SFGP ブラックオプス


何故自分はここにいるのだと彼は自問した。自らの意思で肉体的にも精神的にも過酷な選抜試験を必要とする部隊に志願するだけあって、国防に身を捧げる覚悟は生半可ではなかったが、流石に今のような状況は想定外だった。


今では中華連合の領土となった亡国(旧朝鮮民主主義人民共和国)の領域内で長期潜入任務につくとは夢にも思っていなかった。海上自衛隊に次いで特殊部隊を発足させた陸上自衛隊の誇る精鋭(特殊作戦群)の一員であれ、異国の地でひそかに活動する日が来るとは予想だにしていないことだった。


仮に捕虜となった場合、確実に愉快でない出来事が待ち受けているかと思うと思わず愚痴をこぼしそうになってしまうが、その衝動をぐっと堪える。そんな不平不満を述べている暇があるほど、今の状況はゆとりのあるものではなかった。明確に差し迫った脅威(約1000発にも達する弾道ミサイル)が日本に降り注ごうという時にのんびりしていられるはずもない。


中華連合による弾道ミサイル攻撃、日本政府は冷静にそれが起こりうる悪夢であると予想していた。有力な後方拠点たる自国がアメリカ合衆国のバックアップを最大限行うと表明した以上、攻撃対象となるのは自明の理だ。その理解のもと、特に警戒したのが十数年来に渡る脅威(弾道ミサイル)である。中でも位置的に日本に近く、大量の弾道ミサイルを保有する半島北部の動向に気を払っていた。


その危惧は正しく、半島からの弾道ミサイル攻撃を示す証拠が大量に確認された。弾道ミサイル攻撃が確実に実施されるといっても、日本政府は動じなかった。
正しく脅威であると認識していたが、弾道ミサイル防衛構想は実用に耐える段階に達しており、飛来する弾道ミサイルを未然に撃墜する自信を十二分にもっていたためだ。


とはいえ、人間は安全を求める生き物である。弾道ミサイルを撃墜する自信を有していても、日本政府はさらなる安全を欲した。自国を射程に収める弾道ミサイルの発射が秒読みとなり、核弾頭こそないにせよ弾道ミサイルに生物化学兵器(BC兵器)が搭載されている恐れがあるとなれば安全を過剰なまでに求めるのは不思議ではない。


さらなる安全を実現するために日本政府は、特殊作戦群を旧朝鮮民主主義人民共和国に長期潜入させることを極秘に決定していた。弾道ミサイル攻撃が実行された場合、米韓が合同で発射機の無力化を空爆で行い、攻撃目標の発見のために特殊部隊を投入するとアメリカおよび太平洋諸国連邦(というよりアメリカ合衆国)は確約したが、その言葉だけで安心することは出来なかった。


空爆の参加は見送ったものの、自国の特殊部隊を弾道ミサイルの地上捜索に投入することで日本政府へは安全を得ようとしたのだ。あるいは、安心感をえようとしたのかもしれない。


こういった経緯で慣れ親しんだ習志野駐屯地を離れ、特殊作戦群隊員の彼は、異国の地に足を踏み入れていた。この作戦のために特殊作戦群は2個小隊を送り込んでおり、弾道ミサイルのあると予測される全く別々の地域で捜索活動にそれぞれ当たっていた。


もう1つの小隊は海路ーアメリカ海軍から給与された小型潜水艇で海上自衛隊のそうりゅう型潜水艦から侵入したと噂されるーで侵入しており、一方彼の小隊は那覇から空路で侵入した。この種の特殊作戦を行う能力を持つアメリカ空軍のCV-22オスプレイに搭乗し、低空飛行でレーダーを避けながら夜陰に乗じ侵入するのは中々得難い体験だった。


しかも侵入したのは、米韓合同特殊部隊よりも早い。あろうことか中華連合が宣戦布告を下す前である。本格的な捜索活動にGOサインが下されたのは、尖閣諸島海域を強奪されてからだが、この事実が発覚した場合、内閣総辞職が起きても不思議ではない。この事実だけでどれほど日本政府が安全を求めようとしたかが推し量れようというものだ。


特殊作戦群の小隊が侵入してから着手したのは、拠点(ベースキャンプ)の作成である。敵国の領域内で長期活動する以上、休息のためにも活動拠点を設けなければならない。勿論敵に悟られないよう入念に偽造(カモフラージュ)しなけばならないし、万一発見された時に備え簡単に放棄できるものでなければいけない。


拠点(ベースキャンプ)の構築を終えてからは、歩哨を除き長らく待機(ひきこもり)していたが、中華連合が宣戦布告がしてからは弾道ミサイルの捜索活動を展開していた。捜索は小隊よりも小さい分隊単位に分かれた上で行われ、休息の必要性から2交代制のローテションを組んで行われている。1つの捜索にかける時間は、8時間。


