第2話『新天地で』
―――セイバー。
遥か古の昔から、黒き意力を持つ破壊者ブレイカーと戦い続けてきた戦士。
ブレイカーが世界中に出没し始めた太古の時代、ブレイカーに対抗する為に人類は意力の研鑽に着手。
その中から、意力を体得した戦士達がブレイカーとの戦いを開始した。
彼等は始まりの者達と呼ばれ、今の時代まで続くセイバー達の始祖と伝えられている。
やがて、始まりの者達に呼応する様に世界中で意力を学ぶ動きが活発化。
人類はブレイカーに立ち向かうべく、セイバーを組織した。
時代は流れ、始まりの者達の血を引く家系は数えるほどに減少していた。
長く続くブレイカーとの戦いで命を落とし、子孫を残すことなく断絶していったのだろう。
現代、アース世界中央大陸。この大陸に、始まりの者達の血を受け継ぐ家系がある。
―――ディアス家。炎の刻印が刻まれた意刃を繰り、ブレイカー達と戦い続けてきた一族。
数多くの伝説を持ち、数多のセイバー達から一目も二目も置かれる存在。
大陸中央に位置するアークシティ、セイバー総本部。
ここに、ディアスの血を受け継ぐ若者が所属している。
名をアヴェル・ディアス。
一人前のセイバーを目指し、日々精進を続ける若きセイバー。
父、祖父共に名を馳せたセイバーであり、周囲からの期待に辟易しながらも研鑽とブレイカー討伐の日々を送る。
しかし、先日―――大きな危機が彼に襲い掛かった。
ドラゴン、災害クラスのブレイカーとの遭遇。
今の彼では到底敵わない、あまりにも強大な敵。
行動を共にしたアンリ諸共、圧倒的な力の前に屈するかに見えた。
絶体絶命の状況、ふたりの危機を救ったのは同じ赤髪を持つ青年。
―――シオン・ディアス。
同じディアスの血を受け継ぐ者。
圧倒的な力を持つドラゴンを、一刀の元に斬り伏せた超人。
500年という時間を超え、現代に現れたという男。
今、彼はアークシティ総本部のとある一室に招かれていた。
部屋の扉には、『総長室』と書かれたプレートが打ち付けられている。
総長とは、セイバー総本部の纏め役―――早い話がトップだ。
総長室にある来客用のソファ。
シオンはそこに腰掛けている。
隣には、アヴェルの姿も。
彼らが座るソファの後ろには、ルカが立っている。
「あの、何でぼくまで?」
「いや、一応ね。アンタは今回の騒動の中心人物だし」
「それ、ぼくじゃなくてシオンさんなんじゃ……」
「ルカさん、少しいいだろうか」
「へ?」
総長室に来てから、ずっと沈黙を保っていた男―――シオンが口を開く。
えらく渋い顔をしている。
体調でも悪いのだろうか?
彼はソファの前にあるテーブルに置かれたカップを手にする。
カップの中身はコーヒーだ。
「緑茶にしてくれ、俺はコーヒーは嫌いだ」
「緑茶?アンタ、意外なモンが好きなんだねぇ」
「あ、ルカさん。ぼくは紅茶で―――」
紅茶、という言葉を聞いた途端、シオンがアヴェルの顔を掴んだ。
彼の突然の行動に目を丸くする。
顔を掴まれているアヴェルもだ。
何か、彼の怒りを買う行為でもしてしまったのか―――。
「今、何と言った?」
「え、紅茶―――」
「お前という奴は、緑茶よりも紅茶を選ぶというのか!今からでも遅くはない、緑茶に鞍替えしろ!!」
「知りませんよ、そんなこと!?助けてくれたことには感謝してますけど、人の嗜好をとやかく言われる憶えはありません!」
「ぬうぅ、そういえばあいつも紅茶好きだったな……何時もは人の言うことを素直に聞くあいつが、紅茶に関しては絶対に意見を譲らなかった」
シオンの言うあいつとは、実弟アヴェル―――今、顔を掴んでいるこの少年の祖先のことだ。
緑茶好きな自分とは異なり、弟は紅茶好きだった。
強い信頼関係で結ばれていた兄弟だが、その点に関してだけは対立していた(笑)。
いがみ合う両名を、呆れた顔でルカが引き離す。
「はいはい、そこまで。どうやら、爺さんがご到着だよ」
「え!?」
「爺さん?」
爺さん、どうやらそれがここのトップ―――総長らしい。
扉が開く音、視線がそちらへと向く。
入って来たのは60代を過ぎたであろう老人と、アヴェルと同じくらいの少女。
ふたりの姿を見たシオンは、身体に電流が走る様な衝撃を受けた。
自分がよく知る人物が発している意力と似通っていたから。
その人物の名を、口走る。
「―――メルトディス」
「「!」」
「へ?」
「シオンさん……?」
ルカとアヴェルには、シオンの発した名前が誰のことか分からなかった。
入って来たふたりの方は、相当驚いていた。
シオンの発した名前は、そのふたりには大いに関わりのある人物の名前だったからだ。
老人が口を開いた。
