第八話「『運命の選択』みたいな………『生まれた場所』への帰還」 前編
《Side アキト》
木星蜥蜴の領域である火星大気圏上で、俺達の戦いは始まった。
「よぉぉぉしっ、いっくぜぇぇぇぇっ!!」
最初に飛び出したのはスバルさん。
一機のバッタに、バーニアで加速を付けた拳を叩きつける。
そのまま、スラスターを小刻みに吹かして敵の一群を引き付ける。
「ヒカルっ!!」
「ハイハ〜〜イ」
控えていたヒカルさんが、引き付けていた一群にフィールドアタックを仕掛ける。
「ほ〜〜ら、お花畑ぇ〜……ってこれ二度目だねぇ」
二人のエステの後ろは言葉どおり、爆発による紅い花が咲き乱れる。
「ふざけていると……棺桶逝きだよ」
「いや〜ん、イズミったらいきなり真面目モード?」
「ごめんね、性分なの」
「変な奴、変な奴変な奴変な奴変な奴………」
そんな話(というか漫才?)をしながら、三人は固まってフィールドアタックで敵を蹴散らす。
「なんだか、楽しそうだな」
『仕方ないさ、しばらく戦闘もなかったから鬱憤が溜まっていたんだろう』
ユラの言葉に納得しつつ、俺はオレで敵を撃ち落していく。
しかし、その数は一向に減らない!?
むしろ、増えていると言った方がいい。
『チッ、奴等は俺をマークされているみたいだな』
何十機目かのバッタをブレードで切り裂きながら、おもむろに呟く。
『えっ?』
『サツキミドリでの戦闘で、俺が自分達にとって一番危険な存在だと判断したんだろう。
全く、敵にモテてもちっとも嬉しくない』
確かに、アレだけの強さを見せ付けられたら、無人兵器とはいえ危険視する筈。
敵も、ただ戦うだけの機械じゃないと言うことか。
『………アキト、ここは俺が引き受ける。
その代わり、敵の旗艦を叩いてくれ』
「ち、ちょっと待てよっ!?
いきなり、そんな事を言われてもっ!?」
それに、俺にできる訳が…………
『心配するな、アキト。
今のお前なら、必ずできるっ!!」
不安が顔に出ていたのか、俺に激励をしてくれる。
すると不思議な事に、さっきの不安は消え、その代わりに全身に力が満ち溢れてくる。
これなら、たぶん………いや、絶対にイケるっ!!
「よぉぉしっ、やってやるっ!!」
『ガツンっと一発かましてこい』
「応っ!!」
勢いそのままに、敵の旗艦へと針路を向けてバーニアを吹かす。
敵の旗艦に近づくと、そのフィールドの強度の高さに阻まれて立ち往生しているスバルさんたちがいた。
そういえば、どうやってアイツを落とす?
………考えても仕方ない、とりあえずは…………
「うぉぉおぉぉぉっ!!!」
勢いよく敵のフィールドに突っ込み、互いのフィールドが拮抗し合う。
だが、それはほんの数秒間だけ………
「うわぁぁぁぁっ!!!」
あっさりと敵のフィールドに弾き飛ばされ、慌てて姿勢制御用のスラスターを操作する。
「クソっ、敵のフィールドか………」
『危ねえだろうがっ、タコっ』
『かっこいいけど、マヌケな特攻でしたね』
『死に水は取ってあげるわ』
『イズミィィィィっ!!』
間髪入れずに、次々と俺の周りにウィンドウが開かれる。
『それより、どうするの?
このままじゃあ…………』
「『『『う〜〜〜〜ん』』』」
ヒカルさんの言葉に頭を悩ませる。
………あっ、そういえば前にユラが言っていたな。
「敵のガードが堅いときの崩し方を教える。
まずは、両腕でガードしている相手の場合は、一点に向けての鋭い一撃を繰り出してこじ開ける。
こちらの力が勝っていればこれで終わるが、もし逆の場合。
その時は、もう一度だけ同じ場所に間隔を空けずに攻撃を仕掛ける。
すると、最初の一撃でガードに開いたほんの小さな穴が大きく広がって………」
「……そうだっ!!」
次の瞬間、右脚のウェポンラックからイミディエットナイフを取り出し、再度の攻撃を敵旗艦に仕掛ける。
『オイっ、テンカワっ!?』
『本当に特攻っ!?』
「違うよっ!!」
あの時、教えて貰った事を応用すれば……
「入射角さえっ!!」
敵旗艦のフィールドと、ナイフによるフィールドアタックが激しく拮抗する。
あと少しっ、あとほんの少しなんだっ!!
「クッ、負けるもんかぁぁぁぁぁっ!!!」
バーニアの出力を限界まで跳ね上げ、さらにフィールドを押し込む。
すると、敵の装甲に小さなキレツがエステと共に左へ流れるように入る。
素早くその場を離れ、一定の間隔を取ると瞬時に反転。
ナックルガードを装着して、再び攻撃。
「ゲキガァァァンシュゥゥトォォォっ!!!」
さっきのキレツ部分にナックルガードがメリ込むのと同時に、そこを中心に炎が巻き起こる。
それは一部分に治まらず、内部から艦全体に爆炎となって広がる。
敵の旗艦は、その大きさに比例する大爆発と共に周りの護衛艦を飲み込む。
そして、この戦闘の終りを告げる様に火星宙域をまぶしい光が包み込んだ。
《Side ルリ》
「前方の敵80%消滅、降下軌道とれます……どうぞ」
そう言って、私はデータをウィンドウに表示して、ミナトさんに投げ渡します。
「サンキュ、ルリルリ♪」
「へえっ?」
………いきなりは……ズルイです。
「さあて、みんな用意は良い?
ちょっと、揺れるわよ」
「その前に、エステの回収」
ゴートさんの声は、発する時間は短いのに妙に響くのが特徴です。
「とっくにやってるよ」
「エステバリス全機の回収を確認」
「ラピラピにパルパル、お疲れ様♪」
「ラ、ラピラピぃ?」
「パ、パルパルぅ?」
二人とも、私と同じ様に「キョトン」として作業が一時中断してしまいました。
「火星熱圏内、相転移反応さがりま〜す♪」
ミナトさんが熱圏到達を告げるの同時に、幾重の光の筋が見えてくる。
それを見たメグミさんは、不思議そうな顔をして疑問を口に出しました。
「何ですか、あれ?」
「ナノマシンの集合体だ」
ゴートさんが端的に説明しましたが、良く解っていないようです。
「ナノ………」
「ナノマシン……小さな自己増殖機械。
火星の大気組成を地球の環境に近づける為、ナノマシンを使ったのね」
私がそれを補足する様に言葉を口から紡ぎ出します。
「ふーん」
「そう、今でもああして常に大気の状態を一定に保つと共に、有害な放射線を防いでいるのです。
……その恩恵を受ける者はいなくなっても………」
「ナノマシン第一層通過」
「そんなの、ナデシコの中に入っちゃってもいいんですか?」
「心配いりません。
火星ではみんなその空気を吸って生きてたんですから、基本的に無害、おトイレで全部出ちゃいます。
あっ……いけない………」
「そういえば、艦長も生まれは火星でしたな」
「そうなんだ……」
メグミはさんは顔をすこし俯き、表情に少し影が差し込みました。
どうしたんでしょうか?
