰もが怖気づく中、唯一人勇気を振り絞り百合を刺繍した純白の旗を手に先陣を切り自分達を引っ張って行く少女とは思えぬ程に勇猛果敢な姿・・・矢が突き刺さり相応の少女同様に死の恐怖に脅えながらも決して退く事を知らなかった・・・こんな細身の乙女の何処にそんな力があるのだろうか？ジルは不思議でならなかった。故に問うた。すると、彼女は凛とした顔で事も無げに答えたのだ・・・
『僕には皆の前に出て旗を振る事しかできないから・・・それしか出来ないから！だから、僕は自分に出来る精一杯をしているだけだよ』
その言葉にジルは雷に打たれたような衝撃を初めて胸に感じていた・・・！今のフランス兵にしたって一体どれだけの者がこんな真摯な気持ちなど持っていようか？相次ぐ戦乱と日に日に国土をイングランドに削られ勝利は愚か戦う事への意欲すら失せている兵士や国民達の誰がこんな勇気を持っていると言うのか・・・ッ！？それがこの暗く重い絶望に覆い尽くされた、この国に置いてどれだけ困難な事かをジルは知っていた。だからこそ、こんな少女がそれを持っている事に膝を付かずにはいられない程の衝撃を受けたのだ。
ジルはこの日を境にジャンヌに一層の崇拝と憧憬を抱き彼女とそして、彼と同じく彼女を崇敬し戦友達と戦場を駆け抜ける日々・・・それはジルのこれまでの生涯の中で一際輝いた物であった。誰が否定しようともジルは断言する。この日々こそが自分や朋友達・・そして彼女の青春であったと！！
だが、その栄光の日々も終わりを告げた・・・王太子シャルルが彼女の助けを得て戴冠しシャルル七世となった途端に・・！愚昧な彼は重臣達に唆され徐々に彼女と距離を取り始め、挙句の果てに和平交渉の障りになるからと彼ら王国軍に解散を命じ、彼も元帥を辞された。それはいい、元より彼は自身の栄達などに興味はない！それよりも気にかかるのは、彼女の身の事だった。ここまで故国に尽くした彼女が孤立して行く中で彼女の傍を離れなければならない事が歯痒くてならなかった・・・！そんな彼女が最後の別れ際、彼や皆に言った言葉をジルは今でも覚えている・・・
『きっと・・・また会えるよね！』
彼は元より皆も即座に頷いた。当たり前だ。彼にとってそのような事改めて聞かれるまでもない！この身と命は既に彼女に捧ぐと決めているのだから・・・！！
だが、それから程なく彼女はコンピエーニュの戦いでフィリップ公のブルゴーニュ軍に捕えられ、１万リーブルの身代金でイングランドへと売られた。勿論、彼や皆は王に談判してすぐにジャンヌ解放の為の身代金を払う事を懇願したが、シャルル王は渋り卑劣にも彼女の人気を妬み在ろう事かこのままイングランドに処刑されれば、フランス軍の士気を上昇させる事が出来ると重臣達との手打ちが済んでいた・・・！
ジルはそれを怒りに震えながら成り行きを傍観する他なかった。そして、あの日・・・！彼女がルーアン市内のヴィエ・マルシェ広場で火刑処されると知り彼はすぐさま馳せ参じた。だが、イングランド兵に守護される火刑台に近付く事すら儘なるはずもなく結局、彼は傍観するよりなかった。彼女は生きながらにして火に炙られながら神の名を呼んで泣き叫んでいた・・・ジルは彼女がこんなにも救いを欲していると言うのに・・！何故に神は助けには来ぬのだ！と憤怒に歯軋りした。彼女はこれまで多くの者達の笑顔の為にその身を粉にして戦って来たと言うのに！その報いがこれだと言うのか・・！？これでは余りに無情過ぎるではないかッ！！
ジルは天を呪いながらも堪らずに叫ぶ。
『ジャンヌ！！私めは・・このジル・ド・レェめは信じております！！誰よりも貴女が正しかった事を・・・！誰もが貴女を魔女などと誹ろうとも・・・この私は貴女を信じておりますッ！！！ジャンヌゥゥゥゥゥゥゥゥッ！！！！！』
どれだけ叫ぼうとも人々の轟音の中だ。きっと彼女には届かないかも知れない。そうと分かっていてもジルは叫ばずには入られなかった・・・否、叫び続ける事しかできなかったのだ。この場に居ながら彼女を救う術も手立てもない彼にできる唯一の事と言えば、大勢の敵に囲まれ焼き殺されようとしている彼女の唯一人の味方として彼女を肯定する言葉を吐くしか彼には能がなかった・・・ッ！ジルは己の無能さ加減を責め立て呪いながらもそれしか思いつかず・・・それしか自分に出来る事などないと痛い程に悟っていた・・・！
