ユニットより伝達。コミュニケータへと接続。
対象コミュニケータはリンク共振を使用。ナノマシンネットワーク網構築体。有機生命体と判断し身体情報をリンク。
異常症状を確認。歴史進行を脳内認識より転移し、アーカイブに保存。
存在影響の項目に該当を確認。項目1浸食を確認。キャンセラーの是非を問う。
諾
ネルガル月ドックは喧騒にあふれていた。
隠された秘匿ドックに運ばれてきたものと、それを運んできた人材がありえないこと。
ドック内部に彼らの侵入、訪問を許したこと自体が喧騒の原因だった。
「ネルガル月ドック所長、エリナ金城ウォン。」
「連合宇宙軍少佐、ナデシコB艦長のホシノルリです。」
ユーチャリスは隙なく対空砲を彼らに向け、照準を当てている。
指示を出すラピスからみれば、正規の手続きを経て非公式任務を与えられたのはどうでもよい。
だが、預けられる物体を運んできたホシノルリという存在が、あまり好きではなかったのだ。
ブリッジのシートは鏃型に配置され、ラピスは先端部分、アキトはラピスの後ろにある艦長席に座っていた。
晴れがましい任務とやらであるが、二人にとっては周遊していればいいという単純任務だ。
唯うろうろするのは、どの戦艦でもできる。
だが、ボソンジャンプを使いこなし隠密に行動する。
コードネームは秘匿され、緊急時にしか使用されない。
ユーチャリスと一企業であるネルガルに下されたのは、政府直接命令。
遺跡の秘匿任務だった。
「業腹ですが、命令には従います。手続き確認を。」
ウインドウがエリナに渡される。ファイルには駐留されたナデシコCからここに進入する行程リストがある。
秘匿ドックはシャクヤクが散った区画に建設され、一部シャクヤクの資材を使用して建造されたのがユーチャリスだ。
ここに入るのにもセキュリティーが敷かれ、バッタや自動化エステが警備を行っている。
シークレットサービスの本拠地もここに置かれ、スペシャリストが要塞としての機能を維持していた。
ナデシコCの一団はエステバリス2機で搬入、3機で警備を行ってここまでやってきた。
目隠しをして運ばれた後、運輸隔壁と昇降機構で、だ。
「正規手順を確認。IFSと脳細胞活動からここに来るまでアイマスクは取らなかったようね。」
懸命だわとこぼし、ここを記憶しないようにした手順が踏まれたことを安心する。
「もっとも、ここにあるのですから、私には無用のことだったのでは。」
「いえ、ここの防御はあの子とイネスの合作よ。無駄なことはしないことね。」
ドック内部システムはナデシコCの電子攻撃でも一時間は耐え切れる。
これは仕様書に書いたことだが、ロジックではなくフィジックに作られた防壁であるために断定は出来ない。
イネスとラピスろアキトの合作として、人間と機械の持つ論理防壁と人間の持つ恣意防壁を組み合わせたものだ。
ナデシコBのデバイスでは進入が不可能で、強力なナデシコCで持ってもソフト面から防壁設定が成されている。
「そういうことにしておきましょう。」
エステバリスがユーチャリスの資材昇降機に遺跡を載せた。
バッタとイネスが接続手順を開始する。
ユーチャリスが研究施設として、護衛システムとして宇宙を周遊することになったいきさつの一幕である。
「ひまだ。」
「ひまだね。」
「だっこー。」
「よっ。ラピス重くなったか。」
「成長中。」
ユーチャリスは地球の公転軌道にのって、地球から太陽を中心とした対岸を航行していた。
火星へとジャンプして、地球公転軌道へと通常航行を行って二ヶ月。通信から最新のエンタメや歌は得られる。
だが、基本としてふたりはそのような世俗に染まったことはしなかった。
日がな一日を音楽に費やしてみたり、戦略シュミレーションをしたり、
エステを実際に動かしてバッタ相手に戦闘訓練を行うという日常。
戦いに身をやつしてからアキトは瞬発的な集中能力で、学習と体得を行ってきた。