「嫉妬ね……」
「はっ?」
パールが呟きました。
「またの名を、恋する乙女のジェラシーだよ」
それに続いて、ラピスもです。
「はあ……」
「グラビティブラスト、スタンバイ」
「いいけど……どうせなら大気圏外で使えば良かったのに………」
「恋敵は、同郷の幼馴染の人」
「互いに共有した時間と思い出には敵わない」
「でも、私はあきらめない」
「地上に第二陣がいる筈です。
カタログスペック上は射程距離には問題ありませんが、敵のフィールドに相殺される可能性があるので念のため。
それに、包囲される前に一撃で撃破したいから……艦首、敵に向けてください」
「了解よ♪
相転移エンジン出力安定………」
「そんなのは、私の愛する気持ちで補ってみせる」
「「だって………それが恋なのだから……」」
「あの〜……そのセリフは何処から?」
「「地球を発つ前に買った、○ぼんの最新号に載ってた(わよ)」」
「そ、そうですか……」
目の前に、その雑誌が差し出される。
「「読む?」」
「遠慮します」
ハァ……たまに二人の事が分からなくなります。
ユラさんは、いったいどのような教育を………ユラさん?
そういえば、艦長は重力制御の操作の命令を出しましたっけ?
確かめて見ましょう………
『ちゃんと、重力制御しておけよなっ!!』
『テ、テンカワァァっ!!』
『『きゃああああっ』』
『なんで、あいつばかりいい目に……どわぁぁぁぁっ!!』
『ゲッ、こっちに来んなウリバタっ、ガフッッ!!』
『ありゃ、二人がピンボールゲームみたいにアチコチに当たってる
……戦闘では目立っていないけど、こういう所では目立っているなヤマダの奴』
………っとまあこんな感じで、格納庫では阿鼻叫喚(二人だけですけど)の悲鳴が響いています。
それにしても………ユラさん、なんで宙に浮いているんですかっ!?
無重力ではないのに非常識です……と言っても、たぶん無駄でしょうね。
また、何かの術を使っているに決まっています。
ユラさんには私の常識が通用しない事が、この僅かな期間で理解できました。
しかし、こんな結論に達する私はバカなんでしょうか?
物思いに耽ている間に、地上にいた第二陣は消滅。
「敵影消滅、周囲30キロ圏内に木星蜥蜴の反応なし」
ついに、ナデシコは目的地である火星に降り立ちました。
「これより、地上班を編成し、上陸艇ヒナギクで地上に降りる」
現在、ブリッジでは今後の行動を決める会議の真っ最中。
一応、戦闘指揮権の持ち、経験豊富なフクベ提督が口火を切り始めました。
「しかし、どこに下りますか?
軌道上から見る限り、生き残ったコロニーは無さそうですが…………」
「先ずはオリンポス山の研究施設に向かいます」
「ネルガルの?」
プロスさんの言葉に、スバルさんが疑問の声を上げます。
「わが社の研究施設は一種のシェルターでしてね、一番生き残っている確立が高い物ですから………」
ついでに、研究データを持ち帰るわけですか………やっぱり、人命救助は建前でこっちが本命ですか。
「では、地上班メンバーを………」
「あの、オレにエステを貸して欲しいんですけど」
「なんだと?」
突然のテンカワさんの申し出に、ゴートさんが眉をひそめます。
「ユートピアコロニーを見に……」
「生まれ故郷の?」
そういえば、艦長とテンカワさんはお隣さんだったと聞きました。
なら、知っていても当然ですね。
クルーの乗員名簿にも目を通していない艦長が………
それと、提督が「ユートピアコロニー」と言う単語を聞いたとき、明らかに動揺の色が見えたのが気になります。
「あそこには何もありませんよ………チューリップの勢力圏です」
携帯用の計算機を操作しつつ、ハッキリと言い切るプロスさん。
「分かってる……けど、見ておきたいんです」
「だから………」
直も食い下がるテンカワさん、それを止めようとする副長。
「構わん、行きたまえ」
いとも簡単に、意見が通りました。
「お飾りだが、私にも戦闘指揮権はある。
そうだね、ゴート・ホーリー君」
「し、しかし………」
「誰にでも故郷を見る権利はある……若者なら、尚更だ………」
「ありがとうございますっ!!」
その言葉を聞いたテンカワさんは、本当に嬉しそうでした。
けれど、どうして提督は許可をしたんでしょうか?
先程の動揺と何か関係が?
それに………故郷って、そんなにしてまで見たいものでしょうか。
私には理解できません。
地上班の編成がは、パイロット三人娘(ラピスが命名)とヤマダさん、あとはプロスさんとゴートさんに決まりました。
ようやく、話がまとまった所に………
「プロスさん」
ユラさんがプロスさんに声を掛けました。
いったい、どうしたんでしょうか?
「契約通り、一時的にナデシコの指揮権から外れて独自の行動を取らせて貰います」
「ハイ、それはりょうか………」
「ええぇぇぇぇぇぇっ、なんでぇぇぇぇえぇぇっ!!!」
プロスさん言葉を妨げるように、悲鳴じみた声を上げる艦長。
今回ばかりは仕方がないと思います。
表情は変えませんが、私でさえ内心ではかなり動揺しています。
「どうしてっ!?
どうしてなのユラ君っ!?」
「艦長、プライベートな事などで理由は言えません。
それに、この件はネルガルによって了承を得ています」
「でも、でも、でもっ!!」
「これ以上の返答はありません。
もし、まだ質問をしてくるようならば黙秘権を行使させて頂きます」
「えっ……ううぅっ………」
艦長……いえ、周りいる全員が押し黙ります。
ほんの少しですが、ブリッジを沈黙が支配します。
「ユラ、それで何処に行くの?」
「当然のことだけど、私たちも付いていくわ」
沈黙を破ったのは、やはりラピスとパールでした。
何だかんだ言って、この二人には甘いですからね。
きっと、ユラさんも………
「ダメだ」
えっ…………
「ど、どうして……」
「そうよ、理由を説明してく………」
「来るな」
先程とは違い、重く冷たい沈黙が辺りを包み込みました。
それは当然の事だと思います。
だって、あのユラさんが二人を完全に拒絶したんですよ!?
今までに、何回かそういう場面を見た事ありますが、その度に上手く説得してやんわりと断っていました。
しかし、今回は声量こそ普通ですが、とても冷徹で有無を言わせない迫力を持っています。
これじゃあ、まるで……まるで別人ですっ!!
