Muv-Luv Alternative The end of the idle


【ナイトメアフレーム開発史(2)】


〜いつかどこかで見た様な……〜






 ――Knight Mear Frame

 その存在が公開され、世界に広がっていく過程で、それが創造者の手の内から飛び出して行ってしまうのは、ある意味必然でもあった。

 様々な場所で、様々な思惑の下、様々な変化を遂げていく事自体は、創造者の想定の範囲内であり、そして望むところでもある。

 だが、変化が常に進化に至る訳でもない。
 退化、または劣化も、変化である事に違いはなかった。

 そして変化は、創造者の思惑を――上になるか、下になるかはさておき――越えた結果を産み出すのもまた必然なのだから……



 〜ナイトメアフレーム開発史(2) いつかどこかで見た様な……〜



―― 西暦一九九七年二月某日 L5・『アヴァロン・ゼロ』 ――



 『アヴァロン・ゼロ』の最奥。
 さしずめ奥の院とでも言うべき場所には、今この時、沈黙が満ちていた。

「「「「…………」」」」

 四対八個の視線が、室内に設置されたプロジェクターに集中する中、この情報を持ち込んで来た残り一人が、いそいそと茶の支度を終えると、各人の前に配していく。
 立ち昇る紅茶の香りに誘われ、こちら側へと皆の意識が戻って来る中、唸り声を上げながら忠義の騎士が首を捻った。

コレ(・・)は……いや、しかし……」

 この男には珍しい歯切れの悪さで口籠る。
 そんなジェレミアの向かい側で、一口茶を啜り、唇を湿らせたセシルが難しい表情のまま彼女らの主君へと視線を向けた。

「……私達以外にも『居る』事を想定すべきでしょうか?」

 室内に緊張が走った。
 黙々とメイドとしての仕事をこなしていた咲世子の手すら、一瞬、その動きを止める。

 だが……

「……いや、でもさぁ……もし万が一そうだったとしてもだよ。 なんで選りによってコレ(・・)な訳?」

 これまた珍しく渋い表情を浮かべたロイドが、心底、気に入らないといった口調で画面に映し出されたモノを不作法に指差す中、ピアニストの様に繊細そうな指先を顎に宛てて考え込んでいた彼等の主君がおもむろに口を開く。

「これまでの状況から見るに、まだ誰かが『居る』可能性は低いと見るべきだろう」

 それが彼――ルルーシュの達した結論だった。

 これまでの世界の流れから見るに、彼等と同じ存在がまだ居て、今回の一件に干渉している可能性は低いと判断する。

 少なくとも彼と彼の臣下達が、世界にその名を轟かせるようになってから既に相応の時が過ぎていた。

 もし万が一、セシルが案ずる様に、まだ『居た』のだとしても、その人物が彼らとの接触を望んでいたなら、もっと早い段階で何らかのアプローチを仕掛ける事は出来た筈であるし、逆に存在を気取られたくなかったのだとすれば、今回の一件はその意思に反する行為という事になる。

 無論、なんらかの理由――たとえば、彼等に比して年少であった為、ここまで頭角を現す機会に恵まれなかっただけという可能性も無い事も無いのだろうが、その場合、今回の一件は、余りにもお粗末すぎる気がするのだ。

 故に、同じ存在がまだ居る可能性そのものは否定しないが、コレ(・・)には無関係であろうと推測したのだが、それにセシルが異を唱える。

「……しかし、それではコレ(・・)の説明が付かないのでは?」

 そう言いながら画面の中で、ノロノロと動くモノ(・・)を指差す。

 彼等にも良く見覚えのある代物だった。
 細部には若干の違いがあり、三脚が四脚になったりしているが、大まか同じ物に見えるソレは、偶然の一致として片付けるには余りにも似過ぎている。

 ジェレミアの眉間に深い皺が寄り、対してルルーシュは冷静な表情を保ったまま何故かロイドを見た。
 ロイドがやれやれといった風情で、軽く肩を竦めて口を開く。

「……説明が付かない訳でもないんだよねぇ」

 呟きにも近いその言葉に、周囲の視線が彼に集中する中、フンと鼻を一つ鳴らした青年は、有り得る可能性を語っていく。

「元々、あちら側のコレ(・・)は、ブリタニアのKMF――グラスゴーやサザーランドを研究した結果、出来たモノな訳だ」

 そこで一旦口を閉じると、ロイドは軽く一同を見回した。

 彼の主君は既にその先を予想しているらしく泰然自若としたまま口元に薄い笑みを浮かべている。
 対して悪友は、今一つ分からないといった様子だった。
 そして肝心のセシルはといえば、彼の言わんとする事を理解したのか、ハッとした様子で口元に手を当てる。

