学院の宝物庫からお宝を盗み出すことに成功したマチルダ達は、すぐに隠れ家の小屋へと戻る。
 追撃による共倒れを防ぐ為に途中で別れ、別々のルートで逃走をはかるという念の入れようで。
 だが、すぐに学院からの追手が来ることは無かった。

「あんなに簡単に破れるとはねえ。ほんと、デカブツ様様だよ」

 順調な事の運びに機嫌を良くするマチルダ。
 それもそのはず、今回の盗みで一番の懸念材料だった部分が、あっさりと解決してしまったからだ。

 彼女が懸念していた部分とは、宝物庫の守りである。
 本塔の中階に位置する宝物庫は、思いつく限りの防犯対策が施されている。
 天井や壁、床、入口の扉は全て物質硬化魔法で強度が極限にまで高められており、並大抵の物理衝撃では傷一つ付けられない。
 さらに『固定化』の魔法によって、燃焼や酸化などの状態変化にも対処しているので、魔法による攻撃で破壊することも難しい。

 ただ、高レベルの攻撃魔法を連続で浴びせ続ければ、時間はかかるが破壊することも不可能ではない。
 もっとも、その頃には魔力感知魔法で侵入者の存在を嗅ぎ取った教師達によって阻止され、撤退を余儀なくされることになるだろう。

 このように、当初は宝物庫の攻略は暗礁に乗り上げたと思われた。
 ところが、マチルダがウエストウッド村に一度帰った時にゲイナーと出会ったことにより、そこに一筋の光が差す。
 彼女はキングゲイナーの持つ光の輪の形成能力に突破口を見出したのだ。

 シルエットマシンは駆動の際、余剰となったフォトンマット(シルエットエンジンの燃料となるエネルギー)を外部に放出する。
 中でもオーバーマンは可視できる程、フォトンマットの放出量が多い。
 この可視部分は輪の形を形成することからフォトンマットリングと呼ばれ、これを使用してオーバーマンの飛行や慣性制御を行うことが可能である。
 また、リング自体を攻撃や防御に転用することもできる。

 マチルダは村を発つ前に、この話をゲイナーから聞いた。
 初めて聞く単語の連続に、話の内容は半分も理解できていない。
 だが、リングは金属でできた堅い壁も簡単に貫通するということを知った時、彼女に妙案が浮かぶ。

 フォトンマットリングを使えば、宝物庫の外壁も簡単に突破できるのではないかと。
 そしてそれは実行に移され、見事外壁に穴を開けることに成功する。
 流石の強固な守りも、フォトンマットリングの貫通力の前には赤子も同然だったのだ。

「あー、もちろんゲイナーにも感謝してるさ」
「それはどうも。それより、早く中身を確認した方がいいと思いますけど」
「うるさいね。んなこたぁ分かってんだよ」

 喜びに沸く心に水を差す一言。
 マチルダは浮ついた気持ちが急速に萎えていくのを感じ、僅かに苛立ちを覚えた。
 いつものようにキレなかったのは、今回の仕事の成功が彼女の精神に余裕を与えていたからだろう。
 それでも少しばかり頭を小突いてやろうと思ったが、すぐに考え直して止める。
 冷静になって考えてみれば、ゲイナーの言うことも一理あるからだ。

 今回盗んだお宝は『破壊の杖』というマジックアイテムで、その証拠を残してきている。
『破壊の杖は確かに頂きました 土くれのフーケ』と書かれた紙切れを。
 それだけ格好をつけて盗み出したというのに、獲物を間違えてしまいましたでは盗賊としていい笑い者になってしまう。

 今回に限って何故その場で箱の中身を確かめなかったのかといえば、それは少しでも早く撤退したかったからだ。
 モット卿の屋敷程度の規模なら、警備の人数もそれ程多くはない。
 よって、お宝の中身を軽く確認する程度なら余裕でできる。

 だが、今回襲撃したのは魔法学院だ。
 学院長や教師、そして生徒に至るまでの全てがメイジ。
 その数は三百人余りにのぼり、さらに生徒達の使い魔の中には竜やグリフォンといった強獣までいる。

 夜中で大半の者が寝静まっているとはいえ、これだけの脅威が集まる場所ではあまり時間をかけたくはない。
 だから箱の中身も碌に確かめず、早々と撤退を決めたのだ。
 とりあえず、すぐに撤退した理由を語るのはこのくらいにしておこう。