「報告を受けた時は半信半疑だったが、どうやら君が過去から来た人間というのは事実と見てよいかもしれぬ」
「―――御老体、名前を聞かせて頂きたい。俺の予想通りであれば、“ラングレイ家”の人間と見るが」
「左様、私はレイジ・ラングレイ。君の言う通り、ラングレイ家の者だ」
「孫娘のアリス・ラングレイです」
「やはりな、メルトディスとよく似た意力を発しているから、直に分かった」
「いや、自分達だけで納得しないで説明してくれませんか?」
話についていけないアヴェルが、訴える様な瞳で説明を求める。
ルカもうんうんと頷く。
「ラングレイ家は、お前も知っているだろう」
「当然じゃないですか、ディアス家と並ぶ最古参の家系ですよ」
ラングレイ家―――先のアヴェルの言葉通り、セイバーの中でも最古参にあたる家系。
つまり、ディアス家同様に始まりの者達に連なる家系なのだ。
また、古くからディアス家とは盟友関係にあり、アヴェルとこのふたりとは昔からの顔馴染みだ。
「俺の子供の頃からの友人にメルトディス・ラングレイという男が居る。このふたりはその男の子孫だ」
「ああ、なるほど。総長とアリス先輩はシオンさんの友人の子孫なんですね」
未だに信じられないが、この男は500年前の人間なのだ。
総長の先祖と知り合いでもおかしくはない。
「何か、とんでもなく悠久な話を聞いてる気分だよ。そりゃそうと、レイジ爺さん。この兄ちゃんが自分の処遇に困ってるらしいんだよ」
「そうだ、俺はこの時代の人間じゃない。何故、こんな遠い未来に来てしまったか……その辺りの記憶が欠落している。御老体―――いや、総長。セイバーとしての活動許可を頂きたい。欠落した記憶の手掛かりを探したい。そちらが出す依頼にも出来る限り応えるつもりだ」
レイジは顎に手を当てる。
目の前の青年の願いに、暫しの思案の後―――。
「宜しい、許可しよう」
「感謝する」
「爺さん、えらく簡単に許可を出したね?」
「ドラゴンを一撃で斃すほどの手練れだ。若手達のいい手本となってくれるやもしれん」
「しっかし、聞いた時は信じられなかったよ。ドラゴンを一撃なんて、マスタークラスでもんなコト出来る奴が何人居るやら……」
セイバーの最高位、マスター。
災害クラスのブレイカー、ドラゴンなどを単独撃破可能な戦闘力を持つ超人である。
しかしながら、そのマスターでもドラゴンを一撃で斃すほどの実力者は少ない模様。
シオンが如何に桁外れであるかが窺える。
これほどの実力者を放置することなど出来ない。
是非、若手達に指導を行って貰いたい―――というのが、レイジの考えだ。
「ま、それはさておき、だ。まずは住む場所を決めないといかんのだが、何処かいい物件は無いか」
「あー、それなら丁度いい場所があるよ。アヴェル、案内しな」
「あの、ひょっとせんでもその丁度いい場所って……」
ジト目でルカを見るアヴェル、悪戯っぽい笑みを浮かべる防衛隊長。
ああ、楽しんでるなこりゃ、と大きなため息を吐く。
西区、集い荘。
アヴェル達が生活するアパートだ。
住人達が生活するのは2階、現在空室は1つ。
と、いうワケで……。
「えー、新しく入るシオンさんです。とりあえず、仲良くしてあげて下さい(棒)」
「えらい投げやりな説明だな、オイ」
シオンが新しい住人として入ることになった。
投げやりな説明をするアヴェルに、眉を顰める。
拍手して迎えるアパートの住人達―――ザッシュ、ソラス、カノン。
アンリは自室で寝ている。先日のドラゴンとの遭遇で、負傷した為だ。
尤も、大事には至らなかったのだが。
「何はともあれ、よろしく」
「オレとは初対面だったか?ソラス・アルフォードだ、よろしく頼むぜ」
「改めまして、カノンです。これからよろしくお願いしますね」
「ああ、よろしく。あの銀髪の子もここに住んでいるのか?」
「ええ。ただ、先日のドラゴンとの遭遇で怪我をしてまして。挨拶はまた今度に」
挨拶も終え、案内された部屋。
ベッドやテーブル、タンスといった家具は用意されていた。
今日から、ここで暮らしていくのか。
ここは自分の生きていた時代とは大きく異なる。
全くの新天地にひとり、放り出された気分。
正直、不安が無いと言えば嘘になる。
だが―――。
「(あれこれ悩むより、行動あるのみだな)」
思考を切り替える。
悩むよりも行動。
道というものは、誰かが作ってから通るものではない。
自らで切り拓いて通るものだ。
それがシオンの持論だ。
早速、行動開始だ。
1階に下り、食堂に居る面々に声を掛ける。
「色々と知りたいことがある。この近辺に文献や情報を調べられる施設―――図書館の類はあるか?」
ぼく―――アヴェル・ディアスは、図書館に来ている。
何故か?