 青年の顔に、いつも通りのニヤけた笑みが被さった。

「――で、ここで質問だけど、バルディ(Mk−1)の原型は何だったかなぁ?」

 その一言がきっかけになったのか、ジェレミアの顔にも理解の色が浮かび、その脇で咲世子が小さく呟いた。

「……単に類似した機体を参考にした結果、同じような成果に辿り着いたと?」

 囁きにも似た小さな呟き。
 それを耳聡く聞き取ったのか、ロイドは良く出来ましたとばかりに一つ頷くと解説を続けていく。

「世界は違えど、同じ国……同じ民族…ちょっと違うか?
 まぁ同じ様な思考回路の集団が、ほぼ同じ開始点から始めて似た様な結論に落ち着いたと考えるのが妥当じゃないかなぁ〜とね」

 そう言って話を結ぶと、青年は手元に置かれたティーカップを手に取り、その喉を潤す。

 発想の原点、或いは言い方は良くないが模倣(パクリ)の大元が同じで、それを模倣し(パクっ)た集団の思考回路も似た様なモノなら、ほぼ同じ結果(モノ)に至ってもなんら不思議ではないという推測――もし此処に、某天才女性科学者が居り、全ての事情を弁えていたなら、この推測に彼女の提唱する因果律量子論の考えを取り入れて、彼等の世界からこの世界への因果の流入による影響を理由として付け加えていただろうが、それが無くても推測そのものは充分に理屈立っていた

 一座の中で、納得と戸惑いがさざ波の様に広がっていく中、忠義の騎士はイマイチ消化不良といった風情で首を振る。

「……有り得ん話ではないが……しかしなあ……」

 理屈としては理解できる。
 理解できるのだが、眼前にあるコレ(・・)が、完全に肯定する事を阻むのだ。

 そんな彼の意図を汲み、同調する様にセシルも愚痴を零す。

コレ(・・)は無いですよねぇ。コレ(・・)は……」

 模倣(パクリ)なら模倣(パクリ)で、もう少しマシな――そう、せめて元の世界の日本が開発した無頼くらいにはならなかったのかという思いと共に、プロジェクターに映るコレ(・・)こと中華連邦の鋼髏(ガン・ルゥ)モドキを、心底厭そうに眺めながら彼女は大きく肩を落としたのだった。



―― 西暦一九九四年某月某日 大陸・上海 ――



「クソッ……無理だろう、これは」

 その能力を買われ招集された筈のKMF開発スタッフの一人が、絶望と怒りに満ちた呻きを上げた。
 厭らしいほど徹底した技術盗用対策が、不破の鉄壁として彼等の前に立ち塞がっている事に歯軋りする男に、周りの技術者もまた付和雷同し始める。

「日本鬼子と米帝共がグルになりやがって!」

 そう日本企業(?)である枢木だけなら手の打ち様もあったのだ。
 実際、枢木が最初に発売したメアフレームを、特許侵害も何処吹く風と言わんばかりに無視して不正コピーし、第三国に劣化品を売り捌いて大きな利益を上げた成果(前科)もある以上、枢木だけならどうにでも筈だったのである。

 だが、ここで米国企業であるマクダエル・ドグラムが絡んでいた事が、彼等の目論見を阻む大きな障害となっていた。
 自国企業の利益を掠め取ろうとする鼠を笑って見逃す程、彼の国は寛大では無い。
 ことに統一中華戦線の一翼を担う台湾総統府は、米国の顔色にはことのほか敏感でもあり、その怒りを買う様な企てには断固として反対する事が目に見えていた。

 故に、枢木とMD社の共同開発とされる第一世代KMF『バルディ(Mk−1)』を参考に(パクろうと)した統一中華戦線独自のKMF開発計画は、計画開始早々、早くも暗礁に乗り上げていたのである。