2等陸曹である彼も部下3名を率い、4人編成の1個分隊で弾道ミサイルの捜索を懸命に行っていた所だ。弾道ミサイルを空爆で無害なものに変えることはできるが、そのためには当然だが所在を突き止めなければならない。そして衛星技術が発達した現在でさえ、巧妙に隠蔽された弾道ミサイルの発射車両を発見することは困難と言わざるを得ない。


そのため、弾道ミサイルを発見するために最も有効な手は、肉眼で確認することだ。湾岸戦争で得た教訓の1つ(スカッド・ハント)だ。若干の不平を抱きながらも、弾道ミサイルの所在確認という任務の重要性から捜索自体は真剣に行っていたものの、今回の捜索も不発かと思ったとき、ようやく目的のものを発見することに成功した。


茂みに伏せながら見つめる先には探し求めていたものが確かに存在していた-ノドンミサイルのTEL(移動式発射車両)。捜索が始まり3日、彼の分隊が初めて弾道ミサイルの発見に成功した。


TEL(移動式発射車両)は、自然物を使って隠蔽されていたが、ノドンミサイルの発射機であることは誤魔化しようがなかった。


弾道ミサイルを発見したからといって即座にその報を知らせず、さらなる偵察を彼は優先した。課せられた任務は、航空攻撃の誘導も含まれている。ノドンミサイルの発射機周辺には警備兵が展開しており、航空攻撃で共に全滅してくれるならば願ってもないことだ。


とはいえ、全滅するとは限らない上に付近には大部隊が控えている可能性もある。航空攻撃を誘導したものがいると勘付かれれば、追撃を受ける可能性もある。
映画で描かれたよう(ローンサバイバー)に特殊部隊といえど、大群の前では無力でしかない。


追撃によって全滅する悪夢を避けるために、警備状況の確認をなによりも重視した。


仔細に観察する限り、恐らく空爆を仕掛けても問題はないだろうと2等陸曹は判断する。敵の警備兵の練度は見るからに低く空爆を受けた場合追撃に移る恐れはまずないと見ていい。追撃を受けたことを想定した脱出路も今いる場所から何通りか立案済みだ。


傍の部下を振り返り、やるぞとアイコンタクトで示す。基本的に部下と分隊長との格好に大差はなく、通常の森林迷彩の施された戦闘服をともに身につけ、同じように防弾ヘルメットを被っている。顔面にドーランを塗布しているのも共通していた。


ただし、迷彩服には階級章や部隊章、ネームプレートの類が一切見られないのが奇異といえなくもない。特殊任務につくものならではの措置で、普通の自衛官がおいそれと行えるものではない。また防弾ヘルメットも88鉄帽(てつぼう・てっぱち)ではなく、エアフレーム戦闘ヘルメットというアメリカ合衆国製の防弾ヘルメットのシリーズに含まれるものだった。製造元は、クレイ・プレシジョン。


ヘルメットと同じく所持している銃火器も国産ではなく、M4アサルトカービンだった。全員の銃身にサプレッサー(サイレンサーの正式名)が固定されており、部下の1人は銃身直下にM203グレネードランチャーを取り付けている。スリングも装備している。国産の装備ではなく外国産の装備で身を固めているが、別に珍しいことではない。過酷な任務に投入される特殊部隊である以上、その装備は必然通常部隊よりも高価なもものになり、また特殊部隊の性質に合致することが条件だが、外国産の装備を特殊部隊に配備することは普通に行われている。


唯一1名が89式小銃を装備していた。この任務のために特殊作戦群に合流した普通科隊員であり、使い慣れた銃を選択した結果だった。この3等陸曹は、火力誘導員の有資格者だ。つまり航空攻撃を誘導する役割を担う存在である。航空攻撃の成否を握る存在といっていい。


火力誘導員の資格を保有する者が隊内にわずかしかいなかったため、通常の普通科部隊から火力誘導員の資格保持者を提供してもらった産物だ。


89式小銃にもサプレッサーが取り付けられており、89式小銃用にスイスのB&Tという銃器メーカーが開発したものだった。フラッシュサプレッサーとサウンドサプレッサーを両立させた優れものだが、件の隊員が私費で購入したものだ。


基本的に照準器の類を始め、銃の付属品を欲するなら私物で購入しなければならないのが自衛隊流となる。


サイドアームとしてH&Kの9mm自動拳銃を携行しており、レッグホルスターに格納している。


野外で長距離偵察を行うため、少しでも身軽になるべく迷彩服の上にタクティカルベストや防弾装備というかさばる装備は纏っていなかった。必要な装備品の運搬に用いる背嚢も拠点(ベースキャンプ)に保管したままだ。


メディカルキットや予備弾倉を納める弾納(マガジンポーチ)、水筒はサスペンダー付きの弾帯に装着する形で携行しており、陸上自衛隊の極々一般的なスタイルを取っていた。食料は、弾帯に取り付けたダンプポーチや2名が運搬を担う雑嚢<ひもの調節により、ショルダータイプではなくリュックサック型に変更済み>に携行している。


