※シルフェニア13周年記念作品。
第15話『赤髪のサンタさん』
―――12月24日深夜、集い荘の自室でシオンは目覚めた。
「(……これは、侵入者か?)」
明らかに集い荘の面々とは異なる意力を感知した。
何者だ、他の皆が気付いていないところを見ると相当の手練れ……そんな人間が、ここに侵入している。
これは警戒に値する、部屋を出た彼は侵入者の撃退に向かう。
意力の感知場所は203号室―――。
「(アンリの部屋……いかん、アンリが危ない!)」
急いで彼女の部屋の扉を開く、窓が開いて外の冷気が室内に流れ込んでいる。
こんな状況だというのに、アンリはすやすやと寝ていた。
いや、仮にもセイバーなのだから気付いて欲しいものだ。
侵入者はそれだけ隠形に優れているというワケか。
彼女に近付く影がひとつ、おそらくは侵入者。
一気に距離を詰め、侵入者の関節を極めて床に叩き伏せる。
「全員起きろ、アンリの部屋に侵入者だ!」
「ぬわぁんですってぇ!?」
誰よりも早く駆けつけたはアヴェルだった、流石としか言い様がない。
彼はえらく物騒な物を手にしていた、多数の小さな刃がついた動力工具―――チェーンソーである。
「何処の糞野郎ですか、アンリの部屋に侵入したのは!?ぼくが直々に始末してあげます!!」
「アヴェル、落ち着いて下さい!」
「つーか、んなモンどっから持ってきた!?」
同じ様に駆けつけたカノンとソラスがアヴェルを必死に抑える。
幼馴染の部屋に侵入した不埒者に対し、殺意全開でチェーンソーを振りかざす気満々だ。
セイバーなのだから、犯罪に手を染めるのは勘弁して貰いたい。
欠伸をしながら最後に来たのはザッシュだ。
「うるさいよ、こんな夜中に―――侵入者ってどんな命知らずだい?ここに居るのは全員セイバーなのに」
「ふぁああああ〜……なーに、皆?わたしの部屋に何か用?」
ようやくアンリが目を覚ました。
「アンリ、君の部屋に侵入者だ」
「ふえ!?」
「つーか、電気くらい点けようよ」
ザッシュがアンリの部屋の電気を点ける。
侵入者の姿が明らかになり、シオン以外の全員があっと声を上げる。
シオンが関節を極めている侵入者は老人―――赤い服を着た白髭の老人だ。
首を傾げるシオン、皆はこの侵入者を知っているのか?
「サンタさんだ!」
「は?」
「おいおい、マジかよ!?実在したってのか!?」
サンタ―――聞き慣れない名前に、ますます困惑するディアス家の元当主。
「アヴェル、サンタとは何だ?」
「シオンさん、サンタさんというのは子供達の為にプレゼントを配る人の事です」
「不審物を置いていく不審者か!ならば、早くセイバー総本部かガーディアンに引き渡し―――」
「違ーう!子供達を喜ばせてくれる良い人なの!」
プンスカするアンリに、シオンは顎を手に当てて考え込む。
「ぬう……つまり、アレか?プレゼントという不審物を子供達に押し付ける為には家宅侵入も辞さない犯罪のプロか?」
「アンタは何でそういう捻くれた思考しか出来ないんですか(怒)。無償で、子供達の為に、プレゼントを配る、立派な御老体です!」
「無償で子供達の為にプレゼントを配る……?そんな聖人の様な御老体が存在するのか?」
『うぐ!?』←アンリとサンタを除く一同
疑いの眼で問う赤髪の元当主に対して、言葉を詰まらせる集い荘の面々。
確かに現実的なものの見方をすると、そんな御老体が果たして存在するのだろうか。
関節を極められている赤い服の御老体が、シオンの腕をポンポンと叩く。
「あたたたた……す、すまんがそろそろ解放してくれんかね?」
「シオンさん、サンタさんを離して」
「ふむ、アンリがそう言うならば……」
「あー死ぬかと思ったわい。ワシはそこのお嬢さんにプレゼントを渡しに来たんじゃが」
「……アンリちゃんって子供って年齢?」
「もう16歳なんですがね……」
「ある意味凄いですね……」
「お、おう、16歳になってもサンタが来てくれる穢れのない心の持ち主なんだぜ……」