 逸る気持ちを抑えながら、マチルダは破壊の杖が収められている箱に向き合う。
 蓋の部分は施錠ではなく、材質そのものが接合されていた。
 恐らく錬金の魔法によるものだろうが、土系統のメイジである彼女の前では意味を成さない。
 こちらも錬金の魔法で対処する。接合部分はいとも簡単に解けた。

「魔法って凄いんですね」と感心するゲイナー。
「お前がそれを言うか……」

 あのデカブツの方がよっぽど凄いだろ、と心の片隅で呟きつつも、既に意識は箱の中身に移っていた。
 いよいよ破壊の杖とのご対面である。
 ところが――

「これが、破壊の杖……?」

 中から出てきたのは金属製と思われる細長い物体。
 同じ材質であろう短い円筒形の物体が横に取り付けられており、その部分を除けばワンドタイプの杖に見えないこともない。
 もちろん出所など分かる筈もないが、『破壊の〜』と名付けられているくらいだ。
 特殊な攻撃能力が付加されているマジックアイテムだと考えれば、相当な値打ち物に違いないだろう。
 どうしてもこの杖の詳細が知りたい。何とかならないものか……

「これ、スナイパーライフルですよ」
「はあ?」

 ゲイナーの口から出た聞き慣れない言葉に、マチルダは眉根を寄せる。

「何だよ、そのスナイなんとかってのは」
「ええと、簡単に言えば銃ですよ」

 マチルダは手にしていた杖を横にしてみる。
 確かにゲイナーの言うとおり、銃だった。
 ハルケギニアで広く流通しているタイプとは見た目が異なるが、細い方の先端部分に銃口が存在することや、引き金があることが何よりの証拠だ。
 彼は何故すぐに破壊の杖が銃だと分かったのだろうか。

 それは見た目こそ若干異なるものの、ゲイナーが元いた場所にこれと同じ性能を持つ銃が存在しているからだった。
 彼の話によれば、これは遠く離れた相手を狙い打つ時に使うのだという。
 銃の上部にある小型の短眼鏡は、照準器としての役割を担っている。
 有効射程距離は(ゲイナーの世界の物で言えば)およそ千メイル。
 ハルケギニアの一般的な銃が百メイルに満たないところからすれば、驚異的な性能である。
 破壊の杖の正体が平民の使う武器だと知って落胆していたマチルダも、その凄さには素直に関心せざるを得なかった。

「へえ、やっぱり凄いモンだったんだねえ」

 未だに嬉々とした表情で破壊の杖を眺めるマチルダ。
 余程気に入ったのだろう。
 ゲイナーの「僕にも見せてください」という申し出にも、全く耳を貸そうとしない。

「やかましいねえ。横取りしようったってそうはいかないんだよ」
「ち、違いますよ。僕はただ確かめたいことがあるだけで……」
「信用できるか、そんなこと。あーもうやめやめ、この話はこれで終わり」

 ゲイナーとの話を一方的に打ち切り、破壊の杖を元の箱に丁寧に仕舞う。
 そして、勝手に開けられぬよう、再び錬金の魔法で蓋の部分を接合した。
 不満げな表情を僅かに残すゲイナーが口を開く。

「それで、次は何を狙うんですか? ロングビルさんのことですから、もう決めてあるんですよね」
「ああ、そのことだけどね。まだ終わりじゃないんだ」

 破壊の杖を手に入れた時点で今回の仕事は終わった筈だ。
 盗賊という職業上、常に追跡の手が及ぶ可能性があるわけだから、本来なら早急にここから立ち去るべきだろう。
 だが、彼女にはもう一つやらなければならないことがあった。
 心の中に渦巻く復讐の念を晴らす為に。


 ◇


 フーケの襲来から一夜明けた今も、トリステイン魔法学院は混乱の渦中にあった。
 とても授業を行うどころではなく、今日一日は全面休校となることが既に決まっている。
 突然降って沸いた休みに喜ぶ不届きな生徒も中にはいたが、全ての人間が休めるわけではない。
 使用人達が平常通りに働かなければ、メイジである教師や生徒達の生活が成り立たないし、教師達は教師達で朝から緊急会議に借り出されていた為、気が休まる状態ではなかったのだ。

