Fate/BattleRoyal
49部分:第四十四幕

第四十四幕


 「■■■■■■…Gawainnnnnnnnnnnnnnnnnnnnnnnnnnnnnnnnnnnnnnnnnnnnnn―――ッ!!!」
バーサーカーの特攻をガウェインは真正面から受け止めた上で弾き飛ばした。だが、バーサーカーも然る者。弾き飛ばされたと同時にドス黒い魔力の波動を魔力放出として噴射して態勢を立て直した上に天井を疾走して再びガウェイン目掛けて突き進む。それに対しガウェインは跳躍して自らも天井を駆け上がりバーサーカーと剣戟を交わし合う。
(伯斗殿、アルベール殿、カルナ殿、勝手ながら暫しアンシェル様を頼みます!この者が狙っているのは私です。故にこの身が主の側にいれば却って主を危機に晒す事となる)
ガウェインはそう念話で伝えながらバーサーカーと天井から壁へ縦横無尽に剣戟を交わし続ける…!

「おい!バーサーカーっ!俺の指示もなく勝手な事を…っ!!チッ!駄目だ…。ありゃ完全に理性のタガが外れてやがるぜ」
鷹山は己のコントロール下を離れ暴走するサーヴァントを苦々しく見る。
「元よりバーサーカーなのだからそれは当然にござろう。とは言え、貴殿はあのバーサーカーを良く制御なされていた。にも拘らず突然のこの暴走…。確かに妙といえば妙ですなあ」
胤王も首を傾げる。だが、彼のサーヴァントは我関せずという態度で傲岸に吐き捨てる。
「ふん!元より(おれ)はあのような凶獣なぞ頭数に入れてはおらぬわ。良い。好きに暴れさせておけ。それでサーヴァントの一騎でも道連れにしてくれれば一興と言うものよ」

「あ、あれがバーサーカー…。お父様が言ってたようにまるで見境がないわね」
凛は怯えを瞳に宿しながら生唾を呑み込む。その隣でコトネは凛にしがみついて呟く。
「凛ちゃん、怖い…」
「お兄ちゃん…」
愛歌も正哉の後ろに隠れ正哉はそんな妹を宥めている。
「愛歌、大丈夫だから」
「ま、何にしてもこれは好機って奴だな」
ナヒは剣呑な光を瞳に帯びながら冷静に指摘し孫策も獰猛な笑みを浮かべて言う。
「ああ、流石にこの数は手間だけどよ、これで本物のサーヴァントはあのいけ好かねえ野郎ただ一人だ。軽く捻ってやんぜ…!!」
だが、そんな二人を劉備が諌めた。
「油断するな。あの者は己をライダーと言った。即ちライダーとして呼ばれるだけの由縁を持つ騎乗宝具を有しているはず…!あの者は未だにそれすら使っていない」
その言葉に戦闘狂の二人も流石にハッとなって顔を警戒で強ばらせる。
「確かに、あの者自身“座興”と言っておったからのう…。何よりもあの佇まいと溢れ出る覇気からは余裕が在りありと滲み出ておる」
ニコラウスは得意気な笑みを満面に浮かべるライダーを見て首筋に冷や汗を垂らす。
「おいおい、それってあの野郎、まだ奥の手があるって言うのかよっ!?」
彼らの会話を聞いていたマックは呻き声を上げる。無理もあるまい。この自分達を包囲している大軍勢だけでも気が遠くなりそうだと言うのにそれに加えて更に切り札があると言われれば絶望的にもなる。
尤もメドゥーサはそんなマスターを冷静な声で叱咤する。
「マスター、元より一切の常軌が通用しないのがこの聖杯戦争です。いい加減に覚悟を決めて下さい」
「あの者…私と同郷の英雄か」
ヘラクレスの呟きにイリヤが首を傾げる。
「え、どうしてそんな事が分かるの?」
「…この人間に憑依させた兵達は恐らくあのライダーが生前に率いた軍勢が宝具となって具現したものなのだろうが、彼らの甲冑と装備は皆、古代南東欧…即ち私が生きた時代に使われていた物だ」
ヘラクレスの推察にエミヤは肯く。
「ああ、その推論は恐らく正しいだろう。私も武具の造詣には一家言ある方だからね…」
ヘラクレスはそんなエミヤを見て問う。
「それはそうとアーチャー。貴様は何故ここに?見た所貴様もあの第五次聖杯戦争の記憶があるようだが…」
「それはこちらの台詞だ。お前とてあの戦争の記憶があるようだな。それが何でまたイリヤに召喚された挙句にライダー(メドゥーサ)と行動を共にしている?」
「え?なんでイリヤの名前…」
イリヤが首を傾げて呟くとエミヤはハッとなって顔を顰めた。
「とは言え、そんな事を言っている場合でもないか…。まずはこの状況を切り抜けねば…!」
エミヤの言葉にヘラクレスも肯く。
「然り。ここは共闘せねば切り抜ける事は叶うまい」
「主よ、某も同意見にて」
長政の進言に星羅も肯く。
「そうね。これだけの数に加え宝具(きりふだ)すらまだ切っていない相手だもの。連携するに越した事はないわ」
「至言だな」
「う、うん」
義景と刻羅も肯くが―――。

