この国は、もうすぐ滅ぶ――
断続的に聞こえる剣戟と悲鳴の嵐の中、少女は悲愴に暮れる。
ラトゥリア王国が誇る、純白の王城の中、最上階の一室で少女はぼんやりと下界を見下ろしていた。

ラトゥリア王国第一正当王位後継者、エレオノーラ・ヒリメルナ・ラトゥリア。
エレオノーラの眼前に広がるのは炎に包まれ、煙を上げる家々と逃げまどいなすすべもなく魔物の群れに蹂躙される人々の姿。
それは若干15歳の少女が背負うにはあまりにも厳しすぎる現実だった。



母親はエレオノーラがまだ子供の頃に病気で死んだ、母親が死んだ後、エレオノーラは聡明で優しい兄と、厳しく厳格でありながら優しくエレオノーラを守って くれた父親、そして何人ものお付きの者達によって大事に育てられた。
エレオノーラは何一つの不自由なく、大切な人々に囲まれて幸せに育った。

しかし、幸せは長くは続かなかった、エレオノーラが10の時に兄が国を出奔したのだ。
理由は簡単だ、父である国王が兄に対して王位を継承させないと言ったからだ。
ラトゥリア王国では慣例として女性が王位を継ぐことになっている、なぜならラトゥリアの王族の女子には代々ある特殊な「力」が受け継がれるからだ。
現在の王である父も、元はといえば「力」を持つ王女であった母に見初められた王国騎士の一人であった。
そして、当然であるが兄は男であった、それ故に「力」は兄に継承されず、エレオノーラのみに受け継がれた、そのために国王は兄に国を継がせる気はないこ と、エレオノーラこそがラトゥリア王国の次期王女であることを兄に伝えたのだ。

兄は国を出た、それ以来兄の行方は一切わからず、もはや死んだものとされていた。
そして、さらに月日は流れ、エレオノーラが15になり、正式に王位が継承されたある日、悲劇は起こった。



ラトゥリア王国の各地で一斉に魔物の群れが大量発生し、国中の村や町を襲いだしたのだ、王国は一瞬で混乱に陥ったが、エレオノーラに王位を継承させ、王国 騎士団を率いるために将軍職に就いていた元国王である父は、すぐに王国騎士団を率いてこれら魔物の討伐に赴いた。

初めの頃こそ、騎士団は魔物に対して勝利を収めたものの、圧倒的な物量と、普通の魔物では考えられない、不意打ちや待ち伏せ、補給路の分断といった緻密な 攻撃を前に騎士団は苦戦を強いられ、やがては敗走した。
父は起死回生の手段として、その時最も多くの魔物が集まっていた町に全軍で攻撃する作戦に出た。
しかし、その作戦は結局失敗し、王国騎士団は壊滅、父は戦死した。

わずかばかりいた生存者の目撃証言によると騎士団を壊滅させ、「剣鬼」と呼ばれ恐れられた父を圧倒的な力で殺したのは、国を出奔し、数年間行方不明だった はずの兄だった。

兄は、国を出た後、悪鬼悪魔といった魑魅魍魎が住む北方大陸に渡り悪魔達から異形の力を手に入れ、さらには人間が使ってはいけないとされる禁術にまで手を 出したのだ。
それらによって兄が手に入れた力は、まさに「魔人」と呼ぶにふさわしいものだった。

「魔人」と化した兄は、その力を使い、王国中を破壊し蹂躙した。
エレオノーラはわずかばかりの兵団を集めこれに抵抗しようとしたが、父ですら勝てなかった兄を相手に勝てるはずも無かった。
そして、国を荒らしまくった兄は最後の仕上げとばかりにエレオノーラがいる王城に攻撃を仕掛けてきたのだった。