「やはり我が国(・・・)のメアフレームをベースに再設計するしかないんじゃないか?」

 どう調べてみても、MD社が抱える海千山千の弁理士・弁護士連合軍が細心の注意を払って構築した特許群の壁を破れないと見たスタッフの一人が、気弱な意見を吐いた。

 統一中華が独自開発を主張するメアフレームをベースにすれば、これまでの実績を盾にある程度しらは切れるし、実際、基本構造の部分においても異なる個所が少なからず存在する以上、連中がガッチリと固めている特許の網の目をすり抜ける事も可能だろうという判断からの意見だったが、他のスタッフが言下にその甘い思惑を否定する。

「無理だ。アイツ等は脆過ぎる」
「だから再設計してだな」
「基本設計が滅茶苦茶なんだよ!
 重機としてなら騙し騙し使えるが、兵器としては使い物にならん」

 吐き捨てる様な明言に、反論しようとした男も押し黙った。
 より安く仕上げる為、或いは、枢木が押さえている特許をかわす為、改良の名の下に簡略化や改変がなされた結果、機体の耐久性・強度共に、本来のメアフレームに遠く及ばぬ粗悪品。
 今では安かろう悪かろうの代名詞になっている自国製メアフレームをベースに造ったとしても、到底、戦闘には耐えられないと断言する彼に反論する程の馬鹿は流石にこの場には居なかったのだ。

 忌々し気に舌打ちしたスタッフの一人は、ドサリと体重を椅子に掛けると、蛍光灯が煌々と灯る天井を睨みながら溜息混じりに呟く。

「それに土台から設計し直したとしても、どこかで連中が押さえている基幹技術に抵触する。
 国内でなら、連中を無視しても何とかなるが、それじゃ海外に売り捌けない」

 それは米国に喧嘩を売るに等しい行いだ。
 今もKMFをせっせと売り捌き、上下院議員達にたっぷりと鼻薬を利かせているMD社が、そんな真似を絶対に許しはしないだろう。

 そして、更に問題なのは――

「そもそもまだ模倣(コピー)出来ない個所も多いんだ。
 特許による縛りが無くても、同等のモノが造れるか怪しいところだな」

 別のスタッフが、眉間に皺を寄せながら悔しそうに言うと、苦々しげな問いが別方向から上がる。

「なんとかならんのか?」
「色々やってはいる様だがな……マクダエルも遠田もガードが堅い。枢木に至っては論外だな」

 こちらは生産技術に関する特許をワザと申請していないのが問題だった。

 現在、曲がりなりにも戦術機が世界中に広まり、各国独自の開発や設計が行えるようになっているのは、米国が対BETA戦略の一環としてF−4,F−5の生産技術を公開し、各国にばら撒いたのが始まりだ。
 だが、あくまでも戦術機の補助戦力の位置づけにあるKMFのモノまで公開してくれる程、彼等もお人よしでは無い。
 結果、バルディ(Mk−1)には技術的に彼らには再現不可能な個所、それも基幹部分に関わる物ばかりが多数存在し、完全なコピーは未だ不可能なのが現状であった。

 さりとて公開された情報が無い状態から、独自にそれを開発するには金が掛かり過ぎる。
 開発費が製品価格に上乗せされる以上、そちらに費用を掛け過ぎれば、足が出かねないのだ。

 となれば後は盗むしかなく、以前に一度、技術取得を狙って、MD社に対し枢木が遠田技研にした様に、国内限定のライセンス生産をと持ちかけた事もあったが、鼻先でせせら笑われて門前払いを喰らい、懲りずに遠田に話を持って行けば、形ばかりは丁重に、だが取り付く暇もなく回れ右をさせられたという事実は、彼等の耳にも既に届いている。

 どちらもKMFの前身であるメアフレームに絡んで、統一中華がやった事に対し、良い印象を抱いておらず、金になるKMF生産技術を盗ませてやる心算など欠片も無かったという訳だ。
 この一件で、警戒心が強くなったのか、両社ともセキュリティ・レベルを上げた結果、今まで細々と盗れていたどうでもいい様な情報まで盗れなくなったのは、正に藪蛇以外の何物でも無く、情報収集担当者達は頭を抱えているとの噂が実しやかに囁かれている。

