獲物を目の前にして舌なめずりをする狼達に対し、ゲイナーは意外と冷静だった。
それは今、自分達が直面している危機を退けられるだけの手段を得ているからに他ならない。
ゲイナーはその手段を実行に移す為、キングゲイナーの胸部装甲を押し上げ、腹部のチャックを開く。
中からコックピットが露出した。
「何やってるのよ、ゲイナー」
ゲイナーの行動が奇行に見えたのだろう、彼に向けたティファニアの言葉には、焦りからくる怒りが僅かに混じっていた。
「何って、狼を追っ払うんだよ。こいつで」
「このゴーレムで?」
「ああ。だから、早く乗って!」
「でも……」
ティファニアは彼の言うことに素直に従うべきか迷っていた。
遭遇して間もない白青二色のゴーレムに戸惑いを抱くというのもあるが、それだけではない。
奇行に見えてもゲイナー自身はふざけておらず、いたって真面目なのである。
そんな彼の意図が、ティファニアには分からなかったのだ。
確かにゴーレムの中に逃げ込めば、狼に襲われる心配はないだろう。
だが、それは相手が諦めて去るまで身を潜めていただけであって、こちらが積極的に退けたのではない。
それをわざわざ「追っ払う」などと大仰に言うのだから、何か策があるのだろうか。
それとも単なるハッタリなのか。
ゲイナーのことを信頼していない訳ではないが、それでも彼の突拍子もない言い出しに不安を抱かずにはいられなかった。
「時間が無いんだ! ニコル、テファを中に入れるの手伝ってくれ!」
「お、おう!」
ニコルと協力して、躊躇するティファニアを強引にキングゲイナーの中に押し込める。
対する彼女は大した抵抗も出来ず、「ひ、ひゃああ!」という何とも間の抜けた悲鳴を上げるのが精一杯だった。
最後にゲイナーが中に入り、チャックを閉じる。
これで狼に襲われる心配は無くなったが、これで終わりではない。
ゲイナーは懐から小さな金属片――キングゲイナーの起動キーを取り出し、それを使ってシステムを始動させる。
聞き慣れた起動音が唸りを上げ、全天周囲モニターが外の様子を映し出す。
壁だと思っていた部分が急に外の風景に変わったので、ティファニアは驚いて短い悲鳴を上げた。
(機体、システム共に正常。武器やポシェットも異常無し……よし、いけるぞ!)
動作と装備を素早く確認し、異常が無いと分かるや、ゲイナーはキングゲイナーを本格的に稼動させる。
今、ここに“キング”の称号を持つ少年と、彼によってその名を与えられたオーバーマンの揺ぎ無きコンビが復活した。
「いくぞ、キングゲイナー! あいつらを追っ払うんだ!」
キングゲイナーは狼達が成す列に向かって一歩一歩、確実にその距離を詰めていく。
ただの岩の塊だと思っていた巨人が動き出したのを認めた狼達は、怯み、後退りを始める。
先程までの威勢は既に無い。
もはや形勢は逆転していた。
――こいつに関わってはいけない。
更に距離を詰めるキングゲイナーに、本能が危険を知らせる。
本能で行動する者は、決して己の本能に逆らうことはしない。
狼達もその例に漏れず、一目散に逃げ出した。
「やったぁ!」
キングゲイナーのコックピットでニコルが歓喜の声を上げ、ゲイナーがピンチを乗り切ったと安堵の息を漏らす。
不安げに成り行きを見ていたティファニアも、ホッと胸を撫で下ろした。
張り詰めていたものが解き放たれ、楽になった筈の彼女の心にある想いが影を落とす。
それはゲイナーに対する負い目。
あの時、自分達を助けようとしていたゲイナーを疑ってしまったのだ。
それがほんの僅かだったとしても、彼女にとっては許せるものではない。
人々から恐れの対象とされるこの姿ゆえ、ティファニアは今まで人里離れたこの森で静かに暮らしてきた。
それでも一緒に暮らす子供達と、そんな自分達を支えてくれるたった一人の姉がいてくれたからこそ、彼女は希望を失わずに済んだ。
だから、彼女は誓ったのだ。
疑うのではなく、信じようと。それなのに――
今更こんなことを思うのは我侭かもしれないけど、それでもゲイナーに謝りたい。
そう思うティファニアの意識は、自然と彼の方に向いていた。
「ゲイナー、ごめんね」
「え……?」
コックピットのシート越しから、ゲイナーが意外な顔でティファニアの顔を覗く。
「わたしね、さっきゲイナーが狼を追い払おうとした時、少しだけあなたのことを疑っちゃったの。まさかこのゴーレムを動かせるだなんて思ってもみなかった
から……でも、どんなことがあっても人を疑うのはよくないよね。だから、ごめんなさい」
その言葉を聞いたゲイナーは暫し驚きの顔を見せていたが、やがて気を取り直してこう返す。
「いや、何ていうのかな……そのさ、テファの言ってることは尤もだと思うよ。もし僕が君と同じ立場だったとしても、疑いを抱いてたと思う。でも、大事なの
はそこから先なんじゃないかな」
それは何かと思い、ティファニアがゲイナーを見やる。
「疑いを持ってしまったけど、それでも君は逃げずに素直な気持ちで自分自身と向き合った。それが出来る君はとても立派だよ。もっと自信を持ってもいいと思
う」
「ゲイナー……」
「偉そうなこと言ってごめん。僕だって人に説教できるタチじゃないんだけど」
そんなことはない。
ティファニアにはその言葉だけで十分だった。
素直な言葉が彼女の口から自然とこぼれる。
「ありがとう、ゲイナー」
気恥ずかしそうに黙りこくってしまうゲイナー。
コックピットを沈黙が支配する。
その沈黙を破ったのはニコルだった。
「ねーちゃんもゲイナーも何さっきからシーンとなってんだよ! 腹へっちゃたよ。早く帰ろーぜ」
「そ、そーね、帰りましょう」
「じゃあ、しっかりつかまってて。このまま村まで飛んで帰るから」
「え? 飛ぶ……?」
疑問を抱くと同時に、ティファニアの体がフワリと宙に浮くような感覚に包まれる。
慌てて周りに目を向けると、地面がどんどん遠ざかっているのが見えた。
感覚ではない、本当に宙に浮いているのだ。
「すっげえ、このゴーレム飛べんのかぁ」と、ニコルが目を輝かせる。
「テファ、村の方向はこっちでいいの」
「う、うん、だいたい合ってるわ」
「そうか、じゃ、行こう」
キングゲイナーが加速し始める。
「ひゃ、ひゃああああああああああ!!」
ゴーレムが空を飛ぶ。
彼女にとっては非常識な事態だけに、ティファニアはただ悲鳴を上げることしか出来なかった。
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