戦火に包まれてる城下町を見下ろし、城と町を結ぶ大橋に目を向けた。
そこでは、たった二千人ばかりの騎士達と、数千、数万を軽く超える魔物、魔獣達がひしめきあっていた。
今、ラトゥリア王国の全兵力はたったの三千人だ、橋の上で戦っている兵士達が二千人、残る千の内、城の城門部分に五百人、城の内部に五百人がいる。
しかし城門部分の五百は新米兵士や怪我人などの十分に戦えない者達、城内に至っては女子供を含めた非戦闘員すら入っている。
「絶望」の二文字しか見えてこないこの状況でエレオノーラは呟いた。
「お父様、お母様、あなた方が愛し、守ろうとしたこの国は王族である実の兄によって滅ぼされようとしています、私にはもうどうすることも出来ないのでしょ うか、教えてください、お父様、お母様・・・・」
エレオノーラは静かに祈りを捧げる、わずかでも希望を見いだすために。

そんな中、ドタドタと騒がしい音とともに一人の人物がエレオノーラのいる部屋に入ってくる。
「姫様!もはや大橋が陥落するのも時間の問題です!どうか、どうか我らを置いてお逃げ下さい!」
彼の名はブラウン・ライトマイア、エレオノーラが子供の頃からずっとエレオノーラの親衛隊長として身の回りの世話や護衛を担当していた王国騎士である。
「ブラウニー・・・」
エレオノーラは彼の事を子供の頃からの愛称で呼ぶ。
「姫様、こうなれば我ら王国親衛隊は決死の覚悟で敵陣に突っ込む覚悟でございます!どうか、最後のご命令を!」
彼は、基本的に博識で様々な物事に精通するのだが、一度頭に血が上ると、とにかく短絡的な思考回路になってしまうのが欠点だった。

そして、エレオノーラは彼の必死の形相を見てふと考える。
(ブラウニーは本当に優しい人だ、私のために平気で自分の命を投げ出すだろう、ううんブラウニーだけじゃない、今まで何人もの人たちが父や、私を守るため に死んでいったんだ)
エレオノーラの親衛隊長を努める、初老を過ぎた男性は、今も必死の形相でエレオノーラを見つめている。
(だったら、やっぱり私は、こんないい人達に死んで欲しくない、いいえ、これ以上この人達を私達のせいで死なせるわけにはいかない、そうでしょ、お兄様)
今はもう敵となった兄のことを考える。
国を出てから、悪魔と手を結び、さらに禁術に手を出し魔人と化した兄。
(お兄様の目的は間違いなく国を出ることになった原因、父と私への復讐、ならその復讐にこれ以上関係ない人たちを巻き込んではいけない)

エレオノーラは一つの決心をする。
「ブラウニー、お願いがあるの、たぶん最後のお願い」
「何なりとおおせ下さい」
「そのために、城のみんなを、城門にいるみんなも含めて一番広い部屋・・・・謁見の間に集めて」
「ただちに」
ブラウンはすぐさま部屋を出て、走り出した。
エレオノーラは部屋の一角にある大きな絵画を見た。
そこには幼い頃の自分と、父、母、兄の家族全員が映っている絵が飾ってあった。
「お父様、お母様、私は兄によってこれ以上関係ない人たちが死なないように精一杯やってみるつもりです、ですからお父様、お母様、そこから見守っていてく ださい」
エレオノーラは絵に向かって深く頭を下げる。
そしてエレオノーラが部屋を出ようとした時、
″エレナ″
何か、とても懐かしい声が聞こえた気がして後ろを振り返った。
振り向いた先にあるのは家族全員が映った絵、しかしいつもより少し暖かい感じがした。

そこに映る母の姿はエレオノーラなんか比べ物にならないくらいの美人で、きれいな金色の髪をしていて、全てを包み込むような優しい笑顔をした、まるで女神 みたいな人だった、だがうっすらと覚えている母の姿は、やはりそれくらい美しかったように思える。
そしてその隣にいる父の姿は、厳しく、真面目で、何事にも公平に対処する父の、しかし家族にだけは甘く優しかったその姿をこくめいに写し取っていた。
″エレナ、あなたは美しくて優しい、いい目をした子だから、きっと大丈夫″
また、懐かしい、いつだったか聞いたような気がする声がした。
「お母様・・・・?」
しらず、その声の主の名前を呟く。
″お前は、守りたいと願うものを守ることが出来る子だから、自分を信じなさい″
「お父様・・・・!」
強くて優しい、父の声が聞こえた気がした。
″″いってらっしゃい″″
最後に二人の声が重なって聞こえて、声は、もう聞こえなかった。
エレオノーラは、家族全員が映る絵に向かって一度深々と頭を下げたあと、
「いってきます、お父様、お母様」
エレオノーラはそう言うと、振り返ることなく、部屋を駆け出していった。