 この場で額を寄せ合うスタッフ達もまた、陰鬱さを増した声でお互いに愚痴を零し合った。

「……しかし、出来ませんでしたじゃ話にもならんぞ」
「言われなくても分かっているさ」

 軍や政府の意向の下、このKMF開発チームは編成されているのだ。
 ここで何らかの結果を出せなければ、冗談抜きで開発チーム全員の未来が閉ざされかねない。
 追い詰められた者達は、必死に知恵を絞るが、どうにもこうにもいい手が思い浮かばないのが現状だった。
 バルディ(Mk−1)を参考にしながら、バルディ(Mk−1)の特許に抵触しない機体を造り出さねばならぬという矛盾が、彼等の思考を袋小路に追い込んでいく中、それまでじっと黙り込んでいたスタッフの一人が、深い吐息を吐くと、おもむろに口を開く。

「……発想を変えよう。
 我が国独自(・・・・・)のKMFを開発(・・)するのに、バルディ(Mk−1)参考に(不正コピー)するのは止めだ」
「オイッ!?」

 思わぬ男の一言に、周囲が色めき立つ中、当の本人は無念極まりないといった風情を漂わせながら吐き捨てる。

「悔しいが、今の我が社、いや我が国の技術ではバルディ(Mk−1)と同じ物を、同等以下の価格で造るのは不可能だ」

 ――違うか?

 周囲を睨みながら、無言のまま問い掛ける男に、誰もが反論を持たなかった。
 正直、採算度外視でやったとしても出来るかどうかは怪しいというのが彼等の本音である。
 とはいえ、それを認めるのはギブアップするに等しく、皆が皆、眼を逸らしていたのだが……

「ならどうするというんだ?」

 一縷の望みを託した問いが、周囲から上がる。
 男のアイディアに縋るしかないとの思いから上がったその問いに、渋面を隠す事無く答えが返された。

「機体その物をどうこう出来なくても、バルディ(Mk−1)の開発コンセプトを真似る事は可能だろ」

 一瞬の沈黙が場に満ち、そして理解が広がっていく。

「対小型種用単座型機動兵器……確かにそれだけなら」
「できるかも……いや、出来る筈だ!」
「よし、その線で進めよう」

 腐っても鯛、この場に居る者は皆、盛都社内において第一級と認められる技術陣。
 男の言わんとしている事を誤る事無く理解した一同の中から、希望の光を見出した声が次々に溢れ出していく。

 機体そのモノを真似できずとも、その開発目的を満足させれば良い――その視点が、バルディ(Mk−1)の模倣に囚われていた彼等の思考を解きほぐし、新たな方向性を指し示した事により、停滞していた統一中華戦線独自のKMF開発計画はようやく動き出す事となる。

 そして、数年後――



―― 西暦一九九七年四月 大陸・南京近郊 ――



 戦塵たなびく戦場に、悲鳴と怒号が交差する。

「うわぁぁぁぁぁぁっ!!」
「く、来るな!
 来るなぁぁぁ!!」

 赤い化け物と鋼の四足獣が入り混じり、互いに互いを喰らい合う――というよりも一方的に獣の側が喰い殺されていく中、その闘争を遠望していた人造の巨人――日本帝国軍所属・93式自在戦闘装甲騎 鬼葦毛(Mk−1J)の中で、呆れ混じりの溜息が零れる。

「……おいおい……」

 昨日までの『彼等』の威勢の良さと今の混乱ぶりを、脳内で比較した上で、役立たずの烙印を押していた男の耳に、部下の古参下士官の尋ねる声が届いた。

『隊長殿……どうします?』

 男の顔が、実に厭そうに歪んだ。
 内実はどうであれ、一応『アレ』は友軍である以上、返す答えは決まっている。

 決まっているのだが……

「……放っておくわけにもいくまいよ」
『……そりゃそうですが……』

 互いに一拍の間を置いての会話が、双方の心情を如実に示している。
 彼等の相棒(鬼葦毛)を馬鹿にする言動を忘れ、水に流してやるには、やや時間が足りな過ぎたのだ。

 五日前、日本帝国軍が駐留する南京に、鳴り物入りでやって来た統一中華戦線の新兵器実験部隊。
 統一中華戦線が独自開発したという触れ込みの新型KMF『鋼狼(ガン・ラン)』一個大隊を擁する彼らは、隠す素振りすら見せずに横柄な振舞いを繰り返し、特に同じKMF乗りである帝国軍装甲騎兵達を愚弄し続けた。

