Fate/BattleRoyal
44部分:第三十九幕

第三十九幕


 深夜の事…正義達は指導官となったアージェスが本拠としている屋敷の書斎でそのアージェスから魔術師や戦争の大凡なルールを指導されていた。そんな中で正義は顔を顰めて手に顎を乗せて言った。
「つー事は何だ?魔術師ってえのは、その神秘の秘匿って奴を守ってりゃ後は何をしてもいい…そんなふざけてるとしか思えねえ馬鹿馬鹿しい幼稚な言い分を正気で振りかざす、そんな連中って事か?」
その身も蓋もない言葉にアージェスは嘆息を付きながら首を縦に肯く。
「ええ…。言うなれば神秘の秘匿とは全ての魔術師共通の死活問題です。識る者が増えれば神秘は弱まる。なればこそ神秘は神秘のまま守らねばならない、その為なら手段は問わない。寧ろ時に非道を求められる魔導の探求において人道倫理など不要どころか邪魔と考えるのが昨今の魔術師達の思考です」
「って、それじゃあどんな犯罪行為を行おうが、完全に隠蔽さえできていれば全て罷り通るって事ですか!?そんな横暴な…!!」
晴男が愕然と言うのに対しアージェスも遺憾そうに目を伏せて答える。
「仰られる事も尤もですが、致し方ない事と言われればその通りでもあります。現実に表の司法で魔術師達を裁ける道理など皆無ですから」
それに美沙が異議を唱えた。
「で、でも、貴方々魔術師にだって“魔術協会”と言うものがあるのでしょう?それが司法の代わりになるのでは?」
しかし、アージェスは首を横に振る。
「確かに…協会は魔術が表沙汰になる事を嫌う為、そう言うやり過ぎた魔術師達を裁く事もあります。ですが、それは決して人道的な観点からではなくあくまで魔導の秘匿が第一義であるからに他なりません。いや寧ろ、()()()()()()()()()()()()に発展するまで放置するのがセオリーです。その魔術師の熟成された成果を回収する為に、その過程でどれだけの犠牲が出ようとも…」
この言葉に当然ながら彼らは憤懣やるせないと言う顔になる。
「最低最悪…!!」
ギャラハッドはガトーショコラのワンホールを食べていた手を止めフォークをへし折る程に拳を握り締めた。パーシヴァルも普段の柔らかさをかなぐり捨て今にも抜刀しかねないという程の怒気を発する。
「ええ…!そのような外道ども、騎士として看破できかねます!!」
「確かにな…!!」
アージェスのサーヴァントであるベイリンも憤りを隠せず不愉快そうに僅かながら唸り声を上げる。
そんな中で義憤を帯びた二つの声が同時に重なって言う。
「「気に食わねえ(気に食わん)」」
『え?』
途端に一同は意外そうな声を上げる。その声の主は正義と―――なんとモードレッドだった!?
別段正義がそう言った事を不思議には思わない。彼の性根と人格を考えればそれは妥当な返答だろう。だが、そのマスターの性格を暑苦しいと言って憚らず普段は完全に冷めている印象のモードレッドまでもがそのように主と声を揃えて答えるだなんて…。美沙や晴男、アージェスは元より生前からの付き合いであるギャラハッド、パーシヴァル、ベイリンですら驚きを隠せないでいた。
一方、モードレッドは更に続けて言う。
「魔術師と言う連中は何故持って当然の倫理感というものがないんだ?魔術師だろうが何だろうが、人の世に生きる以上は最低限の節度を持って然るべきだろうが…!!自分達を神だとでも考えているわけか?一体何様のつもりだ…!!」
当然正義もモードレッドに同意して言う。
「ああ、全くだぜ!!そもそも俺達の街で俺達に断りもなく殺し合いを始めてる事といい人を…命を何だと思ってんだ!?けど、今の話を聞いて合点がいったぜ。成る程な…。そう言うエリートって奴を気取っている最低の身勝手野郎共の集まりだってえなら納得だ…。そう言う調子こいた独り善がりのインテリは一発ぶん殴らなきゃな。絶対にぶっ潰してやる!!」
「マスター、私も…いや、オレもそれに参加させて貰う。話を聞けば聞く程にオレとしても不快極まりない連中のようだからな。それに魔術師と言われると母上を思い出してならん…!!」
二人が珍しく揃って息巻く姿を見て晴男はボソッと呟く。
「ねえ、美沙さん。僕時々思うんすけど、この二人って普段は噛み合っていないように見えて結構…」
「ええ…意外と良いコンビよね」
美沙も呆れが混じった声で肯く。
「何だかんだで案外似た者同士…」
ギャラハッドも身も蓋もない指摘をする。
「お二人に聞こえますよ、ギャラハッド…」
パーシヴァルは嗜めながらも苦笑している。
「はははは、モードレッドがここまで饒舌とは知らなかったな」
ベイリンは同僚の意外な一面に顔を綻ばせる。彼の主であるアージェスも肯いて二人に言う。
「お二人共、その憤りは尤もです。私とて忸怩たる想いを常に抱いていますから…だからこそ、そのような輩に好き勝手させぬ為にも今は学びましょう」
「おう!」
「無論だ」
またも声を揃える二人にギャラハッドは手づかみでケーキを頬張りながら言う。
「やっぱり似た者コンビ…」
「そう言うあなたはちゃんとフォークで食べなさい…」
美沙はすかさずギャラハッドが駄目にしたフォークに代わって新しいフォークを差し出して突っ込む。そんなやり取りの中で…。
アージェスが不意に顔を強張らせる。
「主どうされた?」
ベイリンが異変を察し緊張が走った顔で問うとアージェスは静かに口を開いた。
「…今し方、使い魔を通して見た。死徒と思われる男が大勢の子供達を連れている」
一気に場の空気が緊迫しサーヴァント達に至っては既に臨戦態勢を取っている。
「おっし!今直ぐに駆けつけるぞ!!」
正義も気合を入れた声を出し椅子から立ち上がろうとするが、その瞬間に懐の携帯電話が鳴り彼がそれを手に取ると相手は妻の優歌からだった。
『あなた…!』
「優歌か?今は…」
後でかけ直してくれと続ける前に妻の不安を湛えた声がこう響いた。
『正哉と愛歌がまだ帰らないんです…』
それを聞いた途端に正義は背筋を悪寒が這いずり回るのを感じた。

まさか…!?

