Muv-Luv Alternative The end of the idle


【風雲編】


〜 篁唯依の日記〜西暦一九九一年十一月〜十二月 〜






○西暦一九九一年十一月三日

 今年の紅葉も枯れ落ちて、短い秋が終わり、寒い冬がやって来ます。
 ついこの間、夏休みが終わったかと思えば……本当に時間が過ぎるのは早いものです。
 父様は長期任務で海外出張のまま、正月には、また戻られるとの事でしたが………あと二月は、やはり長いです。
 叔父様は、叔父様で、大陸に渡ったまま戻られません。
 今は、内陸部の都市・重慶にて、防衛戦に携わりつつ任務をこなして居られるとか。
 無理をなさっておられなければ良いのですが………

 ……ふぅぅぅ………

 そして兄様も、相変わらずご多忙の日々。
 今は何処に居るのかさえ分からない有様。

 ……はぁぁぁ………

 つまらないです。
 寂しいです。

 ……ですが、これも唯依のお役目。
 父様や叔父様、そして何より兄様が帰るべき場所を、御守りする事が、今の唯依に出来る事なのですから!
 それを思えば、多少の寂しさなど、なんのそのです。

 ……そ、そう、お、おっ、夫の留守を、ま、護るのが、つ、つ、つ、妻の役目なのですから。

 だからその、あの、ルル兄様、安心してお役目を果たして、ゆ、ゆ、唯依の処に帰ってきて下さいね。





○西暦一九九一年十一月七日

 お手紙が届きました。
 大陸に渡った叔父様から。

 ちょっとくたびれた感じになった封筒に、数枚の便箋が入れられています。
 きっちりと検閲済みの印が押されているのは、戦地から故、仕方ないでしょう。

 内容も、ごく当たり障りの無い事ばかり。
 唯依の身を案じる文から始まり、唯依の近況を尋ねる文言、後方の街で見つけた唯依に似合いそうなペンダントを別便で送ったとのお話、唯依の―――

 ……え〜と、叔父様、とりあえずご自分の事も書くべきでは?

 などと、流石に呆れながら読み進めると、最後の一枚に書いてありました。
 自分は健康である事と任務も順調である事、そして最後に来年まで帰れそうにないとの詫びの一言が。

 ごく簡素に、さり気なく書かれた一文を読み終わり、唯依は、深い溜息をつきました。

 大陸派遣軍が、大陸で苦戦しているらしいとの知らせは、ポツポツとではありますが、本土の方にも聞こえてきています。
 やはり慣れぬ地、慣れぬ戦の所為なのか、当初の予想よりも多くの被害が出ているとか。
 派遣軍とは別任務といえど、当然、叔父様も少なからずご苦労されている筈……それなのに…………

 まったく殿方は、痩せ我慢するのが格好良いとでも思っているのでしょうか?
 本当に、困ったものです。

 とはいえ、ここは知らぬふりをして差し上げるのが、大人の女の対応というものでしょう。
 そう、唯依は空気の読める娘なのですから。

 では叔父様に、返事をしたためるとしましょうか。
 ついでに、何か日持ちする様な物も、送って差し上げましょう。
 きっと少しは、叔父様の慰めになるでしょうからね。



 ……はて、そういえば、唯依に似合いそうなペンダントを先に送って下さったそうですが、まだ、着いていない筈。
 どこかで別の荷に紛れでもしたのでしょうか?

 ……まあ、いいでしょう。
 この件には、あまり触れずに済ませば済む話です。
 さて、それでは心を込めてお返事を、書かせて頂きましょう。





○西暦一九九一年十一月九日

 ……え〜……拉致されました。
 いきなり帰ってきた兄様にです。

 帰って来るなり、唯依を抱き上げそのまま車へと。

 か、駆け落ちですかっ!?
 唯依にも、こ、心の準備というものが!

 ……などと思ってしまった唯依は、何も悪く無い筈です。
 悪いとか言われたら、流石に引っ叩いてやりたくなります!

