山岳にある砦。其処が『赤竜団』のアジトだった。
元は砦だけあり、守るに易く、攻めるに難しい場所だった。
外見は朽ちかけた砦なのだが、よく見れば所々に修復や補強を施した跡が見て取れた。
さらに砦を囲うように木でできた柵が立っており、攻めづらさを増していた。
そんな砦へと近づく幾つもの人影。
近衛騎士団レオンと『六方星のペンダント』の所持者レイヤ・アナユー。
そして守備隊隊長グレンとその部下達の併せて37人。
彼らは戦える者達を引き連れて、『赤竜団』のアジトへと奇襲を仕掛けに来たのだ。
だがしかし、不安の色も拭えなかった。
此方の戦力が37人に対し、相手は確認しているだけでも300人は優に超えている。
その上、雑魚共を全て倒したとしても、街をたった一人で襲撃した『ユナ・アレイヤ』も控えている。
いくら王宮側から問題の『ユナ・アレイヤ』が偽者だと言われても、
その偽者の力は嫌と言うほど自分達の身をもって味わっている。
その恐怖心はそう簡単には拭える物ではなかった。
よって、彼らの実際戦力としてあてにできる人数は、37人よりも少ないと言ってもいい。
「おい、本気で正面から攻め込むつもりか?」
小声でグレンは、こちらに背を向けて砦の様子を窺っているレオンへと尋ねた。
「ええ、戦力差が結構ありますからね。戦い難い裏門などよりは、
広い空間がある正面の方が、まだ私達の力を発揮できます」
レオンは周辺地理を詳しく調べた後に、正面からの突撃が一番適していると判断したのだ。
そしてそれはグレン達も納得したはずなのだが、いざ突撃となると、やはり少し怖気づいた様子だった。
それも無理は無い。
実際問題として、十倍近い人数差に対して正面から挑むのは、勇敢とは決して言えない。
そんな物は、無茶、無謀、蛮勇に尽きる。
そしてそんな怖気づいている彼らに対して、レイヤが冷たく言い放った。
「怖気づいたのか? それならば、居るだけ邪魔だから帰れ」
「っ! なんだと!? 誰が怖気づくか!! 俺達は命を掛けて戦ってこその守備隊だぞ!? この程度で誰が怖気づくかよ!!」
「ならばいい。後は冷静になって、普段通りに戦え」
そのレイヤの一言に、自分達が冷静さを失って、少なからずとも恐怖に縛られていた事を自覚する守備隊の団員達。
「ちっ……礼は言わないぜ」
「何の事だ?」
素直でない物言いのグレンに対して、レイヤもすっ呆けて返した。
一同が程よくリラックスしたのを見計らって、レオンが口を開いた。
「それにしても、何故こんな場所に砦が在ったのでしょうか?」
「さあな。詳しい事は知らねぇが、何でも200年以上も前に建てられた物らしいぜ」
「それでは、内部の事は誰も知らないのですか?」
「ああ、そうなるな。けどよ、首領ってからには、天辺か一番奥に居るって相場は決まってるぜ?」
ニヤリと笑って、レオンが最も知りたかったであろう事を言った。
「第一、そんな事は、その辺の下っ端を捕まえて聞き出せば済む話だ」
「そうですね……それでは皆さん、準備の方は宜しいですか?」
レイヤの意見に納得したレオンは、最終確認の為にこの場に居る全員を見渡した。
それに各々が頷くのを確認すると、静かにレイヤへと頷いた。
レイヤはレオンの合図に従って、懐から2丁の魔装銃を取り出した。
右手に持った白銀に輝く魔装銃の名は『デット・アライブ-01』
左手に持った黒色の魔装銃の名は『デット・アライヴ-02』
名前から分かるとおり、同じ時期に制作された兄弟銃とも、姉妹銃とも呼べる魔装銃だ。
その魔装銃を目にして、驚愕に目を見開いたのは守備隊の団員達だった。
魔装銃本体もそうだが、魔装銃が魔装銃と呼ばれる所以である、エレメントクリスタル―――
通称E・Cと呼ばれる物は、恐ろしく高価な物としても有名だった。
