キングゲイナーは腰の後に携えた剣を抜き放ち、両手で構える。
対するマチルダはゴーレムの防御を固めた。
彼女から仕掛けるつもりはない。
マチルダが得意とする大型のゴーレム(だいたい二十〜三十メイル)の真価は、その巨体の質量から繰り出される圧倒的な破壊力にある。
だが、同時にその質量は動きを鈍重にしてしまうという欠点も併せ持っていた。
それに対して相手の能力は未知数。
剣を持っているくらいだから、接近戦を得意としているのだろう。
しかもこちらと距離をとっている。
一気に距離を詰めて仕掛けられるだけの素早さを有しているのかもしれない。
そうなると彼女の方が不利なのは明らかだが、幸い彼女のゴーレムは堅さに自信があるし、多少の破損なら魔法で瞬時に修復できてしまう。
なので、彼女はゴーレムに守りを固めさせつつ、相手の出方を見ることにしたのだ。
静けさを湛えた森の中で対峙する両者。
その均衡を破ったのはキングゲイナーの方だった。
手にした剣を振り上げ、真っ直ぐこちらに突っ込んでくる。
あまりにも単純で、戦いの駆け引きを忘れてしまったかのような愚かな攻撃。
だが、無視できないのはその速度。
速さに定評のある風竜やグリフォン以上の速度で迫ってくる。
やはり、予想した通りだ。
「チッ!」
咄嗟にゴーレムの片腕で剣撃を防御。
衝撃が振動となってマチルダの体にも伝わってくる。
が、それだけだった。
キングゲイナーの一撃はゴーレムの腕を粉砕するには至らず、表面を少し削り取った程度。
剣がなまくらなのか、それとも単にキングゲイナーが非力なだけなのか。
そのどちらかだが、そんなことは問題ではない。
ゴーレムはもう一方の腕も使って剣をがっちりと押さえ込み、そのままキングゲイナーごと振り子のように振り回す。
そして、十分に勢いが付いたところで遠くに放り投げた。
素早い動きが得意なら、それを封じてしまえばいい。
あれでは地面への激突は必須。
木々が衝撃を和らげてくれるかもしれないが、あの勢いでは焼け石に水だ。
キングゲイナーは耐えられたとしても、中で操っているゲイナーは無事では済むまい。
勝負は呆気なくついたように見えたが、それは間違いだった。
何十メイルもの距離を飛ばされたキングゲイナーが、空中で器用に体勢を立て直したのだ。
マチルダは一瞬驚くが、その運動能力の高さが彼女の独占欲を一層強く掻き立てる。
(やるじゃないか。ますます気に入っちまったよ)
彼女はゴーレムに命じて森の中に後退する。
強行したせいで次々に薙ぎ倒される木々には目もくれずに。
マチルダがキングゲイナーを待ち伏せ、最初に対峙したのは丁度そこだけ木々が生えていない開けた場所。
相手が未知だったこともあり、自分のゴーレムの特性だけを考慮してこの場所を選んだのだ。
彼女のゴーレムはその巨大さ故に、閉所での活動が大幅に制限される。
だが、相手が素早いのであれば話は別。
鬱蒼とした森は、相手の強みを殺す最高の環境となる。
ゴーレムよりも高い木は無いものの、それでも頭一つ分くらい下か、低くても胸のあたりまであるものばかり。
ならば、素早くて空を飛んでいようと脅威ではない。
キングゲイナーの攻撃は自ずと上空からのものに限定されるからだ。
相手がまた仕掛けてきたら、先ほどのように対応してやればいい。
その相手は、またもや同じように剣で斬りかかってきた。
その様子にマチルダは呆れる。
二度も同じ手が通用すると思っているなど、最早愚かを通り越したただの馬鹿だ。
こんな奴に操られているキングゲイナーが哀れにすら思えてくる。
やはり自分こそが扱うに相応しい。
マチルダは剣を受け止めようと、ゴーレムの片腕を空に向かって突き出す。
相手が使ってくるのが同じ手なら、こちらもそれで十分だ。
予告していたかのような剣の動きを、再びゴーレムの腕で受け止める。
後は投げるだけ。
しかも今度は遠くに投げ飛ばすのではなく、足元に叩きつけてやるのだ。
かわす余裕など無い。
「もらったよ!」
勝利を確信し、笑みを浮かべるマチルダ。
が、その表情は、受け止めた筈の剣によって易々と切り裂かれたゴーレムの腕を見た途端、凍りついた。
剣の刃先が熱せられたように激しく輝き、けたたましく唸る。
腕だけでは飽き足らないのか、ゴーレムは脳天から股下、次に胴を真横から寸断され、その巨体を維持できなくなる。
マチルダは崩れ行くゴーレムを見捨て、近くの木に身を隠すのが精一杯だった。
たとえあの程度の損傷でも、無理をすれば修復できないことはない。