「何もないなら、もう行く」
そう言って、ユラさんはブリッジを後にしました。
………私の両隣には、ラピスとパールが顔を俯けて震えていました。
その姿を見て私は…………
どうして、こんなにムキになって走っているのか自分でも分かりません。
でも、これだけは分かっています。
頭ではなく、心がそう叫んでいます。
生まれてきて十一年、こんな気持ちになったことは一度もありません。
だからっ…………
「待ってくださいっ!!」
ようやく見えた、そのうしろ姿を追い掛けながら必死に呼びかけます。
それでも、歩調を緩めてくれません。
私はこのままでは埒があかないと思い、正面に回り込みます。
「待ってください、ユラさんっ!!」
そうして、やっとその歩みをユラさんは止めてくれました。
「何か用かい?」
その言葉を聞き、私は息を整えてから、今まで俯いていた顔を上げて向き合いました。
口調は普段通りに戻っていましたが、その瞳には冷徹さがまだ残っています。
でも、私は怯みません。
「どうしてですかっ!?
どうして、二人を冷たく突き放すように言ったんですかっ!!
何時もの様に、上手く説得すれば良かったじゃないですかっ!!
なのに……なのに何故ですっ!?」
感情の赴くままに、思いつく限りの言葉をぶつけ続けます。
「…………私は二人の……二人の………」
同じオペレーターだから?
同じマシンチャイルドだから?
いいえ、違います。
私は二人の………
「友達として、今回のユラさんの行動は許せませんっ!!」
そう………私は友達である二人が、あんなに悲しそうな顔させたこの人が許せない。
だから、こんなに必死になる事が出来た。
それが、今の私の動機。
誰にも否定される権利なんてありません。
「そうか………」
ユラさんが悲しそうに目を伏せます。
すると、何か考えるように右手を額に置き、顔を俯けます。
「……ありがとう、ルリちゃん」
俯けていたのは、時間にして約一、二分でしょうか。
ユラさんは顔を上げて私と向き合い、ゆっくり話し始めます。
「あいつらの事を思ってくれて………嬉しいよ。
ラピスとパールに、心を許せる親友ができたんだな」
ユラさんの瞳は、何時もの様に穏やかで優しいモノに戻っています。
「……二人をそんなに思っているなら、何故あんな事をっ!?」
「………守る為だ」
「まも……る?」
「ああ………肉体的ではなく、精神的にね……」
「どういうことですか?」
「詳しくは言えないけど、俺の推測が正しければ………今から向う所はあいつらを傷つけかねない場所なんだ。
それにね、ルリちゃん……同じ事が君にも言える」
その言葉で、私はすぐに気付きました。
そこは、おそらく…………
「MCの研究所……いえ、実験場でしょうか」
「半分は正解」
「半分ですか?」
「そこは、君が思っている所よりも………遥かに恐ろしい地獄だ。
いや、その言葉でも生ヌルイとこかもしれない」
背すじに「ゾっ」とするような悪寒が走ります。
それは脅しでも、誇張でもありません。
全て事実だと………そうユラさんの瞳が語っています。
「そうでしたか………すいません、あの私……その………」
「いや、ルリちゃんは悪くないよ。
……あの時の俺は、自分の事しか考えずに感情的になり過ぎていたんだ。
あの真実を知られたくないが為にね………」
「真実?」
そう聞き返すと、ユラさんは「しまった」といった顔になり、目を逸らしました。
「ああ〜〜と、そのね………そうだ、後で二人にフォロー入れておいてくれないかな?」
「言える範囲でいいから教えてください。
そうすれば二人も納得してくれると思いますし、私も説明しやすいです」
少しイジワルそうに笑って見せると、ユラさん「参った」とばかりに深い溜息をつきました。
「真実というのは、この身体の事なんだ」
「身体……ですか?」
「そう……そこには、この身体についての研究データが残っている筈なんだ」
「それはどのような?」
「ゴメン、それ以上は言えない」
私は、「言える範囲でいい」と言ったのでこれ以上は聞きません。
「………ルリちゃん、俺は怖いんだ。
みんながこの真実を知った時、俺を見る目が変わるのがとても怖い」
「……ナデシコのみなさんは『バカばっか』の集まりですから、そんな事は気にしないと思います」
「うん、俺もそう信じたい……けれど、臆病者だからね俺は………」
とても寂しそうに、そして自嘲気味にユラさん言います。
「最初に『二人を守る』と言ったけど、本当は自分を守る為だったのかもしれない。
………やれやれ、俺は自分にも嘘をついていたみたいだ」
「あの、ユラさ……」
「ルリちゃん、今までの愚痴は聞かなかった事してくれるかな?」
「えっ……そ、それは構いませんけど………」
いきなりだったので、少し慌ててしまいます。
「ありがとう………最後にもう一ついいかな?
伝言を頼みたいんだ……『あとで謝るから』ってね」
「わかりました、フォローの時に言っておきますね」
「それじゃあ、よろしくね」
ユラさんは、少し急ぐように格納庫へと向いました。
私はブリッジに戻りながら、今あった事を反すうしていました。
しかし、どうしてもあのユラさんの姿しか浮かびません。
後半の最後に話していたその姿は、「触れてしまえば直ぐに壊れてしまう」……そんな、儚さを感じます。
私は、『ユラ・マルス』という人物の弱さに触れ、それと同時にラピス達を思う優しさを目の当たりにしました。
《Side ユラ》
ヒナギクが出発し、アキトもユートピアコロニーに向かった。
しかも、ウリバタケさんに聞いた所によると、やはりメグミさんは付いて行ったみたいだ。
俺もグズグズはしていられないと思い、支度後にエステを発進させる。
エネルギーの事を考えて、今回は重甲フレームに換装。
目的地はそう遠くはないが、単独行動なので念を入れての選択だ。
そういえば、地球を発ってからコイツに換装したのは初めてだな。
こいつは、宇宙空間ではの戦闘は不向きだから仕方が無いか。
周りの景色を眺めながら、足元から聞こえるローラー音をBGMに走り続ける。
ふと、火星の荒野を走り続けている道中で俺は先程あったことを思い出す。
ルリちゃんが、あそこまで感情的になるなんて予想外だったな。
周りの人たちとの影響もあるだろうが、一番の要因はラピスとパールによるものだろう。
あの二人が意識してか無意識なのか分からないが、積極的にナデシコのクルーとの交友を大切にしている。
そうすると、よく一緒行動しているルリちゃんも自然と「輪」に入る訳だ。
そのおかげで、他人とのコミュニケーションによる精神的成長。
つまり、感情表現の豊かさと人との触れ合いで学ぶ事もあると気付くのだ。
全く、あの二人には感謝したくても、感謝しきれないな………
そんな事を考えていたら、【 もうすぐ、目的地 】とウィンドウに表示される。
それを見て、俺は思考を中断しながら、これから眼にする出来事に身構えつつも走るスピードを上げる。
「参ったな……入り口が完全に塞がれてる」
手に入れた情報だと、あの施設は極秘裏の研究を扱っていた為、表向きは製薬会社として活動していたらしい。
それで会社跡に来て調べてみたら、建物は何とか形を保っていたのだが、地下の隠し通路は完全に塞がっていた訳だ。
「ここが使えないとすると………」
瓦礫を吹き飛ばす事も考えたが、ヘタしたら通路が崩壊して生き埋めになりそうなので諦めて他の案を考える。
「少し遠くなるけど、予備のルートを使うか」
なるべく、あそこのルートは使いたくなかったんだけどな………まあ、仕方が無い。
余り時間も無いので、外にあるエステへと直ぐに移動を開始する。
「んっ、微かにだけど人の声が………」
普通の人なら聞こえはしないだろうが、この身体は五感が異常に鋭く作られている為か、この声を聞き逃さなかった。
急いで気配を探ってみる………
普段は半径100メートルが気配を感じる探索範囲だが、それだけに集中すればその範囲を2、3キロに拡大できる。
………いた。
しかし、存在が随分小さい………もしかして子供なのかっ!?
