Fate/BattleRoyal
37部分:第三十三幕

第三十三幕


 ルインとウェイバーが冬木大橋から飛び降りて直後、ケイネスは『月霊髄液(ヴォールメン・ハイドラグラム)』に命じる。
「ふん!騙されんぞ。大方泳いで逃れようと言う腹なのだろうが・・・逃がすものか。追跡抹殺(ire:sanctio)!」
すると、水銀の球体から針鼠の針よろしく無数の触手が飛び出て流れるが如く瞬く間に大橋の真下に下り獲物の探索に入った。ケイネスは腕組みをしながら余裕ある佇まいで鼻を鳴らし自身も水銀に乗って橋の真下へと降りて行く傍ら自らのサーヴァントに命じた。
「さあて・・どこまで逃げ切れるかな?ドブ鼠共・・!ライダー、貴様は引き続きサーヴァント共の相手をしろ!私も引き続きマスター共を狩りに行く!」
「へいへい、了解っと!さあて・・俺様達も楽しむとすっか?まさか、この俺様をシカトしてマスター共の所に行けるなんて甘い事は考えちゃいまい?」
ピョートルはそれに気だるそうに了解すると、改めてイスカンダルとアストルフォへと向き直る。
「チッ!」
「むぅ・・!」
アストルフォもイスカンダルも一様に歯痒そうに唸る。だが、彼らの心情とはお構いなしにピョートルは三隻のガレー船の全砲門から鉄の火を吹かせた!

そして、ケイネスは『月霊髄液(ヴォールメン・ハイドラグラム)』に乗り自らも橋の真下に眼を凝らした。
「何処に隠れた、鼠共?このロード・エルメロイの秘術を前に尻尾を巻いて逃げだすとは・・・はん!そんな様でよくもこの戦いに参じる気になった物だなあ。魔導の末席に置くにも値しない破廉恥漢共が・・・見つけ出したら即刻二人とも、その体内に直接、水銀を刺し込んで内臓をズタズタに引き裂きタップリとその愚行に見合う相応の報いを受けさせてくれる・・!」
ケイネスは瞳孔を開きながら嗜虐的な快悦に浸っていた。

まったく!この戦いは当初から物の道理を弁えぬ不埒者が多過ぎる!そもそも私が聖遺物の確保に至難したのだって元はと言えば、あの身の程を知らぬ馬鹿生徒が卑しい盗みを働いたからではないか!運よく『ロシアの大帝』を引き当てたから良かったものの・・・危うく、この神童たる私が弱兵を引き連れて参戦する所だった・・・そうなれば、私の聖杯戦争はあのハイアットホテルのスィートルームで終わっていた!それを差し引いても・・あの大凡俗は正しく万死に値する!!そして、そんな不届き者を庇う愚か者もな・・!!必ずや二人とも至極の苦痛を与えて死に至らしめてくれよう・・ッ!





同時刻・・・未遠川に連なる下水道内。

ルインは満身創痍のウェイバーの介抱を行っていた。とは言え現在の環境に加え医療や治癒魔術の心得がない彼女では満足な治療もままならず精々が応急処置程度の事しかできなかった。やがて、ウェイバーは身体中の痛みに呻きながらも意識を取り戻した。
「う・・ぐぅ・・・こ、ここは?」
「あ、気が付いた、ウェイバー?」
眼を覚ますとルインがルインが水に浸したハンカチで自分の額を拭いてくれていた。ウェイバーは先程までの出来事を思い出しルインに問うた。
「あ、あれからどうなったんだ?僕達は先生に負けたのか?」
それに対しルインも困った顔で答えた。
「それは・・・分からないの。あの時はあなたを抱えて逃げるだけで精一杯だったから・・・アストルフォ達がどうなったかまでは・・・・」
「逃げる・・・そっか、でも良く逃げられたよな・・・あのケイネス先生から・・・」
ウェイバーが弱々しく呻くとルインも同感だと言わんばかりに息を付いた。
「うん・・私もそう思う・・・事前に準備した仕掛けが役立って良かった」
その言葉にウェイバーは怪訝な顔でオウム返しに問う。
「仕掛け?」
ルインは頷いて一振りのナイフを出して見せた。その刀身には何らかの術式が刻まれており魔力も感じる事からルインの礼装らしい。ウェイバーがそう推察する傍でルインはこれを持ちながら説明する。
「私はね基本属性の『風』以外にもう一つ変わった属性があるの。『置換』って属性なんだけど、簡単に言うと物や人の位置を入れ換えるって魔術なの。このナイフは私の魔術礼装で冬木市の彼方此方に隠して設置しておいたの、これは私とこのナイフがある場所を入れ換える為の物・・・だから、あなたを背に担いで橋から飛び下りると同時に『置換』を発動させたの。ケイネス先生達の所には今頃、これと同じ物が私達の代わりに転移したはずよ」
その説明にウェイバーは面食らっていた。時計塔では自分同様に落ちこぼれ同然の扱いだったルインにこんな力があったんて・・!そして、その感歎の後に襲って来たのは途轍もない劣等感だった。ウェイバーは無意識に拳を血が出ると言う程に握り締め零れ落ちるように呟いた。
「僕って・・・本当におめでたいよな・・・」
「ウェイバー?」
ルインが怪訝な顔をするのも構わずにウェイバーは堰が切ったように語り出した。
「これでもさ・・・独学で魔術の勉強をして時計塔に招聘されたもんだから僕は『天才』なんだって自惚れてた。なのに・・時計塔の連中も・・・ケイネス先生も・・・誰も僕の事を認めてはくれなかった。僕はそれを家格に固執した名門魔術師の偏見と嫉妬に凝り固まった不当な評価だと思ってた・・・いや、きっと思い込もうとしていたんだよな・・ケイネス先生の言う通り・・・・」