正義は妻からの電話とアージェスの使い魔から齎された情報を照らし合わせ最悪の想像をする。だが、それをおくびにも出さず努めて冷静な声で妻に言い聞かせた。
「…分かった。二人は俺が必ず探し出すからお前は心配せずに待ってろ。帰ってきた二人に暖かい飯でも作りながらな。それじゃあ」
そう言って携帯を切るとモードレッドが怪訝な声音で問う。
「マスター、何が―――」
「俺の息子と娘がまだ帰らねえそうだ」
正義の言葉に美沙や晴男達も息を呑む。
「そ、それってまさか…っ!?」
晴男がその意味する所を口に出そうとするが、その前にモードレッドが魔力放出のスキルを発動して我先にと窓から外へ駆け出していた。
「も、モードレッド卿!?」
パーシヴァルが静止の声をかける間もなくモードレッドの姿は夜の闇に溶けるようにして消えていた。
「あー、もうー!マスターとそっくりでせっかちなんだから!」
美沙は呆れと焦燥が混じった声を出して頭を抱える。
「美沙…!私達も行く…!」
ギャラハッドも普段通りの抑揚のない声に何時にない決然さを滲ませてマスターを促しベイリンもそれに肯く。
「同感だ。如何にモードレッドに直感のスキルがあろうと子供達の居場所を特定するのは至難の業だ。それにたった一人で特攻を掛けるなど無謀に等しい」
「左様ですね…。モードレッド卿自身、正義殿のお子達と交流があった分気が急いているのでしょうが…」
パーシヴァルは盟友が去った後を心配そうに見つめる。
「…行くぞ!」
正義の掛け声で皆も後に続く。
一方先に駆け出したモードレッドは直感のスキルを頼りに夜の闇を這うようにして走り抜けていた。深夜とは言え人通りもまだある街中で軽挙とも言えたが、そんな事は構いやしない。生前に母から多少なりとも魔術を教授された故か魔術スキルを有している為にモードレッドはそれを用いて自分自身に強力な幻惑魔術を掛けている、例え街中を堂々と甲冑で走ろうが、一般の人間には旋風程度の認識しか感じない。何より今のモードレッドの脳裏にはあどけない顔で自分などを慕う幼子達で占められていた。
「……無事でいろ…!」
誰に言うでもなく乞い願うようにそう呟いた。








凛が目を覚ますと、そこはどこかの廃工場のようだった。周囲には大勢の黒衣を纏った人外が屯しており時折唸るような息遣いが聞こえて来る。凛は腹部を蹴られた痛みに悶えながらもハッとしたように先刻やっと見つけ出した親友を思い出しキョロキョロと眼を配る。
「コトネは…?」
そして、件の親友はすぐに見つかった。これまた先刻自身を蹴飛ばした死徒の男―――雨生龍之介にナイフを向けられている姿で…!!その他にもバーで見た以上の大勢の子供達が傍らにいる。そして、その隅からは夥しい鮮血が水溜りのように流れていた。
「こ、コトネっ!!」
「凛ちゃん…!」
コトネが目覚めた凛に怯えた視線を注ぐと龍之介は眼を子供のようにキラキラさせて言った。
「へえー…この子達を助けに来たってわけ?いいねいいねー、泣かせるじゃん!その子達を使って新しい作品を作ったら、すっげークールじゃん!!」
だが、凛は龍之介の言葉など聞いちゃいなかった。ただ目の前で殺されかけている親友しか見てはいなかった。だからこそ勇気を振り絞り腹部の痛みに耐え立ち上がって叫ぶ。
「こ、コトネを…コトネを離してッ!!」
そう言って懐に隠した魔力を込めた宝石を数個取り出す。それを見た龍之介は赤眼を興味深そうに輝かせて言う。
「へえー、それってさっきの水晶みたいに爆発とかすんのー?けどさー、多分俺には何の効果もないと思うよ。こう見えて俺、モルガンの姉御が作った薬で“死徒”って吸血鬼さんになってからさー、滅多なことじゃ死なねえんだって」
それは事実だろうと凛は子供ながらに悟っていた。凛とて魔術師の端くれとして父から“死徒”と呼ばれる吸血種の事は聞いていた。サーヴァント程ではないが、通常の人間を超えた能力(ちから)を持った者達だと…!確かにそんな者達相手に自分の見習いレベルの魔術など通用する道理はないだろう…。それは分かっている。だが、分かっているからと言ってそれが何だと言うのか!!
「だからさあー、大人しく俺のアートの材料になってくんねえ?君とこの子達ならぜってえクールなパイプオルガンになると「うっさい…ッ!」っ!?」
凛は最早耳障りでしかない軽妙な声を遮ると同時に宝石に込められた魔力を開放して龍之介に投げつけた!途端に派手な破裂音が響き爆風が龍之介の上半身を包む。
「ふざけんじゃないわよ…!私の友達を…あんたなんかの好きにさせて堪るかぁぁぁぁぁッ!!!」
凛は決然とした瞳で龍之介を睨み据え幼くも気高い咆哮を上げる。だが―――。
「全くさ…人の創作作業の邪魔をするんじゃねえよ!!」
当然ながら龍之介は宝石の爆発すら物ともせず凛を悠々と蹴り上げた。
「ぐっ、げほっ…!?」
凛はそのまま壁に激突し床に蹲った。額からは血すら出ている。
「凛ちゃん!?」
コトネの悲鳴が響く中、龍之介は舌打ちして他の死徒達に言った。
「ったく…ちょっと他の死徒の人達ー!この子、食っちゃっていいよ?なんかもう創作意欲が萎えちゃった。ただ頭の上半分くらいは残しといてくんない?装飾に使えるかもだし」
龍之介の言葉にコトネは悲痛を在りありと宿した声で叫んだ。
「や、止めてッ!!凛ちゃんに酷い事しないで!!」
だが、コトネの懇願など聞いていないかのように数人の死徒が彼女を食い殺そうと近づいていた…。そんな光景の中で二人はそれぞれに想いを馳せていた…。

こんな、所で…私は死ぬの…?コトネや、他の皆を助けられないで…?お父様やお母様、桜にももう会う事もないままで?…嫌だ、こんな所で死ぬなんて、嫌だ!!まだ、私は死ねない、死ぬわけには行かないのっ!!!