「チッ、何でこんな所に子供が!?」
俺は、気配のある方向へと急いで向う。
なぜなら、子供の気配の近くに生き物では無い気配を感じたからだ。
生き物では無い、この火星で生き物では無いと言ったら………
やっぱり、バッタかっ!?
通路の先には、バッタに追い詰められた少女が床に座り込んでいるのが見える。
マズイ……第四チャクラまで開放。
「間に合えっ、疾風っ!!」
自身の身体が、数10メートルの距離を一気に駆け抜ける
ちょうど、俺は少女の右側から飛び出し、その娘を抱え込んで助ける。
その瞬間、“疾風”を解いて片膝を着くように着地。
今まで少女がいた場所には、バッタの機銃により無数の穴が床に空いていた。
「大丈夫か?」
「あっ………う……」
目の焦点が合っていない……クッ、パニック障害かっ!?
マズイな、後ろのヤツらも見逃す様子はない。
「チラリ」と見ると、こちらへゆっくりとした歩調で三機のバッタが近づいてくる。
まるで、その様は獲物の品定めをしながら近づいてくる肉食獣を彷彿させる。
雑魚とは言え、両手が塞がって戦うのは危険。
しかも、相手は対人用ではなく、対機動兵器用のバッタ。
だったら、やる事は一つ。
再度、“疾風”を使って駆け出す。
外のエステにまで辿り着ければ、この娘を隠せるし、何より持ってきておいたアレがある。
この状況を打破するには、そこに辿り着くしかない。
思考に浸ったのは、ほんの一瞬。
その僅かな時間で、脱出口はもう見えていた。
そこは、なんの変哲もないただの窓。
ただし、四階に備え付けられたモノである。
しかし、俺は一切スピードを緩めない。
そのまま直進を続けて………飛び降りた。
長い髪の毛が全て逆立ち、空気を切り裂く音が耳に聞こえてくる。
下には、銀色に光るエステバリス……どうやら、方向は合っていたみたいだ。
マイナス
“力場結界”発動……術者の半径1メートルの【重力】ベクトルを(−)への【変換】を執行。
発動と同時に落下スピードが緩まり、そのままゆっくりと着地する。
この術は、あらゆる力場に干渉して力の方向を自由に操作できる。
今回は、コレを使用して着地の衝撃を緩和させたのだ。
直ぐに俺は、ハッチを開けてアサルトピットに入り、少女を中のシートに寝かせてから目的の物を掴んで外に出る。
同時に、バッタも窓から飛び降りて来て、少し離れた所からこちらの様子を窺っている。
それを見て、俺は左手に持っている物を強く握り締めながら近づいていく。
バッタも走りながら、同じ様にこちらに向かってくる。
「一刀流………」
バッタ達は、さらに速度を上げてこちらへと向ってくる。
どうやら、パイロットの方は脅威ではなく、機体の方だけを危険だと判断しているみたいだ。
普通はそうだが、俺は………
「疾空閃(しっくうせん)」
刀を抜き放つと同時に、常人には視えない速さで何十回も斬りつける。
「………普通の枠に収まっていない存在でね」
崩れ落ちて、物言わぬスクラップとなった(元)バッタ達に、一言だけ忠告してやった。
「少しは落ちついたかい?」
「はい………」
バッタを破壊してから、約四十分が経った頃だろうか、ようやく落ちついた少女に話かける。
「まずは、自己紹介をしようか。
俺は、ユラ・マルス……ユラでいいよ、君は?」
「セリカ……セリカ・ファシネンス」
「じゃあ、『セリカちゃん』って呼んでいいかな?」
俺の言葉に「コクリ」と頷き返してくれる。
まだ、少し怖がっているようなので、最低限の受け答えしか出来ないようだ。
「それじゃあ、セリカちゃん……なんで、あんな危険な場所にいたの?
見たところ、中学生くらいだろうし………安全か危険かの判断はつくと思うんだけど………」
「えっと……わたし………です」
「んっ、何かな?」
「わたし……十二歳です」
「はっ………マジで?」
「……はい」
こりゃ、驚いた。
長く艶やかな黒い髪、整った顔立ちに凛とした表情。
瞳の色には、琥珀色が少々掛かっている。
背も十二歳の平均を上回り、それに合わせるような長い四肢。
オトナっぽい……と言うより、彼女の出す神秘的な雰囲気が実際の年齢よりも上に思わせる。
「そりゃ、悪かったね」
「いいえ、良く間違われるから馴れてます」
「そうなの………まあ、こんなに綺麗なんだからしょうがないか。
……じゃあ、話を戻すよ。
なんで、あそこにいたの?」
………っと聞いたのだが、彼女は顔を赤くして、少し俯いた感じになっていた。
聴こえていないみたいなので、顔を近づけて「どうかしたの?」っと聞くと、さらに顔を赤くして沈黙する。
いったい、どうしたんだ?