『抜きん出た能力も才もないくせに何の根拠もなく自分は特別だと思い込みたい道化でしかない』

否が応にも先程ケイネスから告げられた言葉がウェイバーの頭の中で反芻される中、ウェイバーは尚も語り続ける・・・
「僕は、僕は自分の力さえ何も分かっちゃいなかった・・・・。今なら・・・ケイネス先生に打ちのめされた今なら、連中が僕を嘲ったのもよく分かるよ・・・魔術師としての歴史を積み重ねた家系でもなければ、君のような突然変異で本数の多い魔術回路を持ち、珍しい魔術属性を持つわけでもない・・・簡単な暗示にしたって僕はまともにできちゃいない・・・!これで『天才』だって!?・・ハッ!滑稽も良い所じゃないか!!・・・っ!ぐぅぅぅぅ・・!!」
ウェイバーはそこまで言い切ると唇を噛んで嗚咽を迸らせた。そんな彼にルインは何も言えずに押し黙っていたが、暫くして不意に口を開いた。
「ウェイバー・・・私だってね。そんなに凄い事ができる魔術師じゃないんだよ。『置換』の魔術にしたって日にそう何度もできる事じゃないし・・・距離の制限だってある。全然欠点だらけの魔術なんだよ?私なんかより凄い事ができる魔術師なんて、それこそ星の数だよ。それにね、ウェイバーだって凄いって思う」
「え?」
思ってもいなかった言葉にウェイバーは困惑した表情を浮かべる。
「この間、ウェイバーがケイネス先生に提出した論文だけど・・・」
その言葉にウェイバーは苦り切った表情になる。あれはケイネスによって抗議の中、多くの生徒の前で晒し者のされた屈辱的な記憶にまつわる物であったが、ルインから出た言葉はウェイバーがまたしても思ってもいなかった言葉だった。
「あの論文よく要点が纏められてあったし、問題の切り口も明快だった。私なんて文章を書くなんて苦手だし・・・とてもあんなの書けないな」
「単なる僕の狭い定義で見た根拠のない希望的観測で書いた駄文だよ・・・ケイネス先生が言った通り・・ね」
だが、ウェイバーは顔を背けて呟く。それにルインはこう続ける。
「だけど、ウェイバーってさ。推察力とか、要点の整理能力が高いよねー!この間だって私がチンプンカンプンになっていた術式を分かり易く説明してくれたし・・まるで()()みたいだった!」
その言葉にウェイバーは何故だか更に居た堪れなくなった。
「なんだか・・・嬉しくない」
「ええ!?じゃあ何て言ったら・・・」
と本気で困惑するルインにウェイバーは息をついた。だが、同時にどこかつっかえていた物が取れたような清々しさすら感じていた。
「それよりも今問題なのは、現状に置ける危機をどう切り抜けるかだ。ケイネス先生は橋から飛び降りた程度で僕達が自殺したと思ってくれる程の間抜けじゃ当然ないぞ。それに、君はさっき距離の限界があるって言ったよな?それはどの程度だ?」
それにルインはたどたどしく答える。
「私を中心にした半径1kが精々・・・けど、ナイフはまだそんな長距離にまで配置してないから・・・そして、ここは冬木大橋橋から800mほど離れた未遠川に連なる下水道よ。他にナイフを配置してる場所も皆、似たり寄ったりの距離・・・」
その答えにウェイバーは難しい顔で言う。
「だとするなら、ここも早々長居はできない。ケイネス先生が使っていた、あの水銀を操る礼装・・・多分あれは水銀に先生が得意にしている『流体操作』を利用した礼装だ。水銀は金属でありながら常温で液体だから自在に操作するには丁度良いって事だろう・・・それに先生の事だから攻撃だけじゃなく防御、対象の追跡機能だって付いているかも知れない。何れにしても一か所に留まるのは危険だ。すぐに他の場所へ置換した方がいい」
「うん。それは私も賛成だけど・・・・それでも逃げ切れるわけじゃないよね・・・」
ルインの言葉にウェイバーも考え込む。

ルインの言う通りあのケイネスから早々逃げ切れる物ではない。この窮地を脱するには逃げるだけでは駄目だ。立ち向かわねば!だが、かと言って自分とルインが二人がかりになった所でケイネスと彼が操る水銀の礼装に太刀打ちできる道理はない。ましてや、唯でさえ足手纏いでしかない自分はこうして負傷しているのだ。状況はハッキリ言って絶望的と言わねばならない。
サーヴァントにしても令呪を使って自分達の元へ強制的に空間転移すれば、事足りるだろうが、こんな序盤で貴重な令呪の一画を使って良い物だろうか?とは言え背に腹は代えられないと言う事は自分とて分かっているが、敵はケイネスばかりではない。百人以上もの猛者が轟いているからには、これからもこんな強敵が現れる上に今のような窮地にしたって、これから幾らでも遭遇するかも知れない・・・なのにその度に令呪やサーヴァントに頼るのか?

その時、脳裏に再びケイネスの声が響く。

『勝ち残った所で、それは君の力なんかじゃない。サーヴァントの―――征服王イスカンダルの力だ。君の勝利などではない、征服王の勝利に君が有り難くご相伴に与ると言うだけの事だろうが!』

別にあの言葉でムキになっているわけじゃない。だが、あの言葉は別の意味でウェイバーに転機を齎していた。ウェイバーは腫れ上がった顔を今まで誰も見た事がない程にキッと凛々しく結んで誰に言うでもなく呟いた。
「そうだ・・・サーヴァントばかりに頼ったって、この先勝つ所か生き残れるはずもない・・・僕達だって―――!」
少年は今までに感じた事がないくらいに胸を熱く滾らせ折れているにも拘らず拳を血が出る程に握り締めた。