シオンさんが調べたいことがあるからだそうだ。
大量の本を抱え、シオンさんの座る席に持っていく。
彼は手にしている本を凄まじい速度で読み進める。
あれで本当に内容を理解しているんだろうか?
近くの司書さんも疑わしい目で彼を見つめている。
ああ、あれは不真面目だと思われてるんだろうなぁ。
「シオンさん、少しは真面目に読書して下さいよ。ほら、司書さんが睨んでますよ」
「何を言っとるんだ、お前は?内容なら全て憶えているぞ」
……は?
今、この人は何と言ったんだ?内容なら全て憶えている?
「いやいや、そんなパラ見で何を言ってるんですか?」
「事実だぞ?一度見た内容ならほぼ記憶出来る」
……信じられない。本当かどうか試してみよう。
読み終わった本を一冊、手に取る。
「じゃ、この本の102ページの内容はどうですか?」
「ああ、それか?それは―――」
シオンさんは長い内容をスラスラと口にする。
ぼくは、手にしている本の102ページを開く。
全く同じ内容の文章が目に映る。
……嘘じゃなかった。この人は、本当にトンデモない記憶力の持ち主だ。
何だか自信失くすなぁ。
同じディアスなのに、こうも違うなんて。
ぼくなんかが、次の当主で大丈夫なのかな……。
俺―――シオン・ディアスは、図書館で調べ物をしている。
現代の知識の吸収とでも言えばいいのか。
記憶力には自信がある方だ。
一度読んだ本の内容は大抵は憶えられる。
ま、そんなことよりも大事なのはそうして得た知識の応用―――つまり、活かせるか否かだ。
どれだけ膨大な知識を持っていても、活かせなくては宝の持ち腐れだ。
そうならないようにしなければ。
しかし、驚かされる。
500年という年月は、ここまで技術を進歩させるものなのか。
今読んでいるのは、乗り物に関する本だ。
車にバイク、飛行船など―――500年前に影も形も存在しなかった物ばかり。
俺が生まれた時代で乗り物といえば、馬車しか思いつかない。
特に飛行船、空を飛ぶ乗り物など俺が生きていた時代では夢物語ぐらいにしか登場しそうにない。
ふむ……興味深い。
機会があれば、一度乗ってみたいものだ。
空を飛べるか……。
俺の座る席に、大量の本が置かれる。
本を持ってきたのは、アヴェル・ディアス。
弟と同じ名前を持つ少年。
瞳の色を除けば、瓜二つのこの少年は弟の子孫だ。
少し、尋ねてみるとするか。
「少年、聞きたいことがあるんだが」
「スイマセン、名前で呼んでくれませんか?何か、少年Aみたいでヤなんですけど」
「ふむ、弟と同じ名前だから少し困惑するんだが……分かった。アヴェル、質問をしていいか?」
「何ですか?」
「背中から翼が生える様な技術は無いのか?」
「……は?」
「いや、空を飛ぶ乗り物があるんだろう?なら、人体に翼を生やして自由に空を飛ぶ技術ぐらい―――」
「あるワケないでしょ!アンタ、中二病ですか!?」
「中二病?聞いたこともないな、新種の病気か?」
「いや、そうじゃなくて!」
この後、俺達は図書館から追い出された。
アヴェルが大声を上げたからだ。
図書館では静かに。
何時の時代でも、変わらないマナーだ。
「アヴェル、図書館で大声を出すんじゃない」
「……」←グゥの音も出ないアヴェル
はて、さて―――この新天地で、俺はやっていけるだろうか。
ま、考えるより行動あるのみ、だな。
不貞腐れるアヴェルと共に、集い荘への帰路についた。
何か、俺を睨んでくるが、悪いことでもしただろうか?
……自分の言動が原因の一端とは気付かないシオンさんであった(笑)。
・2023年2月13日/文章を一部修正
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