「ふん!我は御免だ」
呂布はにべもなく即答した。
『え――――ッ!!?』
主に子供達(マック含む)が絶叫し星羅がいの一番に抗議する。
「ちょっとあんたっ!この状況が見えてない程寝呆けてんの!?唯でさえ敵地で多勢に無勢な上にあのライダーは宝具どころか真名すら分かっていない難敵なのよ!おまけに奴の基本パラメーターだって決して低くないどころか、あたし達のサーヴァントにも勝るとも劣らないトップレベルよ!ここはどう考えたって協力するのが最善手でしょうがっ!!」
だが、呂布は鼻を鳴らして一蹴する。
「我を貴公らのような凡百の英霊と同列に見ないで貰えるか?この様な下級サーヴァントモドキが何人いようが如何程の物であるものか。確かにあのライダーも中々の戦者と見えるが、この我に及ぶ程の物でもない」
その傲然とした物言いにナヒと孫策は瞳孔を開いた。
「ほう…大層な自負だな。なら、こっちが凡百かどうか試してみるか?」
ナヒは拳をポキポキと鳴らしながら殺気を呂布へと集約させる。
「おおよ…!それだけでかい口を叩いたなら首を速攻で飛ばされたって文句は言わねえよなあ…ッ!!」
孫策に至っては今にも駆け呂布の喉元を喰い破らんばかりの佇まいだ。
「ちょっとナヒ!落ち着きなさい!!」
「左様だ!孫策殿も落ち着かれよ。それではあちらの思う壺だ!」
凛と劉備が声を上げて諌め、劉備は次に呂布へと視線を移し言った。
「…やはり、今更私と轡を並べる気にはなれぬか?」
それに対し呂布は吐き捨てるように返答する。
「それは貴様の方こそではないのか劉備よ?貴様こそ我のような裏切り続きの男なぞ信用できぬと心中で嘲笑っておるのだろう」
その言葉に劉備は答えず押し黙る。

そも劉備と呂布…。この二人は生前かなりの因縁がある。曹操に鉅野で敗れた呂布は徐州を支配していた劉備を頼って落ち延びたのだが、当の劉備が袁術と戦っている隙に彼の本拠を奪い取り自ら徐州牧を自称し徐州を乗っ取るなど恩知らずとも言える行いをし、劉備も劉備で後に曹操に捕らえられた呂布が自らを手下に加えぬかと提言した際に呂布が丁原と董卓を裏切って殺した事を挙げて曹操を諌めたが故に呂布は結局刑死した。

結論から言ってこの二人の関係性はかなり険悪極まりないと言っても過言ではなく互いに共闘などという文字は本来なら在り得ない間柄なのである。だが…。
「そんな事も言ってはいられないのではないかな?」
嘴を入れて来たのはアンシェルだ。彼は星羅の肩に手を置いて言う。
「このリトル・レディが仰っている事は紛れもない正論だ。殊に呂奉先殿、傷を負い戦闘不能となった自らのマスターを抱えたまま、この軍勢とあのライダー相手に一騎だけで切り抜けられると正気で思うのかね?だとしたら見通しが甘過ぎると言わざるを得ない。自信があるのは結構だが、自信と過信はまるで別物だよ。何よりその過信が君どころかマスターの首をも締める事になる。そうなれば君の聖杯戦争はここまでだ」
その言葉に呂布は無表情ながら歯をギリっと鳴らした。そこへエイダやセイバーも諌めるように声を掛ける。
「彼の言う通りよ。あなたも英雄なら視野を広げて戦況を鑑みるべきではないかしら?」
「俺もマスターの意見に同意だ。あのライダー…如何に三国志において至強を誇る貴公と言えども一筋縄では行かぬ」
更にアンシェルが止めとばかりに続けて言う。
「何より君のマスターは私の旧知だ。一旦力添えをしてくれるのなら悪いようにはしないがね」
その申し出に呂布は苦虫を潰したが如き顔で暫く黙考した後重苦しく口を開いた。
「…此奴が後でどう言うか分からぬが、良いだろう、少なくともこの場を切り抜ける分に限っては貴様らと手を組もう」
呂布はやっとの事でぶっきら棒に承諾した。