水に反応する化学発火剤を利用した陸上自衛隊正式の戦闘糧食(インスタント食品)のみならず、カロリーメイトなどの菓子類やスポーツ飲料も中に含んでいるのは公然の秘密だ。


そんな完全武装の部下の姿に頼もしさを感じながらも、2等陸曹は果たすべき仕事を果たしていく。まず、通信兵の役割を果たす部下を通じて拠点(ベースキャンプ)に発見の報を彼は伝えた。そこから最寄りの航空機に空爆が行われるよう更なる要請が出される。衛星通信システムを採用しているため、傍受される恐れはほぼない。


「CP、こちらパパマイク。目標ロメオを発見した。これより詳細な位置座標を転送する。」


「パパマイク、こちらCP。パパマイクはその場で待機。現在空爆要請を出している。そのまま空爆の誘導に当たれ。」


「CP、こちらパパマイク。了解した。」


「パパマイク、こちらCP。韓国空軍のF-15Eが空爆を行う。侵入方向は北から、到達時間は15分後。共同で目標ロメオを破壊せよ。」


「CP、こちらパパマイク。了解、航空攻撃の誘導に着手する。」


「韓国空軍のストライクイーグルが空爆を仕掛けるそうだ。進入方向は北側、15分後に到着する。誘導に問題はないか?言語的な問題があるなら今言ってくれると助かる。」


通信を終えるや否や、火力誘導員の3等陸曹に声をかける。航空攻撃の誘導というと、レーザー照準器を使って空対地ミサイルや誘導爆弾を目標に命中するよう地上から誘導すると思われがちだが、それだけではなく、地上から通信で誘導する必要もある。


つまり韓国人のパイロットと話せなければ仕事にならない。


「問題ありません、ハングルもこの任務に際して座学で学んでますし、航空軍事用語は基本英語です。会話は問題なくできるかと。」


3等陸曹は、そう手を動かしながら返した。携行しているレーザー照準器をいつでも使用可能にするための前準備とあっては、咎めるわけにはいかなかった。


それから暫く。英語を用いた会話が衛星通信機を介して行われていた。会話を相互に行っているのは、火力誘導員と韓国空軍のパイロットである。意思疎通はなんら問題なく交わされており、ノドンミサイルの元に破壊をもたらす使者は着実に誘導されていた。


やがて告げられていた侵入方向ー北の方角から耳障りな轟音が近づいてくるのを聴覚がとらえた。 それは、韓国がライセンス生産したプラットアンドホイットニーのFー100系列のエンジン特有の音。破壊の使者、韓国空軍のF-15Kがいよいよ飛来したのである。


流石にこの場に及んでは中華連合、というより旧朝鮮民主主義人民共和国の兵士たちも活発に動き出した。TEL(移動式発射車両)のエンジンを起動させ、大急ぎで退避させようとするがもう遅い。


「レーザー誘導を開始。」


3等陸曹は、レーザー照準器を構え、確実にTEL<移動式発射車両》に誘導用レーザーを照射する。あとはこのレーザーに誘導され、空対地ミサイルもしくは精密誘導爆弾が破滅をもたらすだけである。


レーザーが照射された直後、上空を飛ぶF-15Kのパイロットは、ハードポイントから致命的な破壊をもたらす兵器を解放した。空対地ミサイル。翼から解き放たれた鋼鉄の鏃は、誘導レーザーの軌跡を忠実にたどりノドンミサイルめがけ一目散に進んだ。


狙い誤ることなく、空対地ミサイルはTEL(移動式発射車両)に降り注いだ。接触するや否や信管が作動し、弾頭に搭載された高性能爆薬の秘めた威力を 存分に発揮した。


閃光。爆風。猛火。それらが混ざり合った爆発がTEL
(移動式発射車両)
を中心に発生し、ノドンミサイルを完全に爆散せしめた。勿論、周辺にいた歩哨もただではすまず、断末魔や苦痛を示す叫び声の盛大なコーラスが生じていた。


「・・・・・。ノドンの破壊を確認した。離脱する。」


陸上自衛隊の誇る特殊作戦群の精鋭をはじめ、陸上自衛官たちはしばし呆然としていた。理解して行ったとはいえ、自らがもたらした破壊の惨禍に誰もが心を奪われてしまったのだ。そのなかでもいち早く現実に戻ったのは、やはり分隊長の2等陸曹であった。


彼に促され、彼らは迅速かつ静かにその場を離脱していった。その離脱は見事の一言につき、誰も気づくものはいなかった。仮にいたとしても追撃する余裕などなかった。


この一件のみならず、隠密潜入した特殊作戦群は以降もノドンミサイルの破壊に活躍。この一連の作戦が公開されることはなかったが、日本の安全保障に貢献した。




あとがき

この話の作中解説を次話として投稿しています。かなりくだけた文となり、また自衛隊についてもやや批判的にも思える内容が出てきますが、自衛隊に対するいかなる政治的意図もありません。
軍事方面の知識について誤りがあった場合はお詫びのほどを。



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