この時―――彼の叫びが彼女に聞こえたかどうかは定かではない。だが、先程まで火に炙られ泣き叫んでいた少女はつい先程とは打って変わった穏やかな・・・安らかな表情を浮かべて言った・・・・
『主よ・・・全てを委ねます』
それが・・・ジルを含めたこの場にいた群衆が聞いた彼女の最後の言葉だった。
それから後の事をジルはよく覚えていない。どこをどう歩いて国に帰ったのかさえ・・・それから間もなくシャルル七世や重臣達の目論見通りフランス軍の士気は高まり、その後の政治工作もあってフランスは徐々に力を盛り返し遂にはフランス全土からイングランド軍を撤退させる事に成功したが・・・・ジルにとっては最早、遠い世界の出来事に思えた。
その頃のジルは黒魔術や悪魔の召喚にのめり込み、やがてはその為の生贄と称して幾人もの少年達を惨殺すると言う以前の彼からは考えられぬような狂気の日々を送っていた。とは言え・・その理由は陰惨な嗜好からではない。それは偏に復讐―――これまで彼自身も、そして彼女も信仰して止まなかった神への・・・何よりもその神を崇拝しその御心のままに尽くした彼女を救おうともしなかった神への“背徳”と言う名の復讐であった・・・・
だが、ここでジルは思う・・・
私は何をしているのだ？確かに彼女は・・・ジャンヌは神に裏切られたのかも知れない。事実、神は彼女の危機に何の救いの手も伸ばさず見殺しにした。私はそう思い・・・その一念で以って神が愛する行いに唾を吐き悪徳の限りを尽くす事で彼女を憑き殺した神への復讐が為る・・・そう信じていた。
だが、彼女は神のみを盲目的に信じ戦って来たのか？いいや、答えは否だ。私が知る彼女は・・・私が愛した彼女は聖女でも・・神の使いでもなく、ただただ人だった。私達と同じ大地に立ち、私達と同じ物を共に見て、共に駆け抜けた・・・！共に同じ夢を追い掛けたのではなかったか？それは、あの最悪の結末に穢されて尚、色褪せず・・・決して何者にも否定できはしない真実ではなかったのか！？
なのに・・私は・・・・一体？一体、何を迷って―――
「そこまでだ」
聞いた事もない―――そして、この上もなく無機質で冷たい声がジルとジャンヌ達の頭上に響いたかと思うと突如、ジルの頭を掴む者があった。それは白いダウンジャケットを羽織り、そのフードで頭や顔をスッポリと隠した男で自分より遥かに大柄なジルを浮遊魔術で宙に浮かぶ事で見下ろし且つその頭を鷲掴みにしているのだ。
「まったく・・・この戦争に置ける難点の一つは間違いなくサーヴァントが極めて高い確率で生前の知り合いと鉢合わせする事だな。今はまだ、こいつには暴れて貰わなければ、俺が困る」
ダウンジャケットの男はそう言いながら鷲掴みにした左手に魔力を集中させ何か禍々しい何かをジルに注ぎ込んでいる。
「なッ！？き、君は誰？一体何処から！？」
ジャンヌは視認できず介入も不可能なはずの固有結界に第三者が侵入した事に驚きを隠せない様子で問う。すると、男はフードの中で口元に歪んだ笑みを浮かべてにべもなく言った。
「なに俺は他とは異なる魔術を使うんでな。この程度の事は些事にすら入らんさ。それよりも―――どうだ、ジル・ド・レェ元帥？お前がすべき事を思い出したか？」
男は突如、ジルに話を振った。すると、ジルはゆっくりと顔を上げ先程の狼狽振りは瞬く間に失せ先刻と同様・・否！それ以上の狂気一色の顔貌へと様変わりし赤く変色したギョロ眼で呟く。
「ジャンヌを・・・・・・彼女を見殺しにした神に・・・・不届きな者共にッ！何よりも罪深き世界に復讐する・・・ッ！！！」
そう宣言した瞬間にジルの手の中の『螺湮城教本』が一層に禍々しい光を帯び、そこから先程の海魔とは比べ物にならぬ程に大きい・・否！巨大な蛸のような魔物が召喚されジルの姿をその中に取り込んでいった！
「ジルッ！？」
ジャンヌが悲痛な声で叫ぶ傍でフードの男は満足気な声で更にジルを煽る。
「そうだ、それこそが貴様が再び生を受けた理由だ・・・・」
同時刻・・・結界の外、アインツベルンの森では・・・・・