「ふん!王にも臣にすら成れぬ匹夫がよく吠える」
一方でライダーは先の呂布の大言を嘲り笑いの元に一蹴した。
「なんだと…!」
ライダーの愚弄に呂布は不穏さが漂う声で凄むが当のライダーはそれを涼風でも受けているかの如く受け流す。
「そう言えば(おれ)の生前にもおったなあ。個人の武を頼みに我を通す事だけは一丁前で物の道理をロクに知らぬばかりか王に礼を尽くす事すら知らぬ痴れ者の悪童(クソガキ)が…。アレも貴様同様自尊心が無駄にでかい道化であった。まるで己一人がおれば戦の趨勢が決すると言わんばかりの不遜なる振る舞い…当然その末路も貴様同様ロクなものではなかったわ」
すると、今度はナヒが呆れたような声で言い返す。
「へっ、よく言うぜ。テメエだって似たり寄ったりじゃねえか。第一、こりゃ俺の感だが、テメエにしたってお世辞にもロクな末路を辿った英雄って柄じゃなさそうだが?」
その言葉にライダーは眉間に僅かな青筋を立てるが、やがて嘆息をついて言う。
「まったく、貴様もつくづく王という尊厳者に対する畏敬がなっておらんようだな、『ナヒ=カノム=トム』よ」
「っ!?テメエ…俺の真名を」
ナヒが鼻白むが、ライダーは鼻を鳴らして言う。
「知っておるも何も貴様のマスターである女童(こむすめ)が口走っておったろうが?ついでにホムンクルスの女童(こむすめ)もな。よもや我が同郷最強の英雄とは、流石の(おれ)も脱帽したわ」
その尤もな返答にナヒばかりかエミヤまでも微妙な目と顔で凛を見て、当の彼女も事の重大さに気づき頭を抱え絶望の咆哮を上げる。
「だあああああああああああああっ!!しっ、しまったああああああああああああああッ!!?」
「り、凛ちゃん…」
コトネが宥めるように声を掛ける。
「あんた、抜け目ないように見えて肝心な所が穴だらけね…」
星羅は呆れが混じった声で息を吐く。
「ああ、まったくね…」
エミヤは諦観と疲労が混じったような声で同意する。
「エミヤさん…なんか疲れた顔になってますよ〜?」
止めとばかりにフランの間伸びした声がエミヤに重く伸し掛った…。
「あー…そう言えばそうだったねえ…」
一方でイリヤは眼を泳がせて“テへ”と誤魔化し笑いをしておりヘラクレスも苦笑を浮かべて嘆息をつく。
だが、ライダーが次に発した言葉に全員が絶句する。
「とは言えだ。別にその女童(こむすめ)共が口を滑らさずとも貴様ら全員の真名なぞ疾うに初めから分かっておったがな」
『!?』
「な、何を出鱈目を…ッ!」
メドゥーサが上擦った声で吐き捨てようとするが、それをライダーは嘲笑を以て一蹴する。
「声が明らかに上擦っておるぞ?ゴルゴンの末妹よ」
「嘘だろう…マジっかよ…!?」
ズバリ真名を言い当てられた事にマックは度肝を抜いた。無論それはメドゥーサも同様で普段は冷静な口元を引き攣らせていた。
一方、ライダーは面白そうに眼前のサーヴァント達を見回して言う。
「しかし、他にも目星い英雄共がおるではないか。中華を席巻した『蜀漢の大徳』に『江東の小覇王』…。更にはこの国で強大な覇を唱えた『第六天魔王』、商人の分際で一国を盗みおった『美濃の蝮』、信義などと言う詰まらん些事で身を滅ぼした『北近江の勇将』、生まれ出る世を間違えた治世の君『越前の御曹司』、インド神話がマハーバーラタに名高い『施しの英雄』、ブリテンの騎士王に末後まで忠節を貫いた『太陽の騎士』とは。よくぞ、これだけの英雄豪傑を揃えた物よなあ…!」
矢継ぎ早に真名を言い当てる彼に信長は怯むどころかまるで面白いものを見るように笑う。
「ほお…随分と博識な事だな」
「義兄上…!そのような事を言っている場合では…!!」
対象的に長政は狼狽を隠せぬ声で諌める。
エイダのセイバーすら端正な顔に汗を一筋流して畏怖を湛えた声を出す。
「本当に我らの真名を全て把握しているとでも言うのか…!?」
すると、ライダーはその問いに嗜虐に満ちた笑みを浮かべて答える。
「ああ、そうとも。当然貴様の真名と背の急所もだぞ。『アルマーニュの竜殺し』ジークフリートよ」
「ッ!?」
途端にエイダのセイバーはこれまで微動だにしなかった端正な貌を大きく歪ませエイダも普段の落ち着いた物腰から一変して眼を大きく見開く。それが如実にライダーの指摘が正解である事を告げていた。それによって他のサーヴァント達も眼を見張るように彼を凝視する。無理もあるまい。何せ彼もヘラクレスに勝るとも劣らない世界的規模の知名度を誇る不死身の大英雄だ。だが、それ故に致命的なまでに弱点が有名過ぎる英雄だからこそこの暴露は致命的でもあった…!
「なんと…!?貴公が彼の悪竜ファヴニールを討ち倒したネーデルラントの王子か…!初めて相見えた時から並みの英雄ではあるまいと思っていたが…」
ヘラクレスも何時になく面貌を驚愕の一文字に染めてエイダのセイバー…ジークフリートを見る。それに対しジークフリートも眼を細めてヘラクレスに言う。
「俺としては貴公が彼のアカイア最強の戦者であった事に驚いている。聖杯戦争の妙とは言え、貴公程の大英雄と巡り会えようとは思わなかった。とは言え、ヘラクレスよ。今は…」
「うむ…」
ジークフリートに促されヘラクレスも眼前の敵であるライダーやそのマスターである胤王と鷹山に集中する。
「うむ。如何に参加枠がここまで膨れ上がった聖杯戦争と言えどこれだけの英雄共が出揃う事など正に天文学的数字よ。中には(おれ)以上の武勇と格を持った英雄までおる」
ライダーは手放しの言葉でそれを認めた。
「へっ!だったら降参するってか?」
ナヒが小馬鹿にしたような笑みを浮かべるが、それをライダーは満面の嘲笑を以て一蹴する。
「たわけ。だから貴様らは匹夫と言うのよ。如何に個の武が優れていようが全ては無駄ァ!無駄ァ!無駄ァ!無駄ァ!無駄―――ァァッ!!個が軍に、国に、王に敵うわけがあるかああああああッ!!ましてここは既に(おれ)の国土も同然よッ!!」
その咆哮と共にライダーの真下から空間が徐々に歪み出した…!
「まさか、エミヤさんと同じ固有結界を…!?」
だが、エミヤはフランの推察に首を横へと振った。
「いや、これは投影魔術…固有空間の類だ…っ!?」
そう言っている間に館内の床は消え失せ代わりに一面の大海原が広がった!
「っ!?皆、儂のソリに!!」
ニコラウスはすぐさま『聖者奔る九馴鹿(レッドノーズ・ルドルフス)』を大船クラスの大きさで召喚し子供達を始めとした友軍のマスター・サーヴァント達を乗せた。凛ら子供達はいずれも息を切らせながらソリの真下を見る。
「嘘でしょ…!?」
凛は唖然と口を開けている。
「水族館だけに海ってどんなトンチよ…!?」
星羅は顔を引き攣らせてソリの真下一面に広がる蒼海を見る。
「魔術って…こんな事もできるの…!?」
正哉は心底驚いた顔で眼をパチクリさせる。
「ふわー!これが海っていうんだー!!」
一方、イリヤは初めて見る光景に半ば眼を輝かせている。
「あっ!お、お姉ちゃん、アレっ!!」
刻羅が怯えた声で指を指しその方向を皆が見た瞬間、全員開いた口が塞がらなかった…!!

