「なんてこったよ……」
ティファニアの話を聞き終えたマチルダは頭を抱える。
自分の留守の間に村の秘密がばれかねない事態が起こっていたからだ。
彼女達は何も好き好んでこんな辺鄙な場所で暮らしているわけではない。
それはある理由により、ティファニアを人目に晒せないからであった。
理由の一つは、彼女が普通の人間と異なる容姿をしているから。
ティファニアは人間と『エルフ』の間に生まれた子である。
エルフとはここより遥か東に位置する砂漠に居を構え、さらにその先にある『聖地』という名の場所を封印していると言われる種族。
特徴としては人間より長く尖った耳を持つ。
多くの者は人間を蔑んでおり、また、『先住魔法』という人間側の魔法とは全く異なる系統の魔法を使用する為、人間達からは脅威と見なされ、忌み嫌われる存在なのだ。
それはエルフの血を半分受け継いでいるティファニアも例外ではない。
もちろん、彼女が人間に対して負の感情を抱いているわけではないことをマチルダ自身良く知っている。
しかし、何千年にも及ぶ両種族の歴史の中で、互いに染み付いてしまった嫌悪的感情を取り払うことは一筋縄ではいかない。
自分や、そういった背景を知らない年下の子供達は何の偏見も無く彼女と接している為、それがどこかもどかしく感じられるのだ。
そして、二つ目の理由はティファニアの特殊な生い立ちにある。
彼女が人間とエルフのハーフであることは先ほど述べた通りだが、片親はアルビオンの現国王ジェームズ一世の実弟に当たる人物。
つまり、(純血ではないが)エルフでありながら、彼女は人間の王族の血をも受け継いでいるということになる。
だが、忌み嫌う種族の血を引く者が一族の中にいることが周知されれば、それだけで王家の沽券に関わるというもの。
そのことを恐れたジェームズ一世は、ティファニアと母親のエルフに国外追放を命じる。
ティファニアの父親は当然の如く反発するも、それが逆に兄王の怒りを買い、彼の手の者に妻共々殺されてしまったのだ。
また、ティファニアの父親に仕えていたマチルダの父親も、忠誠心からエルフの母子を自らが治める領地内に匿っていた罪で、王家からお家取り潰しを受けてしまう。
ティファニアと幼い頃から姉妹のように親しかったマチルダは、王家の手の者から逃れる為に、彼女と共に今の村がある森の中で暮らすようになる。
その後、ある仕事をするようになり、それで稼いだ金をティファニアや、後に村に連れてきた孤児達に生活費として送っていたのだ。
自分に出来ることはこれくらいしかないが、それでも彼女達を守る者としての務めは果たしたい、という意味を込めて……
こうして今に至るわけだが、二つ目の理由として懸念すべきことは他にもある。
今から二年程前、突如としてオリヴァー・クロムウェルなる人物が、『聖地』奪還と貴族による共和主義の実現を目指すという大義を掲げ、表舞台に現れる。
彼はその大義の元にアルビオン貴族の大半を抱き込み、『レコン・キスタ』という名の組織を興して王家に反旗を翻したのだ。
それから今日まで、両者の間には小競り合い程度の戦いが幾度か生じた程度だったが、巷では近いうちにレコン・キスタ側が大攻勢をかけるという噂が流れていた。
もし、レコン・キスタが王家を滅ぼすようなことがあれば、王族の血を引くティファニアにも奴らの手が及ぶ可能性がある。
そんな頭が痛くなるような時に降って沸いたのが、例の少年とゴーレムである。
「ごめんなさい……姉さんの気持ちも知らないで、わたし……」
悲痛な面持ちで深謝の言葉を搾り出すティファニア。
「もう落ち込むのはやめな。そんなんじゃいつまでも進展しないからね」
「姉さん……」
ティファニアの行いは確かに迂闊だったが、マチルダにはそれを責める気などない。
既に終わったことに目を留めて責め続けるより、その先のことを考える方が余程大事だと思うからだ。
今回のことでいえば、ゲイナーを呼び出してしまったティファニアの責任より、ゲイナー自身のこれからについて考えることの方が重要だということ。
彼が何者なのか分からないのは釈然としないが、少なくともあのゴーレムをこのまま村に置いておくわけにはいかない。
王家やレコン・キスタの手の者が狙っているのかもしれないというのに、あんなものにうろつかれていては目立って仕方が無いからだ。
ならばいっそのこと、彼をここから追い出すか。
コントラク・サーヴァントはまだ行っていないようだから、そう難しくはない。
ここは自分が凄みを効かせてやれば、わりと簡単に……いや、やはりできない。
心優しいティファニアがそんなことを望むだろうか?
彼女の悲しむ姿が容易に浮かぶこの案は、自動的に却下された。
何か他に手は……、と考えを巡らせていたマチルダは、そこであることに気付く。
あのゴーレム、自分の仕事の役に立つのではないかと。
それなら村から引き離すこともできるし、追い出すわけではないのでティファニアが悲しむこともない。
彼に接触を試みてみよう。
何者かなどは二の次。ついでに聞けばいい。
「さてと、ちょっと出掛けてくる」
「今から? どこへ行くの?」
「ただの散歩さ。日が暮れる前には帰るよ。じゃ、あとはよろしく」
「え、ええ、気をつけてね……」
顔をきょとんとさせるティファニアを残し、マチルダは部屋を後にした。
◇
(さてと……あれにしようかね)
村から少し離れた森の中へとやって来たマチルダ。
人が乗っても丈夫そうな枝の生えた大木を見つけると、手にしていた指揮棒のような杖を振り上げ、『フライ』の魔法を詠唱し始める。
詠唱が終わったところで杖を軽く振ると、重力を無視したかのように体がフワリと浮き上がった。
そのまま先ほど見つけた大木の枝に軽やかに降り立ち、幹に寄りかかる。
準備完了。あとはあのゴーレムがやってくるのをしばしの間、見張りながら待つ。
ティファニアが言うのは、朝には確かにいた筈のゲイナーとキングゲイナーが、いつの間にかいなくなってしまったのだという。
彼がいなくなった理由は不明だが、ふらりと一人で旅に出てしまったとは考えにくい。
ゲイナーは元の場所に帰りたがっているらしいが、今のところ具体的な手が見つからないから村に留まっているとも聞く。
それだけでも彼が、考えを纏めてから行動に移すタイプの人間であることが窺える。
村を出て行くにしても、十分な情報を集め、それを元に周到な準備を施す筈だ。
今回いなくなったのも、情報を集めに行ったからではないだろうか。
ならば、彼は必ず戻ってくる。
それから時折、辺りを見回すこと小一時間。
目当てにしていたものが、日が西に傾きかかった空の向こうから現れる。
先ほど頭上に見えたのと同じ姿のゴーレムである。間違えようも無い。
マチルダは再び杖を手に取り、今度は別の魔法の詠唱を行う。
すると、近くの地面が山のような勢いで隆起し、巨大な土の人形を形作る。
マチルダが最も得意とする、ゴーレムを作り出す魔法である。
彼女は枝からゴーレムの肩に軽快に飛び乗ると、一言呟く。
「さあ、あんたの力を見せて貰うよ」
白と青のゴーレムが空中で静止する。こちらの存在に気付いたらしい。
マチルダは、自ら作り出したゴーレムの矛先をそちらに向けた。
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