太陽はかなり高いところにあるにも関らず、森の中は所々に木漏れ日が差し込む程度の薄暗さ。
時折聞こえるのも、吹く風を受けて擦れあう枝葉の音や、鳥の鳴き声のみ。
まるで、この森の全てが人の侵入を拒んでいるようだ。
だが、フードを目深に被った女はそんなこともお構いなしに、道なき道をひたすら突き進む。
僅かに覗く口元に、明らかな焦りと苛立ちを浮かべながら。
尚も走り続けてしばらく経った頃、それまで続いていた木々の連なりが突然終わりを迎える。
入れ替わるようにして女の視界に飛び込んできたのは、あのウエストウッド村だった。
村といっても粗末な家屋が数軒と、住人達の分の食料を賄うだけで精一杯そうな小さな畑があるだけ。
その中の1軒の家屋の煙突から、一筋の煙が昇っている。
今はちょうど昼頃だ。食事の準備をしているのだろう。
女はその光景に安堵したのか、大きく息を吐く。
先ほど頭上に見かけた妙なゴーレムは、この村の方向から飛んできた。
もしや、そのゴーレムに村が襲われたのではないかと女は心配になったのだが、それは杞憂だったらしい。
女は被っていた外衣のフードをおろし、左右に分けられた薄緑色の髪を露にさせる。
その顔からは身一つで旅をしているわりに、そこはかとない気品が感じられた。
めかし込んで微笑みの一つでも湛えていれば、世の殿方は黙っていないだろう。
「あ、マチルダねーちゃん」
「おかえりーっ」
「ああ、ただいま。ちゃんとテファの言うこと聞いて良い子にしてた?」
「うんっ!」
マチルダと呼ばれた女は子供達の頭に手をやり、軽く撫でる。
「偉いぞぉ。ところでテファはあそこかい?」
「そうだよ」
「そうか。じゃ、姉ちゃんはテファに用事があるからね。お前達は遊んでな。あんまり遠くに行くんじゃないよ」
「はーい」
マチルダは傍で遊んでいた子供達と別れた後、煙突から煙が昇っている家屋へと足と向けた。
「ただいま」
静かにドアを開け、片足を踏み入れると同時にお決まりの言葉を吐く。
この家は入口から見て、左手の奥まったところに台所がある。
そこに目当ての人物、ティファニアがいた。
釜戸の上に置かれた大きな鍋をかき回している。
彼女は食事の支度に夢中で、マチルダの存在に気づいていないようだ。
それに入口から姿が見えるといっても、ここから台所までは少し離れている為、普通の大きさの声で帰ったことを告げても彼女の耳には届かないだろう。
そこでマチルダは少しいたずらっぽい笑みを顔に浮かべ、気配を殺しながら彼女の背後に近づく。
そして彼女の長い耳元で「ただいま」と囁いた。
「ひゃっ!? だ、誰?」
「あたしだよ、あたし。姉さんの顔も忘れちまったのかい?」
「あ、姉さん……おかえりなさい……」
言葉を返すティファニアの表情は半分固まっていた。
突然の姉の帰宅に驚いているのか、それとも意表を突かれたことに驚いているのか、それはティファニア自身もよく分かっていないと思う。
「いきなり帰ってくるなんて珍しいね。いつもは事前に連絡をくれるのに」
「急に短い暇が貰えたんでね。連絡してる余裕が無かったんだよ。それよりこいつさ」
マチルダは自分の荷物から取り出した革袋を、食卓の上に静かに置く。
革袋には中身が入っているらしく、ジャラリと小気味良い音を立てた。
「開けてみな」
姉に促されるまま、ティファニアが袋を結わいている紐を解く。
中にはアルビオンでも広く流通しているエキュー金貨がずっしりと詰まっていた。
「こ、こんなに? すごい量じゃない」
ティファニアはその量に驚く。
今のティファニア達の生活規模なら、使い切るのに二、三年はかかる額だ。
「仕事が忙しくなりそうなんで、今までのようにまめに仕送りできなくなるかもしれないんだ。だから纏めて持ってきたのさ」
「こっちにはどの位いられるの?」
「なんせ短いからねぇ。明後日の朝には発たなきゃならない」
「そう……」、とだけ答えて俯くティファニア。
「なにこの世の終わりみたいなツラしてんのさ。もう二度と会えないってわけじゃないんだよ。それとも、姉さんが信じられないってのかい?」
「……ううん、そんなことないわ。でも……」
「心配するなって。たとえ離れてても、あんた達のことは一時も忘れたりはしないさ。だから、テファもあたしを信じな。それが家族ってもんだろ」
「そうよね、私も信じなくちゃ。ありがとう、姉さん」
ティファニアは柔らかく微笑む。マチルダの励ましが彼女に届いたようだ。
励まし方としては少々ぶっきらぼうだが、そんなことはこの二人には関係ない。
形式や過程がどうであれ、強い絆で結ばれた者同士なら想いは伝わるものだ。
「そうこなくちゃな。やっぱりテファは笑ってる方が可愛いよ」
マチルダは励ましの仕上げの意味を込めて、ティファニアの背中を軽くパンと叩く。
彼女は「ケホッ」と短く咳き込んだ。
「もう、姉さんったら……それより、お昼まだでしょ? あと少しで出来上がるから待ってて」
「そうかい。じゃ、あたしはチビ達を集めてくるとするかねぇ」
「ええ、お願い」
「ああ、任せな」
◇
家族全員で食卓を囲んでの昼食。
ティファニアや子供達は皆、久しぶりに帰ってきた姉との食事を楽しんでいるように見えた。
が、マチルダはそこに何か違和感を感じ取る。
まるで、自分がいない間に家族が一人増えたような感覚を。
そして、食事が終わった後。
「そういえばさ」
ティファニアとともに、食事の後片付けをしていたマチルダが話を切り出した。
「なに?」
「ここに来る途中で、妙なものを見たんだよ」
「妙なもの?」
「ああ、実はね……」
マチルダはあの時に見たゴーレム――色は白と青、限りなく人の形に近く、頭部からは髪の毛のようなものを何本も生やしている――のことを彼女に話す。
その途端、今まで笑みを浮かべていたテファニアが神妙な面持ちになった。
それだけでマチルダは直感した。やはり自分のいない間に何かあったのだと。
「何か知ってるようだね。話してみな」
「わ、私は別に隠してるつもりじゃ……」
「それは分かってるよ。でも、こういうことはなるべく透明にしておきたいんだ。あんた達を守る為にもね。だから、正直に話してごらん」
「分かったわ、姉さん」
ティファニアはマチルダが村を留守にしている間に起こったことを語った。
サモン・サーヴァントでゲイナー・サンガという名の少年を呼び出してしまい、今は村で一緒に暮らしていること。
ゲイナーが元いた場所に聞き覚えが無いこと。
ゲイナーを呼び出してからおよそ一週間後、近くの森の中で彼の所有と思われる変わったゴーレムを見つけたこと。
そのゴーレムはマチルダが見たゴーレムの特徴と一致していた。
名はキングゲイナーというらしい。
名付けるならまだしも、それが自分の名前をそのままってのは一体どういうセンスをしてるんだ?――それがマチルダの率直な感想だった。
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