だが、ここに来て切り替えをするようにして、緩めるときは緩め。集中するときは集中するようにしていた。
テラフォーミング空間を作るユニットを作って、ユーチャリスは改装を行い一部機能拡張が行われた。
特徴的な艦首は大きくなり、下部は兵装や兵糧備蓄として。
上部は環境ユニットを有している研究設備と、カタパルト機構を有したものとなっている。
有害な量の紫外線と赤外線を遮断して、縦50メートル横25メートルの大地に二人はいた。
ネルガルの提案するメンタルケア商品として、軍やその筋の研究施設に売り込もうとしてうる物で、
少ないながら木が生い茂り、下草が萌え、畑が小さいながらもある。
小さい一軒屋が作られ、ユーチャリスにいる必要がなければ、二人はこちらに住み込んでいた。
遺跡護送がユーチャリスの任務だが、宇宙船一隻を宇宙で捕らえるのが難しいこと。
さらに、隠密作業をこなしてジャンプすら使う船なので発見は肉眼ではたやすい外装だと言うのに、見つかっていない。
だからこそ、モニターとしてのコロニー艦を接続してのんびりしているのだ。
ラピスを抱き上げて、肉付きがよくなっている事に気づく。
はじめてあったときは、あばら骨が浮き出てがりがり。
生気のない目をしていたが、この生活を始めて表情がふえた。
さらに、体も実年齢に追いつこうと、成長痛をともないながら大きくなり始めていた。
「がりがりだったのが、ふにふにになってる。成長中か。」
「はい、成長中。」
元気よく返すラピスに笑みが浮かぶ。二人して笑ってみた。
航行で出会うのは何も無い。
地球の公転軌道上を追走しているので、精々天体観測や植物の育成具合を見るのみ。
一匹のネコ型のアンドロイドが艦にいて、オモイカネ端末として機能。
二人を補佐していた。
ラピスを床に下ろして、息をつくアキト。
大人よりは軽く、子供とも変わらないが、通常生活で持ち上げることの無い重さだった。
ラピスはふと何かを気にするしぐさをしていた。
アキトはそれを不思議に見て、唐突なウインドウ通信を受けた。
『艦内にボース粒子反応、アキト、ラピス。遺跡が。』
ウインドウが展開して、一匹のネコが二人に注意を促す。
艦全体に青い霞が掛かっている。メガネの補正機能が掛かっても、もやなどの錯覚でないことは明らか。
「ラピス、つかまれ。」
「うん。」
ボース粒子の活性化を確認。
ラピスを抱きしめてもしもの場合のイメージングを行う。
青い霞が光を放ち、ウインドウの音声がゆがんで聞こえた。
『リュウ、がこね とをし ます ない に そう かん かく ん。』
次の瞬間、ユーチャリスは航行を継続していた。地球との終わらない航海を続けた。
変わったのは、艦内部の人間二人がその場で倒れているだけだった。
「アキト。」
「ラピスか。」
アキトはバイザーがはがれていることに気づいた。
しかし、手に抱いていたラピスの感覚はそのままに、視界に彼女を捕らえた。
捕らえたのだ。
「ラピス、か。」
疑問視を確実なものにすべくほっぺたを触った。
「うん。」
ぷにぷに。
人としての肌。引っ張ってみれば痛がってみて、撫でてみれば照れてみて。
しかし、感覚が存在することの違和感が強い。
テンカワアキトの五感は磨耗している。IFS補助脳の肥大化後、神経は圧迫によって回復できなかった。
全体の7割として復活したが、感覚の俊敏は高くない。
ラピスをおろして周りをみわたす。ユーチャリス艦内から移動していない。
「イメージングはどこに。」
「月ドッグ内の部屋だ。でも、キャンセルされたのか、如何なのか。
ブリッジに行こう。」
「うん。」
ラピスを再び抱き上げて、ブリッジへと向かうことにした。
端末であるネコ、明星からの通信はつながっていない。ウインドウが表示されて状況を報告していた。
途切れ途切れの言葉に、ボース粒子と何かを確認していたと聞き取れた。
だが、イメージングの集中が明星の言葉をけしていた。