「クククク…さあ覚悟は良いか?猛者(つわもの)共よ…ここからが幕間ぞ…!!
さあ!その愚鈍な眼を確と見開き焼き付けるがいいッ!これぞ(おれ)騎乗兵(ライダー)として招かれた由縁!
そして万人を統べる王たる(おれ)の権勢!その名も『我が元に集え英雄達よ(トロイルス)』ッ!!!」
イリヤや凛達の前方には1000隻以上の大艦隊が佇んでいた…!!
「な、なんじゃこりゃああああああああああああああっ!!?」
マックの絶叫が轟く。一方でエミヤは冷静に艦隊を分析し更に開帳された宝具の真名によって、ライダー自身の真名をも既に悟っていた。
「“トロイルス”。その名に加え、古代南東欧の装備に身を包んだ軍勢やこの大艦隊…成る程。彼のトロイア戦争で全ギリシアから勇士を集い纏め上げ自らも前線で武を振るい“王の中の王”とまで称された大英雄であると同時に幾多の女や財宝、凡ゆる物を貪欲に奪い尽くした暴君『ミュケナイの強欲王』アガメムノン…!それが貴様の真名か」
「ふん…然りよ」
ライダー…否、アガメムノンは得意満面の笑みで以て肯定する。
「すると、これがトロイアを沈めた希臘の連合艦隊か…!?赤壁における曹魏の艦隊にも負けぬ規模だ。更に加えて何たる勇壮さか…ッ!」
劉備は生唾を呑み込む。
「へっ!その曹魏を降したウチの水軍にゃ負けるぜ…!」
孫策は強がりを言うが、その顔は明らかに笑ってはいない。だが、それをカルナが指摘し諭す。
「強がりは止せ、小覇王。あちらに人の利と地の利を占められれた。かなり苦しい戦いになる」
確かにカルナの言う通り兵数で上回れた挙句に地の利点をも取られた。戦争において敵を倒すには三倍の兵力が必要と言うが、今現在の彼らの総合的戦闘力はあちらのアガメムノンや鷹山を大きく遥かに上回る。それはアガメムノンの大軍勢を含めたとしても断言できる。だが、地の利を奪われたとあっては話が別だ。戦争において土地を如何に有効活用できるかという点は決して馬鹿にはならない。それが時には寡兵が倍の大軍勢を打ち破る事すら在り得るのだ。まして今回に至っては数においても敵が圧倒的と来ている。どうして侮れようか。
「くっ…!だったらランサー、こっちも軍勢を呼ぶのよ!!確かあんたの宝具も…」
星羅は意気込んで長政を促すが、彼は忸怩たる顔で首を横に振った。
「…主よ。申し訳御座りませぬが、某の軍勢はあくまで陸兵…このような海の戦では機動力が皆無故に足枷にしかなりませぬ」
「っ!それもそうね…」
星羅は口惜しそうに呟きながらも冷静さを保った。
そんな中で信長が皆の前に出る。
「案ずるには及ばん。俺の最強宝具が一つ『天魔降誕・天下布武(ロイヤル・デーモンズ・オブ・ジパング)』には鉄甲船の宝具を保有する九鬼水軍がおる。その者らに掛かればこのような前時代の海軍なぞ骨董品(アンティーク)に等しい」
信長の得意気な笑みに長政も顔を輝かせる。
「流石は義兄上…ッ!!」
「今初めてそなたが救いの神に見えたぞ…!!」
義景すらも感嘆の声を出す。
信長は腰の太刀を引き抜き天に翳すが、やがてその顔を顰めて太刀を鞘に戻した。
「の、信長公?」
和樹が怪訝な声を出し道三も首を傾げて問い掛ける。
「うつけ殿、如何した?」
信長は息をついて徐に答えた。
「…宝具が、いや違うな…固有結界を展開できん」
『ッゥ!?』
全員が絶句し呻く声が響く。それと同時にアガメムノンの不愉快極まりない哄笑がパイプオルガンのように轟く。
「ククク…クアハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハッ!!今頃気づいたか!?マヌケがあッ!島国の覇者よ。貴様の軍勢宝具は固有結界を媒体にして召喚する類の物である事は分かっている。それ故に(おれ)との相性は最低最悪だったな!この固有空間で形成された大海原の波は特殊な波動…音波を常に発している。その音波がぶつかる事で結界系統の魔術を発動する傍から打ち消し阻害しているのよ!さながら水の波紋が別の波紋に打ち消されるが如くなあぁッ!!」
「それじゃあエミヤさんの『無限の剣製(アンリミテッドブレイドワークス)』も、もう使えないって事ですか…!?」
フランの何時にない愕然とした声にエミヤも肯く。
「ああ…そうなるな」
「あの…サンタさん、さっきの吹雪で波を凍らせることってできないんですか?」
コトネが徐にニコラウスに問うが、彼は即座に首を横に捻る。
「流石に儂でもこれだけの大海原を全て凍結させる事はできん。いや、それ以前に君の魔力が保たないどころか命の危険が多分に伴う…」
その返答に凛も肯く。
「確かに…魔力放出のスキルは魔力をバカみたいに消費するってお父様が言ってたのを覚えてる…」
そこへ伯斗も口を挟む。
「ああ、その通りだ。俺ですらランサーの魔力放出を完全に耐え切れる訳ではない。悪い事は言わないから止めておけ」
「ククク…!どうやら手詰まり(チェック)という奴だな。そうとも先程も申したが、如何に個が抜きん出ていようが、貴様らが相対しているは『国』其の物であり、『王』の権勢其の物なのだ。大局という見地に立てば、どう見ても貴様らがジリ貧である事は明々白日。何より我が国土で勝機が億が一にもあると思っておるのか?」
一方、アガメムノンは嬲るような声音と口調で以て嘲笑する。だが、それに対しカルナが悠然と冷たい声を以て返答する。
「なるほど。確かに、それは王として、国家として、至極当然の余裕だろうミュケナイの暴王。お前はこの大海を国土・国家とし、軍勢と艦隊による暴威を王の権勢と称する。その傲岸なまでの過信、苛虐なまでの統治、醜悪なまでの強欲は、さぞお前の玉座を善きに付け悪きに付け、魅力と羨望に憧憬――そして畏怖と憎悪に侮蔑の輝きで彩った事だろう」
「ふん…何を分かりきった事を。と言うよりも太陽神(スーリヤ)の御子よ。それは讃えているのか貶めているのかまるで分からんぞ?」
アガメムノンは憮然とした顔で且つ双眸に凄みを帯びて詰問するが、施しの英雄は一切動じる事はなく淀みのない声でこう続ける。
「別にどちらでもない。そも他人の評価をどう受け取るかなどその当人が決めればいいだけの話でしかない。そもそも、他者からの評や意などを元より省みる貴様ではあるまい、貴様にとって他者とは奪い尽くす対象であって、それ以上でも以下でもない…。貴様はそう言う王だろう」
「…な、何て言うか身も蓋もないわね、あいつ…」