「ふん・・・随分と遠い所へ逃げ遂せたようだな。鼠共が・・!」
ケイネスは苛立ちを顔に見せながら『月霊髄液(ヴォールメン・ハイドラグラム)』による探索を行っていた。しかし、思いの他、探索は難航していた。然も在ろう・・よもや、ウェイバー同様劣等生と見なしていたルインが『置換』などと言う魔術で橋から800m程も離れた距離に移動していようなどとケイネスは全く想定しておらず自然探索範囲も狭めていたのだから・・・すんなりと見つかる道理などあるはずもない。
「ふん、念には念だ。もう少し捜索範囲を広げるか」
だが、ケイネスも決して馬鹿では当然ない。探索が難航するに連れて捜索範囲を徐々に広げておりウェイバー達が隠れている下水道に辿り着くのも時間の問題だろう。距離は徐々に狭まっていた・・!
そして、そう間が経たぬ内にケイネスの顔が嗜虐的な笑みに歪んだ。
「見つけたか・・・待っていろ、ドブ鼠共」
そうしてケイネスは『月霊髄液(ヴォールメン・ハイドラグラム)』と共に探知した場所へと凄まじい速度で向かった・・!そして、辿り着いたのは橋の真下にある未遠川に連なる下水道だった。ケイネスはそれを冷笑で以って攻撃を加える。
(scalp)!」
途端に水銀の刃が下水道の入り口を斬り裂き粉砕した!轟音と共に内部が顕わになり、そこにはウェイバーが折れた四肢に添え木をして息を切らし力なく壁に凭れ掛かっている姿があった。ケイネスはそれに満足気な厭らしい笑みを湛えて嬲るような声音で話しかけた。
「ふん!これで鬼ごっこも終わりかね、ウェイバー君?ならば死ぬがいい小僧。この至高の魔術師たるロード・エルメロイの手に掛かってな。せめてもの冥土の土産として本来なら分不相応の光栄に有り難く与るがいい。(scalp)!!」
ケイネスの詠唱に水銀は無数の鞭となって動けぬウェイバーへと襲い掛かった!が、その瞬間に―――「置換(shift)!」突如として短い詠唱が飛び出したかと思うとウェイバーの姿は掻き消え、代わりに刀身に術式が刻まれたナイフが代わりに現れた。
「なにぃ・・ッ!?」
これには、流石のケイネスもギョッと眼を剥いたが、すぐに声がした背後を振り返ると、其処にはウェイバーを抱えたルインが今し方と同じナイフを手に敢然と立っていた。
「ルイン君・・・これは何の小細工かね?」
ケイネスは額に何本かの青筋を立てて問うとルインはいつものオドオドした口調ではなく確固とした決意が現れた声音で答える。
「勿論、貴方を倒す為の物です!ケイネス先生!」
その言葉が引き金だっかのようにケイネスは憤怒に顔を歪め水銀の礼装に命じた!
「調子付くな!小娘がああああああああああああああああああああああッ!!(scalp)ッ!!!」
ケイネスの憤激に呼応するように水銀の鞭は瞬く間に鋭利な矛へと変わりルインとウェイバーに迫る!だが、ルインはその前に詠唱を唱える。
置換(shift)!」
すると、彼女とウェイバーの姿は瞬時に消え代わりにまたナイフが残り水銀の矛は空しく空を斬った。ケイネスは歯噛みし腹立ち紛れに水銀の矛を以って下水道を徹底的に切り裂き破壊し尽くした。
「はあ、はあ、はあ・・・在り得ん・・・この私が眼と鼻の先にいたにも拘らず、あのような鼠共をまんまと逃がした!?在り得ん・・・絶対に万が一にも在ってはならん事だ!!」
ケイネスは眼を剥いて地団太を踏み息を切らせる。そして、暫く後に落ち着きを取り戻し獰猛さを感じさせる声で誰に言うでもなく言った。
「今度はもっと広範囲に探索の範囲を広げる・・・そして、見つけ出したのなら逃げ道も・・詠唱の時間とて与えん!最早、たかだか鼠二匹とて油断も手心も加えん!徹底的に追い詰めてくれる!!追跡抹殺(ire:sanctio)!」
水銀は針鼠の如く夥しい触手を繰り出して凄まじい速度を以って未遠川一帯に張り巡らせようとしていた・・・!
「何処に飛ぼうが、我が『月霊髄液(ヴォールメン・ハイドラグラム)』から逃れる事などできはせぬ!どうやら空間転移に近い魔術を使うようだが、極めて限定的な効果に限られるようだな、距離にしてもこんな所でグズグズしていた事から推察しても精々が800m程度と見た。その程度で逃げられると思うとは笑わせる!」
ケイネスはそうせせら笑ったが、彼はこの時・・致命的なミスを既に犯していた。それは敵に背後を見せた事だ。だが、相手は所詮は魔導の落伍者と言う見下しと慢心が彼らに反撃の機会を許してしまう!
「―――動かないで下さい」
そんな言葉と共にケイネスは自らの首元に冷たく鋭い鉄が突き付けられているのを感じた。そう・・先程ウェイバーと消えたはずのルインが術式の描かれたナイフをケイネスの首筋に当てているのだ!
「なッ・・!?「声も出さないようにお願いします。そして今すぐに、その水銀の礼装も機能を停止させて下さい」・・き、貴様・・どうやって私の背後にィッ!?」
ケイネスが信じられぬとばかりに狼狽した声音で問うと、ルインはつい一時間前の事を回想していた・・・・



「ケイネス先生が相手じゃ逃げようにも逃げ切れる物じゃない・・・戦おう・・!」
ウェイバーが自身も震える声で宣言するとルインは真っ青な顔で言う。
「でも、ウェイバー・・・それこそ無謀だよ。私達じゃ先生を相手にしてまともに戦えるわけ・・・」
「ああ、僕だってそう思う。でも、やるしかないんだ。この先、こんな事は幾らでも起きる!それに・・ライダー達も戦ってる・・!」
その言葉にルインは橋に残して来たアストルフォを思う。
「あいつらが必死になって戦っている傍で僕らは逃げの一手に決め込み続けて・・あいつらの隣に立って戦うなんて資格があると思うか!?それどころか、ずっと単なる足手纏いなままじゃないか!!」
そうだ―――とウェイバーは自らなどを轡を並べるに足ると認めてくれた征服王の事を・・・・!