*  *  *




謁見の間、そこは本来なら国の王が人々と謁見するための部屋だが、しかしそこには部屋に入りきらなかった人も含めれば千人を超える人々が集まっていた。
謁見の間にいる人々は、皆どこかに傷を負っていたり、戦うことが出来ないような老人や若者、女子供ばかりだった。
しかし全員に共通してることがあった、それは決して諦めないという意志、生きようとする力が目に宿っていた。

「皆のもの、これよりラトゥリア王国王女エレオノーラ様による最後の命令がある!心して聞け!!」
親衛隊長ブラウンが声を張り上げると、部屋にいる人々は一斉に視線を部屋の最奥部、玉座に座るエレオノーラへと向けた。
エレオノーラはゆっくりと部屋にいる全ての人々へ向けていく、そこにはエレオノーラが関わった様々な人々がいた。
いつもエレオノーラの身の回りの世話をしてくれたメイド達と執事達、彼らには本当にたくさんお世話になった。
給仕長と給仕係のおばさん、つまみ食いをして怒られたこともあった、この夫婦にはいつまでも仲良くやって欲しい。
この間入隊したばかりの新米兵士達、エレオノーラと年が近いこともあってたまに話をした、みんな決して逃げ出さずに、ここに残ってくれた。
剣術指南係のガルおじいさん、もう90を過ぎているのに新米兵士達に剣術を教えることを生涯の生き甲斐としている、エレオノーラは彼から剣術以外の様々な 古い知識を教えて貰った。
他にもたくさん、色々な人たちがこの城を守るために残ってくれた。
そして、一番最後、親衛隊長のブラウン、小さな時から何度も遊んだり、しかられたり、様々なことを教えて貰ったりした。
「さ、姫様、我らの考えは皆同じですぞ、姫様のためなら何でもする所存ですので、どうぞ何なりとおっしゃってくださいませ」
ブラウンが言う。
「うん、ありがとう、ブラウニー」
エレオノーラは一歩前に進み、精一杯の大きな声で呼びかける。
「みんな!私のために、ううん、この国のためにここに残ってくれてありがとう!みんなにはたくさん、本当にたくさんお世話になったよ!だから、最後の、み んなに最後のお願いがあるの!」
皆が息をのむ音が聞こえた、そして、


「みんな、私のために生きて!!」


「なっ!!」
ブラウンが驚いたような声を上げた。
「いけませんぞ!姫様!皆姫様が生き残ることを最優先で考えているのです!姫様にもし何かあったら――」
「だから!だったらなおさら!私はみんなに生きて欲しいから!一人でも多くの人に助かって欲しいから!!」
「そんなことを言っても!姫様!ここに奴らが来るのももはや時間の問題なんですぞ!今は何とか先代の女王が残してくれた結界のおかげで何とかなってるよう な物で誰かが生き残るためにも誰かを囮にしなけりゃいけない状況なんですぞ!」
「だから、その役割を、私がやろうって言ってるの!」
「なっ!そんっ!てっ、姫様!いけませんそんな危険な――」
「それからもうひとつ!ブラウニー、いえ、ラトゥリア王国親衛隊隊長ブラウン・ライトマイアに命令します!」
「・・・・・・・・!」
「これを、持っていてください」
エレオノーラがブラウンに渡した物、それはラトゥリア王国正当王位継承者である証、王族のみが持つことを許される金のペンダントだった。
そのペンダントの中央にはラトゥリア王国の国旗にもある純白の鳥が大空に舞い上がろうとしている姿が刻まれていた。
「お願い、このペンダントは兄に渡すわけにはいかないから、だから、いつかそのペンダントを、必ず、必ず私に返して!」
エレオノーラはブラウンに抱きついた。
「姫様・・・・・」
「私は、ここで、みんなのために死ぬつもりはないよ、みんな生き残ったのに私だけが死んじゃったら意味無いもの、だから、必ず生きてここから脱出するか ら、だから、お願い、ブラウニー」
ブラウンはエレオノーラを一度だけ強く抱きしめると、
「わかりました、不肖このブラウン・ライトマイア、国の宝であるこのペンダントを一時的にお預かりいたします、必ず生きて会いに来てください」
「うん・・・・・!」