凛は小さな手を握り締めながら強く請い願った。まだ死ねないと…。
コトネも同じく必死に願っていた。命懸けで自らを助けに来てくれた親友の為に。

このままじゃ…凛ちゃんが殺されちゃう…!!誰か、助けて…!お願い、助けてよおっ!!!

誰しもが老若男女問わず理不尽な死が迫る間際に乞う叫びだ。この世界のどこにだってある有り触れた叫び…。だが、それに応える者は殆どいない。そんな都合の良い展開など有り得ない。彼女達とてその例外には漏れない。

だが、この地…冬木にある最大級の奇跡の具現たる聖杯がその有り触れた運命を変節させてしまう―――!

凛とコトネ…二人の右腕に、この聖杯戦争の参加資格であり絶対命令権の聖痕が刻みつけられる。更に凛は彼女から流れ出した血が…コトネはこの工場で殺された子供達の血が意思を持つかのように魔法陣の形に流れ出し、凄まじい魔力の奔流が閃光と暴風を生み出し彼女達に襲いかからんとした龍之介や数名の死徒を弾き飛ばす…!
「ンなっ!?こりゃ、どっかで見たような…んだあああああああッ!??」
龍之介は何事かぼやきながら暴風によって為す術なく吹き飛ばされていく。やがて、閃光と暴風が収まると…。
「ほっほっほ…君が私をサーヴァントとして呼んだのかね?お嬢ちゃん…」
コトネは自分にかけられた声に徐に伏せていた顔を上げると、そこには真紅の装束に白い髭、そして白い大きな袋を背負った老人が立っていた。一方、意識が覚束なかった凛は誰かに抱きかかえられる感触を感じ目を開けようとすると、抱きかかえたと思しき者の声が響く。
「おい、しっかりしろ…。俺を呼んだマスターなら、こんな所で死ぬなよ」
その声に瞼を開くと、褐色の肌に黒い短髪、そして真紅の瞳に獰猛な顔付きをした青年が視界に映った。凛を抱きかかえている両手や両足には包帯が巻かれている。
凛とコトネは一瞬の呆然から我に返った後、徐に二人に問いかけた。
「あ、あなた…誰…?」
「えっと、誰ですか…?」
すると、当の二人も怪訝な顔で首を傾げながら返答する。
「何を…俺はお前によって召喚されたアサシンのサーヴァントだが…?」
「ふむ…?私は君に呼ばれたライダーのサーヴァントだが…ふむ…」
そこでコトネの前に現れた老人―――ライダーと凛を抱きかかえたアサシンが周りの惨状を見渡して全てを確信した。
「なるほど…どうやら不可抗力による召喚のようじゃな…?」
「そのようだ。どうする、ライダー?」
アサシンの問いにライダーは顎鬚を撫でながら淡々と答える。
「どうするも何も…まずはマスターやこの子達を連れて脱出する事から考えるとしよう」
「だな。おい、小僧に娘っ子ども!家に帰りたいなら俺達の傍に来い!」
アサシンの促しに泣いて怯えていた子供達は足早に彼らの元へ駆け寄ろうとするが、起き上がった龍之介が慌てて待ったの大声を出す。
「おいおい!!俺の芸術道具を勝手に持って行こうとするなよ!!」
その言葉にアサシンは眉根を寄せてオウム返しに聞く。
「芸術?何の事だ」
それに対し龍之介は何時になく苛立ちが篭った声で喚く。
「だからー!その子達は俺の芸術作品を作る為に苦労して街中を駆けずり回って集めた材料なんだよっ!!それをいきなり現れた挙句に横取りするとかお宅ら常識って奴を知らないのー!?これからその子達は俺が理想とする人間パイプオルガンに様変わりする予定なんだよ!たくっー!つまんない邪魔をすんなよな!!」
一方、これに対しアサシンは怒気と殺気を解き放って吐き捨てる。
「常識?それを知らんのは明らかに貴様だろうが。それに芸術だと?幼子の命を弄ぶ事が芸術だと?笑わせる、そんな芸術なんぞ犬にでも食わせちまえ。おまけに“人間パイプオルガン”だあ?それだったらお前の断末魔を響かせるだけで充分だぜ」
「何だと…!お宅さ、随分強がり言ってるけど、それかなり無茶だと思うよ。なんせここにいる人達、俺を含めて死徒とか言うすっげー強い吸血鬼さんばっかだからさー。後、おまけにさあ―――」
龍之介の周りにいる死徒達の隣に複数のサーヴァントが実体化する。
「サーヴァントとか言う更に強い使い魔さん達まで付いてるんだぜー。結論から言ってお宅らに勝ち目なんてなくねえ?」
その夥しい数に凛とコトネは眼を絶望で曇らせるも当のアサシンやライダーは蚊程も感じていなかった。
「生憎とな、俺達もそのサーヴァントなんだよ。しかも、もう勝った気になっているたあな…、そっちこそ呑気なもんだ。さてライダー、俺のマスターを頼むぞ。暫く時間稼ぎにウォーミングアップをして来る」
アサシンはそう言って抱きかかえていた凛をライダーに託し自分は死徒やサーヴァントの群れと対峙する。
「分かった。用意ができたら呼ぶぞ?」
ライダーも極めて朗らかな声音で世間話か何かのように受け合う。
「応…!」
そう答えるとアサシンは眼前を埋め尽くす人外の獣達に臆する事なく飛び掛った…!

