『科学と魔法と――』
――― RUN ABOUT(1) ―――


 さて、成り行きで依頼を受けた零司だが、内心は困り果てていた。
というのも、依頼を受けた後に手掛かりを求めて村中を回って聞き込みをしたのだが……
「わりぃけど、なーんも見てねーよ? お前ンとこは?」
「いんや、そんなん見てたら村長シバキ倒してんよ」
「口だけは威勢がいいんだから本当にもう」
「あ、ありがとう……参考になりました……」
 守り神が攫われたという時、村の人達は何も見ていないと返ってくるだけなのだ。
代わりに聞くのが守り神の姿や話ばかり……ルビーのように紅く輝くウェーブが掛かった髪を持つ美しく整った顔立ち。
男性には少々目のやり場に困る姿をしてるが気さくであり、誰にでも慕われていると――
これは依頼してきた村人と同じ話なので今更気にする物でもないが……
 それはそれとして、手掛かり無しは零司としては行き詰まったも当然の状態だった。
元から人探しの手立ても無い為、この時点ではどうしようもない。
「せめて、行方だけでもわかればいいんだけど……」
 思わず、零司はそんなことをため息混じりに漏らした。
そして少し考えた後、自らの考えに苦笑する。行方がわかっていれば世話もない。
だからといって諦めるつもりはないが……それでも無事に助けられるかはわからない。
とにかく、聞き込みを続けようと零司は歩き出すが――
「けど……」
 そこまで考えてふと疑念がよぎる。なぜ、村長は守り神を売り渡したのだろう……かと――
この慕われ方を見れば、事実が露見した際に自らがどうなるかわかった物ではない。
しかも、何かに怯えていたと言う様子やそのまま大人しく追い出されたことから、そこまで豪胆な人間でもなさそうだ。
「コレは思ったより複雑そうだなぁ」
 零司は気掛かりを感じながらこめかみを軽く押さえた。
奴隷商人に売ったとされる村長……どんな人物なのかはわからないが、1人で神類である守り神を連れ去ることは出来るだろうか?
しかも、誰にも見つからずに……確かに神類の力を封じる魔法具はあるが、それがあったからといって簡単に無力化出来るわけではない。
それに守り神が誘拐された後に村長が怯えていたというのも気に掛かる。
故に考えるが……今の状況では何もわからない。なので、零司は更なる情報を求めて更に村を回ることにしたのだった。