星羅はカルナの辛口に呆れるやら感心するやらと言った声で呟く。
「そ、そうね…」
凛も同様の様子で同意する。
一方、当のアガメムノンはまた鼻を鳴らして傲岸に言う。
「ハッ!またも当然の事を。元より分かっておるなら話が早い。そうよ、(おれ)は常に奪う側であり、貴様らはただ奪われる側でしかない。それを悟っているならば―――「だが」ん?」
しかし、アガメムノンの言を遮ってカルナは神槍の切先を彼の旗艦に向けて悠然と告げる。
「失策だったな、ミュケナイの暴王。オレ達は英霊だ、国を、軍を、王を相手取っても恐れはせん」
その言葉に他のサーヴァント達も戦意を高揚させる。
「応よ。こちとら王に物を申すなんてえのは初めてじゃねえでな!」
ナヒは構えを取って剣呑な視線を浴びせる。
「ふん!元より我は何者にも頭を垂れた覚えはない!!」
呂布も片手で宝具たる戟を握り締めて豪語する。
「貴様が“奪う者”と言うなら俺は“奪われた者”の側となってこの剣を貴様に向けよう。これより先貴様には何一つも奪わせはせん」
ジークフリートは“人類最強の魔剣”を力強く握り締めアガメムノンに絶対的な敵意を向ける。
「へっ!俺は正確にゃ王にはなり損ねたが、それでもその端くれではあるんでな!テメエのようなクソ野郎にやる物なんざ何一つもねえんだよッ!!」
孫策が咆哮した後に劉備も続く。
「まったくだ。王とは“民草に与える者”だ!奪うだけで与える事を知らぬ貴様に王たる資格などありはしないッ!!」
「ハッ!伝承に違わず甘いな、蜀漢の大徳よ。与えるだけでは民が付け上がるだけであろうが。国を隅々まで統べるには管理が肝要だ。そも民草なぞ我ら王の所有物に過ぎん。己の所有物に何かを与えるだと?滑稽な」
アガメムノンはそう一笑に付すが、それに異議を唱えたのは意外にも信長だった。
「ふん、それは貴様の方こそではないか?王とは一人きりで成れるものではないぞ」
「それを貴様が言うか六天魔王?一人で先走った故に臣下(しょゆうぶつ)に手を噛まれた分際で…」
アガメムノンはそう逆に嘲るが、信長は得意気に笑って見せる。
「否定はせん。が、その前の言葉は訂正して貰おうか?」
「なに?」
アガメムノンが不穏な声音で恫喝するのに対し信長も真紅の双眸に視界に入った者を焼き尽くすが如き覇気を宿して一喝する。
臣下(しょゆうぶつ)などではない!!臣下(ほうゆう)だッ!!!」
その覇気はアガメムノンは愚か友軍のサーヴァントやマスター達をも畏怖せしめる程のものであった…!殊にその隣で覇気を間近に受けた和樹はその畏怖と同時に憧憬が灯った眼で信長を見ている。
一方でアガメムノンは再び嘲り声で一蹴しようにも先程の覇気の余韻が残っているのか些か上擦った声を迸らせる。
「は、ハッ…!それこそ喜劇よな。では貴様は友と呼ぶ者に裏切られた事に「上辺だけで我らを語るな」ッ!?」
だが、信長はそれすらも遮って言う。
「希臘の強欲王、貴様は一つ考え違いをしておる。裏切るも何も俺は裏切られてなどはおらん」
『ッ!?』
これにはアガメムノンは愚か友軍のサーヴァント達、あのカルナですら双眸を驚愕で見開く。然も在ろう。彼の生涯の幕閉じは裏切られた以外の何だと言うのか?だが、当の彼は清々しさすら感じられる声音で答える。
「人は誰しも譲れぬ夢を持っておる。それは俺だけではない、あ奴とて然りよ。無論長政もな」
その言葉に長政は些かバツが悪いと言うように眉を顰める。それに信長はニヤリと笑って見せる。そして、再びアガメムノンに向き直り言う。
「あの時、皆それぞれが己の夢を死に物狂い追っておった…ただそれだけの事よ。俺の最後とて単にあ奴の夢と俺の夢がぶつかり合った末の結果でしかない。“裏切り”などという矮小な秤にかけるな、痴れ者が」
「…ッ!ふん、生意気な屁理屈を…!!」
アガメムノンはそう嘲ろうとするも声は明らかに不機嫌で面白くなさそうだった。それを胤王は横で微笑して茶々を入れる。
「ふっ…これは流石の貴方も一本取られましたかな?貴方の場合は明らかに“裏切りの終幕”以外の何物でもありませんからなあ」
「くっ…!僭越が過ぎるそ、胤王…ッ!!」
アガメムノンが怒気を込めて睨むのを胤王は涼しい顔で受け流して詫びる。
「これはご無礼を」
「ふん!まあ良いわ…お陰で興が乗った。幾星霜振りに本気の本気で相手をしてくれよう…ッ!!胤王!それに殺し屋!アレは持って来ているのだろう?出せ」
アガメムノンの意向に胤王は少し眉を顰める。
「それは無論ではありまするが、宜しいのですかな?拙僧としては時期尚早のようにも思えまするが。その上何分今は我らの計画にとっても大事な時期…」
しかし、アガメムノンはそれを遮って更に言い募る。
「たわけ。此奴ら程の英雄を前にして出し惜しみをしてられる余裕が我らにあると思うか?」
すると、鷹山も肯いて同意する。
「俺も同感だ。あのヘラクレスに加えジークフリートに三国志で名を轟かせた英雄共…果てはこの国において最高の知名度を欲しいままにするであろう第六天魔王を筆頭とする武将共が相手じゃどう考えてもこっちの旗色が悪い。その上、次いでに言えば俺のバーサーカーも離反状態だしな。用心に用心を重ねたって過ぎる事はないぜ」
「ふむ。それもまた確かに道理ですな」
胤王も肯き同時に指をパチンと鳴らす。すると、彼らの眼前に数個の棺桶が直立した状態で出現した。やがて蓋が独りでに開いて中身が顕になった瞬間反応したのはイリヤだった。
「え?み、みんな…!?」
その中身は何れも中性的な容貌をした白い銀髪に肌、赤い瞳をした少年達だった…!?
「あ、あれはアインツベルンのホムンクルスか…!?」
エミヤもまた驚きを隠せない面持ちで絶句しているが、それを鷹山が訂正するように付け加える。
「の、盗用品兼改良品だ。本家はとっくにお陀仏してるぜ?ま、他ならねえ俺が殺ったわけだが」
「え?そうなの、イリヤ!?」
凛は眼を見開いてイリヤに問うと彼女は辛そうに目を伏せる。尤も驚愕しているのは凛だけではない。御三家の大御所とも言うべきアインツベルンが滅んだという一報にエミヤを始めフランや和樹なども仰天したように眼を剥いている。
「あのアインツベルンを滅ぼしたですって…!?あのグラサン、何適当なギャグを…」
星羅はそう言うが、ヘラクレスは否定する。
「いや、事実だ…」
「ああ…確かにあの男の戦闘力ならばそれも可能だろうな」
鷹山と直接交戦したエミヤも首を縦に振りながらもその心中には驚愕と疑念が渦巻いていた。