ヒュンヒュンヒュンッ！トストストストストストスッ！ザシュッ！！
ここでも死闘が繰り広げられていた。複数のアサシンことハサン・サッバーハが闇夜に包まれた森を巧みに利用し時には潜み、時には唐突に抜き出て襲い掛かると言う事をしていた。
綺礼は正直に言って突如現れたサーヴァント二騎に自分のハサンが遅れを取るとは想像していなかった。確かにあのサーヴァント達は自分のハサンとは比べ物にならないステータスを誇っているようだが、地の利は多分にこちらにある。夜に森林が生い茂る森は『暗殺者』のクラスには打って付けの独壇場と言っていい。ましてや、自分のハサン・・・『百の貌のハサン』は宝具『妄想幻像』によって自身の生前に患った多重人格を反映し、人格の一つ一つを別個体として分離させる事ができる。正に彼らが言った様に個にして群、群にして個のサーヴァントなのだ。その分ステータスは激減しはするが、こちらが地の利を占めている以上はその様な事は些末事だったはず・・・！にも拘らず戦局は綺礼の予想を遥かに超えた局面を見せていた！
「はっ！口程にもねえな・・・」
大弓を番えながら武者の青年―――アーチャーは冷然と吐き捨てる。彼の眼前には彼が放った強弓で仕留められたハサン達の骸が消滅の光を伴って横たわっていた・・・ッ！それを彼のマスターであるアイリスフィールですら驚愕と畏怖に慄いた顔で見ている。
「うーん・・・確かに最初はおったまげたっすけど・・・・・蓋を開きゃ、ぶっちゃけ俺っちの生前にいた見習い騎士以下っすね。つーか、おたくらどう見たって正面切った戦闘向けのサーヴァントじゃないっしょ」
一方の藍色の甲冑に身を包んだ青年騎士―――ランサーは己の斧槍に付いたハサンの血を払い拍子抜けだと言う顔と声で言う。彼と彼のマスターである舞弥の周囲にはバラバラに裂かれたハサンの四肢が散らばっている。
「く・・ッ！」
綺礼は歯噛みしながらジリジリと後退して行く。今や残るハサンは数える程しかいない！
（ステータスで敵わない事は承知していたが・・・ここまで歯が立たんとはな。まあ、時臣師の話では今回の聖杯戦争では以前の戦争に比べサーヴァントへのバックアップが甚大であると言う話だったが・・・・成程、あのニ体のサーヴァントも多分にその恩恵を受けていると言う事なのだろう。私のハサンにしても敏捷がA++と破格の値を叩き出している・・・だが、それ以前にこのニ体とは元々性能に格差があり過ぎると言う事か。それに加え私のマスターとしての適性も然程高いと言う訳ではない。それに対し護衛の女はどうだか知らんが、アインツベルンのホムンクルスならマスター適性は他のマスターよりも抜きん出ていると言っていいのだろう。まあ、あのランサーが指摘した通りハサンは戦闘タイプと言うより諜報タイプに重きを置いたアサシンの典型だ・・・にも拘らずこのニ体を出し抜いて女どもを狩れと言うのがそもそも無理な話だったか・・・ならば！）
そこで綺礼は令呪が刻まれた左手を翳し己のサーヴァントに命じた。
「アサシン、令呪を以って命じる。私が撤退する時間を全員で以って稼げ」
『・・・ッ！？』
下された絶対命令にハサン達は一様に絶句する。無理もない。この状況下で、それは捨て駒に為れと言っている事と同義だ。しかし、どれだけ不服だろうと令呪によって下された絶対遵守の命に彼らは従わざるを得なかった。残されたハサン達は綺礼の退路を確保する為だけに魔人鬼と言うべき弓武者と槍騎士へと向かって行く。それを見た当の彼らは何れも嘆息をつく。
「やれやれ、平然と死ねってか？まあ、殿は負け戦の常だが・・・かと言ってあんなまるで心の籠らねえ『死ね』は久方ぶりに聞いたぜ」
アーチャーが半ば憐憫の籠った眼で向かって来るハサン達を見やると隣のランサーも頷く。
「すっねえ〜。あちらさんも随分なマスターに引き当てられたもんで」
「が、かと言って手心を加える道理はねえがな」
アーチャーは大弓の他に薙刀をも手に構え言うとランサーも斧槍を頭上で回転させて同意する。
「そりゃ勿論しょ。つーか手抜きなんて、それこそ向かって来る相手に失礼っすから」