 会議の議題はもちろん、フーケに奪われた『破壊の杖』奪還の策を講じることである。
 だが、これまでにこれといった打開案は出てきていない。
 ここは王宮に捜索隊を要請すべきだと誰かが言えば、そんな悠長なことをしていたら逃げられてしまうから駄目だ、と別の誰かが斬って捨てる。

 そうかと思えば昨晩の当直は誰だという声で、会議の流れが責任の所在の追及に移り変わる。
 それが仕舞いには悪いのはお前だ、いや私は悪くないといった、言った言わないの水掛け論へと発展する。
 これでは事態の解決など望める筈がない。
 それでも尚、会議はこのまま混迷を極めていくのかと思われたが……

「おぬしら、意味の無い言い争いも大概にせい!」

 多少しわがれていて、それでも確固たる意志を感じさせる強い声が、会議の場として宛がっている部屋に響き渡る。
 それは、教師達の不毛なやり取りを今まで黙って聞いていた学院長のオスマンが、初めて開いた口から出た言葉であった。
 場の空気が、一瞬で張り詰めたものに変わっていく。

「生徒達にものを教え、日頃の行いの模範となり、悩み迷っている時には道標となるのがおぬし達の役目じゃろうが。それを何じゃ、己の保身に走ることばかり考えおって。生徒の目の前だというのに、あまりにも情けないとは思わんのか。少しは恥を知りなさい。のう、ミス・ヴァリエール」

 そう話しかけられた桃色髪の少女――ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールは、控えめな表情で「いえ」とだけ答える。
 はっきりと肯定できないのも無理はない。
 周りにいるのは彼女よりも年上で、しかも普段から教えを受けている者達ばかり。
 人間関係における身分や立場の順列を何よりも重んじる彼女が、教師達の見せた失態を嘲笑うことなど出来るわけがないのだ。

 ちなみに、オスマンや教師達以外でこの場にいるのはルイズだけではない。
 他に彼女の使い魔である黒髪の少年――平賀才人と、同級生の赤髪の少女――キュルケ・アウグスタ・フレデリカ・フォン・アンハルツ・ツェルプストーも同席している。
 彼女達は昨日のフーケ襲撃の際、偶然にもすぐ側で犯行の様子を目撃している。
 その為、当時の状況を詳しく知る証人として、この会議への参加を命じられていたのだ。

 先ほどのオスマンの言葉によって、それまで騒々しかった教師達は皆、一様に静まっていた。
 しかし、状況は平行線を保ったまま。
 進展しなければ意味はない。
 そんな時、誰かが促されるでもなく口を開く。

「そいうえばミス・ロングビルの姿を見ませんが、どうしたのでしょうな」

 それは誰もが抱いていた疑問だった。
 オスマンの秘書である彼女がこういった場に出席することは当然であるというのに、今は姿が見えない。
 議論が白熱していたとはいえ、今まで誰も挙げなかったのが不思議なくらいだ。

「オールド・オスマンはご存知ないのですか?」
「うむ。いくら何でも私的なことにまでは踏み込めんからのう」

 オスマンの返答に、その場の誰もが意外だという顔をする。
 昼間は行動を共にすることが多い秘書の行方を知らないというのも可笑しな話だが、これには歴とした理由がある。
 オスマンはロングビルに対して、常日頃から軽度のセクハラを繰り返していた。
 その度に控えめそうに見えて、実は気の強い彼女から仕返しとして殴る蹴る等の暴行を受け続けても一向に懲りることなく。

 だが、流石のオスマンも彼女のプライベートにまで踏み込むことは躊躇するらしい。
 彼が助平だということが学院内に広く知れ渡っているだけに、かなり意外に思えたのだ。
 それはともかく、一番身近に接している人間が知らないのであれば、これ以上の追求はできないだろう。

 会議の流れが秘書の所在から別の方向に移ろうとしていた時、部屋の扉が勢い良く開け放たれた。
 ノックもなしに。

「遅れてしまって申し訳ありません!」

 突然入室してきた為に皆の視線を一手に受けることになったのは、つい先程まで話題に上っていたロングビルその人であった。
 肩で息をしている様子が、いかにも急いでやって来たことを端的に表している。
 だが、それが彼女の演技であると気付く者はいなかった。





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