アインツベルンが滅ぼされただと!?一体何の為に…!?いや、それ以前にこうしてアインツベルン製のホムンクルスを鋳造する技術を得ていたという事は初めから彼らと繋がっていたのか?では仲間割れ?だが、その理由は何だ?

「アーチャー、疑問に思う事は確かに多かろうが今はそれどころではない」
ヘラクレスに諭されエミヤもハッとなって思案を打ち切る。
「へっ!けどよ。そのホムンクルスってのを今更並べた所で何になるってんだ?見た感じ俺らどころか野郎が使役してやがる下級サーヴァントもどきにも全然及びやしねえぜ」
孫策は鼻で笑いナヒも同意する。
「だな。ここに来て何の酔狂だ、あの裸の王様はよ?」
だが、そんな二人をジークフリートが諌めた。
「待て。小覇王、アユタヤの闘士、貴公達は先程の我らが倒した兵士達を忘れたか?」
その言葉に二人もハッとなって兵士達の骸が残滓となった傍から普通の人間の姿となった光景を思い出していた。一方、アガメムノンは破顔してジークフリートに話しかける。
「ほう…貴様は気づいたようだな、アルマーニュの竜殺しよ」
「ああ…恐らく貴様の宝具は生前に率いた将兵を亡霊という形で招来し生身の人間に憑依させると言うものなのだろう。そして、そのホムンクルスはその亡霊を憑依させる為の寄り代。いや、この軍勢からして既に…!」
その推察をアガメムノンは哄笑を以てして答えこう続ける。
「中々の名推理ではないか。まあ及第点と言った所だな。確かに俺の軍勢宝具の概要はその通りよ。そして事実として今展開している軍勢にしても九割はアインツベルンの技術で鋳造したホムンクルス共で間違いないとも。ただその名推理も一つ訂正点があるぞ」
「訂正点だと?」
カルナが怪訝な声で問い掛ける。アガメムノンはその様子にますます得意満面という笑みを形作っていく…!
「これらのホムンクルス共は雑兵に使っている寄り代とは一味も二味も違う…言うなれば(おれ)の宝具専用にチューンアップされた特注品(オーダーメイド)なのだ」
「“おーだーめいど”じゃと?はっ、随分とナウい言葉を使うのう…」
道三がおどけて言うのをアルベールも呆れて突っ込む。
「…そういうお前こそ、そんな言葉をどこで覚えてきた?」
しかし、アガメムノンはそれらを無視して言葉を続ける。
「さて、貴様らも既に察しているだろうが…この『我が元に集え英雄達よ(トロイルス)』は(おれ)が生前に総大将を務めた全ギリシア連合軍を亡霊という形で降霊し生身の人間に憑依させて使役するという物だが、(おれ)の忌々しい愚弟や王への忠すら知らんいけ好かぬ悪童(クソガキ)にオデュッセウス、アイアスと言った名のある英雄に限ってはそれに見合うだけの肉体や器を持つ者がおらねば呼び寄せる事叶わん」
その言をエミヤは内心で当然だなと肯く。そも英霊の降霊など一朝一夕で成し遂げられるような類ではないし、まして生身の人間に憑依させるなんて荒業は魔法使いレベルの神秘でも不可能に近い奇跡だ。第一、一廉の英雄に見合う肉体を持つ人間なぞ早々いはしない。中でも彼の“駿足”と謳われた半神半人の大英雄に至っては論外だろう…そう結論づけたが、そこで嫌な方向に思考が至り一気に背筋が凍り付く…!それはエミヤに限らず皆も同様で誰もが愕然とした顔でアガメムノンの前に並び立ったホムンクルス達を見る。
「ククク…!ようやっと気付いたようだな?そう!このホムンクルス共はその英雄共を憑依させる為だけに調整された寄り代だッ!!おまけに一人一人が憑依させるそれぞれの英雄に合わせたカスタマイズが施されておる!これにより(おれ)の宝具はより死角のない完璧な至高品へと昇華されたのだッ!!さあ…!者共よ…幾星霜振りに全ギリシアを束ね統べる王の中の王たるこの(おれ)!このアガメムノンの御前に集ええええええええええええいッ!!!」
アガメムノンの咆哮が轟くのと同じく凄まじい魔力の渦が発生し彼の前に並び立つホムンクルス達に次々と纏わりついて、その儚げでか細い容貌を精悍且つ屈強な戦士のそれへと変えていく…!
そして、サーヴァントの召喚にも似た余波が轟き全てが収まった後…アガメムノンの眼前には紛う事なき勇士達が立っていた―――!!
彼らを肉眼で捉えたサーヴァント達は何れも戦慄に顔を歪めている。無理もない。一目で彼らには分かってしまった、理解してしまった。彼らは亡霊と言えども紛う事なき『英雄』の格を持った猛者達であると…!!
「これが貴様ら匹夫が持ち得ぬ『真の王』の格という奴だ。如何なる勇士をも服従させる王器ッ!!その重みをその身に直接刻み込んでくれようッ!!」