「変な目で見ないでぇぇぇええええええええ!?」
生暖かい視線を向ける同居人達に対し、半泣きになるアンリ。
「イタタタ、腰をやられた様じゃわい。これではプレゼント配りは無理かのう」
「え、そんな!?プレゼントを楽しみにしている子供達が可哀想だよ!」
「しかしのう……む、そこな赤髪の若者」
「俺か?」
「これを被ってくれんか?」
サンタは自分が被っていた赤いナイトキャップをシオンに差し出す。
受け取るシオンは言われた通りに頭にそれを被ってみた。
と、突如としてシオンの身体が輝き出した。
一体、何が起きたというのか―――あまりの眩しさに眼を閉じる一同。
輝きが治まり、視界が回復した一同はあんぐりと口を大きく開けた。
あまりにも間の抜けた顔も知れないが無理もない、何故ならば彼等の眼前には赤髪のサンタが立っているのだから。
シオンの姿はサンタと同じ服装に変わっていた。
「御老体、もしやこれは―――」
「うむ、すまんがワシの代わりにプレゼントを配ってくれんかの?」
「ふむ、俄かに信じ難いが子供達に無償でプレゼントを配るという話は事実か。貴方に迷惑を掛けたのは俺の責任―――了承した」
「いやいやいや、何で帽子被ったら服装が変わるんですか!?そこに驚きましょうよ、ねえ!?」
「アヴェルくん、ツッコミどころが満載だけどここは抑えて。シオンくんはこれから良い子の子供達の為にプレゼントを配るんだから」
「では、早速移動用のトナカイを呼ぶとしようかの。おーい、アオ」
「トナカイにアオって……馬じゃないんですから、もっといい名前にした方が」
「細かい事はええんじゃよ。お、来た来た」
アンリの部屋の窓の外に、橇を付けた宙に浮くトナカイが現れる。
殆どの面々は、唖然とした表情でトナカイを見つめる。
空を飛ぶトナカイに、アンリは目を輝かせる。
「わぁ、空飛ぶトナカイさんだぁ!まさか、実物を見られる日が来るなんて」
「ぬう、世の中は広いな。空を飛ぶトナカイが存在するとは……生息地は何処なんだ?」
赤髪の元当主は目の前の不思議生物を食い入る様に見つめる。
本当に、何処に生息しているトナカイなのだろうか。
と、窓の外のトナカイが首を出してくる。
次の瞬間―――。
「ヒィィィヤッハァァァァァァアアアアアアア!ジジイ、次の仕事はまだか!?オラぁ、飛びたくってウズウズしてるぜぇ!!」
トナカイが途轍もなく野太い声で人語を発した。
周囲の刻が停止した―――動き出すまでに多少の時間を要する。
時間が動き出すと、誰よりも早く反応したはアヴェルであった。
「キェェェェェェアァァァァァァシャァベッタァァァァァァァ!!トナカイがシャァベッタァァァァァァァ!?」
「アヴェルくん、落ち着いて!何か顔が凄いことになってるよ!?」
「アヴェル落ち着―――けませんよね、普通……」
「人語を話すトナカイだしな、しかもえらく世紀末テイスト……」
しかし、集い荘の面々の中でただふたりだけが異なる反応を示していた。
例の如く、シオンとアンリである。
「わぁ、喋れるトナカイさんなんだぁ!」
「ぬう、飛べる上に言葉を話せるとは……やはり、世の中には広いな」
「すいません、頼むから正常な反応をしてくれませんかね、そこのおふたりさん!?」
アヴェルのツッコミが響く中、赤髪のサンタによるプレゼント配送がスタートする。
橇に乗った赤髪のサンタは、本業サンタから渡されたリストに目を通してトナカイに指示を出す。
一軒目のお宅の上空に到着―――が、ここでひとつ重要なことを忘れていた。
どうやって家に入ればいいのか。
すると、トナカイのアオが助言をくれた。
「ヒィィィヤッハァァァァァァアアアアアアア!赤髪のアンちゃん、懐から水晶玉を出しな!ジジイと連絡が取れるぜぇ!」
「水晶玉?お、本当だ、懐に入ってる。服がこれになった時から入っていたのに何故気付かなかったんだ?御老体、聞こえておられるか?」