だが、あの白熱の剣の威力はこちらの修復速度を上回っており、長期戦になれば彼女の魔力が先に尽きることは確実。
だから、彼女は退くことを選んだ。
キングゲイナーの力は確かに魅力的だが、無理をしてまで手に入れようと思うほど、彼女は自分の命を軽んじてはいない。
『大人しく出てきてください。そこにいるのは分かってるんですよ』
キングゲイナーからゲイナーらしき少年の声が聞こえてくる。
マチルダが隠れていることはお見通しらしいが、逃げようとしていたわけではない。
この後のことを考える時間を稼ぐ為だ。
流石にあんな化け物から逃げ切れる自信など、今の彼女にはない。
さて、この後のことだが、ここは素直に降参した方がいいだろう、とマチルダは結論を出した。
もし、これが村を襲う賊の類に脅されている状況だったなら、無条件で容赦しないだろう。
だが、彼はティファニアに呼び出され、しかも彼女の一定の信頼を得ている。
それだけで実力行使など出来ようものか。
それに、ついさっきまで戦っていた相手にも丁寧な口調で話しかけてくる程の冷静な奴だ。
暴力を伴わない手段で解決できるのなら、それに越したことはない。
マチルダはキングゲイナーの前に姿を見せる。
両手を上げて降参の意思を表しながら。
ゲイナーも彼女の意図を汲み取ったらしく、キングゲイナーの胴体に縦に開いた穴から姿を現した。
年の頃はティファニアと同じくらい、見た目も口調と変わらず真面目そうな少年である。
「一体何でこんなことを……僕に恨みでもあるんですか?」
「いや、確かに悪かったよ。でもね、こっちにも事情ってもんがあったんだ。まずはそれを聞いて欲しいんだが」
「駄目です」
ゲイナーは間髪入れずに即答する。
「なに!?」
「村を襲おうとしてた悪党のくせに何言ってるんですか。ここは然るべきところにあなたを突き出します!」
「おい、ちょっと待て! あんたは何か誤解してるぞ。だから、あたしの話を聞けって……」
「えーっと、この場合はシベ鉄に突き出せばいいんだよな。あんまり関わりたくはないんだけど……あ、ここシベ鉄の連中いないんだったっけ。まいったなぁ」
「おい……だからいい加減に……」
「じゃあ、近くの町の自警団にでもするか。でも、一番近くの町ってどこだろう……あ、すいません。あなたご存知ないですか?」
「うがああああああ!! ちったぁ人の話を聞けぇ! このボケがぁぁ!」
ゲイナーの頭に怒りの鉄拳が突き刺さった。
「いつつつつ……」
開口一番、頭に受けた痛みでその場に蹲るゲイナー。
いきなり殴られたことに対する不満の目をマチルダに向けるが、興奮はしていない。
その為、彼女がティファニアや村の子供達の姉代わりであること。また、エルフに対する偏見、及びティファニアの存在を狙う脅威から彼女を守らなくてはならない関係上、キングゲイナーは目立つので村から出て行って欲しいことの理解を、一応は得ることが出来た。
「テファにそんなことが……ちっとも知りませんでしたよ」
「まあ、自分から話すようなことじゃないしね。一番辛いのはあの子なんだしさ」
その気持ちはかつて両親を殺されたことのあるゲイナーにも分かる。
「でも、あたしは信じてるよ。あの子が自分の力で乗り越えてくれるのをね。あたしの役目はそれを見守り、あの子が困った時には手を差し伸べてやるだけさ」
どんなことであろうと事実は事実。
他人がどんなに慰めようとも、最後は自分の力で乗り越えていかねばならないのだ。
しかし、それとは別に納得の行かない部分がある。
それは何故、ゲイナーが村を狙う悪者でも無いのに、いきなり襲い掛かるような真似をしたのかという疑問だ。
至極当然ではあるが、マチルダはその疑問に悠然と答える。
「それはだな、あんたを試したんだよ。あたしの仕事を手伝うに値するかどうかをね」
「なんですか? それ。意味が分かりませんよ」
胡散臭そうな目をマチルダに向けるゲイナーに、彼女は怒りを覚えながらも詳しいことを話す。
ゲイナーが彼女と行動を共にすることによって得られる利点は、村の秘密が守られることだけではない。
もう一つの利点は、ゲイナーが元の場所に帰る為の手がかりが掴み易くなることだ。
マチルダは仕事柄、ハルケギニアの各地を転々としている。
そんな彼女についていけば、自然といろいろな情報に触れる機会に恵まれるからだ。
「どうだい。あんたにとっても悪い話じゃないだろう?」
「ええ、そうですね。でも、まだ分からないことがあります」