その魔装銃を2丁も所持しているという事は、当然E・Cも複数所持していると見るべきである。
傭兵達の中には、2丁の魔装銃を驚愕の表情で見つめる者や、羨ましそうに見つめ、口から涎を垂らしている者まで居た。
それに気が付いたグレンがギロリと睨みつけると、慌てて表情を取り繕ったが、
相変わらず、ちらちらとレイヤの持つ魔装銃を盗み見していた。
そんな守備隊の団員達の視線を気が付いていないのか、それとも気が付いていて無視をしているのか……
レイヤは魔装銃本体にE・Cをセットして、上空に向けて数発発砲した。
魔装銃から発砲された弾丸は、照明弾。
その名の通り、夜空に白く輝く大輪の花を複数咲かせた。
レイヤは素早くマガジンを取り出し、別のマガジンへと換装する。
魔装銃の最大の利点は、汎用性に優れている事だ。
状況に合わせてもっとも適切な弾丸とE・Cをセットする事によって、多大な戦果を上げる事ができる。
もっともその為には、数ある弾丸とE・Cの中から、
状況に合わせて最善の組み合わせを導き出す判断力が必要な点が欠点かもしれない。
もちろん、状況に合わせるだけの弾丸とE・Cを持っている事も必須条件だが。
レイヤは2丁の『デット・アライブ』を頑丈そうな城門と、城門に辿り着くまでに邪魔になりそうな柵に照準を合わせた。
砦の外の異変に気が付いたのか、複数の盗賊が様子を探りに城壁から外の様子を窺う様がみてとれた。
レイヤはそれらをとりあえず無視し、セットしてあったE・Cを起動。
レイヤが換装したマガジンの弾は炸裂弾。
炸裂弾は轟音と共に、着弾点周辺に紅蓮の炎を撒き散らした。
耳を劈く様な轟音に構わず、レイヤは次々と『デット・アライブ』のトリガーを引く。
そして『デット・アライブ』のマガジンの弾が尽きた頃には、辺り周辺は一変していた。
炸裂弾によって一つ残らず吹き飛ばされたのか、行く手を遮っていた柵は1つも見当たらず、
また頑丈で在ったであろう城門は大きくひしゃげ、力なく砦内部へと倒れ込んでいた。
様子を見に来ていた盗賊達の姿が見えないのは、他のと一緒に吹き飛ばされたのか、それとも慌てて逃げたのかのどちらかだろう。
通常の炸裂弾だけなら、ここまでの威力はない。
威力を向上させているのは、先程セットした炎の属性を持つE・C。
炸裂弾とE・Cによって付加された炎によって、通常の炸裂弾と比べ、その破壊力は数倍にまで跳ね上がっている。
そんな周辺の有様にもレイヤは関心を寄せずに、慣れた手つきで『デット・アライブ』のマガジンを変え、E・Cを外した。
守備隊の団員達が魔装銃の威力に顔を強張らせてい間に、続々と砦の内部から盗賊達が姿を現していた。
その数はざっと200名。
「では、あの人達を手早く片付けて、さっさと偽者の『ユナ・アレイヤ』の姿を見に行きましょう」
目の前の盗賊達の人数など目に入っていないかのような態度でレオンが言った。
それにレイヤは微かに頷くだけで答え、守備隊の団員達はまだ気の抜けた顔で返事を返した。
だが流石と言うべきであろうか。
戦闘に入った途端に表情を一変させ、守備隊の団員達はまさしく獅子奮迅の活躍をしてのけた。
その中でも特に目立って奮迅しているのは、やはりと言うべきか、守備隊隊長のグレンだった。
グレンは2本のバスターソードを軽々と振り回し、盗賊達を次々と斬り捨てていく。
グレンに負けるものかと、団員達も剣を振るい、盗賊達を掃討していった。
突然の奇襲と砦周辺の様変わりように混乱していた事もあるのだろうが、
元々の守備隊側と盗賊団側の力量差もあり、一方的に守備隊側が盗賊達を掃討するといった展開になっていた。
そして、獅子奮迅の活躍をするグレン達の更に上を行くのが、当然の事ながら近衛騎士団の一員であるレオンだった。
レオンの剣技は、グレンとは対照的だった。