「あ、あの人…!」
コトネが心配そうな視線をアサシンに送るが、ライダーは柔和な笑みを浮かべて言う。
「大丈夫さ、彼も一角のサーヴァント。彼等の様な英霊には引けを取らぬよ…」
「でも…「うっ…」っ凛ちゃん!」
凛が意識を完全に取り戻したのを見てコトネは喜色に溢れた声を出す。
「あれ、ここは…?」
「凛ちゃん、大丈夫!?」
コトネに抱きつかれ凛も親友の無事な姿に安堵の息を漏らす。
「コトネ…!?無事だったんだ…」
「うむ、どうやら君も大丈夫そうだね…」
凛はライダーを見て仰天する。
「さ、サーヴァント!…って、サンタさん!?」
「むっ?まあ…確かにそう呼ばれる事が多いが…、私の真名は『聖ニコラウス』。まあ…サンタクロースでも構わぬが…」
ライダーがそう答えるとコトネは戸惑った声を上げる。
「えっ、あのサンタさんですか!?」
「ま、まあ…それは置いておくとして…まずはここから脱出しようではないか!」
そして、ライダー…聖ニコラウスの前で閃光が迸り出現したのは九頭のトナカイが繋がれたソリだった!
「す、すごい…!サンタさんのソリだ…!!」
コトネは眼を輝かせ聖ニコラウスは咳払いしながら説明する。
「これが私の宝具『聖者奔る九馴鹿(レッドノーズ・ルドルフス)』…私がライダーとして呼ばれる所以…サンタクロースの側面を持っている事で得た宝具さ。さあ子供達、ソリに乗りなさい!急いで!!」
そうニコラウスが叫ぶのを聞いた子供達は慌ててソリに乗り始めた…。
「ちょ、ちょっと待って!こんな小さなソリにこれだけの子供が……!?」
それを見た凛がソリの大きさと子供達の数が釣り合わない事を指摘しようとすると…ソリ其の物が大きくなった!
「…す、すごい!」
凛は仰天し興奮していた。父からサーヴァントの凄まじさはそれなりに聞かされていたが、これ程とは…!?
凛とコトネが呆けている内に全ての子供達があっという間にソリの中へと収まった。それを見てニコラウスは次に自らのマスターと凛にも騎乗を促す。
「ふむ、どうやら全員乗ったみたいだね。さあマスター、そして凛ちゃん」
「ま、待って!まだアサシンが…!」
そう言って凛が振り返った直後…彼女は目の前の光景に唖然としていた…!
「う、嘘…!?」
そう…今凛の目の前で、自分達に危害を加えようとしていた死徒がただの拳の一撃で吹き飛ばされ、地面に叩き伏せられていた。それも…ただ一人のアサシンの手で!!!


その時…龍之介は信じられない物を見ていた。
「あれ?あれれれっ!?なにこれ?なんか一方的過ぎねえ?こっちにゃ死徒やサーヴァントの皆さん方が大勢いるってえのに、なんであいつ一人を止められねえわけ…!?」
そう…自分の芸術を愚弄したアサシンを自分と同じように死徒となったマスターとサーヴァントが一斉に攻撃を仕掛けたまではよかった。だが…。
そのサーヴァント達が放つ剣や槍、飛び道具や魔術による攻撃を…そのアサシンは巧みなステップでこれを回避し、隙を突いてその拳や蹴りで次々に叩き伏せていたのだ!しかも自分達のサーヴァントの中にはその一撃で消滅してしまう者もおり、とうとう死徒の大半が全滅してしまった…!!
「ふん…外道の手先となったサーヴァント如きに、この俺が負けるとでも思ったのか?しかし…拍子抜けにも程があるな。これじゃあウォーミングアップにもなりゃしねえ」
平然と詰まらなそうに吐き捨てるアサシンに流石の龍之介も怖気が走る。
(どうすっかなあ…?青髭の旦那は今いねえし…。ここは逃げた方が正解なんだろうけど、このままじゃ折角の材料を持って行かれちまうよ…!)
龍之介は折角集めて来た子供達(そざい)を口惜しそうに眺める。
一方、残りの死徒やサーヴァント達もこのままでは終われないとばかりに咆哮を上げてアサシン目掛けて襲いかかった。
「この…!な、舐めるなよおおお!!」
「タダで帰れると思うなあああっ!!」
だが、それに対してアサシンは構えを取った。それを見た龍之介はふと考えた。
(あり?あれって、どこかの格闘技の構えじゃなかったけか?確か何だっけ…ボクシング、テコンドー……はえっ!!!??!?)
だが、それが命取りとなった…。次の瞬間アサシンの姿が掻き消えたかと思うと…彼に向かっていった死徒やサーヴァント達が…腹や喉と言った部位に凄まじい衝撃を感じたかと思った直後…全て工場の壁に叩きつけられた!そして、それが終わった後、龍之介も彼らと同様の衝撃をその身に受け宙を舞い意識を失った…。
「はっ、口程にもねえ。英霊の座に還って精々修行し直しやがれ」
アサシンは汗一つ掻かずに悠然としている。その様に凛は憧憬すら混じった眼で魅入る。
「…すごい!」
「アサシン、準備はできたぞい」
ニコラウスはアサシンを促すが、そこでコトネが待ったの声を掛ける。
「…!待ってライダー!」
「こ、コトネ!?どうしたの!?」
親友の唐突な待ったに怪訝な声を出す凛に対しコトネはある方向を指差して答える。
「あそこに…逃げ遅れた子供がいるの!!」
そう言ってコトネが指差した方向に…兄妹だろうか?黒髪のミドルショートに鳶色の瞳で凛々しい顔立ちの男の子が妹と思われる栗色のロングに茜色の瞳をした女の子を庇う様に其の辺に転がっていた鉄パイプを手にして追って来た死徒達の前に立っていた…!
「あの子…あの女の子を守ろうとしている…!」
「アサシン!あの子達を助けて!!」
凛が金切り声で叫びアサシンもそれに応える。
「了解…!」
アサシンはすぐさま最高速度で兄妹の元へ行こうとしたのだが、そこに死徒達が再び立ちはだかった。それも…さっきよりもかなり数が増している。どうやら増援でも呼んでいるようだ…。
「はいはい、欲張りは止めようね君達〜!って言うか、そのソリに乗ってる子達も返して欲しいんだけど〜?」
その中には先程、アサシンの一撃で吹き飛ばされた龍之介もいた。どうやらもう意識が回復したようだ。
「くっ、誰がッ!!」
アサシンは邪魔だと言わんばかりに拳と蹴りを振り上げて次々と死徒達を血祭りに上げていくが…如何せん数が多過ぎた。そして、遂に一体の死徒がアサシンの間合いを抜けて兄妹の元へと走り出した!
「!?いかん!死徒の一体が…!」
ニコラウスは戦慄に顔を歪める。
「ライダー!何とかできないの…!?」
コトネが焦った声で縋るように言うが、ニコラウスは首を横に振って沈痛な声を出す。
「…儂には固有結界の宝具があるが、これを使うと子供達を凍えさせてしまう…すまぬ!」
「そんな…」
コトネが絶望に声を震わせるが、突如凛の興奮した声が響く。
「コトネ!あれ…!!」
その声にニコラウスとコトネは凛が指差した方角に眼を向けた瞬間息を呑んだ。
死徒の一体が…その兄妹を捕まえようと腕を伸ばした時…突然その二人の前に魔法陣が表れ凄まじい閃光と暴風が吹き荒れ兄妹を捕捉しようとした死徒達を弾き飛ばした!!
「…!?これって…もしかしてサーヴァントの召喚!?あの子達もマスターになったって言うの!?」
凛の言葉にコトネもハッとなったように息を呑む。
「え、それって…」



