過去に自然環境の破壊という、自らの存続すらも危ぶめてしまう程の過ちを犯した人類。
同じ過ちを二度と繰り返さないと誓った彼らは、戒めのごとく自らに枷をはめる。
温暖な土地を他の動植物に明け渡し、自らは砂漠や寒冷地といった過酷な大地に移住したのもその一つ。
ただ、はめた枷はそれだけではない。
彼らは環境破壊の原因となった、自らが生み出した技術を次々と封印していったのだ。
だが、一旦慣れきってしまった便利さを手放すことは容易ではない。
特にドームポリスがある場所のような過酷な環境下では、エネルギーの生産を自力で賄えるだけの代替手段が必要だった。
そこで人々は自然環境に悪影響を与えない、新たな動力機関『シルエットエンジン』を生み出す。
これはマシンの外装や骨格を動力(エンジン)と一体化させ、外装や骨格そのものからエネルギーを発生させる仕組みである。
パーツそのものが動力装置となっているので、旧来のエンジンでは難しかった生物のような複雑な動きや、悪路でも走破性の高いマシンの製造が容易に行える。
さらに別個にエンジンを搭載する必要がない分、内部構造に余裕を持たせたり、マシンそのものの小型・軽量化が可能になった。
また、シルエットエンジンは太陽光から直接変換した光子(フォトン)をエネルギーとしている。
熱効率においては石炭や化石燃料よりも遥かに優れているので、地球温暖化の抑制にも一役買っている。
まさに理想的な技術であった。
一般的にシルエットエンジンの原理で稼動する装置はそのままの名で呼ばれるが、人が乗り込んで操縦するタイプのものは『シルエットマシン』、それらの中でも特に大型に属するものは『シルエットマンモス』と呼ばれる。
また、キングゲイナーのような、シルエットマシンをさらに発展させた『オーバーマン』と呼ばれるものも存在する。
シルエットエンジンがドームポリスのピープルの生活に欠かせない存在であるように、キングゲイナーもゲイナーには欠かせない存在であった。
その意味でもオーバーマンを入手できたことは重要である。
皆のところに帰る為の手段を探すには、何よりも情報の収集が不可欠。
だが、この村にはゲイナーが思わず「なんて原始的なんだ」と内心密かに思ってしまった連絡手段(伝書鳩ならぬ伝書フクロウ)しかなく、当然シルエットマシンも存在しない為、それを生身だけで行うのは困難を極める。
その点、オーバーマンがあれば行動範囲が大幅に広がるし、戦闘もこなせるのでいざという時には心強い。
なので、帰還に向けての期待も大きく膨らむ筈――だった。
この地の本当の姿を知るまでは。
◇
ゲイナー達がニコルを無事に救出し、村に帰った日の翌日。
村の子供達は広場に置かれることになった、未知のゴーレムに真っ先に興味を示した。
「ほんとに青と白だー、変なのぉ」
「違うよ、白と青だよ」
「どっちだっていーだろ、そんなの」
「でも、ニコルの言ってたことは嘘じゃなかったんだね。今まで嘘つきなんて言っちゃってごめんね」
「ごめんな、ニコル」
「ごめんごめん」
一人が謝ったのを皮切りに、子供達が次々とニコルに侘びを入れる。
だが、当のニコルは少々不満げな顔で頬を膨らませたままだ。
「ちぇ、みんな調子いいなぁ。あんなに疑ってたくせに」
「ほんとにごめん。なっ」
「じゃあ、みんな、俺に晩メシのおかず一皿ずつくれよ。そしたら許してやってもいいぜ」
「……それ、調子乗りすぎー」
白青二色のゴーレムの周りで楽しそうにはしゃいでいる子供達の様子を、ゲイナーは少し離れた場所から見つめていた。
頼りになる相棒と再会できた筈なのに、その表情はどこか浮かない。
それは昨晩、キングゲイナーで村に帰った後のこと。
ゲイナーはキングゲイナーのコックピットにこもり、あることを試みていた。
それは仲間達への連絡である。
通常、シルエットマシンやオーバーマンには、味方と連絡をとる為の通信装置が備わっている。
これを使って仲間達に自分の現在位置を知らせれば、すぐにとまではいかなくても確実に合流できる筈だ。
ちなみに今になって行おうとしているのは、先に食事をとっていたからだ。
腹が減っていたというのもあるが、この村では食事は皆で揃ってとるという、共同生活をする上では欠かせないであろう決まりがある。