 ……コホン……

 まぁ、そんなこんなで思いも寄らぬ事態に固まる唯依の耳元で、兄様がソッと囁かれたのです。

『唯依、お前の力を貸して欲しい』

 一も二も無く唯依は、頷きました。
 断る事など、思いも寄らなかったのです。
 そうやって、コクコクと何処かの土産物の様に首を振る唯依に、兄様は優しく微笑みかけて言ってくれました――ありがとう、と。

 唯依が覚えているのは、そこまででした。
 後は、ずっと兄様の膝の上に抱かれ、ギュッと抱き締められている感触のみが、記憶に残っているだけ。
 ただ、それだけ、それだけで終わってくれれば良かったモノを………



 ………え〜……兄様、ココは何処でしょう?

 唯依は、尋ねました。
 灰色の大きな『ヒトガタ』の前で。

 ……ナイトメアフレーム?
 枢木とMD社が共同開発した新型機動兵器?

 ……へぇぇぇ〜〜……凄いですねぇ。

 ……………では唯依は、何故、ココに居るのでしょう?

 …………
 ………
 ……
 …

 ええ、そうですねっ!
 分かっていますとも!
 コレに乗る為だとっ!

 ……ううっ……なんで、あそこで頷いてしまったのでしょう?
 あ〜〜っ!
 バカバカバカ、唯依のお馬鹿!

 ああ、とはいえ今更、退けません。
 一旦、交わした約定を破るなど、武家の風上にも置けぬ卑怯者の所業です。
 何より、兄様の期待を裏切ることなど、出来よう筈もありません。

 そう自身に言い聞かせ、唯依は覚悟を決めました。
 まあ所詮は、高々、数メートル程度の機体です。
 二十メートル近い戦術機からみれば、玩具の様な物、何ら恐れるに足りません。
 ましてや、先程から回っているカメラの前で、無様はさらせないでしょう。

 そう、この身は、いずれ斯衛の一員として山吹をまとう衛士となるべき身。
 たかが、この程度の事で怯んでなるものか!

 それでは、いざ参る!

 ………
 ……
 …

 ……ううっ死ぬかと思いました。
 確かに、唯依でも動かせるほど扱い易い機体ですが、とっても恐かったです。

 何なのでしょう?
 あの『ランドスピナー』とか言う代物は。
 最大で百キロ位出ていましたよっ!?
 不整地で、それだけ出せるって何物ですか!

 まったくもう………本当に、無茶苦茶です。

 ……でも、まあ、あの機体が実戦投入されれば、少しは死ぬ人が減るのでしょうか?
 怪我をされる方が少なくなのでしょうか?
 もしそうなら、唯依の苦労も、少しは報われるというものです。

 ――本当に、本当に、そうなって欲しいものです。





○西暦一九九一年十一月十二日

 TVを始め、マスコミが騒がしいです。
 どこから漏れたのか知りませんが、ナイトメアフレームの件で騒いでいます。

 やれ『急造兵器』だの、『あり合わせを寄せ集めたガラクタ』だのと。
 よくもまあ、機体の情報も持たずに、あそこまで決め付けられるものだと感心してしまいました。

 そう、肝心要の機体に関しては、全く何の情報も得ていない様なのです。
 ニュースで出て来た機体の映像とやらも、ただの建機(メアフレーム)の方の写真を出して、これがベースと言っているだけでしたし。

 随分と片手落ちの情報もあるものだと思っていたら、何故かルル兄様が楽しげに高笑いしていました。

 ……また謀ったのですね?
 本当にもう、意地の悪い兄様です。
 いじめっ子です。
 本当に困った方なのです。

 ……でも、よろしかったのですか?
 折角の新兵器に、お披露目前にケチを付けられても?

 えっ?
 全く問題ない。
 どちらにしろ、文句を言うに決まっているから、早いか遅いかの違いだけ――ですか?