「明星に尋ねるか。現状がわからん。」
「ウインドウコネクト。艦内チェックを開始した。」
ラピスが胸のなかでウインドウを表示して艦内を示す。
コロニーブロック、研究とドックブロック、倉庫ブロック、居住ブロック、エンジンブロック。
全てが灰色で、赤、緑へと変わってゆく。
「研究ブロックにて損傷有り。ほかは異常なし。」
「そうか。」
ブリッジに入り、明星の姿を探す。バッタAIの派生から生まれた、インターフェイスロボ、明星。
だが、ネコの姿はない。
「明星がいない。」
艦は正常航行を続けていることを伝える。
システムは正常、変化は研究ブロックのみだ。
「アキト、研究ブロックに行ってみよう。」
「ああ。」
再び抱き上げてみる。小柄な体だが、抱き上げて気づく。
成長している。
小柄なのは変わらないが、先ほど抱き上げたより大きくなっているのは気のせいなのか。
「いや、それはないな。」
アキトはラピスを抱き上げて、研究ブロックに続くエレベータへとむかった。
コロニーブロックからもエレベータを使用していたが、抱き上げたままだと体温が余計に近い。
ラピスの髪の毛から香りが匂い、彼女のベッドに染み付いた体臭とまったく同じものをかんじる。
だが、どうしても気になる。
(やっぱり大きくなっていないか。)
隔壁が開き、研究ブロックへと小走りに向かう。
ウインドウで内部カメラ映像は表示されない、ラピスの言葉とおりに捕らえて向かった。
隔壁を開く。
内部にはいり、ラピスを抱き上げたままでアキトは目の前の空間に言葉がでなかった。
「寒いね。」
ラピスが寒さに抱きついてきて、アキトは我に返って状況を認識した。
「なんだこれは。」
ユーチャリス艦内が、遺跡ユニットの安置された、幾何学模様に彩られていた。
金属の色は鈍く、本来あったパネルの面影は無い。
「おりる。」
「ああ。」
ラピスをおろして、再びラピスの変化に気づく。
服は変わらないが、やはり身長が伸びて大きくなっているのだ。
「ラピス、大きくなってないか。」
「そうかな、いつもどおりだよ。」
変わらずに行って、遺跡の演算ユニットへと二人で向かう。
ウインドウを表示して、イネスの用意した調査モジュールで検査を開始。
幸いにして、天井に接続された検査機器は機能を失わずにいた。
そこには自分よりも年齢を重ねたラピスがいた。
自分を夫として迎える、料理をするラピスがいた。長い棒状の武器を持って相対するラピスがいた。
連合宇宙軍の仕官服を着たラピスがいた。胎に児を宿し、自分の子だというラピスがいた。
ラピスらぴすらぴすらぴすらぴすらぴすらぴす
全てがラピスラズリで間違いがなかった。リンクは正常につながり、リンク開放のノッキングも正常。
ラピスからの意思すらも全て同じ”色”を持っていた。
「ラピス。」
『なに?』
つながりえる全てのラピスラズリからの返答が唱和する。
煩悶する音叉が脳内で響き、ラピスラズリの声にあらざる意思の振動。
それは、脳内を揺さぶり、どれがラピスラズリであるのかを、判らなくする。
「リンク正常。ノッキングも。霜月からの最後の通信を想定復元。」
補助脳ネットワークにインストールされたツールに接続。
最後の言葉を復元する。
「艦ないに、位相空間が展開ちゅ、ぼそんりゅうの膨張しゅうしゅをかくに。」
はたと気づく。位相空間と、観測からの分岐。平行世界。
「ラピス。」
『なに。』
そう、全てリンクがつながる平行世界のラピスラズリこそが、つながるラピスラズリの正体だった。
「ラピス。」
呼ぶ。肉声をもって、彼女を。
「ラピス。」
呼ぶ。位相空間に巻き込まれたのは平行世界かわからぬが、外世界へと接続するためだ。
ボース粒子が遅延波と先進波に干渉されぬものなら、可能性として存在する平行世界へも繋げられる。
だが、ラピスは自分と同じように、世界から異世界へと位相を変えられた。
ならば、肉声でよび、リンクで呼ぶ。