あいつは到底勝者なんかに値しない僕なんかを勇者と認めてくれた・・・こんなおめでたい馬鹿を!この程度の危機くらい自力で乗り越えなきゃ多分、僕はこの先あいつと戦場を駆ける資格すらない!仮にもあいつの・・・偉大なる征服王のマスターであろうとするならば、僕もそれに足る男にならないでどうするんだよ!?けれど、その為にはルインの力も必要だ・・いや、と言うより彼女の力がなければ、僕一人如きだけじゃ、どうにもならない。

そうウェイバーは己を振い立たせてルインに言った。
「ルイン、君の『置換』の魔術はそのナイフと君の位置を入れ換える魔術だったよな?だったら、ナイフ同士でもそれは可能か?」
それに対しルインは頷いて答える。
「うん。可能だけれど・・・それでどうするの?」
「僕がそのナイフを所持する事で僕単独でも置換を可能にする・・・自分で言うのも何だけれど、僕は怪我を抜きにしても多分に足手纏いだ。けれど、ケイネス先生の当面の標的にはなっている。そんな僕ができる事と言えば、目くらまし―――囮ぐらいな物だろう」
「お、囮って!?何をするつもり?」
ルインが上擦った声を出すとウェイバーは弱々しい笑顔を浮かべて答えた。
「大した事じゃないさ・・・僕はこのまま、ここでケイネス先生が来るのを待つ。ケイネス先生は僕に相当頭に来てるから、僕を視認すれば、すぐに飛び付くはずだ。だから、ルイン。君は先生が僕に注意が入っている隙にナイフを先生の背後に投げ付けてくれ。その後はどこかに飛ばしてくれればいい・・・」
すると、ルインは自分の鞄から手の平大のブローチを取り出した。
「確実に背後を取るなら、ナイフよりもこれが剥いているかも。これは最近になって考案して見た新しい置換用の礼装なんだけれど、これなら接着性もあるし気付かれずに背中に貼り付ける事だってできるかも知れない・・・・けれど、本当にやるの?」
ルインが生唾を呑み込みながら問うとウェイバーも若干の恐怖を顔に湛えながらも力強く頷く。
「ああ・・頼む!とは言っても結局は君が一番リスクが高いんだけど・・・」
そう言いながらもその強い火が灯った眼を見たルインは首を横に振って同様に力強く頷き返した。
「ううん。私も戦うしかないと思う・・・・ウェイバー、ケイネス先生を倒そう!」