その時…吉野(よしの)正哉(まさや)は一つの想いを抱いていた…!

妹を…愛歌(まなか)を守るんだ!!

妹といつものように近所の公園で一緒に遊び、夕方になった為に帰ろうとした時に如何にも怪しげな風貌をした青年が近づいて話し掛けて来た所から記憶がなくなって…気が付くとどこかの廃工場に妹と他の子供達と共に連れてこられていた…。だが、その内の二人の少女の前に突如として閃光と暴風が巻き起こったかと思うと、それが収まった後に褐色の肌をした青年とサンタクロースに似た人が現れ、サンタクロースに似た人がソリに自分達を乗せようとしているのでそこに行こうとしたのだが…。
「きゃっ…!」
「…!?愛歌!!」
妹の叫び声が聞こえたので振り返ると…転んで足を挫いたのか動けずにいた。それを見た正哉は近くに転がっていた鉄パイプを手にすると愛歌を守るように立ちはだかった。
「妹には…愛歌には手を出させない!!」
正哉は父親の正義の言葉を思い出していた。

『いいか?困っている人がいるのなら、助けを求める人がいるのなら必ずそうした人達に手を差し伸べるんだ。決して力が及ばなくても…絶対に諦めるな!』

そうだ…!僕が…妹を絶対に守るんだ!!

正哉は鉄パイプを握る手に更に力を込めた。一方でそれを見ていた愛歌も…同じ思いを抱いていた。

このままじゃ…お兄ちゃんが殺されちゃう…!嫌だ、嫌だよぅ…。お兄ちゃんが…大切な人が傷つくなんて…嫌だよお!!