グレンの剣技が力に任せた剛剣だとしたら、レオンの剣技は柔の剣だ。
相手の力に逆らわずに受け流し、相手の体が流れた所を斬りつける。
動きも必要最低限の動きしかしておらず、傍から見ていれば、
まるでレオンへと襲い掛かった相手が、勝手に血飛沫を上げて倒れた様に見えただろう。
だが数いる中で、もっとも残虐なのはレイヤだろう。
レイヤの指がトリガーを引く度に、最低でも1人の盗賊が死んでいった。
時には、重なり合った2〜3人を同時に撃ち抜く。
レイヤが持つ『デット・アライブ』は、厚さ15cmのコンクリートを貫通できるほどの威力を誇っている。
そんな化け物の様な銃を、その小柄な体で2丁も操っている姿は、まさに異様とも言えた。
そんな威力の銃に人間が撃ち抜かれたならば、当然ただでは済まない。
弾丸が当たった場所はごっそりと持っていかれ、腕に当たれば腕を。
足に当たれば足を簡単に吹き飛ばす。
飛び散る肉片に、血が体外へと噴出する。
そして体の一部を吹き飛ばされ、地面へと転がる死体の山。
噎せ返る程の血の臭いと、血で真っ赤に染まった大地。
文字通り屍山血河の光景が目の前に広がっていた。
レイヤの情け容赦無い攻撃によって引き起こされた惨劇を目の当たりにして、
恐怖心に駆られた者達が何人かその惨劇から逃れようと逃げ出すが、
そういった者達は優先的に撃ち殺されていった。
戦闘開始から僅か数十分で、外に居た盗賊達を全てを片付けたレオン達は、
数名の守備隊の団員を外に残して、砦内部へと足を踏み入れた。
「此処か?」
グレンが砦内部でも、最も凝った作りをしている扉を前にして口を開いた。
「中に居た奴から聞いた話ではそうだ」
レイヤはそう言うが、その話をした奴は最早この世の人ではない。
「此処でこうしていても始まりません。取り敢えずは中に入って確かめましょう」
レオンが言うと、その場に居た者達は一同に頷いた。
現在この場に居るのは、レオンにレイヤ、そしてグレンとその部下の団員併せて7人だけである。
他の者たちは、砦内部に居る盗賊の残党狩りを開始していた。
ぐっと扉に当てた手に力を込め、グレンは扉を押し開いていく。
軋んだ音と共に、内側へ向かって扉は開け放たれた。
開かれた扉の先は意外にも広々とした造りで、縦横共に15mほどの広さを有し、
天上までの高さも3mほどはある、ゆったりとした石造りの部屋だった。
その部屋の丁度真ん中辺りに、その女の姿は在った。
年の頃は30代前半だろう。美人かと問われれば、大半の人は美人と答えるだろう容姿をしていた。
だが何よりも見た者の目を惹き付けるのは、その身に纏う真紅のドレスと、ドレスと同じ色の真紅の髪と瞳だろう。
その女の姿を見た途端に、部屋に入ってきた全員の動きが凍り付いたように止まった。
それを見た女は、自分に恐怖したのだろうと勝手に思い込み、その口元に笑みを浮かべる。
だがしかし、それは自分の思い過ごしだという事を直ぐに思い知らされた。
「あん? ……前は暗くてよく判らなかったが、明るい所でよく見てみれば年増じゃねぇか。
確か『ユナ・フレイヤ』は、まだ20前だって聞いた事があるが……」
「え? 俺が聞いたところでは、実は300歳を軽く越す婆だって聞きましたよ?」
「嘘を言うな。俺が聞いた話だと、二目とは見れないような醜悪な顔だって聞いたぜ?」
「俺は、ゴリラも真っ青なゴッツイ大女だって聞いたが?」
「いやいや、俺が聞いたところでは、口からは火は吐き、手足には鱗が生えていて、
竜のような尻尾があるって話だったが……」
首を捻りながら呟いたグレンに続くように、他の守備隊の団員達も次々に好き勝手な事を言い始めた。
噂には尾ひれ背びれが付く物である。付く物ではあるのだが……後者に行くほど、話の内容が悪くなるのは何故だろうか?