アガメムノンは得意満面の哄笑を上げるが、ナヒや孫策が彼の前に並び立つ勇士達を見て怪訝に顔を顰める。
「あいつら…っ?」
「どうした、二人共?」
劉備の問い掛けに孫策が胸糞が悪そうな顔で答えた。
「あの連中、確かにさっきの連中とは比べ物にならねえ…それこそ俺達にも引けを取らねえ武勇を感じる事は感じるんだけどよ…!それ以前にあいつらからは“魂”と“誇り”が微塵も感じられねえ…ッ!!」
孫策が半ば怒りに滾った声で吐き捨てる。
彼の言うように成る程。特別性のホムンクルスを寄り代にして現世に招かれた勇士達の眼には英雄が持つべき覇気が、鮮烈なる輝きがまるで灯ってはおらず文字通り“屍人”の如き仄暗い光しかなかった…!
一方、アガメムノンはそれを嘲笑を以て答えた。
「ハハッハハハァッ!それは当然であろう!(おれ)の宝具はあくまで亡霊を降霊する物だ。凡そ我ら本物の英霊(サーヴァント)が持つ余分な自我なぞ持っておる道理などありはしないッ!だが、自我はなくとも戦闘力やスキル自体はオリジナルとほぼ大差はないぞ?宝具自体も制限付きではあるが使用は可能だ。それでいて(おれ)の命令には絶対服従であるのだから我ながらこれ程気持ちの良い宝具はないッ!!」
恥じ気もなくのたまうアガメムノンに何れも憤懣やるせないという顔で彼を睨む。
「う〜〜〜ッ!!イリヤあいつ嫌い!!」
イリヤはストレートにのたまい凛も肯く。
「私も同感よ、イリヤ。ま、綺礼程じゃないけど」
その言葉にエミヤは思わず苦笑を浮かべて内心で独白する。
(相も変わらずな言い様だな、()マスター…。まあ私も否定はしないがね)
「イリヤ…!私も君と同じ気持ちだ。迅鷹山にしてもそうだが、あ奴は生かして帰す事能わぬ…!!安心してくれ、あの者の首は私が撥ねるッ!!」
ヘラクレスも静かな怒気を発する。
「了解だ、マスター。オーダーはあの糞王をぶっ飛ばして鮫の餌にするで間違いねえな」
ナヒも拳をパキパキと鳴らして臨戦態勢に入る。
「応よ…!この野郎は俺達英雄全ての敵だ。あれだけの武を誇る連中をあの野郎が好き勝手に従えてるってだけで我慢がならねえッ!!」
孫策は特に憤怒の形相で今にも眼で殺さんばかりの殺気を噴出させる。
一方でカルナは相も変わらず冷淡な顔色で暴王の傀儡となった勇士達を睥睨している。
「矜持は愚か最低限の尊厳すら剥奪され、唯殺戮を為すだけの屍人と化したか。ならばお前達は既に英雄ではないどころか剣や槍ですらない。一切の未練を残さず、疾く消え去るがいい亡霊共」
そんな彼の物言いを道三は嘆息をついて言う。
「そなた、つくづく口下手よなあ…。素直に“そのような姿は見るに忍びないから今解放してやる”と述べれば良いものを…。まあ、儂もそなたの意見に大賛成じゃがのう」
ジークフリートもそんな彼らに肯き眼下の大艦隊を睨む。
「そうだな。それがせめてもの―――エイダ、魔力を回してくれ。こうして真名が暴露された以上出し惜しみをする意味がない」
「ええ、そうね」
エイダも肯き、マスターの許可を得たジークフリートは己の宝具である大剣を天へと翳す。その瞬間に大剣の鍔の中心部に位置する青い宝玉から魔力が黄昏の光となって徐々に溢れ出して行く…!
「ほう?思い切ったな、アルマーニュの竜殺しよ。だが、戦はまだ序盤ぞ。最初からそれは飛ばし過ぎではないか?ん?」
アガメムノンの嬲るような声にジークフリートは決然と否定する。
「寧ろ遅いくらいだ強欲王。貴様の如き奸賊は早々に討ち果たす…!!」
ジークフリートの決意を象徴するかの如く青い宝玉から溢れ出た黄昏の光が刀身を伝って天へと拡がっていく。
「うわー、きれーい…!」
イリヤはジークフリートの剣から溢れ出る幻想的な風情を漂わせる黄昏の光に眼を輝かせる。一方でヘラクレスはその光から滲み出る驚異的な魔力の波動に身体を慄わせている。
「これが『竜殺しの魔剣』…騎士王の聖剣にも比肩する力を確と感ずる…!!」
「ええ…!これは対軍宝具の枠には収まらない、間違いなく対城宝具クラスの一撃でしょう」
メドゥーサもその眩い閃光を畏怖するかのように目元を腕で覆っている。
「ハッ!そうでなくっちゃだぜッ!!」
鷹山は自分達こそがその閃光に焼かれようとしているにも拘らず凶悪な笑みを崩していない。
「こんな時にも拘らず貴殿は相変わらずですな」
胤王は半ば呆れた声で嘆息を付く。
「ふん、そう言う貴様とて顔にまるで緊張感がないぞ?」
アガメムノンは吐き捨てるように指摘するが、そう言う彼の顔とて焦燥の色は皆無であるどころか悠然且つ傲岸な余裕が在りありと顕在であった。