そんな二人の想いと願い、そして二人自身に我知らず受け継がれていた天性の魔術回路、そして聖杯…これらが今噛み合い、この兄妹もまた大きな運命を編み出す!!
やがて二人の右腕に奇妙な紋章…令呪が刻まれ、さらに自分達の前に白銀の光が出現し魔法陣を象り、そこから先程のような閃光と暴風が吹き荒れた!!
「な、何これ!?」
「ふえっ!?」
やがて閃光と暴風は止み後には余波の煙が蔓延する、驚く二人を前にそれぞれの魔法陣から声が響いて来た。
「うむ、自分の身の危険を顧みず…力が及ばなくとも家族を護ろうと言う信念…。少年、君の覚悟このライダー、真に感服した!!」
「へえ…妹の方も家族を守りたいと言う想いが強いんだな!尚香の奴を見ているようで懐かしいぜ!!」
そして、余波の煙が立ち消え、二人の前で凄まじい二つの存在がその姿を顕にした!
正哉の前には、(みどり)を基調とし龍の装飾が特徴的な甲冑に純白のマントを羽織り二振りの剣を帯刀し、黒髪でもみあげが長い髪型に耳たぶが大きい青年が立っていた。一見すると穏やかな顔立ちだが、その身からは人の上に立つ『王』としての覇気を宿しながらも不思議な暖かさを見る者に抱かせる。
愛歌の前には、紅蓮を基調とし右肩に肩当てを着け動きやすさを重視した甲冑と蒼穹のマントを纏い、甲冑と同じ紅蓮の長髪をポニーテールで纏めた髪型に緑がかった黄色の瞳をした青年が立っている。この青年も人の上に立つ『王』としての覇気を兼ね備えているが…気さくで自由快活であり人当たりの良さと同時に若気の至りと言うべきか好戦的な人柄を彷彿とさせる。腰には見事な名刀を挿しているだけでなく真紅を基調にしたトンファーを腰に下げている。
一方、当然ながら兄妹は突然目の前に現れた彼らに怪訝な声で問う。
「…おじさん、誰?」
「お兄ちゃん、誰…?」
正哉の言葉にライダーと名乗った青年は少しガクッと体勢を崩して苦笑しながら答える。
「叔父さんか…。まあ、確かに私ぐらいの歳では叔父さんと言った所か…安心して欲しい。私は、少年…君の味方だよ。サーヴァント・ライダー…ここに馳せ参じた」
一方、愛歌に『お兄ちゃん』と呼ばれた紅蓮の髪の青年は得意気に笑う。
「へへっ、俺はお兄ちゃんか。悪くねえなっ!俺は小覇王・孫伯符!!セイバーのサーヴァントとしてここに来た!嬢ちゃん!俺は、お前とお前の兄貴の味方だぜ!!」
それを聞いた正哉と愛歌は…安心したように表情を和らげた。だが、そこで正哉は少し頭を捻った。
「孫伯符…?それって確か三国志の…」
正哉がそう言いかけるとセイバーはさらに満面の笑みを浮かべて肯く。
「おおよ!俺がその三国志でも名高い孫策様だぜ!!坊主、まだ小さい割には博識じゃねえか!」
一方、ライダーは嘆息をついて言う。
「孫策殿…敵の眼前で真名を明かすのは如何なものだろうか?それは我らサーヴァントの急所にも等しい重大事だぞ…」
だが、セイバーこと孫策伯符は意にも介さずゲラゲラと笑う。
「いいじゃねえか!どうせ俺もあんたも真名がバレた所でどうという事もねえんだしよ」
「まあ…それはそうでもあるが……」
ライダーが渋々そう答えると正哉がオズオズと問いかけた。
「ねえ、おじさん。“真名”ってなに?それに孫策さんの口ぶりから思ったんだけど、ひょっとしておじさんも三国志に出てくる英雄だったりするの?」
すると、ライダーも孫策も面食らった顔で正哉を見る。
「これは、驚いた…!その年でそこまで悟れるとは明晰な子のようだ」
ライダーが思わず感嘆の声を出すと孫策も「ああ…おったまげたぜ」と肯きこう続ける。
「公瑾の奴がここにいたら兵法軍略を直々に叩き込むって言うだろうぜ…。それはそうと坊主、“真名”ってえのは俺ら英霊がサーヴァントとして招かれる際に隠す本当の名前のこった。ああ、英霊ってのは俺らのように生前に英雄として名を馳せた奴の魂の事だ。そんでこの戦争はその英霊の魂をサーヴァントという枠に嵌めて使役するつーもんだ。その際に最適なクラスを与えられて、それで真名を隠すのさ。剣士(セイバー)騎乗兵(ライダー)って具合にな。そんでもってなんでそんなややこしい事を態々すると言うとな…」
「…その生涯から弱点を悟られる事を防ぐため?」
正哉がそれを継ぐように答える。すると、孫策もライダーも再び戦いた眼で正哉を見る。
「これは…!どうやら私は途轍もない麒麟児に仕える事となったようだ…!!」
「だな…!だが、坊主お前にしても運がいいぜ。なんせお前の呼んだサーヴァントは悔しいが、俺より名を馳せた大英雄って奴だからな」
孫策の言葉に正哉はライダーを見て言う。
「え?そうなの、おじさん」
「まあ、私が孫策殿の言うような“大英雄”であるかどうかは置いておいて、この国に置いてもそれなりに知名度が高い事は否定しない。何れにしてもこの身が君の剣であり盾である事に変わりはない。全力で君や妹御を守護する事をここに誓約する」
ライダーが瞑目して誓った時、体勢を立て直した死徒の群れが正哉や愛歌に襲いかかろうとするが、その前を遮るように双剣を抜いたライダーとトンファーを構えた孫策が立ちはだかった!!
ライダーは温和な顔に王の覇気を帯びて獣達に咆哮する。
「悪いが、この子達を殺させはしない…!未来を生きる、新しい命を…貴様達のような獣などに断じて奪わせはせんッ!!!」
その一喝だけで死徒達は身体がビリビリと震え一歩も動けなくなった。一方、孫策は獰猛とすら言える殺気を瞳に帯びて、その獣達を睥睨する。
「へっ!お前らみたいな外道が相手とはなぁ…もっと強くて上等な相手と戦いたい所だが…まあ、今日の所はお前らで我慢してやるさ!!劉備!!二人をあの赤い老人の所まで連れて行け!!」
「え!?劉備って…」
正哉は孫策の言葉にライダー…否、劉備玄徳を驚いた顔で見る。
劉備玄徳…三国志の中では最も有名な英傑の一人。彼の『三国志演義』に置いては主人公を担う義と徳を重んじた『蜀漢の大徳』と称される紛れもない大英雄だ…!!
「分かった!孫策殿…武運を祈る!!」
そう言うと劉備は双剣の一振りを地面に刺した。すると、そこに中華系の魔法陣が出現し、そこから白銀の毛並みをし額に星のような斑点を持った駿馬が召喚された!これぞ劉備が生前に騎乗した下僕が乗れば客死し、主が乗れば刑死すると言われた凶馬『的盧』である。劉備は正哉と愛歌を抱きかかえると的盧に跨りコトネ達の元へ一気呵成に駆け抜けた!!
「すまない!この子達を安全な場所まで連れて行ってほしい!!」
劉備の嘆願をニコラウスは心良く了承する。
「ほっほっほっ!!承知しておるよ」
一方、彼らの会話を聴覚を強化して聞いていた凛は仰天した声で呟く。
「劉備!?それに…孫策って!?」
「り、凛ちゃん…これって一体どうなってるの…!?」
コトネが戸惑った声で聞くも凛も首を傾げる。
「わ、分からないけど…!アサシン!!二人は助けたわ!あなたも下がって!!」
「承知した!!」
凛の指示にアサシンもすぐに了承して飛び下がりソリに騎乗する。
「私は的盧で脱出しよう。孫策殿!!マスター達は無事に保護した!貴公も退かれよ!!」
「ああ、分かったぜ!!おらおらあああっ!!退きやがれえええええええッ!!!」
劉備の呼び掛けに答えると孫策は紅蓮の髪を焔のように靡かせ笑いながら、トンファーを嵐のように回転させて死徒を鮮血と肉塊に変えて蹴散らし行く。その様は正に見る者に“戦鬼”と言う形容が相応しく思わせた…。
孫策はそのまま敵を振り切りニコラウスのソリに向かって突っ込み騎乗するとソリは瞬く間に全速力で廃工場を後にした…!!
後に残された死徒達は皆、茫然自失とし龍之介に至っては……。
「あ、あ、ああぁ!お、俺の子供達(そざい)が…!?俺の夢のパイプオルガンがぁ…ッ!!ちっ、ちっくしょうぉぉぉぉぉぉッ!!ひ、人の夢を横から掻っ攫うとか…あいつら何様だよォォォッ!?」
相も変わらず自分勝手な言い分を絶叫し号泣していた……。