 が、結局めぼしい情報は無し。仕方なく、隣町へ行くことにした零司。
といってもすぐにたどり着けるような距離では無い為、今は平原を歩き続けるだけなのだが。
それはそれとして空は快晴。柔らかい風が零司の頬をなで、暖かい日差しが眠気を誘う。
「は〜…蒼いなぁ空」
できれば気がかりを抱えていないときにこんな気候を感じたかった。などと思いつつ小さくあくびを漏らす。
そんな時――
「があぁぁぁぁぁぁぁ――」
「ひ、ひいぃぃぃ!!?」
 そんな時に遠くの方で獣の咆哮と人の悲鳴が聞こえ、それに反応した零司は即座に走り出していた。先程までの府抜けた顔はそこにはない。
誰かが襲われていると思って駆け出したのだが、すぐに見えた光景はまさしくその通りの物だった。
薄くなった頭髪にやや小太りな初老の男性。その男性が何かに追われており、零司の目はその何かをとらえていた。
体付きは女性に見えるがその体は全身濃い茶色の毛で覆われ、顔や手足はどことなく熊を連想させる。
お気付きの方もいるだろうが、この異形こそ神類である。といっても、亜種の亜種も良いところではあるのだが……
 その神類の姿をとらえた瞬間、零司は駆けるままに腰に掛けてあった剣のような棒を握りしめ――
「はぁ!」
「ぐぼぉ!?」
 男性と神類の間に滑り込むように入り、手に持つ物を振り上げて神類のあごを打ち上げる。
悲鳴と共に宙を舞う神類。だが、零司は手に持つ物を振り上げた体勢のまま動かず――
「「ぐがあぁぁぁぁ!!?」」
 そこに同じ種族と思われる神類が2匹同時に遅い掛かってきた。
しかし、それは零司にとって予想の範囲内でしかない。
「おおぉ!!」
「がっ!?」「ぼぐぅ!?」
 吼えると共に振り返った零司はその勢いのままで神類達の頬を打ちはたく。
ただ、はたくと言ってもその威力は尋常では無く、その神類達も悲鳴を上げながら宙を舞う結果となったが。
それでも零司は警戒を怠らない。このような野良と化した神類は群れているのが普通だからだ。
神類達が全員地面に仰向けに倒れ……しばらくしても何も来ないことに気付いた零司はふっと息を漏らしながら手に持っていた物を腰に戻した。
「大丈夫かい?」
「え? あ、ああ……すまない……助かった」
「道すがら悲鳴が聞こえたもんで。しっかし…武器も持たずに1人歩きはとても危険すぎるよ」
 へたり込みながらも礼を述べる男性に声を掛けた零司は首を傾げながら問い掛けた。
この大陸では腕に覚えがある者でもない限り、1人で町の外を出歩くようなことはしない。
そんなことをすれば、たちまち野良と化した神類の餌食になりかねないからだ。野良と化した神類にとって、人は食料の一種でしかないから……
もしそうする必要があったとすれば集団で、しかも何か乗り物に乗ってという形がほとんどである。
だから、零司はそのことを疑問に思いつつも尻餅をついた初老の男性に手を差し出してていた。
「わかっている……だが、ユーティリア様を助けに行かねば……」
「ユーティリア? あの村の守り神の?」
 差し出した手を掴み、立ち上がりながらそんなことを言い出す男性の言葉に零司は首を傾げた。
ユーティリア……それはあの村の守り神の名前のはずだ。村で聞き込みをする際、何度も聞かされたから忘れようもないが。
「ユーティリア様を知っているのか!?」
「え? ああ、さっきまでいた村の人に探してくれって頼まれてね。今は手掛かりを求めて別の町に行く所だったんだけど」
 驚く男性に少しばかり戸惑いながらも答える零司だが、そこで気付いた。
男性は武器を持っていないだけでなく、あまりにも軽装だということに。
少なくとも町の外を出歩くような姿ではない。そもそもあの村を介さずにここまで来る事が至難の業だ
更にそれと共に男性が守り神であるユーティリアを知っていたことにも首を傾げたが――
「すまないけど、あなたは?」
「あ、そう……だな。私はダグハウド・ローズウェル……ユーティリア様がいた村の村長をしていた者だ……」
「!? ユーティリアをさらったっていう?」
 うつむきながら答える男性の言葉に零司は更に首を傾げながらも内心では諸手を挙げていた。
目の前に当事者がいる。これ以上強力な手がかりも無いからだ。反面、疑問も感じる。
守り神をさらったという村長が村を追い出されたのだから、ここにいる理由も軽装なのもわかる。
その村長がさらったはずのユーティリアを様付けで呼ぶ……これがわからない。いや、ただそう呼んでいるだけかもしれない。
しかし、良く見れば態度もどこか大人しいというか……罪悪感があるという雰囲気を感じるのだ。
「さらった……か……いや、そのようなものだな……私は……」
 自嘲気味な笑みを浮かべながら村長はなにやら呟き始める。
そのことに零司は眉をひそめ、思い出す。ユーティリアをさらったはずの村長が何かに怯えていたことに。
「なにか……あったんだな?」
 今までの聞き込みと村長の今の様子から零司はそのように感じ取った。
確信があったわけではない。ただ、気になったから聞いてみただけ……が、それは的を得ていたのだろう。
村長はどこか驚いたような顔を見せていた。
「聞かせてほしい……何があったのかを。そうすれば、守り神がどこにいるかわかるかもしれないからさ」
「あ……ん……わかった……といっても、情けない限りの話なのだがな……」
 真剣な眼差しで話す零司に村長はどこか戸惑いを見せるが、やがてうなずいてからそのことを話し始めた。
村長はユーティリアをさらうつもりも奴隷商人に売り飛ばすつもりは毛頭無かった。
村の守り神であり、幼い頃から親しくしてくれた者にそんなことを考えたこともなかったのだ。
実を言えば初恋の相手でもあったと聞かされた時には零司としてはどう反応したらいいか困ったものだが……