「なにさ」
「重要なことですよ。あなたの職業についてです。それを知らされないまま連れ回されるのは、僕としてもいやですからね」
「ああ、そんなことか。なんてことはない、ただの『泥棒』さ」
『土くれのフーケ』――貴族の財宝のみを標的とし、いつも大胆不敵にそれらを奪い去る大怪盗。
それがマチルダのもう一つの顔であった。
「泥棒……」
その言葉を聞いた途端、ゲイナーの顔色が変わる。
静かな怒りを湛えた顔に。
「どうだい、これでいいんだろ?」
「……よくはありませんよ」
「あん?」
文句あるのか、と言わんばかりにゲイナーを睨むマチルダ。
「テファ達の為って言いますけど、当の本人達は知ってるんでしょうね」
「あのな、あの子達にそんなこと言えるわけないだろ」
「やっぱりそうか」
ゲイナーは怒りで肩を震わせながら言葉を続ける。
「あんた、さっきテファを見守るのが自分の役目っていいましたよね? でも、裏では彼女に偽って悪事を働いている」
「ああ、そうだよ」
「何がそうだよだ! どう見たって矛盾してるじゃないか! それでテファ達が喜ぶと思ってるのか!? あんたのやってることはただの偽ぜ……うっ、な、なんだ!?」
ゲイナーの体を締め付けるような感覚が襲う。
地面から生えた巨大な土塊の手が、彼の体をいつの間にか握り締めている。
マチルダの仕業だった。
彼女はもがき苦しむゲイナーの傍に寄り、わざと凄みを効かせた声で話しかける。
「この際だから教えてやる。大まかに分けると、この世には二種類の人間しかいない。何だか分かるか?」
ゲイナーは答えない。
ただ苦しそうな目をマチルダに向けるだけ。
「権力を持つ人間と、そいつに支配される人間さ。そうすることでこの世界の均衡は保たれてる。だけどね、権力を持った奴が、一度その力を失ったらどうなると思う?」
やはり、ゲイナーは答えない。
「簡単なことさ。二度と上には這い上がれないんだよ」
今から六千年程前、始祖ブリミルによってこの地にもたらされた魔法。
その力は持つ者(貴族)が、持たない者(平民)を支配するという構図を作り上げている。
身分制度というものは、あくまで集団活動を円滑に進める為の手段の一つにしか過ぎない。
だが、この地では魔法の力が、本来なら表面上の形式でしかない筈の身分の差を絶対的なものとしていた。
魔法というのはそれ程までに強大なのだが、その力をもってしても、貴族の身分を失った者が再びその座に返り咲くことは難しい。
大抵はそのまま野に下り、貴族としての誇りを捨てて平民の中に溶け込んで暮らしていくしかなく、時には裏の道に身を投じることも厭わなくてはならない。
マチルダが盗賊になったのも仕方の無いことなのだ。
「そんな甘っちょろい考えじゃ、あたしのような落ちぶれた奴は生きてけないんだ。そんなことも理解できないガキが偉そうな口を叩くな。分かったか?」
顔は苦しそうなまま、ゲイナーは何度も頷き返す。
一応は理解しているようだ。
(ま、こんなとこだろ)
その様子に納得し、土塊の手を操っていた魔法を解く。
制御を失った土塊の手は崩れてただの土に戻り、束縛から解放されたゲイナーは力なく地面に両膝をついた。
「ふーん、そのままぶっ倒れちまいそうなひ弱な坊やかと思ったけど、案外平気そうじゃないか」
肩で息をしてはいるものの、ゲイナーの目の力は失われていない。
「馬鹿にしないでくださいよ。僕だってそれなりの修羅場は潜り抜けてきてるんですから」
それがどの程度かは知らないが、キングゲイナーを操れるくらいだから決して嘘ではないのだろう。
「もう決めました。何と言われようとあなたについて行きます。僕にだってやらなければならないことがありますから」
「そうかい。じゃ、よろしく頼むよ」
「ええ、こちらこそ」
紆余曲折を経て、ここに協力関係を結んだ二人。
辺りは徐々に暗くなり始めていた。
「そろそろ帰るか。テファも心配してるだろうしね。じゃ、ゲイナー、後は頼むよ」
「頼むって、何をですか?」
「決まってるだろ。そのデカブツにあたしも乗せろってことだよ」
「あ、そういうことですか……」
「まったく気が利かないねえ。あたしと組むからには、それくらい出来て当然だよ」
「はいはい、仰せのままに」
冷静だが、素直じゃない。
これはもう一度教育してやる必要があるな、とマチルダは密かに思った。
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