ブラウンとエレオノーラの約束が終わった瞬間、城門の方で悲鳴や大きな破壊音が聞こえてきた。
「ついに、そこまで来たわね、みんな!私が敵を引きつけるから、その間にみんなは城の地下から脱出して!ブラウニー、みんなをお願い」
「わかりました、どうか姫様もご無事で!」
ブラウンは皆を逃がすために地下へと誘導し始めた。
エレオノーラはもうそちらの方は見ることなく、真っ直ぐ敵のいる場所、城の外に向けて歩き出した。
そして、エレオノーラの、いや、ラトゥリア王国第一正当王位後継者、エレオノーラ・ヒリメルナ・ラトゥリアとしての最後の戦いは始まった。




*  *  *




エレオノーラはラトゥリア王国のもうひとつの国宝である『赦しの杖』(リリースワンド) を構える。
城門では既に一部の魔物が門を突破してたむろしていた、そこに突然現れたエレオノーラは、魔物達から見ればかっこうのエサでしかない。
何体もの、コボルトやオーク、ゴブリンにグレムリンといった人獣型の魔物達は一斉にエレオノーラに襲いかかる、しかしエレオノーラはただ一言、言葉を唱え ただけ。


絶対領域』(アブソリュート)


エレオノーラを中心とした一定の領域に純白の魔力防壁ができあがり、それに触れた魔物達は一瞬で灰燼と化した。
ラトゥリア王国の王女達に代々受け継がれる「力」、それは『絶対領域』という強大な結界を初めとするいくつかの術を使うことができることだった。

エレオノーラはそのまま城門の外まで『絶対領域』とともに進む、城門を抜けた先、城と町を結ぶ大橋の上には数十、いや数百を超える数の魔物達と、トロール やキマイラ、バウンドドッグ、ワームといった中級魔物、魔獣の凄まじい群れがひしめいていた。
エレオノーラは、しかしそれらにも決して臆することなくただ一言、「力」ある言葉を言い放つ。


雷の閃光』(ライトニングレイ)


言葉を唱えるとエレオノーラの回りに、一つの白い塊が現れる、それは『赦しの杖』の力を受け、10の塊に分裂する。
さらにそれらは、力を収縮し始め、エレオノーラは十分な力が溜まったことを確認すると
「放て」
瞬間、エレオノーラの回りの10の白い塊は、白い軌跡を描く雷の光線と化して次々と魔物の群れを焼き払った。

さらに上空に目を向けると、ハーピーやガーゴイル、ワイバーンといった飛行可能な魔物達が、城の空から攻撃を加えていた、結界にもかなりダメージを与えて いるようだった。
エレオノーラは一切の躊躇無く、「力」を行使する。


白の縛導』(ライトライン)