だがある日、神類を専門に扱う奴隷商人が現れユーティリアをさらうのを手伝えと言われてしまう。
村長は当然断った。先程の理由でそんなことは出来ない。逆に村人にこのことを伝えて追い出そうと考えていた。
しかし、奴隷商人の次の言葉にそれが出来なくなってしまう。なぜなら――
「家族を人質に?」
 隣町へと移動しながら、零司の言葉に村長は力なくうなずく。
人質と言っても村長の家族がとらえられたわけではない。だが、従わなければどうなるかわからないと言われてしまった。
奴隷商人はやると言ったらやる……そんな確信を抱いてしまったために村長は言われるままとなってしまう。
「それで守り神を……でも、なんで自分が売り払ったなんて嘘を?」
「口止めもされていたんだ……でも、ある意味嘘でもない……金を受け取ってしまったのは事実だしな……」
 納得出来たものの、その辺りが気になった零司の問い掛けに村長は力なくうつむきながら答えていた。
その後、罪悪感に駆られて酒浸りになるものの、そのことで不審に思われたことが切っ掛けで村を追い出され……
このままのたれ死ぬよりはと半ばヤケクソ気味にユーティリアを助け出すことを決意し、今に至るそうなのだ。
「また無茶なことしたな」
「ああ……だが、このままでは自分が許せなかった……脅されたとはいえ、このようなことに手を貸してしまった自分に……
だから、なんとかしたくて……私は……」
 どこか呆れた様子の零司ではあったが、村長はというと今にも泣き出しそうな様子を見せていた。
良く見れば体が震え、両手を握りしめている。
強い後悔……それを見た零司は村長が本気であると感じるが……その一方で疑念がよぎった。
というのも――
(なんか、手が込みすぎてるって感じがするな)
 村長は嘘は言っていないだろう。零司はそういった勘は意外と鋭い。
だからこそ、奴隷商人のやり方が腑に落ちないのだ。奴隷を手に入れるためにしても手が込み入りすぎている。
攫うか脅せば、それでOKのはずなのに……
(何かを隠したがっている?)
 ふと、零司はそんなことを思いつく。確かにそう考えると色々とつじつまが合う。
村長を脅し話させないことで自分達を隠したがっているように思える。だが、そうなるとそうする理由がわからない。
(こればっかりは直接聞くかしないとわからないか……)
「でもさ……助けるたって、こうも手がかりが無いんじゃ……商人たちが行き先を告げていくわけでもあるまいに」
「無い……わけじゃない。奴らがベストラのことを話していたのを聞いていたんだ。ユーティリア様はそこへ連れて行かれた可能性がある」
 内心はそう思いつつも気になったことを問い掛けるが、村長の返事に零司は顔をしかめた。
というのも――
「ベストラ!?……そりゃぁ……マズイ……」
 ベストラは今から向かう町の更に先にある都市の名称であり、歩きなら4日ほど掛かる所にあるのだ。
もし、奴隷商人の行き先がそこならばすでにたどり着いてもおかしくなく、手遅れの可能性がある。
それがわかって、零司は頭を抱えていたのだ。
「と、とりあえず、次の町で馬か乗り物を借りよう。でなきゃ、恐らく…間に合わない」
「む……そう……なのか?」
「俺も詳しいわけじゃないけど、目的の場所に連れて行かれたら助け出すのは難しくなると思うんだ」
 話を聞いて戸惑う村長に話し出した零司はため息混じりに答える。
奴隷商人は自分のことを隠したがっているのは間違いないと零司は考えていた。
そうなると目的地にたどり着かれたら手掛かりが無くなると考えたのだ。
「わ、わかった。金の方は私が出そう……幸いと言っていいかわからないが、奴らから渡された金はまだある」
「不幸中の幸いって奴かな。ありがとう。とにかく急ごう」
 その言葉を聞いて零司は思わず頬を綻ばせながらも礼を述べた。
零司も旅をする辺り余裕があるわけではなかったので、このことは正に渡りに船だったのである。
そんなことを考えながら、零司は村長と共に次の町へと急いだ。
全てが手遅れにならないために……




【あとがき】
え〜、そんなわけで第一話、始まらせていただきました。
さて、今回は執筆担当の匿名希望さんにコメントを頂いておりますのでそちらから

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どうも、この作品の執筆担当の匿名希望です。なぜ、匿名希望なのかは気にしないでください。
いや、別に深い意味はありませんよ? 本当ですよ?
まぁ、それはそれとしてロキさんのお誘いでこの作品を書いてます。
ただ、私の方は時間がそれほど多く取れないので、どうしても短めになってしまいます。
その辺はご容赦願えると助かりますが……一応、社会人ですし……

まぁ、皆様には楽しんでもらえると幸いです。
それでは次回もよろしくお願いいたします。
                       by匿名希望
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匿名希望さんいつもありがとうございます。
いや本当、私はプロットとも呼べないプロットと舞台設定キャラ設定、台詞とか作ってるだけなので頭が上がりません本当。

さて物語は転がり始めたばかりです。
ゆっくり助走をつけている段階なので、のんびりと見ていただければ幸いです。
次回はようやっと女性キャラが登場。やっぱり華がないと…ですね
ではでは今日はこの辺で
                       byキ之助



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