シオンは懐から水晶玉を取り出し、水晶玉に語り掛ける。
手に持っていた水晶玉が宙に浮いて輝き出す―――水晶玉には本物のサンタと集い荘の面々が映し出された。
「おお、聞こえとるぞい」
「あの、サンタさん……その水晶玉は一体どういう技術で作られてるんですか?」
「少年、細かい事はええんじゃよ。で、何か問題が起きたのかね」
「どうやって家に入ればいいんだ?」
「そりゃ勿論、煙突から―――」
「煙突なんぞ何処の家にも無いんだが」
「……開いとる扉や窓はないかの?」
「戸締りも完璧だな。そもそも、御老体はどうやってアンリの部屋に入ったんだ?」
「この子の部屋の窓、鍵閉め忘れとったんじゃ」
「……アンリ、少しは用心しようよ」
「悪い人が来たら危ないですよ?」
「はう……(´・ω・`)」
しょんぼりして、部屋の隅っこに座る幼馴染をナデナデする。
しかし、困った……これでは子供達にプレゼントを配れないではないか。
が、赤髪のサンタは何を思ったのか、急に立ち上がる。
彼はプレゼントが入った袋からプレゼントをひとつ取り出した。
それをどうするつもりなのか、家に入れないのなら配ることなど―――。
と、シオンは手にしたプレゼントに意力を込めた。
ザッシュがパチンと指を慣らす。
「そうか―――空間転移だよ!シオンくん、テレポート出来んじゃん、なら万事解決―――」
「いや、それは無理ですよ。空間転移は一度訪れた場所にしか飛ばせないらしいですよ」
「んじゃ、シオンは何する気だ?」
水晶玉に映る赤髪のサンタは、プレゼントに意力を込める。
プレゼントには薄い膜の様な物が―――あれは障壁か?
集い荘の面々は、それが意力による防御障壁であることに気付く。
赤髪のサンタはそれを思い切り―――。
「ぬぅぅぅぅぅああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」
プレゼント配送の一軒目のお宅に向かって投げた。
凄まじい轟音と共に、プレゼントは家の屋根を突き破って“お届け”された。
あまりの惨状に本物のサンタは泡を吹いて倒れた。
「さ、サンタさん!しっかりして下さい!!」
「何やってんですか、あの人ォォォオオオオオ!?何で、プレゼントをぶん投げて配ってんの!?」
「いや、ありゃ配るなんて生易しいもんじゃないよ……」
そう、あれはプレゼントを配るなんて行為ではなく、まるで砲撃だ。
赤髪のサンタの導き出した答え―――家に入れないなら物理的にお届けするしかない。
「一軒目配達完了―――次」
「ヒィィィヤッハァァァァァァアアアアアアア!赤髪のアンちゃん、アンタ最高だぜぇ!あのジジイのちまちました配り方とは大違いだ、男ならこれくらいはやらねぇとなァ!!」
「最悪だろ、あのサンタとトナカイィィィィィィィィィ!相性が悪い意味で抜群じゃねぇかァァァァァァァァァァァァァ!!」
「戻れ、そこのサンタとトナカイ!並のブレイカーよりもタチが悪いわァァァァァァァ!!」
プレゼントという砲弾がアークシティ各地の良い子の子供達の家に降り注ぐ、
聖なる夜、阿鼻叫喚の悲鳴がアークシティを木霊した。
夜が明け、仕事を終えた赤髪のサンタは―――。
「いい仕事をした後に飲む茶は美味いなぁ!」
ここに来て以来、一番いい顔で緑茶を飲み干していた。
ニュースには謎の砲撃事件の事が取り上げられていたことは言うまでもない。
集い荘の面々はニュースから目と耳を閉ざし、朝食にありついていた。
本物のサンタさんは、もうこの街には来れない……と、うっすらと涙を浮かべていた。
「ヒィィィヤッハァァァァァァアアアアアアア!また来年んんんんんんんんん!!」
「やかましい、もう来れんわァァァァァァァ!」
かくして、次の冬からアークシティにサンタは現れなくなったとさ(笑)
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