瞬間、エレオノーラの足下から、何十本もの白線が飛び出し、上空へ突き進む、そして次々と魔物達を縛り上げ、圧殺していった。

上空の敵を片っ端から撃破していたエレオノーラは、視線を再度橋の上に戻す。
そこには、先ほど以上の勢いで凄まじい数の魔物が押し寄せていた。
エレオノーラは、また「ライトニングレイ」を放とうと集中し、
「う・・・・ぐ・・・・・・はっ・・・・ハァ・・・・・・!」
地面に膝を付いてしまう。
エレオノーラが持つ「力」というのも本来はあれほどの威力はない、『赦しの杖』による魔力増幅機能により強制的に威力をはね上げているだけだ、そしてエレ オノーラにとって「力」を全力で使うのも、これほどの戦闘も始めての経験だった。
そして、「力」の酷使は、エレオノーラへの負担が大きすぎた。
「ハァ・・・・・・ハァ・・・・まだ、まだよ・・・!」
顔を上げ、前を見る、そして全力で『赦しの杖』に魔力を注ぎ込む。
『ライトニングレイ』
何とか、四つ白い塊を呼び出すことに成功する。
「放て!」
四本の雷の光線は真っ直ぐに魔物達を焼き払い、突き進み、そしてある一点まで進んだところで、一斉にかき消えた。
その、ある一点、
魔物達の中央に佇むひとつの異形
様々な異形を混ぜ合わせたように、異質なその姿。
胴体はまるで鎧にでも覆われたかのように、厚く硬い外皮。
腕は体毛に覆われ、両手の先の爪は異様に鋭く、長い。
黒く、いびつで、大きく、禍々しい翼。
首の回りをトゲのようなものが覆っており、その上にあったのは、
その部分だけが、異常に普通であるがゆえに、とてつもなく不気味な、人間の顔。
その顔は、その姿からは連想できないひどく優しげな声で、エレオノーラに語りかける。


「久しぶりだね、エレナ」


それは、実に数年ぶりの、最悪な兄妹の再会だった。

「ええ、お久しぶりね、ラスフォルト兄さん、ずいぶんとお変わりになりましたね」
「ははは、そうだろう、すごく、かっこよくなっただろう?」
「ええ、ホント、イカレた姿になってしまったものね」
「はっはっは、そう誉めるなよ、エレナ、それにこの姿、僕も物凄く気に入ってるんだ」
兄妹の会話は、血が繋がっているとは思えないほど、坦々と交わされる。
「それで、その姿で、あなたはお父様を殺したんですか」
「ん?そうだよ、父上もずいぶん馬鹿なことをしたもんだ、この僕に勝てるわけがないのに」
「あなたは・・・・!」
エレオノーラの中で静かな怒りが燃え上がっていく。
「這いつくばって命乞いをしたなら命くらいは助けてやるつもりだったのに、父上ったら国のためにそんなことは出来ん、とか言ってさ、傑作だったよあの ―――」
「黙りなさい!」
「ん、ん?エレナ〜誰に向かってそんなことを言っているのかな、この兄に向かって」
「その薄汚い、口を閉じろと言ってるのです!」
エレオノーラは叫ぶ。
「あなたは・・・・国を混乱に陥れただけでなく、今度はお父様まで馬鹿にするのですか」
「あんなよわっちい奴のことなんか気にするなよ、それよりさ、エレナ、提案があるんだけど」
「何ですか」
「降伏しなよ、そうすれば命だけは助けてあげるから」
「誰がそんなこと・・・・!」
「かわいい妹を殺すのはしのびないからね、まぁ他の奴はみんな殺すけど」
「ふざけないでください!!」
「ふざけてなんかいないよ、この姿になってからね、何かを殺したり壊したりするのが楽しくて仕方ないんだ」
「お兄様、あなたは・・・・「力」を求めるあまり、「力」に溺れてしまったのですね」
「ははは、何を言ってるんだい、「力」こそが全てだと気付いただけさ!エレナ、君も僕みたいになりなよ、きっと楽しいよ!」
「お兄様、あなたと話すことは、もうありません」
「ははははは・・・・ならどうする、僕を殺すかい?エレナがさっき使った程度の術じゃ僕はいくら喰らっても死なないよ?」
「ラトゥリア王国に伝わる「力」がまさかあの程度だと思いますか?」
「はははははははは!なら見せてみろよ、そして僕にその「力」を証明して見せろよ!!」

エレオノーラは『赦しの杖』を構える。
エレオノーラが今から使おうとしている術は、エレオノーラが持つ、最強最大の術だが、しかし、エレオノーラにも完全に制御できる自信はない。
だが、兄を倒すには、この術しか残っていなかった、だから、自分の全てを賭けて、この術を使う。
「私の中の全ての「力」よ、お願い、この国を守るために、私に手を貸して!」
自分の中に残る、全ての魔力と「力」を『赦しの杖』に放り込んだ。