ここは凛達が遊びに来ていた公園…。そこに凛とコトネ、そして彼らのサーヴァントはいた。
子供達を乗せたニコラウスのソリは近くの交番に子供達を下ろすと凛にとって馴染み深いこの公園に来たのである…。
「でも…コトネが聖杯戦争の参加者になるだなんて…」
「凛ちゃん…」
不安そうに顔を曇らせる凛とコトネにニコラウスは優し気に言った。
「安心したまえ。彼女の事はこの私が守ってみせるから…」
「うん、ありがとうライダー。けど…凛ちゃんはどうなの?」
コトネが心配そうに尋ねると凛は胸を張って答えた。
「私?安心しなさいよ!これでも魔術師だから!」
えっへんと誇らしげに言うマスターをアサシンが嘆息をつきながら手厳しく嗜める。
「…その魔術を使おうとして死徒に殴られていたのはどこの誰だ?」
「あ、アサシン!あんた…!」
凛が余計な事を言うなとばかりに目尻を吊り上がらせるが、アサシンは彼女の頭を撫でながら優しい声音で諭した。
「…心配を掛けさせるな。お前が死んだら…悲しむ人間だっているんだぞ?」
それに凛は少しバツの悪い顔になりながら礼を言う…。
「あ、ありがとう…そ、それより!あんたの真名は何なの!?」
凛が照れ隠しに捲し立てるとアサシンは肩をすかしながら徐に口を開く。
「俺か?…そうだな、お前は知らないかも知れないが、一応名乗っておく。タイの武術、古式ムエタイの伝承に出て来る戦士…『ナヒ=カノム=トム』だ」
「ナヒ=カノム=トム…?聞いた事ないけど…」
凛が首を傾げるとアサシン…ナヒはあっけらかんに肯く。
「…知らないのも無理はないさ。タイの国ならともかく、この国では余り知られていないからな」
凛は知らなかったが…タイの国ではこの『ナヒ=カノム=トム』はかなり有名な人物である。

タイで最も知られる国技『ムエタイ』…。彼はそのムエタイが競技化される前の『古式ムエタイ』の扱いに秀でた戦士だった。伝説では敵国に囚われた際、自身と仲間の解放を求めた時、敵国だったミャンマーで勇名を馳せた十二人の格闘家と連戦、これを悉く打ち倒し故郷に帰った。
その武名と勇敢さ、技量はビルマの王も感嘆し「このタイ人は全身に毒を持っている」と恐れたとも言われている…。

「…さて、これからどうするつもりだ凛?この戦争には、お前の父親とやらも参戦してんだろう?」
ナヒの言葉に凛は少し俯きながら答える。
「うん…けど、まだ決めてないの。このままお父様の手伝いをするべきなのか…。もし手伝いをする事になったら…コトネと戦う事になるかも知れない。それは嫌なの…!」
「凛ちゃん…!」
コトネは感激した声を出す。
「ほっほっほ…君は優しい心根の少女だな」
ニコラウスは優しい微笑みを向けるが、ナヒは一考するかのように難しい面持ちを浮かべて再度問い掛ける。
「…なら、どうするつもりだ?」
「…どうしよう」
だが、凛の答えも要領を得ず心許なかった…。その時―――。
「あ、あの…」
「えっ…?」
呼び止められた為、凛が振り向くと…そこには先程自分やコトネと同じくサーヴァントを召喚した兄妹がいた。妹と思われる少女は少年の後ろにしがみついて覗き見ていた。
「僕、正哉…!助けてくれて…ありがとう!」
「私、愛歌。助けてくれて…あ、ありがとう…!」
それに対し凛は首を横に振った。
「う、ううんっ!私も…アサシンが助けてくれなかったらどうなっていたか分からなかったし…私、凛って言うの」
だが、正哉も首を横に振り言った。
「それでも…ありがとうって言いたかったんだ!」
「うん!」
愛歌も兄に続いて肯く。すると、凛の隣にコトネも来て自己紹介する。
「私はコトネ。…ねえ、あなた達も…一緒に攫われたの?」
「うん…」
「怖かった…」
正哉は重苦しく肯き愛歌も涙混じりに呟く。
「そうだったんだ…。でも、それ以上に驚いたわよ…何せ、あなた達もサーヴァントを呼び出しちゃったなんて…」
そう言って凛はサーヴァント達の方に眼を向けた。そこには、自分と愛歌が召喚したナヒとニコラウスが正哉達のサーヴァントとなったライダーこと劉備、セイバーこと孫策と談笑している姿だった。

「ほお…すると貴殿は娘を身売りしようとした人達に施しをしたと…いや、感服しました!」
劉備は拳を組んでニコラウスに敬意を示すが、ニコラウスはただ笑って言う。
「いやいや…困った人を見捨てられないお節介なだけですよ…」
「いいえ、弱きを見捨てる事なくそれを助ける…。人として当然の事をするという事が中々できない物です。ですが、貴方はそれをした。これは敬意を表するに値する事だと私は思います」
劉備は更に敬うように頭を下げる。その一方で孫策とナヒも違う意味で話が弾んでいた。
「へえー!あんた、素手でも強いんだってな!俺と勝負してくれよ!」
孫策が極めて明るく言うのに対しナヒは剣呑さを瞳に宿して返答する。
「ほお…勝負を挑むなら、命を捨てる覚悟を持つべきだが…どうだ?」
「いいぜ!それじゃ、始めるか!!」
などと物騒な会話が流れており凛はすかさず釘を刺した。
「そこ!あからさまに喧嘩売ってんじゃないわよ!!アサシン、あんたも買わない!!…それにしたって呼び出した英霊がすごいわね…」
コトネも凛の言葉に肯く。
「うん…劉備玄徳に、孫策伯符って名乗っていたよね…。三国志の英雄が目の前にいるなんて…」
凛とコトネは二人が呼び出した英霊に半ば驚愕していた。無理もない…、彼女達が呼び出した『聖ニコラウス』や『ナヒ=カノム=トム』に比べると寧ろ彼らの方がその名を大いに馳せている大英雄なのだ。殊にこの二人のサーヴァントの真名は大人は愚か子供である凛やコトネですら心当たりが大いにある。何せ二人が通う小学校の図書室にだって置いてある程に有名過ぎる書籍だ…。