そして、今・・・ルインは見事にケイネスの背後を取る事に成功した!
「馬鹿な・・・!?では、あの時既に・・!」
ケイネスが狼狽して呻くとルインは頷いて説明した。
「はい。貴方の背中に置換用の礼装を張り付けさせて貰いました。後はそれと私の位置を取り換えて、ウェイバーを別の場所に避難させるだけでよかった。けれど、ウェイバーが囮役を買って出てくれなきゃ、きっと不可能だったと思います・・・ケイネス先生、確かに私達如きが二人掛かりになった所で貴方にはとても敵いはしません。けれど・・・そんな私達でも工夫をすれば、一矢報いる事くらいはできます!そして、今この状況こそが、その現実です!」
その言葉を聞きながら、ケイネスは屈辱に顔を憤怒に染め上げた。額には何本も青筋が立ち今にもブチ切れそうなくらいに膨張していた。だが―――それはすぐに嘲笑へと変わった。
「ふん!蟻も集まれば、何とやらかね?だが、ルイン君、君は何故、私の背後を取ったと同時に私の首を掻き切らなかったのかね?」
その言葉にルインはビクッと身体を震わせる。それをケイネスは慇懃な声で嬲る。
「大方、私を脅してサーヴァントを自害させるぐらいな考えでいたのだろうが、それは浅慮と言う物だよ。サーヴァントを自害させたとして、君ら如きがこの私をいつまでも抑えられるとでも思うのかね?サーヴァントを失っても逆に君らを殺し令呪を奪う事で君らのサーヴァントを失敬させて貰うとは、考えが至らなかったのかね?いや、と言うよりも―――君に人殺しなど出来るのかね?」
「・・・ッ!」
ルインは思わず大きく息を呑んだ。同時に心臓は今や爆発しそうなくらいに鼓動を促進させていた・・!それを感じ取ってかケイネスはこの上もなく厭らしい笑みを浮かべて言葉を続ける。
「まあ無理だろうな・・・君のような魔導の覚悟も何もない半端者にそのような度胸などある物か。いや、それ以前にこれは、常軌など一切通じぬ魔術師の闘争である事を忘れているぞ?」
その言葉と同時にルインは突如、眩暈がしたかと思うと次に耳鳴りが襲った。
(なっ、何?これ・・・・)
そう呟く事すら儘ならず、ルインの意識はそこで途絶えそのまま倒れ込んでしまった!それと同時にケイネスの首に当てていたナイフが空しく地に落ちた・・・・
ケイネスは然も当然と言う顔で鼻を鳴らし吐き捨てた。
「ふん・・・浅慮な凡俗め。このロード・エルメロイが背後の用心を怠るとでも思ったか?この様な時を想定して背中に幻惑の術式を書き込んであるのだよ。魔術師としての初歩だ。まったく、こんな様になるくらいなら令呪でサーヴァントを呼んだ方が幾分もマシだったな、この愚か者め」
そう言ってケイネスは倒れ込んだルインの頭を足下にする。それと同時に機能を停止させていた『月霊髄液(ヴォールメン・ハイドラグラム)』を再び起動させる。
「さて・・先ずは、この小娘を血祭りに上げたい所だが、その前にウェイバーの小僧を探し当てねばなあ。どうせなら二人一緒に存分に甚振った方がこちらの溜飲も下がると言う物だ。何しろ、ウェイバーの小僧は私の聖杯戦争の序盤を穢した。勿論死あるのみ!そして、この小娘は愚かしい小細工で、このロード・エルメロイを愚弄した・・!これだけで万死も万死に値する。さあ!今こそ誅罰の「やれやれ・・・君は相も変わらず陰険だな、ケイネス」なッ!?」
だが、そこでケイネスは突如聞こえた第三者の声にハッとなるが、相手を確かめる間もなく水銀の矛が自らに向かって飛んで来た!だが、それは彼の『月霊髄液(ヴォールメン・ハイドラグラム)』による物ではない。その水銀は白銀ではなく敢えて言うならレッドメタルとも言うべき紅い輝きを放っていた。ケイネスは咄嗟に自分も水銀の盾を展開して防ごうとするも矛は寸前でケイネスなど眼もくれずに形を触手に変え彼の足下に転がっているルインを回収した。
ケイネスは自分を無視された事にプライドを傷つけられ憤激を湛えた眼でルインを回収した紅い水銀を眼で追うと、その水銀は彼の後方にある未遠川へと集約しイルカのような形をした紅い水銀のオブジェに収納された。そして、その上にルインをお姫様抱っこで両腕に抱いた紺のスーツとトレンチコートに身を包んだ、白銀の髪に乗っている紅い水銀同様に光輝く真紅の瞳をした、ある種の浮世離れした美貌を誇る青年が柔和な笑みを湛えてケイネスを見下ろしていた・・!!
「そんな事だから君は生徒達から嫌われているのが分からないのかい?」
ケイネスは先程とは比べ物にならぬ青筋を幾本も立て引き攣った笑みを浮かべて青年の名を呼ぶ。
「よ、ヨシュア・・ッ!貴様・・・何のつもりだ?」
「はて?何のつもりとは?」
青年―――ヨシュア・マティウスはこの上もなく白々しい顔と声で問い返す。その余裕ある佇まいが一層にケイネスを逆撫でする。とは言え、そのような事はこれが初めてではない。ケイネスに取ってこの青年は天敵と言う形容が相応しい人物だったのである。ケイネスと彼ヨシュアは共に『人道派』の盟主的な魔術師へリック・バスビカルに師事した同門であり魔術師としての実力も拮抗しているライバル同士なのであるが、二人は水と油と言っていい程、人間的に合わなかった・・・・
ケイネスが典型的な昔からある『根源への到達』は元より『魔術師としての家柄の格』を至上とする典型的な魔術師然とした人物で師の『力なき者の為に』と言う信念など歯牙にも掛けないのに対しヨシュアは師の教えに傾倒し如何にもな『典型的な魔術師』の考えには縛られぬとばかりに自由闊達且つ気さくな性格で師のへリックや時計塔の生徒の間でも信頼が深く他の魔術師からの人望すら併せ持っている。更に彼の家『マティアス家』は名門の部類に入るが、ケイネスの『アーチボルト家』よりも家格は幾分も落ちる・・・にも拘らず師も他の連中も自分よりも家格の劣る魔術師を評価している事にケイネスはこの上もない生理的な嫌悪感を抱いているのであった。
「見え透いた言葉は止せ。その愚か者ともう一人何処かに隠れている私に仇を為した阿呆は何れも、このロード・エルメロイが誅罰を下さねばならん相手だ。然るに貴君が介入すべき事柄ではない。さあ、早々にその愚か者を置いて立ち去れ!」
だが、ヨシュアは首を縦に振らず優雅な笑みを浮かべて一蹴する。
「生憎とそれは聞けないな。彼女も私の教え子の一人だ。大切な教え子を君の癇癪を鎮める為の贄に出す気は毛頭ない。ましてや、君の陰険なワンマンショーなど尚更に見過ごせないな」
「貴様・・ッ!」
ケイネスは歯軋りして剣呑な眼を向けるが、ヨシュアは平然と言葉を続ける。
「そもそも今は他陣営とは休戦中だったはずだ。現時点で咎められるべき行動をしているのは君の方だと思うがね?」
それに対しケイネスは鼻で笑って見せた。
「ふん!それがどうした!?貴様とも在ろう者があのような名目上の決まり事を馬鹿正直に信じ込んでいるのか!?くだらん!そもそもその小娘とて、この戦争に足を踏み入れたからには相応の覚悟があるはずだろう?」
すると、ヨシュアはやれやれと言う仕草で嘆息を付いた。
「まったく・・・浅学が滲み出てるな。約束事を護るのは、人として最低限の礼儀だ。それを自分勝手な解釈で破る者ほど器が矮小であると自ら顔に書いているも同然だと何故、気付かないのかな?」
その言葉にケイネスの血管は今度こそ完全に切れた。彼はこの上もなく低く・・この上もない怒気を湛えた声を迸らせる・・・ッ!
「よくも言った・・・ッ!そこそこ六代続いたに過ぎん我がアーチボルト家の風下に位置する魔術師の分際で・・ッ!!覚悟しろ・・・ヨシュア。今日こそ格の違いと言う物を貴様に教えてくれる!滾れ、我が血潮(Fervor,mei Sanguis)ッ!!」
ケイネスの怒号に呼応するように『月霊髄液(ヴォールメン・ハイドラグラム)』は無数の棘へと形状を変化させ猛獣の如き速度でヨシュア目掛けて襲い掛かった!!
(reflexio)!」
一方、ヨシュアも黙ってはおらず詠唱を唱えると紅い水銀は巨大な堅牢なる盾へと変化し無数の棘を防いだのみならず、それを逆に跳ね返して見せた!ケイネスは自らに向かって飛んで来る水銀の棘を絶妙のタイミングとコントロールで操り自分に直撃する寸前で形状を自身を護る盾に変化させる事で圧し止めた・・!
「うん・・相も変わらず魔術だけはお見事で」
ヨシュアがおちゃらけて言うとケイネスは息を切らしながらギロッと睨む。
「ゼェ・・ハア・・・!舐めるなッ!」
そう強がっては見るが、ケイネスは内心で冷や汗を掻いていた。流石は自分と並び称される天才であると・・!
彼ヨシュアが使う紅い水銀の魔術礼装『陽霊紅液(ロッソス・デルフィーヌス)』!!ケイネスの『月霊髄液(ヴォールメン・ハイドラグラム)』と同じく水銀を自在に操る礼装なのだが、随所に相違点がある。まずケイネスの場合は彼が持つ『水』と『風』の二重属性に共通する『流体操作』を基本としているのに対し、ヨシュアの場合は『流体操作』の性質を持つ『水』と『固体操作』の性質を持つ『土』の二重属性を巧みに組み合わせた物となっている。液状の金属である水銀を高速、高圧と自在に操作する事で防御力と破壊力を獲得している点は共通しているが、ヨシュアは『土』が持つ『固体操作』を付与する事で水銀の強度を常に一定若しくは強化しており、如何なる形状に変化しても強度がどの箇所も均一で変化(低下)しないと言う『月霊髄液(ヴォールメン・ハイドラグラム)』にもない利点を持つ。
更には、『水』による『水圧』と『土』による『動態』・・二つの動作を組み合わせ物理攻撃は元より魔術による攻撃などを防御するに留まらず逆に相手へと跳ね返すと言う工夫が為されておりケイネスでさえも畏怖を抱く至上の魔術礼装なのである・・!
(ともかく、不用意な攻撃は避けねば・・・防御と言う点では遺憾だが、あちらに一日の長がある!こうなれば、魔力を一点集中して水銀の矛を以て貫いてくれる―――!)
ケイネスがそう算段を付ける中、ヨシュアが余裕ある声でこう申し出た。
「どうする?ここで一先ずは矛を納めてくれるなら、私もここは退くが?」
だが、当然ケイネスはそれを一蹴する。
「ハッ!馬鹿をほざくな!!この私が貴様に恐れを為すなど在り得ん。これは寧ろ僥倖である!時計塔の愚かしい学徒共は貴様の容姿に釣られて、この由緒正しい血統を持つ至高の魔術師である私を貴様の下風に見ているようだが・・・今日こそは、その評価が愚昧な者共の誤りである事を証明してくれよう!!」
鼻息荒く宣言するケイネスに対しヨシュアは苦笑して嘆息をつく。
「それは、それは、結構な事だが・・・・それは言動に実力が伴ってこそだぞ?」
「貴様ぁ・・!またも侮辱するか!!」
ケイネスは顔を怒気に紅潮させるが、それをヨシュアが更に指摘する。
「それだよ・・・君は自分の能力と自身の絶対性以外を信じない。即ち自らの欠点とミスを認められない狭量さとなって君自身の能力自体を狭めてしまっていると何故気付かないのだか・・・これだからナルシストは」
「貴様〜〜〜〜ッ!・・・・言いたい事はそれだけか?これよりは言葉など不要・・・互いに魔導を以って語ろうではないか・・・ッ!貴様こそ、その言動に実力が伴っておるのだろうな・・・!」
ケイネスは今まで以上の魔力を身体中から発散させる。それに対しヨシュアも臨戦態勢に入る。
「勿論と答えさせて貰おう」