白の大鳥』(ホワイトバード)


瞬間、あたりは光に包み込まれた。




*  *  *




「もう少しじゃ!もう少しで峠を越えられるぞ、もう少しだけ頑張るんじゃ!」
ブラウニーこと親衛隊長ブラウンは山道をノロノロと歩く者達を叱咤する。
そして、時間を掛けながらも、ブラウン達が峠を登り切った時、誰かが言った、
「王城が・・・・・!!」
ちょうど峠を登り切った所から後ろを振り返ると、城の様子がはっきりと見えた。
「なんだ・・・・あれは・・・・」
また誰かが言った。
王城は、真っ白な光に包まれ、そのほとんどが見えない状態になっていた。
(あれは、姫様の・・・・・!)
ラトゥリア王国の王女が最強の呪文を使った時に発生する光だ、ブラウンは先代の女王が最強呪文を使ったときの姿も見ているため、間違いない、
「あそこに・・・・姫様が・・・・」
ブラウンは呆然とする。
あの術は強力すぎるがゆえに歴代の女王達でも実際に使ったことがあるのはほんの一握りのはずだ、それを、あの年若い女王が使うとなると。
(そうまでしなければならないほどの相手だというのか!ラスフォルト殿下は・・・!!)
ブラウンが内心で驚愕に打ち震えていると、ようやく、光が収まり始めた。

光が収まると、そこにはまさにラトゥリア王国の国旗そのままのような姿があった。
今まさに舞い上がらんとする、純白の鳥。
ラトゥリア王国の王女にのみ受け継がれる「力」、その最強呪文『ホワイトバード』。
その力は、自らをラトゥリア王国の守護神であり、全てを浄化する『白の大鳥』へと変化させるというものだ。
その白き鳥が、ゆっくりと、空へと飛び立とうとしていた、翼を羽ばたかせ、その巨体を浮かせていく。
それを邪魔しようとした、魔物、魔獣達は、しかしその白い羽に触れただけで消滅していく、『浄化』の力だ。
そして、『白の大鳥』と対をなすようにして、今『黒の魔人』が空へと飛び立った。
その二つの形は、空中で、数秒見つめ合ったあと、正面から、激突した。
白と黒の形は、正面から激突した後、すぐさま距離を取って、再度激突する。
さらに離れ、また正面から、二度、三度、四度、五度・・・
幾度となく繰りかえされる空中戦を、ブラウン達はただ息をのんで見守ることしかできなかった。

空中での激突が、何度目を迎えた頃だろうか、白と黒の二つの影が距離を取ったあと、そのままにらみ合いを始めた。
(ついに決着か・・・・)
白の大鳥の周囲に、白い「力」が集まっているのが見える、それと同じように、黒の魔人も周囲に黒い「力」を集中しているのが見えた。
二つの「力」が互いに干渉し合い、空間に異常をきたし始める、それすらかまわず、二つの力は、延々と強大になっていく。
ついに、双方の力が極大に達したとき、どちらからということもなく、お互いの全力を賭けた力が真っ正面からぶつかり合っていく。
正面からぶつかり合った白と黒の力は、双方のそのあまりの力の強さに、凄まじいエネルギーの奔流と化し周囲に荒れ狂う。
「うお・・・!」
ブラウン達がいるところにまで、被害は及び、大地が、木々が、傷ついていく。
エネルギーの奔流による被害を必死で耐えること数瞬、ようやくエネルギーの奔流が収まりはじめる。
「っ・・・・・ッ・・・・姫は、姫様は!!」
ゆっくりと、二つの「力」がぶつかった付近の視界が晴れていく。
そして、皆が見たものは、
「なっ・・・・んだと・・・!」
「そんな・・・・・あぁ・・・・」
「一体何が!!」



二つの「力」がぶつかり合ったその中心、城と、城下町とを結ぶ橋の上、

橋も、町も、人も、魔物も、魔人も大鳥も、全て、

全て、何もかも消えていた。



序章2<了>




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