リンクだけでは並列した世界へも同時接続しているのだ。
「アキト。」
ほんのりと、怯えに色づくラピスの声が、リンクと肉声で伝わってきた。
わずかに残った聴覚が拾える声は、小さくとも精一杯の大声を張らなくては聞こえない。
「おいで。」
「ほんとに、アキト?」
近づいてくる透明な影。光学障壁か何か、ゆがみが彼女の形を作る。
「ああ。」
その影を抱きしめ、おでこらしきに、自分のおでこをくっつけ、リンクノックを行う。
「アキト、だよね。」
「そうだ。ラピス。」
影が消え、ラピスが現れた。接触したおでこはそのままに、二人してちゅーするくらいの距離だった。
ラピスを抱きかかえて、二人で離さないようにする。
リンクの回復。五感は相変らずの具合だが、平行世界で接続していたラピスのリンク補助感度は固体によってまちまちだった。
それゆえに、アキトは感覚酔いを起こしながら、慣れ親しんだ感度でもって外界を見渡した。
ラピスが現れたことで、影は増えていた。
そして、その影の全ては自分自身。テンカワアキトの姿をしているものだった。
一人は改良されたアーマーを着たテンカワアキト、エプロン姿でうっすらと笑うアキト。
桃色髪の子供と茶色髪の子供をを抱きかかえるアキト。
連合宇宙軍の仕官服を着たアキト。小太刀を二振り構えるアキト。
テンカワアキトの可能性の提示。
それは、気づくことが出来るのならば、先ほどのラピスラズリたちと相対するような派生であった。
「アキトがいっぱいで、私もいっぱい。」
「関係性が見えるならば、現れた固体は全て、組み合うような可能性だな。」
リンクからラピスは平行世界という考えを受け、この事象を見る。
「アキト、私はどのアキトでも付いて行けた。アキトは、どの私でも付いていけた。」
「そうだな。」
周りの空間は、最初に固定されていた移住空間から宇宙空間へと変化する。
「俺も、ラピスに違和感を感じたが、受け入れようとすれば、受け入れられた。」
相手は、どちらも正しく、『テンカワアキト/ラピスラズリ』なのだから、受け入れられた。
「だから、もしかしたらだけど、どっちが源流かわからないけど、どちらも私たちの未来の姿なんじゃないかな。」
瞬間に二人はジャンプもしていないのに、遺跡の前に立ち、現状を自覚した。
「え?」
「トリックを見破ったから、解除した。ということか。」
ラピスの力が抜けた声に、アキトはラピスを下ろした。
成長した体の柔らかさや弾力が、やけに感じられる。
(位相空間が消失しました。艦長、ラピス、無事ですか。)
ネコ型インターフェイスの霜月がウインドウ越しに聞いてくる。
ナノマシンの集合体として構築される猫は、デフォルメされずリアリズムを追求した結果だというのに、
なぜか抽象化されたキャラクターとなっている。
「大丈夫だ。状況報告を。」
(位相空間はボース粒子の光子領域が遺跡より形成されました。
艦内にて有機生命体の位置や形状の変化が出ているものがあります。なお、無機物には変化はおきず。)
「霜月には影響あった?」
(少々ですね。幻覚というものでしょうか、それを見ましたが。影響はありません。)
「艦の異常は終わったと判断していいか。」
アキトは遺跡に接続された機器の状況を見る。接続状況は変化なく、機器は正常を示す。
(光子領域は消滅し、遺跡の発光活動と、回路稼動と思しき信号は停止しました。正常といえますね。)
「原因は不明だな。」
イネスの残念がりそうな話だが、遺跡へと干渉実験は行っていない。
二人で環境ブロックにて羽目を外し、体を動かしていただけだ。
「なんでああなったのかな。」
ラピスは遺跡を指でつっついて、不思議がった。
あとがき?
落ちはなく、なんとなくの可能性提示事件。この先に深宇宙への探査で、二人はバッタの改良版とでくわす。
そして、古代火星人と・・・なんてことも出来ますが、ちょっとした小話でした。
ども!
押して頂けると作者の励みになりますm(__)m