 確かに、枢木とマスコミの間が険悪極まりない状態であるのは知ってますし、ルル兄様の仰る通りになるだろう事も分かります。
 でも、唯依がお聞きしたかったのは、お仕事に差し支えないのか―――少し下世話な言い方になりますが、ナイトメアの売り込みの邪魔にならないかという事なのですが……

 ……ああ、成る程。
 もう売り込み先とは、話が付いていると。
 唯依のお陰で…………ええぇぇっ!?

 ……ううっ、ひどいです。 兄様。
 この間の映像を、そのまま渡すなんて。
 唯依が悲鳴を上げているところが、そのままなのですよ?
 幾ら子供にも動かせる程、良好な操縦性を示す為とはいえ、やりすぎです!

 サムライガールとか言われても、ぜんぜん、嬉しくないです!





○西暦一九九一年十一月十七日

 今日から三日間、ナイトメアの売り込み先の一つである米軍にて、トライアルが開催されるのだそうです。
 一応、向こうの会社――マクダエル・ドグラム社が主催者ではあるそうですが、兄様も共同開発社である枢木側責任者として招待された為、一昨日、米国へと発たれました。

 ちなみに国内は、未だに騒がしい限り。
 同じ様な批判を延々垂れ流しつつ、『このようなイロモノ兵器は、帝国には必要無い』とか、『そもそも枢木自体が不要』とか、枢木からの反論や抗議が無いのをよい事に、もう言いたい放題です。

 正直、聞いている唯依の方が、我慢しかねる程の罵詈雑言の嵐。
 それらを笑いながら眺めていた兄様に、何故、言いたい放題言わせているのかと、この間、問い質してしまいました。
 すると兄様は、笑いを収めて、きっぱりと仰ったのです。

『断末魔の悲鳴を聞いて、どうして怒る必要がある?』

 とても冷たく鋭い兄様の声に、唯依は言葉に詰まってしまいました。
 そんな唯依に向けて、兄様は困った様に笑いかけると、今度は優しい口調で、唯依にも理解できるように説明してくださいました。

 ……兄様、兄様、お考えは良く分かりました。
 もう既に勝負は着いているというお言葉も信じましょう。

 でも唯依は、それでも不安なのです。
 逆恨みした輩が、後先考えずに兄様を害そうとしないかと、心配で心配でたまらないのです。
 本当に必要な事ならともかく、それ以外では、あまり不用意に敵を作るような真似はお慎み下さい。

 そう言って唯依が懇願すると、流石に兄様も思う所があったのか笑いを収めて、以後気をつけようとは仰って下さいました。

 ………本当に大丈夫でしょうか?

 大丈夫だと信じたいのですが、ルル兄様は溢れんばかりの才に恵まれている所為か、少なからず角のある性格です。
 いえ、深く親しくお付き合いさせて頂ければ、直ぐに気にならなくなるとは思うのですが、余り親しくない方からは、やはり評判がよろしくないとも聞き及びます。
 大変、不本意ではありますが、その辺りは月詠殿と一緒に、たまに愚痴ったりしますし………

 ……とはいえ、愛想良く低姿勢な兄様というのも、余りイメージ出来ませんし……ふぅぅぅ……

 本当に、本当に、困った兄様です。
 唯依をこんなに心配させて。
 本当に、ひどい方です。





○西暦一九九一年十二月一日

 米軍のトライアル結果が出たそうです。

 ……と言っても、半ば出来レースの様なものではありますが、予想通りというか、予定通りというか、正式に採用される事が決定したとの事でした。
 元々、米軍は自軍兵士の損失を嫌う傾向が強いそうで、今回のナイトメアフレーム開発も、戦車級による被害の低減以外にも、その他小型種相手の強化歩兵や通常歩兵の損耗も避けたい軍の意向を受け、MD社が試行錯誤を始めたのが切っ掛けだったそうです。
 結果、産まれたのが枢木からライセンスを受けて自社生産も手掛けていた建機『メアフレーム』をベースとした新種の機動兵器――即ち、ナイトメアフレームだったのだとか。
 まあ何はともあれ、米軍の提示した要求仕様を、ほぼ問題なく満たしている事が、トライアルでも確認された為、晴れて採用の運びへと到ったKMF。