同時刻・・・ウェイバーは別の下水道に置換されていた。彼はそこで改めて自分の不甲斐無さに打ちひしがれていた。結局の所・・・自分が提案したのは多分にルインを死地へと放りだす作戦だ。仮に巧くいってもルインにはきっとケイネスを殺す何て事はできないだろう。いや、よくよく考えれば、ケイネスの事だから仮に後ろを取られても予めそれに対処できるような仕掛けを施しているかも知れない・・・!
ウェイバーは考えれば、考える程に恐ろしい方向へと思考を回す。

もしか・・・しなくても、僕はルインを単に死地へと突き落としただけじゃないのか?挙句に自分だけが安全圏に逃れて・・・!いや・・仮に僕が残った所で大した事はできやしない。それ所か人質に取られて却ってルインを窮地に貶めるだけだ。
普通・・本来なら僕も彼女も敵同士で、そんな事に気を回す必要なんかないんだろうけど・・・ルインは多分、僕を見捨てるような事はできない・・そして、それは逆の立場だったら、多分僕にも言える事だ。己の目的の為なら他者を省みないのが、魔術師の覚悟だけれど・・・どうやら、そんな覚悟すらできていない程、僕も彼女も落ちこぼれの魔術師見習いだったようだ・・・

「くそ・・!・・・ぐぅ・・!」
ウェイバーは泣いた。女の子一人に死地へと行かせ、自分はせめてその足枷にならぬよう安全圏にジッとしているしかない己の不甲斐無さに。何より自分の余りもの無力さと無能さに・・・!
何が自分の力や存在を周囲に認めさせるだ!この戦争に身を投じて逆に思い知らされたのは、己の途方もない無力さと非才さ・・どこまでもチッポケでしかない己の存在ではないか!
ウェイバーは壁に凭れ動かぬ四肢をブランとさせて泣き続けた・・・その時!

ドゴオオオオオオオオオオオンッ!!!!