 後生大事に、旧式機(93式)にしがみ付く遅れた連中――と。

 無論、そんな事を言わせたままにしておくほど装甲騎兵達が腰抜けばかりの筈も無く、各所で諍いが起こり続けた結果、大陸派遣軍首脳部は上辺だけは丁寧に、だが有無を言わせることなく、彼等を南京の外に叩き出したのである。
 まあその際、無駄に豊富過ぎるボキャブラリの限り尽くして捨て台詞を残していった結果、更に装甲騎兵を始めとする帝国軍将兵の怒りを買った訳で、かくいう男も腸の煮えくりかえる様な思いを歯軋りしながら噛み殺したクチだ。

 そんな彼にしてみれば、今の連中の醜態は、『ザマ―ミロ』の一言に尽きるだろう。
 本音を言えば、指差しして嗤ってやりたいくらいだ。

 ――とはいえだ。

 そんな連中であれ、友軍は友軍である。
 少なくとも、彼等――大陸派遣軍は、連中――統一中華戦線の援軍としてこの地にある以上、それは覆らないのだ。
 そうである以上、彼らには窮地に陥った友軍を支援する責務が有る――有るのだが、流石に百騎近い鋼狼(ガン・ラン)と、その十倍近いBETA小型種が入り混じる混戦に突っ込んでいくのは遠慮したい所である。

「……放っておく訳にはいかんのだが、どうしようもないのも事実だ」
『まあそうですなぁ』

 胸中で複雑な感情に折り合いを付けた男の溜息混じりな呟きに、部下ももっともだといった風情で同意する。
 なにせ彼らは一個中隊しか居ないのだ。
 数で勝る集団同士の乱戦に突っ込んでいくなど自殺行為以外の何物でもないだろう。

 ……まあ少なくとも、そういう言い訳が立つ程度には悪い状況である事は事実で、男はソレを積極的に利用する事にする。

「幸いと言うべきか、連中が潰走したところで我が軍への影響は微々たる物だ。
 ――とはいえ、(一応は)友軍を見殺しにするのも寝覚めが悪い」

 精悍と言っていい男の顔に黒い笑みが浮かび、それに呼応する様に部下もニヤリと笑った。

『では、どうしますか?』

 確認というより、むしろ嗾ける様な口調だった。
 統一中華の連中の傲慢無礼さに、彼以上に怒っていた部下へと冷笑混じりの指示を下す。

「撤退を勧告した後、掩護射撃だけしてやれ。 但し、絶対に近づくなよ」

 あくまでも支援したという事実をつくるだけ。
 言外にそう告げる男に、部下は一つ頷くと、少し考え込む様子を見せながら、思い付いた懸念を口にする。

『ですが、連中がそのままこっちに逃げて来たら……』

 こっちにその気が無くても、向こうからやってくる場合もある。
 潰走する部隊に巻き込まれ、こちらまで混沌の渦に引き摺り込まれては目も当てられない事になると心配するが、男は皮肉気な笑みを浮かべながら、その懸念を一刀両断した。

「なに世の中には流れ弾という物もある。
 友軍を救うべく放った掩護が、友軍の一部に当たってしまうのは悲劇だがな」

 ここで一旦言葉を切ると、非常にイイ笑顔を浮かべながら真っ黒なセリフを続けた。

「あれだけの混戦だ。
 何騎か巻き込まれたところで不可抗力で済むだろうよ」

 そう両軍入り乱れての大混戦状態。
 BETAのみを狙って撃破するなど、余程の手練でない限り不可能だ。
 不可能である以上、後々責められる言われも無い。

 ……まあそれでも文句を言って来るだろうが、そこら辺は上に任せておけば良いと割り切った男に、部下もふてぶてしい笑みを浮かべて首肯した。

『了解しました。
 これより掩護射撃を開始します』
「ああ、精々気張ってやってやれ」

 そう言いながら自身も愛騎の砲口を、未だ阿鼻叫喚の坩堝となっている戦場へと向ける。
 不気味に蠢くBETA小型種の群れの中、濃緑色に塗装された四足の騎体がチラホラと覗いて見えた。
 その為、敵味方識別装置により的が絞り難くはあったが、そこはそれ。