しかも最後のは、最早人間でもなかった。
レオンがふと見てみれば、好き勝手に言われた女の顔は赤く染まっていた。
それが羞恥心から来る物なのか、または無視された事から来る怒りなのかは判断は出来なかったが。
更に自分の傍らを見てみれば、レイヤが蹲り、プルプルと小刻みに震えていた。
ふむ、とレオンは一つ頷くと、そっと3mほどレイヤから離れた。
そのレオンの不可思議な行動に気が付いた者は、誰一人居なかった。
そして遂に怒りが頂点に来たのか、女が怒鳴った。
「いい加減におしッ! このユナ・アレイヤ様を其処までコケにしてくれたんだ、
楽に死ねると思うんじゃないよッ!?」
そしてその身から溢れ出す膨大な魔力。
その魔力に居竦まったのか、守備隊の団員達の体がピシリと岩のように固まった。
その様子を満足そうに見ていた女だったが、蹲っている外套の小男と、平然と笑みを浮かべている男の姿が目に入った。
「ふん、それでいいんだよ。あんた達なんかが、このユナ・フレイヤ様に逆らおうって事事態が、
どだい無謀を通り越して無茶な話なんだよ。それより気に入らないねぇ……。
そっちの私の魔力に怯えて蹲っている小男は良いとして、そっちの一人離れた所に居るお前の態度が許せないね。
お前も他の男ども同様に、素直に怯えて見せたらどうだい?」
挑発的な物言いをする女。
だが、女が言った『私の魔力に怯えて蹲っている小男』に反応した人物が居た。
小男と呼ばれたレイヤである。レイヤは女の言葉にピクリと反応し、そのまま動きが止まった。
「ふん、まぁいいわ。このユナ・アレイヤ様直々にあの世に送ってあげるわ」
女がそう言って魔力を手に集め様とした時に、幽鬼の様にユラリとレイヤが立ち上がった。
それに気を取られたのか、女は魔力を集めるのを止め、怪訝な表情でレイヤを見た。
怯えていた奴が今更何をする? と考えたのだ。
だがそんな女を無視して、レイヤは何事かを繰り返し呟いていた。
そんなレイヤを見て、次に女が言い放った言葉がレイヤの怒りに火を付けた。
「はん、私の魔力の強大さを前にして、恐怖の余り頭が可笑しくなっちまったのかい?」
その瞬間に、何かかプツリと切れる音を確かにレイヤは耳にした。
そしてレイヤは、その口を覆っていたマスクを毟り取る様に剥がし、
「殺す。殺す殺す。絶対に殺す! 私を馬鹿にしたお前を殺す! 私の名前を騙ったお前殺す!
そして何よりも、お前の所為でお義兄ちゃんを探す時間を無駄にさせられたのが許せないから殺す!
楽に死ねると思うなよ! この年増!!」
レイヤは先程女が放った魔力を遥かに上回る魔力を放出した。
その衝撃に外套が外れ、レイヤの白い肌を彩る、真紅の髪と真紅の瞳が露になった。
そしてその余りの魔力の量と密度に、放たれた魔力は物理的衝撃波を伴い、近くに居たグレン達を吹き飛ばした。
こうなるであろう事を事前に察して一人離れたであろうレオンは、
グレン達の無事を確かめる為に、グレン達が吹き飛ばされた場所へと足を向けた。
「なっ! なんだいこの魔力は!? こんなの……ま、まさか!?」
何かに気が付いたのか、傲慢な態度を崩さなかった女が初めてうろたえた。
「大丈夫ですか? グレンさんに皆さん」
相変わらずほんわか口調を崩さないまま、レオンは無事を尋ねた。
「あ、ああ。しかしどうなってんだ? っていうか、あいつ女だったのか?」
ヨロヨロと立ち上がるグレン達を確認しながら、レオンはやや呆れた口調で言った。
「本当に気付いてなかったんですか? あの人の名前は『レイヤ・アナユー』などではありません。
あの人の本当の名前は、『ユナ・アレイヤ』です。彼女こそが、本物の『ユナ・アレイヤ』なんです。
だからこそ、我々は赤竜団の首領を、『ユナ・アレイヤ』を騙る偽者だと断定したのです」
もっとも、偽名のセンスはどうかと思いますがね。と言うレオンの言葉は耳に入らなかった。
何故ならばグレンは、いや、グレンの部下達もだが、自分達が先程口にしたユナの噂を思い出したからだ。
それは即ち、本人が居る目の前で、本人の悪しき噂を口にした事に他ならない。
その事実にグレンは怒りに燃えるユナの姿を視界に納め一言、
「俺ら……死んだかもな……」
ガックリと項垂れ、力なく呟いたのだった。
次回予告―――
次回予告は俺っチ、マオ様がやるのだー!
ではー、いくぜぇー!
次回、『捜し、求めるもの』
レイヤの正体はユナだったー。
本物は怒り狂い、偽者を殺すかもなー?
予定は予定であって、未定なのだぁー!
そこんところー、宜しく―!!