突如、自身の前方に位置する下水道の入り口部分が大破し土煙りが立った。
「先生か!?」
ウェイバーは身震いするが、土煙りが晴れた先には彼の想像以上の光景だった・・!
「よお・・・奇遇じゃねえか、征服王のマスター」
「・・・ッゥ!?」
その声を聞きウェイバーは呻き声を大きくする。そう・・大破した入口の先には自らの師が自身が横取りした征服王イスカンダルの代わりに使役したライダーことピョートル大帝が自身の乗艦でもあるガレー船の砲門を向けて凄んでいた。それに身体を後退り始めるウェイバーだが、同時に心強い声も轟いた。
「おお!坊主!!無事だったか!?」
自身のサーヴァントであるイスカンダルが『神威の車輪(ゴルディアス・ホイール)』と共に自分の前へと馳せ参じた。
「ライダー・・・!」
ウェイバーは思わず安堵の声を出す。それと同時にアストルフォも自身の騎乗宝具『聖者の月輪(ホイール・オブ・ザ・ムーン)』を駆りながらウェイバーに問うた。
「それよりもルインはどうしたんだ!?一緒じゃないのか!?」
その問いにウェイバーは一瞬、身体をビクッと震わせた後・・・力なく俯いて答えた。
「・・・・ケイネス先生の所だ。ルインの『置換』で先生の後ろを取ろうって作戦だったけれど―――」
そこでウェイバーは自分の襟首が持ち上がるのを感じた。アストルフォが『聖者の月輪(ホイール・オブ・ザ・ムーン)』ごとウェイバーの面前に移動し彼の襟首をその短躯と細腕からは想像もできない力で締め上げたのだ。彼は普段の朗らかさとは、かけ離れた憤怒の形相でウェイバーを睨みつけた。
「お前・・!ルインを囮にして逃げて来たのか!?自分はそうしてのうのうと―――!「止めんか」・・ッ!?」
アストルフォがそうウェイバーを詰るのをイスカンダルは厳かな声で制止した。
「見た所、坊主は四肢が骨折しとる程の重傷・・・あの娘っ子と共にいた所で足手纏いにしかならんと判断したのだろう。それにな・・坊主が好き好んでそうしたと貴様には見えるか?」
その言葉にアストルフォは力なく俯きながらも歯軋りするウェイバーを見て「ふん・・」と吐き捨てウェイバーをイスカンダルの『神威の車輪(ゴルディアス・ホイール)』の車内に放り込んだ。
イスカンダルは未だに俯くウェイバーの肩を抱いて言った。
「やろうと思えば、令呪で以って余を呼ぶ事もできたはず・・・敢えて、それをしなんだのは、己らの力だけで切り抜けようと試みたが故か?」
ウェイバーはギュッと唇を噛んで肯定する。
(・・・・怒鳴られるか馬鹿にされるんだろうな・・・)
と、ウェイバーは自嘲気味に解釈するが、次に征服王の口から出た言葉は考えもしなかった返答だった。
「英断なり!」
「え?」
イスカンダルが痛快だと言わんばかりの豪笑を浮かべて賛辞を送るのに対しウェイバーは呆然と呟いた。
「己の力を省みず敢えて苦難を選び取り自らの力で乗り越えんとした貴様の意気は正しく覇道の兆しよ!ようやっと我がマスターに相応しき度量が身に付いて来たな!」
それにウェイバーは戸惑った声を上げて言う。
「お前・・・話を聞いてなかったのか?僕は結局はルインを置いて自分一人が・・・うわあッ!」
だが、イスカンダルはウェイバーの頭をクシャクシャにする事で先の言を阻み言った。
「あぁぁ、細かい事を気にするでない!先程、十二勇士のチビにも言ったが、お主とて好きでそうした訳ではあるまい?自身が足手纏いにしかならんと自覚し、せめてあの娘っ子の足枷にはなるまいと考えた末の決断であろう?そして、あの娘っ子もそれを了承した」
ウェイバーはイスカンダルの手から逃れて、こう返した。
「ああ、そうさ。彼女は僕の浅はかな提案に乗って窮地に陥ったかも知れないんだ!そして、僕は色々と理由を付けて自分一人が・・・!」
しかし、イスカンダルはそこで己の手でウェイバーの頭をもう一度・・ただし今度は優しくポンと叩いて置き言った。
「誇れ、坊主。貴様は今日、己の壁を一つ突き崩したのだ。貴様はそうして四の五の言いつつも結局は己の至弱さ、極小さを分かっ取る。そして、此度はそれを自ら認め友に後事を託した。己の『弱さ』を認め他の力を頼みとする事は決して恥ではない。かく言う余とて生前の征服は余一人だけの力ではなく、同じ夢を見た朋友達の力を頼みにしたからこそだ・・・仮にお前の判断で友が命を落としたとするなら、それは了承した友の責任。だが、生涯忘れるな。そして、それを明日の夢の糧に変える事こそが友に報いることなのだぞ?」
その言葉にウェイバーは何故か眼頭が熱くなるのを感じた。そして、イスカンダルは次にウェイバーの肩を抱いて尚も言った。
「少し話は脇道にそれはしたが、ともかく貴様は今日の一瞬、一瞬で『戦』をし己を乗り越えたのだ。それは紛れもない貴様の戦果だ」
その言葉にウェイバーは遂に耐え切れず眼から滂沱の涙を流した。それと同時に悟った。こんな奴を・・こんな偉大に過ぎる王を自分如きが御せるはずもなかったのだと言う事に!そして、何よりも嬉しかった・・・そんな王に自分なんかが認められた事が!
「なんだ?なんだ〜?泣くような事か?がっははははははははははははッ!!」
イスカンダルはウェイバーの背中をバシバシと叩くが、それは重傷を負っているウェイバーの身には致命的であった。
「ひぎぃ・・ッ!?」
途端にウェイバーは泡を吹いて失神する。
「ありゃ・・・少しは成長したかと思いきや、まだまだだったかのう・・・?」
イスカンダルは頭をポリポリと掻いて呆れるが、アストルフォはボソッと突っ込んだ。
「いや・・今の場合は殆ど君の所為だと思うけどね・・・・」
「お〜い?話は終わったか?終わったならさっさと続きやろうぜ?」
ピョートルからも呆れたような茶々が入る。
「おう!続けようではないか!」
イスカンダルも乗り気で応じる。
「と言うか、僕は一刻も早くルインの下に駆け付けなきゃ・・ッ!」
アストルフォは別の意味で戦意を滾らせる。それに対しピョートルも鷹のような双眸をギラつかせて自身の『栄光の鷲皇(ツァーリ・オリョール)』を含めた三隻のガレー船を最大戦速で操り巧みな航行術でイスカンダルやアストルフォの戦車を翻弄していた!
「むぅ・・!余達の戦車よりも巨大でありながら、何と言う神速か・・!?」
イスカンダルが何時になく呻くとアストルフォも舌打ちして毒づく。
「ピョートル大帝って言えば、かなり近代に近い・・つまり神秘の力が薄い英雄のはずだろ!?なのに神秘の力が濃い時代の英雄である僕らの戦車より速いなんて有り!?」
すると、ピョートルはニヒルな笑みを浮かべてチッ、チッ、と指を鳴らした。
「神秘の力=強さじゃねえだろ?英霊の力を決めるのは、如何に威名を為したかと如何なる偉業を為したかで決まるんだよ。その点、俺様はロシアじゃ国父の如く敬われている上にロシア初の海軍の創設と言う偉業もあっからよ・・・半端じゃねえぜ?俺様の威名はな」
「ハア!為ればこそ、この胸はいよいよ高鳴って来たのう!それでこそ征服しがいもあると言う物よ!!さあ!参ろうか!?ロシアの大帝!!彼方にこそ栄え在り(ト・フィロティモ)・・・いざ征かん!『遥かなる蹂躪制覇(ヴィア・エクスプグナティオ)』!!」
イスカンダルは『神威の車輪(ゴルディアス・ホイール)』の蹂躪走法による宝具を発動させピョートルの『栄光の鷲皇(ツァーリ・オリョール)』目掛けて空を疾走した!
「おおよ!来やがれ!!主砲、撃て!!」
それに対しピョートルも主砲から神秘へと昇華された砲弾を放つ!だが、その砲弾とイスカンダルの戦車に突如として凄まじい疾風を伴った矢が飛んで来た!!
「ぬお・・ッ!?」
イスカンダルは咄嗟に手綱を引いて戦車を方向転換させる事で矢を避けるもピョートルの砲弾はそのまま矢によって粉砕された・・・ッ!
「誰だ・・ッ?・・・ッ!・・・あそこか」
ピョートルは突然の横槍に鼻白むも、持ち前の戦闘センスで第三者の位置を悟り鷹を思わせる黄眼で今では遥か遠くに離れている冬木大橋を睨み付ける。