別に守らなくても何か罰を受けるわけではないが、そのかわり拗ねたティファニアを宥めるという余計な仕事を背負い込むことになってしまう。
これがなかなか大変なので、ゲイナーは気をつけるようにしている。
それはさておき、早速通信を試みる。
ゲイナーも所属するガウリ隊の専用回線だ。
ところがつながらない。
雑音混じりで声が聞こえづらいのならまだしも、全く応答が無いのだ。
その後、他のいくつかの回線も試してみたが、やはり結果は同じ。
距離が離れすぎていて通信自体がつながらないのかもしれない。
次に現在位置を確認してみる。
キングゲイナーのシステムにはヤーパンまでのルートと、その周辺のマップデータが登録されている。
さらに自分とヤーパンの天井本隊の位置も表示されるので、位置把握は容易である。
しかし、それもかなわなかった。
システムから返ってくるのはサーチ失敗の結果だけ。何度やっても変わらない。
どうやら現在地の情報がマップデータに無いらしい。
通信もつながらなければ、現在位置も分からない。
これが昨晩、ゲイナーが試してみたことの顛末である。
双月に続き、これらの事実が彼の中にある、自分が本来いる筈の無い別の世界に来てしまったという疑いを、半ば確信に変えつつあった。
だが、完全な確信を得るにはまだ何かが足りない。決定的な何かが。
(はっきりと分からなきゃ、何をしたらいいか決められないじゃないか……ん? 何だ? あれ……)
その場に腰を下ろし、雲一つ無い抜けるような青空をぼんやりと眺めていたゲイナーの目が、遥か空の向こう、森との境界線すれすれの位置にある一つの物体を捉える。
遠目には分かりにくいが、それでも底面は流線型で、上部に突き出た巨大な柱に白い布のようなものを張っているのが分かる。
(あれって、確か……)
自分の中の記憶を必死に漁った結果、あれは『船』であることを思い出す。
もちろん、生まれてからエクソダスに参加するまで、ウルグスクの外に出たことが無いゲイナーは実物の船を見たことが無い。
ネット上に出回っている船の画像を見た程度だ。
それと照らし合わせると、あれは今の鉄製のではなく、大昔に使用されていた木造船のそれに近い。
ここがヤーパンにしろそうでないにしろ、空を飛ぶ船まであるとは驚きだ。
「ゲイナー、何さっきからぼうっとしてんの?」
不意に耳に届く小さな子供の声。
視線を空から戻したゲイナーの傍に、いつの間にかニコルが立っていた。
先ほどまで賑やかだった他の子供達の姿は、今はもうない。
「いや、あれが気になってさ」
ゲイナーは例の空飛ぶ船を指差す。
「ただの『フネ』じゃん」
「いや、だって、空飛んでるんだけど」
「フネが空飛ぶのは当たり前だろ。アルビオンじゃ常識なのに知らないのかよ。なぁ、ゲイナーってどこの生まれだよ」
『アルビオン』というのは、ティファニアによってこの場所に呼ばれた時に聞いたことのある名だ。
それが空飛ぶ船と何の関係があるのだろうか。
いくら考えても関わりが結びつかないから、ここは素直にニコルに聞いてみる。
「アルビオンは空に浮かんでるんだから、フネが無かったら他の国と行ったり来たりできないだろ……って、お、おい! どこ行くんだよ、ゲイナー!」
言葉を聞き終わらないうちに、キングゲイナーに乗り込んで勢い良く村を飛び立つゲイナー。
ニコルの言うことが本当かどうか、確かめてみようというのである。
彼は嘘つきではないが、それでも自分の目で見てみたい。
その先にあるものが辛い事実だったとしても、自分から向き合わなければ新たな道を切り開けないのだから。
◇
空の上を飛び去っていく奇妙なゴーレム。
それを森の中、ほとんど獣道と呼んで差し支えない小道から見上げていた人の姿があった。
「なんだい、ありゃ」
フード付きの外衣を纏っている為、顔を窺い知ることは難しい。
だが、その声色から女だということだけは分かる。
女は奇妙なゴーレムがやって来たであろう方向を見やる。
その先に何があるのかを理解した途端、軽く舌打ちをした。
(とうとう、見つかっちまったか。急がなきゃ!)
女は内心吐き捨てると、小道を駆け出していった。