「え、えええっとと、あそこに居たのは薬を探しに行ったんです」
少し、慌てた感じで彼女は答える……さっきの凛とした表情は微塵も無い。
「薬を………確かに、あそこは製薬会社だったから、薬の一つや二つあると思うけど………
セリカちゃんは、ケガをしてないみたいだし……ということは、友達がケガをしているのかな?」
少しだけ驚いた表情を取ったが、直ぐに表情を戻して会話を続ける。
「ハイ……私の住んでいた所の隣に建っている孤児院の先生が………」
「そうか………で場所は何処?」
「『場所は』って………」
「このエステにはメディカルキットもあるし、簡単な医術なら学んだ事がある。
ここで会ったのも、何かの縁だ……最後まで付き合わせてくれないかな?」
「でも、ユラさんは何か目的の為にここに来たのでは?」
「ちょっと、アクシデントが遭ってね。
目的を遂行できそうにないんだ。
それに、ここまで聞いて引き下がったら後味が悪いしね」
「そうですか………わかりました、お言葉に甘えさせていただきます。
場所は………ユートピアコロニーです」
「ハァ〜〜〜、なんか出来すぎていないか?」
「何がですか?」
「いや、なんでもない」
現在、俺たちはユートピアコロニーの避難場所に続く地下通路を歩いている。
この通路をよく観察すると、中央は人が通る為か瓦礫が一つも落ちていない。
おそらく、誰かが退かしたのだろう……両端に瓦礫が集められている。
目線を下に向けると、足元では非常灯が点いていた。
このコロニーの電気は、まだ生きている事をあらわしている。
「ここの電力は、どこから供給されているんだい」
「少し離れた場所に、生きている発電施設が在りましたから」
「そうか………」
この辺りは、どうやら施設の損害が少ないみたいだ。
無人兵器は、エネルギーの高い場所を攻撃する事が多い。
発電施設が残っているという事は、ここでの戦闘は余り起こってない証拠だ。
これなら、研究所への通路は生きているかもしれない。
実は、もう一つの隠し通路がこのユートピアコロニーにあるのだ。
偶然と言うか、ご都合主義と言うか、何と言うか………
「ユラさん、着きましたよ」
色々と考えている内に、どうやら避難場所に着いたようだ。
目の前には、侵入者を拒み、中の人々を守るのように厚い鉄の壁が立っている。
「こちらから、どうぞ……」
促されるままに、非常用の電子ロック式ドアから中に入る。
そこには確かに人はいるが、誰からも生気というものが感じられない。
感じられるのは「絶望」と「諦め」、「希望」という言葉は微塵も無い。
いったい、どんな光景を見てきたのだろうか。
「みんな、あきらめているんです。
何もかも、全てが無駄だと思ってますから」
「そうだろうね……俺が来ても、全く反応しない」
俺は火星の生き残りではなく、明らかに「地球から来ました」といった格好をしている。
だが、未来さえ見るのをあきらめている人々にとっては、「無関心」というよりも何も考えたくないんだろう。
そうすれば、これ以上の絶望は無い………余計な希望と期待は、更なる絶望へと落とす。
その結論に至るまでに、人々はどれだけの絶望を味わったのだろうか。
おそらく、聞いても答えは返ってこないだろう。
「先生は何処に?」
「こっちです」
彼女に導かれ、避難民がいる広間から奥の方にある一室に案内される。
この場所は医務室として使われているらしく、先程の場所より多少は清潔にされている。
薬棚を見つけるが、中身は空の状態に近い。
これじゃあ、消毒が精一杯の処置だろう。
セリカちゃんが危険を犯してまで、あの場所に探しに行ったのも納得できる。
ふと、彼女の姿が見えない事に気付く。
当たり見回して探すと、カーテンで仕切られた所から彼女の声が聴こえてきた。
はて、何処かで聴いた事がある声が3つ程あるが誰だろう?
それを確かめるべく、カーテンの向こう側へと足を進める。
「あれっ、ユラじゃないかっ!?」
「ユラさん、どうしてここに?」
「アキトとメグミさんこそ、何でここに?」
この二人がここにいるという事は、もう一人はもしかして………
「説明しましょう。
彼らは、私の前に突然降ってきたカップル(?)。
おそらく、老朽化した地下天井が重さに耐え切れずに崩壊、それに巻き込まれたのね。
取り敢えず、状況を説明する為に避難所に案内したって訳。
付け加えると、医務室に居る理由は……彼女、タカベ・ミナの容態が変化した為。
二人は、流されるままに付いてきただけよ」
この「説明」と、この声………間違いないな。
「やはり、イネス・フレサンジュ博士でしたか」
「あら、私の事を知っていると言う事は……ネルガル本社の関係者かしら」
後ろを振り向くと、外套に身を包んだ彼女が立っていた。
「それで、ここに何の用かしら?
あなた達が欲しがっている研究データ、私は持っていないわよ」
「今の俺は、ネルガルの社員ではありません。
ここにいるのは、彼女の治療をするためです」
そう言って、俺はタカベ・ミナさんに目線を移す。
「治療ですって?
あなたは医者なのかしら……例えそうでなくてもこれ以上できる事は無いわ。
私も医術には精通しているけど、ここの薬品と設備ではまともな治療なんてできない。
やれる事は、苦しみを和らげるだけ………病状の進行は止められないわ。
あなた達が乗ってきた人型兵器のメディカルキットも、同様の事が言えるわ」
表面上は淡々と答えている様に見えるが、彼女の瞳の奥からは怒りが感じられる。
それは自分へのモノなのか、こんな状況にしたヤツ等へのモノなのか、それとも………
「己の愚かさが理解できたかしら?
安っぽい善意の押し付けは、はっきり言って迷惑なだけよ」
「なんだよ、それ………あんた、言って良い事と悪い事があるぞっ!!」
イネスさんの言葉に激情するアキト。
「確かにあなたの言う通りです………」
「えっ?」
「どうやら、あなたのお友達は賢いみたいね」
「何でっ!?」といった顔をするアキトと、タメ息と共に表情に若干の影が差すイネスさん。
あのように言っていたが、イネスさんも少しは期待していたようだ。
「……ですが、それは普通の人だったらの話です」
「………どういうことかしら?」
俺は苦笑しながらベッドで眠る、タカベ・ミナさんに話しかける。
「初めまして、ユラ・マルスといいます。
セリカちゃんに、あなたの治療を申し出た者です」
「は、初めまして、タカベ・ミナです」
軽くウェーブの掛かった肩の半ばまでの栗色の髪。
ダークブルーの瞳に、余りに白い肌。
身体の線は多少は細いが、母性を感じさせるふっくらとした感じのスタイルがそれを打ち消している。
セリカちゃんに聞いたところ、これで二十三歳とは驚きだ。
身を起こそうとする彼女だが………
「あっ、そのままでいいですよ。
それと、ミナさんと呼んでいいですか?」
混乱させないよう、怖がられないように自分にできる精一杯の笑顔を向ける。
「はっ、はいっ!!
もちろんですっ……と言うか是非お願いしますっ!!」
「はあ、どうも」
急にどうしたんだろう?