そして、当の冬木大橋では・・・・

「アーチャー、上手くいったか?」
灰色の髪に琥珀の双眸を持つ十二歳程の少年・・・ジュリオ・サルヴィアティが緊張した面持ちで問うと橋から竪琴のような弓を引いて矢を番えている翡翠の甲冑を纏い緑がかった金髪に灰色の双眸をした爽やかな美貌が映える青年―――アーチャーことサー・トリスタンは優雅な笑みと声音で頷く。
「ええ、概ねはね。一応は仲裁と言う事でしたので、あの戦車は敢えて外しましたが・・・」
「それじゃあ、次は俺をあそこへ運んでくれるか、サー・トリスタン」
その横から逆立った金髪と金色の眼をもった力強いながら野暮ったさを感じさせぬ体躯を誇る槍兵―――サーヴァント・ランサーことアキレウスがトリスタンに願い出る。それにトリスタンも頷いた。
「ええ、よろしくお願いしますよ。何しろクラスの特性上、肉弾戦は貴方の専門ですから」
すると、アキレウスは苦笑して吐き捨てる。
「ハッ!心にもねえ事を…。しかし王って奴はどいつもこいつもド派手が好きなようで…。やっぱこの人種共は好きになれねえ。まあ、いい。行って来るぜ」
「ええ、前に出て下さい」
トリスタンに促されアキレウスはその前方で身構える。そして、トリスタンは矢を番え狙いをアキレウスの首の横当たりの空間に定める。すると、『約束された必中の弓(フェイルノート)』から風の魔力が放出され矢を包んでいく。そして、力強く弦を引き絞った!
「『風王鉄弓(バースト・エア)』ッ!!」
矢は疾風を伴って加速する。そして、アキレウスはその疾風による加速を受け橋から一気に遥か遠方の戦場へと一足飛びに駆けた!!


ピョートルが狙撃手の位置を悟ったと同時にまたも疾風を伴った矢が放たれた事を視認するが、飛んで来たのは矢ばかりではなかった。矢よりも遥かに大きい影・・・人影が飛んで来たかと思うと気付いた時には左に旋回していたガレー船が疾風の矢が直撃した事で撃沈する!!それと同時にピョートルの乗艦『栄光の鷲皇(ツァーリ・オリョール)』の甲板に一人の戦者が轟音と共に降り立った。ピョートルは一瞬面食らった顔をしたが、すぐに獰猛さを兼ねたニヒルな笑みを浮かべて問うた。
「・・・・テメエ、誰だ?他人様の船に空から無断乗船たあ・・中々に剛毅だな」
すると、戦者はトリネコの樹槍を手に名乗った。
「俺はサーヴァント・ランサー。(マスター)の頼みによりこの戦いを仲裁に来た」
それにピョートルは遠方の冬木大橋でこちらに狙いを定めているであろう狙撃手(アーチャー)のサーヴァントを省みて皮肉な笑みを返して言う。
()()なあ・・・・でなきゃ狙い撃ちってか?」
「それはお前らの判断に委ねるとするさ。ただ、お前のマスターは俺のマスターが相手をしているがな」
ランサーの言葉に現在の戦況を熟考したピョートルは息を付いて言った。
「わぁ〜たよ・・・これで戦は終いだ。好き好んで勝ちの目がない喧嘩をする趣味はねえからな。だが・・・ウチのハナタレ坊主は、なんて言うかね?」
ピョートルは天を見上げて、そんな事を呟いた。



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