それから後はもう数刻の事でしかなかった。令呪の強制により捨て身で向かって来るハサン達に対しアーチャーとランサーはそれぞれの得物を巧みに操り残るハサン達を残らず駆逐していった・・！尤もハサン達の方も半ば戦意を喪失していたものの自分達に掛けられた令呪の強制が撤退を許さなかったと言うのもあるが・・・そして、その頃には綺礼の姿は消えていた・・・・・
戦闘が終息した後、アーチャーとランサーはまず自分達のマスターを介抱した。
「おい大丈夫か、あんた？」
アーチャーはアイリスフィールを丁度いい大木の背に凭れさせながら聞くとアイリスフィールは弱々しい笑みを浮かべて答える。
「え、ええ、どうにか・・・それよりも助けてくれてありがとう」
「礼には及ばねえよ。俺はあんたのサーヴァントだ。サーヴァントがマスターを守るなんざ当然の事だからな」
アーチャーがにべもなく言う傍で舞弥が痛みに呻く声を出していた。
「舞弥さん！？」
アイリスフィールがギョッとして叫ぶとランサーはその舞弥を身体ごと支えながら言う。
「俺のマスターの傷は特に酷いっすねえ・・・・こりゃアバラも何本か折れているかもですぜ？すぐに手当てをした方が無難っしょ」
それにはアイリスフィールも同意見だった。本音としては、こうしてサーヴァントを得たからにはすぐにでも切嗣達への救援に向かいたい。自分も傷を負っているが、今、自分の体内にはセイバーの『鞘』がある。セイバーの所に赴けば、こんな傷はすぐにでも癒えるだろう。だが、舞弥はそうもいかない。負っている傷にしても自分などに比べれば遥かに重傷と言えた。これでは、ますます切嗣達の足手纏いになるだけだろう。ここは当初の予定通り別の拠点で切嗣達を待つ事の方が最良の選択だろう。そう思った所でアイリスフィールはふと彼らの真名をまだ聞いていない事に思い当たり思わず問うていた。
「そう言えば、こんな時だけれど・・・貴方達の真名を聞いてなかったわ。二人とも一体何処の英霊なのかしら？」
「わ、私もこれからの戦略を切嗣と練る為にも・・ッ！き、聞いておきたい・・・！」
舞弥も重傷を負い弱々しい息を吐きながらも問うた。すると、最初にアーチャーが名乗った。
「俺の真名は平氏一門が一人、平権中納言教盛が次男、平能登守教経だ」
「たいらのとのかみ？」
アイリスフィールは何処かで聞いたような名前であるものの、うろ覚えである為に首を傾げた。すると、代わりに答えたのは舞弥だ。
「・・平教経・・・確かこの国・・・日本の平安時代末期に席巻した平家の武将の一人です・・・『玉城一の強弓精兵』と言われる程の平家随一の猛将で彼の源義経の宿敵でもあったとか・・・」
「ああ、俺がその平教経だ。良く知ってんじゃねえか」
それにアーチャーこと教経は気を良くして肯定する。すると、今度はランサーが舞弥を支えながら自己紹介した。
「俺っちの真名はサー・ボールスってんです。円卓の騎士が一人っす。どうぞよろしく！」
これには舞弥やアイリスフィールも驚いたように眼を瞠った。
「えっ？貴方も・・！？」
アイリスフィールが思わずそう呟くとランサーことボールスはそれを聞き咎めて逆に問い返した。
「んあ？貴方もってえのは？」
「え、ええ・・・実は私達と同盟を組んでいる人達のサーヴァントが貴方と同じ円卓の一人であるベディヴィエール卿と貴方達の主君であったアーサー王なの・・」
アイリスフィールが徐にそう答えると今度はボールスが仰天した。
「はえ！？ベディヴィエールや王様まで来てるんすか！？」
だが、二人の驚きは彼の比ではなかった。サー・ボールスと言えば、ボールス王の息子で、同じ円卓の一員であるライオネルと兄弟。更には円卓最強のランスロットの従兄弟であり彼を尊敬して止まなかった騎士だ。ランスロットが王妃ギネヴィアとの不義が明るみに出た事が発端となった乱ではランスロット側に付きアーサー王・・つまり、アルトリアを落馬させて、もう少しで命を取れたと言う程の武功を上げている。ついでに言えば聖杯探求に置いてもギャラハッドやパーシヴァル程の活躍はしないものの、彼らと共に聖杯に到達し、その後、二人が相次いで死んだ事や聖杯について報告し『聖杯に到達した唯一の生き残り』とされている騎士・・・・そのような騎士が新たに陣営に加わるとなるとアルトリアのメンタルがまたも心配されアイリスフィールと舞弥は少し頭を抱えた。だが、当のボールスはと言うと嘗て殺そうとした主君と同じ陣営に入ると言う途轍もなく気不味いシチュエーションに直面しようとしているにも拘らず極めた明るく、そして軽い声音を出して改めて二人に挨拶した。