まあ、いいか………
「イネスさん、ミナさんの病状は?」
「……肝不全よ………彼女は元々、肝機能に障害を持っていてね。
一月に一回の通院と薬の服用で、健康な人とそう変わらない程度モノだったのよ。
でも、この状況でしょう……食生活も激変して、尚且つ設備も薬も処方できないから病状が悪化。
代謝合成作用も落ち、肝臓で解毒される有害物質が血中に残って、他の内臓も弱って来ているわ」
「そうですか………なら、大丈夫だな」
「大丈夫って………」
「まあ、観ていてください。
ミナさん、失礼ですが腹部を直接触らせて貰っていいですか?」
「全然OKですっ、どこでも触っちゃってください」
「いや、どこでもって……まあいいや」
右手を彼女の腹部に当て、意識を集中させて体の氣の流れを読む。
「えっと、セリカちゃんだっけ……」
「……あのあなたは?」
「ああっ、俺はテンカワ・アキト」
「テンカワさん……ですか。
それで、私に何か?」
「たいした事じゃないんだけど……ミナさんって、いつも『ああ』なの?」
「いえ、私も初めて見ます。
普段は、ほんわかとした感じです……まあ、原因は分かっていますけどね」
「あっ、やっぱり……」
「はい………私も同じ様な事がありましたから」
集中している所為か、妙な会話を耳にする。
イカンいかん、今は目の前の事に集中、集中と………
………やっぱり、肝臓を中心に周りの内臓の氣が淀んでいる。
でもまあ、この位なら治癒は可能だな。
「回生光(かいせいこう)」
右手の手の平に温かな光が生まれ、それが彼女に吸い込まれていく。
すると、ミナさんの青白かった顔に赤みが徐々に差して込んでくる。
「……フゥ、終わりましたよ。
もうこれで、薬も通院も必要ありません。
完全に治しちゃいましたからね……あなたは、もう健康体そのものなんですから」
それを聞くと、彼女はベッドから降りて自分の身体をアチコチと動かして、自身を確認している。
「……いつも在った気だるさがない。
身体全体がとても軽くて、心地よい気分が私を満たしています」
病弱そうな印象が消え、今は生気に満ち溢れた表情になっている。
それを見たセリカちゃんが彼女に飛びつき、一緒にその喜びを感じあっていた。
「ユラ・マルス……」
「何ですか、イネスさん?」
「あなた、いったい何をしたのっ!?
解りやすく、丁寧に、コンパクトにせ・つ・め・いしなさいっ!!」
「分かりましたから、顔を寄せて来ないで下さい。
はっきり言って、目がすんごく怖いです」
表情は変わりないが、目が「私に説明できない事があってたまるか、とっと吐けやコラっ」てな感じで本気で怖い。
「あれは、自らの氣を使って彼女の淀んでいた氣を浄化して、機能を正常にしたんです。
淀みは、身体に異常があると出るモノで………例えば毒とか、病気などで侵された部分とかにでるんですよ」
まあ、他にも霊傷や悪霊憑き、土地の浄化などに使うけどね。
この辺りは、説明しても解らないだろうな。
「氣ですって……そんな、非科学的な物を私が信じるとでも?」
「信じる信じないのは、そっちの自由です。
でも、彼女が治ったのは事実なんですから」
「まだ、治ったとは……」
「確認したいのなら、どうぞ好きなだけしてください。
………後から来る、ナデシコでね」
苦笑交じりで答えると、イネスさんは「やられた」といった顔と共にタメ息をつく。
「あの………」
「どうしたんだい、セリカちゃん?」
「あの、ありがとうございます。
私の命だけでなく、先生の命まで救っていただいて……」
「気にする事ないよ、俺が勝手にやった事だしね」
「そんな事を言わないで下さい」
「先生……」
セリカちゃんの肩に手を置きながら、ミナさんが話を続ける。
「不治と言われた私の病気を治していただいて、『気にする事ない』なんて酷いじゃないですか」
ミナさんは、微笑を浮かべながら俺を諭すように言葉を発する。
「今の私には、お礼を述べる事しかできません。
……ですから、せめて感謝の気持ちを受け取っていただけませんか」
「……そうですね。
ありがたく受け取らせていただきます」
「……では、本当にありがとうございました」
「ありがとうございます、ユラさん」
「どういたしまして」
素直に、セリカちゃんとミナさんの礼を受け取ることにした。
………こういうのも、悪くはないな。
「さてと、そろそろ行くかな」
「えっ、何処に行くんですか?」
メグミさんが、行き先を聞いてくる。
「実は、このユートピアコロニーに俺の目的の場所に通じるもう一つの通路が残っていそうなんです」
「『目的の場所』って、ブリッジで話していたところか?」
「ああっ、偶然にもセリカちゃんと行き先が同じで驚いたよ」
さっきも思ったけど、ほんと偶然だよな………偶然と言う言葉で片付けられるか?
よくよく考えてみると、おかしい所が幾重もある。
でも、いったい………
「どうかしたの?」
「い、いえ、何でもありません」
「まあ、別にいいけど……それより気になるのが………『目的』って何かしら?」
「科学者の性ですか、イネスさん」
「ええっ、そうよ」
「それは、ちょっと教えられ……」
待てよ、彼女は地球を探しても滅多に見つからない優秀な科学者だ。
研究所のデータを解析するのは、さすがに一人では限界がある。
ここで、協力関係を結んでおけば、解析も楽になるかもしれない。
ならば、この機会を逃す訳にはいかない。
「……『目的』は、ある実験データの回収です」
「実験データね……それは、何ついてのかしら」
イネスさんは一瞬だけ考え込み、次に出たのはデータの詳細を求める言葉だった。
「内容はまだ言えませんが……回収できたら、口外しない事を条件に解析を手伝って欲しいんですけど……」
「ふぅん………どうして、考えを急に変えたのかしら」
変えた事に対して警戒が半分、興味が半分入り混じった表情で訊いて来る。
「……ある程度の知識は持っていますが、さすがに専門外なので限界があります。
なるべく、人には知られたくないんですが………俺は『真実』が知りたい。
その為にも、あなたの知識が必要なんです。
イネス・フレサンジュ博士、協力して頂けませんか?」
俺は「お願いします」と言って、頭を下げる。
「………先ずは、そのデータを持ってきてちょうだい……話はそれからよ」
「はいっ、ありがとうございますっ!!」
自分でも驚く位に、子供のように喜んでいるのが解る。
そう思っていたら、なんか後ろから………
「ユラさんって、あんな顔も出来るんですね」
「そうね……あんな顔を向けられたら、お姉さんはもうキュンキュンよっ♪」
「せ、先生?」
「俺たちも、あんな顔をするユラは初めて見た」
「そうですね。
普通に笑っているのは結構見ますけど、あそこまで無邪気な笑顔は見た事ありませんね」
なんか、色々と言われているけど……そんなに、珍しいかな?
なんか、急に恥ずかしくなってきたぞ。
ここは退散して、とっと回収しに行こう。
「でも、その前に……」
持ってきたバッグの中から、あるモノを探す。
「……んっと………あった、あった」
取り出したのは、小さな木製のバスケット。
「中に何が入ってるんだ?」
「これには………」
アキトの質問に答える前に、中にいた奴が顔を出した。
「うう〜〜、ようやく外に出れましたぁ〜」
「ユナちゃん(さん)!?」
ぬいぐるみサイズのユナが中から飛び出し、「フヨフヨ」と俺の周りを浮かぶ。
「護衛兼連絡係として、ここに置いていくから」
「あっ、アキトさんとメグミさん、どうもです。
あれっ、なんか知らない人達がいますけど?