一方でジークフリート自身も宝具を解放する間際ながら嫌な予感が拭えなかった。己が持つ魔剣は間違いなく一撃必殺足り得る最強の宝具であると自負しているが、それでもってアガメムノンを一撃で仕留められるかと言われれば不安が残った。考えれば当然だろう。何せ向こうには仮初とは言え稀代の英傑達が揃い踏みしているのだ。万一という可能性は十二分に在り得る…!
だが、例えこの一撃でアガメムノンを討ち果たせずとも彼の軍勢の大部分を確実に削り取れるはずだという自信がジークフリートにはあったし、その心算は客観的に見ても間違いではあるまい。何せ彼がこれから振るうはヘラクレスも言ったようにブリテンの騎士王が持つ『人類最強の聖剣』と双璧を為し得る『人類最強の魔剣』だ。どう考えたとて、これを喰らって敵が何のダメージも被らないはずがない。

元より迷っていた所で戦況は好転しない。鬼が出るか蛇が出るか―――!

ジークフリートは迷いを振り払い今こそ己の最強宝具を眼前の艦隊目掛けて振り上げた―――!

「『運命魔剣・天魔破滅(バルムンク・グラム)』―――ッ!!!」

嘗て悪竜を屠った太陽の魔剣が織り成す黄昏の輝がミュケナイの強欲王と全ギリシアの勇士達へと降り注いだ…!!



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