「まっ！とにかく改めてよろしく頼みまさあ、姐さん達！」
その頃、綺礼は全速力を以ってアインツベルンの森を駆け抜けていた。綺礼は走りながらも内心で舌打ちする。
全く・・・とんだ失態と言った所か。諜報に徹するはずがアインツベルン陣営と交戦した挙句にアサシンまで失うなど・・・時臣師にして見れば、頭痛の種が増えたような物か・・・とは言え、私としては問題はそこではない。問題は・・・
綺礼は自分の左手を見やる。そこには一回しか使っていないはずの令呪が丸ごと消滅していた。だが、それが当然だ。サーヴァントを失っても尚、令呪が残るのは始まりの御三家に連なる者だけ・・・外来の参加者でしかない自分がサーヴァントを失えば即脱落と見なされ聖杯が残りの令呪をも回収するのは時臣から聞いた通りだ。綺礼は半ば舌打ちしながらも、これからの事を思案していた。
ハサンを失った事は別段私としては痛い所はさしてない。あの場ではアレを殿に使わねば、とても切り抜けられる物ではなかったからな。それよりも問題はやはり令呪だろう・・・サーヴァントを失った魔術師が同じくマスターを失ったサーヴァントと再契約するには令呪は必要不可欠だ。やはり、他の参加者・・・いや、時臣師から奪うのが手っ取り早いか。何より令呪を手に入れても未だに契約を結んでいるサーヴァントと契約を結ぶ事はできんからな・・・
そんな事を考えながら走っていると不意に令呪を失った左手に再び痛覚が走った綺礼は思わず立ち止まる。
「・・・ッ！？こ、これは？」
そして、左手の甲に眼を走らせると其処にはハサンの消滅と共に聖杯に回収されたはずの二画の令呪が再び刻み付けられていた・・！それを見た綺礼はその顔貌に未だ嘗て他者は愚か自身すら見た事もないような歪な笑みを満面に浮かべていた。
「ふ、ふふふはははははは・・・・衛宮切嗣・・・！どうやら聖杯は未だに私を・・・私こそを選んでいるようだぞ・・！」
この時、綺礼の脳裏に去来した物はこの上もない優越感と勝利の美酒だった。今夜は全ての望みが潰えたと一時は絶望したものだが、そうではなかった。寧ろ自分にとっての悟りと天啓が去来した僥倖の夜だった！綺礼は未だ嘗てこのような心地で夜を迎えた事はないと言わんばかりの笑い声を上げる。
「漸く・・・私の長い旅は終わりを告げようとしているのを感じる・・！私は漸く・・！己の在り方を・・・・ッゥ！？―――誰だ？」
その時、綺礼は自分以外の気配を背後に感じ振り返って問い掛けると月夜に照らされ現れたのは―――！
「いやー！案外と早かったですね〜！」
安っぽい笑顔を振りまいた修道士・・・袴田淳一郎が木に手を当てながら立っていた。それを見た綺礼は半ば警戒に眼を細めて視認する。
「袴田・・？貴様はこんな所で何をしているのだ？貴様は父上の下で事後処理の為の事務に努めていたはずだが？」
そう問いながらも後ろ手に黒鍵を握る。すると、袴田もそれを察したのか手を上げて言った。
「ああ、はいはい。そんなに警戒しないで下さいよ〜！こっちに戦意はありませ〜ん。寧ろ私は貴方の味方になれるかもですよ〜」
その言葉に綺礼は眉をピクと動かして冷然と問う。
「味方？どう言う意味だ」
すると、袴田は相も変わらずの安っぽい笑顔を振り撒きながら答える。
「またまた〜！そんな仏頂面していて本当は分かっている癖に〜！じゃあ分かり易くお話しましょうか？それはですねえ―――」
袴田はそう言って自らの右手を翳す・・・そこには綺礼の左手同様に三画の赤い聖痕が刻まれていた。
「こう言う意味です・・・・んじゃまあ、お話をしましょうか、綺礼さん？」
この時、袴田は普段の安っぽい作り笑いではなく、この上もない不穏さと畏怖が込められた笑みを浮かべた。それに釣られたのか、綺礼もその口元を禍々しく綻ばせた。
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