まあ、とりあえずは自己紹介をしないと……
ユナで〜〜す、主様の式神をやっていますので、どうぞよろしく♪」
そして、イネスさんたちに気付いたユナが、彼女たちに向けて挨拶をする。
しかし、挨拶された人たちは………
「完全に固まっていますね」
「メグミちゃん、そう簡単に事実を受け入れられないと思うよ」
「ナデシコのみなさんが、順応性が高すぎるんですよ。
普通、私を見たらあんな反応ですよ」
ふむ、見事に固まっているな。
このスキに、さっさと探しに行きますか。
ライフルケースを大きくした感じのバッグを左肩に背負って………
「イネスさん、ユナの事はアキトに訊いてくださいね」
「はあっ!?」
「それじゃあ、アキト……あとはよろしく〜〜♪」
そう言って、この場を後にした。
「ち、ちょっと待てよ。
ユラっ、何で俺…が……イ、イネスさん、なんか目がすごく怖いんですけど………
ハハハっ、とりあえず落ち着きましょうね。
だから、その注射器を………」
「アキトさん……なんかこの人、私の事を狙っているみたいなんですけど……」
「……って、何時の間に俺の肩にっ!?」
「そんな事よりもっ、前っ、前っ!!」
「前って……ぎゃぁぁぁぁぁぁっ、無数の注射器が目の前にっ!?」
「この扉の向こうが、隠し通路になっているのか……」
一見、ただの壁に見えるが、横に備え付けられている非常用のシャッターを開閉する操作盤がある。
それに、ロック解除以外のコードを入れると開く仕組みになっているのだ。
「えっと、暗証コードは………」
荷物から、携帯用の超小型PCを取り出し、端末に接続して暗証コードをハッキングで探し出す。
ちなみに、両端の持つ部分がコンソールになっているは、自分用にカスタマイズしたからだ。
…………見つけた。
即座にPCを経由して、暗証コードを打ち込む。
すると、予想通りに壁の一部が横にスライドし、隠し通路が現れた。
PCをバッグに戻し、地下へと続く通路に足を踏み入れる。
………しかし、研究者達もふざけた暗証コードを考えたもんだ。
『The evolution which becomes new』………新たなる進化だと?
俺たちは進化種などではない、貴様等の欲望がどれだけの命を散らしたっ!!
奴等の愚かさ考えただけで、胸糞が悪くなる。
俺は、その愚かな行為を全て暴いてみせる。
数十分ほど歩くと、学校が一つ建てられる位の広さを持った場所に辿り着いた。
「地下にこんな空間が在るとは……」
人工の光と舗装された道、樹々は存在しているだけのイミテーション。
コロニーの全ての地区から、完全に独立しているのでネットワーク接続は無い、
ここの電力は全て自家発電で賄われており、誰もいなくても機械はその役目を続けている。
「まるで、箱庭だな………」
全て人の手で造られた箱庭。
そして皮肉にも、ここで生まれた命も人の手で造られた者だ。
「あれが、研究所か……んっ、壁の一部が崩れている」
研究所から、少し離れた場所の壁に穴が空いていた。
近づいて調べてみると、老朽化や地震などの自然的なモノではなく、明らかに爆発などでムリヤリ抉じ空けていた。
………ということは。
「っっ!?」
その場から、素早く左に飛び跳ねる。
その直後、避けた場所に無数の銃弾が放たれた。
すぐに体勢を立て直して、銃弾が放たれた方向見てみる。
「バッタの群れかよ……」
一機のバッタの機銃から、自分が撃った事を現すように煙が立ち昇っている。
その後ろには、軽く見積もって三十機のバッタが俺の事を凝視していた。
「熱烈な歓迎だなぁ〜」
苦笑しつつも、集中力を高めて迎撃体勢を取る。
持っていたバッグを下ろし、中から拳銃を二丁とそのホルスターを取り出し、腰の後ろに取り付ける。
ヤツ等は、まだ警戒しているのか襲ってこない。
一応、俺の方もいつでも飛び去れる様にしてあるので、万が一の心配は無い。
次に取り出したのは刀……その数は四本。
――――次の瞬間。
素早くそれを全て抜き放ち、空中へ投げる。
同時に、俺に向けて無数の機銃が発射された。
それが、戦闘開始の合図となった。
“力場結界”発動……五点の座標を固定、限定三十秒間【磁力】の【発現】を執行。
放たれた弾丸を前方に飛び上がって避け、空中で術を起動させる。
すると、俺が定めた地点に「磁力」が発生し、投げた刀が引き寄せられる様に突き刺さった。
次に俺は、高さが最高点に到達する前に、身体を捻って反転。
そこに到達すると、俺の頭は地上に、足は天に向いている状態になっていた。
腰の後ろから銃を抜き、装填された弾をバッタに向けて全て撃ち込む。
銃身からは「マズルフラッシュ」が輝き、両手には反動による衝撃が伝わってきた。
真下にいる何機かが爆発し、残った物は巻き込まれないように素早く散開する。
俺は、飛んだ地点から20メートルほど離れた所に着地し、硝煙が昇る白と黒の銃に目をやる。
右手に持つのは、デザートイーグル 50AEをベースに作り上げた黒を基調とした銃『イデア』。
対して左のが、リボルバーマグナム S&W M500をベースに作り上げた白銀を基調とした銃『アニマ』。
それぞれ、金で特殊な装飾を施した事により、銃自体が俺の氣を吸収して常に弾丸を氣でコーティングしてくれる。
これにより、DFを貫いて本体にダメージを与える事が可能となったのだ。
余談だが、ベースになったこの二丁の銃は今でも現役で活躍している。
すぐに、その場から移動を開始しつつ、リロード(再装填)を行ない。
完了と同時に、迫り来るバッタに向けてトリガーを引く。
『イデア』からは空の薬莢が勢い良く飛び出し、地面に落ちる音が残りの弾数を教える。
あと、六発か……これなら、一本目までに間に合うな。
バッタが一機、二機、三機と破壊され、その数を減らしていく。
そして丁度、装填された弾を撃ち尽くした所で最初の目的地に辿り着く。
『イデア』をホルスターに戻し、空いた右手に刀を握りしめる。
視線の先には、迫り来るバッタが十機………俺はその一群に挑みかかる。
「フッ!!」
刀を横一線に薙ぎ払い、二機のバッタを一刀両断する。
そのまま、勢いに身を任せて回転し、後ろから飛び掛ってきた奴を切り裂く。
こちらの強さを認識したのか、残った七機が一斉に仕掛けてきた。
おもむろに、俺は持っていた刀を地に突き刺す。
すると、突き刺した刀がスパークし、俺を中心に無数の雷が舞い踊る。
「一刀流 秘技 雷華円舞(らいかえんぶ)」
技名を発すると同時に、雷がバッタに襲い掛かる。