その名は『三国志』…。幾多の英雄達が登場した中国でも最も綺羅星の如くに駆け抜けた『三国時代』…その時代において最も名を馳せた英雄がいる。

まず一人は『義』を重んじ弱きを見捨てる事を嫌い義に悖る行いを良しとせずそうした人柄が多くの英雄達から慕われ、やがて蜀漢を打ち建てた『大徳の英雄・劉備玄徳』…。
その最後は義兄弟の仇を取ろうとして失敗し、失意の元に亡くなったが…義兄弟である関羽や張飛、そして『伏龍』と渾名された天才軍師『諸葛亮』を臣下に加えた彼の生涯は中国において最も有名であり後の『三国志演義』においては主役として語り継がれた程である…!!

もう一人は『孫策伯符』…。『江東の虎』と呼ばれ中国は愚か世界中で読み継がれてきた兵法書『孫子』を著したとされる『孫武』の子孫を名乗った『孫堅文台』の長男であり弟には彼の跡を継いで『呉』を興した『孫権仲謀』、そして妹には劉備の妻となり、女性だてらに武芸に長けた女傑『弓腰姫・孫尚香』がいる。
そして、孫策は弟である孫権が治めた呉の国土を築き上げた人物であり当時群雄がひしめき合っていた江東を僅かな兵で率い、短期間でこれを纏め上げた事から『項楚の覇王・項羽』をもじり…『江東の小覇王』と呼ばれた人物である。
その最後は暗殺という形で命を落としたが…もし存命していたとしたら曹操と覇を競っていたかも知れないとされた人物…!!

そう以前、図書室で読んだ事を思い返す凛だったが、すぐに思考を切り替えて正哉や愛歌に問う。
「それで…あなた達はこれからどうするの?」
「僕達も正直分かんないよ…。でも…これからもあんな奴らが好き勝手するって言うなら僕は放っておく事はできない…!お父さんも言ってた!困った人がいたら力が及ばなくたって立ち向かえって!」
正哉が力強く言うと後ろにしがみついていた愛歌も…。
「お兄ちゃんが戦うなら…私だって戦うもん!それに今日の私達みたいに攫われた子達だって、まだいるかも知れないもん…」
その言葉に凛も決意を瞳に灯して言う。
「そうね…!まだあいつらを倒したわけじゃないもの…。もしかしなくたって、今日と同じ事をまた繰り返すに決まってる…!そんなの遠坂の娘として魔術師として黙っちゃいられないわ!よし…決めた。私達で戦争や街を乱している死徒をぶっ倒すのよ!!」
「おいおい、本気か?マスター、命が幾つあったって足りねえかも知んねえんだぞ」
ナヒが呆れたように問うも凛はもう引き下がらないと決めていた。
「本気も本気よ!!元よりあいつらを完全に倒さなきゃまた同じ事が繰り返されるわ!また私の友達が攫われる事もあるかも知れない…。そんなの絶対に許せない!!」
すると、コトネもオズオズと言う。
「凛ちゃん…私も一緒に戦うよ」
「コトネちゃん…!?」
ニコラウスが驚愕に声を震わせるとコトネはこう続けた。
「今日…凛ちゃんが来てくれなかったら私はきっと助からなかった。それに私と同じような目に合うかも知れない子達を見捨てるなんてできないよ…!」
「コトネ、ありがとう…!」
凛は親友の好意に深く感謝した。
「分かったよ…コトネちゃん。儂も微力ながら君や凛ちゃんの力になろう…!」
ニコラウスも賛意を示す。
「ありがとう、サンタさん!」
コトネも抱きついて礼を言いニコラウスもほっほっほっと笑う。
「“吸血鬼退治”か…。正直言って相手としちゃ物足りねえが…いいぜ。お前ら気に入った!この力存分に使いやがれ嬢ちゃん(マスター)!!!」
孫策は豪快に了承し劉備も拳を組んで肯く。
「うむ!正哉、我が主よ君達の志…この劉玄徳、真に心打たれた!!これよりこの身は君達を守護する盾であると同時に君達の志を成し遂げる剣とならんッ!!!」
「…!ありがとう、おじさん!!」
「あ、ありがとう、お兄ちゃん!!」
正哉と愛歌も顔を輝かせて礼を言う。
一方、ナヒは嘆息を付きながらもどこか清々しい笑みを浮かべて主である凛に言う。
「はあ〜、どうにもこうにも世話が焼けるマスターに引き当てられたもんだとは思ったがとんでもねえ…。世話が焼けるどころか骨が折れそうだ…」
「わ、悪かったわねえ〜!」
凛がムッと悪態をつくもそんな彼女の頭をナヒは優しく撫でウインクしてこう続けた。
「だからこそ…やり甲斐もあるってもんだ。マスター、俺の拳お前に預けるぜ」
その言葉に凛は一瞬驚きながらもすぐに喜色が溢れた満面の笑顔を浮かべ元気よく答える。
「うん!」

この日、編み出された運命(フェイト)はこの後、更に大きなうねりを伴って大きく変動する事となる……。



押して頂けると作者の励みになりますm(__)m


<<前話 目次 次話>>

作品を投稿する感想掲示板トップページに戻る

Copyright(c)2004 SILUFENIA All rights reserved.