 直撃させずとも当てる方法は幾らでもある――等と物騒かつ本末転倒な事を考えながら、男は冷笑混じりに呟いた。

鋼の狼(ガン・ラン)か……フン、紙の犬(ジー・グゥ)とでも改名すべきだな」

 吐き捨てる侮蔑に重なる様に、部下の騎体から撤退勧告が発せられる。
 そして次の瞬間、数十条の火線が、人とBETAが入り混じる混沌の渦に容赦なく叩き込まれた。



―― 西暦一九九七年四月 L5・『アヴァロン・ゼロ』 ――



 情報部より上がって来た過日の南京防衛線の一角における鋼狼(ガン・ラン)の戦闘(?)映像を見ながら、セシルは額を押さえて唸った。

「う〜ん……なんて言うべきでしょうか?」

 評価しようがない――そんな表情を浮かべて映像を眺めるセシルの横手から熱の欠片も感じさせぬ声が湧き起こる。

「成るべくして成ったとしか言い様がないよねぇ」

 手にした珈琲を美味そうに飲みながら、映像の中で逃げ惑う鋼狼(ガン・ラン)達の惨状など何処吹くといった風情で嗤うロイド。
 不謹慎としか言えぬその態度に、それでも注意を促す者はいなかった。
 冷たい嘲笑を含んだ声が、無音の映像に被さる様に響く。

「開発コンセプトそのものは間違っちゃいなんだけどね。
 単騎の性能においてバルディ(Mk−1)に遠く及ばないのは確かだけど、数を揃える事でそれを補おうとしたのは正しい選択だよ」

 数とは力である。
 それは軍事上の鉄則でもあった。
 敵に勝る戦力を整える事こそが軍事指導者の責務である以上、数を揃えて立ち向かうという選択は正道とも言える。

 故に、この場に居る最後の一人が軍人としての視点からの意見を発した。

「物量を活かした集団戦で騎体性能差を埋める……間違ってはいないのだがなぁ……」

 語尾が僅か濁る。
 そこにはロイドの様な嘲笑の意志はなく、ただ勿体ないと惜しむ意図が滲んでいた。
 そんな彼にセシルの視線が向く。

 ――ならば間違っていたのは何か?

 その無言の問いに、ジェレミアは溜息混じりに答えた。

「物量と物量をぶつけ合えば、後は数の多い方が勝つのは自明の理――つまりはそう言う事だ」

 ――極めて単純な算数だと。

 10は必ず1に勝り、100は必ず10に勝つ。
 数のみで優劣を競うなら、その計算式の答えが変わる事は無いと斬り捨て、そして補足した。

「付け加えるなら集団戦に特化というのも言うは易し行うは難しだ。
 部隊全体で一定レベルの規律が維持できなければ、薬や暗示を使ったところで容易く烏合の衆と化す。
 そうなってしまえば、なまじ数が多い分、混乱に拍車が掛かり、収拾するのが困難になる――その結果が、コレという訳だ」

 彼の見る処、統一中華の鋼狼(ガン・ラン)部隊は、それなりに数は揃えたモノのその数を活かせる練度には達していなかった。
 薬物や後催眠暗示により恐怖や動揺を押し殺せたとしても、兵自身に部隊の一部分として機能出来る練度が無ければ意味が無い。
 あれでは折角の数が活かせないのは当然と言えば当然であった。

 そんなジェレミアの評価を受けたセシルが小首を傾げる。

「つまり運用が拙かったと?」
「無論、鋼髏(ガン・ルゥ)――じゃなくて鋼狼(ガン・ラン)自体にも、問題は色々あったけどね」

 セシルの率直な疑問を、ロイドは半分(・・)だけ否定した。
 運用が拙かったのは事実だが、鋼狼(ガン・ラン)実験部隊の壊滅はそれだけが理由では無い。

 バルディ(Mk−1)の対戦車級キルレシオは、1対15から20程度というのが軍事上の常識だが、ロイドの見立てでは鋼狼(ガン・ラン)のソレは、1対3から5程度だ。
 その騎体性能は、後発騎の筈の鋼狼(ガン・ラン)の方が明らかに劣っている上、砲撃戦能力に重点を置いた所為か近接格闘戦能力に乏しい。

 運用が拙い上に、騎体性能も劣る状態で、彼等が情報収集出来た数年前の在外米軍によるバルディ(Mk−1)実験部隊と同じ様な真似をしようとした結果がアレであると――奇矯な天才は無慈悲に断じる――すなわち身の程知らず、と。

 セシルの溜息が、いま一度零れ、画面より視線を逸らせたジェレミアは憮然として呟いた。

「それでも使い方次第では、充分な戦果を上げる事も出来たであろうな」

 軍人としての彼にしてみれば、多少、出来が悪かろうが、そこはソレ。
 運用方法、戦術の工夫、戦場の選定などによりカバー出来ぬ物では無いとの思いが強く、雑な真似をした部隊指揮官の方に非難の意思が向くのは当然と言えば当然だった。