後に残ったは、黒く焦げたバッタの残骸とボロボロの刀。
「やっぱり、秘技クラスの技には耐えられないか………」
朽ちた刀身を捨て、次の刀の場所に向けて走り出す。
途中で三機のバッタが道を塞ぐが、『アニマ』で三回発砲。
いずれも、それぞれの顔の部分に命中し崩れ落ち、そいつらが爆発する前に駆け抜ける。
しかし、先程の三機の後ろにもう一機が控えており、今まさに背中から小型ミサイルが発射される処だった。
「囮を使うとは、奴等も考える様になったな。
だけど、まだまだ………」
プラス
“力場結界”発動……座標を固定、【重力】ベクトルを(+)への【変換】を執行。
目の前のバッタが地面にめり込み、その状態のまま動かなくなる。
そいつの上を飛び越えて離れた瞬間、発射前だったミサイルが爆発した。
それと同時に、俺は突き刺さっていた刀を手に持ち、反対方向から来る一群に向けて構える。
「ハァ………“疾風”」
息吹と共に、また走り出す。
加速状態のまま敵の一群に突っ込み、あるいは銃で、あるいは刀でバッタを次々と破壊していく。
元々、多対一の戦闘が多かったので、有効な攻撃方法や敵の動きなどは解っている。
それにちょうど、ムシャクシャしていた処だ………ストレス解消に付き合ってもらうぞ。
敵の一群から抜けると、俺の背後には両断されたモノや、風穴が空いたモノなどが転がっていた。
その光景を見た残りのバッタは、こちらに向けて一斉功撃を仕掛けてきた。
無数のミサイルと弾丸が放たれ、こちらに向かって来る。
“光鎧障壁”でも、さすがにこれだけの攻撃を防げないだろう。
しかし、俺は慌てずに左手で握る三本目の刀を抜いて構える。
さてと、久々にやりますか………
「右に宿るは氷………左に宿るは風………」
それぞれの刀に、青白い光と緑の光が刀身を包み込む。
「吹けよ氷雪………」
右の刀身が、さらに輝きを増す。
「唸れ疾風………」
左も同様に、その刀身の輝きが増す。
「二刀流 奥義………」
頭の上で、二本を交差させて………
「氷嵐蒼破っっ!!!(ひょうらんそうは)」
振り切ると、刀身から生まれた力がこの空間の一部を支配する。
巻き起こった嵐は、弾丸やミサイル………さらには、バッタさえも凍りつかせる。
その数瞬後、ひび割れるのと同時に崩れ去るバッタの一群と二本の刀身。
「さすがに秘技より上の奥義だと、完全に崩れるな……」
両手から零れ落ちる、粉々の刀の破片を見ながら呟く。
「まあ、数打ちの刀だし……全機倒したから良いとしよう。
………それに、一本だけまだ残っているからな」
残った刀を回収して、研究所の出入り口へと足を進めた。
「………電子ロックが壊れてる」
いざ入ろうとしたら、備え付けられた電子パネルが「バチバチ」と音を立てて放電していた。
いったい何が原因なのかと、調べてみると………
「……氷片が突き刺さっている」
パネルの下に穴が空いており、中を覗くと半分溶けている氷片が残っていた。
まったく、自分で自分の首を絞めてどうするんだ、俺はっ!?
俺は思わずその場で、頭を抱えて座り込んでしまう。
「………ハァ、仕方が無い……力ずくでいくか」
いつまでも、落ち込んでいられないと思い。
残った刀を両手で持ち………
「ハァァアァァっ!!」
掛け声と共に、扉に思いっきり袈裟斬りを放つ。
………「キィン」という音が聞こえると、鉄製の扉に右斜めの線が入り、そのままスライドして地面に落ちる。
「名づけて、斬・鉄・剣……………ポーズまで決めて、俺は何してんだろうな」
突っ込みしてくれる人もなく、ただ一人ボケる俺………すんごく、寒い。
「んっ……あああぁぁぁぁぁっ!!
刀が折れてるぅぅぅっ!?」
そんなバカなっ!?
ただの鉄の扉を斬り裂いた位じゃあ、折れる事はない筈。
「なんで………この扉、強化チタニウム合金だ……」
斬った扉の断面を良く調べてみると、鉄製ではなくて、戦艦の外部装甲にも使われる金属だった。
やばい、これで全部の刀を折ってしまった。
この時代は刀を探すのにも苦労するし、業物では無い数打ちでも数十万円はする。
……また、プロスさんに怒られそうだ。
他の事はまだしも、お金の事には厳しいからなぁ〜。
「ハァ………言い訳を考えておかないとな」
足取り重く、ようやく研究所の内部に足を踏み入れた。
後編へ
あとがき
大変お待たせいたしました。
二ヶ月半ぶりのクイック二式です。
八月の終りに更新の予定をしていましたが、一ヶ月も遅れてしまった事を深くお詫びいたします。
実は、期末のテストの結果が悪くて追試を受ける事に………
それが八月の終りに行われた為、書き始めたのが九月の初めだったので大幅に遅れました。
ちなみに、追試は無事に通過いたしました。
しかも、パソコンが故障したので直すのに一週間。
もの凄く、疲れました。
今回は、量の問題から初の前後編モノになりました。
話の内容はいかがだったでしょうか?
急いで書いたので、うまく書けたか心配です。
最後に、今回も私の作品を読んで頂きありがとうございます。
次回作も頑張りますので、これからもよろしくお願いします。
WEB拍手くださった皆様に、深い感謝と遅れたお詫びを申し上げます。
それでは、次回またお会いしましょう。
感想
クイック二式さんご復帰♪
ユナ嬢はマスコットになって再登場ですね〜
今回はバッタ30機撃破! 既に下手なエステより強いですね〜
今回はFF7のDVDッぽい必殺技が繰り出されていましたね。
戦闘だけでなく、恋愛に、医療に無敵っぷりを遺憾なく発揮されてますね〜
アキト歓楽も目前か!?
はぁ…最近一々言うのもめんどくさくなってきましたが、アキトさんに悪い虫をつけるのはやめてください!
でも、考えてみると更に問題な事が発生しているようですね…
うん、下手すると君もね…
まあ、平行世界ではありますが…それでも、まずいですね…
う〜ん、あの世界ではアキト君より確実にいい男だしね。見た目は完全に女性だけど。
でもでも、それではアキトさんはどうなってしまうのですか!?
ユナとでもくっつくんじゃない?
アピールしまくってるし♪
…それが世界の選択であるというなら、仕方ありません…しかし、そんな安易な事でいいのですか!?
いや、ルリ嬢×アキトも十分安易だけどね…
読者さんたちからアキトさんに応援のメッセージを! このままではまずいです!!
ははは…
押して頂けると作者の励みになりますm(__)m
クイック二式さんへの感想はこ
ちらの方に。