 ここは、お祝いすべきところでしょう。
 お祝いすべきところだと思います。
 思うのですが、これで又、兄様がお忙しくなると思うと、やはり寂しさが募ります。

 何せ、ある程度まとまった数で運用する事が前提のKMF。
 取り合えずという事で、納品が決まった数を教えて頂いた時点で、目が丸くなりましたし。

 五百機――如何に戦術機とは比べ物にならない程安いとはいえ、予備機も含めて、それだけの数を一度に発注するとは、流石は米国と言うべきでしょうか?
 口惜しいですが、国力において帝国とは比べ物にならぬというルル兄様のお言葉は、認めざるを得ないようです。

 とはいえ、この大量発注には恨み言の一つも言いたくなるのです。
 何故なら、MD社側としても、この発注量は予想外であったらしく、現在変更中のラインの完成を待っていては指定された納期に間に合わないのだとか。
 さりとて、指定の納期に間に合わぬとなれば、大変な信用問題ですし、更にはその後の追加受注すら怪しくなりかねません。
 最悪、やはり強化外骨格で、などと言われてしまえば、掛かった費用が丸損です。
 ようやく会社の建て直しに成功したMD社にしてみれば、堪ったものではないのだとか。

 事ここに至り、MD社側も割り切らざるを得なくなりました。
 取り合えず、納期までに必要数を揃える為、共同開発のパートナーという事で招かれていたルル兄様も巻き込んでくれたのです。

 ……はぁぁ………

 結局、軍の方には、共同開発相手にも花を持たせたいと言い包めて納得させ、今回だけ特別に、枢木二百機、MD社三百機の割り当てで納品する事になったのだそうです。

 ううぅっ……結果、枢木も、今は蜂の巣を突いた様な騒ぎだとか。

 なにせタイトなスケジュールで、複数の巨大プロジェクトを進行させている状況下での思いも掛けぬ大仕事。
 既に、ライン自体は出来ていたそうですが、まだまだ試験稼動中で工員の方々の熟練度も、いま一つとか。
 兄様も、いつにも増してお忙しそうで、とてもとても唯依を構って頂ける雰囲気ではないのでした。

 うう……恨めしいです。
 恨めしいですが、ここは我慢です。
 兄様のお仕事が、又一つ認められたのですから。
 そして何より、このお仕事の成果――KMFが、一日でも早く戦場に届けば、その結果、死なずに済む人、傷つかずに済む方が、居るかもしれないのです。

 だから、唯依は我慢します。
 ルル兄様の帰る場所を護る者として、我慢して務めを果たして見せましょう!





○西暦一九九一年十二月二日

 兄様からお電話がありました。
 移動中の忙しない中、それでも時間を作って下さったのだとか。

 内容は、一足早いお年玉でした。

 ――年末年始は、お休みが取れるので一緒に初詣に行こう、と。

 ただそれだけを、手短に仰られただけでした。
 でも……でも、とても嬉しかった。

 寝食を削る程、お忙しい中でも、唯依の事を気に掛けていて下さるのだと。
 唯依の為に、時間を作って下さったのだと。

 そう思うだけで、胸が一杯になりました。
 本当に、本当に、嬉しかったのですよ。

 ありがとうございます。
 ルル兄様。







どうもねむり猫Mk3です。

今回は、題して『唯依姫、騎士になる』の巻。

相変わらず忙しない日々。
しかし、いずれこんな日々を懐かしむ時代が!

ちなみに、KMF乗れてはいますが、乗りこなせては居ません流石に。
悲鳴をあげているのが、その証拠という事でw

後、ランドスピナーでの走行速度が100キロ越えるかどうかですが、資料が無いので不明。
ですが、この世界で再現されたKMFは対戦車級を主眼に置いてますので戦車級より優速であるのは、要求仕様として充分ありえます。
その為、そういった造りにしたという事で。

それでは次へどうぞ。





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