 そんな悪友の反応に、ロイドの片頬が皮肉気に歪む。

「まっ、ご愁傷様ってところかなぁ。
 とはいえ、所詮は実験部隊。
 面子を見る限り、捨て駒前提だろうからね。
 統一中華にしてみても、いい実戦データが採れたってところなのかもよぉ」

 本来、新兵器実験部隊に所属するような者は、各軍においても精鋭が集められるのが常だ。
 自軍の行く末を決める可能性が有る以上、それは当たり前以前の話なのだが、それにしては今回の鋼狼(ガン・ラン)実験部隊の陣容はお粗末の一言に尽きる。
 調査途上ではあるが起用された面子は士官も含めて新兵に毛が生えた程度の経歴しか持たず、聞けば帝国陸軍との間にも摩擦を起こしていた様であるし、到底、精鋭とは言い難い連中で構成されていた事は間違いなかった。

 そこに視点を置けば、自ずと別の物も見えてくる。
 そんなロイドの暗喩に、ジェレミアの眉間が不快気に寄った。

「……つまり、別の意味での『実験』部隊であったと?」
「そう考えれば辻褄は合うよねぇ」

 ロイドの笑みが更に深くなり、ジェレミアはといえば苦いモノを吐き捨てる様に一つ溜息を吐いた。

 単なる新兵器の実験だけではなく、その為の部隊編成から運用に至るまでの検証とネガティブな要素の洗い出しまで含めたという意味での『実験』部隊。
 そう考えるなら、部隊練度の低さも、兵達のモラルの無さも頷けた。
 将来的に、ごく一般的な徴用兵により構成されるであろう大半の鋼狼(ガン・ラン)部隊のモデルケースとして、より効率良く、効果的に編成・運用する為のデータ取りと見るなら、諸々の事象にも納得がいく。

 そう主張するロイドに、ジェレミアは不機嫌そうに同意し、セシルが嫌悪に顔を顰める中、戦場に取り残された最後の鋼狼(ガン・ラン)に無数の戦車級が群がっていく光景を最後に映像がプツンと途切れた。




―― 西暦一九九八年一月



 統一中華戦線の戦術機メーカー『盛都』は、独自開発した新型KMF『鋼狼(ガン・ラン)』を公開。

 同日、統一中華戦線への制式採用をも併せて公表された鋼狼(ガン・ラン)は、以後、『殲撃』系列の戦術機と共に統一中華軍の機甲戦力の一翼を担う事となる。

 試験運用時の醜態は、広く世間に流布されていたもののその後加えられた改修――近接格闘戦能力の低さを補う為のスパイクアーマーの追加や戦車級を越えうる走行速度の向上など――により、相応に洗練された騎体性能とバルディ(Mk−1)より数段安い価格、更に部隊編成から運用に至るまでのデータ提供という特典もあり、それなりに海外にも売れていくようになった為、この分野でのパイオニアである枢木工業とマクダエル・ドグラム社に苦虫を噛み潰させる事となった。

 ――とはいえソレは飽くまでもマクロの視点の話である。

 実際に乗る事になった装甲騎兵達からの評価はと言えば、悪いの一言に尽きた。

 故障率の高さに加えて整備性も悪く、前線での稼働効率は非常に低い上に、性能においては先行機種であるバルディ(Mk−1)に遠く及ばない。
 明らかに自分達を使い捨てにする気満々な代物に、厚意を寄せられる筈も無く、本来の騎体名である『鋼狼(ガン・ラン)』を差し置いて、とある装甲騎兵が付けたと言う蔑称『紙犬(ジー・グゥ)』の方が彼等の間での通り名となっていったのだった。







 どうもねむり猫Mk3です。

 以前、掲示板で鋼髏(ガン・ルゥ)をとの話があったのを思い出し書いてみました。

 まあ、軽い中継ぎという事で、一つ。

 さて、前回募集した合弁会社名ですが……

 KHI【Knight Heavy Industry】に決めました!!

 採用案をご提案いただいたZABANYAさんを始め、多数の方々のご提案、まことにありがとうございました♪
 以後、作中で使わせて頂きますので、よろしくお願いします!

 それでは、今回はこれにて。





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